《完結》【蒼明記・外伝】カメラ越しに映る彼女たち――― 作:雷電p
(ザシュ――――!!)
(ボタッ―――――ボタッ――――――)
切り裂かれた皮膚から鮮血が零れ落ちた。
流れる鮮血は、切り付けた刃をつたって握った腕に向かって流れてゆく。 そのまま曲げた肘からボタボタと床に向かって落ちていく。
次第に、床に小さな血の溜りが出来上がる。
そんな様子に気を留めようとすることを当事者である2人はしようとしなかった。
その表情を見ると――――
1人は驚愕する表情を――――――
もう1人は哀れむ表情を――――――
互いに、相反するような表情を浮かべているのは何故なのか?
それは――――――
彼女を護ろうと、彼はその刃を自分の腕に斬り付けさせたからだった―――――――
―
――
―――
――――
ボタボタと斬れたところから血が水滴のように流れ落ちる。
かなり血が出てきたのだろうと思うが、決して痛覚を失ったわけではない。
実際、真姫が自分の首を斬る前に俺が首と刃の間に右腕を捻じ込ませ、身代わりとなって傷を受けた時は、強い電流が走り抜けるような激痛に襲われた。 今は奥歯を噛み締めて痛みをグッと堪えてはいる……!
だが、この程度の痛みなんかあの時の痛みと比べれば軽いものだ。 まだ体は自由に動かせるのだから深刻なものではない。
今、考えなくちゃいけないのは――――――――
俺は左手を動かし、真姫の頬に触れる。
驚いているからだろう。 強張った顔をしているので、肌がやけに固く感じてしまうのだ。
「あ………あぁ……………!」
当の本人は、想像していなかっただろうことに戸惑いを隠せないでいる。 なんせ、次の瞬間、自分は生きてはいないだろうと確信していたのだから…………
だが、真姫は生きている―――――今こうして熱い血を通わせて立っているのだ。
それに……まさか、俺の腕を斬ることになるだろうとも思っていなかっただろうし…………
「どうして………」
小さく動いた口から呟くような言葉が出る。
「どうして死なせてくれないのよ!? もう苦しみたくないのに……
潤いを失った喉から擦れた声で真姫は叫んだ。
始めは敵意を含ませたものだと思われたのだが、その目を見ても憎むような感じではなかった。 さっきとは、打って変わったような感情が芽生え始めている―――――ここからが正念場のようだな
改めて意識を集中させていく。
「真姫………死ぬな……死んではいけないんだ…………」
「ふざけないでよ!! 死ぬなだなんて、そんなに容易いことじゃないのよ!! こんなに生きることが辛いのに、どうして生きなくてはいけないのよ!!!」
「ふざけてなどあるものか!! お前こそ、ふざけるのも大概にしろ!!!」
目に力を込め、卑屈をこねる真姫を睨みつける。 そんな俺の顔と叫びに驚きをあらわにし、体を震わせた。
俺は言葉を続ける。
「仲間から裏切られた、大切な存在から裏切られた………確かに辛いことだ………そうした人から憎まれ、蔑まされ、殺されそうになるだなんて、お前は経験したことが無いから辛いのはわかる…………だが、それでもお前が死ぬことを選ぶのだけはゆるさねぇ………!」
言葉を口にする度に、全身に力が入りこんでいく。 俺の中で“必ず成し遂げろ”と語りかけてくるのだ………! それは自分に対してでもあり…………真姫に対しても言われていることなのだ………!
