《完結》【蒼明記・外伝】カメラ越しに映る彼女たち――― 作:雷電p
「………え……………り……………」
海未の策略によって身体の自由を奪われた俺の前に現れたのは、エリチカだった。
彼女は俺の姿を見るなり、口角をギュッと上げて笑みをこぼしていた。
「ハ~ァイ、蒼一。 元気にしていたかしら?」
腕組みしながら俺のことを呼ぶのだが、俺を心配している素振りなど一切見受けられなかった。 むしろ、こうなることを期待してまっていたかのようにも思えたのだ。
そんなエリチカは俺の顔のすぐ前にまで近づき、見下ろしていた。 彼女の目付きが一層鋭く光り始める。 その眼光の先にある俺に彼女は一体何を思っているのだろうか? そう考えてしまうと、ただ不安でしかなかったのだ。
「ウフフフ、どうやら薬はかなり効いているようなのね。 こうしてもらえると助かるわねぇ。 あとで、海未にお礼でも言っておこうかしら?」
少し鼻に掛かるような声で話しするエリチカは、その言葉に何かしらの意味を含めているようだった。 一見、頬を上げて温かな表情を浮かべているようなのだが、薄く細めた目から突き刺さる冷血な視線が俺の心拍数を跳ね上げた。
どうも、今見せているこの表情―――いつか見た感情を持たない冷酷な姿そのものだった。
「………な………ぜ…………ここ………に…………」
痺れる口を最大限に使って話をするも、これが限界だった。 俺の考えをすべて言葉に乗せることが出来ないのだ。
だが、この会話文にすら成り立たない言葉をエリチカは、判り切ったような笑いを飛ばしてこう呟いた。
「あら、そんなの簡単なことよ。 あなたたちの行動をすべて監視させてもらった、とでも言っておきましょうか? 特に、海未の行動は終始見させてもらったわ。 私が見ても分かりやすい行動をとるだなんて、ホント純粋な子ね。 故に、愚かなのよね」
白い肌で強調された紅い唇がニヤリと不気味な笑いを浮かばせる。
エリチカのヤツは、最初から俺たちのことを見て、先回りしたというわけなのか。 そして、海未がいなくなったところを見計らってやってきたということなのか……
「ねえ、蒼一……知っているかしら、海未たちのこと……?」
クスクスと冷笑をこぼすと、意味ありげな言葉をほのめかす。 俺は眉をピクッと動かして反応してみせる。 すると、何かを口に含ませるようにしながら話しだすのだ。
「今朝は最高だったわぁ……何せ、堅いキズナで結ばれたユウジョウが簡単に崩れ落ちていったのだから、もう見てて気分が良かったわ……! クフフフ……今思い返しても滑稽だったわ……私の誘導に引っかかって哀れな表情を見せてくれるんですもの。 あの子たちが今の活動を申請してきて追い返した時の表情よりも幾何倍もいいものだったわ………ゾクゾクしちゃった……♪」
エリチカの言葉を耳にした途端、全身から湧き上がるような怒りが込み上がってくる。 海未が先ほど言っていたこととがようやく繋がり、脳内で1つの話が出来上がる。 それを見返すだけで、すでに頭に血が上りそうだったのだ。
「そ・れ・に……私を殺そうと躍起になっていたことりは哀れねぇ……信じていた2人から裏切られ、私に襲い掛かろうとしたけれど返り討ちにされちゃって……ホント、つくづく運の無い子だったわ………あっ、でも、弄くり回したらとてもいい声で鳴いていたわねぇ……クフフフフ……アハハハハハハ!!」
「ッ―――――!?!?」
エリチカの口から出てきた言葉が俺の沸点を容易く吹き飛ばした。 ことりの身に何が起こったのか……今朝見つけた幾つもの髪の毛のことを思い返すと、居た堪れない気持ちになる。 エリチカの言葉を聞くだけで憤激してしまうのだ。
あそこで止めることが出来ていれば………!! 悔やんでも悔やみきれない張り裂けるような気持ちを抱かずにはいられなかった。
「ことりは堕ちて、穂乃果は絶望、そして、海未がああなった……すべて計画通り。 そして、ようやく待ちに待った蒼一をこの手で掴むことが出来る……! そして、あなたを屈服させることが出来れば、私にはもう怖いモノなって何も無い……ウフッ……アハハハハハハハハハ!!!」
細めた眼を見開かせ、裂けそうになるほど全開した口元から天井をつんざくような声が鶏の鳴き声のように響き渡る。 俺が初めて目にする壊れた彼女の表情に、ただただ恐怖せざるを得なかった。
そして、じわじわとその魔の手が俺の方に向かってくるのだった。
「さあ、蒼一…………ワタシノモノニナリナサイ………」
―
――
―――
――――
少し時間が遡る―――――
[ 園田家・裏手口 ]
生ぬるい空気が漂う中に、わずかながらも雨がポツリポツリと降ってきやがった……ちくしょう、雨具でも持ってくりゃあよかったぜ……!
