日曜の昼下がり。テレビでやっていた天気予報では今日は一日中曇りのはずだったが、窓の外見てみれば太陽が煌々と眩しい光を放っていた。
昼食をとった後のこの時間帯というものは、どうしても眠気が襲ってくる。意識を集中させておかないとブラックアウトしてしまいそうだ。
そういえば、食後に血糖値が上がってしまうから眠たくなる云々という話を聞いたことがある。どうも満腹状態になることで体が満足してしまい、活動のモチベーションが下がってしまうとか。そもそも、人間も元はといえば動物。生きるために活動しているのに、空腹で眠たくなるというシステムになっていれば元も子もない。このような現象はまさに生物として理にかなっているとも言える。それに、今いる環境も眠たくなってしまう要因を作っているのかもしれない。少しずつ寒くなるこの季節に、上から降り注ぐ暖かな空調の風がなんとも心地いいのだ。
だが、今ここで眠りこけてしまうわけにはいかない。私は、目をぱちくりと大きく見開き、意識を半ば失いかけていた意識を取り戻して
そして、隣に座る人物に目を向ける。そこには、動物の本能に負け、スヤスヤと口からよだれを垂らしながら眠り込んでいるのほほんさんがいた。その寝顔はなんとも愛くるしいもので、みんなから可愛がられているというのも納得がいく。…まあ少佐と比べるまでもないが。
そんな彼女が残していった仕事である書類に私は手を付けた。
「ごめんなさいね、ハーゼンバインさん。仕事を押し付けちゃって」
「いえ、別にこれくらいの量は大したものではないですし、心配なさらなくても平気ですよ。それに、そういう
眠り込んでいるのほほんさんの姉である虚さんは、食器をふきながら申し訳なさそうに謝ってきた。
あの無人機らの襲撃による被害は大きかった。その対応に当たったISの蓄積されたダメージレベルはCを超え、どのISも修理が必要なほどだ。もちろん、私のサンドロックも例外ではなかった。自爆機能を使用したことにより、ISの展開はおろかもはやコアしか残っていない状況になっていた。このことをどう叔父さんに報告すればよいかと迷ったものの、素直に事の経緯などを書いた報告書を送るとすんなりと学園へ急遽スタッフを派遣するという返信が送られてきた。どうやら、学園側からも生徒に関わる国や企業宛てに事件の全容を明らかした報告書が行き渡っていたらしい。それに叔父さんは、やっとサンドロックの改修ができる名目が作られたことに喜んでいた。
サンドロックの残骸は学園側が回収しており、これを私の会社のスタッフがのちの改修機となるサンドロックのために収集。そして、元のサンドロックは使い物にならないためにコアのみを回収し、新たなISの本体にコアを定着させる作業をしてもらった。そんなこんなで私自身の怪我が治るまでにサンドロック(仮)はハイパーセンサー程度なら使えるほどになっていた。
さらにIS学園では、この専用機持ちたちがISを使えないという状況に対して、ある特例措置が行われた。それは、専用機持ちが常に一人で行動しないようにするということだ。もし万が一、IS学園がどこかの勢力から襲撃されるということはあり得るわけで、今全員がISを使えないというのは非常にまずい状況であった。ISが使えない、つまりは自分の身を守ることが困難な状況というわけだ。そのため、常に専用機持ちたちは二人以上で行動をしなければならないという命令が下されていた。
そのため、私はIS関連雑誌”インフィニット・ストライプス”の取材に行くこともできずに、こうして生徒会の面々のお世話になっていたというわけである。本来なら、一夏が私の代わりに、今やっている事務作業をしているはずなのだが、彼は白式のデータ収集及びメンテナンスのために学園を離れていた。
「それにしても、クリスタちゃんってほんと大飯食らいよねぇ」
雑誌を読んでくつろいでいる更識会長がこちらに目を向ける。おそらく彼女が見たページは十中八九店舗の全メニューを食べ尽くすという私のコラムだろう。
