神様なんかいない世界で   作:元大盗賊

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どうやら、ISの最新刊が出るそうですね!
楽しみ!







第18話 誰が為の福音

「おや?今日も来られたのですね」

 

 

 

 そこは、とても輝かしい場所だった。

 

 辺りを見回すと私は教室にいた。

 

 正面には教壇と机が置かれており、黒い神父服を着ている妙齢の男性が片手に本を持ち教壇の上で佇んでいた。顔にはしわが深く彫られ、髪の毛や眉毛には白髪が所々見える。彼のいる位置はよく先生が授業をしている位置だ。周りは綺麗に縦横が並べられている机と椅子がある、見慣れた光景だった。

 左にあるガラス窓一面は神々しく夕日に染まっていた。私の左半身も夕日に染まる程の、あまりに強い光は部屋全体が黄昏色に照らされ、外の様子を見ることさえ困難なほどだ。

 右を見ると扉の開かれた先にいつもの廊下が見えた。廊下も黄昏に染まっておりこの時、ここには私以外はいないのだと不思議と分かった。

 

「熱心ですね。神は常に我らの近くにおられます」

 

 私はIS学園の教室の中心に立っていた。心には悩みも迷いも何もなく、ただただ暖かな気持ちで満たされていた。

 正面にいる男性に視線を向けると、男性はにっこりと微笑みかけていた。

 

「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあった。すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。光は闇の中に輝いている。そして、闇はこれに勝たなかった…」

 

 子供へ聞かしつけるように、優しくそしてゆっくりと男性は読んでいく。それはとても大きな声で。

 手に持つ本を朗読し終えた男性は本を閉じ、私へ視線を向ける。

 

「あなたのこれまでいただいた恵みの為に、神に感謝をいたしましょう。大丈夫です。神は常に我らと共にいます。さあ、祈りをささげましょう。あなたの心に安らぎを見出すでしょう」

 

 男性は手に持っていた本を机に置くと胸のあたりで両手を組み、祈りをささげた。

 

 私もそれに倣って、目を閉じた。

 

 

 

「あなたも神を信じ、その与えられた恵みに感謝をしていれば、神はあなたに寵愛を与えてくれるでしょう。大丈夫です。神は信じる方の幸せを願っているのですよ。だから、願うのです。×××××」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開けると私は教室にいた。

 

 先程と変わらない光景であった。夕日に照らされ、部屋全体が明るくなっており、それが作り出す影もなお、黒く全てを飲み込むような闇であった。ただ唯一違う所と言えば、目の前にいる人物であった。

 

 黒い修道服を着て、頭に頭巾をかぶっている恰幅の良いシスターがそこにはいた。顔にしわがあることから、歳はとっているとわかった。手には何も持っておらず両手を机の上に置いていた。

 

「結局はね、自分の実力が一番信じられるのさ」

 

 女性は言った。

 

「何かにすがって助けを求めるようじゃ、人間やめちまった方がいいよ。そんなことしている暇があったら、自分で力を付ければいいじゃない」

 

 まるで演説をするかのような手振りと力強い声だった。私はただ教室の中央に立ち女性を見つめていた。

 

「自分で考えて理解し、そして論理に基づいて行動できるのが人間に与えられた特権さ。それをみすみす捨てるなんて、馬鹿がやることだよ」

 

 空調の音も、足音も、外から聞こえてくるはずの音も、何も聞こえてこなかった。私の耳に入ってくるのは、目の前にいる女性の声だけだった。

 

「神頼みなんてしていないで、己の精神と肉体を鍛えられたらいいじゃないか。運も実力のうち。それは結局、自分の力だったっていう事さ」

 

 女性は教壇から降りると、私のいる所へ真っ直ぐに近づいてきた。目の前に並んでいたはずの机や椅子たちは女性が私の所へ不自由なく歩くことが出来るように、音もたてずに自ら左右に動いて道を作る。

 

