《完結》【蒼明記・外伝】カメラ越しに映る彼女たち―――   作:雷電p

44 / 78
フォルダー4-5

 

 

[ 園田家・道場内 ]

 

 

 

(ビュッ――――――――!!!!)

 

 

(バチィィィィィン!!!)

 

 

 

 殺気立たせながら放たれる矢をしなやかでありながらも硬く力の籠った竹刀が撃ち払い続けています。

 

 日が完全に身を潜めてしまったこの漆黒の闇の中、明弘さんはどこからやってくるのかもわからない攻撃に対し、数十分もこうして撃ち払い続けているのです! 初めの数発くらいは私の目でも捉えることが出来たのですが、今では影も形も視認することが出来ずにいるのです。

 

 それなのに……明弘さんは、ただひたすらと立ち向かっているのです。

 

 身体から流れ落ちる大粒の汗と血が混ざり合い、水溜りのように彼の周りに広がっているのを見てますと、痛ましく感じてしまうのです。

 

 

 

「ハァ―――――――ハァ――――――――ハァ――――――――――」

 

 

 つい先ほどまで、威勢を高らかに咆哮していた明弘さんの口からは、息切れる声が漏れ出ています。 竹刀片手に孤軍奮闘しているのですから体力が心配されるのは当然のことでしょう。 けれど、限界に近付いているのにもかかわらず、それでも立ち向かうのですか……?

 

 

 

「もういいのです………これ以上、無理を掛けないでください…………!! お願いです、明弘さんだけでも逃げて下さい……!!」

 

 

 私の悲痛な思いが篭った声が道場内に響きます。 当然、明弘さんの耳にも聞こえているはずです。

 

 

 

 けれど………

 

 

 

 

 

「………言ったはずだ……洋子を1人残すようなことは絶対にしねぇよ………俺が道を切り開いて見せる……だから、そこで待っとけ…………」

 

 

 息の上がった声でありながらも、やさしげな言葉で私に言い返してくれました。

 

 

 どうして、そこまでして私のことを…………

 

 

 私の胸に抱いた疑問が口に出ようとした瞬間―――――――

 

 

 

 

 

(ビュッ――――――――!!!!)

 

 

(バチィィィィィン!!!)

 

 

 

 

 

 

 

(ドスッ!!)

 

 

「うぐぅっ………!!!」

 

「明弘さんっ?!」

 

 

 矢が放たれ撃ち払われるだけの音が響くモノだと思っていました。 けれど、それは間違っていたのです。

 

 

 明らかに、ここまで聞いてきた音とは別の音が聞こえてきたのです。

 その異質な感じに、私は声を荒げて彼の名前を呼びました!

 そして、目を凝らして明弘さんの姿を捉えますと…………

 

 

 

 

 なんと、左足に矢が突き刺さっているではないですか!!

 

 

 

「っ~~~~~~~~!!!」

 

 

 あまりの激痛からでしょうか、明弘さんは足を崩し、その場でうずくまってしまいました。

 

 

「明弘さんっ!! 明弘さんっ!!!」

 

 

 私は必死に彼の名前を呼び続けました。

 

 何故でしょう………私の内にモヤモヤとした煙のようなモノが募り始めてくるのです。 手を伸ばしたら消えてしまいそうな………そんな蜃気楼のような存在のようにも感じてしまうのです。

 

 

 

「………だい……じょうぶだ………おれは………まだ……………!!」

 

 

 彼は刺さった矢を抜き取りますと、無事な肩腕だけで身体を支え、立ち上がりだしました。 けれど、もう先程のような気迫も威圧も抜けきっていたのです。 最早、立っているのがやっと…………

 

 

 それに、彼を助けていた竹刀が………先程の衝撃で何処かへ飛んでいったようです。

 

 彼は今、丸腰なのです―――――――

 

 

 

 

 

「もういいのです!! やめてください!!! これ以上……明弘さんが立つ理由なんて無いのですよ………」

 

 