兄弟に言われて海未の家のこっちに来てみたんだが、案の定、戸口の鍵が掛かってて中に入れやしねぇや。 まあ、兄弟が言うようにこの塀を昇って行かなくちゃならねぇってことなんだろうけどよ……軽く3メートルはあんだろこれ? 俺が手を伸ばしてやっと塀の瓦に届くくらいの高さ何だが、普通にジャンプして飛び越える……ってのは無しにしておこうかな?
…………よし、昇ろうか。
塀の瓦に手を掛けて懸垂をやるみたく、力技で身体を塀の上に立たせた。
そうやると、海未の家の敷地内が広々と見えるわけなんだが…………
「……っかぁ~~……あいっ変わらずでっけぇ庭だなぁおい!」
海未たち家族が住んでいるであろう屋敷の他にも、蔵や小屋みたいなのがチラホラとあって、鯉が泳ぐくらいの池まで付いていやがるんだ。 まったく、どっから手をつければいいのやら………
「希が言ってた、地面の方を見ながらって言ってたな………しゃあなしだ、それでいくか!」
両手で頬をパンッと叩いて気合を入れてから敷地内に入りこむ。 どこぞのスニーキングをする蛇みたく、暗くなり始めたこの空の下で
―
――
―――
――――
「……参ったなぁ……一向に見つからん……」
道場や小屋、蔵のいくつかを探し回ってみたのだが、洋子がいそうな気配がまったくしない。 わかんねぇなぁ……一体どこにいるって言うんだぁ……? 心当たりのありそうな場所はいくつか探したんだがなぁ……どっかで見落としたんだろうか?
俺はしばらく、立ち止まって考え込んでみることに――――――
「屋敷の方はありえねぇ。 小屋はあまりにも小さすぎて人が住むには心許なすぎる。 蔵も違うな、数日も寝泊まりできるような場所じゃねぇ………だとしたら………」
俺の視線がとある場所に集中する。 それは、かつての俺たちがふざけて遊んでいたところだった『離れ』と呼べる場所だ。 あそこならば、納得することが出来る条件が揃っている!
そう判断して、早速、『離れ』に足を向かわせる。
その場所に着いて、少し綻んだ家の姿に少しだけ顔を引きずらせる。 あまり使っていなかったからなのだろうか、自然の力による汚れがよく目立つ。 泥や砂で汚れた壁や窓、家の周りに茫々と生える草木がそれを物語っていた。
こんなところで住めるのだろうか……? と正直心配になる。
『離れ』の外装を検分していた時だった。 希の言うように地面の方ばかりをジッと目を凝らしていたら、明らかに異様な鉄格子を見つけたのだ。 地面とピッタリとそれがくっ付いているわけではなく、石の段差の上に備えられたような造りで、どうしても目に留まっちまうんだ。
ゆっくりと身体をそこに向かわせて、中を覗いてみると…………
「ッ―――――!! おい! 洋子か!!?」
鉄格子から視線をかなり落としたところに、うずくまるようにして座っている人影を確認した。 鉄格子からわずかに入ってくる光が中を薄っすらと照らしてくれるから、洋子の着ている音ノ木坂の制服と、特徴的な短めのポニテが目に入ってそう確信することが出来たんだ!
