モチベアップ٩( ᐛ )و
目を覚ますと私は布団の中に入っていた。
旅館で使われるようなふかふかの白い布団が私の体を暖かく包み込む。いつもは見られない木製の天井に私はふと、臨海学校へ来ているのだと思い出した。たしか旅館の名前は花月荘。ここへはISの非限定空間における稼働試験のためにやってきており、旅館へ到着後から夕食までは自由時間であったので私は新聞部の仕事をしていた。
そして…そして…私は一体何をしていたのだろうか?私は布団へ潜った覚えは全くない。……そもそも、私が布団へ入るまでに
全身に痛みはあるものの、頭にはどこかへぶつけたような感じはしない。では、何が原因なのだろうか。
体中からひしめく痛みに耐えながら、布団を退けて体を起こす。
空は既に夕日に染まっており窓から差し込む光が、まだ慣れていなかった私の目を突き刺した。
とにかく、今現在置かれている状況を整理しなければならない。
そう決め込み動こうとした時だった。ふと木の擦れ合う音が鳴った襖に視線を移す。そこには白衣を着たIS学園の養護教諭が驚いた表情で私を見つめていた。
「つまり、私は一時的な記憶障害になっているという事ですか?」
「そういうことになるね。…まだ信じられないとは思うけれど」
私の横で正座をしている養護教諭は、手元の書類に何かを書き込みながらそう答えた。
彼女の話によれば、私は使われていない部屋の中で気絶をしていたらしい。巡回中の先生が私の事を見つけてくれたようだ。
そして、今日は臨海学校二日目の7月6日。日が落ちていることからも分かるように既に時刻は夕方になっている。そして現在は緊急事態が発生しているようで、一般の生徒は自室で待機。私以外の専用機持ちと教師陣はその緊急事態にあたっている。
記憶についてはごく最近の所の記憶が抜け落ちているようであった。
私の名前や出身の国、持っているISの名前というごく簡単なものから始まり、彼女の質問に私は答えていった。
それによれば私の記憶は一日目の夕食後付近を境に記憶がなくなっていた。無理に思い出そうとすると、頭に何かが響くため彼女に止められた。
「うーん、体には打撲以外それといった形跡はないけれどねぇ。頭に何かをぶつけたっていう跡もないし…。不思議なもんだねぇ。何か持病があったりしない?」
「いえ、記憶を失うようなものは何も」
「そっかぁ…。じゃあ何で記憶がなくなるんだろうねぇ。全く分からん」
養護教諭は書いていた書類を睨みつけながら、ペンを噛む。
「とにかくハーゼンバインさんには申し訳ないのだけれど、明日はここを離れて近くの病院で精密検査を受けてもらうわ。それまでここで待機していてちょうだい」
彼女はそう言うと、立ち上がり部屋から出て行った。
部屋全体が太陽によって支配されている所に私は一人ぽつんと取り残される。
窓の先から薄っすら見える海は、夕日に染まりとても穏やかに波打っていた。
「完全に停止していますね…」
真耶は、ディスプレイに映し出されている福音の様子を見ながら言葉をこぼす。
臨時指令室となっている風花の間には教師たちが同じく、その画面を呆然と見ていた。部屋には薄く明かりが灯され障子からは夕日が漏れて部屋の中を橙色に染め上げる。
「それにしても一体何だったのでしょうかね、先程まで起きていたことは」
「私に聞かれても分からん。技術担当が異常はないと言った以上は、私たちが気にしたところでどうしようもない。だが今やるべきことはそんな心配事をすることではないことは確かだ」
千冬は画面に映る、まるで胎児のように体を丸めている福音をじっと睨みつけていた。
『一夏…!一夏…!しっかりしろ一夏!』
突如、指令室に響き渡った声に一同はただ茫然とするだけであった。
一夏と箒の作戦の成功を待っていると、指令室のレーダーに異常が発生した。それまでは正常に
今までになかったことに困惑するも、再び銀の福音の位置を探索や復旧作業に取り掛かる。しばらくして、箒からの通信が入ってきた。
悲しみと自虐の混じり合った声で、作戦の結果を報告した。作戦は失敗した、一夏が負傷をした、と。
一夏の怪我はひどいものであった。
