《完結》【蒼明記・外伝】カメラ越しに映る彼女たち―――   作:雷電p

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 辺りが薄暗くなり始める夕暮れ刻―――――――

 

 

 

 割と動きやすい私服で見慣れた道を1人歩く

 

 

 

 待ち合わせの時間までは、少しばかり余裕はある。

 しかしその反面で、沸々と湧き上がってくる焦燥感だけは抑えられずにある。

 

 心の余裕なんてあるわけがなかった。

 ここ数日間に立て続けに起こる出来事が、俺の身体にトゲのように鋭く突き刺さってくるのだ。 痛いという物理的なモノではなく、精神的に掛かってくる痛みが俺を(むしば)み始めてきている。

 

 やめたい………今すぐにでも放り投げてしまいたいと思うくらいだ。

 

 

 だが、ここで諦めてしまえば、俺は一生後悔することになる―――――そう感じているのだ。

 

 

 だから、俺は圧し掛かって来るあらゆるモノを背負い、時には振りほどきながら、このいばらの道を進んで行くのだ…………この先に見えるはずであろう、安息の地を目指して……………

 

 

 

 

「ここか…………」

 

 

 深く考え込んでいるうちに、目的の場所に辿りついていた。

 

 しっかりとした漆喰が施された塀に囲まれたその家――――と言うより、お屋敷はここ近辺では良く知られている名家であり、数々の武芸や文化に秀でた当主とその家族が暮らしているということは百も承知のこと。 そして、その当主の血を受け継いだ1人娘は師範である両親と並ぶほどの器量の持ち主であるということも以下の如く。

 

 

 

 そして、俺はその娘である彼女に逢いに来たのだ―――――――

 

 

 

(ピンポーン♪)

 

 

 ごく一般的なチャイムが鳴り響く。

 

 

 すると、数秒も経たないうちに扉が開くと、そこにシュッと背筋を整えて、澄ました姿で登場する彼女が目の前に現れたのだ。

 

 

 

 

「お待ちしておりましたよ、蒼一」

 

 

 少し首をかしげるような仕草で、にこやかな表情をする彼女――――海未は、無駄なモノで着飾ることなくシンプル且つ、美を意識させた身なりで俺の前に現れたのだ。

 

 俺は息を呑むと、そのまま中へと入って行く。

 そこは俺にとっての安息となるのか、傍また、辛苦となりえるのか………それが決まることとなるのだ………………

 

 

 

 

 

 生温く湿った空気の中を抜けていくように、ポツポツと弱い雨が降りだし始める―――――――

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 

 数十分前――――――

 

 

[ 自宅 ]

 

 

「まさか、本当に海未のところに行くんじゃないでしょうね?!」

 

「行かなきゃどうするんだ、真姫? あっちには洋子が人質となっているんだ、じっとしていられるわけがないじゃないか!」

 

「けど、相手はあの海未よ! ことりや絵里とは違った意味で厄介な相手なのよ!」

 

「そうよ! 何か仕掛けてくるに違いないわ! そしたら蒼一が…………!!」

 

 

 海未からのメールを受け取った直後、俺は海未のところに出向こうと決心を付けたところ、真姫とにこに阻まれていた。 真姫たちの懸念している通り、俺が対峙しようとしているのはあの海未だ。 幼馴染にして親友でありながら武芸共に秀でた才色兼備とも謳(うた)われるほどの相手だ。 それ故に、逆に追い込まれてしまうのではないかと危惧してしまうのだろう。

 

 

 

「わかっているさ………そこについては、お前たちよりも良く知っているつもりだ。 けど、さっきも言ったように、洋子を見捨てるわけにもいかないんだ………」

 

「だからって、それじゃあ………!!」

 

「まあ、待て。 俺だって無為無策に出ようとは思っちゃいない。 ここは、俺と明弘で洋子を助けに行くことにする」

 

「ま、そうなるわな。 その方が気楽に行動することができそうだな」

 

「俺が正面から海未をなるべく引きつける。 お前は裏口から行くようにするんだ。 多分、扉が閉まっているだろうから塀をよじ登って行くしかないだろうな」

 

「オーケー、そんなのお安い御用だ。 肝心なのは洋子がどこに居るか何だが…………」

 

「そんなら、ちょっと占ってみよか?」

 