すぐさま、俺はこの建物の中に入り洋子がいる部屋に向かって行く。 洋子がいる場所は地下にある少し広い部屋だ。 1階から階段を下り、木製の扉が目に入るとそこが目的地だ。 ドアノブを捻って中に入ろうとするが、鍵が掛かっていて入れそうもない。 この感じじゃあ、海未が持っているんだろうな。
そうなると……抉じ開けるしかなさそうだな…………
蹴り飛ばして破れるような軟な構造はしていないため、手間は掛かるが細い金属の棒を2本用意して鍵穴に入れる。 鍵を開ける技術ってのは持ち合わせていねぇけど、漫画とかで見たヤツを思い出しながらやってみるしかない。 そんで、この棒で中をいろいろと弄くり回しますと…………
(カチャ)
「ほれ、ビンゴじゃよ」
少し時間を掛けたが、無事に中に入ることが出来るようになったわけよ。
「洋子! 大丈夫か!?」
中に入った俺は洋子に駆け寄って、グッタリした身体に手を掛ける。
「――――あきひろさん―――――どうして――――――」
「どうしてもこうしてもあるかよ! お前を助けに来たんだよ!!」
「ぅあ―――――あ、ありがとう――――ございます―――――」
言葉よりも息が抜けていくような声で反応を示す洋子だが、肌にはまだ熱はある。 意識もあることだし大事には至ってなさそうだな。
「み、みずを―――――」
「水か? わかった。 確か、ここには…………っと、あったあった」
洋子が水を求めたので、俺はここに来た時の記憶を辿りながら辺りを探索すると、水道が通っているであろう蛇口を確認。 それを捻ってみたところ、どばどばと勢いよく冷たい水が流れ出てきた。 ちょいと確認のために飲ませてもらったが、別段、腹を壊すようなことはなさそうだ。 口に入れても大丈夫な感じだな。
俺は早速、それを飲ませようと洋子に勧める。 だが、残念なことに器が無かったからよ、俺が両手で掬ったヤツを飲ませることにしたわけよ。
すると、洋子は掬った水をごくごくと喉を鳴らしながら勢いよく飲みだした。 そんでもって、すぐに水が無くなるわけだから、蛇口との往復をしなくちゃならなかったわけで………まあ、意外と身体に応える訳でな………少ししんどい………
あっ―――――
洋子が水を飲んでいた時に、舌で俺の手を舐めていたから、ちょっとだけ、くすぐったかったのは内緒だぞ?