 内から募りだしていたモノが口から吐露し始め、それが声となって……嗚咽のような言葉として彼に向かって行きました。 彼の身体はもう傷付き、千切れ落ちてしまいそうなくらいボロボロとなっていたのです。

 

 それなのにも尚、彼は立ち続けようとするのです………

 

 

 すると、彼は振り返って私の方を見つめだしたのです…………

 

 

 それは、今までに見たことの無いほどに、やさしい笑顔でした―――――――

 

 

 

 

「………目の前に傷付いている女がいる………それを護るのに……理由なんていらねぇよな……?」

 

 

 

 最後に、にこっと笑みをこぼすと、また正面に向け直しました。

 

 

 

 

 

 

(ビュッ――――――――!!!!)

 

 

 悲愴漂う空気を引き裂いてしまうような轟音が向かってきます。

 その音が向かう先には、彼が捉えられている―――――言わなくても、感じることが出来るのでした。

 

 

 

「――――――――――――!!!!」

 

 

 その時、私は何かを強く叫んだと思います。 ですが、考えなくとも、それは紛れもなく明弘さんに向けてのモノです。 しかし、それでも何を言ったのか未だに思い出せずにいるのです―――――――

 

 

 その時、私の目に映ったのは――――――――

 

 

 

 両手を広げて仁王立ちする彼の姿が――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(バチィィィィィン!!!)

 

 

 

 

 

「「!?!?」」

 

 

 

 思いもよらない音が鳴り響く――――――

 

 

 明弘さんの方に向かっていたはずの矢が、軽い音を打ち鳴らしながら床を転がっていたのです。

 

 

 

 そして、私たちの前にあの人が立っているではないですか………!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いな、少しばかり時間を浪費してしまった。 タイミングはバッチリか?」

 

 

 暗闇から颯爽と現れ出しましたのは、紛れもない蒼一さんだったのです!!

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 少し時間をさかのぼる――――――――

 

 

[ 園田家・居間 ]

 

 

 

「さあ、蒼一…………ワタシノモノニナリナサイ………」

 

 

 身体の自由を奪われている中、エリチカがその手を俺の方に伸ばして来ようとしてくる。 俺は必死になりながら身体を動かそうと試みるのだが、薬が完全に行き渡ってしまったのか、指一本すらもまともに動けないでいるのだ。

 

 くっ…………! このままでは…………!!

 

 迫りくるエリチカの魔の手が俺を飲み込もうとしていた。 一体何をする気なのだろうか、と疑念を抱かせてみるものの、不気味にニヤついたその表情がこれから起ころうとすることをすべて物語っているようにも思えたのだ。

 

 

 逃げられない………!

 

 

 

 そう諦めかけていた時だった―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「「蒼一っ!!!!」」

 

 

「「!?!?」」

 

 

 この部屋の襖が音を立てて開かれると、そこから現れ出たのは、真姫とにこだった! 息を切らし慌てた様子で立つ2人は強い眼差しでエリチカを見つめていた。

 

 何故、ここに2人がいるんだ!? 俺の家で待っていたはずじゃ………!

 

 

 状況理解が得られないまま、様子を伺っていた。

 

 

 

 

「………意外ね、まさか……こんなにも早く来てしまうだなんてね…………」

 

 

 そう言うエリチカの顔を見てみると、額から汗が一筋、頬を伝って流れ落ちた。 明らかに動揺している様子が見受けられる。 どうやら、エリチカ自身もこうなるとは思いもしなかったのだろう。

 

 

「ええ、私たちも当初はこんなに蒼一からの連絡も受けないまま来てもいいのか迷っていたわ。 けど、希が今すぐ行くようにって言ったから来ただけのことよ」

 

「希が………!!」

 

 

 真姫が言った言葉に対し、エリチカは意外だと言わんがばかりに目を大きく開かせていた。

 

 なんだ……? エリチカがこんな表情を見せるだなんて………いや、まさか…………

 

 

 

「それにしても、絵里。 ちょっとやり過ぎじゃないかしら?」

 

「やり過ぎ………?」

 

