神様なんかいない世界で   作:元大盗賊

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ちょっとした閑話回。






第19.5話 心の拠り所

 夜空を埋め尽くすほどの天の川が現れるようになった夏の季節。

 春の始まりを告げた太陽の日差しはその本性を現し、肌を焦がす程の強く攻撃的な日光が地上へ降り注ぐ。

 

 臨海学校の後には長い長い夏休みが生徒たちを待っていた。もちろんIS学園の施設は年中無休、いつものように利用可能になっている。学園で長期休暇を利用して自身の実力アップをする事も出来るが、大抵の生徒は実家への帰省なり、いつもは行けないような遠くへ出かけるなりしているであろう。『学生の本分は何とやら』とも言われている事もあり各々の学生が思い描く休みを満喫していた。

 

 とまあ、先程の話は”一般生徒”には当てはまることだ。だが、ここはIS学園である。軍人、企業の人間、国家代表候補と大きな肩書きを持つ生徒はざらにいる。彼女らは社会人も兼ているため、そう簡単には休む事は出来ない。やれ訓練だ、やれ最新の技術を取り入れた装備だからテストをしろ、と上から仕事が次から次へと降ってくる。私の周りにいる半社会人の方々も忙しそうに帰国の準備だのと動いていた。

 なお、私と同室の(代表候補)は帰国をすると待ち受けるだろう訓練の日々を過ごしたくないため、学園でのんびりするそうだ。勝手に帰国を拒むことができるのかとツッコミたくはなったものの、聞かないでおいた。そもそも彼女がここへやって来たのも彼女担当の政府高官に何らかの圧力をかけて無理矢理転入させたというらしい。恐ろしい話だ。だが、専用機を託す程にはどの実力を認められているため多少の自由は認められているのであろう。あくまで私の予想でしかないが。

 

 

 専用機といえば、今年の夏はIS界では大きな出来事で騒然となった。何を隠そう、篠ノ之箒の専用機についての正式発表だ。先月の臨海学校に何の前触れもなくやって来た篠ノ之束博士は自身の妹である箒へ『紅椿』を()()()()()した。もちろん、正式な手続きなくして登場した新たなISの事を隠さないわけにはいかなくなった学園はメディアを通じて記者会見を開いた。

 

 ISはアラスカ条約または国際IS委員会により、各国が保持するISの数が決められている。もちろんそれは、製造が停止され数に限りのあるISコアを効率良く運用させる為である。唯一の教育機関であるIS学園も同様だ。訓練機、教員用機の数は決められている。だが、天災がその前提を崩していく。IS学園側は、学外研修中に篠ノ之博士が登場し生徒の篠ノ之箒へISを渡したと説明。さすがに今世界で各国が研究し奮闘している第三世代ISを凌駕する性能の第四世代ISである事は混乱を避けるために隠して報告を行なった。だが、想定していた事以上に世間はこの話題を持ちきりになってしまった。

 

 理由はISコアの製造番号だ。“468番目”とされるISコアを使用していると報告をしたのだ。これは国際IS委員会により正式に登録をしていないISコア、という意味である。

 

 これまで、数年間行方をくらませていた篠ノ之束が姿を現したと思ったら彼女は新たなISコアを製造し、妹へそれを渡した。つまりは、まだISコアは製造できる余力があるということを証明してしまったのだ。これを受け、国際IS委員会は一時的な措置として篠ノ之箒の持つIS『紅椿』は扱いが決まるまでは他国の干渉を受けないIS学園の所有物とした。さらに、各国と連携を図り篠ノ之束の捜索を強化。本人への事実確認と()()()I()S()()()()()()()()を話し合っていきたいとコメントをした。

 

 各方面のメディアは、この新たなISの登場についてそれぞれの持論を展開していった。テレビではISに詳しいという評論家を招き、これは今後ISコア製造への意欲を知らしめる布石であるだとか、彼女の行為は自身の一般人である妹を守るための抑止力のためだとか、周りの人たちの気にも留めない気まぐれな性格の彼女らしい行動であるなど、専門家は根も葉もない根拠を用いた説明でホットな話題を解説し茶の間を沸かせた。

 

