神様なんかいない世界で   作:元大盗賊

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アニメ一期9話のシャルルの「いい↑の↓かなぁ↑」が可愛いかった(小並感)







第16話 揺れ動く砂浜

 

 私はまだ海を知らない。

 

 

 

 

 

 ドイツは二つの海__”北海”と”バルト海”に面しており、どちらにもビーチやリゾートは存在する。だが、私は海に近いところに住んでいなかったためそこを通り過ぎることはあっても浜辺に行って遊んだりすることは不思議としようとは思わなかった。特に関心がなかったためか家族水入らずで海に行く…なんてことはまずしなかった。もちろん、その関心がない中にも私はいる。水と戯れるといったら友達とプールに行ったぐらいだろうか。とにかくその程度であった。

 

 

 

 

 今回行われる3日間の臨海学校の主題としては、ISの非限定空間における稼働試験であるそうだ。ISの試験といえば精々IS学園にあるようなアリーナの施設、もとい人工物の中での試験がほとんどである。そこで、そのような人工物ではない場所での試験を行うということが今回の大きな目的である。そして、私たちは花月荘という旅館を貸し切りにし旅館の土地である開けた浜辺で新武装の試験を行い実験・評価をしていく。

 

 …のだが、これはほとんど専用機持ちにしか該当しないためその他生徒たちは訓練機に使われる武装の稼働練習を行っていく。と言いつつも、専用機を持たないその他生徒にとってみればそんな事はどうでもよいらしく、彼女たちの本来の目的と化しているものは…初日に行える海水浴だ。

 

 

 

「ねぇねぇ見て!海だー!!」

「おー海だ海だ!!」

 

 

 

 今の状況を日本の有名な文学作品の文を用いて表現するならまさにこうだろう。

『長いトンネルを抜けると海であった』と。

 

 

 

 かなり長い間走っていた、暗く不気味に橙色に光り轟々しくタイヤの回転音が響くトンネル内を抜けた先には太平洋が広がっていた。バスの中では二組の面々がガラス越しに見える太陽の光に反射し、穏やかに波打つ海面に声を上げていた。中には、海をバックに記念撮影または自撮りをする人もいた。

 IS学園は人工島である故に太平洋に囲まれており、今となっては海というものには見慣れてしまっている。もちろん、初めてIS学園へ来た時にはしょっぱい香りのする海風やうねる波を見たときには、思わず海を数分程ただじっと見てしまうほどの感動を覚えた。

 さて、海を見て興奮している二組メンバーだがバスに乗る前の早朝には、IS学園と本土を結ぶモノレールに乗る時にもバッチリ海を見ていたはずである。何とも不思議なものだと思った。

 

 しかしそれはそれ。これはこれ。せっかくの外泊なのだからこういうものは雰囲気を楽しむものだよ、と玲菜に言われ私は納得した。よくよく考えてみればいつも見慣れているよくしけり底の見えないほど青々とした海と、光陽に照らされた淡い水色とも言える薄い色のした穏やかな海。どちらも海という一つの括りにまとめられるが、人が海で泳いだりして海を楽しむとなれば同一視をすることは出来ないだろう。二組の皆が海を見て興奮している中、私も彼女たちのように写真を撮っていった。

 

 

 

 移動日初日の今日は夕食時まで自由行動となっている。部屋に荷物を置いて散歩をするもよし、昼寝をするもよし。だが、ほとんどはそのような事をするは思ってはいないだろう。近くの海水浴場までも所有する旅館だ。海に行く他はなかろう。これから海に行けるという事で、海の感想から海水浴の話へと移りわいわいと会話が弾んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クリスター遅かったじゃない。どうしたのさー。もうみんな泳いだりしているよー」

 

 太陽の光よって熱された砂浜へ到着すると、白と水色の水着姿に変わっている玲菜がこちらへ手を振る。

 

「ちょっと旅館から海水浴場までの道を間違えてしまったみたいで…」

 

「ありゃ。クリスタが迷子になるなんて珍しいね。ま、無事に着いたってことで私たちも行きますか!」

 

