神様なんかいない世界で   作:元大盗賊

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書きたいことは決まっているんです!

ただ時間がなくて…。


着実に書いていきます…。


第48話 女心と秋の空

 

 

 

「布仏、()()()()()から連絡はあったか?」

 

「先程連絡がありました。『もう少し観光してから行く』との事です」

 

 布仏虚の返答に、部屋へと入ってきた織斑千冬はため息を吐く。予想はついていたが、と千冬は頭を抱えた。顔見知りの情報提供者がそのように言う姿を、容易に想像できてしまう事が尚更腹立たしかった。

 開けた襖を閉め、近くにある椅子に座る。

 手すりにコツコツと指を動かしていると、パソコンで作業を行っていた山田真耶が声をかける。

 

「まあまあ。いいじゃないですか、先輩。話を聞くのは、別に急いでいる訳でもありませんし。何なら、今下見に行っている皆さんが、旅館に戻ってからでもいいと思いますよ」

 

「それもそうだが……。ところで山田先生。その手に持っているものは……」

 

「ああ、これですか? 宇治抹茶パフェですよ、この旅館にあったパンフレットでオススメに上がっていて……」

 

 真耶はにっこり笑い、左手の持つカップを千冬に見せる。彼女の手には、抹茶アイスや、白玉、果物の入ったデザートがあった。

 

「旅館の人に聞いたら、テイクアウトで近くのお店から旅館へ商品取り寄せられると聞いて……。じっとここで待っているくらいならいいかなぁって頼んじゃいました。せっかく京都に来たんですから、美味しい食べ物を食べないと損ですよ!」

 

 ここは京都。せっかくの観光地、いくらここへ来た理由がどうであれ、待機場所である旅館で、ただ生徒たちの帰りを待つだけではもったいない。どうせなら美味しいものを、という考えを真耶は持っていた。

 

「なるほど……。まあ、()()()の事でイラついても仕方ないか。山田先生。そのパンフレットを私に見せてくれ」

 

「え、それって……」

 

 まさかの発言に真耶は思わず、思っていたことを口に出す。これまで、食べ物に興味を示す素振りがなかったのだ。

 

「何、ただ気になっただけだ。じっと待っているよりはいいだろう? それとも何か、私がデザートを食べるのがそんなに悪いか?」

 

「い、いえ……。そういうわけではないです。はい」

 

 千冬から溢れ出る殺気に似た何かを感じ取った真耶は、すぐに彼女へパンフレットを渡し、事なきを得たのであった。

 

 

 

 

 

 

 俺たちが京都へやって来た理由の一つは視察旅行だ。まあ、テロ組織殲滅の建前に過ぎないだろうが、仕事は仕事。課せられた目的を遂行するべく、俺はカメラを手に取り写真を撮っていった。

 俺が任された仕事はみんなが楽しむ姿や、風景を撮ること。きっと先生方が俺の撮った写真から、あーでもないこーでもないと散策ルートを決めるのだろう。散策している4ペアの所へ行かなければならないのを除けば、みんなが旅行を楽しむ姿を撮る、とやる事は単純。

 ではあるが、ふと俺の撮った写真が先生方に見られると想像すると……どうもむずがゆい感覚になる。これまで身内以外に見せるような写真を撮ってこなかったので、見知らぬ誰かに見られるって結構重要な役割じゃ? と思ってしまう。

 だがそんな心配は、旅行のように満喫している箒と鈴の幼馴染ペアと回っていた頃には、もうすっかり忘れていたわけでみんなが楽しく見て回っている姿を撮るようにした。

 

 閑話休題(それはさておき)

 俺は、写真を撮る最後のペアである、上級生組のケイシーさんとサファイアさんと合流していた。まあ正確には、ケイシーさんしか合流ポイントにいなかったのだが。

 サファイアさんがいないとなると、待つ他ないがケイシーさんはそんなことはしなかった。

 

「ってダメですよ! 待たないと……」

 

 そそくさと先を行くケイシーさんを追いかける。

 

「あいつ、妙に日本かぶれな所があってよ。自由に見ているだけだし、別に待たなくていいから」

 

