MADMAX Fury of ArmoredCore -V-alhalla   作:ティーラ

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ヒトは、世界を破滅へと導いた。
ヒトは、混沌から生き延び再び争いを続けた。
ヒトは、失われた文明を再構築した。
だが………ヒトは再び管理されるべきなのだ。
完璧なプログラムを唱えた神の代弁者として。
――圧制者 イモータン・ジョー




4.94 Fool

 

 アクセルペダルそのまま、グッと踏み込みスピードアップ。ギアチェンジ、踏み込んだ足に重みが加わりペダルそのものの質量が増えたように感じた。速度が一段階上がることで操縦席を大きく揺らす。上々なエンジンである証拠だ。

 

 ウォー・タンクこと『足』は快適に砂の上を走行する。申し分ないほどに満足、やっとの思いで手に入れた足に一息つく男。いい意味でも悪い意味でも助けになった口枷は未だに外せない。後ろに手を回し、金具部分を外せるか試みるも結果は変わらず。ガチャガチャと乾いた金属同士を共鳴させる。

 

 しかしだ、これがあればどこへだって逃げられる。逃げ続ける足があれば、後はどうにかなる。しいて言えばこの口枷がどうにも鬱陶しい。今すぐにでも外したいのは山々だがそう易々と取れる代物ではないらしい。それに生憎、外すモノがないときた。後のことは…どうにだってなる。

 

 縦長のサイドミラーに目を移すと遠ざかり行く女たちと白塗り、荒れた鏡面の点になっていく。その光景にふうっと息を吐き、この上ない喜びを体感してハンドルを握る。

 

 つかの間、重厚なエンジン音に混じる空回りしたような異音。その異音はさらに増していく一方、このような図体をした足ならば通常ありえない。音の発生源を探ろうとするもギアスティックやアクセル・ブレーキペダルに異常なし。ハンドルや燃料も同様、原因は分からず。

 それだけではない。なにか…。

 

 

 

 減速…?…減速している!!?

 

 地面が傾斜しているわけではなく、エンストを起こしたからでもない。確実に着々と減速している。たったの数m進んだだけでバテたか?図体だけが取り柄か、このタンカーは。

 

 ダッシュボード上の計器類を見るも異常はなし。それどころか燃料タンクはFullを表示している。「何も異常はありません」とでも誇らしげに言っているかのようにさえ感じる。

 

 なんでだ??!、なんでなんだ!!

 

 男が動揺している間に20…10…5…と速度は低下、ついには停止してしまう。今しばらく休憩をしたいと再び砂の上で立ち往生。

 

 動け動け動けッ動けってんだクソがッ!!

 

 運転席の至るところを殴る蹴るといった横暴をしても足は動かず。まさかと思いサイドミラーを見やると、点になりかけていた女たちがウォー・タンクへ疾走している。仕掛けたのは片腕の女か、よくよくサイドミラーを見れば義腕が引っかかっているではないか。男はため息をつく。

 

 ン野郎…。

 

 フュリオサが片手にボルトカッターを握りしめ全力疾走。行き着く間もなく男に交渉(・・)を持ちかける。

 

「キルスイッチよ、私がセットしたの」

 

 車窓から顔を出せば、早速男の足を取り戻そうと追いかけてきたフュリオサ。ナイフを一端投げ捨て息を整えた後にかけてあった義腕を引き抜く。順を追って引き連れてきた五人の女たちも道具を持ってきたらしく、後ろを見れば不発のソードオフにボルトカッター、レースと実に多種多様。

 短い上腕に金属部を通し、革製ハーネスを腰に巻き固定する。

 

「動かせるのは()だけ」

 

 交渉――。

 

 『私がいれば動かせる』と。となればコイツが仕掛けたということか。ならば乗せるべきであろう。先の戦闘では多勢に無勢だったが片腕のない女一人であれば構わない。

 

「…お前は乗れ」

 

 思考を巡らせ端的に吐き捨て前へ向く。

 

「全員一緒よ」

 

 男はフュリオサを再び見やる。お前だけと言ったにも関わらず一方的な要求は容易く論破された。このオンナ共と仲良く逃げろだ?それだったらこっちにだって考えがある。

 

「…なら待つ」

 

 少しばかり思案した末、男が導き出した答えはフュリオサを含む女たち全員を硬直させた。また振り出しへ、外へ出ることも…希望そのものを奪われてしまうことだ。

 

 不快なドラムが聞こえる…。あの振動が小さく諸々の臓器を揺らしていく。耳障りなギターが聞こえる…。あの音響が小さく左右の鼓膜を刺激していく。だがそれは幻覚であり幻聴だ。だとしても彼女らにとってそれらはトラウマを想起させるに十分であり、畏怖の対象として足りうる存在だ。

 

 あの砦で何をされたか。腐った悪党共が私たちに何をしてきた。文明の再生?絶対的な神格?いい加減その吐き気を催すような妄言なんか……支配なんか…!!

 

 だが狂喜の宴は私たちの軌跡を辿って確実に向かっている。来た道を…ウォー・タンクが残した重厚なタイヤ痕を辿って不確定な幻影から確かな存在へと…ヤツラが行進している。

 そう…ヤツラだ。幻覚や幻聴なんかじゃない。

 五人の女たちが恐怖する。幻覚幻聴がリアルと化し、かつて砦で味わったであろうトラウマを想起してしまい怯え、恐れ、後悔、強気、不安が顔に出る。女たちに顔に焦燥の汗が滲む。また戻される、また死の種を植え付けられる…死ぬのだと。

 

 そんなこと…させない。希望を奪わせたりはしない。彼女らが希望であり続ける限り、緑の土地があると信じる限り…私は、諦めない。己の希望を捨てたりなんかしない!

 

 フュリオサは車窓へよじ登り、自己正当化する男に遠回しで忠告する。

 

「あの腐った悪党が喜ぶと思う?アンタはヤツの大事な女を撃って傷つけた」

 

 だからなんだってンだ。足を手に入れるためにやっただけ、殺しちゃァいないだろう。『撃って傷つけた』というだけでこいつら全員乗らせてたまるか。

 

 目線を合わせようともしない男にフュリオサはさらに追い打ちを仕掛ける。だが次は『美味い話』として持ちかける。

 

「ニトロ・ブーストで二千馬力、大型ジェネレ-タも装着できた最強のタンカーよ。今出れば五分は稼げる…!」

 

 二千馬力……。確かに……その馬力であれば確かに、逃げる分には十分だ。だが…いや、しかし……。

 

 男は白をきり続ける。だが男が持つ健康的な眼には砂漠、フュリオサ、砂漠、女たち、砂漠…と明らかに動揺の様を隠し切れないでいる。美味い話に魅了するかと思ったがそう易々と席を譲ってくれるような性格ではないらしい。フュリオサにも焦りが出始め汗が滲む。

 

 あと少し、あともう少しだ。だがどうする…次に何を持ちかける?どうすればハンドルを握らせてくれる!?………どうすれば!!!

 

「……一生口枷(ソレ)つけてるつもり!??」

 

 痛いところを突いてやった。どうだッ…。

 

 

 

 男はジロリとフュリオサをにらむ。痛いところを突かれたといった表情で。

 

 男は観念し運転席を開け助手席へ移動する。案ずるなよと言わんばかりにグロックの銃口を向け運転席へと誘う。フュリオサは目線を合わせたままゆっくりと席に着き窓から身を乗り出す。「乗って!」とフュリオサに促された女たちは妊婦に続いて後部座席へ列を為して搭乗する。焦りと緊張で息が上がるフュリオサはグローブボックスからヤスリを取り出し、これで口枷を外せと見せつける。男はヤスリに反応し、玩具を取り返す子供のように手にしては後頭部を押さえ付けている薄い金属板へ目掛け擦り始める。

 

 全員乗ったことを確認したフュリオサはハンドルの下、計器類で埋め尽くされたグローブボックスへ手を回そうとすると。

 

 「アァ!!」途端、男が一声に喚く。

 

 何事かと思ったフュリオサが手を止め男を見やる。突きつける銃口の先は小型収納スペース。そこに黒光りするもう一丁の銃があった。ヤスリを後頭部に挟んだ男は腕を伸ばし銃を奪う。まじまじと見つめ、コルト系列の大型リボルバーであることを認識した後自身のズボンにしまう。無論、グロックはフュリオサを捉えたまま。

 

 フュリオサは再び手を動かす。カチッカチッと子気味の良いスイッチ音が七回ほど。すると、あれほど動じなかったこの巨体がイグニッションし始めた。エンジンが目覚め、排煙をまき散らし、逃亡劇の再開に応えようと呻りをあげる。

 

 コイツ、輸血袋のクセに用心深い。

 コイツ、片腕がないクセに油断できない。

 

 だが…。

 これで…。

 

 逃げられる…!