「誰かに頼み込んで変わることなんて、そんな事できるわけないのさ。自分を変えられるのは自分だけ。己の意志を持って、高い志を持つことによって初めて人は変わっていくことが出来るのさ」

 

 気がつくと女性は私の目の前まで来ていた。

 女性の目は青く、その瞳には私の顔がはっきりと写し出されていた。

 

「だからね」

 

 女性は右腕をおおきく振りかぶる。

 

「お前もだよ、×××××!」

 

 表情も変えず、口調も変えず、女性はその大きくなった握り拳を私の顔面に殴りつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がつくと私は教室にいた。

 

 

 

 誰もいない教室。綺麗に整頓された机と椅子。左側から差し込む夕日に懐かしさを感じる。ただ唯一違う所と言えば、目の前にいる人だけだ。

 

 黒い神父服を着ているのは、人とは呼べないものであった。

 服の袖から見える肌は黒色がかって見える深緑であった。さらに所々、ごつごつとしたコブがある。その頬骨が出っ張っている顔も黒色がかった深緑色をしており耳は先の尖り、おでこには左右に一対の角が生えていた。口からは牙も生え、さながら”人”と呼ぶには似つかわしくないものだった。

 そして、その”人ではないもの”は輝きのない黄色い目で私の事をじっと見つめていた。それは、どこか悲しそうな、いや私の事を可哀想とでも思っているような感情が感じられた。

 

 しばらくの間、無言の時間が続いた後。

 

 それはふと左手を私に向けて指差した。何事か、と思いその怪物を見ているとどうやら私の後ろに指を指していることが分かった。

 感情的に、いや何も考えずに本能的に私は後ろを振り返った。

 

 

 

 

 そこには夕日に照らされ、鎖に繋がれている人がいた。

 

 その人物は両手足を天井と床に繋がれ宙吊りになっていた。ただ、足元の鎖はたるんでいるため、私と同じ身長の高さぐらいの高さで前のめりになっていた。

 

 囚人服のような服。

 頭からかぶるようにすっぽりと体全体を覆うように作られた貧相な布の服を着ており、黒髪は自身の背の丈ほどに長く、だらんとうつむき前髪によって隠れているため顔を確認することが出来なかった。

 

 その傍らには一人の女性が吊るされている人を見ていた。

 頭にはバニーガールよろしく、ウサ耳を付けており髪は肩先まで伸ばされ紫がかった赤い色をしていた。そして、フリルの付いた鮮やかな水色のワンピースを着ていた。

 

 私が振り向いたことが分かったのか、その女性は私の方へ振り替える。前髪によって表情は確認できなかったものの、その口はピエロのように顔いっぱいまで広げて狡猾な笑いをしていた。

 

 私は視線を吊るされた人へ移した。

 

「あなたは誰?」

 

 私は吊るされた人へ問いかけた。

 なぜこのようなこと言ったか私にはわからなかった。ただ、聞かなければいけない。そう思ったのだろう。

 

 吊るされた人は、私の声に反応をした。

 じゃらじゃらと鎖同士がぶつかる音が聞こえ、髪が揺れる。そして、口を開いた。

 

 

 

 

 

「私は……お前だ」

 

 それは地の底から響くような、低い声であった。

 

 吊るされた人は顔を上げ、私を見上げる。その時初めてその人の顔が分かった。

 

 その顔は、わたしにほぼそっくりであった。口、鼻の形、肌の色。あまりにも似ていたため私は底知れぬ恐怖を感じる。ただ、一つだけ違う所がその人物にはあった。

 

 

 

 目だ。

 

 右目は、瞳の全てを黒く染め白目の部分は全くなかった。

 左目は、それはそれは綺麗な金色であった。瞳の全体が夕日に負けないほどの明るい金色をしていたのだ。

 私の目にはその人物の目だけが写っていた。

 

「あなたこそ、誰なの?」

 

 その人物は笑い、笑い、笑い続けた。

 

