《完結》【蒼明記・外伝】カメラ越しに映る彼女たち――― 作:雷電p
海未の家から出て数分が経った頃のことだった――――――
「う……うぅ…………こ、ここは…………?」
「明弘さん! ようやく目を覚まされましたか……!」
「よう……こ……? おれは………なにを………?」
「つい先ほど倒られたのですよ。 しかし、よかったです………」
蒼一が明弘の前に現れてからすぐに、彼は沈むように意識を失った。 そこから、蒼一の判断により海未の家から連れ出されて、その帰路に向かう途中だったのだ。
彼が気を失っていた間、彼の身体は真姫とにこの手によって支えられていたのだった。
「うぅ………真姫、にこ……もう大丈夫だ。 1人で行けるさ」
明弘は3人の心配そうな顔を余所に、1人たちをし始める。 次に、身体を動かして見て身体がどれくらい動くことが出来そうなのかを確かめていた。 ある程度の動きはできるものの、矢が刺さってしまった足は痛みによって自由は効かなくなってはいた。
それでも、彼の気力は底を尽いてなどいなかった――――――
「なぁ……兄弟はどうした………?」
「蒼一なら海未と……………」
「………まさか、闘っているのか?! 1人で!?…………
何かを含ませたかのような言葉に、3人は顔を見合わせる。 それがどういう意味で言われたものなのか、彼女たちはまだ理解できなかった。
「けど、大丈夫でしょうか………木刀に対して竹刀で挑むと言うのは………何とも無謀な気がいたします………」
「なにぃ?!」
洋子の言葉に驚嘆する明弘。
けれど、彼はすぐに考え込み始めた。
何故、蒼一がそんな無謀な闘いを挑んでいったのかということに………竹と木とでは、相性はかなり悪い。 それなのにも関わらず、何の勝算を持って挑んだのか……? それが気掛かりだったのだ。
「なあ……兄弟は何か言ってなかったか?」
「そう言えば、去り際に……『海未の
「それに、明弘さんをどうしても蒼一さんの家に帰したがっている様子でしたね」
「邪を払う……俺を兄弟の家に………?」
彼の頭の中で何かが結合し始めようとしていた。 彼の頭に過った2つの
彼はまた、記憶を紡ぎ始め出した。 過去にあった出来事にその言葉をはめ合わせて、何を意味させるものであるかを考えさせたのだった。
そして、紡ぎ終えた一本の
「………!! ま、まさか………?!」
彼はその意味を知るやいなや目を見開き、驚愕し始めた。 それを見ている3人は彼の顔つきが変わったことに驚き、何が始まるのだろうかと息を呑んだ。
すると、彼はポケットからスマホを取り出すと、誰かに電話し始めた。
「あ、あのぉ~………誰に電話をしているのですか………?」
洋子の質問に対して明弘は、
「蒼一の家にいる、凛にだ」
そう言うと、すぐに電話越しから凛の声が聞こえると、彼も話し始める。
「凛、すまんが頼みがある―――――――――」
―
――
―――
――――
[ 園田家・道場内 ]
(バチィィィィィン!!!)
竹刀の打ち立てる音が響く。
海未と2人きりとなった蒼一は、自我を忘れて暴走し続ける彼女の猛攻に手を焼いていた。 彼は彼女が繰り出す木刀による漸撃をうまくかわし続けている。 時には、こうして竹刀を用いてはいるものの、これの耐久がいつまで保ってくれるのかが気がかりであった。
当然、彼の表情は強く引きしまる。
己の命が掛かるこの闘いに―――――そして、彼女を取り戻すためのこの闘いに負ける気はしなかったのだ。
「どうしましたか? 先程から、護ってばかりですよ?」
「気にするなよ、これが俺のやり方だ」
くすくすと笑い立てながら話しかける海未に、蒼一は不敵な笑みで言い返す。 そんな様子に「へぇ~、そうでなのすか…」と何かを納得したかのような頷きを示した。
すると、海未はそれまでの構えとは違った形で木刀を持つと、勢いを付けるかのようにリーチをとってから繰り出し始めた。
(グゥゥゥゥゥン!!!!!)