「そうよ、そこまでして蒼一を自分のモノにしようだなんて……考えられないわ」

 

「あら、そうかしら? 別に、あなたたちと比べてもやさしいモノだと思うのだけど?」

 

「「!!?」」

 

「それに、一緒にいるからって彼に発情してしまったり、彼の身体を弄り回していたあなたたちに言われる筋合いなんてこれっぽちもないのだけどね」

 

「「「ッ―――――――――!?!?」」」

 

 

 

 エリチカが口にした言葉に衝撃が走る。

 それは俺だけじゃない、真姫とにこにも同じような衝撃が駆け巡ったのだ。

 

 どうして、エリチカが俺と2人それぞれの間でしか知りえないことを何故知っているのかが驚きだったのだ。 それだけじゃない、俺たちの行動すべてを知っているかのようなその口ぶりがとても気になって仕方がなかったのだ。

 

 

 

 

「けど、参ったわね。 私もあなたたちが来るなんてことを考えてもみなかったし………いいわ、今日のところは引いてあげるわ」

 

「「なっ?! ま、待ちなさい!!」」

 

 

 真姫とにこの静止を受けても足を止めることをしなかったエリチカは、さっき海未が出ていったところから去ろうとしていたのだ。

 

 

「それじゃあ、蒼一。 また、逢いましょうね♪」

 

 

 そう言い残すと、1人外の暗闇の中にへと身を沈めてゆき、そのまま消え去ってしまったのだった。

 

 

 

 

 

「「蒼一っ!!!」」

 

 

 エリチカがいなくなったのを見計らうように、2人が俺に駆け寄ってくる。 2人はそのまま倒れていた俺の身体を起こし、背中を壁に寄り掛からせて体制を整えさせた。

 

 

「大丈夫、蒼一? 身体が動けなさそうだけど、どうなの?」

 

「………うぅ………まだ……うごかしにくい………ようだな…………」

 

「わかったわ、私に任せて。 にこちゃん! ここの台所から水と塩をたくさん持ってきて!!」

 

「水と塩!? わかったわ、出来るだけ大きな器に入れて持ってくるわ」

 

 

 真姫の注文を受けたにこは台所の方に向かってゆき、水と塩を出来るだけ大きな器の中に入れる準備をし始めた。 その間、真姫は俺の身体のあちこちに触診し始めた。 痺れがどのくらい行き渡っているのかを知るための行為だということだ。

 

 

 

 そこに、にこがプラスチックのボウル容器に水をたくさん入れて、塩をそれなりの大きさの器に少し多めに入れてくると、「ありがとね、にこちゃん」と一言だけお礼をして両方を受け取った。

 

 すると、真姫は水の入ったボウルに塩をすべて入れてかき混ぜ始める。 そして、溶かしきったであろう水の容器を俺の近くにまで持ってきてこう言ったのだ。

 

 

「少し辛いけど、全部飲んで……!」

 

 

 いきなりそう言われると、俺の有無を聞かないまま無理矢理飲ませ始めた。 ごくごくと喉を鳴らしながら身体の中に入って行く水がとてもしょっぱく、海水を飲んでいるようにも思えて辛かった。 それも、溺れてしまいそうなほどに多くの水が入って来るので、息苦しくも感じたのだった。

 

 

 ただ、さらに辛かったのはここからだった。

 

 

 真姫は水を飲んで膨れ上がった俺の身体をこの部屋を出た縁側の方に運び出したのだ。

 

 

「ちょっとだけ我慢してね…………」

 

 

 とだけ、合図を掛けるのだが、心の準備が出来ないまま真姫は異様な行動を起こした。

 

 

 

「うぉあがっ――――――?!」

 

 

 真姫は人差し指と中指を揃えて、それを俺の口の中にへと突っ込ませたのだ。 しかも、ただ口の中に入れるだけではなく、そのまま指を奥へと向かわせていくのだった。 当然のことながら、気分が悪くなり嗚咽を漏らすのだが、それと同時に身体の中に収まりかけていたさっきの水が勢いよく食道を通り過ぎて吐き出てきたのだ。