「その栄養が一体どこにいっているのやら」
「それはよく言われます」
度々、周りから言われる質問を決まり文句で言い返した。
ちらりと更識会長が持つ雑誌を見ると、最近発売されたインフィニット・ストライプスだった。その号だと確か、五反田食堂だっただろうか。
個人経営で、コアなリピーターが多く存在するという五反田食堂。看板娘である店主の孫娘さんと、長年リピーターから愛され続けられている業火野菜炒めが有名だ。
「だって定食がメインのお店よ?揚げ物だってあるし、ご飯ものだってこんなに…。さっきお昼を食べたばかりなのに、見ているだけでお腹いっぱいになるわ…」
おそらく、お店のメニューと貼られている定番メニューの写真を見たであろう更識会長は、げんなりとなる。
確かに、どの料理もボリュームが多くカロリーが高いものばかりであった。だが、
物思いにふけっていた私は、気を取り直して目の前の書類に取り掛かる。
だが、私はすぐにペンを持つ手が止まった。突然明かりが暗くなったのだ。天井を見ると、先程まで部屋を明るく照らしていた蛍光灯に光は灯されておらず、生徒会室は一段と暗くなっていた。
「むむ、これはまずいねぇ」
いつのまにか机の下に隠れていたのほほんさんが、周りを注意深く見ながら呟く。その声をかき消すかのように大きな音を立てて、窓にはシャッターのようなものが太陽の光をかき消すように降りていた。
「緊急用の電源に切り替わりません。おそらくそちらも…」
段々と暗くなる生徒会室で虚さんが壁に体を密着させながら、扉の窓から廊下の様子を伺っていた。瞬く間もなく、しんとした空気が漂うこの空間で、更識会長が言う。
「全く、嫌なタイミングで来てくれるじゃない」
まもなくして、ISの割り込み回線に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『専用機持ちたちは地下特別区画へ集合!マップは転送する』
日曜日と言えど、朝の駅構内は利用客が少なかった。時折、スーツ姿の会社員や談笑をしながら歩いている家族連れとすれ違う程度で歩くスペースは十分にあるぐらいだ。
(意外とバレないもんだな…)
研究所からの指示でちょっとした変装をしていた俺は、モノレール駅の外にある駐車場へと足を運んでいた。
今はいつもの制服は着ておらず、部屋にあった私服を引っ張り出し、支給された野球帽に伊達眼鏡を付けていた。以前、水着を買いにレゾナンスに買い物に行ったよりも格段に他人からの視線を浴びなかった。意外と効果があるものだった。
秋にしては日差しの強い外へと出た俺は、近くにある駐車場へと向かう。すると、すぐに目的の車が見つかった。
少し小さめの白いバンタイプの車の近くには、タバコを吸っている男がいた。天パのアフロヘアーに髭面、どれも事前に言われていた情報だった。
「すみません、ちょっといいですか?」
「ん?何かね?」
タバコを吸っていたその男は、面倒くさそうにこちらを見る。
「
俺の質問を聞いたその男は気怠そうなその表情から一変、ニヤリと笑顔になった。
「
「さて、ここが俺たちの研究所だ」
車に揺られること約1時間。道路が舗装されたアスファルトから砂利道へと変わってしまうくらいの山奥へと連れられた俺が目にしたのは、それは大きな施設だった。周りには草と木々が生い茂る自然物がある中で、一際異彩を放っていたのだ。
敷地の入り口には、ちょこんと鈍い銀色を放っている『倉持技研第二研究所』と書かれたオブジェクトが置かれていた。建物へと続く道以外は全て綺麗に刈られた青々しい芝で覆いつくされ、風に揺られていた。肝心の建物はというと、窓が一つもなく、のっぺりとした大きな白い壁がどっしりと構えている本棟っぽいものやら、スタジアムのようなものまで敷地内には見るだけでも複数の建物が立ち並んでいた。
乗せられていた車から降り、アフロヘアーの研究員に連れられて建物の玄関前に着くと、その人がこちらを向く。
「んじゃ、入り口を開けるからちょっとここで待ってくれ」