 玲菜はニコッと自前のカメラを片手に笑う。

 

「ええ、仕事を始めましょう」

 

 私は着ている濃いネイビー系のラッシュガードの上から『撮影中』というタグをぶら下げ、玲菜とともに海を満喫している生徒たちの所へ歩いて行った。

 

 

 

 新聞部の活動の一環として卒業アルバムのために使う写真の撮影がある。勿論、今回の臨海学校でもそうだ。特にノルマは与えられていないが、各4クラス隔たりなく写真を撮るように黛さんから指示された。そのため玲菜と一緒に行動を共にするわけにもいかないので、彼女には知り合いがいるためメンバーを把握している三、四組の方々を主に担当することにした。2日目はISの試験稼働を行うので、写真撮影など言語道断。今回の場合は初日にあらかたの写真を撮ることにした。

 

『あれだよねー二人だと結構ハードじゃない?だから私も一緒に行…』

 

『いえ、二人で大丈夫ですよ。黛さんは自分の仕事に専念してください』

 

『そうですよ先輩!私たちだってそれなりに力は付けているので、私たちの事は任せてください!』

 

『そ、そっか…じゃあ頑張ってね……』

 

 黛さんにも助力してもらうという手立てもあったが、わざわざ先輩に来てもらうのも良くないと思ったので、丁重にお断りを申し出した。

 

 

 

 

 さて、海ではそれぞれが思い描く海の楽しみ方をしていた。自前で持ってきたのであろうビーチパラソルとシートを用意し日光浴を楽しむ者、海に飛び込み泳ぐ者、可愛らしい動物を模した浮き輪に身を任せている者、ビーチバレーの準備をしている者、砂浜を引きずられている者。それぞれであった。撮影中というタグを首からぶら下げているという事もあり、カメラに気づいた生徒たちが私の方へ顔を向けてくれる。そうして、彼女たちの様子を撮影していった。

 

「ってちょっと!クリスタ!見ていないで助けてよ!」

 

 私の横を通り過ぎ去ろうとしていた引きずられし者()が叫ぶ。

 

「あら、クリスタさん御機嫌よう。鈴さんはご覧の通り怪我をされていらっしゃいますわ。ですので、すぐさま旅館に連れて行かないといけませんので立ち話はこの辺りで」

 

「は、はあ」

 

「さあ鷹月さん、参りましょう」

 

「だから私は一夏に…!一夏!!助けてぇ!!」

 

 早口で私に状況を伝えてもらうと、彼女はそそくさと旅館のある方向へと引きずって行った。終始鈴は、足をじたばたさせて抵抗をしていたようであったががっちりと両脇を抑えられているため身動きがとれず無駄であった。あれだけ元気であるならば大丈夫であろうと自己解決をして、私はそんな彼女たちの様子を一枚の写真に収めた。

 

 

 

 撮った写真の枚数が優に60枚を超えたぐらいになった時だった。一年生の中で唯一の男、織斑一夏の近くに奇妙な白い物体がいることに気がついてしまった。形からして人型である。そして、その白い物体の近くにはシャルロット・デュノアもいた。周りではそんな奇妙な光景に遠巻きにその様子を見ていた。

 

 面白い光景であったので私は興味本位で近づき、カメラを手に取る。カメラ特有のシャッター音に気づいたのか、白い物体を除く二人は私の方を向いた。

 

「なんだ、クリスタか。もしかして新聞部だからか?」

 

 紺色の水着を履いている一夏は腰に手を当て、どこか安心した表情をする。

 

「まあ、そんなところだね。ところでその白い物体は…?」

 

「む?その声はハーゼンバインか。お前も近くにいたのだな」

 

「その声はもしかしてラウラか!?って何でそんな格好をしているんだ?」

 

 どうやら、この白い物体は少佐本人であるようだ。確かに近くで見ると、見慣れた銀髪が左右で一対のアップテールされているところを見るからにそうであると確信する。

 

「ほら、せっかく水着に着替えたのだから、一夏に見てもらわないと」

 