 

 お互い警戒心の塊となりながらも、考えていることはほぼ同じだ。腹をくくらなければこの先へは進めないということはお互い理解している。しかし、兄弟家族の如く手となり足となり協力するかと訊かれれば否である。

 

 『協力するのならば言葉ではなく、行動で示せ』

 

 男もフュリオサも…それだけが唯一共感できる要素だ。

 

 

 

 

 

 「う…あ、ああ……」

 

 二度目の気絶からやっと解放されたニュークス。腹部の鈍い痛みに上体を起こすとそう遠くない距離にウォー・タンク、砂塵と排煙が小さく揺れ動いている。初速段階故か速度が遅い、自慢の巨体が動じず停止しているように見えるほどだ。後方を確認するとジョーの大軍団が接近しており、何台もの武装車両とドーフ・ワゴンが蜃気楼で蠢いている。ビリビリとした狂気の再演がニュークスの身体を少しずつ覚醒させていく最中、ウォー・タンクのエンジン音が呼応する。寝起きのあくびにも似た図々しいエンジン音がニュークスを呼んでいるように長く呼応する。

 すっくと立ち上がり切断した鎖の端を片手に走り出す。白い足裏と両足の五指に砂が入り込み不快な感覚。それでも不安定な不毛の地を蹴り上げる。蹴り上げ、蹴り上げ、蹴り上げ続けひた走る。

 

 あのウォー・タンクの中にはジョーのオンナがいる。死んでたまるか。取り戻すまでは死んでも死に切れない。ACもスリットもいないんだったら…自分一人だけでも取り戻すッ!

 

 主君のために地を蹴り上げ…。 

 

 生きて、死んで、よみがえる…。それがウォーボーイズの本望であり、使命であり…また戦い続けられる唯一の方法なのだから。

 

 あるべきことを全うすべく地を蹴り上げ…。

 

 まだまだ戦いたい、戦い続けたい。そのためならこの僅かな命惜しむことなく投げ出せる。アーマード・コアで戦場を蹂躙できる命を…輪廻転生、再び授けてくれるのなら。

 

 心底から懇願し地を蹴り上げる。

 

 強硬な信仰心、譲れない使命感、依存的凶戦闘心。

 それがニュークスの原動力だ。

 

 

 

 

 

 砂漠を撫でるように走行するウォー・タンクの車内では赤子を宿した腹を抱えるワイヴス、スプレンディドが流血するふくらはぎの痛みに軽く苦悶している。

 

 見目麗しき熟んだ果実

 スプレンディド(Splendid)

 

「よりによってヤツの一番のお気に入りを撃つとはね」

 

 『誰が彼女を傷つけたか、あとで後悔することになる』といったような口ぶりで言い放った褐色のワイヴス。

 

 失意在りしネグロイド

 トースト(Toast)

 

 トーストの目線の先には妊婦スプレンディドが手厚く看護されている。彼女の腹にはこの世をまだ知らぬ赤子がいる。手当をするのは誰だって当たり前。だが、誰よりも一層看護をしているのは赤毛のワイヴス。

 

 赤髪の有能なるゴーグラー

 ケイパブル(Capable)

 

 銃弾でかすめたスプレンディドのふくらはぎを包帯で優しく包み込む。その様を助手席で眉をしかめながら銃を構える男。ハンドルを手にしたフュリオサが左右に揺れる車体を制御してギアチェンジ、先ほどと違い手綱を引いた馬のようにおとなしく走行する。

 

 男はふと思う。

 

 包帯はどこから?

 

 車内を完全に調べ切っていないことにより不安がじわりと過る。次こそ殺される、次こそこの首を刎ねられる、皆が皆俺を殺そうとしている。逃げないと。しかしどうすればいい。自分一人だけで逃げられるわけがない。今このドアを開けて跳び逃げるのも手だが折角乗れた足を無駄にはしたくない。

 

 咄嗟にシーツを横暴に奪う。銀髪のワイヴスの目には最高に狂っているようにしか見えない。

 

 不器用なシルバーロング

 ダグ(Dag)

 

「変態!」

 

 自身に危険が及ぶ可能性があるもの全て掻っ攫っていく。例えそれがシーツだろうが包帯だろうが…首に巻きつけて殺すことなど容易い。銃でなくたって人を殺すことなど楽勝だ。

 何と言われようが知るものか、俺はそうやって今日まで生きてきた。だからこれからも逃げてやる。そう自身に誓ったのだから。

 

 男は次に黄ばんだ手提げカバンに目をつけ、おもちゃの取り合いの如く颯爽と奪う。何年物なのかかつては有名ブランドだったであろう茶色に変色した手提げカバン。中には彼女らが持ってきたガラクタばかり。カバンを逆さまにしてガラクタを落とし(カラ)にする。中身のないカバンは原型を失い、留め具のないガマ口がだらんとだらしなく開く。ぺしゃんこにつぶれた蛙のよう。

 

 ウォー・タンク、要塞、武器庫…男の脳裏に次々と過る絶命なりかねない要素要因の数々。続けて男は鋭い目つきで車内を巡る。

 

 運転席の天井…手の届く位置にホルダー…ハンドガン!!

 

 腰を起こし、すぐさま発見したハンドガンを手にカバンに入れる。さらにその後ろには自動小銃(カービン)。大口径の次はカービン、それも長距離射程用。オプションや改造などからして片腕の女の私物。

 

 まだあるだろ…。

 

 そんな意味合いでフュリオサをにらむ。知らぬ存ぜぬといった顔で運転し続けるフュリオサ。対して、車内にまだあるだろうという自信と嘲弄から男は低く鼻を鳴らす。忘れてはならぬとトーストがわざわざ持ってきてくれたソードオフも奪取しカバンに詰める。

 

snap(パチン)snap(パチン)snap(パチン)snap()

 

 男が指を鳴らす。指先は後部座席を示し、その後ろにはガンホルダー。乾いたフィンガースナップが「あのハンドガンを取れ」と要求している。そう遠くない位置だが男には到底届かない位置にそれはある。

 

「あなたのことみたいよ、フラジール」

 

 スプレンディドは命令通りにしてと優しく言う。それに小さくうなずく黒髪のワイヴス。銃の持ち方すら知らない手つきでハンドガンを持ち男に渡す。

 

 井の中の儚き蛙

 フラジール(Fragile)

 

 狭苦しい空間に男が必死になって武器を掻き集めている。そんな光景に嫌気がさしたダグが重い口を開く。

 

「サイアクの展開」

「あたしたちに手は出さない」

「なんで?」

「人質よ」

「甘いわね」

 

 フュリオサは思考する。

 

 コイツは…何もしなければ殺しはしない。この男は何かから逃げているだけ。人質、トーストの勘は強ち間違ってはいない。けれど彼女たちはワイヴスでありジョーの私有物。故に、下手に傷つけたり殺したりすればジョーが怒りに身を委ね、地の果てまでも追いかけ…そっ首を狩り落とすだろう。彼女たちを連れだした私も同様…死刑でしょうね。でもまぁ、スプレンディドを傷つけたことに変わりはないからコイツも一緒に殺されることは確定かしら…?

 

 思考の最中、『最悪捕まってしまった場合』なんていう考えたくもない未来像に行き着き首を軽く横に振る。

 

「一緒に緑の地へ行くかな」

「まっさか!コイツはイカれたホモのカス野郎よ」

 

 フラジールの不安をダグが一刀両断、猥語の限りを浴びせる。男はそれに見向きもせず一心になって銃や弾薬をかき集める。奪取した年代物、今時見ないルガー系列のピストルと信号拳銃でさえまじまじと舐めまわすように見つめては、自身に危険が生じる物と認識しカバンに詰め込んでいく。

 

 狂っているヒトなんてこれまで多く見てきた。じゃあこの男は?盗賊の一味か?違う。砦のウォーボーイズやジョーのような信仰に支配された類でもない。何かに怯え、何かから逃げ続け、それを通り越してヒトがヒトでなくなったようなヒトモドキ。

 

 口枷に刺し込んだヤスリを取り出し、後頭部の薄い金属板をヤスリがけを再開。トリップや憑依に近い顔振りで恨みを込め、金属板を切り落とさんと男の腕に力が入る。

 

 ヒトの皮…いや、バケモノの皮を…。私達には分からない得体の知れない真っ黒な異形へなり果てた存在が今ここにいる。目を疑う、何とも言えない奇怪さに目を疑う。ワイヴスたちの目にはそれがあまりにも奇怪に見え、決してヒトではない存在に見えた。

 

 だからこそ断言できる。

 コイツは、この男は…。

 まさしくイカレきっている(・・・・・・・・)

 

 男のイカレ狂い、ヤスリの音。

 不気味にそれは鳴る。

 何者かが忍び寄る足音でさえ聞こえないほどに。

 狂気で聞こえぬ、狂喜の足音……。

 

 

 砂漠が無限に続くであろうと思っていた矢先、遠い彼方を歪ませていた蜃気楼が渓谷を形成していく。砂漠と空の合間に赤褐色の渓谷がウォー・タンクの眼前に広がっていく。不揃いの刃が澄んだ空を刻み、病的に隆起した大地がどっしりと腰を下ろす。広大にして過大、フロントガラスに収まらないほどの山岳地帯の渓谷群。ワイヴスたちはその圧倒的なスケールに口をあんぐりとさせる。

 直進を続けていると渓谷の間に小さな亀裂。入り口はそこからしかなく、渓谷自身も外からのお客様を歓迎する気はないようでいる。

 