 この事により、国際IS委員会はまだ方向性を定めていない初の男性IS操縦者織斑一夏の処遇に加え、IS学園生徒の篠ノ之箒のIS『紅椿』をどこの国の所属にするかという議論をしなければならなくなった。ただでさえ扱いの難しい織斑一夏の処遇が決まっていないにも関わらず、ますますゴールポストが遠のくような出来事が起きたために、国際IS委員会の関係者は頭を抱えているようだと一部メディアが報道されたという。

 

 

 さて話を戻そう。かくいう私も一般企業の会社員である。せっかくの長い休日には、玲奈を連れてIS学園近郊にある美味しいという評判の店舗を巡りたいなどと思っていたが、会社からの指示に背くほど身の程知らずではないためしばらくそれはお預けのようだ。仕事があるためドイツへ帰国するという話をすると玲奈にお土産待っているよ、と目をキラキラと輝かせて言われた。ついでに黛さんからも無言で肩を叩かれた。言われなくとも、世話になっている新聞部の方々には用意をするつもりなのだが…。

 

 さて今回の仕事の大まかな内容は、サンドロックの詳細データの提出と細かなアップデート。そして……試作品の評価を兼ねたシュヴァルツェ・ハーゼとの模擬戦だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも見かける観戦席はそこにはなく、だだっ広い土のグラウンドと無機質な白い壁で覆われたIS試験場に私はいた。人工的に作られた光が建物内を明るく照らされたそこでサンドロックを身にまとい、敵の攻撃からステップを踏み躱した。

 

 私が先程までいた所を何度も聞き慣れた特有のうねりを上げながら緑色のビームが通り過ぎていった。

 黒い枝(シュヴァルツェア・ツヴァイク)の右手に持つ試験型ビームライフルが私へ照準をつけ、連射する。

 模擬戦開始からだいぶ経ち、互いにシールドエネルギーが半分以下になっている頃だろう。一気に押し込んで早めに方をつけたいところだ。

 回避をしつつも左腕に装備されている物理シールドで黒い枝の攻撃を受け止めながら、右手に持つビームサブマシンガンで『点』ではなく『面』で圧倒する。

 

 ばら撒かれたビームマシンガンの光弾は黒い枝の前まで迫るものの、それらは装甲を貫く事はなかった。黒い枝は左手を前に掲げAICを発動させていた。

 私が撃ち込んだ幾百の光弾がまるで時を止められたかのようにその場で留まり、エネルギーを失い消え去っていった。

 

 AICは必要以上の集中力が求められ、ちょっとでも気を許すとAICの発動が解除されてしまう。これだけはどうも技術的な限界がある。そうAICを担当している開発者が言っていた。第二次移行による性能アップの要因の一つとして期待を寄せているという事もあるが、場合によってはこのAICは相手からしたらいいカモになってしまう。

 

 ビームサブマシンガンで相手を"固めて”動けなくさせる。マシンガンの銃身から煙が上がり、それは限界である事を私へ告げた。すぐさま左へ旋回。肩部ミサイルをコールし撃つ。そしてすぐさま、背中のヒートショーテルを交互に投げ込んだ。

 

 

 

 

 

 幾つかまだ消え去っていない光弾を尻目に黒い枝はAICを解除する。止めきれなかった光弾は再び残っていた慣性に身を委ねて、黒い枝の装甲に突き刺さる。

 

 迫り来るミサイルを右手のビームライフルと左腕部機関砲で撃ち落とす。そして、そのまま左手を前にかかげ、爆発によって出来た土煙の中から遅れてやって来た熱を帯び赤く光る”一本”のヒートショーテルに対してAICを発動させた。

 

 二本ではなく一本であることに気がついた黒い枝は頭上を見上げると重力に身を任せて回転しながら落ちてくる刃をただ見ていることしか出来なかった。

 

 集中力が途切れ、同時にヒートショーテルが黒い枝に襲いかかる。

 頭上のやつをとっさに左腕で防ぎ、右手に持つビームライフルを投げ捨てプラズマカッターをコールし、正面のヒートショーテルをいなす。

 プラズマカッターでヒートショーテルを押しのけ地面に叩きつけ、左腕で無理やりそれを遠くへ飛ばした。

 

 目標を見失いからんと音を立てて刃が落ちる。

 シールドエネルギーが減少しているという警告音に焦りを感じつつも、目標が捕捉しようとしたときには既にサンドロックは右側から瞬時加速をして近づいてきていた。

 

 くの字ように二段階に分けて瞬時加速を発動させたサンドロックは新たにコールしたヒートショーテルを手に黒い枝の胴体と腕を挟め込むように刃を当てつつ、勢いそのままに壁へとぶつかった。