「ふぅ~………生き返りましたぁ………明弘さん、ありがとうございますぅ~………」
さっきまで、グッタリと倒れ込んでいた洋子は、水を十分にあげた途端にピンッと背筋を伸ばして復活したわけだ。 やつれていた顔に潤いが戻ったみたいで、今ではハリすら感じられるわ。
つまり、ただの水分不足だったという…………
「ま、お前が無事でよかったわ。 数日間もいなくなったって聞いた時は、何があったんだ?!って、内心パニクってたわ」
「いやぁ~、お騒がせしました……まあ、ここまで生き延びることが出来たのは、海未ちゃんのおかげなんですけどね………」
「は? 海未が???」
洋子の口からまさか海未を褒める言葉が出てくるとは、一体どういうことなんだ? 海未は洋子を監禁した張本人じゃねぇのか? う~む、俺の中に幾つもの疑問符が飛び出てくるぅ…………
洋子の話からすると、海未は始末するようにことりから言われたことに反してここで監禁していたそうな。 しかも、毎日の世話もしていたらしく、特に不憫になるようなことは無かったそうだ。
だが、状況は今日の朝から変わっちまったそうだ―――――
海未自身とその周りの関係、つまり、穂乃果とことりとの間に軋轢が生じて、狂いだしたのだと言う。 海未が兄弟にメールを送り呼び寄せたのも何かの考えあったらしいのだ。 それについては言わずも分かることだが………
ただ、その影響が洋子にも及ぶことになり、今朝からこの時まで口に何も含むことが出来なかったそうだ。 手には鎖が付いてしまったことで、水すらも飲めない状況になったと言うのだ。
「そんで、衰弱した姿の写真を送ったってことか………なるほどな、そんならわかる気がするな」
「私自身も夕刻近くから意識がもうろうとしてましたから、そうした衰弱しているように見せかけた写真を送りつけて焦らせたのだと思います。 そうすることで、絶対に来させる算段を付けたわけです」
洋子の話を聞いて合点はいった。 けど、こっからが本番になるかもな………
「まずは、洋子をここから出さなくちゃならねぇな。 立てるか?」
「あ、はい、何とか立てそうです」
ちょっと呼吸をおいた後、俺たちは腰をあげてここから出始めた。
まだ体調が万全ではない洋子に合わせての行動なため、足取りは行きよりもかなり遅くなってはいる。 だが、着実に前に進んでいることは確かだ。 このまま、順調に進んでいけば、俺の仕事はお終いになるってわけだ。
『離れ』から少し歩いたところまで辿りついた時だった――――――
(ぞわっ―――――――――!)
「ッ――――――!?」
刹那に過ぎ去る背筋を凍らせるような殺気が身体を貫きやがった!
それを敏感に反応し、身体を強張らせた。 誰かが俺たちのことを見ていやがる………!
夕陽も沈み、暗がりが広がりつつあるこの時に、遠くから俺たちを狙っている輩がいた―――――!
(ビュッ――――――――!!!)
空を切り裂くほどの勢いと唸りを上げる何かがこちらに向かって放たれた!
「ッ―――――――!!? 洋子、避けろっ!!!!」
「きゃっ――――――?!!」
咄嗟に俺は近くにいた洋子の身体を押し、地面に伏せさせた。 洋子は小さく叫びつつも俺と共に地面に伏してそれが過ぎ去るのを待ったのだ。
(ドスッ―――――――――!!)
近くの木に鈍く撃ち立てる音が反響する。 何が飛んできたのかを確認するために顔を上げると、その物体に固唾を呑んだ。
「な、ななっ!? な、なんで矢がっ!!?」
木に撃ち当たっていたのは、何と矢だった! 細い木の棒の尻尾に当たる部分には、羽が付いてあり、気にメリ込んでしまっている先端部分には、鋭く尖った金属の矛先が付いていることだろう。 そんなモノが俺たちに襲いかかってきたのだ!
この状況下において、弓矢を扱えるような人物なんてただ1人しかしらねぇし、ソイツしかありえねぇだろとしか言いようがなかった。 だとしても、それが真実であってもそうであって欲しくなかったと心の中で強く叫んだ。
(ビュン――――――――!!!)
また、一矢放たれる唸りが響き渡りやがった! クソったれぇぇぇ!! と叫びながら俺は洋子を抱えてここから離れ出した。
「な、何をするんです!!?」
「わりぃが少しだけ黙っててくんねぇか?!」
急に持ち抱えたから驚いたのかもしれねぇが、そうも言っていられねえ状況が出来上がっちまったんだよ!
ドスッとまたしても鈍い音が出たところを振り返って見てみると、そこは俺が伏せていた場所だった! しかも、ピッタリと1ミリもぶれることがない精密な射撃だ。
「くっ……! アイツ、確実に俺たちを殺す気だ!!!」
暗闇の暗殺者ってのは、今のアイツにピッタリの名前かもしれねぇな………ただし、褒めちゃいねぇよ。 まったく、ふざけんなよって言いたくなるような状況だぜ、クソが!!