 男の表情はそれから変わることはなく片手にグロック、片手にヤスリ。金属板をガリガリと音を立て削っていく。無表情だったフュリオサの顔が一変、助手席に顔を向ける。男は「なんだ?」といった表情で疑問符を浮かべるが咄嗟の判断で耳を凝らす。

 

 ヤツラとは違う何かの行進…。

 それも大部隊…この渓谷からか…。

 

「いや、谷は駄目だ――」

「後ろを見てッ!」

 

 ヤスリから手を離しハンドルを鷲掴むとフュリオサが止めに入る。

 

Huh(フン)?」

 

 男の疑問符は消えず、色濃くなっていく一方。だがそれも一瞬。フュリオサが見ているのは男ではない。行軍する軍靴の音は男の後ろ、ウォー・タンクからして約三時の方向を顎でしゃくる。絶句に嘆息、お仲間がいたらしい。白塗りの連中かと問おうとするもトーストがその正体を端的に述べる。

 

「ガスタウンのヤツらよ」

 

 ガスタウン(Gas Town)――。

 

 荒んだウェイストランドで唯一石油が産出できる重武装石油精製要塞。シタデルに次ぐ、ウェイストランドを彷徨う生き残りが救いを求めてやってくる油滾った地獄。

 

 男はトーストの胸倉を掴み引き寄せる。銃は確保できたとして、油断したところを突いて殺してくるに違いないと保険をかける。故に銃口はフュリオサからトーストへ向けられる。

 

「大事に扱って!」

 

 トーストが鋭くにらむ。

 

 殺しやしない。万が一の保険だ。ワイヴスとやらの中で誰よりも戦う覚悟を持っているヤツをこんなところで無駄死にさせるなんて毛頭ない。

 

 男はトーストを掴んだまま後方、人為的にできた砂嵐を見やる。他のワイヴスもそれに続き窓に近寄る。ケイパブルは双眼鏡、スプレンディドは単眼望遠鏡を取り出し腹を大事に抱えた状態で遠方の砂塵を覗き込む。レンズには砂ぼこりが舞う彼方を映し出し、その正体を現す。

 

「何が来てる…?」

 

 運転するフュリオサに代わり、その正体をスプレンディドが説明する。

 

「トレーラー…」

 

 ガソリン輸送に特化した大型トレーラーが大部隊を率いる。

 

「…棒飛び部隊(Polecats)……」

 

 棒飛び部隊、別名ポールキャッツと称する戦闘部隊。しなやかに曲がる長さ七メートルの棒を用いて戦う。男にはそれをどう使って戦うのかは想像できない。

 

 ポールを使ってダンスをするのとは訳が違うが、それが到底理解できるものではないことだけは確かだ。

 

「火炎放射器……」

 

 車両一台につき一機、貴重な燃料をこれでもかと炎に変え攻撃する。

 

 白塗りの連中も同じだったな。どこに行ってもガソリンを車に使うか火炎放射器に使うかの二種類しか頭にないのか。

 

「高機動兵器…!」

 

 部隊の五メートル上空には武装航空機が三機。翼の代わりに大きな回転翼が二つ、前面にはくちばしのような突き出た三砲身ガトリング砲が特徴的なサイドバイサイドローター式戦闘ヘリコプター二機。もう一機は角状レーダーが際立つ赤いカラーリングの高機動型兵器。脚部の大型ブースター、頭部そのものをローター化という極めて高い揚力と機動力を備えていることが分かる。

 

 武装航空機は過去の戦争によって大量生産され、世界崩壊と共に全て消えたと思っていた。だが彼女らの目にそれらが見えるとすれば、まだ残っていたという事だろう。ハンドガンやカービンでどうにかなる話じゃない。せめてACほどの火力があれば…。

 

「隊を率いるのは、人食い男爵」

 

 トレーラーの助手席にて鎮座する擬鼻(ぎび)を付けた禿げ頭の太った男。

 

 勘定人にして人間計算機。

 人食い男爵(The People Eater)

 

「ケチくさいしみったれよ」

 

 黒字を出さなければヤツの夕飯にされる。それを理解しているケイパブルが車内で評し鼻で笑う。

 

 ジョーと同等、ガスタウンにおける絶対的な権力を持つ存在らしい。

 しかしだ。そもそもヤツに会わなければどうにだってなる。ヤツを含め白塗りの連中共にさえ遭遇しなければいいだけの話。遭遇する前に…ばったり会ってしまう前に逃げればいい。逃げ続ければいい。

 

Hmm(ンン)…」

 

 脳内で事を片付け鼻を鳴らしては再びヤスリがけに力を注ぐ。金属版を削っていく中、車内が大きく振動し始める。自分のせいで揺れているのかと思ったが、それは違うと即座に理解でき手を止める。フュリオサもワイヴスもこれまでにない車体の揺れの体感に慌てふためく。

 

Aah(アァ)!!」

 

 苛立ちを乗せて計器類を叩くフュリオサ。全て問題は解決し、計画通りに事が進んでいくと過信していたフュリオサにただただ苛立ちが募る。再び迫る悪い予感と焦燥感、それらはフュリオサを始め車内にいる全員へひしひしと伝染していく。連結車両を確認するため窓から身を乗り出す。それに続けて男も窓から頭を出し後方を見やる。

 十四輪大型タイヤが砂を巻き上げ地を行く中、ウォー・タンクの最後尾の様子がおかしい。給油用タンクを連結運送している四輪が駆動していない。一万リットル以上のガソリンを保有するタンクが重々しく引きずられている。

 

「何か引きずってる?!!…たぶん給油タンクよ」

 

「おい待て……俺が行く」

 

 フュリオサが点検へ向かおうとドアを開けると男が制止に入る。代わりに行くと言ったそばから行動開始し、カバンを肩にかけ助手席から退出していく。

 

 ワイヴスには未だに男の言動や行動における本質が見えずにいた。スプレンディドもそれが理解できず、男の動向を伺おうと助手席に座る。フュリオサには少しずつだがそれが理解できるようになり、扱い方も直感ではあるが分かってきたように感じた。

 

 逃げるためなら何だってする。

 逃げるためなら何だってしてくれる。

 

 銃は全てあのカバンに入れられ男のモノになった。手は出さなければその銃口が向けられることはない。この先、最悪敵が現れれば戦ってくれる…と信じたい。時が来ればアイツと一緒に共闘してくれる…そう信じたい。

 

 もし、私の予想が外れれば……?

 

 あの男がワイヴスを保険にしたように、こっちにだってまだ保険はある。

 そうしたら、致し方ない(・・・・・)

 

 シフトレバーの先。引き抜けば男がまだ知らぬ最後の保険、小型ナイフ。少し引き抜き刃をぎらつかせる。できる事ならばこれを使わないよう願いを込め、元に戻す。

 

 

 

 カバンを乱雑に放り投げジャケットを腕に通す。フル装備のACには見向きもせず、ACを覆いかぶさるように固定された鉄骨を渡り歩き連結部へと向かう。設置された捕鯨銃(ハープーン)を跨ぐと、球形給油タンクの四輪が回転していない。不動のタイヤは砂を大いに巻き散らかし、ウォー・タンクの横暴な馬力によって無暗に牽引されているという様が一目で分かる。連結部を見るとバルブパイプや延長トング、チェーンといったその他諸々の配線が飛び交っている。その中に、太い配線が脱力したように外されている。原因はこれであろうと察した男は配線を鷲掴み凝視する。

 

 このウォー・タンクの知識については全く持って皆無だが…元のように接続させれば解決するのであろう。

 

 連結部を足場にして挿入口へコネクタ接続。新たなエンジンの起動音を聞き取ること数秒後、給油タンクのタイヤが回転しだした。

 運転席では不可解な減速に気掛かりだったフュリオサが身を乗り出していたが、減速が解消したことにより安堵の息をつく。ウォー・タンクは何の問題もなかったかのように直進する。問題解決により男は一仕事終え、来た道を戻りながらヤスリがけを再開し思考する。

 

 つまり一連の問題は、コネクタが外された(・・・・)ことによる給油タンクへの命令伝達系統解除…ということか。外されたということは何か他の原因があったということになる。だが問題は解決したんだ。他に何がある。しいて言うならば、敵が倍増したぐらいで――。

 

 ヤスリがけの最中、後方を確認すると行軍によって巻き上げられた暴風が…三つ(・・)……三つ!?一度は見た後方を再度確認、何気ない砂漠の光景だと思っていた男は思わず二度見をする。ひとつは白塗りの連中、ひとつは先ほど彼女らが言っていたガスタウンからの連中、そしてさらにもうひとつ。

 

 お友達が増えるのはもう真っ平御免なんだが…。

 

 その光景に起因して長い嘆息を漏らしながらヤスリがけを続ける。だが悪いことばかりではない。金属板がもう少しで削り切れるのだ。やっと解放されるという予感に胸が高鳴る。

 

 もう少しで…。

 

 あと三ミリ…。

 

 あと二ミリ…。

 

 あと一ミリ……!!