ISの操縦者保護機能により最低限の加護はあるものの、その機能を貫通した熱波が彼の体に大きな傷を負わせていた。ISスーツを着用していない腕や首筋などの怪我は特にひどく皮膚は赤くただれ、痛々しいその姿は駆け付けた専用機持ちや先生方を驚愕させた。手当てを受けた一夏は医務室へ運ばれた。幸いにも命に別状はなくISの機能により彼は今なお夢の中をさまよい続けている。
一夏、箒の回収後再び福音の探索および機器の故障の原因究明にあたっていたところ、突如復帰。何事もなかったかのようにレーダーの機能は元に戻り、福音は当初の作戦予定地点より少しだけ遠い所にいた。
「本部はまだ、私たちに作戦の継続を?」
「解除命令が出ていない以上、継続だ」
真耶は顔を伺うように問いかけ、千冬はディスプレイに映る福音を凛とした表情で見ながら答えた。
最初の作戦が失敗してからというもの、教師たちは動く気配がない福音を追撃せずただ監視をしているだけであった。元はと言えば、与えられた任務は福音の暴走を止めること。唯一の要であった一夏と箒は福音の撃墜することもかなわず、返り討ちに遭ってしまった。だが今のところ彼らの活躍により福音は沖合から30km離れた海上にて、その巨大な翼で体全体を包み込みまるで休んでいるかのように動きが見られない。現状の報告を上層部に行ったものの、作戦は継続であった。
下手にこちらから動いて、福音を作戦区域外に移動されては困る。だが、私たちに与えられたことは『確保または撃墜』である。こうして、福音の様子をうかがう事が本来の目的ではない。ただ、一撃必殺であった零落白夜を持つ白式はダメージレベルがDを超え、操縦者である一夏も意識不明の重体でしばらくは作戦に参加ができない。こうなれば、残る専用機持ちたちに任せるほかはないのだが勝てるものかと言えば太鼓判を押すまでは言えないのだ。
片や第三世代試験機と第二世代改良機。片や軍用IS。その差は歴然だ。展開装甲という未知の兵器を持つ二機でさえも抑えきれなかった相手なのだ。真耶にとってみれば、これ以上待機をさせている彼女たちに悲しい目に合っては欲しくない。
ただ、作戦が継続しているのであれば何か手を打たなければならない。どのようにすればこちらの被害を最小限に留め、なおかつあの福音を撃墜することが出来るかとても見当がつかない。この無言の空気に耐えきれなくなった真耶は千冬に今後の指示を仰いだ。
「ですが、これからどのような手を?」
彼女はこの状況をどう見ているのだろうか?今ある現状の戦力でどう、この危機を潜り抜けるのだろうか?真耶は千冬へ視線を移す。
その時だった。トントンと障子をノックする音が聞こえてきた。
「失礼します」
「誰だ」
風花の間の外に作られた縁側にいるシャルロットが障子をノックすると中から千冬の声が聞こえてきた。
「デュノアです」
「待機と言ったはずだ!入室は許可できない」
授業の時によく聞く…いやその時よりも威圧的な印象を受ける声で叫ぶ。思わずシャルロットはその声にたじろぐ。近くにいたセシリアと鈴はお互いに顔を合わせ、ため息をついた。
一夏と箒の作戦が失敗してから3時間以上は経過をしていた。出撃命令を待っていた彼女たちは千冬から”現状待機”というその場しのぎの指示を受け、不満を募らせていた。あれからというもの交戦したことによってどのような現場の変化があったか、福音の位置はどこかなど全く知らされていないのだ。どのくらいのダメージを与えたのか?損傷具合は?いまだに音速下で飛行を続けているのか?作戦区域からいなくなったのか?疑問が頭の中に浮かぶばかりである。
ただ、分かっていることは一夏と箒の二人による作戦は失敗に終わり、一夏は意識不明の重体に陥り、箒は作戦失敗からふさぎ込んで彼がいる臨時医務室から姿を現さないという事だけであった。
そして何より…二人に対する千冬の対応に疑問を感じていたのだ。
「ここは教官の言う通りにするべきだ」
夕日に照らされた縁側にある柱に背中を預けているラウラが意気消沈している三人へ言う。
「でも、織斑先生だって一夏の事が心配なはずだよ。お姉さんなのだよ?」
シャルロットはあまりにも冷たすぎる発言に苦言を呈する。
作戦失敗の連絡を受けて駆け付けた千冬は一夏への傷の手当の指示を出しただけで心配をしているという様子が伺えなかったのだ。指揮官としての責務を果たしていることには変わりない。だが、その怪我人は自身の弟なのである。シャルロットは兄弟姉妹とはいかがなものかを知らないものの、彼女にとっての兄弟姉妹は母親のような『家族』というものには変わりないと考えている。自身の肉親が傷つき、ましてや意識を失っているのだ。それをただ事務的にテキパキと指示を出して淡々としている千冬に彼女は疑問をぬぐい切れなかったのだ。
