《完結》【蒼明記・外伝】カメラ越しに映る彼女たち―――   作:雷電p

23 / 78
フォルダー2-11

 

 花陽が苦しんでいる――――

 

 

 希からそのことを耳にした瞬間から居ても立ってもいられなくなっていたのだ。 凛にとって大切な親友のピンチに掛け付けないはずもなかった。

 彼女は学校を飛びだし、雨風が吹き荒れる天候の中、傘もささず、雨合羽も着けずにただひたすらと走り続けた。 体中に冷たい雨粒が叩きつけられる―――――それでもなお彼女は走り続け、この場所までたどり着いたのだ。

 それ故か、凛の髪の先から靴下の先までびしょ濡れとなっていたのだ。

 

 

 それはまるで、花陽と同じような姿であった――――――

 

 

 

 

 

 

 けれども、彼女の体は冷え切っていても、その芯は情熱に帯びていた――――――

 

 

 

 

 

「ちょぉぉぉっと待つにゃあ、かよちん!!!!!」

 

 

「「!!?」」

 

 

 蒼一の家の扉を勢いよく開け放たれると、そこから息を切らして入ってくる凛の姿が、その場にいた者たちの視線を注目させた。 中でも、花陽の動揺は著しかった。 なぜなら花陽は、このタイミングで邪魔に入られるとは思ってもみなかったからだ。 ましてや、その相手が凛であったということが彼女を大きく揺るがせたのだ。

 

 

 

「………何しに来たのかな………凛ちゃん………?」

 

「そんなの決まってるにゃ! かよちんを助けに来たんだにゃ!!」

 

「私を助けに………? ふふふっ、と言うことは、凛ちゃんも私と一緒に真姫ちゃんを消しに来てくれたんだね………?」

 

「………? 何を言ってるにゃ? 凛は、かよちんがしたくないことをしようとしていて苦しんでいるって聞いたにゃ! だから、凛はかよちんを助けに来たんだにゃ!」

 

「ッ―――――――?!」

 

 

 花陽は、凛から予想にもしなかった言葉を耳にして、目を見開きうつむいた。 まるで、自分の心中を察せられたかのように思えたのかもしれない。 彼女は無意識に歯に力を入れると、ギリッという鈍い音を出して険しい表情をむき出しにする。

 

 

 一方、凛はこの時に初めて自らの視線を床に向けた。

 

 

 

「―――――蒼くん?!」

 

 

 

 すると、すぐに目に飛び込んできたのは、床を這いつくばる蒼一の姿だった。

 それを見ると、凛は身を構え始めた。 この異様な状況をようやく肌で感じ取ったらしく、その体に力を入れ始めたのだ。

 

 

「凛………! 花陽を………花陽を止めてくれ………!!」

 

 

 未だに足に力が入らず、立つこともままならない蒼一は、今ある力を込めて凛に呼びかけた。 凛はそれに応えるかのように、花陽に向かって、その階段を一歩一歩昇り始めた。

 

 

 

「来ないで! 凛ちゃん!!!」

 

「かよ………ちん……………」

 

 

 腹に力のこもった声が家中に響き渡る―――――その声を耳にすると、凛はその足を止めた。

 

 そして見上げて、彼女が知っているあのやさしい親友とは程遠い―――――憎悪と言う瘴気に包まれ、今にも人を殺しそうな顔をした花陽を目にした。

 

 彼女は震えあがった。

 多分、初めてと言える親友に対する恐怖を抱き――――――震えた。

 

 

 

 

 これが………凛の知っているかよちんなの……………?

 

 違うよ!

 

 凛の知っているかよちんは、こんなに怖い顔なんかしないよ!

 凛にそんな顔を向けたりなんか絶対しないもん!!

 

 だって………だって、かよちんは…………!

 凛の………凛の大切な…………!!