 黄色を基調として所々黒い線が入っている水着を着ているシャルロットが少佐(白いお化け)を揺すり説得にかかる。

 

「んぐ。待て!私にも心の準備というものがあって…」

 

「ふーん、なら僕だけ先に一夏と海で遊んじゃうけど。いいのかなー?」

 

 頑なに水着を見せようとしない少佐に観念したのか、シャルロットは少佐から離れると慣れた動きでしゅるりと一夏の腕に自分の腕を絡ませ、海へ誘うふりをする。ちゃっかり一夏へのボディタッチをするシャルロットにパシャリと一枚。

 

「そ、それはダメだ!ええい!…笑いたければ笑うがいい…!」

 

『先に』という単語に反応した少佐は少しだけ戸惑う動きを見せる。だが、意を決したのか体に巻かれていたタオルを一気に脱ぎ捨てた。投げ飛ばされたタオルが、潮風にあおられ、風にのり遠くまで飛んでいく。

 

「おかしなところなんてないよね、一夏」

 

 少佐は黒い水着を着ていた。

 少佐の透き通るような白い素肌とのコントラストに思わず見とれる。トップス、パンツの部分には淡い紺色のフリルがあしらわれていた。またパンツの腰のあたりには左右に大きなリボンが飾られていた。

 

 

 

 少佐の水着姿を見た刹那、SDカードを新聞部の備品から上着のポケットにしまってあった私物の物へと切り替える。

 

「ああ、可愛いと思うぞ」

 

 

 

 カメラの撮影モードを連写へと切り替える。

 

 

 可愛い……愛おしい、愛らしい、趣き深い様。kawaii。

 

 日本語特有の表現方法であり、初めてこの言葉を知ったときは面白い言い方だなと思った。他に日本語以外で言い表すことは難しく、正に言い当て妙であると感じた。そして、少佐の今の姿は『可愛い』そのものであった。

 

 

「そそそうか…私が可愛いのか。そのような事を言われたのは初めてだ」

 

 少佐は一夏に言われて嬉しかったのか顔を赤らめ、両手の指を弄んでもじもじと落ち着きのなさそうにする。だがそれがいい。

 

 

 こんな少佐を見たことはなかった。あれからの一件以降、少佐の態度は主に同室のシャルロットの影響もあってか少しだけより社交的に変化していた。特に服装に至ってはいつも軍から支給された物品のみで生活をしていたらしい。日常着る服はいつも軍服で、寝る時には一糸まとわずに床に就く。本来の少佐であればここでは学校指定のスクール水着というものを着てくるであろう。そんな服には無頓着であった少佐がこのような可愛らしい水着を着ているのだ。きっと彼女も一夏のためにオシャレに目覚めたのだろうか。以前の様子を知っている私はそんな彼女にとてもほっこりしてしまった。これがギャップ萌えというものだろうか。そのようなことを思いはせながら、私は少佐の姿を色んな角度から何度も何度もカメラのシャッターを押していく。

 

 

「くっ、ハーゼンバイン!お前に見せているわけではないのだぞ!」

 

「分かっております少佐。これもIS学園での思い出の一ページです。このような可愛らしい姿の少佐を撮らない訳にはいきません」

 

「なっ…お前までも…」

 

 両腕で体を隠し、顔を赤らめつつ怒った表情をする少佐もまた格別であった。

 

 

「…何だかハーゼンバインさん嬉しそうだね」

 

「確かにそうでもあるが、ちょっと違うと思うぞシャルロット。ああいうのは鼻の下を伸ばしているって言うんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いやー撮影お疲れさん!って玲菜ちゃんはどうしたのかな?』

 

「彼女なら三、四組の部屋へお邪魔して写真を撮りに行ってしまったので今はいません。報告だけですので私だけも良いかと判断しました」

 

『なるほどねぇ。そうそう写真のデータはこっちでも確認したよ!いやー皆可愛く撮れていていいじゃない!』

 

「ありがとうございます」

 