だがラウラは…
「だからどうしろと?」
その彼女の発言を一蹴した。
「一夏さんだけではありませんわ。箒さんにも声を掛けないのはいくら作戦失敗とはいえ、冷たすぎるのではなくて?」
セシリアが作戦失敗後に箒へ千冬が一言も言わずに待機命令を出したときの事を思い出し不満を告げる。
「今は福音の捕捉に集中する。教官はやるべきことをやっているに過ぎない」
だが、ラウラは冷静に現状を分析していたことを、指揮官として当たり前にやっているという事実を淡々と現状を受け入れていない彼女らへ説明した。
「教官だって苦しいはずだ。苦しいからこそ作戦室に籠っている。心配するだけで、一夏を見舞うだけで福音を撃破できるとでも?」
ラウラから告げられる事実にただ押し黙るだけであった。
風花の間へ入ることが許されなかった一行は特別に用意された宿泊部屋へと戻っていた。
部屋の隅には本来の宿泊部屋に置いてあった彼女らの私物が綺麗に置かれていた。部屋の窓からは夕日が差し込み、明かりの灯っていない部屋を照らす。あれからというもの、どうしようもない気持ちをぶつけるあてもなく彼女たちは敷かれていた畳の上に座りただただ黙り込んでいた。その中で一人だけラウラは広縁に置かれている椅子に座り、ISのセンサー類だけを部分展開していた。そこには何かの投影ディスプレイが表示され、彼女はそれを見ながら腕を組み何か考え事をしていた。
「もしさ」
鈴はいつになく落ち着いた口調で話し始めた。
「もし…福音が作戦区域外に行っちゃっていたらさ。作戦は継続させないよね」
「ええ、確かにそうですわね。仮に遠くへ福音が移動してしまっていながらも私たちへの指示が続いているならば、到達予定地へなりに私たちを移動させるはず…」
「ならさ、先生方が私たち専用機持ちを今なお待機させながら、あそこに入り浸っているっていう事はまだ作戦区域内に福音がいるという事だよね」
「確かに…その可能性はあるね」
鈴の言葉から発せられた『もしも』の空想話にセシリアとシャルロットは反応した。今の彼女たちには現状の完全なる把握は出来ていない。ただ、彼女たちはこれまでに培っている知識と経験論のみで話を進めていった。
彼女たちはいずれ国の顔ともいうべき”国家代表”を目指す者たち。当然、ISによる緊急事態に対しての知識は覚えさせられ、それは現役の軍人が知るようなものでさえ勉強させられていた。作戦や戦術の立案・実行に至るまでの過程についてはよく理解している。そのような事を含め、彼女たちは予測でしかないものの今現場がどうなっているかを議論し始めた。ただ、この様な話をしても命令の下っていない彼女たちには無駄な事。待機と先生からの指示がなされているならば大人しく部屋に待機していなければならない。動きようもないのだ、命令違反をしない限りには。しかし、彼女たちは話を進めていった。まるで今この部屋に漂う空気を変えようとしてもがいているかのように。
「先生方も焦っていた風には見えなかったから作戦区域内の海上のどこかに福音がいそうだよね。でも…今動けない僕たちにはどうしようもないか」
顔に諦めの浮かべさせながらシャルロットはそう呟いた。再び突き付けられた現実に他の二人は再び黙り込む。だが少しして、鈴は口を開けた。その話しぶりはいつもの鈴そのものであった。
「じゃあさ、私たちだけで福音を倒そうよ」
「え?」
「ちょっと鈴さん!?あなたは一体何を?」
「何って福音を倒すって言ったでしょ?」
さも当たり前の事言っているかのように鈴は困惑する二人へ淡々と話す。
「二人はさ、悔しいと思わないの?素人二人に福音を撃破するっていう大役を押し付けてさ」
「…そのことは鈴さんに同感ですわ。実戦経験のあまりない一夏さんと箒さんに任せっぱなしであったのは少々癪に障ります。ですが、あの時は音速下で移動している目標のこと考えれば致し方のないことであって…」
「僕もそうだね…。出来れば僕も行きたかったけれど作戦の趣旨上、一撃離脱のものだったし…。でも手助けできたならしたかったな」