 交差させて挟み斬りを受けた黒いのはどうにかして攻撃から脱しようとするも、壁ごともろともその熱を帯びた刃が、音を立て装甲を貫かんとする。ISの絶対防御を発動させて大幅にシールドエネルギーを消費させた。

 

 黒い枝のシールドエネルギーは底をつき試験場内には試合終了のブザーが鳴り響く。

 

 辺りには巻き上げられた土煙が舞い、壁は少し衝撃で凹んでいた。

 

 遠くからは頑丈な扉が金属音を立てながら開き、中では職員が慌ただしく何かの準備をしていた。サンドロックは、試合終了のブザーを聞くなりヒートショーテルの熱を切り、格納する。

 

「いやー残念、このまま完封できると思っていたが」

 

 黒い枝の操縦者、クラリッサ・ハルフォーフは全身の装甲から煙を上げながらどこか残念そうにしつつも嬉しそうな表情でサンドロックを見つめる。

 

「さすがに、何回も同じ機体とやりあって負け続けるのは、私の意に反しますので。それに…」

 

 全身装甲により、表情は見えないが肩で息を切らすようにクリスタ・ハーゼンバインは答える。

 

「私は極度なまでに負けず嫌いなのですよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「それではハーゼンバインさん、これからデータ収集と評価の結果が出るまでは休憩していて下さい。それまでサンドロックはお預かりします」

 

 

 企業のメガネをかけた研究員にサンドロックの待機状態であるゴーグルを渡し、私は更衣室へと向かった。

 

 

 欧州連合で一昨年から始まり絶賛アピールタイム中の統合防衛計画、通称イグニッション・プランでは現在イギリスのティアーズ型が他国のISよりも優勢である。早期に第三世代ISコンセプトを固めていることもあるが、何よりその使用する兵器の評価が高い。イギリスの有名企業ADM社を中心とした合同研究によりティアーズ型はBT兵器を使用したISだ。

 

 実弾ではなく、新たなジャンル「レーザー」を使用した攻撃方法に欧州連合は興味を示した。詳しい仕組みは伏せられているが、何らかの方法で光エネルギーを収束させて銃の弾丸のようなものを作り出し、攻撃する。代表的な武器であるBTエネルギーライフル『スターライトmk-Ⅲ』は銃にある反動もなく、素早く攻撃が可能であり弾倉を変える必要がない。

 また、第三世代ISの大きな特徴である『イメージインターフェースを使用した特殊兵器』についてはビットがそれにあたる。『Bluetears Innovation Trial』通称ビット兵器という今までにない画期的な武器は他国のISよりも圧倒させる要因であるだろう。この兵器には、隠されて能力として偏光制御射撃(フレキシブル)…途中でレーザーを曲げて射撃を行うというインチキにも程がある攻撃方法がある。だが、IS学園ではセシリア・オルコットがその攻撃方法を使用していない事から、かなり高度な技術を要する攻撃のようだ。ビット兵器を使用する際に動きが止まる彼女の様子から考えるに当分お目にかかることは先であるだろう。

 

 さて、そんなこんなで統合防衛計画はイギリスが優勢であるがそんな独走状態を、ただ指をくわえて見ているわけにもいかない。そこで試作されたのがビーム兵器だ。イギリスの『レーザー』に着目して各国がしのぎを削って研究・開発を行っていたようだが私の叔父の所属するメッゾフォルテ研究所が実現させたのがこのビーム兵器だ。レーザーから類似する荷電粒子砲を利用し、これを模して小型化、携帯可能にしたという。だがまだ問題も残されている。私の使用していたビームサブマシンガンは、一定数以上撃ち続けると砲身が熱を帯び、オーバーヒートしてしまう。既存のマシンガンの二分の一程までだろうか。それに黒い枝の試作ビームライフルは燃費が悪い。まだまだ改良の余地が必要であった。

 

 

 

 

 蒸し暑かったサンドロック内では必然的に汗をかいてしまう。これだけは全身装甲の弊害であるため致し方ない。更衣室で着替えセットを持つとシャワー室へと足を運んだ。隣接するシャワー室へ入るとそこには先客が既にいた。

 

「ぷっはぁぁ!」

 

