《完結》【蒼明記・外伝】カメラ越しに映る彼女たち――― 作:雷電p
[ 音ノ木坂学院内 ]
蛍光灯の明かりがすべて消えた真っ暗な廊下が、昔、テレビで目にしていた学校の怪談の情景を彷彿させるような恐怖感を抱かせにきます。
目の前に薄らと光って見えるのは、非常口の緑の光と防災警報の赤いランプだけ。 そのわずかな光が逆にこの空間の禍々しさを演出させているようです。
私は手持ちのライトを光らせて視界を明るくさせようとつめました。 しかし当然、明るくなるのは手前のみで奥の方に行けばいくほど暗く沈んでいくのです。
あうぅぅ………なぜでしょう、鳥肌が立って来ました………
普段はこの程度では、震え上がらないはずでしたのに、先日まで身に降りかかった出来事やこの現状を考えましたらもう怖じ気づいてしまいそうです………
(ぽんっ)
「っ――――!!?」
気配も感じることも無いまま、不意に私の肩に生温かいモノが触れたように感じますと、ゾクッと震えるような戦慄が走りました!
内心驚きを隠せないまま、瞬時に、触れられた方に首を回しましたら………
……そこには蒼一さんがいました。
「どうした、洋子? 何かあったか?」
「いっ! いえいえ……特に何もありませんよ……!」
どうやら触れていたのは蒼一さんでした。
このような情けない姿をお見せしてしまったためなのでしょうか、蒼一さんが心配そうな顔で私に声を掛けてくれたのです。 しかし、声を掛けられた瞬間にちょっとだけ震え上がってしまったことは、内密にお願いします………
「それじゃあ、俺は穂乃果がどこにいるか探しに行くから、洋子たちは自分たちのやるべきことをやっていてくれな」
「は、はいっ……! 蒼一さんもお気を付けてください」
本当は気を付けないといけないのは私なのですがね………
「後のことは頼んだぞ、希。 今ここで頼れるのは、お前だけだからな」
「ふふっ、蒼一からそないなことを言われると、ちょっと嬉しいなぁ。 わかったで、ウチにまかしとき!」
蒼一さんから掛けられた言葉に、希ちゃんは自信を持って応えています。 蒼一さんを除いたこの中では、最年長者でありますし、何より、生徒会に属しているという面においても頼れる存在として見ることが出来るのです。
「それじゃあな」と言い残して、蒼一さんは別の道を進んで行くのでした。
そして、私たちもこの暗闇の中を進み始めるのでした。
―
――
―――
――――
[ 音ノ木坂学院内・廊下 ]
「さて………どうしたものか…………」
洋子たちと別れてから廊下を歩き続けているのだが、どこに行くべきなのかと言った目的意識などまったくなかった。 ただ無作為に、この漆黒に包まれた石廊を一歩ずつ歩いていくのだった。
針のような鋭い風が、スッと身体を吹き抜ける。
夏場だと言うのに、その季節はずれな寒気を含ませた風が、ジメっとまとわりつくように肌の熱を下がらせる。 露出された腕に触れてみると、氷水の中にしばらく浸けたような冷たさを感じさせるのだ。
「半袖では心許なくなってきたな………」
空気に晒されている腕を摩擦であたためながら進んで行く。
廊下の角を曲がっていくと、見慣れたような場所に出てきたようだ。
「………部室か………」
少し真っ直ぐに歩いてゆけば、そこにはアイドル研究部の部室が見えてくるのだ。 ほぼ毎日、この廊下を通ってから部室に行くので、身体が感覚として染み付いていた。
いつもの歩調でここも歩きだす。
(ぞわっ―――――――――!!)
「!!?」
その刹那―――――
測り知れないほどの憎悪が重く圧し掛かるように、身体をきしませた! 上から落ちてきたかのようなその重圧は、俺の歩行を鈍くさせただけでなく、やがて、その場から動けなくさせてしまう。 次第に、身体中からイヤな汗が流れ出す。
何なんだ、俺の中に入ってくるこのドロッとした感じは……!? 全身を通して、何かに対して『キケン』だという警告を打ち鳴らしているかのようだ。 俺が進むこの先に一体何があるって言うんだ……!!
口の中に溜まった唾を喉の奥へと押し込める。
視線を少しばかりか下にずらして見ると、一枚の紙のようなモノが目に入る。 重い身体を力任せに動かして、屈んでそれを手にする。一見、俺が見ている面は白で統一され、触れてみると薄っぺらい紙とは違った厚みを感じた。 それに、この紙の裏側を指で触れると、何かが粘着するように指にくっ付く。
一体何なのだ、と疑問を浮かばせながら裏面にひっくり返すと、それの正体を知ることとなる。
「なっ―――――?!! これはっ―――――――俺の顔?!」
ひっくり返された面を見ると、そこには俺の顔が映し出されていた!
つまり、俺が触っていたコレは写真だったと言うことだ。 これが、いつどこで撮られたものなのか、まったく見当もつかない。 ただ、これがどうしてここに落ちていたのかが、さらなる疑問を呼び寄せた。
「…………あれは…………?」
うつむいた顔を正面に向き直すと、コレと同じようなモノが数枚落ちているのが確認することが出来た。 また身体に力を掛けて、それらを拾い始めるのだが、どれもいつぞやの俺の姿を撮ったものだったのだ。
しかし、どうしてこんなものがここら辺にあったんだ………?