 抹茶シェイクを飲みながら、俺の方を振り向いて流し目で見る。

 男勝りな姉御肌。ケイシーさんは読んで字の如く体現させたような人物だ。身長は少し俺より上ぐらいで、彼女の目を見ようとすると、どうしても目線を上げなければならない。

 こう……言っては何だが、彼女のキリっとした顔立ちはイケメンそのものだ。可愛らしいという言葉よりも、カッコイイという言葉が似合うと、思ってしまった。彼女に隠れファンがいるという話も納得してしまう。

 

 

 

 ケイシーさんについては、一組の隠れファンの子たちが半ば興奮気味に彼女のことをついて色々教えてくれた。

 

 ダリル・ケイシー。

 三年生唯一のアメリカ合衆国の専用機持ちで、その操縦する技術は他の人を寄せ付けないほど。一時は、学園最強と言われる生徒会長への立候補者として、名前が出てくるぐらいだそうだ。

 しかし当の本人は、その話は蹴ってしまったらしい。単純に面倒くさいからとか、興味がないからとか、そういう理由らしい。どちらにせよ、楯無さんと同程度の実力があると言っても過言ではない。現に以前に襲撃を受けた無人機を二機も破壊しているほどのだ。

 またISとは別で、学園内では彼女のサバサバとした性格や容姿が、学園の一部生徒を魅了している。さらによっぽどの女たらしらしく、そんな噂が絶えないと言っていた。

 女子しかいないIS学園で、女たらしってなんだよって思わずツッコミを入れたくなったが、まあ深くは考えない。俺の管轄外だ。

 

 とまあ……総合的に判断をすると、専用機持ちだからという理由で一目置かれるわけではない様だ。

 

 

 

 

「まあ、ケイシーさんがそう言うならいいのですけど……」

 

「はっ、分かってくれりゃあいいんだ。んじゃ、オレは適当にぶらつくから、テキトーにそのカメラで撮ってくれ」

 

 首にかけている紐に繋がれていたカメラを指差し、ケイシーさんは団子屋へと入っていった。

 

 自由奔放。その言葉が思いつく人物であると、俺は思う。きっとそんなところも彼女の人気の一つなのだろうかと思ってしまった。

 

 

 

 周辺の風景写真を撮って待っているとケイシーさんは団子を買って出てきた。

 そして、無言でお店の近くにぽつんと置かれたベンチへと向かう。

 この人まだ食べるのか……。そんなことを思いつつも後を追いかける。

 ふと道中で余り人を見かけないなと、気付いた。それもそのはず今日は休日ではない。平日であることもあり、往来する観光客の人数は多くはない。

 まあ、その分移動もしやすいし、こちらとしては助かるってもんだ。一足先にベンチに腰かけた彼女に続き、俺も近くに座る。時計を見てみれば、散策終了までそう長くない時間だ。

 

 これからどうしようか。そんなことを思いながら、ふとケイシーさんの方を見ると彼女は無言で表情を変えずに団子を食べていた。

 

『……後はどのあたりを見ますか?』

 

 いやいや、こんなことを聞いても彼女はノープラン。聞いたところで仕方がない。そもそも今は食べ歩きしかしていないし。

 一つ目の団子を食べ終え、団子が刺さっていた串を口に咥えている彼女を横目に、俺はふと、気になっていたことを聞いた。

 

「ケイシーさんの時も、京都へ修学旅行に行ったのですか?」

 

「ん? ……そうだぜ。ま、視察旅行をしているからってあんまり期待はするなよ。毎年やることは変わんねぇ。どうせあんたらも……名前なんだっけ? まあいいや。有名なでっかい寺を見て、下町で散策するだろうさ。卒業してもういない仲の良かった上級生も、去年行ったフォルテもおんなじこと言っていたし、ルートは変わんねぇだろうな」

 

「はぁ……」

 

「いくら視察旅行で回るルート候補を揃えたって、行く場所は前から変わらねえし、オレら専用機持ちを京都に連れ出すため口実なのは確かだな。よっぽど学園はテロリスト殲滅にお熱があるみてぇだ。こっちなんて今忙しくて、仕方ねえってのに」

 

 ケイシーさんは言葉を漏らし、咥えていた串を捨て、新たなみたらし団子を口にする。

 ケイシーさんは最上級生だ。つまり、この時期、三年生は就職活動をしている真っ只中。

 IS学園の生徒と言われれば、どこの企業からでも喉から手が出るほど欲しい人材だ。しかも、三年生唯一の専用機持ちとなると話は別だろう。さらに競争率が跳ね上がってくるに違いない。