「死ぬことをゆるさない………? あなたにそんな権限は無いはずよ?! これは私の命よ! 私がどうしようと私の勝手よ!!」
一瞬、俺の言葉に動揺していた真姫だが、口元に力をこめ始め持論を口にする。
だが、そんなものは俺にとって無意味なものであり、我がままにしか聞こえなかった。
だから、つい頭に血が上り、力が入りこんでしまうのだ。
「真姫ッ!! お前、その命がお前のモノだけのものだと言ったな? 違うぞ、それはまったくの誤りだ! お前の中には、お前だけじゃない………俺の命だって入っているんだ!!!」
俺は刃で斬りつけられていないもう一方の手で、真姫の心臓部に指差した。
俺の言葉を聞いた真姫は、「なっ……!? なに意味わかんないことを言っているのよ……!」と反論する。 ただ、一瞬だけ彼女は動揺していた。 彼女は口ではああ言っているが、何かを感じ取っていたのだ。
「気付かないのか……? いや、お前は気が付いているはずだ。 あの時――――お前が息を止め、息を吹き返した時に、俺はお前の中に新たな
真姫は目を見開いて俺の言葉に耳を傾けた。 その様子からすると、俺の言っていた通りのようだ。 真姫の中には、まだ
「違う………違うわよ、こんなの私じゃない………私は………わたしは………!!」
真姫はまた動揺し始める。 先程と比べ、目の焦点が合わせられなくなっている様子からその激しさが増していると察した。 真姫の中で何かが渦巻き始めているようにも感じた。
「いない………私の中にあなたはいない………あなたは、私を置いて何処かに行くのよ………私を1人置いてきぼりにして………!」
「そんなことはない。 俺はお前を置いてどこにも行きはしないさ。 それに、俺は真姫のことを大切に思っているんだ。 それは今も昔も変わらないし、これからも変わることの無い事実なんだよ!」
「嘘よ!! そう言って、あなたは私を安心させようと騙すのでしょ? 本当は私と一緒に居ることが嫌になったのでしょ?!」
「違うんだ、真姫。 そうじゃないんだよ………」
「嘘よ………うそうそうそうそうそうそうそうそ………全部嘘よ!!! 口で言うのは誰だって出来ることだわ! 言葉にすれば何度だって出来るわ!! でも!!! そうやって、みんなで私を騙すつもりなんでしょ!!! 信じられないわ!! もう誰の言葉も信じられないわ!!!!」
真姫は気持ちを抑えられなくなったのか、大きな声で奇声を上げ始める。
彼女の精神が持たなくなってきているのだ!! 真姫の中で何かの葛藤が生じて、それを抑え込むことが出来なくなってきているのだ! 感情の暴走――――これまで溜め続けてしまったものが、ここで弾け出してしまったようだ。
悲痛だ――――悲しみの声がガンガン体を打ち付けるように当たってくる! その勢いに圧倒されつつあった!
(ズ……ズズ…………)
「うっ―――――!!!」
真姫の手に握られた包丁に力がこもり始めると、腕の傷口をさらに深く斬り進んで行こうとした。 さすがに、痛みを抑えることは難しくなってくる、余裕な表情を示すことが出来なくなってきたようだ。
このままではいけない――――直感がそう告げると、俺は最後の手段に出る。
俺の言葉がお前に届かないのなら………俺は、この気持ちを直接お前にぶつけてやるッ――――!!
自由に動かせる左腕を稼働させ、真姫の後頭部を押さえ動きを止め、引き寄せた。
乱れていた真姫の顔が俺の方を向いた。
まさに、今だった―――――――
「――――――――んっ!」
―――――唇を重ね合った
その一瞬の出来事に彼女の動きはピタリと止まった。
何が起こったのか理解できないようで、目を真ん丸にして俺のことを見つめた。 全身から力が抜け落ちたのだろうか、頭を押さえた時に感じた固さを今では微塵も感じられない。 それどころか、彼女が握っていた包丁が手から離れ、床に向かって真っ逆さまに落ちていき血溜まり中に沈んだのだった。
こうして、真姫が自らに死を与えようとする脅威がなくなったことを感じたので、傷付いた右腕は緊張が途切れたように、ぶらんと床に向かって垂れたのだった。
「っ――――――!!」
ようやく自分の状況を判断することが出来たのだろう、真姫は俺の体を突っぱねて重ね合った唇を無理矢理切り放した。 そんな彼女の呼吸は乱れていた―――――まともに息が出来なかっただけではない、彼女の中に駆け回り始めた動揺が心拍を向上させたのだ。
彼女に変化の兆しが見え始めた―――――――
「どうだ………? 俺の気持ちが伝わったか…………?」
「そ……そんなの………わかるわけ……ないじゃない……………」
呼吸が乱れた中での言葉は、途切れ途切れで1つの文として捉えるには難しい。
だが、明らかな態度の変化に兆しを見出せるようになると、まだ押し続けていく必要があった。 彼女の気持ちを解放してやらねばならなかった――――――
「真姫―――――俺のことをどう思っている?」
「えっ――――――?」
唐突なその問いかけに抜けた声を発する。
様々な想いを募らせたこの言葉にどう応えるのか、そこが重要だった。
「し……信じられない………あなたもみんなと同じ…………だから嫌い……よ…………」