 

 

 

 

 凛の中で花陽に対する思いが募り始める。

 

 凛が初めて花陽に逢った日から今日に至るまでの長い長い年月を遡り、今まで2人で過ごしてきたあの楽しかった日々を振り返る。 そこには、いつも笑顔で隣にいてくれた彼女の姿が今でも鮮明に映し出される。 楽しいことだけじゃない、辛い時、悲しい時、お互いがケンカしていた時でさえも、その後には、やさしい笑顔が待っていた。

 

 彼女のそのやさしさにどれほど助けられたことだろう………凛は……だからこそ凛は、より一層、彼女のことが心配でいられなかったのだ。

 

 

 

「かよちん、やめてよ! かよちんはそんな顔をしちゃダメだよ! 怖い顔をするかよちんはかよちんじゃないよ!」

 

「うっ…………!!」

 

「かよちんはいつも凛にやさしくって、凛がドジばっかりしていた時もいつも隣にいて支えてくれて………そんなかよちんのことを凛は好きなんだにゃ!!」

 

「り……ん………ちゃん…………!」

 

「だからもうやめよう? こんなことをしても何の意味もないよ………ただ悲しくなるだけだよ…………さあ、凛と一緒に戻ろう?」

 

 

 

 そう言って、凛は花陽に向けて手を差し伸べる。

 花陽は凛のその思いもしなかった行動に戸惑い始める。

 

 凛から向けられたあらゆる感情が花陽へと臨み始めた。 凛が花陽のことを思う気持ち――――好きとか、助けたいとか……そうした純粋無垢な感情を差し向けられたのだ。 当然、対面し合っている2人―――――親友同士の対話の中では、そうしたものが言葉よりも強い意志によって伝わってくるのだ。 それは、今の花陽にとっては鋭く突き刺さるようで、心の奥深くにまで入り込んで行ったのだ。

 

 

 

「うっ………ううっ…………!!」

 

「かよちん!!」

 

 

 花陽は戸惑う―――――激しい頭痛に苛まれたかのような痛みをこれまでにない程に感じたのだ。

 始めは目眩が起こるような小さなものだったのが、次第と強まっていき、頭部全体にまで広がっていたのだ。 当然、花陽はそれを抑えるべく頭を抱え込む。

 

 唸りをあげてしまいそうになるほどの痛みだ。 花陽にとって初めてのことなのかもしれない―――――花陽の心の中で湧き起こっている感情同士のぶつかり合い、葛藤が起こっていることなど知るよしもなかった。

 

 

 

 これはどちらも譲ることもしない拮抗したものとなると思われた―――――

 

 

 

 

 

 

 だが――――――

 

 

 

 

 

(パンッ!)

 

 

 

 

「えっ………?」

 

 

 

 花陽は差し伸べられた凛の手を打ち払った。 彼女は凛からの救いの手を必要無しとして切り捨てたのだ。

 

 

 

「いらないよ……凛ちゃん………私はね、おにいちゃんと一緒にいられる方が一番いいの………おにいちゃんと一緒にいれば、花陽のこの辛い気持ちもどこかに行っちゃうと思うんだ。」

 

「そ、そんな………嘘だよね、かよちん………?」

 

「嘘じゃないよ、凛ちゃん。花陽にはおにいちゃんが必要なの。おにいちゃん以外で私の気持ちが落ち着くことなんかできないんだよ。おにいちゃんがいいの………おにいちゃんが欲しいの…………だから………だから、邪魔しないでくれるかな、凛ちゃん………?」

 

「ッ―――――?!」

 

 

 ギロリと目を黒光りさせて見つめる花陽―――――灰色のように濁っていたその瞳に、さらに淀みが生じ始め、真っ黒な濁りと変わって凛を見下ろしていた。

 

 

 

 この時、彼女の感情が決まってしまったようだ――――――――――

 

 

 

「凛ちゃん、花陽はね、今から真姫ちゃんを消さないといけないの。 花陽の大好きなおにいちゃんをたぶらかして、傷つけた酷い女に私が引導を渡してあげるの。 そうしたら、おにいちゃんを苦しめる者はいなくなるの。 私とおにいちゃんとの間を邪魔するヤツなんていなくなるんだから、おにいちゃんとずっと、ずぅ~っと暮らしていくことが出来るんだ。 もう、夢のようだよ~♪」

 

「そ、そんな………違うよ! かよちんはそんなことを言わないよ!!」

 

「ごめんね、凛ちゃん。 これが私なの……今の私が本当の私なの。 だから見ててね、花陽の………晴れ姿を♪」

 

 

 

 そう言って、花陽はうつむきながらも一歩、もう一歩と階段を上っていく。 もう2階までの距離はそんなになかった。 すぐに、到達してしまうものだと誰もが思い込んでしまいそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな中―――――――

 

 

 

 

 

「かよちん………やっぱり、嘘をついているにゃ…………」

 

 