 

 ヤスリが金属板を削り切り、長いこと男を苦しませていた口枷の鍵が解体される。開放されたのだ。言葉では言い表せない昂揚感に口角がゆるみ、口枷だった鉄塊を力任せに投げ捨て――。

「死ね!裏切り者ッッ!!」

 助手席に突如として出現したウォーボーイ!

 ニュークスは腕輪に繋がれた鎖を使ってフュリオサの首を一周させ力の限り絞殺せんとする。冷たい鎖が冷酷に首へ食い込み続ける。ワイヴスらは条件反射でそれを制しようとするも、直後ダグが白い病的な腕に噛みつく。鋭利な痛みがニュークスの殺気と威勢をゆるませ、鎖への力は一瞬にして尽きた。

 一度溢れた激情は止まらない。逆鱗に触れたたかが一人のウォーボーイにナイフを突きつけるフュリオサ。しかし続けざまにスプレンディドが調停に入る。

 

「殺す必要ないって!」

「コイツ私を殺そうとしたッ!!!」

「そうだけど…ウォーボーイよ!」

 

 騒ぎを聞き付けた男は急ぎ早に助手席へ戻ろうとする。

 

「殺さなくたってもうすぐ死ぬわ」

 

「いいやッ!!オレは死んで、よみがえるッ」

 

 もうすぐ死ぬ。どのみち早くに死ぬのだ。ここで殺す必要はないとナイフを元の場所にしまう。

 

「押さえて」とケイパブル。

「縛るのよ」とスプレンディド。

「降ろせ」

「放り出して!」

「押さえてッ!」とダグ、フラジール。

 

 早々に戻ってきた男。その視界には腹に一発食らわせたはずのウォーボーイズがたった五人の女によって為す術もなく囚われている。鎖とレースで手首を拘束されているという哀れな光景。給油タンクの減速は恐らくこの白塗りが仕掛けたのであろう。だが、今となってそのような一兵士に構っていられるほどの余裕はなくなった。

 

「またお客だ」

 

 これも男の策略かと疑心するフュリオサに男がグロックで後方を指す。首を後ろへ回わすと新たな軍隊が群れを為して行軍中だった。

 

「バレットファーム!!?武器将軍の部隊よッ」

 

 バレットファーム(Bullet Farm)――。

 

 捨て去られた鉱山脈を改修し武器に弾薬、武装車両を作り上げる巨大工場群。シタデルに次ぐ、ウェイストランドを彷徨う生き残りが救いを求めてやってくる硫黄塗れた地獄。

 

 武器畑の守護者。審判にして処刑人。

 武器将軍(The Bullet Farmer)

 

 フュリオサが顔をしかめるのも当然。南からのシタデル、北からのガスタウン、西からのバレットファーム。これらが一体何を表すのか。言うならば、ウェイストランドに存在する全てのカオスが集結しカオスをカオスでごった返したような異形の大軍団が白昼堂々闊歩している、ということになる。

 

「終わりだよアンタの負けだッ」

 

 それでも逃げ切ってやる。

 フュリオサが唾を吐く。

 

「逃げ切るわ」

「ジョーはオレたちの神だ!」

「あんたはダマされてるのよ」

「あれは醜いペテン師――」

「オレたちの救世主だァ!」

 

 ケイパブルが先頭に立ち、ワイヴス全員でニュークスを正そうとする。だが頑として聞こうとしない。

 

「救世主が焼き印を押すわけ?私たちは家畜と同じよ!」

 

 スプレンディドが助手席のドアをオープンにし突き落とそうとする。自身が家畜であることを誰よりも理解する者だからこそ発言できる。

 

「オレは英雄になるッ!」

「アンタなんか使い捨てよ!」

「人殺しの破壊者よ!」

「ジョーは偉大だァ!」

 

 ニュークスの信仰心はこびり付いた油汚れのよう。それどころか信仰心は強くなる一方。

 

「ならアイツのとこに帰りな!」

 

 スプレンディドがニュークスを放り出す。

 所詮ウォーボーイもジョーのための家畜に過ぎない。ウォーボーイもワイヴスも決して分かり合えない存在ではない。考え直す時間があれば、ゆっくりと話を聞いてあげれば改心の機会はあった。誰にだってそんなチャンスはある。でももうそんな時間もチャンスも…もうない。

 救えるチャンスを失わせてしまった、そんなウォーボーイが気の毒だった。拭えない情けが背中を這い寄る。

 仕方がなかった。このままココにいても邪魔になるだけ。だから放り出した。許してくれなんて言わない、必ず殺してやると言ったって構わない。逃げてやるから。皆と逃げ続けてやるから。あのカオスの集合体から。ゼッタイに。

 

 

 

 ウォー・タンクは再びニュークスを置き去りに疾走する。

 あの時のように…(・・・・・・・)

 

「う……あ、あぁ……」

 

 積み重なった黄土色の砂がクッションの役割を果たし、ニュークスの背中を痛切に焼いていく。ニュークスは絶好のチャンクを無下にし落胆する。大した怪我はなかったとはいえ、これでもうウォー・タンクには追いつけなくなった。何の成果を挙げることもなく、何の土産も手に入れず…。

 

「あ…?」

 

 土産…?レース…?

 

 それは鎖と一緒に手首に巻かれたレース。紛うことなきワイヴスのレースだ。

 

 まだチャンスはある。

 死んでたまるか。

 この魂は偉大なるジョーのためにある。英雄の館が魂を呼ぶまで足掻いてやる。

 

 三つの軍団が集結しようとしている。何百もの兵士を引き連れたカオスが渓谷へ向けて進軍している。その渓谷の麓に一人のウォーボーイ。風になびくレースを掲げてジョーの下へ駆け走った。

 

 

 

 

 

 ウォー・タンクは渓谷の亀裂へと足を踏み入れる。小さな亀裂だと思っていたそれは砂嵐の時のような大きな口に見え、不揃いの岩肌が牙となって巨壁の如くそびえ立っている。

 

「取り引きしてあるから通れるはず……保証はないけど。みんな隠れてッ!ふたは開けたまま」

 

 不自然に開口した助手席の穴にフラジール、トースト、ダグとワイヴス達は次々と入り込む。奇妙に開いた穴を軽く覗くが予想していたよりも暗く、すべての実態を見通すことはできなかった。

 

「力を貸して。運転を頼みたいの」

 

 男は顔をあげ亀裂に目を向ける。

 

「…Mm(ンン)

 

 ケイパブルが穴に入り、スプレンディドが続けて入ろうとした時。「お前」と男がスプレンディドにグロックを向ける。

 

「残れ…そこにいろ」

 

 何から何まで機能満載。要塞に匹敵するウォー・タンク。今度こそ俺をハメる罠がこの先にでもあるのだろう。

 

「それよりアンタも隠れて。谷の連中に一人で来るって約束したの」

 

 結局自分も隠れなければならないのかと鼻から嘆息を吐き、恐る恐る足先から入り込む。どうやら穴の先は作物室らしい。根菜系の枝葉がみずみずしく生い茂り、麻袋一杯のジャガイモが所狭しと搬入されている。その奥には先ほどのワイヴスらが寄り添いあって固まっている。

 

「来るんだ」

 

 一通り危険がないことを確認した男はスプレンディドを誘導する。フュリオサも確認する限り、男はあれから一切ワイヴスに手を出していない。

 もし…取引に失敗した際、協力してくれるだろうか。イワオニ族は必ずしも取引に応じるとは限らない。

 

 

 

『道を塞げだァ!!?』

 

『ACをくれてやる。いつまでもそんな裸のバイクなんかで暴れる必要はなくなるぞ』

 

『そんなら…ガソリンもあるだろォ?一万リットル、どうだ!』

 

『分かった…浴びるほどのガソリンもくれてやる』

 

『来ていいのは大隊長さんだけ、分かってるだろうな…』

 

『…追手が来たとしても数台だけだ』

 

『……良いだろう。取引成立だ』

 

 

 

 実に手痛い。予想外の出来事は常に付き物だ。それに今日に限って運が悪い。

 人生は痛いもの(・・・・・・・)か。ホント、その通りね。

 

 

 

 岩壁の頂から覗くバイクの集団。

 イワオニ族(The Rock Riders)

 

 この渓谷を縄張りにしているライダーズ。ウェイストランドと外部を結ぶ唯一の通り道であり唯一の門。取引をすることで行き来はできるが100%確実と言うわけではない。イワオニ族の代表ことリフトの番人の気分次第。相応の取引が認められず外部からの交易商人が何人も追い払われた。

 彼等の主食は『蛾』らしい。

 

 そして今日も、取引の品に期待するかのようにバイクのエンジン音が渓谷に鳴り響く。

 

 

 

「ねえ…名前は…?」

 

 フュリオサが男に問う。

 

「何て呼べばいい?」

 

 たかが名前。されど名前。答えるのは至って簡単だが、自身の名前など語りたくない。名前なんてなんの意味がある。伝説を作って、後世にその名前を残すわけでもあるまい。過去を捨てた人間に名前などあるはずがない。

 

「…好きにしろ」

 

「分かった…」

 

 簡単な質問であったはず。名前が存在しないヒトなどこの世にいるはずがない。期待した私が馬鹿だった。

 