 時刻は8時を過ぎたところ。

 あっという間に時間は経ち一日目の日程が終了しようとしていた。風呂の入り口近くにある休憩スペースで食事のために着替えた浴衣姿のまま、黛さんとの定時連絡を行っていた。刺身は美味かった。特に本わさびとの相性は抜群であった。

 

『そうそう、クリスタさぁ。初めての海はどうだった?』

 

「そうですね…。案外良いものでしたね、海で泳ぐというものは。今度は地元にあるビーチにでも行こうかなと思います」

 

『それは良かった!何事も経験することは良いことよ!それに楽しんでいたなら、先輩としては嬉しい限りだよー。あそこ結構いい場所だからね。あー懐かしいなぁ一年前には私も行っていたのかー』

 

 これを皮切りにして、黛さんの思い出話が始まる。話を聞く限りでは、長年この花月荘で臨海学校を行っているらしく毎年やることは変わりないそうだ。

 

『それじゃあ、後は朝食と夕食時ぐらいしか写真は撮れないかなー。それじゃ、後の写真も頼んだわよー』

 

「はい、お任せください」

 

 向こうからの通信が切れるのを待ってから、携帯電話を浴衣の袖口に入れる。部屋へ戻ろうとした時だった。目の前からタオルと着替えを持った一夏がやって来ていた。

 

「お、クリスタじゃん。何やっていたの?」

 

「今さっきまで新聞部に今日の報告をしていたところです。少し静かな場所でしたほうが良いと思ってここに。そういえば、もう男子が大浴場を使える時間でしたね」

 

 今の時刻は8時半。ここから一時間ほどだけ一夏だけが大浴場を使えるようになっている。

 

「なるほどね。自由時間になっても仕事があるだなんてご苦労なこったなー。お前も」

 

「これは自分の趣味でもあるので、そうとも限りませんよ?」

 

 肩にかけていたカメラを手に持ち、一夏へ向ける。

 

「ま、好きならそれでいいさ」

 

 彼は荷物を持っていないほうの手でピースサインを作り、にっこりと笑顔になる。いつ見ても良い笑顔だなっと思いながら私はシャッターを切る。

 

「あなたは二回目のお風呂へ?」

 

 カメラのレンズから目を離したため、彼の姿が実像によって小さく見えていたが元の大きさに戻る。

 

「そんなところ。織斑先生とセシリアにマッサージをしていたのだけどさ、汗をかいちゃってな。俺の部屋に箒とお前以外の専用機持ちの皆を呼んだのだけれど、同室の織斑先生に部屋が汗臭くなるから丁度いいし風呂にでも入って来いって言われてなー」

 

「なるほどそれで。…あなたってマッサージも出来るのですね」

 

「まあなー。こう見えて結構自信があるのだぜ」

 

 彼は力こぶを作るような動作をしてドヤ顔で言う。

 

「へぇ…。許可が下りればあなたの部屋にお邪魔したいですね。っとここで立ち話をしていると利用時間が減っていきますよ?」

 

「おっといっけね。それじゃあ風呂に入るわ」

 

 それじゃ、と言うと彼は風呂場の入口へと足を運ぶ。そんな彼を見つめているとふと彼は私の方へ振り返った。

 

「そうそう、クリスタが髪をポニテにしているなんて珍しいな。可愛いと思うぞ」

 

「…それはどうも」

 

 彼は満足したかのようにそう告げると暖簾をくぐって行った。

 

 

 織斑(あいつ)の突拍子もない言動には注意しろ。

 

 

 

 よく鈴からはそう言い聞かされてきた。中学ではかなりの犠牲者(惚れた人)がいたのだとか。それにひどいことに、当の本人は全くその事に気が付かないとのこと。かなりの悪質である。

 

 顔が熱くなっているのを感じ、思わず髪の毛先をいじくる。異性との関わりがあまりないということもあるが、何度遭遇しても未だに彼の突拍子もない言動には慣れないものである。だが心のどこかで褒められて嬉しい気持ちがそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員いるな?では事前に知らせてある通り、これよりISの装備試験を行う。各班に割り当てられた試験を夜までに終えるように!全員、迅速な行動を行え!」

