神様なんかいない世界で   作:元大盗賊

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第1話 夕暮れに染められて

 少女は無邪気さがふわりと散るような屈託のない笑みを浮かべていた。

 暗い部屋の中でスポットライトの当てられている部分を見つめながら、小柄な少女は歓声を上げ、ウサギのようにぴょんぴょんとその場で飛び跳ねる。その度に肩まで伸びたプラチナブロンドの髪やスカートが揺れ、光に反射している革靴からリズミカルな足音を部屋中に響かせていた。

 

「ねえ、おじさん!」

 

「ん、何かね」

 

 少女は後ろを振り向き、入口の分厚い扉に寄りかかっている男性へと声をかける。

 

「これが、本当に私のIS(アイエス)なの!?」

 

「ああ、もちろんだ」

 

 興奮気味にいつも以上に大声を出す少女を見て、男性は優しく答える。そして、男性はゆっくりと光に照らされているISを観察している少女へと近づく。

 

「そいつの名前はサンドロック。今の第二世代型ISが普及する前辺りに作られた、少し古いISだ。今ではマイナーな部類に入るのだが、このISは見ての通り全身装甲(フルスキン)タイプのISだよ」

 

 そのISは全身を覆う装甲を白く、そして胸や腰の部分には黒や黄色の塗装がされており、その姿はまるで鎧を着た人のような格好であった。

 またその顔は人の顔のように作られていた。二対の緑色に光る瞳や、鼻の位置に作られた排気口、そして赤く塗られた口部分。何より、額に付けられたV字アンテナがこのISをより顔へと印象づけていた。

 

「このサンドロックがきっと、クリスタの力になってくれるはずだ」

 

 男性はゆっくりとISを観察している少女の近くへとやってくる。

 

「もちろん、君の夢の手伝いもしてくれるよ」

 

「そうだね、私は___」

 

 

 

 

 

 

 

 私は目を開け、むくりと綺麗にベッドメイクされたベッドから体を起こして部屋全体を見渡す。本国から送られてきた自分の荷物には茜色の夕陽が差し込み、荷物から反射された光が瞳へと刺しこんだ。

 

 今いる場所を見て、あれが夢だったとすぐに覚醒して気づいた。

 あの時、叔父にISを見せられた光景が今でも目に浮かぶ。あれから数年は経つ。今でもあの気持ちは忘れられない。身体が熱く火照り、首回りが汗ばむ。思わず、肩まで伸びている髪をかきあげる。

 

 耳障りにならないくらいの音を立てる空調から、暖かな風が流れ込み、部屋を暖めていた。新品なというよりも消毒させられたような部屋の匂いには嫌悪は感じられず、むしろ新たな生活をしていく生徒に対して歓迎をしているようにも感じられた。

 最新のIHを組み込んだキッチンに、二人での共同生活をするには十分なほどの大容量の冷蔵庫、生徒なら誰しもが喜びそうな大きなクローゼット。他にも机やら大きなテレビやら、いろいろ設備はある。よくあるビジネスホテルや庶民派なホテルよりも、設備や部屋のつくりが豪華だろう。

 

 他国のお金で造られた部屋に感謝の意を持ちつつ、私は再びふかふかなベッドへと身を預けた。低反発のマットに羽毛がふんだんに詰め込まれた布団。ジムでトレーニングをした後にシャワーを浴びて、少しだけするお昼寝ほど幸せなものはないだろう。それに、大の字で寝そべり、この素晴らしいベッドを堪能している私の姿を見て、家の者たちは“はしたない”と問いただす者はここにはいない。なぜなら、私はここで自身のみで生活をしていくのだから。

 

「特殊国立高等学校なだけあって設備はきちんと完備しているし、ご飯もおいしいし、これこそ完璧って言われるべきだよねえ」

 

 光の灯されていない蛍光灯を眺めながら、今日の食堂での夕食は何にしようかと期待を膨らませる。

 

 

 

 

 

 

 ____おめでとう、クリスタ。さっき入学したって聞いてね。君ならできるって信じていたよ。

 

 

 

 

 

 

「素晴らしいね、IS学園って」

 

 

 

 