 

 そう言うと、希は懐からおもむろに1枚のタロットカードを取り出す。 それを希が一目見ると、「なるほどなぁ」と頷き、俺たちの方に顔を向けた。

 

 

「スペードの10のカード*………それは、大地と風を意味するカード。 つまり、上の方を見るんやなくって、下の大地の方を見ろちゅうことや」

(*中世ヨーロッパのゲーム用タロットを使用)

 

「なんじゃそりゃ? 参考になり難いなぁ………」

 

「ふっふっふ……ウチの占いは結構当たるでぇ~? 信じておかんと大変よ?」

 

 

 ちょっと不気味な感じで話してくる希に、明弘は渋い顔をしながらも了承していた。

 

 明弘の他に、真姫とにこに疲弊しているであろう洋子を助けた時の介護を頼むことにし、希と凛もそのサポートとして自宅にて待機させることにしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、現在――――――

 

 

[ 園田家 ]

 

 

「蒼一、こちらに来てください」

 

 

 澄ました表情を微塵たりとも崩すことなく、淡々と行動する海未を俺は神経を張り詰めながら見ていた。 見た感じでは普段と変わらない様子である。

 

 だが、そんな海未が洋子を監禁しているという事実だけは拭うことが出来ない。 何故、海未がそんなことをしようとしたのだろうか? まったく、理解し難いことだった。

 

 

 海未に連れてこられたのは居間だ。

 幼かった頃によく上がらせてもらっていたこともあり、どういう場所であるかはハッキリとしていた。 畳で敷き詰められた床の上に大きめの卓袱台(ちゃぶだい)が1つ中心にどっしりと構えている。

 

 そして、その台の上には、いくつもの料理が芳しい匂いと湯気を出しながら俺のことを待ち構えていたかのように揃えられていたのだ。

 

 

 

「さあ、座ってください。 私と一緒に食事をしましょう」

 

 

 にこっと頬をわずかに上げた笑みを零しだすと、俺を座らせようと勧めてくる。 仕方なく俺はそこに座ることにしたが、その横にベッタリとくっ付くように海未が座ったのだ。 しかも、利き腕のある右側に座ったのだ。

 

 

「う、海未………これじゃあ、食べられないじゃないか?」

 

「安心して下さい。 私が1つ1つとって差し上げますよ♪」

 

 

 喜びを表すような跳ね上がる声で聞き返してくると、そのままご飯が盛られたお茶碗と箸を手にして食べさせようとする。

 

 

「ちょっ?! 1人で出来るから……!」

 

「いいえ、私の手から蒼一に食べてもらいたいのです! さあ、口を開けて下さい♪」

 

 

 無理矢理に食べさせようと迫ってくる海未に対して俺は抵抗しようとするも、瞳の奥に見える黒い影に嫌な予感を察したため、止むを得ず従うことにした。

 

 海未は箸でご飯を摘むとそれを俺の口に運ばせた。 俺がそれを食べると、次はおかずの料理を1つ……また1つと摘んでは俺の口の中へと入れてくる。 1つ1つの料理にしっかりとした味付けがなされているので、味としては満足のいくものではある。 だが、俺がそれを噛み砕いて胃の中にへと送り出すよりも先に海未が勧めてくるので、ゆっくり味わう事が出来なかった。

 

 

「どうです、お口にあいましたでしょうか?」

 

「………あ、あぁ……おいしいな………」

 

「ありがとうございます!! そう言っていただけると、作った甲斐がありました!!!」

 

 

 膨れた頬の中を空にしてから受け答えると、今日一番とも捉えられる喜びを露わにする。 だが、そんな喜びの表情にどこか違和感を覚え始めていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「では、少し手間を掛けさせていただきます………」

 

 

 そう言うと、海未はいきなり俺が食べるであろう料理を1つ口の中に入れ始めたではないか。 ある程度、口に収めるとそれらを噛みだしているのがこちらからでも分かる。 一体、何をやっているんだ?と疑問符を浮かばせて見ていると、海未の表情に少しずつ綻びが生じ始める。

 それに加えて、何故だか分からないが、俺を見る目付きが変わってきているようにも感じた。 熱い視線……と言うべきか、こちらをジッと俺のことを見つめているのだ。 それもぶれることなく、ただ真っ直ぐに見つめて…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間だった――――――――

 

 

 

 

 

 海未の顔が俺の目の前に―――――いや、正確に言えばそうではない

 

 

 

 

 

 海未の顔が俺の顔と重なりあったのだ―――――――!!

