神様なんかいない世界で   作:元大盗賊

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第14話 因果は巡る

 

「お疲れ様です、所長」

 

「ああ、お前もご苦労だった。しかし、あまり試合観戦が出来なかったのは残念だな」

 

 黒塗りの車には2人の人がいた。一人は運転席に座る眼鏡をかけた若い男性で、所長へ労いの言葉をかける。そして、後部座席に座っている所長と呼ばれた男性はそうぼやくと窓の外に映る流れ行く街並みを眺めていた。

 

「そうでしたか。()()()()()()()()()()()()()

 

「ああ、まさか初戦で当たってしまうとは…私も運がない」

 

「そもそも所長があのような事を提案しなければ、試合が中止にならずにゆっくり見られたのではないですか?」

 

 所長はその言葉を聞き軽い笑いをする。

 

「はっはっは。お前は面白い事を言うな。…まあ確かにそれはある。普通は代表候補生同士を別の山に分けるものかと思っていたが、違ったのでな」

 

「そういえばフロストから報告が入ってきていましたよ、実験は成功と。これで全行程は終了ですよね?」

 

「ああ、そのはずだ。また要求をして来なければな」

 

「そうだといいのですが…」

 

 どこか不満そうな表情を浮かべる運転手はそう呟く。

 

 しばらく軽快なエンジン音とタイヤがコンクリートの上で奏でるリズム、そして通り過ぎる車の音だけが聞こえる。

 

 

「所でだが、軍からの連絡は来ているか?」

 

 ふと所長が思い出したかのように話しかける。

 

「いえ、未だ来ておりません。研究所にも、会社にも。根回しは徹底して行いましたので。来るとしても国際IS委員会でしょう」

 

「そうか。ならば良い」

 

「それにしても良かったのですか?軍を利用するなんて。あそこは…」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 所長は窓の外、はるか遠くにちらっと見えるIS学園の人工島を見ながら目を細めて言う。

 

「あいつからVTについてまた手伝ってくれと話を持ちかけてきたのだ。普段から世話になっている人に協力しないのは少しばかりよろしくないだろう」

 

「まあ、そうですね」

 

「それに、VTシステムを搭載していたISのパイロットはブリュンヒルデに憧れているというじゃないか。それならば仕方ない。彼ら軍は夢幻のVTシステムを崇められ、そのパイロットは憧れのブリュンヒルデになれるのだ。お互いに利害関係が一致しているからには、これ以上の協力はないだろう?最終的に待ち受けるものがどのようなものかを彼らは知らないと思うがね」

 

 所長は微笑みながらそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは甲高い悲鳴だった。

 

 ラウラのISは青白く輝きを放ち、眩しくて直視できないぐらいだった。

 さらに電撃のようなものが発せられ、それに伴いISの中心から起きた強烈な衝撃波がパイルバンカーでとどめを刺していたシャルルを吹き飛ばす。

 

 ライフルを破壊され、ハーゼンバインの高温なヒートショーテルで腕ごと挟まれていた俺は発光しているラウラの身を引き裂くような叫びをただ聞いていることしかできなかった。

 ハーゼンバインも攻撃の手を止め、悲鳴を上げるラウラの方を見ていた。

 

 すると、突然ラウラのISがぐにゃりと柔らかくなり形を変え出した。俺を散々痛めつけたあの硬い装甲が粘土のようになり、ラウラの体を取り込みながらうごめいていた。

 

「何だよ…あれは…」

 

 思わず俺はそうつぶやいた。いや、このアリーナでこの光景を見ている人なら誰しもが思う感想だろう。アリーナ内に響き渡っていた叫び声がふと聞こえなくなり、バチバチと青白く光る電撃の音だけが聞こえてきた。

 

『非常事態発令。トーナメントの全試合は中止。状況をレベルDと認定。鎮圧のため、教師部隊を送り込む。来賓、生徒はすぐに避難を行う事。繰り返す…』

 

 ふとどこかで聞き覚えのあるアナウンスがアリーナにこだまする。すぐに、防護壁がアリーナの観戦席に下ろされて、非常事態に備えられた。

 

 

 ラウラを飲み込んだ謎の黒い物体はもぞもぞと歪んだ楕円形の形になりその場でうごめく。

 すると、突如として全身を変化させていった。腕、脚、胴体。それは、まるで人の形を作り出すかのように成形されていく。

 