「!!!?」
空を叩き割るかのような轟音が唸りを上げて彼の横っ腹目掛けて側面から撃ち立ててくる。
先程までとは、全くの別物だと言っても過言ではないその漸撃は、そのスピードから威力、そして、彼女から出る威圧などあらゆるものがケタ違いなものとして繰り出されたのだ。
その急な変化に出遅れてしまった彼は、半歩下がってやりすごそうとするもわずかに足りず、思わず手元にあった竹刀を手前で構えて防ぐ。
(バギッ!!!!)
脆く撃ち折れる音が響く。 彼女の放った一撃が彼の持つ竹刀に直撃すると、直撃した部分の峰からその先が圧し折れて吹き飛んでしまった。 折れた先は宙で何度も回転を掛けながら飛んでゆき、床に落ちると軽い音を立てて転がった。
「うふふふ、これはいけませんね……このようにいとも容易く折れてしまうとは、どうやらそれではあなたを護り切れないようですね」
本来あるべき長さの半分ほどにまで削らされた彼の武器を見て、笑みがこぼれ出したようだ。 その笑みが一体何を示すモノなのかはハッキリしない。 けれど、彼にとってマイナスなことであるのに変わりはなさそうだった。
彼女は、彼を追い詰めるためにさらなる攻撃を繰り出す。 縦・横・斜め・上下左右とあらゆる方面からの攻撃で彼を翻弄し始めようとする。 彼もまたそれに対応しようとからがらに回避するも、長さが半減し、耐久力も著しく欠けてしまった武器ではうまく立ち回れないでした。
そうしているうちに、彼は段々と追い詰められていった。
「うふふふ……あはははははっ!! どうですか蒼一! 私は強くなりました、あなたを困らせるあらゆる障害から護ることが出来るほどに、私はここまで強くなったのです!! さあ、あなたの身体を私に預けてください! もう決して、あなたを不幸にはさせません。 この私がいる限りあなたは不幸になることはありません!!!」
「不幸………だと………?」
木刀を彼に向けて振り回しながら彼女は、実に荒々しい声で彼に訴えかける。 しかし、その言葉の内に何かが引っ掛かるようなモノを感じとる蒼一は、怪訝な顔で彼女の言った言葉を脳内で反芻し始めた。
その引っかかりがこの状況を大きく変える要素であることを信じながら………
(グゥゥゥゥゥン!!!!!)
縦に振りかぶった一撃が彼の頭上に目掛けて撃ち込まれそうになる。 彼は咄嗟に、手にする武器で木刀の横っ腹を叩き、軌道を横にずらすことに成功した。
だが―――――――
(グゥゥゥゥゥン!!!!!)
「ッ――――――?!!」
横に逸れたはずの一撃はまた軌道を変えて、今度は彼の横っ腹を目掛けて横断し始めたのだ。 彼女も何度も同じような手口を受け続けるような相手ではなかった。 この激しい打ち合いの中で少しずつ彼の動きを捉え、その対応策を練っていたようだ。 そして、ここに来て不意の一撃を喰らわせようとしたのだった!
彼はまた咄嗟に竹刀を先程と同じような形で構え、彼女の攻撃を受け流そうとした。
(ベギッッッッ!!!!!!)
またしても、砕け落ちていく音が残響した。
だが、今度の一撃は竹刀の根元に直撃して残っていたすべての峰の部分が抉るように取り去られてしまったのだ。 手元に残った柄だけが竹刀の形を唯一残すものの、もはや武器としての機能を果たせてなどいなかったのだ。
「ふふっ、これでお終いですよ、蒼一? もう変な意地を張らずに私のもとにいてください」
木刀の先を蒼一に突き付けてくると、彼女は降参するよう指示する。
だが、蒼一は突き付けられた峰先を掴み、頑とした態度を示す。
「悪いな、その誘いは断らせてもらう」
「?! な、何故なのですか!!?」
「俺は海未、お前を元に戻すためにやってきた。 そして、お前を俺のもとに帰ってくるようにするために来たんだ!! そのためなら、この身体が壊れてもかまわねぇ……その代わりに、絶対にお前を連れ戻してみせるんだ!!」
「!!!」
彼の全身から気迫を感じさせる空気が流れ出る。 意地とも言えるようなこの強い態度に、海未は身を震わせる。 彼女にも伝わっているはずだ、彼の強い気持ちが………!