 笑うたびに鳴り響く鎖の音が耳に入ってきた。

 

「私は……」

 

 私はその答えにたどり着くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自然物に囲まれた中に、一台の大型トラックが止められていました。トラックの近くにはタイヤ跡によって作られた道があり、その人工的に作られた道から外れた草むらの上に止めてあります。トラックよりも大きな木々が周りには生い茂り、地面にはくるぶし程まで生えている雑草が風に吹かれて、音を立てます。どこか遠くから車が走り去る音や、岩肌に何度もぶつかる波の音が聞こえてきました。

 コンテナの表面部分には文字や絵は書かれておらず、シンプルな銀色をしています。そして、その中には三人の若い男がいました。

 

 

 

 閉め切られたトラックのコンテナ内には照明が灯されていませんでした。コンテナの壁に映し出されている一つの空中投影ディスプレイとその真下の長いテーブルにあるコンピュータから発せられる光のみがコンテナ内にはありました。数々の機械が置かれる中、テーブルの脇には簡易的な空中投影ディスプレイ発生装置が置かれており、備え付けられているファンが忙しそうに音を立てています。

 

「索敵結果、送られてきました」

 

 テーブルにある一つのコンピュータの正面に一人の男性が座っていました。褐色の肌とソフトモヒカンにしている黒髪が特徴的でした。

 

「画面切り替わります」

 

 モヒカン男がそう言うと、壁に映し出されていた何かのISスペックデータの画面が海と陸地が描かれている地図に切り替わりました。

 

「現在発見できているISは全部で8機。いずれも第二世代ISラファール・リヴァイヴです。それらは、弧を描くように空域で待機をしているとのことです」

 

 ディスプレイに映されている地図には、ISがいると思われる位置に、四角いマークが打たれていました。

 

 モヒカン男の後ろには、二人の男性がいました。

 

「なるほど、銀の福音の移動予測と照らし合わせてみてください」

 

 茶髪を七三分けにしている眼鏡をかけた男性がモヒカン男に指示を出します。

 

「了解です…」

 

 モヒカン男は目の前に置かれているキーボードに何かを打ち込みます。数秒後、ディスプレイには、『Silver』と書かれた丸いマークが後ろに線を伴いながら地図上を横断する様子が追加されました。

 

「陸地じゃなくて海で決着をつけようって所かな。まあ、後だいたい35分後には福音ちゃんが来るわけだし、空域と海域の閉鎖をして作戦区域の確保はするわなー」

 

 後ろに立っていたもう一人の男性が腕を組み、呟きます。

 逆立てた金髪に髪をまとめる深い緑色のヘアバンド、そして左眼にしている白色の眼帯が特徴的でした。

 

「んで、学園側の動きって情報きているか?」

 

「はい、先程緊急暗号通信が送られてきています。『雪片が討ちに行く』と」

 

「例の零落白夜で一網打尽ってか。ま、IS学園の近くを通過するわけだし学園が動くことも()()()()だな。ホント、うちの姉様には頭が上がらないぜ。どっからこんなことを聞き出してくるのか…」

 

 金髪の男は、どこか呆れた表情をしてぼやく。

 

「となると、こちらは一旦待機をしていた方がよさそうですね。三つ巴になられたら困ります。自ら手の内を明かす必要もないですし」

 

 眼鏡の男は金髪の男を無視して話を進めます。金髪の男は特段無視された事を気にしているという表情は見られません。

 

「んなこと言ってもよ、相手は軍人だぜ?勉強したてのひよっこが軍人様に勝てるわけないだろう?うちの()()()も現場に行かせた方がいいんじゃね?」

 

「もちろん、戦闘区域内で待機させるつもりだ。他に情報は?」

 

「いえ、これだけです」

 

「マジかよ、もうちょい情報が欲しかったなー。さすがに白式オンリーで挑むわけじゃあるまいし、音速下で日本横断の旅をしようとしている福音ちゃんに近づこうとしたらその分エネルギー使っちゃうじゃん?運び役とか、護衛役とかみたいに別のISもいると思うけどな、俺は」