彼はそう言い残すと、何処かへと行ってしまう。1人ぽつんと取り残された俺は、何もすることなく、広い敷地だな、と研究所を見渡した。
敷地内はきちんと人の手入れがされており、至る所に紅葉に染まった木々が多く立ち並んでいるにもかかわらず、舗装された道には枯れ葉が一切残っていない徹底ぶりだ。
あの遠くに見える円形の建物はISの訓練場だろうか?そんなことを考えていると、俺の背後に何かの気配を感じた。
「!?」
「あれ?気づかれちゃった?」
俺が後ろを振り向くとまごう事なき変人がそこにはいた。
後ろにいたのは女性で、癖っ毛のある髪をツインテールのように後頭部に結っていた。それだけでは単なる普通の人だ。だが、この人の恰好が変人を物語っていた。
その服装はというと、何故かスクール水着だった。はち切れんばかりの大きな胸の部分には、ひらがなで『かがりび』と書かれた白い名札が貼られている。頭には水中眼鏡を着けており、右手には大きなモリを持っていた。おそらく、どこか水の中に入っていたのだろう。彼女は全身がずぶ濡れになっており足元のアスファルトは液体で濡れていた。全くと言っていいほど
この人は危ない人だ。俺の第六感がそう告げ、後ずさりすると目の前の変人は、眉毛をへの字にしてため息をつく。
「んもう、せっかく美少年のお尻を堪能しようとしただけなのに…」
左手を腰に当てて残念そうにする変人。開口一番その発言はいかがなものかと。
この発言で危険度が更に増した為に変人から距離を置いていると、どこからともなく聞き覚えのある大きな声が聞こえてきた。
「あ、所長!ここにいたんですか!」
所長?
変人の後ろから、先程何処かへと行っていたアフロヘアーの研究員と警備員らしき人がこちらへと走っていた。
「やっぱり川に…。あの川は広いから、また所長を探すのに苦労をかけさせないでくれとあれほど…」
「いいじゃないか、ちょっとくらい川に行ったって〜」
「そのちょっとが2時間3時間なのだからこうして言っているのに…」
アフロの人が変人の姿を見るなりため息をつくと、変人が唇を尖らせてそっぽを向いた。彼と一緒に来ていた警備員さんは、そんなやり取りをしている二人を鼻で笑い、入り口に近づいていく。
「ああそうだ。織斑くん、紹介するよ」
彼は俺の存在に気づくと、変人の方に手を向ける。
「この人は、こう見えて変な人だがうちの研究所の所長さんだ」
「変な人とは失礼な。私の名前は篝火ヒカルノ。この倉持技研第二研究所所長だよ。今日はよろしくね」
変人もとい、篝火さんは異様に長い犬歯を見せながらニヤリと笑った。
「地下にこんな場所があったなんて…」
箒の話す声が、異様に天井の高い白い空間にこだました。私を含めた他の専用機持ちたちもこの部屋を観察していた。何せ、IS学園の地下に見たこともない施設があったからだ。
織斑先生から転送された地図をもとに指定された場所へと行くとそこは準備室と書かれた部屋だった。このあたりの場所は人気が無く、よっぽど理由がない限り利用されない所だった。指示されたようにドアの近くにあるカード読み取り機に学生証をかざし、ドアを開けると目の前には地下へと続く階段があった。そして、案内通りに道を進んでいくと、この何とも奇妙な部品が並ぶ部屋へと案内をされていたわけである。
ベージュ色の壁や、白い床は地上にあるIS学園に準ずるデザインのされた部屋だった。だが、この奇妙な場所だと印象付けていたのは、壁にいくつも設置されているベッドのような物体だった。このベッドのようなものは壁に立てかけるようにして設置されており、周りには穴が開いていた。近くに寄ってみるとその穴はベッドの奥へと続いており、奥には何らかの機械が見えていた。
「では、状況を説明しておく」
スピーカーからくぐもった織斑先生の声が聞こえてくると、私たちの話し声が途絶え、視線を背後の天井付近へと移す。
「現在、学園の全てのシステムがダウン。つまり、ハッキングを受けているものだと断定している」