 

「軍からあれこれ言われていてねぇ。アメリカ合衆国(自由の国)なのに、オレには自由がないってどういう事だよ」

 

「はは……。確か軍の研究機関に所属するんですよね? 噂での話で聞きました」

 

「そうそう、あんたらが海に行ったときに遭遇したIS(あれ)のいたとこ。オレもあんな目に合うのは御免だね。変なことさせられなければいいけれど……」

 

 銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の暴走事件。あの時はいろんなことが起きすぎて、遠い昔の思い出のように感じる。なんだかんだで、銀の福音の暴走を止めて、中にいた操縦者を助けることができた。結局、なぜ暴走をしたのか、原因が不明となり、あのISは解体、凍結がされたと聞いている。

 

「にしても、お前がIS学園を卒業するころにはどういう扱いになっているだろうな?」

 

 ふっくりとした唇に付く餡を舐めとり、ケイシーさんは流し目で、こちらへ問い掛けてきた。

 

「えっ、俺ですか? ……うーんどうなんでしょう。全然想像がつかないです……。無難に日本企業の倉持技研とかじゃないですかね?」

 

「果たして、そう簡単にいくかねぇ?」

 

「……と言いますと?」

 

 ケイシーさんは少しだけ眉を上げて、俺の顔をじっくりと細めた目で見つめると、ずずっと俺の方へと近づく。彼女の透き通った宝石のような水色の瞳が俺に飛び込んできた。

 

「あんたの価値は計り知れねぇ。日本に住んでいるから、日本の企業に……なんて他の国の連中からしたら気に食わないだろう。どこの連中もお前を欲しさに、いざ進路の話ってなると色々やってくるはずさ」

 

 彼女の言葉を聞き、あの時のことを思い出す。俺がISの乗れると発覚した時だ。

 世間の目は俺という稀有な存在に注目を集め、いろんな人たちが押し寄せてきた。そしてその時は、千冬姉を始めとした心ある人たちの助けもあり、今IS学園にいる。俺がここにいて、安心に暮らせていけているのも、治外法権に近い、IS学園にいるからこそ。もし、ここを離れるとなると、再びあの頃のような状況になってしまう。すると、俺はまた()()()()立場になってしまう。

 ……そうは。そうなってはいけない。

 

「それにだ……。その話は、その時になってからっていうわけでもない」

 

 そう言うと、彼女は串を捨て、自由にさせていた俺の右腕を掴み、俺の右手を彼女の身体へと持っていく。

 

「ちょっ!? 何をやって……!」

 

 必死に抵抗をするも、彼女の力は強く、左手でどかそうとしても、ISを部分展開させているかのようにびくともしない。

 俺の右手は彼女の身体に触れないギリギリの位置まで持っていかれ、そこで止められた。

 目の前に見える大きな双丘に、俺は全身が熱くなるのを感じた。ぐっと近づかれたことで彼女の香りが鼻腔をつく。まるで意味が分からない。何をしているのか、と彼女の顔を見上げると、何故かそんな言葉が出なくなった。

 彼女は、真剣な面持ちで俺の方を見ていた。睨んでいると言った方が意味としては近いかもしれない。京都への移動中に俺へちょっかいを出して、笑っていたあの頃の表情が嘘であるかのようだ。

 

「学園の中には、お前を()()させるように言われているやつは、何人かいる。オレもその一人だ。自国に引き入れたら報酬をやる、みたいに言われているやつらはわんさかいるってこと」

 

 彼女の言いたいことは、何となくではあるが想像がついた。

 俺が思っている以上に、想像以上に、日本以外の国からも俺を付け狙う人がいるということを。

 

「別にお前が倉持技研に入るなんて言うのは自由だ。だが、世界から見たら、その選択で納得するやつは一体何人いるだろうな……? 忘れているかもしれないが、お前は貴重な存在だ。こうして、オレみたいなやつとお前で()()()()を作ってしまえばって考えているやつらばっかりだ」

 

 なんとなくとか、そのような考えではいけない。

 もし、俺が甘い考えを持って三年生になったら一体どれだけの人に迷惑をかけるだろうか? 俺はまた、守られる側になってしまうのか? 