 IS学園。日本が運営する国立の高等教育機関であり、そして唯一認可の受けたISについて学ぶことができる教育機関でもある。

 

 インフィニット・ストラトス。世間一般では『IS(アイエス)』と縮められて認知されている。マルチフォームスーツと呼ばれる代物で自分の体に機械を身にまとわせる、前時代的な言い回しだとパワードスーツのような機械である。当初ISが初めて出現したころ、世間ではISはSFの世界から飛び出てきたような夢の機械やロボットとして羨望の眼差しで見られていたが、今ではすっかり『スポーツ競技』として定着していた。

 

 そのISの操縦技術などを学ぶことができるのが、ここIS学園である。

 今や全世界が注目しているISを唯一学ぶことができるだけあって、IS学園というのは言わずもがな、誰もが知る一番有名な学校になっている。

 

 ならば、世界中の受験者がIS学園に殺到してしまうのではないか、と思われがちである。しかし、実際の所IS学園は日本にある一校で十分らしい。なぜ、そうなるのか? その答えはISの性質がカギを握っている。

 

 そもそも、ISたちは操縦者として女性しか選ばない。なぜ女性に限定してあるのか、という疑問は、今現在でも解明されていない。これで、世界人口の半分の約35億人に絞られる。では女性ならば、誰もがISに乗ることができるのか、と言われれば答えはNOだ。ISに乗るためには、ISによって()()()()証である“IS適性”が高い女性にしか、操縦者となることが難しいと言われている。

 なぜそこまでISが選り好みするのか、という原因はISたちの性格だから、としか言えないらしく、何とも現実は残酷である。

 そのIS適性には段階的な区別が付けられており、選ばれたものの不完全にしか動かすことができないDランクから、どのISからも愛され、思うがまま使いこなすことができるSランクまで存在する。訓練等を積めば適性が上がるらしいものの、個人でISを持つ人なんているはずもない。それで、ほとんどの女性は適性がDで、操縦がままならないため、仮に入試の筆記試験の得点が良くても、IS適性によって不合格通知を受けることがよくあるそうだ。

 

 何が言いたいかと言うと、私はこのIS適性という天賦の才が与えられたことに、感謝しているということだ。こうして、日本へやってこれたのは、この幸運があってこそ。食堂で見ていたテレビでもやっていたように、噂の男性操縦者が入学するタイミングで入学出来たのも、縁に恵まれている他ない。

 

 

 

 こうして入学が決まり、IS学園にもいるという事でISを動かそうと考えていたものの、今は入学式前の3月。まだ()()という扱いにならないために、IS学園の一部の施設は使えない状態になっている。そのため、私の愛機で訓練をすることが出来ず、ここ一週間は唯一利用できるジムに通い、身体を動かす毎日を過ごしていた。

 だが、このままでは、私は日本でトレーニングをしに来ているようなものになってしまう。せっかく来ているのだから、日本文化を満喫したいところ。幸いにも人工島であるIS学園と本土とを結ぶモノレールが走っており、それに乗って日本を観光するのもいいと思う。特に日本には、美味しい食べ物があるので、それを入学式までに色々食べていきたいところである。

 

 

「さてっと」

 

 十分にベッドの寝心地を堪能した私は体を起こす。

 夕陽によって明るくなっていた部屋は、いつの間にか夕闇によって支配されていた。壁掛け時計はぼんやりと見え、正確な針の位置が私の目では確認できなかった。仕方なく、私は頭部に着けているゴーグル(私の愛機)に触れ、時間を確認する。

 すぐにハイパーセンサーが起動させ、デジタル時計を見る。時刻は16時を過ぎる頃で、食堂が利用できる時間帯までもう少しだ。

 

 食べ物の事を考えていたら、なおさらお腹が空いてきてしまった。これからご待望される食事達を想像しつつ、靴を履いていく。

 

 

 

 

 

 ____クリスタ、お前にはやってもらいたいことがある。君にしか出来ない事だ。

 

 

 

 

 

 靴を履き終わると同時に私はやるべき事があったことに気づき、手荷物を置いてあった机へと歩み寄る。

 

「危ない危ない。これを見ておかないとね」

 

 カバンの中にあるIS学園に関するパンフレットの中から私は、IS学園全体を簡易的に描いた地図を取り出した。

 