現状、解明不可能なこの疑問が真相に辿り着くことは、まず困難だと言える。 だが、この真相が解き明かされた時、計り知れない何かを目の当たりにするだろうと、身体が反応するのだ。
すると、この目にまた入り込んできたのは、薄らと開いて見える扉だった。 だが、普通なら鍵が閉まっているはずだ、果して本当に開いているのだろうか、と確証を十分に得られないために一歩一歩と慎重に前に踏み出し、その扉の前に立ち尽くした。
驚いたことに、足を止めたそこがアイドル研究部の部室だったとは思いもよらなかった………
そして、あらためてその扉を見ると、確かに扉は開いているようだ。 少し触れただけで、ギィ…という擦れるような独特の鈍い音を立てて開き始める。
俺の身体が何とか入ることが出来るくらい開くと、そのまま中に入って辺りを見回した。
ヒュルリと、小さな音を立てる冷たい雨風が開いた窓から吹き込んでくる。 そこから聞こえてくるシトシトと地面に当たる音が、未だに、雨が降り続いているのだと外の様子が伺える。 それに、気休め程度でしかない外の明かりが部屋の中に差し込んでくるので、薄暗い中でもこの部屋の様子を知ることになる。
「なんだ…………これは…………………」
それは、俺が想像していた以上におぞましい光景が広がっていた…………
床や机の上に散乱されている無数の紙――――――
いや、写真だ―――――
それもただの写真じゃない―――――――
全部、俺の姿が映し出されているモノだけだったのだ――――――!
(ぞわっ――――――――――!!)
身体の奥底から湧き上ってくる不気味な悪寒が全身を震撼させた。 不快感……いや、嫌悪感に近いこの虫唾が走るような気分に現在襲われていることが俺を震撼させたのだ。
だってそうだろ? 俺の姿が映し出されている写真が絨毯のように辺り一面に敷き詰められていたら誰だって身をすくませてしまうだろ? ドラマとかアニメとかでしかないと思っていたその光景が、今ここにあると目の当たりにされていることに、狂気を感じざるを得ないんだ。
ふと、部屋の奥の方に向かって視線を向けてみると、無雑作にばら撒かれた写真の向こうに、誰かのバッグを見つける。 俺は写真をどかしながら前進し、そのバッグを拾い上げる。 中には、まだ俺の写真が数枚入っていて、多分ここから出されたものなんだろうと推察した。
では、これは誰のバッグなのか? 所持者の名前がどこに書かれているのか探し回して見ると、横側に赤いマスコットキャラのキーホルダーを見つけ、まじまじと見つめた。 俺はそれに見覚えがあったからだ。
ふと、記憶の中に眠る1つの事柄を見つけると、だんだん、これが誰のモノなのかを思い起こさせてくれたのだ。
やっと見つけた……と安堵を籠めて小さくつぶやくものの、現状の出来事がすべてアイツによるものであると言うことに、戸惑いを隠せないでいる。
そんなアイツに、俺はどんな顔をして向き合えばよいのか、悩みが尽きなかった。
しかしだ。 その彼女が今どこにいるのか………?
もうここは、すべて見まわしたので、隠れるような場所などもう無かった。
すでに帰ってしまったか? と考えてみるが、このバッグを置いたまま帰るだなんて正直考えられない。 この学校のどこかに必ずいるはずだと、啖呵を切った。
そして立ち上がり、アイツを探しに行こうとした時だった―――――――
「っ――――――――――!!?」
偶然、窓の外から眺められる中庭の方から、何かうごめくモノを見つけてしまったのだ! その大きさからすると、人と同類であることは間違いない。 だが、外はまだ雨が降ってきているんだぞ? それに、さっきよりも強くなっているのは明らかだった。 傘もささずに外に出ているだなんて………誰も想像することなんて出来なかった………!
俺は、窓からそのまま身体を投げ出し、アレに向かって走り出した。
雨に濡られたって構わない………そんな微塵にもならないようなことで左右されたくなかった。 俺はただ、アイツのもとに逸早く辿り着きたかっただけだった………!
足元を濡らし、息を切らしながらも、俺はアイツの前に立った―――――――
どれくらい雨に晒されていたのだろうか?
アイツの身体は、髪の毛から靴に至るまでびっしょりと濡れていて、白のYシャツなんか濡れ続けたことで下着が見えるほどに透けていた。
だが、そんなことはお構いなしのようだ―――――
アイツは俺の姿を確認すると、薄らと笑みを浮かべてこちらを向いた。
懐かしい誰かとの再開に喜んでいるかのような穏やかな笑みを浮かべている―――――――
だが、それは表面に映し出されている、ホンの一部にしか過ぎない。
アイツの目はまったく笑ってなどいなかった―――――むしろ、虚空を見つめるような瞳が俺に突き刺さってくるのだ。 それなのにアイツは目を細めて、さも、心の底から笑っているように見せようとした――――――
いつも、みんなに見せていたあの
――――――
「アハッ……♪ そ~くぅ~ん……♪ あいたかったよぉ~♪♪♪」
頬を赤らめ、見るからに嬉しそうな表情を浮かばせる穂乃果――――――
そんな心を失った声で語りかけてくるアイツを、俺は穂乃果だと認めたくなかった――――――
(次回へ続く)
ドウモ、うp主です。
訳あって、今週はこれだけです。
次話は来週になります。