 そしてそれは全身が黒いISになった。両肩には第二世代型の打鉄のように非固定浮遊部位(アンロックユニット)が現れる。操縦者はその黒い物体に覆われ、さながら全身装甲(フルスキン)のように見えた。さらに、そのISらしきものの右手には一振りの刀らしき武器を持っていた。そう、それはまるで…。

 

「雪片だと…」

 

 雪片。千冬姉のISが持つ武器とほぼ同じだった。こっそり隠れて千冬姉の出る試合を何度も繰り返して見ているからわかる。

 

 体に巻き付くヒートショーテルをどかすと、雪片Ⅱ型を強く握りしめ構えながら黒い物体へと近づいた。

 

「…俺がやる」

 

 黒い物体は俺の存在に気が付いたのか、居合の構えをしてこちらへ体を向けた。そう、まるで俺が千冬姉に習った剣技のような…

 

 そいつは、俺の懐へ飛び込む。

 一閃。素早く振られた刀に構えていた俺の雪片Ⅱ型が弾かれた。そしてそいつは上段から俺を斬りかかろうとした。

 

 

 いや、ようなじゃない。そうなのだ、これは!

 

 

 見慣れた剣技に対応しようととっさに左手を構えて防御する。絶対防御が発動した白式にはもうシールドエネルギーは残されておらず、ISが緊急解除された俺はその衝撃で後ろへ吹っ飛ばされた。

 

 背中から思いっきりぶつかり、痛みが走る。左腕からも何かが流れてくるのを感じた。だが、そんなことはどうでもいい。

 

「てめぇ、千冬姉の真似しやがって!」

 

 俺が黒い物体に近づこうとした時だった。何かに抱かれた俺は、地から足が離れる。

 

「一夏!危ないから!」

 

 シャルルに抱きかかえられた俺はそのまま後ろに下げられる。すると、横から猛スピードで通り過ぎるものがいた。サンドロック、ハーゼンバインだ。左肩を前に出し、黒い物体へタックルする。

 

 黒い物体はその攻撃を右手にもつ雪片で受け止めると、そのまま横へはじく。空中へ浮かび体勢を整えると、マシンガンをコールして黒い物体へ攻撃を仕掛けた。

 

「デュノア、織斑を!私はこいつを!」

 

 ハーゼンバインに注意をひかれた黒い物体は右手に雪片を構えると、彼女の方へ攻撃を仕掛けに行った。

 

 

 シャルルに抱かれあいつから離れされていくことに無性に腹が立ち、叫んだ。

 

「離してくれシャルル!あいつふざけやがって!ブッ飛ばしてやる!」

 

「一夏、落ち着いてよ!危ないから!」

 

「離せよシャルル!離してくれ!」

 

「もう、しっかりしてよ!一夏らしくないよ、生身でISに立ち向かったらどうなるか分かって言っているの?」

 

 いつもは大人しいシャルルに叱咤された俺は心の中での怒りが急に冷めていく。

 

「分かっている…分かっているけどよ…。だってあいつは千冬姉の真似をしているのだ!あの技は千冬姉だけのものなのに…それをあいつは!」

 

 投擲されたヒートショーテルを臆することもなく、右手の雪片と左足で弾き飛ばしたあいつを睨みつける。

 ふと、後方から何か大きな音が聞こえてきた。緑色のリヴァイヴだった。おそらく事態を収拾しようとして駆け付けたのだろう。リヴァイヴたちはアサルトライフルをコールすると、一斉射撃をする。それに反応した黒い物体は、体を左右に振り一発も当らないで回避をして攻撃目標を定めていた。

 

 

 

 

 俺が千冬姉から真剣の技を教えてもらったときのことは今でも覚えている。

 持ち上げることすらままならないほど重い鋼鉄の塊を初めて手にした俺に千冬姉は俺に伝えてくれた。

 

『いいか一夏。刀は振るうものだ。振られるようでは剣術とは言わない。重いだろう。それが人の命を絶つものの重さだ。この重さを振るうことの意味、考えるのだ。そして、それこそが強さだ』

 

 この時、初めて刀を振るうことの意味、剣術を習う意味、そして力とは何なのかを考えさせてくれた。この時から少しでも千冬姉の力になりたくて…そうずっとあの日から俺はそのために強さを追い求めていた。

 

 