「ッ――――――!!」

 

 

 

 凛は小さな声で言った。 そして、その声を花陽は聞きとり身を震わせたのだ。

 凛が何故、あのようなことを言ったのかは分からない。 だが、今の花陽に余裕の表情は見受けられないところを見ると、間違ったことを言っているようでもないのかもしれにのだ。

 

 

 凛は言葉を続けた。

 

 

 

「かよちんは、嘘を吐く時は顔を下に向けちゃう癖があるよね? 凛、分かるもん。 かよちんと小さい時からずっと見ていたから分かるもん…………かよちん、本当は真姫ちゃんのことをそんなふうにしたいとは思っていないんだよね?」

 

「………………」

 

「でも、何でなのかは分からないけどそうしないといけないって、勝手に思い込んでいるんだけなんよ!」

 

「………………!!」

 

「さあ、かよちん。 凛と一緒に戻ろう? 今なら大丈夫だよ、きっとやり直せるよ!」

 

 

 

 そう言うと、凛はまた手を差し伸べた。 凛の真剣な眼差しが花陽に向けられ、その答えを待ち望んでいた。

 

 

 

 

「うっ………!!」

 

 

 また、頭痛が走る――――花陽は頭を抱え始め、唸り始める。

 先ほどよりも強い痛みだ。 ズキズキと頭に響いてくるその痛みに、苦しみ始めてしまう。

 

 何が彼女を困らせているのか? 何が彼女をここまで思い留まらせているのか? それはわかるはずもない。 ただ、彼女の中で何かが強く抵抗しているということだけしか分からないでいる。

 

 

 

「かよちん! さあ、凛の手を掴んで………!!」

 

 

 凛は止めていた足を動かし始めて、階段を一歩一歩と上り始める。 離れてしまった花陽との距離を短くさせている。 そして、もう手の届くところにまで近づいたのだ。

 

 

 救いまであとわずかとなったのだ―――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ………うわあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 

 

 突然、花陽が声を張り上げ出した。 それを見ていた凛は、何が起こったのか理解できずに立たずんでいた。

 

 

「かよちん!」

 

 

 花陽に声を掛けてみる。 すると――――――

 

 

 

 

「うるさい!!!!!!」

 

 

 聞いたこともない金切り声をあげて、凛の言葉を薙ぎ払ったのだ。

 さすがの凛もその様子に何も言えずにいた。 そして、恐怖に満たされ始めた。

 

 

 花陽の強い言葉が羅列する。

 

 

 

「うるさいうるさいうるさい………うるさあああああああああい!!!!なに、なんなの?さっきから頭の中をズキズキと叩いてくるこの痛みは一体何なの?!私はおにいちゃんと一緒にいたいだけなのにどうしてみんなで私のことを止めようとするの!?私とおにいちゃんを離れ離れにさせるつもりなの?やめてよ!!私にはおにいちゃんが必要なの!おにいちゃん以外あり得ないの!!それを私の前から取り去らないでよ!!!」

 

 

 両手で頭を抱え、左右に大きく揺らす。 こんなに激しく乱れた花陽を見るのは、凛も含め初めてのことだろう。 これは本当に花陽なのか? 疑い深くなってしまうのは当然のことなのかもしれないが、これは花陽なのである。

 

 

「大好き……私はおにいちゃんのことが大大大大好きなんだから!!離れ離れになるなんてありえないよ!!一緒にいたいよ!!ずっと、花陽と暮らしてほしいよ!!!

 

 なのに………なのに、どうして花陽じゃなくてあの女なの………?花陽はいらない子になったの?花陽はおにいちゃんから見捨てられちゃったの………?いや、違うよ………花陽は見捨てられたわけじゃないんだよ、あの女が私からおにいちゃんを遠ざけているんだよ………!!赦せない………私のおにいちゃんを取り戻すために、花陽は頑張るから………」

 

 

 

 虚ろになった目で、何処かを見ている―――――が、黒く淀みきったその目ではハッキリと見ることはできないだろう。 それか、もう何も見えていないのだろう――――――

 

 

 

 

 

 ただ、彼女の身はぽろぽろと綻びが生じ始めていた――――――

 

 

 

 

 

「かよちん! それは間違っているにゃ! かよちんは真姫ちゃんをそんなふうに思っていないはずだよ! だって、真姫ちゃんは、凛とかよちんの親友なんだから! 親友に対してそんなことするわけがないもん!!」