 

 

 

 

 ____お前には主にIS学園にあるという地下施設への入口とその中を調べてもらう。そして、専用機たちのデータもついでにな。

 

 

 ____全ては、お前の()のためだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドイツにあるフォルテシモ社の所長室には、二人の男性がいた。一人は、青いつなぎ服に同じ色の帽子を深々と頭に被る若い男で、大きなソファーに座っています。その座り方は、とても行儀の良い座り方とは言えず、足を組み、我が物顔でソファーを占有しています。

 もう一人の男性は、大きなデスクの端に寄りかかるように立っています。きちっとしたスーツに身を包む壮年の男で、男の右手には、紅茶の入ったカップを持っています。

 

「クリスタ・ハーゼンバイン。ねぇ……」

 

 若い男は、手にあるタブレット端末を読みつつ、やる気のなさそうに呟いた。

 

「IS適性はA-。ドイツ代表候補生の選考に通るものの、結果としては選ばれず落選。しかし、候補生として選考に通るほどの有り余る才能に目を付けたフォルテシモ社の研究所所長であるクラウス・ハーゼンバインが彼女を起用。データ収集用に改修されたIS『サンドロック』のテストパイロットに任命……」

 

 若い男は大きなため息をこぼす。その表情は、納得のしていない不機嫌な表情をしています。

 

「こんなの、姪っ子ちゃんが贔屓されているようにしか見えないんですけど。そこんとこどうなんですか()()()()?」

 

 男の視線の先には、大きなデスクの端に寄りかかるように立っているスーツ姿の壮年の男がいた。

 

「私の部屋に勝手に上がり込んで、私の紅茶を飲みに来たかと思ったら、その事か。彼女がテストパイロットをしている事が不満かい? 君はあのサンドロックの動きを見ていたと思うけどね」

 

 クラウスは湯気立つ紅茶を一口飲むと、優しく問いかけた。

 

「ええ、よーく見えていましたとも。前に行った評価実験のことでしょ? 例のレーゲン型に使う装備をさせた黒うさぎ隊の打鉄を相手に、圧倒したっていう。ただ、それが俺にはよく分からねえんだよな。だって、テストパイロットになった初期のデータじゃIS適性はC+。よくいる平凡な能力。しかし今となっては、今や代表候補並の実力。()()IS操縦者研究を行っていた知識のあるあんたが調整を行ったとはいえ、このISとだけ適性値が最高ランクを叩き出すなんて異様ですよ異様。全く何なんですか、この子は」

 

 若い男は手に持っている端末へと視線を落とす。

 画面には、ISの横に並んで立っている少女の写真が映されていた。肩まで伸びたプラチナブロンドに、笑顔が似合う可愛らしい操縦者を若い男は睨むように見つめる。

 テストパイロットに任命され、一か月足らずで異様な適性を叩きだす所以外を除けば、少し貧相な体つきの何処にでもいる有り触れた人物だった。

 

「彼女は私の自慢の娘みたいなものだよ。それにあのISは、彼女のためにあるようなものだ。考えうる中での最高の人選じゃないか」

 

「あー、はいはい。さいですね。全くこれだから子煩悩は……」

 

 散々聞かされた答えに嫌気が刺した若い男は、ソファーの近くにあるテーブルに端末を放り投げる。その様子を見て壮年男はにっこりと微笑んで紅茶を飲み始めた。

 

「んで、本当に亡国機業に有益な情報を引き出すのか? あんたの娘は。いくらIS適性が最高でも、単なるテストパイロットでしょ?」

 

「大丈夫、きちんと()()は済ませているんだ。君の考える以上に十分な働きをしてくれるよ。吉報を待っているといい」

 

「吉報ねぇ……。一体何を思えば目の中に入れても痛くない姪っこを諜報員に出来るんだか。ホントあんたの考えることは理解出来ないわ」

 

 左目に白い眼帯を付けている男の言葉に壮年の男は答えます。

 

 

 

「これも()のためなんだ。仕方のない事だろう?」

 




ストックは無いもので、各話更新につきましてはほぼ不定期になります。





8/15 結構加筆・修正を加えました!

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