一面に広がる光の高原。人々が振るサイリウムの人工的な、その上で幻想的な光の海の前方、ひときわ明るいステージの上、白い光は皆が憧れる純白のスポットライト。それを独り占めして浴びる影は一人。ステージに上がるその影に光る棒を握る観客達は主役の登場に歓声をあげるのであった。
「テットテトにしてくれー」
「テトちゃーん」
「テトちゃ、テトさーん」
「てとさんじゅういっさいー」
「さんじゅういっさいー」
「フランスパンあげるよー」
「俺のマイクを握ってくれー」
「73ー」
表れたのは赤褐色の髪をまるでドリルのようなツインテールにした、それでいてそのツインテールが不自然じゃない程度の平均的な体躯。いや一部に関しては平均以下だろうか。アレンジした軍服のようなステージ衣装を身に纏うもその衣装に反したタレ目の瞳には美しい、狂おしいくらいな紅い瞳が見開かれる。その顔は少女というよりかは悪友と遊ぶ少年のような笑みを浮かべて叫ぶ。
「君達は実に馬鹿だなぁ」
◇◇◇
重音テト。
弱小とは言わないまでも大手とも言えないUTUプロダクションに所属するアイドルである。そこそこ名は売れており、芸能生活も長くアイドル業界のご意見番……みたいな立ち位置には持ち前の明るいキャラとやや軽い印象を受ける言動からなることもなく、親しみやすい先輩アイドルみたいな位置に落ち着いている。やや芸人的な面から「サッカーで例えるならゴンさん」みたいな言われ方もしばしば。
31歳とネタにしかならない年齢ながらもデビュー当事からパフォーマンス、スタイルともに維持しており(一部は残念ながら)衰えることもない安定したパフォーマンスも人気のひとつなのかもしれない。
ボクっ娘(31)、(73)、どんなマイクでも握る(意味深)、レンタル物はきちんと忘れずに延長するなどネタにまみれた公式プロフィールのなかに一際目立つ項目がある。
性別:キメラ
これにはファンの間でも
「やっぱ公式プロフィールは当てになんねーわ」
「キメラで31ってことは俺らの年齢換算したら以外と」
「キメラなのになんであんな戦闘力(73)なんですかねぇ?」
「テトさんじゅういっさいは貧乳なのがいいんだろうが」
「くっ」
などと色々な議論がされている。
……まあ事実なんだけどねー。ボク、重音テトはキメラである。なんか色々と犯罪と違法研究を掛け合わせてできたボクはその有り余る力で自分の篭をぶち壊してその後始末で色々と迷惑をかけながら市民権を得て、恩人の一人にアイドル業界に誘われ、それから長く長ーくアイドルをやっている。まあその辺の話はまた今度するお……だからそこそこに交友関係も広くまあいろんな業界関係者と知り合いである。
「そんな堂々と呑んで良いのかお?ウサミン星人(17)」
「ウサミン星は17で成人ですから問題なしです。テトさんこそ大丈夫ですか?」
「テトさんは31だから問題ないお。んでなんでいきなりボクを誘ったんだお」
ウサミン星人(17)とキメラ(31)の貴重な飲酒シーン。まあ大衆居酒屋でそこそこ見られるからRくらいのレア度かお?