「まあそうよね。結局は篠ノ之博士の説明に折れた織斑先生の判断だからしょうがない。私も『展開装甲』だかっていう未知の技術を使うなら未経験の箒でもやれるかもって思っていたよ。でも、結局は箒がやらかした事によって作戦が失敗した」
「それで、お前は私たちに対して何が言いたいのだ?」
一人、広縁の椅子に座っていたラウラが会話へ参加する。
「結局?そりゃ、先生方が私たち専用機持ちの事を信用していないってことよ」
「信用していないだと?」
「そう。さっきも話していたけど、もし既に福音を取り逃がしてしまっていたなら、織斑先生は待機を命じていた私たちを呼び戻して作戦失敗の旨を言ったり何なりするはずよね。あの音速で飛び去った福音を今いる戦力じゃあ後から追いつけないしさ。でも違う。織斑先生は私たちに待機と言っただけでずっとあそこに籠りっぱなしのまま。ならさ、こうも思えない?何らかの理由で音速移動しなくなった
「単に戦術がまだ作り切れていないという可能性も無きにしも非ずですが、その可能性も大いにありえますわ」
セシリアは顎に手を当て考え込むように呟く。
「それってつまりはさ、どんなに考え込んでも今動ける私たち専用機持ちを使って福音を倒せないってことを意味するじゃない?」
鈴の導き出した
彼女の考え抜いた
だが、つい数時間ほど前まで交戦時の対処法や超高感度ハイパーセンサの使い方、高速戦闘での心構えなどを手取り足取り教えていた織斑一夏が福音によって意識を失い、今なお布団の上で眠り続けている。この事を現実として受け止めきれていない彼女たちからすれば福音を倒すという行為が、彼女たちにとっての気持ちを落ち着かせる緩和剤であったのかもしれない。
「それにさ、私は今もっっのすごく福音を一発ぶん殴らないと気が気でないのよね。私のプライドがそう言っている」
「あら奇遇ですわね。負けたまま終わっては気分がとても悪いですの。私も一夏さんが受けた分を
「二人とも…笑顔が怖いよ…」
不気味な笑みを浮かべる二人にシャルロットがたじろいだ。
「それで倒しに行くのはいいが、索敵をしていない相手をどうやって捕捉しようと考えているのだ、鈴音」
「そりゃぁ…誰かが索敵をしに行くしかないけれども…」
『福音を倒す』という目的だけが先走っていたため鈴は思わぬ発言にラウラから目線を合わせずに頬をかく。
「ふん…。福音を倒すだけを考えていたというわけか」
「し、仕方ないじゃない、そんなものなんて持っていないのだしさ!」
恥ずかしくなり少しだけ顔を赤くした鈴がラウラへ精一杯の反論をした。
「ならばしょうがない…。お前の作戦に私も参加させてもらおう。先程私の部隊へ福音の位置情報を調べてもらうように手配をした。5分後には今現在の福音の場所は分かるだろう。定期的に私へ報告するようにも言ってある。それに、いくつか戦術を私なりに用意してみている。皆の意見を交えながら決めていきたいがどうだろうか?」
「あれ?あんまり興味なさそうに見えたけど違ったのね」
「ふん、そんなわけがないだろう。私とて一夏の仇は討ちたいと思っていたところだ。それに、教官へ私たち専用機持ちの力を示すいい機会だろう?」
ラウラはにやりと笑い、そう言った。
鈴はセシリアとシャルロットの方へ視線を動かす。
彼女たちは首を縦に振る。思っていることはみんな同じであった。
「そうそう、ラウラ。皆で意見を交えるならもう一人忘れていない?」
「…!そうだな。すっかり四人で行う所だった」
「これで決まりね。んじゃ、私は一夏の所にいるだろう箒でも連れ出しに行こうかな」
「じゃあ僕たちはパッケージのインストールを済ませないとね」
「ええ。折角の試験パッケージを使わない訳には!」
鈴はそう言うと、体育座りから立ち上がった。
セシリアとシャルロットはISを部分展開させ、何かの操作をしていった。
彼女たちには既に、迷いなどという感情はなくその顔には確かな決意がそこにはあった。
一人の男性が机に向かっていました。部屋は広く作られており男性のいる机の目の前には応接間よろしく、長机とそれを挟むかのように大きめなソファーが二つ置かれています。俗に言う社長室のような所に男性はいました。
黒色のスーツに身を包み明るい青色系のネクタイをしています。男性の机の上には一台のパソコンが置かれています。それに向かって男性はしゃべりかけています。
「いかがでしたか?