 シャルルに抱えられたままの俺だったが身体が揺れる感覚を味わった。気が付くと一機のリヴァイヴが黒い物体によって地面にたたきつけられていた。

 

 格闘武器を失ったそのリヴァイヴは迫りくる黒い物体にアサルトライフルで攻撃するも銃弾は、空を切る。援護に回った他のリヴァイヴが立ちはだかっても右手に持つ雪片を力の限り左薙ぎに薙ぎ払う。他のISからの援護射撃も意図も容易くかわしたそいつは、地面に打ちつけられたリヴァイヴの胴体に垂直になるように雪片を持ち重力に身を任せて突き刺した。

 

「それに俺は、あのわけわからん力に飲まれて、振り回されているラウラが気に入らねぇ。力っていうのはそういうものじゃないのだよ。あんなのは…ただの暴力だよ」

 

 黒い物体は動かなくなったISを左手に持ち、リヴァイヴの射撃の弾除けに使う。まるで、挑発をするかのように。

 

「それにな、シャルル。他の人たちに任せて安全な場所でなんて眺めるなんてごめんだ。これは俺がやらなきゃいけないからじゃないのだよ。俺がやりたいからやるのだ!ここで引いちまったらもうそれは織斑一夏じゃあなくなってしまう」

 

 後ろにいるシャルルがため息をつくと、俺を地面に下ろした。

 

「…全く、一夏の思い…分かったよ。だから僕も手伝わせて。白式のエネルギーがないのでしょ?」

 

「ああ、無くなっちまっている」

 

「それならリヴァイヴのエネルギーを分けてあげるね」

 

 そのことは俺にとって嬉しい言葉だった。

 

「ホントか!?頼む!」

 

「うん、けれど約束してね。絶対に負けないって」

 

「もちろんだ」

 

 シャルルに向かって俺は強く誓った。

 

「コア・バイパスを開放。エネルギーの流出を許可」

 

 シャルルが腰のあたりからコードのようなものを持ってくると、白式の待機状態(ガントレット)に挿し込んだ。すると、まるで俺の体にエネルギーが入り込んでくるかのような感覚を感じた。

 

 

 

 

「あなた方もやるのですね?」

 

 ふと、声がかかり見上げると上空からサンドロックが俺たちの所へ降りてきていた。

 

「鎮圧部隊の方々に下がっていろと言われてここに来たのですが、あなた方もやるなら私も手伝わせて下さい。あのままでは持たないと思われます」

 

「ああ、頼む」

 

「よしこれで完了。リヴァイヴのエネルギーを白式に全部渡したよ。もし、どこかの誰かから受けた蓄積ダメージがなかったらまだリヴァイヴも動かせられたのだけどね」

 

「…。それは嫌味ですか?」

 

 ハーゼンバインがシャルルに向かってそう言うと、シャルルは冗談だよこういう仕様だからさと軽口を叩く。

 

「ありがとよシャルル。白式を一極限定モードで再起動する」

 

 俺が白式に指示を出すと、ガントレットは白く光りだした。ISの展開が終わると、俺の右手には白式が部分展開され、雪片Ⅱ型を握っていた。

 

「やっぱり武器と右腕だけで限界だね」

 

「でも、十分さ」

 

「ええ。零落白夜でさえ発動できれば十分です。私があなたの所へ惹きつけます」

 

「わかった、頼む」

 

 俺の返事を聞き届けたハーゼンバインは、両手にヒートショーテルをコールすると黒い物体へと近づいて行った。

 

 

 

 黒い物体に対してリヴァイヴたちは、あれから着実にダメージを与えているようであったが、そいつはまだ健在していた。

 

 黒い物体がリヴァイヴたちの射撃を回避していたところに、ハーゼンバインは飛び込む。

 

「あなた!下がっていなさいと先程…」

 

「すみません、見ていられなく…って!」

 

 黒い物体の背後に回りX字に斬りかかる。だが、その攻撃は黒い物体がまるで後ろに目があるかのようにひらりと体を反転させ、躱す。

 その攻撃を見ていたリヴァイヴたちは、アサルトライフルを再び構えるが突然動きが止まり射撃をすることはなかった。

 

 ターゲットがハーゼンバインになった黒い物体は、彼女に向って突撃し左薙ぎに斬る。左手の盾で防御し、彼女はマシンガンを撃ちながら後ろ向きに俺のいる所へ向かってくる。

 