 

 幸いなことに、吐き出した先が外であったため、家を汚すことは無かった。

 

 

 

「ガハッ――――――ガハッ―――――――――!! うぐぐぐ、何をするんだよ―――いきなり―――――」

 

「古典的な解毒の処方よ。 蒼一の中に溜まってしまった薬の効力を打ち消すために行ったのよ。 痺れ薬も一種の毒、だとしたらこのやり方でならいけると思ったのよ」

 

「そうか………うん、さっきよりかは身体を動かしやすくなってきているな………」

 

「そう……ならよかったわ」

 

 

 緊張が解れ安堵の表情を見せ始める真姫。 少しだけ目元の辺りが部屋から射してくる明りによってキラリと輝いた。 今にも涙を流して泣き付いてきそうな雰囲気だった。

 

 そんな真姫の気持ちを察して、俺は彼女の頬を一撫でする。 すっと滑って行くような滑らかな感触はとても気持ちが良く、また、彼女から感じる微熱が冷え切った心を温めてくれるのだ。

 

 

「蒼一ぃ~~~! にこもいるのよぉ~~!!」

 

 

 そう頬を餅のように膨らませるにこは、無防備にしていた俺の腕に抱き付いてちょっぴり怒った表情を見せた。 けど、その表情とは裏腹にどうしても構ってほしいと言わんがばかりの寂しげな視線を送って来るのを見ると、あぁ、にこも甘えてほしいのだなと自分の頬をわずかに緩ませながら彼女のこともやさしく撫でてあげた。

 

 

 そんな彼女たちは嬉しそうな表情と声を漏らして、今の気持ちを表していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、こうしちゃいられないぞ…………早く、明弘のところに行かなければな………!」

 

 

 彼女たち2人との時間を採った後、身体に力を込めて立ち上がるとこの目に映る敷地内を見回した。 辺りは完全に暗くなり、目を凝らしてやっと視認できる程度の様子だった。 それに、わずかに降り始めていた雨も少し強くなりつつあった。

 

 

 

「それで、どこをどう探せばいいのかしら?」

 

 

 腕を組みながらにこは話す。

 

 

「本当だったら、アイツの方から連絡が来てもおかしくは無いんだが………未だに来ない………多分、海未と接触してしまって身動きが取れないままじゃねぇかと思っている」

 

「だとしたら、厄介ね………海未って、ちょっとだけしつこくって面倒なところがあるから足止めされて身動きが取れないじゃないかしら?」

 

「それに、今は洋子も一緒にいるんでしょ? だったら、なおさら早く探しに行かないといけないじゃない!」

 

 

 真姫とにこは口々に意見を述べてみるが、実際にどこにいるのかというところに至ってはいない。 では、一体どこにいると言うのだろうか…………?

 

 

 

 

 

 

 

「!! ちょっと静かにして!」

 

 

 急に大きな声で真姫が話しだすと、耳に手を置いて何かを聞きとろうとし始めた。 「何? どうしたのよ?」というにこの質問に「少し喋らないで」と強い言葉で言い返して、にこの口を閉ざさせた。

 

 俺も同じく耳に手を置いて耳を凝らして何かを聞きとろうとした――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………………バチィィン……………………)

 

 

 何かが打ち当たる音が耳に響いてくる。 何だろうか? この叩き付けるような軽く、打ち当たるような鈍い音は? どこかで聞いたことのある音なのだが………思い出せずにいた。

 

 

 

 

 

「………竹の音ね」

 

「「えっ………??」」

 

 

 真姫が言った言葉に思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまう俺とにこ。 音の正体を瞬時に捉えてしまったことに驚いてしまっていた。

 

 

「竹か………竹…………はっ、もしや………!」

 

 

 真姫から得たヒントに心当たりを感じた俺はすぐに行動に出た。 それにくっ付いていくかのように真姫もにこも俺の後に続いてきた。

 

 