 

「確かにそうですね。白式以外にもISは付くでしょう。それに学園側も二の次の作戦だって用意しているはずです。日本を横断させる前に、食い止めてくるでしょう。ですが、白式たち先遣隊がダメになった時に、すぐ次の作戦へと移るとは思いません。白式の作戦失敗後に向かわせるのが得策ですかね」

 

「オッケー、グラッシーズ。それで行くか。うちらの目的はあくまで強奪とかいう超絶ハードな任務じゃないしな。稼働時間も限られているしこれで行くしかないか。…でもよぉ、俺たちがあーだこーだ考えても結局判断をゼロに委ねるんだろ?」

 

 金髪の男は腕を首の後ろに組み、つまらなそうな顔をして壁に寄りかかります。

 

「まあ、そうなるな。ゼロにこれらの情報を伝えておいてくれ」

 

「了解しました」

 

 眼鏡の男は、モヒカン男に指示を出します。彼はヘッドホンを付け、誰かと通信をします。

 

「ゼロはこうでもしないと勝手に動くからな。こちらからある程度指示を出しておかねばなるまい」

 

「まあ、そうだよな…。従順なのはいいけど、解決手段を顧みずに好き勝手に選ぶのをどうにかしてほしいのだけれどな…」

 

「そう言うな。それがあれの良いところでもあるし悪いところでもある。これからの成長のしがいがあっていいじゃないか」

 

 金髪の男は横に立っている眼鏡の男の言った言葉に驚き目を白黒にさせます。

 

「うげ、お前クラウスと同じこと言っているのかよ。気持ち悪っ!」

 

「なんだ?どこかおかしいか?」

 

「あーそっか、お前あいつとよく一緒に動くし感染するのも仕方ないか。うんうん。俺は全くあいつに共感できないけどな。それよりも聞いてくれよ!この前オータム様に会ったときの話なんだけど…」

 

「ああ、振られたんだろう?そろそろ諦めたらどうだ?あの方には既に…」

 

「うるせぇ!俺はまだ諦めてないやい!まだ俺にだって可能性はあるんじゃい!」

 

 金髪の男は右目をごしごしとこすり、泣いたフリをしていた。

 

「ゼロへ伝えました。これから演算を始めるそうです」

 

「ああ、そうか。すぐに終わるだろう。それまで俺たちはここで待機だ」

 

 いつの間にか元に戻っていた金髪男はそれを聞き、にやりと笑います。

 

「おし、じゃあ後は任せておくか!戦果を楽しみにしているぜ、勝利の女神さんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だこのスピード…。すげぇよ紅椿…」

 

 俺は今、超音速を体全体で感じていた。あまりにも紅椿のスピードが速いために思わず、箒の背中に背負われている俺の体が持っていかれそうなほどにだ。

 

 

 

 作戦会議中に現れた闖入者こと束さん。そこでは、急遽束さんによる紅椿についてのプレゼンが始まったのである。

『展開装甲』とかいう第四世代ISの特徴を持っている箒の紅椿はその特徴により準備までに時間がかからないという理由もあってか千冬姉は、福音の輸送役兼目標の撃破役として箒を指名した。

 

 出撃の際に俺は千冬姉から、箒のサポートをするように頼まれた。専用機を持ったからか、彼女は少々浮かれているような印象を俺に与えていた。よくあいつといるからすぐにわかった。あんなにも楽しそうに話す箒を見るのは久々かもしれない。

 

「暫時衛星リンク確立…情報照合完了。目標の現在位置を確認。…一夏、一気に行くぞ!」

 

「お、おう!」

 

 背中を見せている箒は、そう告げると紅椿の脚部と背部装甲がぱかっと開き中から赤く光る結晶のような物体を見せると発進した時以上の速さで加速し始めた。

 それからすぐして、俺たちの目標がハイパーセンサで確認できるほどまでに近づいた。

 