 それだけは嫌だった。だから、俺はそれまでに考えておかないといけないのだ。俺の立場を、はっきりとさせるために。

 

 

 

 

 

「……っまオレはそう言われているけど、そんなことしないけどな」

 

 唐突に、気迫が消え去った。

 彼女が俺の顔を見て鼻で笑ったからだ。

 いつもの、見慣れた彼女の砕けた表情に戻ると、俺の腕を放し、団子と一緒に頼んでいたお茶をすする。

 

「そもそも、人を捨て駒みたいな扱いする連中の話なんか、聞くわけねえよ。そういうことされるのは、一番大っ嫌いだし。虫唾が走るわ。あぁ、気持ち悪ぃ……」

 

「はぁ……」

 

 彼女は両手で身体をさすり、今でも思い出すわ、とぼやき身体を震えさせた。

 一体何のことだろうか? 

 

「第一、お前はオレの好みじゃねぇから。わりぃな、オレって美男子系ってやつはどうも好きになれなくてな……」

 

「はぁ……」

 

 ビダンシケイ? 一体先程の話と何の関係性があるのだろうか。さっぱりだ。

 まあ、ケイシーさんがいつも通り、明るい雰囲気に戻ってくれたのだし、小さな悩みは心の奥底に押し込めることにした。

 

「それにその様子だと、あの連中とはそんなに親密な関係になっていないだろうし、オレはお前らのやり取りを邪魔したくねえからさ」

 

「あの連中……?」

 

「とぼけるなよ、今日来ている一年の専用機持ちたちのことだ。んで、お前的には誰が好きみなんだ? あの金髪縦ロールか? それとも、大和撫子のやつか?」

 

 酔っぱらった親戚の叔父さんのように俺の肩を掴み、揺すってくる。急に好みって……。

 

「好みと言われましても……。別にそんな、えこひいきはしないですよ。みんな大切で、大事な仲間ですよ」

 

「かーっ、何それ一番つまんねぇ答えだわ。とりあえず、オレはお前の好み的に胸がでかい奴がいいと見ている。違うか? お前、臨海学校の自由時間のときに、水着姿になったブリュンヒルデに見惚れたって話は聞いているんだぞ。そう考えると、ぺちゃぱい組は除外してだな、んで誰だ? 白状しろよぉ、エロガキぃ」

 

「なっ、その話をどこで!? というかそんなんじゃないですよ!」

 

 にししと、白い歯を見せて笑顔で俺の肩を組むケイシーさんを横目に押されるばかりである。

 

 好きと言われても……そんなことを急に言われても困る話である。そりゃ皆可愛いし、モテるだろう。だからって別に誰が好きだかって決められるわけがない。

 にしても、こんなことを誰かに言われたような気がする。そんな事が頭の中を通り過ぎていった。

 

 

 

 

 どすん。

 俺は何故か、座っていた長椅子の後ろに落ちていた。

 いや、ケイシーさんによって俺は地面に伏せられていた。突拍子もないことに俺は固い地面へキスをしてしまい、土の味が口に広がる。

 

「一体何を……」

 

「静かにしろ」

 

 俺の頭を押さえて、いつになく冷たい口調でケイシーさんは言う。ちらりと見上げると、彼女の左腕はISを展開させていた。

 少しして、俺の頭上あたりを何かが飛んでいく音が聞こえた。甲高い、何かがさく裂したような音が聞こえ、音がしたほうを見てみると、木の壁の一部が破裂し、砕け散っていた。

 銃による襲撃。それを見た瞬間にすぐに気が付いた。

 近くを歩いていた観光客もその異変に気づき、悲鳴を上げた。

 

「一体どこから……」

 

「このあたりを見渡せる山かどっかからだろうな。くそ、こんな時に」

 

 狙うとしたら、ケイシーさんではない。俺だ。なら相手は……

 

「亡国機業……!」

 

「多分そうだろうな。いいか、狙撃されないポイントまで移動する」

 

 彼女の方が経験は俺よりもはるか上だ。

 ISの部分展開の準備を進め、俺たちは彼女の言う言葉通りにその場から離れる準備をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 厄介な事になった。