「真姫、にこ! 今から明弘たちを助けに行く。 俺は明弘の方をどうにかするから、洋子の方を頼むぞ!」

 

「「えぇ、任せなさい!!」」

 

 

 力のこもった返答を耳にすると、俺たちは明弘たちがいるところに向かって直進していくのだった。

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 

 そして、現在――――――

 

 

[ 園田家・道場内 ]

 

 

 

「どうやら………間に合ったようだな………」

 

 

 落ちていた竹刀を片手に持ち、俺は明弘の前に立った。

 

 予想した通り、2人はこの道場にいた。 ただ、洋子は座り込んだままで動けないままで、明弘は全身に擦り傷やらでボロボロになった状態で立っていたのだった。 決して、無事とは済まされない状態である。 そんな2人に駆け寄る真姫とにこは、早速、触診を行い始めており、出来るだけの治療を行い始めたのだった。

 

 

 

「………ったく、遅いじゃねぇか……兄弟…………」

 

「すまないな、少し足止めを喰らっていたんだ。 だが、こっからは俺が引き継ぐ。 ゆっくり休むことだな」

 

「あぁ……そうさせてもらうわ………ちょいとばかし……疲れ……ちまった……わ…………」

 

 

 張り詰めていた糸が立ち斬れたように、明弘の身体がゆらりと床に沈みだす。 膝からがっくりと崩れ出した身体は、そのまま横に傾き、か細く深呼吸をしたまま倒れ込んでしまった。 どしゃっと果実が木から地に落ちて、その果肉をぶちまけるようなえぐい音が聞こえると、明弘の身体から生気が薄れていくようだった。

 

 

「明弘…………」

 

 

 満身創痍で屍同然とも言えるような姿になりつつあった親友(とも)の姿に、俺は哀れみの眼差しを向けた。 それと共に、「よくやった」と称賛の言葉を掛けたのだった。

 

 

 

 そんな俺の言葉に、「ふっ……」と鼻で笑ったかのような声が聞こえてきたのだった―――――

 

 

 

 

 

 

 

「おや、蒼一………もう、ここに来てしまったのですか…………」

 

 

 緩んだ緊張が一気に引き締まるような冷たい声が暗闇の向こうから聞こえてくる。 それと共に木造りの廊下を小刻みに音を立てながらこちらに向かってくる様子を伺うことが出来た。 あんな姿になっても尚、その身に付いた優雅な立ち振る舞いと言うものは、そう易々と取り去られるものではないようだ。 現に、彼女は冷酷なる笑みを浮かべ、身体から発する殺気を纏いながらも華のある動きを見せてくるのだ。

 

 もし、生きる時代を変えてしまえば、1人の将として重宝されることは間違いないだろう………

 

 

 だとしても、俺は彼女を取り戻さなくてはならなかった。 それは、己のためでもあり、彼女のため、ひいては、彼女たちのこれからのためにも彼女を絶対に取り戻さなければならなかったのだ。

 

 

 

「うふふふふふ………蒼一、やはり、あなたはすばらしい殿方です……私の期待以上のことを見せてくださるのは、あなたを置いてどこにもいないでしょうね………」

 

 

 緩んだ口元から語られる邪の塊とも言える言葉が俺に向かってくる。

 暗闇からようやく姿を表した海未は、視界が暗くなっている中において、異様な空気を放っていた。 また、目元を隠すくらいに伸びた前髪がその異様さをさらに強調させるのだった。

 

 彼女は今、どこを見て話しているのか………それが気になり始めていた。

 

 

「………そう言えば、絵里はどうしましたか? 私がいない間にあなたをさらおうと試みていたあの泥棒狐は一体どこへ消えてしまったのでしょうかね………?」

 

「!! 絵里なら帰ったぞ………」

 

「そうでしたか……なるほど、分が悪いとみて出て行きましたか……相変わらず、素晴らしい判断をしますね………しかし、惜しいですね……蒼一を抱えているところを見計らって後ろから一突きしようかと思っていたのですが………本当に残念です………」