 

 

 

 

 わからなかった――――――目を瞑ったその一瞬に目の前で起こったこと――――起こってしまったことにまったく気が付くことも反応することも出来なかったのだ。

 

 

 だから、俺は――――――――

 

 

 

 

「むぐっ………?!んぐぐっ………!!むごぉっ…………!!!!んっごくっ…………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 海未の口から出された料理(りょうり)を俺の中に無理矢理注ぎ込まれたことを知るよしもなかったのだ――――――

 

 

 

 

 

 

 

「「ぷはぁ……………」」

 

 

 

 互いの口から透明の糸のような唾液が繋がるかたちで出てきた。

 口移しと言うかたちで俺の体内に入りこんだドロッとした物体がするりと胃の中へと落ちていくのがすぐに感じられる。 その物体を舌で感じた時は、ドロッとした感触が気味悪く、むせかえして吐き出そうかとも思ってしまった。 だが、海未が吐き続ける息と巧みに動かす舌が、俺の口の中で暴れまわり確実に奥へ奥へと押し込んで行ったのだ。

 

 この一連の過程がこれほどまでに息苦しいモノとは思わなかった。 唇を交わす時とはまったく別物と言える感覚だ。 ただ無意味に入りこんでくるそれが恐ろしく感じたのだ。 そこに愛なんて存在しなかった………あったのはまったく逆のモノと言えるヤツだ…………

 

 

 

 

 

 

「………どうでしたか………私の味は…………?」

 

 

 

 目元を燃える火のように真っ赤に染め上げた表情をする海未。 その口から乱れた吐息と淀んだ声が漏れ出し、俺に問いかけてくる。

 

 決してまともではない………こんなの間違っている…………俺の中で渦巻くのはそんな言葉ばかりだ

 

 実際、海未はまともではない。 さっきまでの澄ましていた表情が嘘みたいに崩れ落ちていったのだ。 そこから表れたのは、狂気の面。 真姫や花陽、にこが見せたあの表情が今、それら以上のモノとして目の前にあるのだ。

 

 

 

 

 

 

「………………狂っている……………」

 

 

 

 

 

 ただ、その一言が溜息交じりに吐き出てくるのだ―――――――

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

「んぐっ…………!ぷはぁっ……………」

 

 

 卓袱台(ちゃぶだい)に置かれてあったぬるいお茶を一気に飲み干す。 口にしたモノすべてを洗い落とすように流し込んだことで、渋みのある味が口いっぱいに広がる。

 

 むせかえすような息苦しさを抱きながら、俺は空になった器を見つめ直していた。

 

 

 

 

 

 

 

『………どうでしたか………私の味は…………?』

 

 

 背筋を震え上がらせた言葉がまた脳内にて再生される。

 

 

 あれが海未なのか………?

 

 あれを目の当たりにした時、俺が抱いていた常識が一気に瓦解した。

 大和撫子と言う言葉が歩いているような、おしとやかな少女で、曲がったことが嫌いで恥ずかしいことをこの上なく苦手としているのが、俺の知る海未であった。

 

 だが、先程の海未はその性格を180°ひっくり返したかのように思えるモノだった。

 狂気に包まれた禍々しい表情がそのすべてを物語っていた。 彼女は大きく変わってしまっていたのだと………

 

 

 その後の俺は、がむしゃらに台に置かれた料理を口の中に突っ込ませていた。

 腹が減っていたからか……? そこにあった料理がおいしかったからか……?