 千冬は取調室を後にし、そのようなことを思った。

 IS学園の生徒が銃撃に合った。そのような通報を受けて、警察が千冬たちのいる旅館へとやってきたのだ。旅館で待機していた彼女らには、ダリル・ケイシーから正体不明の敵と遭遇したという連絡を受けていた。すぐに他の専用機持ちたちに連絡をし、救援に向かわせた。そして、旅館で情報を集めている中での最中だった。

 

「先輩……。お疲れ様です。取り調べは終わりました?」

 

「ああ、思っていたよりも時間が掛かったな……。一夏たちの行方はどうだ?」

 

「私たちもちょっと前に解放されたばかりで何も……。ISの反応もないし、携帯電話にも繋がらないしで、まだ……」

 

 IS学園はその立場上、治外法権の存在になっている。だが、今いる場所は学園外。ましてや、街中で銃撃が起きたとなれば、警察が動かないはずがない。今日一日学園の制服で行動をしていたから、なおさらIS学園の生徒が襲われていると、通報がされるのは当たり前のことだった。

 

「三名の生徒が行方不明になっているということで、警察の方でも捜査をするということになったが……」

 

「大事になって随分と大変サね、ブリュンヒルデ?」

 

 千冬が真耶と話していると癖のある言葉使いの女性が彼女らの近くへとやってくる。

 着崩した着物に、長い赤髪が彼女の目を引く。だがそれ以上に、右目に眼帯を付け、右肩の部分で袖がまとめられ、あるはずの右腕は見当たらない痛ましい姿が見る人をより釘付けにした。

 

「ああ、全くだ。襲撃に遭ったと連絡を受けて、こちらでも犯人の出所を掴もうとしていた時に、早々と警察が来るとは……予想外だ」

 

「あら、その言い方だったらケーサツの方々が邪魔者みたいに聞こえるサ」

 

「まあ少なからず思うところはあるがここは京都、学園の庭ではない。これまでのように独自で判断をしにくい場所であることは、重々承知している。出来れば学園の問題は自分たちの中で完結をさせたかったが、郷に入っては郷に従えってやつだ。アリーシャ」

 

「ふふ、そんな固い呼び方をしないで、私のことは前のときみたいにアーリィって呼んでほしいのサ」

 

「あいにく、午前中に会う約束をしたが、京都を観光したい……もとい私の弟に()()()()会いたいからと、勝手に予定をずらす知り合いなんていないもんでね」

 

「……もしかして、怒っているサ?」

 

「さあ、どうだろう?」

 

 元世界王者(織斑千冬)現世界王者(アリーシャ・ジョセスターフ)。はなから見れば、とてつもない組み合わせの人物が対面していることに、真耶は一種の感動を覚えていた。だが、ここで楽しく歓談というわけにはいかない。

 現在の状況は最悪に等しい。

 

 狙撃のターゲットとされた織斑一夏、及び同伴していたダリル・ケイシーとフォルテ・サファイアの行方が分からなくなっている。

 連絡をしようにも、全く反応がなく何よりISの反応が見られない。狙われたためにどこかに潜伏しているとも、考えられるが攻撃を仕掛けてきた人たちも同時に狙っているのだ。相手よりも先に見つけなければならない。

 事件発生から数時間が立っている。一刻の猶予もない。

 

 千冬たちがアリーシャを連れて、本部としている部屋へと向かおうとしたとき、足音を立てて更識楯無が駆けよってきた。

 

「織斑先生、報告が……」

 

「楯無、どうした?」

 

「一夏君と他二名の居場所は未だつかめていません。ですが、今回の襲撃グループが亡国機業で間違いありません」

 

 亡国機業。その言葉を聞き、千冬は拳を強く握りしめる。恐らく、とは彼女の中で予想をしていたが、状況は悪くなる一方であった。長距離から狙撃を行うとなると、事前に一夏がどこを通るか、情報を得ていなければまず出来ない。となると、こちらの情報が()()()()()()()()()ことを意味する。誰か内通者がいると思わざるを得ないのだ。

 

「私たちが日中に回っていた視察のルートで、ISに対して妨害を行う粒子が確認されました」

 

「……それは前に言っていた亡国機業のみが扱えているという」

 