「『バカ野郎(Fool)』って、そう呼んだら車を出して。エンジンのかけ方は――」

 

 なんて呼ばれるかは想定していなかったが『バカ野郎』などと言うネーミングに男は正直驚く。フュリオサは続けて、メーター機器類の下部に設置されたスイッチの数々を指差しながら説明する。

 

(One)(One)(two)(One)(Red)(Black)…スター(Go)ト。覚えた?」

 

 バカ野郎はグロックで順番を確認するよう軽く揺らし小さく頷く。

 

 OKともNOとも言わないこの男を、果たして信用していいのだろうか。だが今は…協力していかければ失敗してしまう。共闘していかなければ容易く死んでしまう。

 互いが生きるために。

 

 入り組んだ亀裂を進み続けていくと、フュリオサはハンドルの接続部に塗りたくったグリースを指に絡め取る。額、こめかみ…真っ黒の潤滑油が最初期のフュリオサへと戻される。バックミラーに写る自身の姿が酷く醜い。フュリオサは自身の姿をにらみつける。

 だがこれでもう最後、最後だから。この取引を終わらせれば…。

 

 岩のゲート。獄炎の爆弾と怒りの大自然が生み出した凹凸の激しいアーチが眼前に迫る。大型車両がギリギリ通れるか、そんな怪しい箇所をフュリオサは躊躇することなくペダルを踏み込み一速で突き進む。上手い具合に掻い潜ろうするウォー・タンク。岩肌に遮られたフラッグだけが潜り切れることなく根元からひしゃげる。

 

 ゲートを抜けると横幅に広がる中継地点、イワオニ族との取引会場に差し掛かる。ウォー・タンクはゆっくり停車しエンジンを切る。

 

 

 

 …。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 ………。

 

 

 

 

 静かだ…。

 やけに静か過ぎる……。

 

 男の警戒心が高まり息遣いが荒くなる。スプレンディドの首筋に幾度も息が当たる。

 

 取引とは通常活気溢れる中で行われるもの。もしくは反対に互いの腹を読むためにあるもの。取引の概念としてはそれで間違いないはずだ。しかし、この閑散とした空間にはウォー・タンク以外何者も存在していない。あるとすれば何時ぞやに破壊されたであろう武装車両の骨組みだけ。

 

 姿現さぬ取引相手に用心深くフロントドアを開放する。錆びついたフロントドアが耳障りな音を発し、不安を募らせる。フュリオサは慎重に降車し、両腕を上げる。

 

「持ってきたわ!約束通り、ガソリン一万二千リットル。フルカスタムのACを二機!」

 

 フュリオサの声がこだまする。

 

「タンクを外したら……道を塞いで」

 

 バイク特有の小さいエンジンと排気音が反響する。一つだったそれは二つ三つ四つと増殖し、軽快な騒音と共にオートバイに搭乗したイワオニ族が結集する。オートバイ用ゴーグル、なめし皮のジャケット、蛾の触角を模したヘルメット。取引で手に入れたであろう装備品で肌の露出を極限にまで抑えた異色な部族。高台に構える首長らしき族が前に出る。

 

「追手は、数台だと言ってたよなァ?確か……」

 

 来た道を指差し怒号する。

 

「大軍団が来てるぞォ!!!!」

 

 数台と大軍団の違いなんて見なくても分かる。不運の重なりがこれほどまでに辛いとは思わなかった。

 

「今日はツイてない…」

 

 本音を漏らす。

 

「外すわ!」

 

 給油タンクへ歩を進める最中、車内のスプレンディドが苦悶する。

 

「あ…アァ」

 

 陣痛。臨月間もない熟した腹には赤子がいる。生の力をもってこの世を拝もうと赤子は足掻き、一方のスプレンディドは必死に痛みを耐える。

 

 途端、フュリオサの足が止まる。

 武装バギー三台編成の先遣部隊、点のように小さく見えるヤツラの部隊が鬼気迫る。遠いように感じるが一分もあればゲート到達は確実。速度変わらず、エサを前にしたケモノのようにウォータンクとの距離を縮ませる。

 

 胸が騒ぐ。

 息が荒げる。

 

 首長はウォー・タンクの見た道を見やる。武装バギー、武装バイク、揚陸戦トラック、ドーフ・ワゴン…etc(エトセトラ)。その数にフュリオサを凝視する。

 

「ぐ、ぐぶ!ぐ…ウ……」

 

 スプレンディドが嘔吐する。手で押さえるも突発的に起きた出産の兆候はイワオニ族の耳にしっかりと入ってしまう。首長は胸のガンホルダーに手を忍ばせ、ほかの族はガンサイトをフュリオサへ。

 

 これが意味するもの(・・・・・・・・・)

 

 ゴーグル越しに伝わる…交渉決裂………!!!!

 

 

 

バカ野郎ッッ(Fool)!!!」

 

 

 

 連結部を飛び越えるフュリオサ!

 エンジンを始動する男!

 

 折り畳み式短機関銃から連射する九ミリ弾が幾度も砂柱を舞わせる。何十発もの弾幕に対しACと給油タンクを盾に疾走する。アクセルペダルを踏みつけサイドブレーキを解除。足取りの重いウォー・タンクの腰を叩き起こす。

 

 族もウォー・タンクの動向に気付き前輪をあげる。手首のスロットル開閉を繰り返し排気量増幅、アイドリングスタートダッシュが岩肌を無視して跳躍する。

 フュリオサはウォー・タンクの初速に追いつき、作物室へ通じるトレーラヘッドへ駆け寄る。トレーラーヘッドの搬入口にはトーストが手を伸ばしている。

 一台の突撃オートバイがフュリオサに急接近。トレーラーヘッドへ滑り込もうとした瞬間、族の一人がウォー・タンクの真下へ滑り込む。フュリオサの足にドシッと重しが加わる。

 されども先にトーストが手を取っていたことで振り落とせず形勢逆転。フュリオサが一蹴り繰り出す。顔面を蹴りあげ、ゴーグルレンズを割らせる。眼部の痛みに悶絶し叫び声もあげられずそのまま重厚なタイヤの下敷きに。

 

 首長が腕を挙げる。確認した族の一人が目を合わし同じように腕を挙げる。一挙に振り落とした腕にT字型棒を押し倒す。発破器が雷管を起爆、ゲートは轟々と崩落し噴き上げた岩石が土石流へと変化しては先遣部隊を次々と飲み込んでいく。

 

 目には目を、物量には物量を。そうすりゃうじ虫だって足を止める。その間に我らで独り占めすりゃあいい。取引の品をみすみす取り逃がすはずねぇだろォ。

 

「ガソリンとACを奪えッッ!!」

 

 雄叫びを合図にオートバイが一点に集結する。二五〇㏄の排気音が重なり横陣編成、イワオニ族総員で強硬手段に打って出る。

 

 後部座席から現れたフュリオサが助手席へ座ると男はカービンを返却してきた。『協力するのならば言葉ではなく、行動で示せ』。唯一共感できる要素が意志を持って伝わる。

 

 赤薬莢押し込みコッキングレバー装填完了、ものの二秒。

 

 心底から信頼を得たフュリオサは手慣れた手つきでファーストリロード。落ち着きがあることは最大の戦力でもある。

 

 

 たったひとつしかないゲートは少数部族によって崩壊された。しかし完全に崩落したわけではなく、埋まり切らなかった岩が積み重なった状態、ゲートはもはやただの穴と化した。とどのつまりACでは通れない、であればビッグ・フットでしかこの先へは進めないのである。

 

「退け退けッ!!」

「道を開けろ!」

「さっさとやれ!!」

「岩を退かすんだッ!!」

 

 ジョーの部隊、ガスタウン、バレットファーム。血栓の構築による行き場を失った血液のように大部隊は結集した。到着した人食い男爵と武器将軍。それぞれの専用車両からは総動員で岩退かし等と言う最悪の時間つぶしが広がっていた。

 

「俺が先に行って岩を退かし、道を通す」

 

「イモータン!イモータン・ジョー!お待ち下さいッ!」

 

 ビッグ・フットのタイヤをもってすれば悪路は赤子同然。ジョーらが搭乗するビッグ・フットが悪路を先行していると上級ウォーボーイが合間に入る。その声を耳にしたジョーはビッグ・フットを杖で制する。

 

「コイツがウォー・タンクに乗ったそうなんです」

 

 上級ウォーボーイが連れてきたのはただの一兵士。白塗りが薄らいだウォーボーイ、ニュークス。だがその手に掲げている物は正しくワイヴスのレース。混じり気無しの純白さはどのウォーボーイよりも白く透き通り目が冴えるほどだ。ウォー・タンクには確実に我が妻たちがいることを表している。

 

「よォしお前、一緒に来い」

 

 杖で招き入れるジョーに胸が高まるニュークス。すぐさま共にビッグ・フットへ乗ると聞き覚えのある声に後ろを向く。

 

「おい!待ってくれ!ブーツだブーツ!輸血袋のブーツだ!」

 

 砂嵐に巻き込まれていたと思っていたスリットが輸血袋のブーツ一足を高々に掲げる。しかしそれはジョーにとっては意味のない物。

 

 スリット、生きていたのか。どうやら先に死ねるのはオレのようだ。ヴァルハラに行って待ってるぜ!