彼女はウサミン。もとい安部 菜々さん。永遠の17歳を公言して戻れなくなっちゃったアイドルだお。声優を目指してたらアイドルとしてスカウトされたらしい。ちっちゃめなのにしっかりと出るところは出ていて羨ましい限りだ。また菜々さんじゅうななさいとかネタにされてるけど本当に17みたいな、下手したらもっと幼く見えるくらい小柄で童顔。その行きすぎた17歳アピールと頻繁に引き起こす自爆がなければ17歳っていっても違和感は無いかもしれない。まあそこがウサミンのおもしろ……セールスポイントでもあるしね。
ボクとウサミンは互いにさんじゅうピーさいネタを皮切りにバラエティやたまにアニメなどで共演している。スレでは「お前ら人間じゃねぇ」とか言われてるけど。
「テトさんは本当に31なんですか」
「それはウサミンにとって特大のブーメランな気がするけどなんでだお」
笑いながらボクはビールをあおるとウサミンの次の言葉を待つ。
「だってテトさん何年間アイドルやってるんですか?ちょっと31でも無理あるんじゃないですか?菜々がこどものころからまったく変わってないし」
「この前芸能生活15周年のライブやったお。まあ丁度ウサミンがこどもの頃が全盛期かな」
「日高舞とかといっしょに……昔の映像みただけですけど」
ウサミンの問いかけにビールを一口呑むと枝豆を口のなかに放り込んでから答える。異種返しに世代だよねと返すと流れるように、とても自然に口を滑らした。酔っていることを考慮してもとてもなめらかで、追い討ちをかける事故弁護(誤字にあらず)もタイミング、声音ともにバッチリである。流石に職人芸である。
「おぉー匠の業を感じる」
「茶化さないでください。それに悪意を感じます」
悪意あるもん。技というより業だお?それ
「もしかして人間じゃないんじゃないんですか」
口に含んでいたビールを勢いよく吹き出す。いや、プロフィールに書いてある以上隠してるわけじゃないけど本気にされると困る。ならなんでプロフィールに書いてるのか?逆に嘘っぽいお?その方が。
「あーそんなあからさまな反応。そっちこそ名人芸じゃないですか。っいうか汚いです」
「はっはっは。だお。これが芸歴15年のアイドルの技だお」
ウサミンも別に本気じゃないみたいだしね。むしろこっからが本題だろう。
「テトさん」
「なんだお?」
「どうやって若作りしてるんですか?居酒屋で年確されるくらいの若作りの秘訣を教えてください」
そう言ってウサミンはビールを飲み干すとずいっとボクによってくる。あっ注文いいですかー。
「聞いてるんですか?菜々はウーロンハイで」
「聞いてるお。あっ、ファジーネーブルで。別にウサミンも若いと思うお」
「17歳ですから。でもこれからの事を考えると若作りの秘訣を知っておきたいです」
酒で少し赤みがかった顔でボクを見るウサミンは可愛いが残念ながら行き遅れたOLのちょっと意外な一面にどきっとしちゃったみたいな可愛さだ。間を置くようにボク達のもとに烏龍茶の香り漂うお酒とオレンジの香りに少しさらに甘ったるさを加えた黄色いお酒が運ばれてくる。方やジョッキに移る茶色。方やグラスに映える黄色。
「若作りなんてしてないお」
「嘘ばっかり。自然培養でそんな31いません」
うん。わかってる。だけどウサミンのはそういうところだと思う。そう言って運ばれてきたファジーネーブルに口をつけるとそっと上品に飲む。放り込むのではなく枝豆も綺麗に剥くと一粒をつまんで口に運ぶ。そしてその指をピシィとウサミンに向けてのばす。
「そういうところだお」
「どういうことですか?」
「若作りって言葉を口にした時点でウサミンは老いてるお。体より心が。心が焦りを産み不自然さを生み出すお。若いんだお。ボクはそう思って生きてる」
ボクはそう言うとニヒヒと笑う。なおこれは肉体が老いをまだ知らないキメラだからの理論で普通は強がっても体に来てしまうだろう。
「なるほど……って話題逸らしてませんか?」
「バレたか……でもなにもしてないのは本当だお」
そう言うとボクは席を立とうとする。納得はしてないだろうがこれ以上の回答はない。少し時間をおこうとしたのだが。
「どうしましたか」
「お手洗いだお」
「ちょっと菜々も行きたいですね。ちょっとビールかかっちゃいましたし」
「ごめんだお」
成り行きで二人とも立つことになってしまった。これは逃がさないってことだろうか。仕方ないから席を明ける以上荷物は纏める。
「「よっこいしょ」」
訂正、キメラも老いてくるらしい。このあともボクはウサミンに若さの秘訣を聞かれつづけたため、フランスパンで表情筋鍛えるとか言ってごまかした。
重音テト
本編主役のキメラさん(31)。芸能生活15周年。能力的にはvoがやや低めの他は高い感じ。サッカーで例えるならゴンさんでベテランなのに普通にギャグに走る。ネタしかないプロフィールはけっこう事実でネット住民にはコアな人気がある。また本人もけっこうネットを見ている。
ウサミン
みんな大好きウサミン。菜々さんじゅういっさいネタ。コメディ系キャラということで初回のお相手にさせていただいた。彼女のこども時代がテトさんの全盛期らしい。テトさんとは事務所が違うが共演の機会はそこそこあり仲は良好。