案の定な答えだ―――――
けれども、それでよいのだ。
彼女はこちらを向いて話してはいたが、ところどころで目を逸らしてまともに俺と向き合おうとはしなかった。 彼女の中で何かが強まってきていたのだ。
俺はもう一度、彼女を引き寄せた―――――――
「――――――――んっ!!」
―――――再び唇を重ね合った
二度目の接吻は苦い味だ―――――人間関係上に起こるギクシャクとした、噛み合わない感じや、真姫を通して出る辛い経験が唇を通して苦汁となり俺の口の中へと入りこむ。 俺は彼女のそうした気持ちを吸い取ろうとするように、唇に力を込め吸い上げる。
「――――――ぷはっ――――――!」
彼女はまた俺の体を突っぱねる―――――が、さっきよりも格段と力が失われており、勢いがまったく感じられなかった。
「真姫―――――俺のことをどう思っている?」
同じ問いかけをもう一度行う―――――気持ちに変化の兆しを感じていた俺は、その答えが変わるのではないかと内心期待を抱く。
だが――――――
「いや………きらいに………きまって…………いる……じゃない…………」
その応えは先程と同じ―――――――
―――――いや、そうではなかった。 明らかに変化があったのだ。
体を震わせて、こちらを向かないでいる。 先程は、目を逸らしながらこちらを見ていたのだが、今回はまったく見向きもしなかった。 傍から見れば、完全に嫌われているように思えるかもしれない。 だが、たどたどしくハッキリとした言葉を話せないでいるのは、
感じるのだ、彼女の中にいるもう1人の彼女の存在を―――――――
俺はそっぽを向く真姫の顔を両手で触れ、互いの目と目が見つめあえるように顔を合わせた。
「真姫、確かにお前の言う通り、言葉は偽りを語ってしまう。 どんなに飾り立てようとも、心に響かなくては偽りにしか聞こえないはずだ。 だから俺は、俺自身の気持ちを唇に乗せて直接お前の心の中に入れているんだ。 そして知ってほしい、俺が真姫のことを大切に思っていることを―――――たとえ、誰もが真姫を見捨てようとも、俺は真姫の隣に立ち、お前を助けることを――――――!」
そして俺は―――――――――――
「――――――――んっ」
―――――3度目のキスを交わした
2度のキスで潤った唇が、水滴をも弾いてしまうほどに弾力が付き、隙間が無くなるくらいにぴたっと俺の唇に合わさる。 ふんわりとした柔らかい感触が唇を伝って感じ取れる。
それに彼女から綿菓子のようなほんのりと甘い味がした。 先程までの苦渋のこもった苦みがまったく感じられなかった。 そこから感じ取れるのは―――――喜び、嬉しさ、安心、そして、もう一つの感情―――――
名は知らないが、何とも懐かしい感じが心の中で灯となり、あたためてくれる。
そして、この感情こそ、いま俺の求めていたモノだ。
ようやく見つかった――――――
今度は俺のほうから唇を放した。
もう、彼女と交わす必要が無いからだ。 彼女の中に、俺の気持ちが入り込んでいったようなのだ。
互いに視線を交わすように顔が向き合うと、彼女の顔がわずかに赤みかかりぼぉーっとして俺のことを見つめていた。 視線を逸らすようなことも逃げ出すように抵抗する様子も見受けられなかった。
最後に俺は、彼女に問いかける―――――――
「真姫―――――俺のことをどう思っている?」
こちらも3度目となる問い。 同じことを繰り返して言うのは、彼女自身を深く知ろうとする1つの手段とも言える。 古の偉人が3度の質問に同じ答えを持って自分の意志を固めたように、こちらも3度の問いに彼女の意志を見出そうとした。
残念なことに、すでに2度も跳ね退けられてしまった。 だが、その意思が固まっているものなのかと言えば、そうでもない。 内心が揺れ動き続けているのを感じとれていた。
では、3度目はどうなのだろうか――――?
俺は今までの質問に付け加えるようにとある言葉を添える―――――
「真姫は――――――俺のことが嫌いか―――――?」
すると、縛りつけていたモノが断ち切られたかのように、目から涙が零れ始めた。
ぽろぽろと流れていくその涙は留まることを知らなかった。
そのあまりにもたくさん流す涙で顔を濡らすと、閉ざしていた口を開きはじめる。
彼女の――――真姫の
「ちがう………違うわ………嫌いなわけがないじゃない………わたしは………私は………! 蒼一のことが大好きなんだから………ずっとずっと、蒼一のことがすきなんだからぁ―――――!!!!」
滂沱に流れ落ちる涙をよそにして、真姫は自分の気持ちにあらためて素直になる。
偽ることの無い、純粋な気持ちを取り戻し、この気持ちを伝えたのだった。
そんな真姫の気持ちを改めて知るようになった俺は、やさしく抱きしめる。
そしてこう言うのだ――――――
「おかえり――――――真姫――――――」
俺の知る彼女が俺の下に戻ってきてくれたことを感謝しながらやさしく語りかけるのだ。
そんな俺の言葉に―――――
「ただいま――――――蒼一 ――――――!」
――――――真姫は精一杯に応えるのであった。
(次回へ続く)
どうも、うp主です。
次回、真姫の話が完結します。