それが彼らの所属している部隊の名前である。
その名の通り国籍や名前を捨て去った者たちが活動する、米軍が秘密裏に作り上げた特殊部隊だ。
そんな部隊がわざわざ、IS学園に侵入するという危険を冒してまで行動を起こしたのには理由がある。それは、学園の地下に眠るという無人機ISのコアだ。
数週間前にIS学園を襲ったという謎のISについての情報は既に隊の耳には行き届いていた。それと同時に、応戦をした専用機持ちたちのISが使い物にならない事も。
これまで何年も作られてなかったコアを、無人機ISのコアを手に入れられるなら今しかない。絶好のチャンスを逃すわけにはいかない、と見込んだ軍上層部が彼らを学園へと送り込んだのだ。彼らの所属する部隊とは別の協力者によって、IS学園のシステムを掌握したことを確認した彼らは秘密裏に入手した地図を手に、IS学園へと向かった。
しかし、彼らは幾度となく襲撃を受けるIS学園を甘くみていたとは知る由もなかった。セキュリティ意識の低い学園なら易々とコアを持ち帰られると。
彼らの考えは甘かったのだ。この学園には
「全く、か弱い女の子が通うIS学園を襲うなんて、大人気ないなぁ」
更識楯無はそんなことをぼやいて、ワイヤーをきつく縛りあげる。彼女の目の前には、意識を失った大柄な男達が手足を縛り上げられてゴロゴロとその辺に転がっていた。
いうならば、その戦闘は一方的なものだった。片や訓練を積んできた複数人の戦闘のスペシャリストたち、片や対暗部用暗部の当主。いくら暗部の当主とはいえ、相手は複数人で構成された部隊である。量で押し切られてしまえば楯無にも敗北の二文字が頭に浮かんできそうであったが、そんなことなどなかった。
なぜなら、彼女には緊急修復を施されたISがあるからだ。戦闘機や艦船でさえも手も足も出なかった地上最強の兵器なのである。いくら訓練を積もうと、いくら優秀な武装を持ってしてでもISの前では赤子同然であった。
「さて、後は織斑先生に任せればいいのかしら?」
目の前に倒れこんでいる男たちを見て彼女は満足げな表情をした後、携帯端末から学園の防犯カメラの映像を見る。
ワンタップで空中に投影される小さめのディスプレイには、ネイビーブルーに染められたISと対峙している一人の女性の姿があった。
その女性は、長い髪を後頭部でポニーテールのようにまとめ、その黒いボディースーツには何本もの刀が付けられていた。そして、あろうことかそのISを圧倒していた。
映像では、ISの撃つ射撃を何度もかわし手に持つ刀でISに何度も攻撃を加えていたのだ。
「織斑先生って本当に人間なのかしら…?」
あまりにも非現実な事で、楯無は思わず織斑先生の存在に疑問を呈する。
先程彼女は男たちとISを使って戦闘をしたばかりだ。その圧倒的な力の差に思わず、相手が可哀想だと思ってしまうほどである。それなのに、今目の前では一機のISが一人の人間に劣勢になっているのだ。
だが、あのブリュンヒルデなら出来なくもないか、と彼女は思ってしまった。何せ、彼女は人間の域を超えた別の生命体であるとも呟かれているからだ。
その腕から放たれる出席簿アタックを始めとして、やられた者は生きて帰ってこれないと言われるアイアンクロー。そして極め付けは、打鉄の近接装備を持ってISの攻撃を受け止めたという逸話だ。1学期の全学年トーナメント準備期間に起きたISによる私闘を織斑先生が止めに入ったというものである。何十キロとも言われる装備を持って止めに行ったとならばもはや人間業ではない。
彼女自身がISなのではないかとも言われる織斑先生に改めて敬意を表した楯無は、携帯端末をしまうとISを待機状態へと戻した。
「
ため息をつくと、懐から愛用する扇を取り出す。
彼女の視線はその扇に付けられている菱型のストラップに向けられていた。
もしものためにと無理矢理修復を行なってしまった霧纏の淑女には、負担をかけ過ぎてしまっていた。いつも自分のわがままを黙って付き合ってくれる相棒を愛でるように撫でた。
敵意もなく、もうこの場にとどまる必要もなくなった彼女は専用機持ちたちのいる場所へと踵を返した。
意識を奪った身動きのとれないあの男たちに出来ることなど、もうない。学園のシステムを掌握した後にでも回収すれば良いのだ。
そう思っていた矢先だった。
「え…」
彼女は前のめりに倒れ込んだ。
何かに躓いたのか、と思った彼女はすぐに立ち上がろうとする。だがそんな簡単な事が彼女には出来なかった。
腹部に猛烈な痛みが現れ始める。
恐る恐る左手で痛みがのある腹部を触ると、手には何か生暖かいものが付着していた。
「ったく、先輩達もしっかりして下さいよ」
若い男の声が聞こえてくる。それと同時に高い周波数の音と共に何かが切断される音もだ。