 

 いや、違う………

 同じようなことをさせないために必死に口に入れ込んだのだ。 一時、喉に引っかかって吐き出しそうになるものの、うんと堪えて流し込んだ。 ここにあるモノすべてをだ…………

 

 

 そして、気が付いた時には見事に空の状態になっていた。

 

 

 腹も……身体も……もう限界だった……………

 

 

 

 

「うふふ、あんなに必死になって食べて下さるなんてありがたいことです♪」

 

 

 くたびれてしまっている俺とは裏腹に、海未は嬉しそうに器を下げていた。 鼻歌を交じらせながらの様子は傍から見れば本当に嬉しそうに見えてもおかしくはなかった。 けれど、俺からすれば、次は一体どんなことをしてくるのだろうかと肝を冷やす一時に過ぎなかった。

 

 

 

「海未………どうしてこんなことをするんだ…………?」

 

 

 俺の問いに海未の手は止まった。 すると近くに寄って来て、さっきと同じ位置に座ると、ネコみたいに甘える声で聶いてくる。

 

 

 

「何故って………ふふっ、すべてはあなたを護るためです………」

 

「まもる………だと…………?」

 

「そうです。 蒼一の周りには、害悪にしかなりえないモノばかりがはびこっています。そして、あなたを傷つけ不幸にさせようとするモノが近くに居るのです………それを見過ごせるはずはありません…………私は、どんな手を遣ってでもあなたを助けるのです。そして、その先には幸せの未来が待っています………!そう、私と蒼一だけの未来です!!」

 

「俺たちだけの未来だと………?ふざけるな……そんな一方的な未来を押し付けるんじゃねぇ………!」

 

「ふざけてなどいません!あなたは私と一緒に居ることで幸せになれるのです!!私があなたを幸せにしてあげます!あなたを不幸にさせるモノは私が排除します!そのために、この身体を磨き上げたのですから……!例え、あなたが不自由なことになっても私が一生支えて上げましょう………私が蒼一の手となり足となり目となりましょう………!

 そうです!私といれば、あなたはずっと幸せでいられます……!これがあなたと私のために敷かれた道なのです!!

 

 そうなのです!!私はあなたのことを愛しているからこのように愛情を直接注ぐのです!!!!」

 

 

 

 一方的な言葉が俺に向かって突き飛んでくる。

 自分だけの世界を創り始めているからか、今の海未には何を言っても徒労に終わってしまうことだろう。 しかし、それでは海未を元に戻すことが出来なくなってしまう。 それだけは何としてでも避けたかった。

 

 

 

 

 

 

「ところで……穂乃果とことりはどうした……? 海未と一緒に居たんじゃないのか?」

 

 

 現状、俺が知りたいと思っている情報を聞き出そうと話題を変える。 穂乃果とことりもああなっているのであれば、共に行動してもおかしくはなかった。 それなのに、海未がこうして単独で行動しているのは、何か不自然な気がしてならなかった。

 

 

「……………」

 

 

 すると、先程まで激しく語り続けていた口が動かなくなる。 突然黙り込んでしまった海未に何か違和感を覚えた。 その表情に黒い影がさしこんできていた。 そして、募り始めた違和感が現実のものとなった。

 

 

 

 

「蒼一!!!!!!」

 

「なっ?!?!」

 

 

 

 海未は飛び掛かるように両手を伸ばすと、そのまま俺の首元を締め付け始めた。 海未の全身がこちらにすべて掛かってくるため、俺の体制は崩れ落ちる。 そして、そのまま畳の上に仰向けとなり、その上を跨るように海未が圧し掛かってきたのだ。

 

 

 

「何故です………何故いまあの2人のことを口にしたのですか!!!!今は私があなたのそばにいるではないですか!!!それなのに………私と言う()()がいながら、どうしてあのような者たちの名を口にするのです!!!!」

 

 

「うぐっ………あ……あぁ…………!」

 

 

 ぎゅぅっと首を締め付ける力が強くなる。 そのため、呼吸はおろか声すらまともに出せない状態に追い込まれる。 何とも息苦しい状態が続いてしまう。視界が霞んで見え始めてしまっていた。

 

 

「さあ、言いなさい!!!何故ですか!!何故その名を口にしたのです!!!!」

 

 

 未だかつてないほどの怒りのこもった言葉が俺に降りかかる。 俺を締め付ける海未の背後からは燃え盛る炎のような殺意を感じられた。 これほどまでに怒りに満ちあふれた海未を見たのは初めてだった。

 

 俺は遅れながらも彼女の腕を掴み抵抗し始める。 全身に残る力を振り絞って俺は引き離し始める。 海未が駆けてくる力は確かに強かった………だが、それでも俺と比べればそうでもない。 男女の差も存在するが、鍛えられ方の違いが決定的だった。 その一瞬だけだが、全力を発揮させた。 そうすると、いとも容易く海未の束縛から解放されることになった。