「見えたぞ一夏!」

 

「あれが銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)か…」

 

 俺はハイパーセンサを使い、福音を捕捉しながら作戦中に配られた福音のスペックデータを眺める。

 福音は銀の福音(その名前)にふさわしく全身が銀色にコーティングされていた。そしてこいつのもう一つの特徴が頭部から生えている一対の巨大な翼だ。大型スラスターと広域射撃武器を融合させている開発中のシステムで、これがこいつの売りであるそうだ。音速を叩き出すスラスター、そして36門から放たれる爆発性のあるエネルギー弾は普通のエネルギー弾とは勝手が違うから注意をしろとラウラからは念を押された。

 

「加速するぞ!目標に接近するのは十数秒後だ」

 

 ハイパーセンサ無しでも目視できるようになってきた。

 俺は箒の背中で半立ちの体勢になり、零落白夜を起動させる。

 

 優雅に海上を飛ぶ福音の真後ろにつけ、急速接近する。

 

 いける!

 

 後は目と鼻の先という距離まで縮こまる。

 やつの背中を袈裟切りしようとした時だった。

 

 福音は飛行中ながらも、体を反転させ後退しながら急速上昇をした。躱された。

 

 やつにはバレていたか。だが、もう一撃。

 

「箒!このまま押し切る!」

 

 そのままの勢いで俺たちは福音の後を追う。いとも簡単に互いの距離は縮まり、もう一度袈裟斬りを放つ。

 

 だが、やつは体をくるりと一回転させ、避けた。

 

「躱した!?」

 

 意図も容易く躱したやつは再び俺たちに背中を見せると、先程とは比べ物にならないほどの速さで俺たちから距離を置こうと逃げ出した。

 

 再び追跡をするも、あまりにも基本的な機動性が違い過ぎて紅椿でさえも追いかけるのでやっとであった。

 

 しばらく追いかけていると、やつは体を反転させこちらへ体を向ける。

 すると、羽をいっぱいに広げこちらへ砲口を覗かせる。次の瞬間、そこからいくつものエネルギー弾が発射された。

 

 俺と箒はその光弾たちから避けるために、二手に分かれる。

 追尾性を有するそれは逃げても逃げても俺の事を追ってくる。すると、その光弾は追尾の途中で大きな音を立てて爆ぜた。

 爆風で思わず体がひるみ、その隙をついて他の光弾も次々と俺に襲い掛かってきた。

 

 シールドエネルギーが削られてしまったが、ここで怯むわけにはいかない。一撃で仕留めるという戦術が失敗してしまった以上は、箒と二人で何としてもこいつを止めないといけない。

 雪片Ⅱ型を再び構える。

 

「箒!左右から同時に攻めるぞ!左は頼んだ!」

 

「了解した!」

 

 俺はやつに近づきながら箒に指示する。

 箒も刀を構えて、やつへ近づいて行った。

 

 福音は勢いを衰えさせないようにしながら、体をこちらへ向け光弾を発射させる。

 

 先程のように、紅椿による接近ではないため俺はやつが放つ光弾を切り捨てながら追いかけることだけで精一杯であった。

 

 間合いが取れない。思わず雪片Ⅱ型を握る力を強くなる。

 

「一夏!私が動きを止める!」

 

「わかった!」

 

 箒はそう言うと、刀を構えて全身の展開装甲が開き福音へ近づく。

 箒の斬撃を福音は意図も容易く当たるギリギリの所で体をひねって対処をする。

 だが、彼女の武器はそれだけではない。

 

 距離を離した福音に対し、彼女は何もない空間に刀を斬る。

 すると、振るった周囲から紅いエネルギーが生み出され、福音めがけて飛んでいく。

 彼女が舞うたびに帯状の紅い光弾が、拡散された紅い光弾が横に、縦に、あるいは斜めになって福音へと襲い掛かる。

 

 箒の対処をするために俺に対しての攻撃の手が少し緩まっていった。

 

 相手は1人なのだ。

 

 数ではこちらが有利。前の学年別トーナメントの時だってそうだ。ラウラの個人の力は強くても、俺とシャルが作戦を練り、力を合わせることによって勝利することが出来たのだ。今回だって…!