彼女の鼓動が早まる。
あまりにも愚かなことをしてしまった事に後悔をした。拳を強く握り、立ち上がろうともがくも、全身に力が入らなかった。
「これで形勢逆転っすね」
頭が何かで強く押しつけられる。
硬い床に打ち付けられ、ガンっと大きな音が鳴った。
「
首に何かを刺される感覚を覚えた彼女はすぐに意識を手放した。ある一人の名前を呟きながら。
「んじゃ、出力調整をするから、それぞれのスラスターを5%ずつ上げていこうか」
「はい」
俺は篝火さんの言う通り、固定されている白式のスラスターの出力を上げていく。あのヘンテコな台座に乗せられてからずっと言われた通りのことをこなしていった。
どちらかといえば、先程までやっていた川釣りより楽しさはないものの、何より重要な調整だ。今まで整備の出来るのほほんさんや簪、そしてクリスタたちに協力してもらい白式を弄っていた。だが、さすがに学生とプロには大きな差があった。
俺を囲うように白衣を着た研究員たちが何やら専門用語を言いながら、手元のタブレットを見比べる。そして、何かの結果を篝火さんへ報告すると彼女が素早い手さばきでタッチパネルを操作し、白式を調整していく。そもそも、今やっている事は白式のデータ取りであって学園でやっていたような機体調整だけをやっている訳ではない事は十分承知している。だが、目の前で行われるテキパキとした無駄のない行動や、俺の周りを囲う見たこともない機械類を見てしまうと、どうしても彼らに敬服してしまう。
これほどまでに大事に扱われている白式は幸せものだなと思っていたときだった。
___いちか
「え?」
どこからか俺の呼ぶ声が聞こえてきた。
そもそも、今は周りでみんなが作業をしている。俺に話しかけるなんて事はしないだろう。それに、あれだけ俺の耳元で聞こえたのならプライベートチャンネルからに違いない。そう思った俺は白式とシステムを繋いでいる篝火さんに話しかける。
「あの、篝火さん。俺の事呼びました?」
「んん?いいや、呼んでないよ」
篝火さんは画面を見ながら淡々と操作を続ける。あれだけ反応が薄いと本当のことを言っているだろう。
先程の声に気になり始めた俺は、チャンネル関係のログを確認する。ここでなら誰と通信したかが一発で分かる。だが、そこには篝火さんとのログしか残されていなかった。
だが、俺はある不可解な事に気がついた。
「なんだこれ?」
俺の白式とログに文字化けした相手がプライベートチャンネルで通信を行った履歴があったのだ。見知らぬ相手とプライベートチャンネルだなんて聞いた事がない。そもそもそんな事をした覚えがなかった。
俺は思わず興味半分でそのログを確認する。普通ならインターネットでよくある、ウィルスの類であるがISにはそんなものはない。きっとISの調整中に起きたバグなのだろうと思っていた。
ログを開くと、短い文章とIS学園に関する情報のデータが残されていた。ますます見に覚えのないログである。さらに読み進めようと、短い文章の所を選ぶ。その画面がハイパーセンサで俺の目の前に現れた時、俺は言葉を失った。
「よーしスラスターの調整完了!織斑くん、もう出力下げていいよ」
俺は言われるまでもなく白式のスラスター出力を解除し、ついでに白式に取り付けられていた固定器具を無理やり引き剝がす。
「え、ちょっと!そこまで外さなくてもいいのに」
「すみません、篝火さん。俺今すぐ学園に戻ります」
「はいぃ?」
篝火さんは眉をひそめ、あっけらかんとする。
「皆さんも、急にすみません。今度また来ますんで!」
同じようにぽかんとしている研究員に謝ると、左手の雪羅を荷電粒子砲モードに切り替える。
「正面ぶち抜きます!」
何も置かれていない壁を狙い、粒子砲を数発放つ。爆風で近くにあったものが埃とともに散乱し、音を立てて何かが倒れる音が聞こえてきた。一度飛翔し、研究員たちをかわして木々の見える先程開けた穴から外へと飛び出した。そして、IS学園へと向かうべく、調整したばかりのスラスターを全速力で吹かした。
俺は今一度、匿名で送られてきたメッセージに目を移す。そこには、今現在で学園内すべてのシステムがハッキングされていると示された画面と、暗闇の中千冬姉がISと対峙している防犯カメラ映像があった。
ISでの移動には、10分とてそれほど時間はかからなかった。
眼下に広がる町並みはまるでミニチュアの模型のように小さく見えた。そびえたつビルも、道路を走る回る車たちも俺の目から見ればどれも手のひらサイズに収まり、片手でひねりつぶせるくらいだ。
だが、俺は足元の風景からすぐに視線を進行方向へと上にあげる。そこには、ハイパーセンサーによって示されている砂嵐の映像があった。研究所を飛び出してからというもの、IS学園と連絡を取ろうと試みようとしたがうまくいかなかった。どうも、IS学園全体の特にセキュリティに関するシステムにはどこもつながらずじまいだった。あの情報は本当だったらしい。ならば、と俺は別の所へと通信を試みた。