 

 乱れた息を整いながらも身体の上に跨る海未を見上げると、まだ怒りに沸く姿が見られる。 ただ殺意に関してだけは顔を隠したようで、これ以上の猛攻は無いだろうと感じた。

 

 

 

「答えないのですか………?」

 

「…………お前………俺に答えさせる余裕を与えてくれないじゃないか…………」

 

「何を言うのですか?そんなこと私を思う気持ちがあれば難儀なことではなかったでしょう……?」

 

 

 

 簡単でしょ?などとさらっと言い放つその様子に、程ほど呆れてしまう。 コイツ………正常とはまったく言い難いなと心の中でそう納得してしまうのだが、すでに、狂気に全身を覆ってしまっていた海未にとっては当然のことなのだと言える。

 

 

 

 

 

「………お前、アイツらと何かあったというのか…………?」

 

「何か?…………ふふっ、何かですか…………そうですね、強いて言うのであれば、あの2人は私を裏切りました…………私に対して牙を向けてきたのです!!!!!」

 

「!!!?」

 

 

 そこで初めて聞かされた3人の間に起こった真実。 穂乃果とことりが海未を裏切ったというのだ! 何とも信じ難く感じてしまうのだが、今の海未が嘘をついているようには思えなかった。

 

 

「初めはことりです………穂乃果と共に協力すると言いながら、私たちを騙し陥れようとしたのです!!そしたら今度は穂乃果です!!!急に私に刃を向けてきて襲いかかったのです!!無防備な私にです!!!危うく殺されかけたのですよ!!!!」

 

「!!!」

 

「まったくひどいではないですか!!私がこんなにも気を遣ってあげたというのに、このような仕打ちを受けるとは、理不尽です!!!だから、私はあの2人とは手切れをし、私1人で成し遂げようとしているのです!!!」

 

「成し遂げる………? 一体、何をする気だ………?」

 

「ふふっ………決まっているではないですか…………蒼一………今日からあなたは私のモノとなるのです………」

 

「な゛っ!?」

 

「ふふふ、嬉しそうですね♪そんなに私と共に居られることを嬉しく思ってもらえると感激です♪私はあなたのことをお護りします………ご安心ください、あなたの周りに群がる蛆虫どもは誰であろうと駆逐してごらんにいれましょう………ふふっ、他愛もないことです。それに、あなたの身の回りのお世話も私が一手に引き受けましょう。食事もお風呂も排便も………それに、下処理もお任せください。これも愛する者のためならば喜んで行いましょう♪」

 

 

 

 

…………………狂っている…………………

 

 

 

 海未の口からそんな言葉が飛び出てくることに唖然してしまうどころか、恐怖すら感じてしまう。 最早、俺の知る海未は目の前にはいなかった。 狂気に身を包んだ彼女は周囲を拒絶し、違った俺のことだけを見つめていた。 そこに感情なんてものは無いし、愛情などと言う美しいものも存在するはずもなかった。

 

 

 ただあるのは、身も心も凍らせ砕かせてしまうような偏愛―――――無情の如き愛情が溢れんばかりに溜まっていたのだ。

 

 

 

 そんな彼女に俺は怒りすら感じる。

 そんな気持ちを植え付けてしまった俺にも怒りを覚えた。

 

 だからこそ、彼女を元に戻してあげたかった。

 何としてでも、元に戻してあげるのだと心に強く誓ったのだ。

 

 

 

 

「海未………おまえは…………」

 

 

 彼女に諭すような言葉を掛けようとしたその時だった――――――

 

 

 

 

 

 

 

「うっ……………!?」

 

 

 ピリッと電流のような痺れが全身を駆け抜けた。

 痛みは感じられなかったが、その代わりに全身にじわりじわりと痺れが広がって行ったのだった。 身体が段々動かなくなってきた………感覚すらも鈍く衰え始める…………! 一体、何が起こってきたのかが分からずにいた。

 

 

 

 

「うふふふふ………ようやく効き目が出てきたようですね♪」

 

 

 海未は口元に人差し指を添えながら、実に嬉しそうな表情を浮かべて始める。 海未が何かをしたのだと察した。

 

 

「うっ………ああっ…………!」

 