 その粒子の話について、千冬は以前に報告を受けていた。

 アメリカ軍の所属する秘匿艦の調査をするために行ったそこで、楯無はその粒子を浴びたという。そしてISにエラーが発生し、一切操作が効かなくなったと。

 そのような物質があることは、公表されていないもの。このような危険な物質をテロリストが占有しているとなれば、ますます危険であるのだ。

 

「はい、ですので……」

 

 楯無が話を続けようとしたとき、千冬の携帯電話が震えた。

 それを取り出したときに、千冬は顔をしかめて舌打ちをする。

 

「先輩……?」

 

「いや、大丈夫だ」

 

 あまり見せない表情であったために真耶は、心配をして声をかけるも、すぐに千冬は普段通りの仏頂面に戻り、電話に出る。

 

「何だ、束。今は忙しいんだ」

 

『お、ちーちゃん。ハロハロー♪ 元気にしてた?』

 

 いつも通りの親友の声に、千冬は持っていた電話を強く握りしめる。

 

「ああ、私は元気だ。じゃあな」

 

 耳から電話を離して、受話器が降りているマークのボタンを押そうとしたとき、電話の主が慌てた声で話始めた。

 

『って待ってってば! ちーちゃん待ってよ! そうじゃないよ!』

 

「なら何だ、さっさと要件を言え」

 

『もう、ちーちゃんってばせっかちさんなんだから♪ うんとねぇ、束さんは、ちーちゃんに一つ言わなきゃいけないことがあるんだぁ』

 

「ああ、なんだ」

 

『うんとぉ、()()()()のことなんだけどぉ』

 

 篠ノ之束の言葉から出る人物名は、身内の名前しか出てこない。

 極度の人見知りの親友の言葉が誰のことを言っているのか、千冬には簡単すぎるものだった。

 

「おまえ、一夏を知っているのか!? どこだ、どこにいる!?」

 

 息をつく間もなく、千冬は問いただした。胸の鼓動が早鐘のように突き続け、意識を右耳へと集中させる。

 そして、脳裏に3年前のことが過る。近くに彼女がいるから尚更であった。

 

『安心して、ちーちゃん。私がちょっと預かっているだけだから。きっと心配しているんだろうなって思って、こうして連絡しているんだよぉ?』

 

「そうか、一夏は無事か。……さっきは取り乱してすまない」

 

 一夏が無事であり、篠ノ之束が彼を保護している。

 その事実に千冬の周りにいる皆は一先ず安堵をした。テロリストが見つける前にかくまっているのだ。残る二人を見つけるだけである。

 

「それで、一夏は」

 

『うんうん、もっと褒めてもいいのよ、ちーちゃん? でも、すぐにいっくんは渡せないなぁ。ちょっと、私()いっくんのことで用があったからね』

 

「渡せないとはどういうことだ?」

 

『束さんね、思ったんだ。そろそろいっくんも、次のステージに進めるべきなんじゃないかって。いっくんにはもっともーっと活躍してもらいたいからね☆』

 

「……何を言っている束?」

 

『だから、束さん考えました! ばばん! 名付けて、「いっくんガンバレ☆ガンバレ☆秘密の特訓」をしちゃうよ! いっくんにはもっと強くなってほしいから、まどっちと実践で戦って経験を積んでもらいまーす』

 

 篠ノ之束の行動が自由であることは周知の事実。

 何をするにも、心のゆくまま。人のことなんて、はなから考えない。そんな人だ。だからといって、彼女のいう通りに行動させるわけにはいかない。

 

「そうか。だが、それを許すわけにはいかないな。こちらとて、用事があるんだ。一夏は返してもらうぞ」

 

『えー、それはのんのん。ダメだよ、ちーちゃん。いっくんが強くなれば、ちーちゃんも助かるでしょ? ウィンウィンってやつだよー。第一、こっちも準備万端ってなっているからさーゴメンね! そうだ! ちーちゃんもいっくんが成長する姿を見に来てよ!』

 

 彼女の言葉は軽かった。なんの悪びれもなく、当たり前のように語っていた。

 無邪気に、そして楽しそうに話す束の声は、千冬のいる廊下へ響き渡る。

 

『場所はねぇ、京都の空港? みたいな場所だよ! 手伝ってくれた亡国機業って人たちが用意してくれたんだ。ちーちゃんもその人たちを追っているから、すぐに分かるよね?』

 


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