それは外部望遠管制システムだ。
その名の通りIS学園内ではないシステムであるここになら、と目を付けるとあっさりとアクセスすることができた。非常時に備えて設置されているこのシステムは、IS学園全体の大まかな情報を確認することができる。
案の定ではあったが、学園のほとんどのシステムには赤くロックと英語で書かれた表記がされており、どこも使い物にならない状態だった。ただ一か所を除いては。
どの入り口も塞がれていることに苛立ちを覚えていた俺が、どうにかして学園へ侵入できないかとシステムをくまなく探していると、一か所だけ別の表記がされている部分があった。数多くの入口が赤くロックと表示される中、一際目立つ色をしていた。
「ん?…なんだこの黒いの」
そこは、学園に備わっている非常扉の一か所だった。そこだけなぜか黒く表示されるだけで何も書かれていなかった。まるで、そこだけシステムが機能していないかのように。
「そこに行ってみるしかないか…」
システムを頼りに俺は目の前に見えてきたIS学園へと視線を移した。足元には幾重にも続く波をたなびかせている海があった。
見慣れたIS学園へと着いた俺が目指していた場所は非常階段だった。入口の上部には緑色の光が灯されている。学園へと続く入口はというと既に開いており、その扉にはいくつもの金属が撃ち込まれたような痕が残る、痛ましい姿であった。誰がどう見ても、普通の開け方ではないのは確かだった。足元にはいくつもの足跡が残り、それは学園内へと続いていく。一旦白式を解除した俺はその足跡を追うように学園に忍び込んだ。
学園の中は思っている以上に物静かであった。歩いている限りでは、学園関係者らしき人とはだれ一人として遭遇せず、俺は薄暗い廊下を足跡と頼りにひたすら追っていた。
渡り廊下に差し掛かろうとしたその時、ある音が聞こえてきた。足音だ。俺以外の、そしてその数は多い。近くの壁に体を寄せ、人のいるほうへと見つからないようにして様子をうかがう。
展開しているハイパーセンサー越しに、その様子を見るとそこには大柄な男たちがいた。誰もが目線をバイザーのようなもので隠しており、黒くてごつい服を着ていた。手には武器のような長いものを持っており、周囲を警戒するようにこちらへと歩いてくる。どうやら彼らの帰り道に遭遇したようだ。周囲を警戒する男たちの真ん中には、何かを運ぶ別の男たちの姿があった。
「あれは…!」
彼らが運んでいたのは、ぐったりとしているISスーツ姿の楯無さんだった。きっと何かに巻き込まれたのか…。いや、そんなことを考えている暇はない。このまま放っておくわけには…!
拳を強く握り、顔を上げる。
意を決した俺は、男らのいる渡り廊下に立つ。
そして駆けた。
廊下には俺の靴音が遠くまで響き渡る。
「その人を……」
白式を展開する。駆けていた俺の足は地から離れ、白式が低空飛行のままスピードを維持する。
目の前にいた男たちは俺に気づき、金属音を立てながらこちらに銃を向ける。
「離せぇぇ!!!」
迫りくる弾丸が俺の顔や体に当たる。だが、それらは絶対防御の前では無意味だ。顔のまで迫ってくる弾丸たちは、顔に当たる数センチ手前でシールドエネルギーによって弾かれた。雪羅をクロウモードにして、先頭にいた男たちを切り裂き、空いている右腕でぐったりとしている楯無さんを回収した。
体に抱き寄せた彼女の体に温かみは感じられなく、意識はなかった。クロウモードを解除し、砲撃モードへと変えると、残りのやつらへ荷電粒子砲を撃つ。IS用に設定しているためか、砲撃を受けたやつらはおもちゃのように簡単に後ろへとふっとび、意識を奪っていった。気が付けば、やつらの姿をどこにもなく、残されているのは俺の攻撃を受けて意識を失っているやつらだけだった。
俺は右腕で抱き寄せていた楯無さんを地面におろした。彼女の腰のあたりには、血の流れた痕があり、撃たれた可能性がある。
「楯無さん、楯無さん!」
彼女の体を揺らして意識をはっきりさせようとする。しばらくすると、彼女はうめき声をあげながら瞼を開いてくれた。
「いち…かくん?」
「よかった、意識が戻られたんですね。すぐに医務室に連れていきますから!」
ここからそれほど距離もないはずだと、立ち上がろうとしたとき楯無さんは俺を呼び止めた。
「待って、一夏くん。私はいいから。それより…」
そして、何かの地図のようなものを俺に見せてきた。
「この場所に行って…。みんなが危ない…」
彼女が俺に見せてくれた地図は、IS学園の地下区画という見たこともない場所の情報だった。