 その左目に黒い眼帯を付ける人物は体に白いバスタオルを巻き付け、左手を腰に当てながら右手に持つガラスでできた瓶の中身を豪快に飲み干していた。よく見てみるとその瓶には可愛らしくデフォルメされた乳牛のイラストが描かれていた。

 

「お疲れ様です。大尉」

 

 戸惑いつつも私はすかさず大尉へ挨拶をする。

 

 そんな奇妙な行動をしていたクラリッサ・ハルフォーフ大尉は私に気づくとこちらへ振り返る。

 

「おお、クリスタもここへ来たか。あなたも牛乳はどうです?やっぱりシャワーを浴びた後は牛乳に限りますな!」

 

 彼女は口の周りに白いひげを蓄え、にこやかに笑った。

 

 

 

クラリッサ・ハルフォーフ大尉。ドイツ軍特殊部隊シュヴァルツェ・ハーゼの副隊長である。少佐がIS学園へ向かわれて以降、実質的な部隊の取りまとめを彼女はしている。大尉とは我が社との大切なクライアントの関係でもあるが、私が以前参加していたドイツ軍代表候補生選抜合宿で会った間柄でもある。

 

「わが社の試作ビームライフルはどうでした?使ってみて」

 

「そうだな、いつもならある射撃による反動がないのは嬉しい限りだ。その分の補正を行わなくてよいからな。それに威力もあるし、大変気に入った。だが…燃費が悪いのが気がかりだった。もう少し改良がされればぜひ我が部隊のISにも搭載したいものだ」

 

 シャワーを浴び終わり、脱衣所に出ると大尉はいつもの黒い軍服に着替えて私を待っていた。どうしたのですかと聞くとまあたまにはお話でもしましょうよと紙の蓋が付いた牛乳瓶を渡しながら答えた。

 

 腰に当てる手の角度や飲み方について熱い指導を受けながら牛乳を飲み干すと大尉は私の近くの椅子に座り、着替えている私の様子をじっと見つめていた。

 

「それにしても、あなたの叔父さんはすごい方だ。AICやワイヤーブレードだけなく、新たにビーム兵器まで開発を手掛けるとは…。次から次へとまだ見ぬ面白い武器には驚かされるばかりだよ」

 

「確かにすごいですよね、クラウスは。どうしてそこまで思いつくのか不思議なくらいです」

 

 肌着に着替え、髪を乾かそうと洗面所へと向かう。そんな私を見かけるなり、大尉は私の前に立ちふさがった。

 

「待ってくれ。私が髪を乾かそう」

 

「いや、自分一人で…」

 

「その…なんというか…あなたの髪を乾かしたいのだ!」

 

 目をキラキラと輝かせて訴えかける大尉に負けた私は大人しく洗面所の前にある椅子に座る。

 

「ではせっかくなのでお願いします」

 

「…おお!感謝する!」

 

 ガッツポーズを決めた大尉は鼻息を荒くしながらタオルを手に取る。

 まるで童心に帰っているかのようにはしゃぐ様子から察するに最初からこれが目的ではなかったのかと思ってしまった。

 

 

 ニコニコの笑顔で大尉は慣れた手つきでタオルで私の髪を拭いていく。改めて鏡に映った自分自身の姿を見る。プラチナブロンドに近い金髪は、入学当初よりも伸びており、肩先に届いていなかった毛先は既に肩を覆うほどに伸びていた。

 

「こうしているのも久々ですね。私が黒うさぎ隊にお世話になっていた以来ですかね」

 

「ああ、そういうことになる。それにしてもクリスタの髪は相変わらず心地よいものだなぁ…」

 

 大尉は髪の毛の余計な水分をなくすように、そして丁寧に拭きながら幸せそうな表情を浮かべて優越に浸る。

 

「髪なら自分のもので満足してくださいよ」

 

「いや、違うぞクリスタ!自分の髪とこの艶やかでお前の所の執事や社員が釘付けになるほどの魅力的な長髪は別だ!いや、もはや同類ではない」

 

「え?そんなに皆見ていたのですか?」

 

「むむ?知らなかったのか?結構有名ではあったのだがな…」

 

 私が思わぬ情報に驚きつつも大尉はペタペタと私の髪にトリートメントを塗っていく。少々触りすぎな気もするが無視した。

 

「クリスタのプラチナブロンドと隊長のシルバーブロンドの二大ブロンドはもはや知らない人がいないほどなのに…。ああ、隊長の髪に触れていた日々が懐かしい…」

 