 

「「「はーい!」」」

 

 ISスーツに着替えている一から四組までの生徒たちに向かってブリュンヒルデは拡声器なしで指示を飛ばした。

 

 

 臨海学校二日目。

 昨日の砂浜から少し離れた位置にある、四方を切り立った崖に囲まれているビーチにいる。一学年と各教師が収まるほどの大きさとなるとかなり広い土地であることが分かる。正にIS学園のアリーナに匹敵するほどの大きさだろうか。生徒たちはビーチの中央へ集められ、その周囲を囲むように訓練機が等間隔にずらっと並べられていた。

 

 ブリュンヒルデから指示が飛ばされ、生徒たちは目的の訓練機までテキパキと移動していた。そして、専用機持ちももちろん試験はあるのだが専用機には軍や企業からの試験品が各自に搬入されているので私たちは彼女たちとは別行動をすることになっている。

 

 私はまず、少佐のもとに駆け寄り試験の補助をしに行った。

 黒雨(シュヴァルツェア・レーゲン)への試験品は砲弾パッケージ『パンツァー・カノニーア』。先月のVTシステムの事件により黒雨は現在予備パーツによって復活を果たしたものの大口径レールカノンがまだ発注している最中であり、少佐のもとには届いていない。このこともあり、かねてから試験をしてもらいたいという武装がフォルテシモ社で提案されていた。それがこの砲弾パッケージだ。

 これは、通常装備のレールカノンとほぼ武装は同じであるがプラスαで追加装備がある。まず、通常一門のレールカノンを二つに増設。左右の肩に置かれる。さらに、防御力アップを図るため正面と左右に4枚の物理シールドが備え付けられている。

 

「どうですか少佐?この砲弾パッケージは」

 

「うむ、この物理シールドは嬉しいな。AICを使うとどうも隙が出来るために、攻撃を受けるのだがこれがあれば少しは軽減できるだろう」

 

 黒雨に砲弾パッケージを装着した少佐は満足そうにスペックデータを眺めていた。と、その時だった。

 

「ちぃぃーーーーーちゃぁぁーーーーーんんん!!!」

 

 ふと先程の指示を出していった時のような大きな声がビーチに轟く。余りにも突然の事であったため周りでも手の動きが止まっていた。音の源を探してみるとそれは、土煙を上げて崖を猛スピードで下っていた。

 

 そして、その物体は斜面が20度はある崖の途中で跳躍し、ブリュンヒルデの所へと落ちていく。普通に考えてみれば未知の物体が自分の所へ落ちてきていると考えると危険極まりないのだが、彼女はそれを臆することもなく右手でガッチリと掴んだ。

 

「…」

 

 余りにも非現実的な事が起こったため、言葉にならなかった。そして、織斑先生が右手でつかんでいたものはあろうことか人であった。えぇ…嘘でしょ…。

 

「やあやあ会いたかったよ、ちーちゃん!さあはぐはぐしよう!愛を確かめ…」

 

「うるさいぞ束」

 

 ブリュンヒルデが右手にさらに力を込める。何か固いものにひびが入ったような音がした。

 

「相変わらず容赦のないアイアンクローだねぇ」

 

 束と呼ばれたうさ耳を付けた人のようなものはどこか嬉しそうな声でそう言うと、ブリュンヒルデのアイアンクローから何事もなかったかのように抜け出した。そして、何故かブリュンヒルデの近くにいた篠ノ之箒の所へ駆け寄っていく。

 

「じゃじゃーん!やあ!」

 

 おどけたように大げさに手を広げ、箒に挨拶のようなものをする。

 

「どうも…」

 

「久しぶりだねーこうして会うのも何年ぶりかなー?それにしても、大きくなったね!箒ちゃん!特におっぱいが!」

 

 すると、箒は思いっきり握りしめた拳をセクハラ発言をしたうさ耳人間の頭へ打ち付ける。

 

「殴りますよ?」

 

「殴ってから言ったー!箒ちゃん酷ーい!ねぇ、いっくんひどいよねぇ?」

 