冷汗をかきつつ、俺は洋子を抱えながら一目散に走りまわる。 何とか隠れられるような場所を見つけて隠れるが、すぐ近くに矢が放たれるのだ!
逃げられねぇ………
俺の焦る気持ちが募り始めていく中、俺は道場の中に潜り込んだ。 アイツが放っただろう地点からは死角となるこの場所ならば、一先ず息を付けることができそうだった。
「明弘さん………アレって、まさか………」
「ああ、まさかもウソもあったもんじゃねぇ……アレは正真正銘、海未に間違いねぇよ」
洋子の表情に青みが覆い始めた。 殺意と言うより、ストレートに殺しにかかってくる海未を見て、恐れないヤツなんているわけねぇよ。
正直、俺だってビビっているのさ。 アイツが一矢放ってきた時は、何かの間違いじゃねぇのかって余裕を持っていたけどよ、もう一矢を撃ち放った時には、確信せざるを得なかった………アイツの殺意が俺たちに向かっているんだってことをよ…………
この際、何で俺たちにそれが向けられるのかは考える必要はない。 ただ、ここから脱出することしか考えなくちゃいけねぇってことさ………!
足に力を込め始めて立ち上がると、座り込んでいた洋子に手を伸ばした―――――――
(ビュッ――――――――!!!)
「「ッ――――――――!?!?」」
そこに思いもしなかった、更なる一矢が撃ち放たれてきたのだ!
完全に油断していた俺は、さっきよりも明らかに反応するのが遅くなってしまい、洋子を抱える余裕すらなかった。
「くっ――――――――!!」
力任せに何とか洋子を押し出すことが出来た―――――――が
(ザシュッ―――――――――!!)
「あがっ!?」
「明弘さん!!!」
肝心の俺は避けることをわずかに怠っていたために、矢が腕をかすめたのだ。 かすり傷程度かと思いきや、割と深くまで傷付いていて、そこから血が流れ出てきたのだ。
「だ、大丈夫ですか?!」
洋子の悲愴な声を漏らすが、「問題ない」と苦笑いで答えて見せた。
とは言いつつも、正直に言えば痛すぎるのだ。 えぐれるような痛みってのは、こう言うモノなのかねぇ……? 痛くて堪らんわな…………
だが………蒼一が受けた傷と比べりゃあ、屁の屁の河童さ………蒼一が背負っているモンは、この程度じゃ収まりきらんのだからな…………
鼻を一擦りして気合を入れ直す。 ここが踏ん張り所なんだと自分に言い聞かせるんだ。
「さあ、行くか!」
「はい! いっ――――!?」
「どうした?!」
「す、すみません………足が急に………!」
何とか立ち直ってこの場から離れ始めようとした最中に、洋子が足を押さえる素振りを見せた。 まさか、と思いつつ押さえた手をどかしてそれを見た。 そしたら、案の定のことだ。 片方の足首が赤く腫れ上がっているではないか。 その部分に触れてみると、痛がる素振りを見せるので、捻挫してしまったのだろうと結論付けた。
だが、これで状況は悪化してしまった。
ただでさえ足に負担を抱えていた洋子が、これで完全に動けなくなってしまったのだ。 これでは、どこにも行くことも海未が放つ矢から逃れることはできないのだ。
万策尽きてしまったかのように思えた
「いや……まだだ、まだ終わっちゃいねぇな…………」
そう気合を込め直すと、道場の中に立て掛けられていた竹刀を片手で持ち洋子の前に立った。
「ななっ!? 何をやっているんですか?! 明弘さんだけでも逃げて下さいよ!!」
俺の姿を見て洋子は驚嘆の声を掛けてくる。 けどな、ここを離れるわけにはいかねぇんだよ。
「逃げたいのは山々なんだけどよ、怪我した女をただ1人残しておくなんてことを俺の境地が赦しちゃくれねぇんだよ」
「何をバカなことを………明弘さんに何かあったらどうするんですか?!」
「そん時はそん時だ。 だが、これだけは言わせてもらうぜ………俺は死なんよ」
「!!」
片手で握りしめた竹刀に力が入りだす。 普段よりもはるかに強く力を込めて竹刀の先を前に構え出す。
焦りはしているさ。 何せ、久しぶりに頭ん中で
だがな、男に生まれてきたからには、こうして誰かの役に立ちたいって言うカッコいい気分を味わいたくなるのは当然のことだろ? しかも、カワイイ女を庇いながらって言うドラマチックな情景にテンションが上がんないはずがねぇよな!? ははっ! いいねぇ……楽しくなってきやがった………!!