『そうねぇ…少なくとも不満はないわ。むしろ好きよ、私は』
パソコンの画面には一人の女性が写っていました。長い金髪に紫色のドレスを着ています。
『エピオンのハイパーセンサを利用した索敵に、IS学園を封じつつ銀の福音との戦闘データを得るという電撃作戦の立案。更にその後の学園側の専用機持ちたちの戦闘の様子をも回収するという用意周到な事には、さすがと言った所かしら』
「それは何よりです。上層部の面々からもお墨付きをいただいたので自分自身の事ではないのですが、何だか鼻が高くなってしまいます」
目を細め、にこりと笑い嬉しそうに声を弾ませます。
『情報・戦闘・整備・戦略。それぞれの専門性を高めた集まりっていううたい文句の事だけはあるわ。先に私たちの所に来ていたフロストも…中々の整備の腕前ね』
女性は片手に電子端末を持ちながら答えます。
「おお、それは良かった。彼は近くにいると何かと便利ですからね。これからあなた方へ転属する彼らも使いがいのあるいい人たちですよ。あなたの所だとオータムが嬉しそうにしているのではないですかね。自分の顎を使えますから」
『それはどうかしら。彼女、これ以上子守をするのはこりごりって嘆いていたわ。扱うなら今いる問題児で充分だって』
「おっと、そういえば一人あなたの所へ癖の強い人が一人来ていましたね。まあ、その監視は彼らに任せれば良いでしょう。相手に手をかけさせるようには教え込んでいないので」
『そう…じゃあ好き勝手に指示を出しても構わないと言っておくわ』
「ええ、ぜひともよろしくお願いします」
『それにしても驚いたわ。まさか第二世代初期に開発された
「あれは私たちの全てが詰まっていますからね、驚いてもらったのであれば活躍のし甲斐があるってものですよ。まあ、相手が
『そうねぇ…色々と計画は練っているわ。銀の福音も気になるけれど。やっぱり白式よね。まさかあれも第二次移行をするとは思わなかったわ』
「ははは、私も同じです。早く新しい白式のデータが送られてくるのが待ち遠しいですよ」
『...時間ね。あなたからの協力には感謝するわ』
「ええ、これからもどうぞご贔屓に」
そう言うとクラウスは相手の女性との通信を切った。
全身の力を抜くように深呼吸をすると、椅子の背もたれに寄りかかる。
日差しを遮るブラインドから漏れる光が部屋へと降り注ぐ。部屋の明かりは灯されておらず彼の表情は作り出された陰によって見ることができなかった。
視線を机の右下に設置されている引き出しへと移す。手を伸ばし、二段目の引き出しを開けるとその中には一つの真新しい写真立てが入っていた。
写真は何かの集合写真のようでほぼ全員が白衣を着ており、皆肩に手を回している人もいればピシッと背筋を伸ばしている人などポーズは統一感のないものであった。だが、共通している所と言えば写真に写る人物は全員が笑顔になっていると言うことだろう。白い歯を見せ、顔が綻んでいるその姿はまるで童心に返っているかのように無邪気な笑顔を見せていた。
「これでいいのですよね、先生」
男は呟く。
「皆の思いを…願いをありったけ詰め込みました。だから…」
彼、クラウス・ハーゼンバインは写真を見つめながら言葉をもらした。優しく語りかけるように。