「は、はあ…」

 

 およよと泣く素振りを見せるうさ耳人間は次に一夏へと絡んでいく。

 

「おい束、自己紹介くらいしろ」

 

 呆れて頭を抱えていたブリュンヒルデはうさ耳人間へと告げる。こんな表情をしている彼女を見るのは初めてであった。

 

「えーめんどくさいなぁ。私が天才の束さんだよー!はろー、おわりー!」

 

 うさ耳人間こと束と自称した人はその場でくるりと周る。

 

「もしかして…」

「束って…」

「あのIS開発者の篠ノ之束…?」

 

 遠巻きに見ていた生徒たちが口々にそうこぼしていく。

 

「ハーゼンバイン、あの人物は…」

 

「ええ…篠ノ之束ですね」

 

 

 篠ノ之束。若くしてIS基礎理論を考案、構築、実証したただ唯一ISコアを作り出せる人物。現在は国際指名手配がされている人物。自他共に認める天才科学者であり、()()である。そして……私の憧れの人物。

 

 そもそも、このビーチにこの方がいること自体可笑しな話である。なぜそのような人物がいるのか、不思議で仕方がなかった。

 

 

 ブリュンヒルデ以外の教師までもがただ茫然と篠ノ之束を見つめているなか、彼女はふと右手を上空に指さす。

 

「ふっふっふっ。さあ大空をご覧あれ!」

 

 この声に反応したのか突如、空から彼女の近くに銀色に煌めき輝く、ひし形の物体が落ちてきた。余りにも強い衝撃であったために地面は揺れる。

 

「これぞ箒ちゃんの専用機こと紅椿!全スペックが全てのISを上回る束さんのお手製だよー」

 

 彼女はそう言うと、何かを押したのかひし形の物体は忽然と姿を消し、代わりに太陽の光に照らされ光り輝く、紅い色をしたISがその場に鎮座していた。

 

「さあ箒ちゃん!今からフィッティングとパーソナライズを始めようか」

 

「お、お願いします」

 

 箒は特に驚く様子もなく、その紅いISへと近づいて行き装着する。

 

「箒ちゃんのデータはある程度先行して入れてあるから。後は最新のデータに更新するだけだね」

 

 箒がISに装着したのを確認した篠ノ之束は、IS作業画面である空中投影ディスプレイを同時に6枚呼び出すと、同時に呼び出したキーボードをにこやかな表情で操作していく。

 

 

 専用機…?彼女は確かにそう言った。この人は、また新たなIS(戦闘兵器)を作り出したのか。

 現在ではISコアの生産はされておらず、現存する数をやりくりして研究・開発・運用を行っている。そして、専用機はIS操縦者にとってみれば憧れの存在。IS操縦者が己の技術と実力を他人に認められた証。さらに専用機を持つという事はそのISコアを所持する企業、または国の代表である証だ。専用機を持つことによって企業・国を誇りに思いISの発展に貢献していくという表れでもある。

 一夏を除くが少佐も、鈴も、シャルロットも、セシリアも、そして私も。いや、それだけではない。世界中にいる専用機持ちは他にいる候補者を押しのけ、跳ね除け、自身の功績を認められて初めて専用機を手にすることが出来た。あのように、親が我が子への誕生日プレゼントとするかのように簡単に譲渡できるような代物ではない。

 

 私の疑問はそれだけでは収まらない。あのISのコアは世界中に存在するISコアの一つなのだろうか?それとも、新たに作り出した…?新たに作り出されたのならば大問題だ。世界中が我先にとあのISの保持を要求するだろう。しかし、そう簡単にはいかないか。なんせ、篠ノ之箒はあの篠ノ之束の妹である。どこの国に属するかなど、彼女からしてみれば見にくい争いにしか見えない。そもそも、そのような愚行を許すはずがない。

 そして、あれはどちらが望んだものなのだろうか?受注者(篠ノ之箒)か?発注者(篠ノ之束)か?もし、受注者が望んだなかったにしろ、そうでないにしろ………彼女は専用機を持つという事の意味を理解しているのだろうか?