 

 上級ウォーボーイに誘導されジョーらと共に乗り合わせる。勝ち誇ったように口角を上げスリットを見捨てる。

 

「乗せてくれ!!」

 

 スリットも一緒に乗ろうとめげずにブーツを掲げるがジョーは見向きもせずモンスタートラックなタイヤが積み重なった岩山をよじ登る。

 

「ブーツだぞォ!!」

 

 一連の時間つぶしが少々長くなりそうだと倦怠する人食い男爵。人殺しこそが最大の生きがいだと主張する武器将軍にとってお家問題など知らぬ存ぜぬ、故に苛立ちは募る一方。

 

「痴話ゲンカで大騒ぎとはな、赤ん坊のためか」

 

 砦を支配するため自ら神格的象徴に為ったというのにこのザマか……。

 

 我らながら哀れで仕方がないと人食い男爵も武器将軍も意欲が失せ行く。

 

scoff(チッ)

 

 

 

 燃えるV8エンジン。呼応するKV-3D2。吸気される冷却器。ウォー・タンクは今この時こそ力を発揮している。しかし入り組んだ渓谷の道では自慢のトップスピードを活かし切っていない。

 

 族はオフロード仕様、首長機はデュアルパーパス仕様。岩場での戦闘に特化したノビータイヤまで装備している。左右に連なる岩肌を走行し、挟んで追い込もうとしている、それはまるで猟のよう。非常に危険だが裸丸出しであることに変わりはない。

 

 ハンドル片手に弾数確認。相手は確認できただけで二十人以上。グロックは最大装填でも十七発。一人に弾二、三発と考えれば妥当だろう。

 

 

 ビッグ・フットは岩場を登り切る。巨大なタイヤで走破するなど高度な運転スキルがなければ叶わない。

 イモータン・ジョーがいる運転席に限り―!!!

 

 

 左右のライダーズに気を取られていると前方から奇襲要員が接近、ウォー・タンクに前を追いつかれる。ボール大の何かトレーラーヘッドへ向けて投げ捨てる。

 

 ヘッドに当たり起爆!

 

 爆音と共に炎が運転席を包む。ワイヴスらは一瞬の灼熱と爆音にうろたえる。ヘッドに火が付き、吸気したとしても熱い酸素しか供給されない。そう何発も食らえない。

 突き出た岩をジャンプ台にまたも族が跳躍、ナパームを投げ捨てヘッドを燃やす。またしても族が跳躍、次々にナパームを投げ捨て続けざまに灼熱が車内を襲う。族の連携や地形とライディングスキルを活かしたナパーム戦術が非常に高い。

 

 だがそれもここまでだ。

だがそれもここまでだ。

 

 完全装填完了(フルリロード)

 フュリオサ応戦。ゴーグルのこめかみをインサイト、トリガーを引く。薬莢中央の雷管をブッ叩いたカービンは弾頭射出。スティールコア弾頭が一直線に族の頭部、狙い通りのこめかみを貫く。族の一人を赤色に染めあげ脱落させていく。岩を飛び越えナパームを投げる矢先に待ち受けるグロック。鋭い九ミリ口径弾頭を二、三、四とえぐり込み脱落させていく。スプレンディドが疼く腹を大事に守る。次々と飛び交う空薬莢が産まれる寸前の完熟した腹を点々と当てていく。

 

 ヘッドは増粘剤の油脂でひどく燃え広がっている。フュリオサが運転席のレバーを傾ける。冷却器停止と同時にヘッドに搭載してあるカウキャッチャーが下方向へスライドし始める。走行中にも関わらずウォー・タンクは地面を巻き上げ、黄土色の砂塵を身に纏う。砂塵を用いた荒療治。増粘剤は砂を吸収し、これ以上の燃焼を防いだ。スライド上昇、息を止めていたウォー・タンクが大きく呼吸する。

 

 続々とイワオニ族が集結。右から四人、左からは六人が横陣編成。その後ろを追いかけるビッグ・フット、ジョーはその戦いぶりを見つめる。

 

 フュリオサは上部ハッチを開放、片手間にタクティカルリロードをしカービンを手渡す。その数では弾が足りないかもしれないが、その時はその時だ。

 

 構え、後方に二匹――。

 

 給油タンクから身を出した一匹目をヘッドショット。族が宙を舞いオートバイから脱落。軽い衝撃、貯水タンクにナパームを投げつけた族にグロックをインサイト、単発連射したパラべラムが族の姿勢制御を崩す。左側を片付け終えた男は右側の族共にダブルアクション。フュリオサとの弾頭とクロスファイア。クロスファイア、クロスファイア。排管滑空してくる族の脳天を貫通させ弾数ゼロ。自由落下してきたオートバイを避け「弾を込めて」とスプレンディドにカービンを渡す。

 

「分かった」とケイパブルは言うがスプレンディドにとっては銃の扱いなど初めてに等しい。

 

「無理よ」スプレンディドが困惑していると横からトーストが割り込みカービンを奪取する。何をするかと思いきや、トーストが手慣れた手つきで弾込めをしていく。一人前ではないが、その戦おうとする決意がトーストを変えていく。皆必死なのだ。

 

 族長のデュアルパーパスオートバイが巨岩を台にし跳躍。数秒滑空の後、鉄骨に接地しヘッドに迫る。

 

「銃を!」

 

 トーストの手が焦る。

 

「早く銃を!!」

「ちょっと待ってって」

 

 フュリオサの要求に苛立ちが走る。

 

「早くッ!!」

「ガソリンを渡せッ!」短機関銃を目にし咄嗟に運転席へ屈む。弾幕が上部ハッチを跳弾させる。男が後方を見やり、ガラス越しに映る虚ろな影にサイトを合わせ弾丸発射。ガラスを砕き頭蓋を砕き、行き場を失った大口径弾が脳内で暴れまわり炸裂。ウォー・タンクから脱落していく。

 ワイヴスらは微塵になったガラスに体を強ばらせる。

 

 突撃要因出撃。腕に抱えたダイナマイトの束が煙を上げ再び運転席へ目掛け突進している。大口径弾発射。ガラスを砕き…だがゴーグルをかすめただけでダイナマイトはもう目の前まで。フュリオサが信号拳銃を取り出し、撃鉄を叩き付ける。煌々と光る赤信号弾は族に命中、炸裂した赤色粉末を霧散する。バランスを崩したオートバイは族もダイナマイトもすべて下敷きにしていく。

 

 ダイナマイト爆発!!給油タンクの連結部を崩壊させ、一万リットルものガソリンだけが置き去りにしていく。粗方片付いたのを見計らったジョーがアクセルペダルを踏み込む。火の付いた給油タンクは制御を失い、岸壁に叩き付け異常爆発。爆炎が一瞬ビッグ・フットを包み込む。

 

 渓谷外へ出たウォー・タンクに用はないとイワオニ族は撤退命令を出す。ウォー・タンク、それを追うビッグ・フットだけを見送るだけで一歩先へは進まない。

 

 追走するはビッグ・フット。おそらくジョーが乗っているはず。仕留めるなら今しかない。リボルバーに一発ずつ、確実なローテーションでシリンダーを回し弾込めをしていく。

 

 知能指数が低いリクタスは雄叫びを上げながら火炎放射器を振り回す。 

 

「リクタス!女たちがいる、銃は使うな!」

 

 上級ウォーボーイに一括されリクタスは火炎放射器から手を離す。仕留めるのはこの手でと決めているジョーは銀に輝くコルトアナコンダの銃口をフュリオサに向ける。

 

 そうだ。このウォー・タンクには妻を浚った裏切り者がいる。

 それを仕留めれば――。

 

 突如、ウォータンクのフロントドアが開きスプレンディドがドアにしがみ付く。

 

「スプレンディド!スプレンディドオォ!!」

 

 コルトを持つ手が緩む。スプレンディドだ。さらにケイパブルがスプレンディドを庇うという二重の盾を構築。下手に撃てば他のワイヴスどころか赤子を貫くこと間違いない。

 

「腹の子は俺の子だァ…俺のモノだアァ!!」

 

 アンタの手にはさせない―!!