私たちを見下ろすように、ガラス越しに織斑先生が私たちを見つめていた。
「今のところ、生徒に被害は出ていません。ですが、何としても学園のコントロールは取り戻さねばなりません。そこで、これから篠ノ之さん、オルコットさん、凰さん、デュノアさん、ボーデヴィッヒさん、ハーゼンバインさんにはこのアクセスルームからISコアネットワーク経由の電脳ダイブをしてもらいます」
織斑先生と同じように上の部屋にいる山田先生が何かの操作をしながら話す。だが、彼女の言葉にあまりにも聞き捨てならない単語が入っていた。
電脳ダイブ。
IS操縦者の意識をISの操縦者保護神経バイパスから電脳世界へと仮想化して侵入するという
篠ノ之束によってブラックボックスとなっていたISについて盛んに研究が進む中で見つかったこの電脳ダイブは、その原理が判明できたものの、その利用目的がいまだにわかっていないものだ。なぜこの機能があるのか、何に使うのか、はたまた偶然の産物なのか。誰もその答えに行きついていないのだ。さらに、この電脳ダイブに危険性がないということは言われているが、それもまだ推測の域。実験は行われたらしいがサンプル数が少なく、人体への影響がないとは言い切れていない。
ハッキング程度であれば、今までにも受けてきているはずであり、その程度なら電脳ダイブを行う必要が全くと言っていいほどないはずなのに…。
他の皆も同じことを思っていたようで、皆が口々に不満を漏らす。
「で、電脳ダイブ!?」
「理論上、可能なのは知っているけど…」
話し声が部屋中に響き、さらに私たちの不安を掻き立てる。だが、それは織斑先生による鶴の一声ですぐに静まり返った。
「静かにしろ!お前たちがこの作戦に疑問に思う理由もわかる」
だが、と言葉を続ける。
「今回のハッキングが電脳ダイブによる攻撃であったのならば話は別になる。それに、時間に余裕を持っていられる状況ではないために、このような作戦になった。一刻の猶予もない。各自スタンバイ!作戦を開始する!」
つまりは、目には目をという事だろうか。相手が電脳ダイブを行なっているのであれば、同じように対処する方が手っ取り早いのだろう。
私たちは互いの顔を見合い、姿勢を正す。
「「「了解!」」」
事前に言われていた通りにISスーツ姿になった私たちは、いつの間にか変形していた、アクセスルームにいくつも設置されているベッドに横たわった。ハイパーセンサーを起動し、アクセスルームのシステムとの連動を行う。
「皆さんのダイブのバックアップは私が務めます」
ベッドが動き出し、その背後にあった穴へと入っていくと簪さんの声が聞こえてきた。おそらくあの上の部屋にいたのだろう。
ベッドが奥に進み終えると、目の前に”GET READY”と書かれた明るく光る投影ディスプレイが映りこんできた。
「それでは仮想現実の世界に接続します。皆さんはシステム中枢の再起動に向かってください。…始めます」
すぐさまディスプレイに音を立てながらカウントダウンが始まる。電脳ダイブという未知の体験をするにもかかわらず、私の心は落ち着いていた。カウントダウンの音が何とも心地よく聞こえ、私は瞼を閉じる。そして、段々と周りの雑音がかき消えて、眠るように意識を委ねた。
「……は……に……?」
何かが私の耳へと入ってきていた。
それは、風のない波のように穏やかで、鳥のさえずりのように清らかなもので…。
「皆、電脳ダイブは成功よ」
簪さんの声で私は意識を覚醒させた。
周りを見渡すと、まるで宇宙空間にいるような光景であった。周囲は暗いものの、星のような明かりがいくつも散りばめられており、昔によく見たプラネタリウムの世界に入っているようであった。また、何らかのシステムと思われるキューブ状の物体があちこちに浮かんでいた。宇宙空間みたいとはいえ、地面はしっかりとあるようできちんと両足で立っていた。
そして、私たちの目の前には大きな光り輝く6つの扉があった。
「これは何だろう…」
「入れってこと?」