 

「ああもううるさいよりんちゃん!!!あの女は私に嘘をついておにいちゃんを奪ったんだから!!私の敵だよ!!!!!」

 

「違うにゃ!! 真姫ちゃんはそんな人じゃないよ!!! かよちんだってわかっているでしょ?」

 

「わからない………わからないよ凛ちゃん!!そんなの分かるはずがないよ凛ちゃん!!!あの女を消さないと………消さないと………!!!」

 

 

「もう、嘘を吐くのは止めようよ、かよちん!!!!!!!!!」

 

 

 

 凛はもう一歩だけ上り、花陽の目の前に立った。

 そして、そのまま抱きつこうと進み出たのだった。

 

 

 

 

 

「うるさあああああああああああああああい!!!!!!!!!!!」

 

 

 体中に詰まった力を吐き出すように声を張り上げた――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ドンッ!)

 

 

 

 

 

 そして、無意識に凛のことを押し出してしまったのだ――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「にゃっ………?」

 

 

 

 押し出された凛は一瞬、何が自分の身に起こっているのか理解できなかった。

 押されたことで階段を踏み外し、その場で宙を浮いていたのだ。

 

 

 

 

 

「えっ…………」

 

 

 

 感情を取り乱し続けていた花陽も、その光景を目の当たりにして、動きも感情も停止した。

 そして、宙を浮かびそのまま落下して行く親友の姿を、ただ見ているだけでしかなかったのだ―――――――

 

 

 

 

 自らがしてしまった過ちを思いながら――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「な……に……こ………れ……………?」

 

 

 凛は宙を浮かび落下して行く最中で、初めて触れる感覚に向き合っていた。

 

 

 

 背筋から全身に伝わる痺れ――――――

 

 

 頭にかかる痛み――――――

 

 

 全身の毛が逆立つような悪寒――――――

 

 

 

 そのすべてが凛にとって初めてのことで、最後に思える感覚だった―――――

 

 

 

 その時、凛は無意識に悟った―――――助からないのだということに――――――

 

 

 

 走馬燈のようなモノが脳裏を過る。 これまでに見てきたもの、感じてきたものすべてが、まるで今初めて経験したもののように鮮やかに蘇る。 どれも凛にとって美しい思い出だった。 どれもかけがえのないものだった。

 

 

 

 その中でも―――――

 

 

 いつも隣でやさしく微笑んでくれていた親友の姿は、今も変わらず輝き続けていた

 

 

 

 そして、最後に見たモノ――――――

 

 

 

 後悔を露わにした悲しそうな花陽の姿――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 それさえも、彼女の目には――――美しく、やさしく微笑んでいるように見えたのだった――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凛の体に風が吹く―――――落下速度が上がったのだろう、背中に強く当たってくるのだ。 それが彼女にとっては悪寒のようで、身を震わせるものとなっていた。

 

 覚悟など到底できるはずもなかった。 そのためにここに来たわけでもないからだ。

 

 けれど、今こうなってしまっては、自分でどうしようとすることも出来ない。 ただ、それを受け入れるしか選択肢は残されていなかった。

 

 

 凛は静かに目を閉じる―――――出来ることなら、怖い気持ちを持たないでいきたい―――――そんな願いを込めてのことだろう。

 

 

 そして、最後に――――――

 

 

 

 

 

 

 どうか、かよちんが元に戻りますように―――――――――

 

 

 

 

 そう祈りを込めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ガッ!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ…………?」

 

 

 

 

 

 

 

 凛の体に何かが触れている感覚を受ける。

 

 肩に………そして、膝に何かが触れているのを感じ取った。

 

 

 

 あたたかい………触れられたその先から温もりを感じ取る。

 

 それはなんと心地よいモノだろう………今まで感じていた恐怖が打ち消されるかのようだった。

 

 

 

 彼女は眼を少しずつ開いていく―――――

 

 

 目に差し込んでくる光が彼女に刺激を与えていた。

 

 そして、その全容を知った時、とてつもない衝撃を受けたのだった―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いよぉ、待たせたな………凛ちゃん………助けに来たぜ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひ、弘……くん…………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「不肖、滝 明弘。 遅ればせながら、只今参上ってな!!」

 

 

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




どうも、うp主です。

やっと、明弘を登場させることが出来ました。


次回、花陽編が完結予定かな?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。