 

「イモータ――」フュリオサが放ったマグナム弾は上級ウォーボーイが自ら肉壁になり肺、心臓を貫通。絶命した上級ウォーボーイはそのままビッグ・フットから落ちていく。

 

 ワイヴスを手駒にされては埒が明かない。一旦ウォー・タンクの後ろに付き機械を狙うか…。

 

「イモータン、オレがタンカーの運転席に忍び込む」

 

「貴様の名前はァ?」

 

「ニュークスッ」

 

 威勢のいい兵士を向かわせるか…。

 

「コイツで麻痺させて生け捕りにする――」

「駄目だァ!アタマをぶち貫けェ!」

 

 ジョーの股間部ホルダーに仕舞われたコルトを取り出しニュークスに渡す。ニュークスにはその銀が眩いほど目に痛く、ジョーそのものを尊重させていく。

 

「タンカーから俺の宝物を取り戻してこい。お前の魂は、俺がァ…英雄の館へ導いてやる」

 

「ホントに…?」

 

 それは、イモータン・ジョー直々のヴァルハラへの道しるべ。イモータン・ジョーがオレたちのためだけに作り上げた最高の世界。そこへ招かれれば未来永劫、オレは伝説となり、光り輝き、その名を残し続ける。

 あ…あぁ…なんてオレは……。

 最高に最高で最高の日だ…。

 

 「お前の魂は 永 遠 に 光 り 輝 く

 

 銀泊スプレー缶を取り出しニュークスに吹きかけ詠唱する。この上ない極上の導きに目頭に涙がたまる。ニュークスが余韻に浸っているとジョーはリクタスを呼びかけ、ヴァルハラへの導き(もとい)揚陸・先駆けの手伝いをやれと命じる。

 

「いいか………行くぞ!!」

「ああ!!」

 

 リクタスに半ば強引に引っ張られ、阿吽の呼吸。ご自慢の怪力でニュークスは揚陸に成功する。鉄骨によじ登り、ヘッドへそのまま向かえばヴァルハラもう目の前だ。

 この銀に輝く銃とオレがあれば…!

 もうすぐ…!!

 もうすぐで…!!!

 

 ニュークスはひた走る――!!!!

 突然、鎖が鉄骨に絡み威勢と自信が押し殺される。手にしていたコルトが勢いに任せあらぬ方向へ、ニュークスだけ鎖の命綱に揺らされる。その様を見ていたジョーはあまりに滑稽すぎると首を横に振りニュークスに吐き捨てる。

 

「………使えねぇヤツだァ

 

 ニュークスにはそれがはっきりと聞こえた。痰がらみの野太いドスの効いた神様からの声が。

 

 そんな…。

 まだ、まだオレは…証明すらしてないのに…。まだ…まだ…オレは!ヴァルハラに…まだオレは!!

 

 ビッグ・フットの速度が急激に上がり、フュリオサは装填して間もないカービンを持ち替え臨戦態勢に入る。ウォー・タンクの巨体があれば起こすことはできない。そのはずだ。

 

 そう難しく考える必要もない。肉壁はまだあるのだから。

 ジョーが突き進むその先は、イワオニ族が使っていた巨岩。台にしたビッグ・フットはトップスピードで跳躍。このタイヤを優に超すモンスタートラックのタイヤが宙に舞う姿に、皆が息を飲む。着地したのもつかの間、姿勢を制御し前に出る。まだまだ続く渓谷の道で追い越すのは非常に難しい。

 

 ゆっくりと左側へ後退するビッグ・フット。残りの上級ウォーボーイがジョーを守ろうと自信を肉壁として運転席を塞ぐ。男とフュリオサが応戦、それぞれ合わせてクロスファイアさせるも肉壁としての役割はしっかりと担え朽ち果てる。

 

 ジョーがワイヴスをにらむと「くたばれ!」とダグが悪態をつく。

 

 リクタスが捕鯨銃(ハープーン)を射出。鎖に繋がれた銛は狙い通りハンドルに食い込む。固定されたハンドルを必死に制御しようとするも敵わず。反対のリクタスが怪力で銛を引き抜く。ハンドルの留め具が破断され、銛の返しにハンドルと左手が巻き込まれる。何トンもの総重量が左手だけに負荷がかかり、思わず声が出る。男が苦しんでいる様を見て、物を壊すことが誰よりも好きなリクタスが嬉々とする。

 フュリオサが銛を取ろうとするも並大抵の力でない限りは!スプレンディドが咄嗟にフロントドアを開け、チャーンカッターを手にしては鎖を刃に挟み込む。ケイパブル、スプレンディドの二人で目一杯刃に力を入れる。耐え難い痛みが襲い続け手からは血が垂れ、歯は軋み、顔が歪む。限界が近い…!!

 

 ピンと張った鎖が音を立て断ち切り、鎖と銛はハンドルを道連れに落下していった。ウォー・タンクの制御が完全に失われ、フュリオサはモンキーレンチで早々にボルトを回す。

 

「危ないッッ!!」

 

 眼前には巨岩、このままでは激突してしまう!モンキーレンチを曲がれる限り右へ曲がる。進行方向は変わったが、それは微々たるもの。

 

「スプレンディドオォ、避けろオオオォ!!!」

 

 その微々たる方向の先、スプレンディドが衝突する!!!

 気付いたのももつかの間で――!!

 

 

 

 

 激突!!!巨岩は大質量のヘッドのスピードで抉り取った。

 スプレンディドは!?

 男が後方を見やる……。

 

 

 無事だった。ヘッドの連結部へ一時避難し事無くを得ていた。それはジョーにも見えているらしく、ほっとしているようにも見える。配管を足場にしてフロントドアを開け、後部座席へ戻ろうとしている。トーストと同じく、この逃亡劇に対しての決意が強く目に写っている。男はスプレンディドにグッと親指を立て――。

 

 足を滑らせ、フロントドアに二人分の体重が加わる。激突によってフロントドアが大きくぐらつき、落ちた。

 

「ダメッ!スプレンディド!!」

 

 ダグとケイパブルの声に反応し、男は再び後方を見やる。

 

 ジョーが素早くハンドルを切る。ビッグ・フットは慣性に任せ横転横転横転。すべてを振り落とし砂を巻き上げタイヤを真上に完全停止した。

 

 

 口元を銀泊に染めながら一部始終を見るだけしかなかったニュークス。唖然とする。

 

 

 

 

 

「止めて!タンカーを止めて、引き返してッ!!」

 

どこにいるの、―――。

助けて……、―――。

 

「戻って助けるのッ」

 

「駄目だ」頑なに首を横に振る。

 

「戻るよう言ってよ!」

 

「見たの…?」

 

 フュリオサが真っ直ぐ目を見て問う。

 

「……車に轢かれた…ン」

 

「本当に見たの…!!?」

 

 だからこちらも見返す。

 

「車に轢かれた」

 

 二度に亘って告げられた現実が車内中を巡る。

 

「戻らない…このまま進む」

 

「ひどい!!」

「ソイツアタマがヘンなのよ!」

「とにかく緑の土地へ行かなきゃ…」

「でもそんな場所ホントにあるの!!?」

 

 他のワイヴス四人にとってスプレンディドが希望であったように、フュリオサにとってもそれは希望だった。希望が奪われる前に…こんなところで…。

 

 希望を失えば、あとは何が残る…?

 

 疑心暗鬼になっても仕方がないのだ。

 戻らないと決めたのだから。

 

 男はそのままモンキーレンチを片手に運転を再開した。

 

 

 

 

 

「ガアアアアアアアアァァ!!!」

 

 離れ行くウォー・タンク。離れ行く残りのワイヴスたち。失われゆく我が赤子。砂が舞い散ってもその姿が前に現れることはない。駆けつけた先遣攻撃バイク二人がジョーを案ずる。

 

「ご無事ですか!?」

「行け、行くんだァ!!」

 

 二人乗りの攻撃バイクはそれを聞き発進する。

 

「ア゛ア゛アアアアアアァァァ!!!!!」

 

 ジョーの叫びがこだまする。それに続けてリクタスは速射砲を空へ目掛け撃ち続ける。

 

 失われゆく希望が…。

 

 

 

 

 

 ウォー・タンクは無事渓谷を抜け出し、再び砂漠地帯へと足を踏み入れる。ワイヴスらは悲しみにひれ伏し、男とフュリオサはハンドル代わりのモンキーレンチを固定する。

 V8エンジン緊急停止。運転席が異様に揺れ動き減速、機関停止した。

 外部からの高温が伝わり続けたことによる熱暴走。エンジンをある程度冷やさなければ走ることはない。修理は至って簡単である。メインエンジンとなるV8を冷やせばいいだけ。男は焼け焦げたエンジンプレートを取り外し、V8エンジンを露わにする。フュリオサが冷却ようの水を汲んでくるとフラジールが来た道を駆けていた。

 

「フラジール!!?」

 

「待って!フラジール!」

 

「何考えてんのッ!バカなマネはやめて!」

 

「ジョーはきっと赦してくれるっ」

 

 女々しくレースを覆い、女々しく来た道を戻る姿はかつての自分。かつてのワイヴス。

「今さら何言ってんの!!?無理に決まってる!!」

 

「私たちはワイヴスよ!妻なのよ!!バカみたいっ、砦にいればゼイタクに暮らせたのに!それが悪いことなの!!?」

 

 その彼方に攻撃バイク、二人乗りであれば…。

 フュリオサはカービンを構えスコープにウォーボーイを入れる。

 

「またオモチャにされるだけよ!」

 

 そう、オモチャにされるだけ。

 トリガーに指をかけ………引く。

 

 発射された弾丸はフラジールの耳元を過ぎり、ウォーボーイ二人の頭部を貫く。力をなくしたバイクは転倒、二人が起き上がることはない。その衝撃にフラジールは止まる。

 

「私たちはオモチャなんかじゃない、人間よ!」

「そうよ、人間よ」

「やめてもうウンザリなのよ!」

 

 ケイパブルとダグが必死になって止める。

 

「スプレンディドもそう言ってたじゃない――」

 

「だから殺されたのよッ!!」

 

「アナタの気持ちも分かるけど…ダメよ。そこに戻っちゃダメッ!!」

 

「スプレンディド!!」

 

 失った希望がよみがえったり、帰ってきたりすることはない。戻っても、回り道してもそれは変わらない。だから走るしかない。このウォー・タンクで後ろを見ず、走り続けるしかない。逃げるしかない。

 

 狂気を孕んだカオスの集合体が追いかけてくる!!