「………なぜ………なぜ、わかってくれないのですか…………」
小さな声で何かを口走った彼女は、手にした木刀を力一杯に絞りだす。 手だけじゃない、身体全体のあらゆるところに力が増し加わり始めていたのだ。
その変化に気が付いた蒼一は、一旦、掴んだ手を離して数歩下がろうとした。
その刹那―――――――
(シュッ―――――!!!!)
「ッ――――――?!?!」
音も感じられないほどの漸撃が彼の服をかすめる。 とてつもないほどのその速度に彼は対応できていなかった! 彼は眼を見開き、彼女を凝視した。 次があるのではないかと身構えたのだ。
だが、その予想も一瞬で現実のものとなる――――――
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
海未が叫び声をあげながら彼に迫りだしたのだ! しかも、手にした木刀を先程と変わらない速さで振り回すのだ。
さすがの蒼一もこれには堪らず全力で避け始めるのだが、少しでも気を緩ませれば致命傷は避けられなかった。
「何故なのです!何故わかってくれないのです!!私は強くなりました!あなたを護ることが出来るほどに強くなったのです!!だから、あなたはずっと私のそばにいて安心していてくださいよ!!それなのに!どうして
「くっ………!? う、海未っ………!!!」
海未の叫び声がその性質を変えていく。 狂気に満ちていたはずのその声が徐々に悲痛なものへと変わっていこうとしていたのだ。 その理由はわからない………だが、彼女の口から出た言葉が彼に突き刺さる。
海未………お前、まさか………!!
彼の脳裏に一筋の光が差し込む―――――それはまさに、この暗闇の道を進むための灯火のような希望だった!
蒼一の顔つきが変わる――――――
この引き締まった顔を見せる時の蒼一は、覚悟を決め立ち向かう時に見せる姿だ。 そうして彼は必ず成し遂げようとする。
すべては――――己と彼女たちのためなのだ――――――!!!
「蒼くんっ!!!」
彼の耳に勇気に満ちあふれた声が通り抜けた―――――――!!
彼はその声の主を見つける――――――!!
彼が待ち望んでいた、この状況を打ち破る最後のピースがここで見つけることが出来たのだ――――――!!
「凛っ!!!!」
彼は彼女の名を叫ぶ。 そこには、頭から肩にかけて少し雨にぬれた少女―――――凛がその戸口に立っていたのだ!!
「蒼くん!! 弘くんがこれを蒼くんにって!!!」
すると、凛は手にしていた少し短い黒い筒のようなモノを彼に向けて投げた。 投げられた
そして、凛の手から解き放たれたその棒を手にした――――――!
手にした瞬間、ずしっとくる重みに一瞬だけ腕が震えた。 久しぶりに手にするこの感触がとても懐かしく思いつつ、これを手にしていた
『よいか――――何かあった時はコレを抜き、邪を払い、己が信念を貫き通せ―――――!!』
彼の中に廻りだした懐かしい記憶―――――
それは、かの男が彼に託した最後の言葉だと言っても過言ではない。 彼はこの言葉を胸にこの辛苦の日々を過ごした。 何が起ころうとも己の信念を貫き通そうと覚悟を決めていた。
そして今、その信念を示す時が来た――――――――!!
彼は迫りくる海未の攻撃を前に立ち向かう。 彼女を止める障壁として、彼女の邪を薙ぎ払う一筋の鋼として彼は立ち向かった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
悲痛な叫びをあげながら、海未は木刀を大きく振りかざして蒼一に向かってくる。
蒼一もまた、彼女に対して身構える。
彼はその筒を左腰のあたりに控えさせ、タイミングを計り始める。
失敗は許されない――――――この一瞬に己のすべてを賭けるのだ―――――!!
大きく振りかざされたその太刀が彼女の叫びと共に彼に下る。 雷神をも斬り落としかねないその漸撃が容赦なく彼に振り降ろされていく。
――――――――いまだ!!!!
この瞬間を好機と捉えた彼は、腰に控えさせていた筒をありったけの力を込めて
そして――――――――
(シュパッ―――――――!!!!!)