 

 迫りくる光弾の雨が弱くなったところを感じた俺は、福音へとさらに近づいて行った。

 

 

 

 

 

 福音がひるんだところを私は見逃さなかった。

 

 空裂(からわれ)雨月(あまづき)から放たれた紅い光弾を受け、体勢が崩れた福音へ一気に加速。

 両刀で叩きつけた。

 

 やつは腕を犠牲にすることで衝撃を和らげようとする。だが、私の狙いはこれだ。

 

「一夏!今だ!」

 

「おう!」

 

 一夏が零落白夜を展開させ、こちらへ近づいてくる。

 

 零落白夜さえ、こいつへ叩きこむことが出来れば私たちの勝利の道は目に見えてくる。これで、私も見守っているだけの存在ではなくなるのだ。これほどうれしく思うことはない。

 

 だが、この勝利の方程式はすぐに音もたてずに崩れ去ってしまう。

 

 なぜならあいつは、一夏は福音を押さえつけている私の横を通り過ぎていったのだ。

 

「一夏!?」

 

 私は一夏の方を向き、一喝する。

 

 なぜ福音へ攻撃しない!?絶好のチャンスだというのに!?

 

 

 

 気の緩んだ所を、福音は見逃さなかった。

 威力を弱めた弾丸を私に撃ち放ち、ひるんだところをサマーソルトで追撃してきた。

 互いの距離が開いたことにより、今度は通常の爆発弾を私へ撃ち始めた。

 

 攻撃を受けるわけにもいかないため、回避運動をとる。

 私の頭の中では次の手立てよりも一夏の行動への怒りでいっぱいであった。すぐさま一夏へ通信を入れる。

 

「何をしている!せっかくのチャンスに…」

 

「船がいるんだ!海上は先生たちが封鎖したはずなのに」

 

「船!?」

 

 ハイパーセンサで確認をすると、一夏の背後の海上には国籍不明の一隻の小型船舶が漂っていた。拡大されて表示される画面には何名かの船員がこちらの戦闘を見ているのが見える。

 

「密漁船みたいだ!」

 

「密漁船!?この非常事態に…」

 

 ふとハイパーセンサから警告音が鳴る。

 

 福音の攻撃を後方へ移動することで躱した。

 船がいるからと言って、私たちの作戦を疎かにする理由にはならない。既に先生方が空域及び海域の封鎖をしているはずだ。それを無視して入り込むというのは__警告を無視するただの命知らずだ。

 そんなやつらのために、福音の暴走阻止をやめるという事は先生やみんなの期待を裏切ることになる。

 

「無法者などかばうな…!」

 

「見殺しにはできない!」

 

 馬鹿者(一夏)はまだ負けじと福音の攻撃から船を守るように動き、船の警護に当たっている。

 私は空裂と雨月を振るい、エネルギー弾を撃ちながら、一夏へ叱りつける。

 

「一夏!今は作戦中だぞ!こいつを止めるのではなく、どこぞの船を守りにここへ来たのか、お前は!」

 

 一夏のシールドエネルギーは船を守るためにみるみるうちに減っていき、それは遂に風前の灯火と化した。

 

 これ以上は危ないと思い私は一夏の前に行き、福音の攻撃から彼をかばった。

 

「犯罪者などをかばって…そんなやつらは放って…!」

 

 なぜそこまでして守ろうとするのだ。こいつは…!