 

 

 何と言うことだ、海未はエリチカがここに来ていたことを知っていたというのか……? いや、すでに来ると分かっていたと言うのだろうか……? どちらにせよ、海未はエリチカに対しても強い殺意を抱いているのだと言うことはわかった。

 

 

「しかし……絵里がいなくなったとは言えど、また厄介なモノたちが増えてしまったようですね。 私の計画の邪魔をする蛆虫どもはこの私が排除してみせましょう………」

 

 

 すると、それまで隠れて見えなかった右腕から一本の長い棒のようなモノが姿を表した。 海未自身の腰丈ほどの長さを要したその棒がこちらに向けられた。

 

 

 

 

「それでは………参りましょうか…………!!!」

 

 

「!!!?」

 

 

 ドンッと床を太鼓で叩いたような強く踏み込んだ音が響く。 それが耳に届いた頃には、海未が俺の目の前に飛び出てきては、その長い棒を振り降ろしてきたのだ!!

 

 

「くっ……………!!!」

 

 

(バヂィィィィィィン!!!!!)

(ゴッ!!!!)

 

 

 反射的に身体が動き、竹刀でその棒の横っ腹を打ち払うと、棒は俺に向かう軌道が逸れて床に鈍い音を立てて叩き落ちた。 とてつもない程の威力を含ませたその一撃を何とか避けたものの、それをまともに受けていれば、ただでは済まされなかっただろう………

 

 

 だが今、海未は俺のことを狙っていたのか…………!?

 

 

 また、ここで新たな疑念に背筋を硬直することとなった。

 

 

 それに海未が片手に持っていたあの棒………ただの棒じゃない…………

 

 

 

 

 

 

 

―――――――木刀だ

 

 

 

 そこら辺に落ちている野良のモノだったり、箒の柄の部分であれば大したことは無かった。 けれど、海未が取り出してきたのは、この道場で使われている木刀だ。 しかも、それはあまりにも大きく、尚且つ、太く強固な形のもので彼女自身の強さと言うものをしえしているかのようだ。 それを手にしている海未は、親父さんと肩を並べるほどの技量を携えている――――――――言わずもがな、一太刀喰らえばひとたまりもないのは目に見えていた。

 

 

 

 

「おいおい、海未………お前、俺を殺す気か………?」

 

 

 思わず苦笑いをし出してしまうほどに焦り始めていた俺は、率直に聞き出そうとする。 すると、海未は急にケタケタと笑い始めると、ギロッと見開いた目で俺を睨みつけた。 その不気味な姿に、身の危険を大に感じ取ったのだった。

 

 

「うふふふふ………安心して下さい……殺すことなどいたしませんよ? ですが、私の下から離れてしまわないように、少し余分な骨を砕いて差し上げようとしているだけですよ……? そうすれば、蒼一はこれから一生、私の力無しでは、立つことも動くこともできなくなるのですよ………? うふふふふ……なんて素晴らしいことだとは思いませんか………?」

 

 

「ッ―――――――――?!!」

 

 

 常軌を逸した言葉と言うのは、まさにこのことを指すモノなのだろう……狂っていやがる………!!

 

 

…………冗談は止してもらいたいものだな………俺の骨を砕く? 一生、海未の力無しでは何もできなくなる……? あはは………ふざけるんじゃねぇよ……そんなこと、俺が快く思うものかよ………!!

 

 

 海未の口から出る言葉に、歯が砕けてしまうほどに食いしばってしまう。

 とても腹立たしいのだ。 海未がこんな状態になってしまったことに、気付かなかったこと、その原因に俺が噛みしていると言うことに、無性に腹が立ってしまうのだ。

 

 

 

 だが、その怒りを今はグッと抑え込まなくちゃいけない。 一時の感情に踊らされては、目の前にあることを仕損じてしまいかねないからだ。

 

 

 

 深く呼吸をして冷静を保たたせる―――――――

 

 

 集中するんだ………今やるべきことは、海未を元に戻すことだ。 怨むことでも憎むことでもないんだ。 ただ、助けることだけを考えるんだ!!