「…少佐の髪にも触れなかったからその分の鬱憤がたまっていたのですね」

 

「…まあそういうことだ」

 

 どうやら図星であったようであっさりと大尉はバツが悪そうに言った。

 

「安心してください。少佐の髪はきちんと同室の子によって守られていますので心配する必要はないですよ」

 

「…そうか。それは良かった。まさかあの隊長が他人に髪を乾かされるとはな」

 

「少佐もあれから随分と雰囲気が変わりましたからね」

 

「ああ、これも恋の力だな」

 

「恋って…なんで大尉がそのことを?」

 

 思わぬ発言に私は鏡越しに大尉を見つめる。

 

「ん?ああ、クリスタは知らないか。実はだなVT事件以降に隊長から織斑教官の弟が気になるという話を皮切りにちょくちょく恋の悩み相談を受けてな。他の皆より日本の事を知っている私が少佐に日本的なアドバイスをしていたのだ」

 

「…だから少佐はあんな事を。その織斑先生の弟が少佐の奇行に頭を悩ませている原因がなんとなくわかりました…」

 

「何!それはどういうことだ!」

 

 思わずトリートメントを塗る手を止め、大尉はプンプン怒る。しばらく何がいけないかを髪に触ることも忘れて私に話に聞き入った。

 

 

 それからはというもの、最近の少佐についてや学園のことなど、まるで一人暮らしを心配する我が子を思う母であるかのようにしつこく大尉は聞いてきた。いや妹を思う姉のほうがしっくりくるだろうか。どちらにせよ、大尉は少佐がドイツ軍で孤立気味になっていた頃よりも成長していることに喜んでいた。かつては所属する黒うさぎ隊の隊員からも敬遠され、ドイツの冷水という異名で恐れられていた少佐はIS学園に入り、多少形は違えど学園の生徒達との交流によって親しみやすくなり、孤立することはなくなった。未だに隊員全員との仲直りは済んではいないもののその固まった氷は次第に溶けていくだろう。

 

「そういえば、臨海学校の時は大丈夫なのか?お前が記憶障害になったと聞いたが…」

 

 少佐の話を聞き終わり満足した大尉はドライヤーのスイッチを入れて髪を乾かしていく。

 

「ああ…あれは結局大丈夫でしたよ。原因は不明ですがあれからは何ともないですし」

 

 心配そうにする大尉にやんわりと答えた。

 

 臨海学校3日目に私はIS学園直属の病院へ搬送され、精密検査を受けた。だが、どこにも異常はなく。あれ以降記憶がなくなるということもなかったため経過観察の後に学園へと戻された。私が病院送りにされていたころ、一夏たち専用機持ちたちは暴走したという軍用ISを稼働停止させる事に成功させたという。それに彼らはただISの暴走を止めただけではない。彼、織斑一夏がISを第二次移行(セカンド・シフト)させて作戦を成功させたのだ。最初の出撃でIS共に負傷したはずであったのだが、ISの第二次移行により復活。新たな力を手にした一夏が無断で出撃していた専用機組と合流。見事勝利を収めた訳である。今振り返ると未だに謎の事件であったが今では遠い過去の記憶のように感じる。

 

「そうでしたか…。それならば安心しました」

 

 大尉はドライヤーを切ると櫛で髪を梳かしていく。

 

「臨海学校でもそうだが、最近IS関連の事件があるから気を付けたいな」

 

「そういえばフランスのデュノア社が襲われたのですよね」

 

「そうだ、今年度になってからというもののイギリスのティアーズ型強奪に加え、デュノア社への襲撃、ISの暴走事故と他にもちょくちょくあるが例年に比べて格段に増えている。我がドイツもISの事件には注意しないといけないな。特に、今はフォルテシモ社の新たな武装試験も行っているのだ。いつ狙われてもおかしくはない」

 

「ええ、そうですね。IS学園でも頻繁に事件が起きているので他人事ではありません」

 

「…よし、これで完成だ!」

 

 私の髪はすっかり乾ききり、大尉は満足そうに腰に手を当てた。

 

「ありがとうございます。大尉」

 

「いや、気にする必要はない。既に対価はいただいている」

 

 さいですか。

 

「それにしても大尉」

 

「ん?どうした?」

 

「時計を見てください。多分、研究員を30分以上待たせていると思います」

 

「………あ」

 


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