誰もが彼の頭上にザクロのような真っ赤な果肉が飛び出てしまうものだと思い込んでいただろう。
だが、それは誤りだった。
三日月のような弧を描いた彼の
いや、そうではない。
彼女の木刀の峰の部分が――――先程、海未が彼の竹刀を峰の部分から抉るように叩き落としたように、きれいさっぱりと斬り落ちてしまっていたのだ。
彼女に纏っていた邪もともに斬り落とされた――――――
常軌を逸した彼女も、この状況に目を大きく見開く。 彼女自身も予想できていなかった。
まさか、コレがいとも容易く斬り落とされてしまうこと。
そして――――――――
彼の手にしていたそれが、本物の脇差――――――真剣であったなど思いもしなかったのだから
「あっ…………あっ………………」
彼女は思わず膝をついてしまう。 自らの強さを表していたその木刀が使い物にならなくなった今、彼女は戦意を失った。 操り糸を取り払われたマリオネットのように、全身から力が抜け落ちて無気力となったのだ。
そんな彼女に向かって、彼は一歩前に踏み出す。
それを見た彼女は身体を震わせた。 そして、やっと自らを取り戻すと今までやってきたことを思い返し、恐怖する。 それに、彼の手には真剣が――――――それが目に入ると、全身が金縛りに掛けられたかのように身動きが取れずにあったのだ。
それほどまでに、彼女は自身に深い罪を感じていたのだった。
罰が下される――――――彼女はそう感じ、息を呑んだのだ。
(カチン)
だが、彼は抜いた刀を鞘に納めると彼女の前で屈んで見つめだした。 彼女も目の前に来た彼の姿を捉えると視線を交じらせた。 すると、彼の目を見た彼女は驚きを示す。 なんと、彼はやさしげな表情を浮かべて彼女のことを見つめていたのだった。
それは彼女にとってありえないことだった。 本来ならば、彼女に向けられるべきものは憎悪と憤怒であろうと思われていた。 それなのに、彼はその様子を一切見せることなく彼女の前に現れた。 それが彼女にとって不思議な事であったのだ。
「海未」
彼はゆっくりとした口調で彼女に呼びかける。 彼女はそれに応えようとするも言葉が出ず、代わりに、視線が言葉の代わりとして彼に向かったのだ。
「海未。 お前は強くなった。 俺が知らない間に、こんなにも強くたくましくなっているとは思わなかった。 正直、さっきは本当に負けそうになるくらいに強くなったんだと俺は強く感じたぞ。 けどな、その力に溺れて自分を見失ってしまうのはいけないことだ」
彼は彼女を見て薄らと目を細めだし、悲しそうなそぶりをする。 それを見た彼女はどきっとわずかに心が揺れ動くと胸を締め付けられるような圧迫を感じ始めた。 息苦しくなる……身体から何かが零れ出てきそうなるのだが、何かに押し止められてしまう。 そんなもどかしさを秘める中、代わりにまた別の感情が言葉として流れ出てくる。
「し、しかし……そうでもしなければ、あなたは独りでにどこかへと行ってしまうではないですか………! わたしは……わたしはそれがいやなのです………もう……二度とあなたを失うような苦しみを抱きたくないのです……!!」
海未の口から悲痛な言葉が発せられる。
その言葉には、彼女が過去に見た彼の痛ましい姿を彷彿させるモノが含まれていた。 彼女にとって、これまでの人生の中でも最も悲惨とも言える出来事―――――彼、蒼一が事故に巻き込まれて死にかけたあの日の出来事――――――を未だに悔やみきれずにいた。 何もできなかった自分がとても嫌だったのだ。
無意識の内に、彼女の瞳から一筋の滴が零れ落ちる―――――――
すっ―――――――――
彼のあたたかな指先が彼女の頬を伝う。
流れ落ちそうになった涙を拾うように、濡れた軌跡を拭った。
「あっ――――――」
その温もりを感じた彼女は思わず声が出る。
「海未。 お前は確かに強くなった……けど、俺だって強くなったんだ。 あの時から……そう、俺はもう昔の俺なんかじゃない、本当に誰かを護ることが出来るほどに強くなったんだ。 だから、俺はお前に護ってもらいたいとか思っちゃいない、むしろ、お前を護りたい。 心から信頼できる友達であり、大切な存在である海未をこの手で護りたいんだ……!」
