《完結》【蒼明記・外伝】カメラ越しに映る彼女たち――― 作:雷電p
『まったく、花陽ちゃんも酷いことするよね! あんまりだよ。 一気にやらなかっただなんて、まだまだ苦しめちゃうことになっちゃうのにね―――――♪』
「えっ―――――――?」
全身から血の気が引いていくのを感じた。
一瞬だった。 その一瞬で、体に蓄えられていた熱がすべて体の外へと逃げ出して行ったのだ。
まるで、我先に助かろうと必死になっていく様子にも思えるような勢いだったのだ。
だが、今はそのようなことが重要ではない。
真姫に降りかかった、ことりの言葉―――――まるで、すべてを知っていたかのようなあの言葉に真姫は耳を疑った。 まさかそんな、内心はそう思っていた。 だが、彼女の内から湧き起こってくる焦燥感がすべてを物語るかのように、神経を尖らせたのだ。
「こ、ことり………な、何を言っているのかしら…………?」
『あれ? まだ分からないのかなぁ? ウフフ、だとしたら真姫ちゃんはよっぽど脳ミソがお花畑なことになっているんだね~♪ カワイソカワイソ…………』
やわらかい声で発せられるには似合わない言葉を発すると、わずかにせせら笑う声が電話越しから聞こえてくる。 状況を把握することが出来ない彼女にとって、それは不安をかき立てさせるのには十分な材料となっていた。
「あ………あっ……………」
空いた口を塞ぐことせず、ただぽっかりと開いてしまった口から言葉にならない声が漏れ出る。 不安、焦り、混乱………それらすべての感情が今の彼女の心境として、その言葉から汲み取ることが出来る。
ことりはさらに言葉を加えた。
『ウフフ……アハハハハ!!! どうしちゃったのかなぁ、真姫ちゃん? もう怖くなっちゃって声も出ない感じかなぁ?? だらしないよね、そんな気持ちで蒼くんと一緒に暮らしていたのかなぁ? そんな生半可な気持ちで蒼くんの彼女になろうとでも思っていたのかなぁ??? 可笑しい話………ちゃんちゃらおかしい話だよね~♪』
「こ、ことり………どうして………どうしてこんなことを………?」
『どうして? アハハハ、また可笑しいことを言うね、真姫ちゃん。 簡単なことだよ―――――真姫ちゃんは、私の蒼くんを奪ったの。 これ以上の理由なんて無いよ………』
声のトーンが急激に下がった。 そこからことりが抱いている感情――――花陽と同じ憎悪を感じ始めるようになる。 次第に、体中から汗が湧きでてくる。 落ち着かせていた心脈が荒ぶれ始める。
彼女の感情は大きく揺れ始めていたのだ。
『真姫ちゃん………私ね、蒼くんに好きって気持ちを伝えたんだ…………けどね、断られちゃったの……答えることが出来ないってね。 蒼くんはああ言っていたけど、本当は違ったんだね……もう、真姫ちゃんが奪っちゃってたんだよね………酷いよ………酷いよ酷いよひどいよひどいよヒドイよヒドイよ…………どうしてまた私から蒼くんを奪っちゃうのかなぁ、真姫ちゃん!!!!!』
「っ―――――?!! そ、そんな……! う、奪ってなんかいn…」
『嘘だッ――――――!!!!!!!!!!!!!』
鼓膜を打ち破ってしまいそうな張り裂けるような声がキーンと響いた。 ことりらしからぬ―――本当にことりなのかすら怪しくなってしまうような、今までに聞いたことのない声だったのだ。
そんな奇声に、真姫は胸が詰まりそうになる。
『嘘だよ!!! 真姫ちゃんは私より先に蒼くんに言ったんだよね? 知ってるんだよ、真姫ちゃんが学校の中庭で蒼くんにキスしちゃっていることを私は知っているんだからね!!! 女の子と触れ合うことすらも躊躇してしまうような蒼くんがあんなに易々と自分の唇をあげないもん!!
私と一緒にいたこの数十年もの間、一度たりともそうしたことをしてくれなかったし、やらせてもらえなかった………なのに!! どうして、後からやってきた真姫ちゃんなんかに蒼くんのハジメテを奪われちゃうの?! 蒼くんを死なせようとしたのに? 蒼くんから夢も希望もすべて奪い取ったのに?? 蒼くんをあの絶望の底にへと叩き落とした真姫ちゃんがどうして蒼くんと一緒にいるのかなぁ!!!!!???