 

 

 

 

 

 陽は傾き、夕日が車内を覗き込む。それまで車内では誰一人しゃべらずにいた。重々しく口を開けた男は咳払いしながらフュリオサに問う。

 

「それで…?……どこにある…その、緑の地は?」

 

「夜通し東へ走ったところ」

 

 会話は途端に終わってしまう。

 

「いい?今のうちに…」

 

 後部座席を見るも皆は視線を交えず。あれから皆とは口を利いていない、それでも…。

 

「銃の手入れと、弾を装填しておいて」

 

 しておかないよりはマシ。それは誰もが理解している。戦いたくない、次は誰が死ぬのか。そんな思考がワイヴスに駆け巡る。

 

「車を修理してくる」

 

「見張りを立てろ」

 

「アタシが行く」

 

 ここにきてケイパブルが反応する。

 

「駄目よッ、ここにいて!」

 

「…任せて!」

 

 双眼鏡を手にしフュリオサに強く告げ外へ出る。これ以上制したとしても聞かないだろうと察したフュリオサはケイパブルに任せることにする。一人になりたいのだろう。誰もが一人になりたいはず。

 

 修理キットを掲げ、ヘッドの搬入口へ消えるフュリオサ。フュリオサがいなくなり、結局弾込めできるのは私しかいないとトーストが動き始める。ガラクタ一杯の手提げカバンを漁り、選別していく。

 

 鉄骨の上をよたよたと渡り歩き、ケイパブルは見張り台へ座り込む。途方もない砂漠を見通しているとと、どこからかすすり泣くような声が聞こえ、その音源が聞こえた後ろを振り返る。

 

「アナタ…なんでここにいるのッ!?」

 

 ウォーボーイ、ニュークスだ。横になり震えている姿は典型的なウォーボーイに当てはまらない。あれほど白かった白粉が今では肌色に戻っており、口元の銀色スプレー痕が微かに残っているだけである。

 

「見られた…ジョーに、全部…」

 

 ジョーに対する恐怖心からか、それとも不甲斐なさからか。ニュークスの震えがケイパブルにもはっきり見えている。

 

「オレのヘマであの女が死んだんだ」

 

 目頭一杯の涙と一緒に頭を叩き付ける、自傷行為。

 

「ねぇやめてっ」

 

 肌色の頭を優しく押さえ、自身への殴打を止めさせる。

 

「やめて…」

 

 何故止めるのか、何故殺させてくれないのか。ニュークスにはそれが分からない。

 

()は、門は三回も開いた(・・・・・・・・)のに…」

 

「門…って?」

 

「英雄の館の門さ、魂を呼ばれた。死んだ英雄たちに…歓迎されるはずだった」

 

 ケイパブルはニュークスと同じ横向きになり告げる。スプレンディドが教えてくれた優しさをそっと。

 

「最初からそういう運命じゃなかったってことよ」

 

「オレは名誉の死を遂げたかった…だから、ACをブッ飛ばした。ラリー(・・・)バリー(・・・)も大人しくしてくれてた…」

 

「ラリーとバリー……って?」

 

「トモダチだ…ラリー、バリー。気管に噛みついてるんだ」

 

 肩にできた瘤にはスマイルマークがしっかりと印されている。決して可愛くないわけではない。けれど、彼にとってこの瘤が体を蝕んでいると考えるだけで、このスマイルマークがとても不気味に見えて仕方がない。

 

「…どっちみちオレはもうすぐ死ぬ」

 

 ウォーボーイズが生きていられるのは、皆が皆ジョーのお気に入りになっているから。愛を持って彼らを愛し、愛を持って狂戦士にし、愛を持って地獄へ導いてくれる。お気に入りから外されれば、愛を持って殺してくれる。高さ数百メートル…砦の頂から愛を込めて。ウォーボーイになれなかった子供たちウォーパブス。忘れ去られた砦の隅に幾何十、幾何百ともいう子供たちの亡骸が…不毛の砂漠が肉を抉り、骨にしていく……数え切れないほどの骨にされていく。たった一人の老人によって。

 

 そんなこと、アタシたちが知らないとでも…?

 

 ニュークス。このウォーボーイも、かつては生きるため必死になって生きてきたに違いない。

 死に物狂いで髪の毛を集めたに違いない。

 死に物狂いでジョーが満足するハンドルを作ったに違いない。

 死に物狂いで同じ子と戦わせられたに違いない。

 母も父も奪われ、ジョーこそが真の親だと洗脳され…ジョーのためだけの戦士に…。

 

 ウォーボーイズもワイヴスも、皆同じよ。

 

 人差し指をそっとニュークスの口元に当てる。震えが直に伝わり、孤独の冷たさを実感する。親指で唇をなぞり小動物を安心させるような、ケイパブルなりの愛でニュークスを接する。

 

 一発、一発、一発…。褐色の指より煌々と光る弾丸の光沢。細身の指で淡々と弾込めをしていくトースト。

 

「コレ…こんなデカいのに弾四発じゃ役立たずね」

 

 『それでもアンタは役立つ』と物言わぬ改造カービンをポンポンと励ます。

 

「でも…この陰茎みたいな銃のほうは二十九発も発射できる」

 

「スプレンディドは…『弾は死の種だ』って言ってた」

 

「『(タマ)を植えられたら死ぬから』って…」

 

 彼女たちの忘れられない経験談が想起される。

 

 タマを植えられたら死ぬ。植えられた者の癒えない心の傷。産んだ者たちの末路。肉塊となる身体。崩れる心。

 植えられずに生きる者たちの死の恐怖。逃れられない恐怖。

 

 男は彼女たちの話を耳に入れていく。傾聴し、受け入れていく。慰めにもならない受容を、ただただ…。

 どこまでも続く夕日の砂漠を見続けながら記憶を巡る。

 

 

 砦における基本的知識など皆無に等しかった。だがこの(いさか)いで予備知識らしきモノは身に付いた。白塗り、ウォーボーイズはそういった過程でできた戦士。ワイヴス、子孫を残すためだけの人形。いわば家畜。

 砦での横暴はそれなりに理解できた。いや、理解してしまった。彼らの生きる世界に介入する気ではなかった。するべきではなかった。世界の外側でひそひそと逃げ続けていれば良かった。何も知らず何も分からず、何者にも頼られることもなく生きて行ければいいのだ。

 

 なのに……。

 

 記憶がぐるりと巡る。

 

 小さな石油精製所、サンシャイン・コースト。

 子供だけの部族、トゥモローランド。

 

 記憶がぐるりと巡る。

 

 あの子はどうなったか、あのあやしい男はどうなったか、あの勇ましいほど好戦的だった女はどうなったか。

 道中で拾い上げた希望があの後どうなったかなんて知る由もない。

 この足で逃げ続けていればいい。

 それだけで………いいんだ。

 

 なのに……。

 

 今回もそうなのか…。

 

 希望なんて。

 

 

 

 

 

 漆黒――。

 

 陽は沈み灼熱は消え、曇天とも見れる薄暗がりな雲が月を隠している。ダークブルーの不明瞭な光が世界を包み、曖昧ではっきりとしない世界を作り出す。

 それでもウォー・タンクは走り続ける。ひたすら東へ向かって、突き進む。

 

 後部座席では優しい火の光。ケイパブルが持つランタン。メッシュグローブの小さな穴から火が顔を出し、持ち方次第ではやけどを負ってしまう。そんな火が車内をゆらゆらと照らし、ワイヴスに優しい眠気を誘う。

 トーストは先ほどの弾込めに神経を使い、フラジールはあまりの悲嘆に声も出ず、ダグは将来産まれるであろう子を心配し、ケイパブルは未だ明かせぬニュークス(ウォーボーイ)に苦悩し飛び出る小さい火を見守る。

 

 互いに頭を預け、ゆったりとした車体の揺れにうつらうつらとする。フュリオサも眠りにつこうとした瞬間、ウォー・タンクが滑り出した(・・・・・)

 不自然に蛇行しコントロール不能に陥ったウォー・タンクは不毛の泥に足を掴まれた。

 最大の悪路、それは――。

 

 

 

 

 死の世界。

 

 

 

 

 

 死の世界が広がっていた。

 

 

 

 

 




お久しぶりです、ティーラです。

え~っと、この空白の3カ月あまり何をしていたかについては…後程活動報告にて(逃げ

にしてもさ…今回AC要素薄いね。
はよ…AC新作はよ。

次話も長くなるかもです(泣)
だからせめてもの…規格外25000字というこの話を呼んで感想書いて。

私は皆の感想で生きています。

でもね、次話は楽しくなるよ。個人的に好きなシーンだから結構力入れてますので是非とも気長に待っていただければいいなと思います。

それでは、最高の1日を♪

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