 

 

「よし、後は自動処理が終わればパーソナライズは終わりだね!それじゃあ、いっくんの白式を見せてよ!私はただいま興味津々であるのだ!」

 

「はぁ、分かりました」

 

 紅いISの設定が終わったのか、今度は白式の方を何やら弄っていく。そんな中、一人の生徒が篠ノ之束へ近づいて行っていた。セシリアだ。

 

「あ、あの!篠ノ之束博士のご高名はかねがね伺っております!もしよろしければ私のISを見ていただけないでしょうか?」

 

 国際手配されているもののISを作り出した開発者である。彼女も篠ノ之束のファンの一人なのだろう。どこか嬉しそうな表情をしていた。だが、彼女の思惑は簡単に打ち破られることになった。

 

「はぁ?誰だよ君は。金髪なんて私の知り合いにはいないのだけど」

 

 視線を空中投影ディスプレイからセシリアへ移したもののとても興味がない様子であった。そして、声のトーンも低くセシリアへさらにまくし立てる。

 

「そもそも今は箒ちゃんとちーちゃんといっくんとの数年ぶりの再会なのだけれど。そういうシーンだけど。どういう了見で君はしゃしゃり出てくるのかな?私でも全く分からないや、理解不能。というか誰よ?」

 

 次々と容赦のない言葉をセシリアに浴びせる。憧れの人を前にして、彼女は段々と表情が暗くなる。

 

 

 我慢などできなかった。

 

 

「おい、ハーゼンバイン!」

 

 

 何故、新たに戦うためのISを開発するのだろうか?それが、あの人の考えていた事なのだろうか?

 

 

「え、あの…」

 

「ちっ、うるさいなぁ。どっかに行…」

 

「お初にお目にかかります。篠ノ之束博士。私はドイツ、フォルテシモ社所属のテストパイロット、クリスタ・ハーゼンバインです」

 

 篠ノ之束の視線上に立つために私はセシリアの前に立った。

 

「クリスタさん!今博士へ話しかけたら…」

 

「また来たよ。全く企業の人間って本当話を聞かないやつらばっかりだよね。自分が嫌われているって分からないのかな?だから私は君なんか知らないし…」

 

 逃げちゃだめだ。

 

「このISコアはあなたが作り出したのですか?それとも、今現存するISコアから抜き取ったのですか?」

 

「はぁ?それを聞いて何になるっていうのさ。というかしゃしゃり出てこないって言っているよね。私の邪魔しないでもらえる?」

 

 それは、ひどく冷たいものだった。同じ人であるはずなのに、言葉一つ一つが体を貫いていく。体中から汗が噴き出してくる。

 

「なぜ最新鋭機を篠ノ之箒へ渡すのですか?新たな火種を生む戦闘兵器を」

 

「あーもう、しつこいのだけど!そんなに私を邪魔したいの?」

 

 明らかにイラついている篠ノ之束は白式のデータを操るキーボードから手を放し、彼女の周囲からIS整備用と思われるISのアームパーツが光とともに現れた。

 

「束さん!落ち着いて...」

 

「あなたは!!」

 

 涙が出そうだった。でも私は力いっぱい叫んだ。任務だとか、企業の人だとか、そのようなことはどうだって良かった。ただ私が、クリスタ・ハーゼンバインが知りたいことだった。胸の奥にずっとしまいこんでいた物を吐き出したかったことだった。

 

「あなたの夢は、こんな…こんなISという戦闘兵器を作りたかったのですか?」

 

「はぁ?何言っているの君?」

 

「ISは…そんなちっぽけなものなのですか?ISは……宇宙へ行くためのものなのではないのですか!それがあなたの望んだものではないのですか!?」

 

 

 

 

 

 天災の動きが一瞬だけ止まり、何かを言おうとした口はきゅっと結ばれる。そして、ただ私を汚物でも見るかのような目で私を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 






あまり、暴言を言わせたくはなかった元大盗賊です。


束ファンの皆さんには、申し訳ないのですが白くはない束さんの登場です。

でも黒くはないよ!


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