こんな状況下に置かれても、俺は笑うことを止めねぇ。 俺の中で何かが吹っ切れちまったような気がした。 まあ、その方がいいわ……苦しんで、悲しんでいながら立ち向かうってのは、俺の性にはまったくあわねぇからよ。 そんなら、思いっきりこの状況を楽しみながら振り切って見せるしかなかっただけなんだ。
ホント、自分でも呆れちまうよ。
(ビュッ――――――――!!!)
強い殺気と共に空を切り裂く音が聞こえ出す――――俺に向かって真っすぐ向かってくるのがよくわかるぜ。 その殺意は俺に向けてのモノなんだろう? わかってるさ、そんくらいはよぉ。 俺が何度、海未から鉄槌を喰らったことだろうか。 数えるのも億劫になってくるんだぜ? まあ、そんくらい喰らったってわけなんだけどよ、その鉄槌1つ1つにはハッキリとした気持ちが詰まっていたってのもわかるんだぜ?
あー……つまり、何が言いたいのかってのはな…………
感情を押し殺したようなモンを撃ち放ってるんじゃねぇよ………!!
矢の先が視界に入る。 だが、次の瞬間には数メートルもあった距離がすぐ目の前にまで近づくのだ。 一瞬ですべてが決まっちまう運命の変わり目でもあるのだ!
もし俺が不幸になる運命に向かって行こうとしているのなら………全力で足を止めさせてもらうぜ……! そして、穿ついて不幸のどん底から這いあがってやるんだよ!!!
「チェストォォォォォォォォォォ!!!!」
(バチィィィィィン!!!)
迫り来る矢に対し、瞬時に振りかざした竹刀を稲妻が鳴り落ちるかの如く振り落とす! 一寸の狂いなく真っ直ぐ落ちていく竹刀の先に、飛んでくる矢があった。 その矢を俺に届く前に叩き落として見せたのだ。
俺に突き刺さるはずだった矢は、今、俺の真下で寝そべった。 最早、コイツに俺を
「どうしたぁ!! この程度で俺を
挑発的な言葉で海未を惑わし始めると、漆黒に染まった暗がりから先程とは比べものにならないほどの殺気を感じとった。 なるほど、どうやら俺の誘いに乗ってくれたようだな。 この調子で、矢をたくさん放ってもらいたい。 そうして弾切れになれば、こちらが一転して攻勢に移すことができる。 接近戦となりゃあ、こちらに分がある。 それまで持ちこたえてみせるさ。
(ビュッ――――――――!!!!)
先ほどよりも明らかに威力の高い矢が放たれる。
俺は先程と同じく構えだし、撃ち落とそうと心掛けた。
「さぁ……掛かってきやがれ!! お前のすべてを薙ぎ払ってくれるわ!!!!」
迫りくる矢にまた唸り声を上げる。
長い攻防戦が始まりだした―――――――
ドウモ、うp主です。
2話分の内容を諸事情で1話にまとめたらこんな感じになりました。
次回もよろしくです。