蒼一の言葉が海未の心に強く打ち付けられる。 彼の言葉から伝わる感情が水のように溶けだすと、彼女の心がそれを吸い上げはじめる。 じわじわと浸透する彼の感情によって彼女の本心がよみがえってこようとしているのだ。
「海未……戻って来てくれないか……? そして、また俺たちと一緒にくだらないことばかりやってさ、一緒に笑い合えることが出来る日常に戻ろう………」
蒼一は海未に向けておもむろに手を差し伸べる。
海未は大きく広げられた手の平を見つめると、それが自分を救いだしてくれる蜘蛛の糸のように思い、思わず手を伸ばそうとしたのだ。
だが――――――――
「い……いけません………わたしは……洋子も明弘も、そして、あなたにでさえも手を掛けようとしたのです………そんな私が楽しい世界を臨めるはずなどありえません…………」
彼女は手を引っ込めてしまう。 自ら犯した過ちを思い返すと、どれほど自分が愚かなのかを実感したのだ。 こんな自分に救いがあるのだろうかと、自分を攻めたてた。
そんな彼女に彼は穏やかな言葉を掛ける。
「いいや、あるさ………お前を待っているヤツはたくさんいる。 そいつらはきっと、お前のことだって赦してくれるさ。 それに……俺は海未のしたことをすべて赦すよ」
「えっ―――――――?」
「海未がどんなに悪事を働こうが、どんな取り返しのつかないことをしようが関係ない。 俺は………どんなことがあっても海未の味方でありたい……お前が俺の親友で、大切な存在であり続ける限り……ずっとだ………」
「ッ~~~~~~~~~!!!」
彼の温もりあふれる言葉が彼女の身体を包みだす。
絶対に赦されるはずはないだろうと諦め、投げ打っていた彼女にとって、その言葉は万金以上に代え難い言葉だった。 なぜなら、彼女の中には、もし赦されるのであれば……という儚い願いが込められていたからだ。 そんな掴みとることなど到底不可能とされていた願いを手にすることが出来たことに彼女は感情をあらわにせざるを得なかった。
彼女の瞳から滂沱の涙が零れ出した――――――
彼女の中で、押し止めていたモノが崩壊し、湧き上がってくる無数の感情がここに流れ出てきたのだった。 もう彼女自身では制御することが出来ない程にあふれ出るのだ。
そんな彼女に向かって、蒼一はまた手を差し伸べる。
「海未………さあ、戻ってきてくれ…………」
やさしい声とともに差し伸べられた手にゆっくりと手が伸びる。
恐る恐る伸びる華奢な手が近付こうとすると、一瞬思い止まる。 本当に良いのだろうか……こんな私が赦されるなど……と思い悩み始めるが、ふと顔を上げると、何の不純も感じられない顔を見て彼女の心が動き出す。
そして、彼の手に一本の指先が触れ出すと、彼はその指を包むようにして握りだした。 すると、彼はもう片方の手を彼女の腰辺りに据えると、ゆっくりと力を込めて手前に引き寄せ始めたのだ。 重心が前に出て倒れそうになると、今度はその身体を彼は全身で受け止めた。 彼女の顔が彼の胸の中に埋もれだす。
腰に据えた手を背中をなぞるかのように上げると、ちょうど真ん中辺りで止めてやさしくさすりだす。 それはまるで、傷付いた彼女の心に直接触れて癒しているかのようで、ひとさすりする度にじーんと胸に込み上がって来るものがあった。 初めは息苦しく感じてしまうのだが、徐々に安らいでいき、終いには心があたたまり始めたのだ。
この募る気持ちを伝えようと口を開こうとすると、彼の方が先に口を開き話し出した。
「俺は……もう、海未の前からいなくなるようなことはしない。 約束する。 だから、悲しまなくてもいいんだ……誰かを傷つけなくてもいいんだ………何も心配しなくてもいい、だから、俺と一緒に戻ろう……あの楽しい日々を………」
その言葉が押し止まっていた感情を崩壊させた。
滂沱に流れ出す涙とともに悲愴な叫びが口から漏れだした。 抑えても抑えきれない無数の感情勢いよく出ていこうとするのだ。 それを止める術など何もない。 ただすべてが吐き出されるまで、こうしているのだ。
そして、すべてが吐き出され空っぽになった感情に向かって、彼はこう言うのだ。
「―――――――おかえり、海未――――――――」
(次回へ続く)
ドウモ、うp主です。
次回、海未編はおしまいです。