 

 舌にも痺れが回り始め、口周りが怪しくなっていた。 まともに喋れなくなったのだ。

 

 すると、海未は口元に添えていた指を俺の口の中に突っ込ませ舌に触れた。 ふふふと不気味な笑みを浮かべながら痺れた舌を弄くり回しだすと、嬉しそうに話し始める。

 

 

「いけませんよ、蒼一。 いくら食台の上に置かれたモノだからと言って、怪しまずにすべてを飲み干すなどするものではないですよ?」

 

「ふぁ…………ひ…………(な………に………)?!」

 

 

 海未の言葉に引っかかりを感じた俺は、先程の行動を振り返り始めた。 そして、最後の工程の中で渋みのあるお茶を飲み干したことを思い返した。

 

 あれか……! あの中に何かが含まれていたのか………!!

 

 今になって気付かされる無意識に手に取っていたモノが、俺の体に害なすものだったなんて思いもしなかったのだ。

 

 

 海未は十分に俺の口の中を弄ぶと、入れていた指を今度は自分の口の中に入れたのだ。 そして、顔を赤らめては甘く乱れた吐息を発して熱を増していた。 口から漏れ出すいやらしい音が部屋全体に響き渡る。

 

 舐め、すすり、吸い付き、取り出す………そうした指と口から成す行為から漏れ出す音が官能をくすぐらせようとしていた。 それに、彼女から感じる蛇のような魅惑の視線がこちらに向かうと、心を鷲掴みされたような気分となり委縮する。

 

 

 

「はぁ………はぁ…………おいしいです……蒼一………あなたの味はとてもすばらしいです………♪」

 

 

 乱れた口調で言い放つ言葉が反応を困らせる。 もう、わけがわからない………目の前にあるこの状況が現実なのかすらも疑ってしまうほどに混乱し始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(カランカランカランカラン…………!)

 

 

 

「っ……………!!!」

 

 

 竹同士が当たり響く音が屋敷中に知れ渡った。 それが何を意味するのか知らない俺はそれを不安に思いながら聞き続けるのだが、それを知っている海未は、しめたと言わんがばかりの笑みを浮かばせた。

 

 

 

 

「うふっ………あははは………蒼一、どうやら獲物がこの敷地内に入ってきたようですよ………? さあ、どう調理してあげましょうかね………うふふふふふ……………」

 

 

 不気味な笑い声を上げ始める海未。 彼女が言い放った獲物とは一体…………ま、まさか………!!

 

 

 

「蒼一、私があなただけを見ていると思っていたのですか?それは違いますよ、私は、私とあなたとの関係を崩そうとする輩が来ないかとずっと待っていたのですよ?そのための餌を用意したのですから………」

 

 

 餌………彼女が言い放ったそれとは―――――――――洋子のことだ。

 

 

 間違いない、海未は端から洋子を助けに来ようとしたモノを仕留めようとしていたのだ! そして今、洋子を助けに来ているのは……………

 

 

 

 明弘――――――!!

 

 

 

 くっ………! なんてことだ……………!!

 

 歯ぎしりしたくなるような状況に立たされる。 そんな俺を嘲笑うかのように、海未は俺から離れて行動を起こす。 この居間の隅に立て掛けられていた弓と矢を手にすると、外に出ようと戸を開けた。 ここから出ようとする振り向きざまに、にたりと淀んだ笑顔で「行って参ります」と一言だけ囁いて外に出た。

 

 

 待て!という言葉を出そうにも、身体が言うことを受け付けなかった………己の不甲斐無さに、ただただ悔やむばかりだった。

 

 

 せめて、うまく逃げ切ってもらいたいと心から願うばかりだった………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ウフフフフ………予定通り、と言ったところかしらね………」

 

 

「!!!」

 

 

 

 突如、聞こえてきた透き通った声に身体が強張った。

 そして、辛うじて動かすことが出来た首を回してみると、そこには、鮮やかなブロンドヘアの彼女が微笑みながら立っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「………え……………り……………」

 

 

「ハ~ァイ、蒼一。 元気にしていたかしら?」

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。


今回、海未の話を書きましたが、書き終わってからようやく「……ヤバイ」と思ってしまいました………

はい、ただヤバイ…………です……………



次回もよろしくお願いします。

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