シャルロットと鈴が首を傾げながら扉の様子を伺う。丁度電脳ダイブをした人数分の扉が用意されている所から、それぞれの扉に入れ、とでも言っているようであった。
「多分そう。この先は通信が安定しないから各自の判断で中枢へ」
ISのオープンチャンネルから簪さんの声が聞こえ、この不思議な空間に響き渡る。
「中枢に行ったら私たちはどのようにすれば良いのでしょうか?」
どこに話せばいいのか分からずにいるセシリアがキョロキョロと周りを見ながら言う。
「中枢に辿り着いたら、システムの再起動をかけるための何らかの装置があるはずだから、それを起動してもらいたい…と。それに恐らくだけれども、皆がそこに向かっている最中に、学園のシステムに侵入した奴がいるはずだから…」
「武力で排除すれば良いのだな」
少佐は手のひらに拳をぶつけてニヤリと笑う。
「…そうだね。とにかくみんな気をつけて」
皆が目の前に光る扉へと歩み寄る。私も扉へと歩き、ドアノブに手をつける。思ったよりもドア自体には重さはなく、すんなりと開くことができた。中を覗いてみればいくつもの絵の具で混ぜたようなドロドロとした濁った色で覆い尽くされていた。意思を持っているかのようにそれはうごめき、動くたびに新たな色を作り出していた。
息を飲み込み、意を決するとドロドロとした絵の具に飛び込んだ。
『ワールドパージ、開始』
「ここは…?」
光る扉に潜り込み、眩しいくらいの光を浴びた私が目にしたのはどこにでもありそうな部屋の一室だった。
部屋の窓は太陽の光で溢れ、部屋全体をより明るくしていた。白く塗られた壁がよりその光を眩しくさせる。豪華なじゅうたんに、ふかふかのソファー。そして、カフェテリアテーブルとそれに付随する椅子や、キッチンテーブルには見覚えがあり、でもどこか新鮮味を感じるところもあった。
「何なのよ…一体」
私はそのまま部屋をぐるりと回る。部屋には至る所に黒兎の置物や可愛らしいぬいぐるみが置かれ、リビングと思われる所にはでかでかと見覚えのある旗が飾られていた。
「これって…シュヴァルツェア・ハーゼ隊の部隊章じゃない」
そう、少佐の所属するドイツ軍特殊部隊のエンブレムがそこにはあった。それもいくつもだ。さすがにリビングに4つも飾りすぎだと。
私はそのままリビングからキッチンへと侵入する。誰の家だかわからないが、既に入ってしまっているのは仕方がない。何か手掛かりを見つける他はない。
キッチンは広々とした所だった。IHヒーターに種類豊富な家電製品、そして流し台。どれも新品のようにぴかぴかと輝き、綺麗に手入れをされていた。特に目を引くのはとてつもなく巨大な冷蔵庫だ。どの物よりも冷蔵庫は大きく、まるで業務用のもののようであった。興味を持った私はそれへと近づく。銀色のその巨体はまるで鏡のように、部屋全体の色を吸収していた。私が近づくにつれ、冷蔵庫には新たな黒色が混ざり合う。黒色…?その時、私は自分自身が黒うさぎ隊の制服を着ていることに気づいた。
ところどころに赤いラインの入った黒いジャケットに短めのスカート、そして黒色のニーソックスには見覚えがあった。なぜこのような服装をしているかが私にはわからなかった。だが、不思議とこれを着ていることに不快感はなかった。そもそも、私は
自身の服装に疑問を抱いていたその時、軋んだドアが開く音が聞こえてきた。誰かがいる。すぐさま私はキッチンテーブルの陰に身を隠した。
「何だ、ここにいたのか」
聞き覚えのある声がテーブル越しに聞こえてきた。それは足音を立ててこちらに近づいてきていた。
見知らぬ部屋にいるとなれば私はいわば不法侵入者だ。そもそも、この部屋に入った思い出自体ないわけで、決して窃盗とかそういう類のやつではない。決してだ。
「隠れても無駄だぜ、クリスタ」
必死に言い訳をこねくり出そうとしていると、それは私のすぐ近くで聞こえてきた。
「腹が減ったなら素直に俺に言えばいいのに…。全く可愛いやつだな」
恐る恐る振り返るとそこには、にっこりと笑顔でほほ笑んでいるシェフ姿の一夏がいた。