 

「箒!」

 

 一夏が私へ大声で叫ぶ。

 すると…

 

 

 

 

 

 すると、私は気がつくと不思議な空間に身を置いていた。まるで、そこは宇宙のように果てしなく、そして暗い場所であった。

 私の周りを緑や青といった光が行きかい、0と1がうごめき合い群れをなして形を変えていっていた。

 

 先程まで私は太平洋上で、福音と争っていた。そして……

 

「箒、そんな…そんな寂しいことは言うな…」

 

 ふと聞き覚えのある声が私の耳へ入ってくる。優しく、そして温かい声…一夏の声だ。

 正面を見据えると、一夏がそこにはいた。

 

「力を手にしたら、弱いやつのことが見えなくなるなんて…どうしたんだ よ、箒。らしくない。全然らしくないぜ」

 

 力…弱いものを…

 

 一夏から言われた言葉からまるで走馬灯のように私の記憶がよみがえってくる。

 

 

 

 

 私はただ見ているだけであった。一夏と鈴が謎のISに襲われた時も、ラウラが暴走した時も、一夏の力にはなれなかった。ただ…安全な場所で勝利を願うだけであった。

 

 だから私は…姉さんへ電話したんだ。『私のため専用機を作ってください』と。一夏のそばにいるために。

 だが、思い返してみれば私はただ手に入れた力を我儘に振っているではないか。そう、まるでラウラがVTシステムという力に溺れるように。そして、中学での剣道の全国大会決勝の時のように。弱いものを痛めつけていた時のように。

 

 一夏のためにと願っていたはずだったのに気が付いてみれば、ISという姉さんが作り出した『力』に私は自惚れ、ただその強靭な強さを振るっていただけであった。いや、私はこの力を振るっているのではなく、()()()()()()のかもしれない。結局、私は変わっていなかったのだ。力を制御できずに自分や周りを見失ってしまったあの時から。

 

 

 一夏ではなく、一夏の力になろうとしていた私が”馬鹿者”だったのだ。()()()()()()ではなかった。()()()()の力になっていたのだ…。

 

 

 情けない。本当に情けない。結局私はあれから一歩も成長していないのだ。

 気が付くと、私の頬を冷たい何かが伝わっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間に合ってくれぇ!」

 

 一夏の声に私は我に返る。ハイパーセンサからの警告文に驚愕するがそれは既に遅かった。

 

 ぼうっとしていた私へ福音は全ての砲口からエネルギー弾を撃ち放っていた。

 それを一夏は、かばったのだ。

 

「一夏!!」

 

 爆風に巻き込まれる彼を私は受け止める。私にできるせめての…償いであった。

 

 

 

 

 

 爆発の衝撃で私たちは制御不能に陥り、そのまま海中へ叩きつけられた。白式のシールドエネルギーが尽きたのか、ISが強制解除させられる。私はとにかく、一夏を守るために海上へ浮上した。一夏の呼吸を確保するために浮かび上がると、ハイパーセンサからロックオンされているという警告表示がされる。

 

 私の所へ近づいてくるISをただ、見つめることしかできなかった。夢であってほしい。そう思い目を閉じた。

 

 

 

 

 

 一向に私への攻撃がされなかった。警告音もなく耳に残っていた爆発音も聞こえなかった。ただ、耳には海から()()()()()()()()()が聞こえてきた。

 

 目を開けると、福音は何かと衝突し、私から遠ざかっていった。

 

 

 それは赤黒いISだった。

 

 背中には全身ほどの大きさのある、まるで竜の鱗のように厚い装甲が重なっている二対の赤い翼のようなものがあった。

 

 左腕にはだらんと、それはまるで竜の尾であるかのようにいくつも重ねられた黒い鱗のようなものが垂れ下がる。

 

 右腕にはこれまた胴体ほどはある緑色に光る剣を持っていた。

 

 

 

 その全身装甲(フルスキン)の赤黒いISは胸に怪しく光る緑色の結晶が埋め込まれ、頭部にはV字アンテナが装飾されていた。

 

 見たこともないISであった。だが、私には不思議とそのISが綺麗であると思ってしまった。

 

 

 

 

 


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