憎いよ……憎い憎い憎いにくいにくいにくいニクイニクイニクイ………憎い!!! 殺しちゃいたいくらいに憎い!!! だから、私は花陽ちゃんに任せたのに失敗しちゃって………まったく、ドジなんだから…………!!!!』
頭に強い衝撃で殴りつけられるほどの悪寒と憎しみを受け、彼女は全身から力が抜け落ち、その場に座り込んでしまう。 もう正常なる思考は機能を停止し、聞いた言葉をそのまま受け取るだけの枡口となってしまった彼女に、膨大な苦汁が注がれる。
それはまるで蓖麻子油のような苦く口に含ませると吐き出してしまうようなモノだ。 人が飲めたようなものではない。 だが、彼女はそれを吐き出すことなく飲み込み体内に含ませようとする。 それが体にどんな害を及ぼすものかすら理解せずに取り入れてしまうのだ。
それが、ことりから発せられた毒素であったとしても―――――――
「うぅ……うああぁぁぁぁ…………あぁぁぁぁ……………」
憎悪の渦の中に落とされた彼女は瀬戸際に立たされる。
彼女の親友である花陽に真姫を殺すように指示をしたのがことりであった事実に動揺を隠せない。 それに彼女の味方であった2人が自分に嘘をつき続けていたことも影響していた。
そして、ことりの口からとどめを刺されるような言葉を聞かされる。
『蒼くんも大変だよね………自分の夢を奪い取った張本人と一緒に暮さなくちゃいけないって、苦痛すぎると思うよ。 むしろ、邪魔にしか思っていなかったんじゃないかなぁ? 蒼くんのことだし、何度も突き返していたんじゃないかなぁ?』
「ッ――――!?! そ、そんな……………」
ことりは彼女の頼みの綱である蒼一について話をする。 先程までの言葉とは比べものにならないほどの安価な言葉だったが、それでも彼女にとっては十分すぎるものだった。
彼女はそこから、蒼一は本当のところ自分のことを嫌っているのではないかと想像してしまう。
それこそがことりの狙いだった。 負の感情をたくさん体に沁み込ませた彼女は、どんな些細な行為すらもマイナスなイメージとしてしまう。 だから、過去に蒼一が真姫からちょっと離れようとした行為すらも、彼女にとって苦痛のようにしか思えなかったのだ。
そうしたモノをいくつも掛けあわせると、自動的に蒼一が自分のことを嫌っているという結論を生み出してしまうのだ。
これもことりの策略だということすらも気付かぬまま――――――
こうして彼女の拠り所がすべて失われてしまった。 もはや、彼女を支える者はいなくなってしまったのだ。 ここに来て、彼女は生きる希望を失う。 虚ろになり始めた瞳をコロコロと移動させては、空虚な景色だけを臨んでいた。
そんな心にぽっかりと穴が開いた彼女にことりは問いかけた。
『ねえ、真姫ちゃん――――――
苦しかったら、
「えっ―――――――?」
『辛いんだよね? みんなから裏切られて絶望しちゃっているんだよね? だったら、もうこんな世界にいても仕方ないと思うんだ。 だったら、さっさと自分を殺しちゃって楽になった方がいいんじゃないかなぁ?』
ことりの口から出てきた冷淡な言葉に息を呑む。
そのような言葉を聞けば、誰だって拒絶してしまうようなことだった。 だが、今の彼女はそれをも真に受けしまう。 彼女にとっては、まるでそれが自分の本心なんだと信じ込んでしまう。
「どうすればいいのかしら…………」
彼女は何の疑問も抱くことなく聞いてしまう。 それを聞くと、鼻から息が漏れ出たような音が聞こえると坦々と答え始める。
『そんなの簡単だよ――――――包丁みたいな刃物で首の血管を切り裂けばいいんだよ。 お医者さんの卵の真姫ちゃんなら簡単な事でしょ?』
あぁ、なんだ。そんな簡単なことなのか、と彼女は手にしていた電話を落として台所に向かう。
そして、そこから包丁を1つ取り出した。
それは真姫がこの家に来て、初めて使った包丁――――蒼一からもらった包丁だった。
これでどれだけの料理を作り上げたことだろうか。 初心者ながらもたどたどしい手付きでいくつも作った。 まだまだと思いながらも作り続けていたその傍らには、常に蒼一の姿があった。
彼が支え、そうして作ったモノを満足そうに食べていたあの姿を彼女は振り返っていた。
それを美しい記憶とし、彼と過ごした日々を思い返したのだった。
そう思いながら、彼女は刃先を自分の首元に据える。
―――――生まれ変われるのであれば、また彼の隣にいたい――――――
そう思いつつ、彼女は力を込め始める―――――
(ドンッ!!!)
「待つんだ、真姫っ!!!!」
扉が激しい音を立てて開かれると、そこには、蒼一の姿があった。
【監視番号:25】
【再生▶】
(ピッ)
(パンッ!!!)
『『!!?』』
『ま、まてっ!!!』
『ふぅ、どうやら真姫ちゃんは無事に逃げたようやな………』
『花陽ちゃんの様子が変やなぁ……なんて思っとったらこないなことになっとるとはな………』
『ちょうど、にこっちを驚かせるために持っとった風船が役に立ってよかったわぁ』
『ごめんなぁ、真姫ちゃん。 ウチにこれしかできへんのや』
『迷える子羊さんを助けるのは、羊飼いさんの役目やからな』
『ほな、もう行かんと―――――――』
(―――――プツン――――――)
【停止▪】
(次回へ続く)
ドウモ、うp主です。
連続で投稿していますが、明日も同じとは限らないでしょう………多分………
次回もよろしくお願いします。