 

 

 

 俺は再び手に持つ竹刀を握り直し構える。 木刀との相性は最悪――――まともに競り合えば圧し折られてしまう。 そんな絶望的な状況下におかれても、俺は諦める気は無かった。

 

 

 

 何としてでも、海未を取り戻す―――――!!

 

 

 この決意だけは、まったくぶれることは無かったのだ。

 

 

 

 

「おい、お前たち…………」

 

 

 俺は後ろから見ている真姫たちに向かって話しかける。 それに反応するように返事を受け取ると、尽かさず彼女たちがやるべきことを伝え始める。

 

 

 

「明弘、洋子、真姫、にこ。 今すぐにここから離れろ。 絶対に振り返るな、真っ直ぐ俺の家に帰るんだ」

 

「そ、そんな?!! 蒼一を置いて行くなんて出来ないわ!!」

 

「そうよ! いくら解毒したからと言っても、まだ身体の自由は効いていないはずよ? そんな身体で何が出来ると言うのよ!!」

 

 

 

「にこっ!!! 真姫っ!!!!」

 

 

「「!!?!?」」

 

 

「………頼む。 ()()()()()()()()()()()()()()()には、お前たちが頼りなんだ……だから、俺の願いを聞いてくれ………」

 

 

「~~~~~っ!!! わかったわよ!! にこちゃん! 2人を連れて行くわよ!!」

 

「ちょっ!? 何言ってるのよ、真姫! そんなこといいわけ…「いいから、行くのよ!!」…ッ!! わ、わかったわ…………」

 

 

 俺の頼みを聞き入れた真姫は、にこたちを連れてここを離れる準備に取り掛かった。 意識をもうろうとさせている明弘や足を悪くしている洋子をさせるには、2人の力が不可欠だった。 だからこそ、2人には頑張ってほしかったのだ。

 

 

 

 

「蒼一………必ず……帰って来てくれるよね………?」

 

 

 去り際に、真姫は振り返って俺に声を掛けてきた。 俺はその一言に思わず頬を緩ませ、その潤わせた瞳に向かって、

 

 

 

 

「大丈夫だ。 海未の()()()()()暁には、ちゃんと、真姫たちのところに戻るからな………」

 

 

 と言った。

 

 

 真姫は他に何か言いたげな素振りを見せたのだが、それを口にしようとはせず、ただ「待ってる……」とだけ言い残してここを静かに離れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うふふふふ………嬉しいですよ、蒼一。 私とそんなに一緒になりたかったと言うのですか♪」

 

「ああ、そうだな。 お前のその偽りの姿を取り去って、いつもの恥ずかし気を残した元の姿にしなくちゃいけないからな……この方がやりやすい」

 

「何をおっしゃっているのですか? 私は普通ですよ? あのような、自分の気持ちを圧し留めているようなのは、私ではありません。 蒼一、あなたをこれほどまでに愛しているこの姿こそ、本来の私なのですよ?」

 

 

 顔色一つ変えないまま、淡々と話し続ける海未は、これまでにないほどに嬉しそうな表情を見せていた。

 

 だが、俺が知っている海未は、こんな姿をしてなどいない。 もっと、控えめで恥ずかしがり屋な部分を持ちながらも真っ直ぐとした信念を胸に抱く強い乙女だった。

 

 それがどうだろうか? こんな邪念に縛られて己を見失っている姿をしているではないか。 俺からすれば、これほど醜い姿は無いと言えるのだ。

 

 

 だからこそ、そんな醜い姿を脱ぎ棄てて、本来持つべき美しきベールで着飾らせなくてはいけない。 それが、俺に課せられた使命なのだから……………

 

 

 

 

 俺はゆっくりと竹刀を構える―――――――

 

 

 絶対に取り戻して見せると言う信念を胸に、今、挑み始めるのだ――――!!

 

 

 

「さあ………いざ参るっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




どうも、うp主です。


また長くなった()

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。