 もうそろそろ頃合いだろう。

 

「零落白夜、発動!」

 

 俺の考えが分かっているかのように素早く零落白夜が発動され雪片Ⅱ型が展開される。

 

 

 今はそれ程出力を上げなくていい。必要なのは…速さと鋭さ、素早く振れる刃だ。

 

 

 俺が思い描いたことが雪片に伝わったのだろうか。展開された零落白夜がいつもより細く鋭くなっていく。

 

 俺の準備が整ったことが分かったのか、ハーゼンバインは攻撃をやめ叫んだ。

 

「後は任せたよ!」

 

「ああサンキュ。行くぜ!偽物野郎!」

 

 俺の横を通り過ぎるサンドロックを横目に黒い物体向かって力の限り叫ぶ。

 

 俺の存在を確認したのか、そいつは一度足を止め俺の方向に体を向け、刀を構えた。そして、俺もあいつがやったように居合の構え、一閃二断の構えをした。

 

 

 またお前か。

 

 

 そんな風に黒い物体が俺に言っているような感じがした。だが、先程のように感情に飲まれて冷静さを失った自分ではない。

 千冬姉と箒から習い、学んだこの技を思い出す。全ての行動に反応できるように意識をあいつだけに向けた。

 

 やつが動く。先程のように速い袈裟切りだ。だが、もう既にそれは見ている。

 居合斬りを放ったそれはあいつの、雪片もどきの攻撃をはじいた。そしてすぐさま頭上に構えて唐竹割りを放った。

 

 その一撃が決定的であった。黒い物体の胸から股下にかけて一筋の切れ込みが出来る。やつの動きが止まり、最初の時のように青白い電撃がヤツの体から迸る。

 

 そして、その切れ込みの中からラウラが出てきた。いつもしている眼帯は外れ、赤と金色の瞳が俺をじっと見つめる。エネルギーを失い、液体のように形を失っていく黒い物体からラウラを抱きとめた。ひどく弱っているのか彼女は何も抵抗することなく、俺の体に身を任せる。じっと俺を見つめると彼女は安心したかのようにゆっくりと瞳を閉じた。

 思っていたよりも軽く、今の彼女は一人のか弱い少女のようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、疲れた…」

 

 生徒指導室から出てきた俺は思わずそうぼやいた。時刻は18時半前。もう少ししたら食堂のラストオーダーになってしまう時間帯だった。

 

 俺が()()()()I()S()()()()()()()を倒した後、俺らあの場にいた三人は鎮圧部隊の方々にご同行を願われた。悪いことをしていないのに。そして、ISの戦闘データ提出だの、保健室で手当だの、人生で二回目となる事情聴取を受けるだのと休む暇もなく拘束された。アリーナで起きた事件によりまたしても全試合は中止。もちろん、上級生の試合もだ。先月のクラス代表戦しかり、今回の学年別トーナメントしかりイベントで必ずアクシデントが起きている。二分の二、成功率100%だ。どちらも、外部からの影響によりイベントが最後まで遂行されないのを考えるに、IS学園の運営体制、もしくは警備の甘さも原因なのではないかと取り調べを受けているときに思ってしまった。

 

「お疲れ様です。やっと解放されますね」

 

 ふと顔を上げると一人の生徒が廊下にいた。

 肩のあたりまで伸ばされたプラチナブロンド、そして頭に付けているゴーグルで有名な人物、クリスタ・ハーゼンバインだ。

 

「ああ、そうだな。にしても疲れたわぁ…。昼からずっと命令されっぱなしだったからさぁ」

 

 全ての工程が終わって安心しきったのか、思わずあくびがでる。

 

「仕方ないですね、今回の事件に関わっていますから。それに、あのISもどきを倒したわけですし」

 

「まあ、そうなんだよなぁ」

 

 あの時のことを思い出しながらハーゼンバインが寄りかかる壁の横に俺も並ぶ。

 

「にしてもよ…」

 

 ふと今まで疑問に思った事を聞いてみる。

 

「どうしました?」

 

「何で同級生なのに敬語で話すのだ?」

 

 そう、このきょとんとした表情で俺を見つめる人はいつも敬語だ。同じルームメイトの鈴にも敬語で話しているという。敬語はそもそも目上の人とか、自分より立場が上な人に向かって言う言葉だ。例えば、千冬姉とかの先生にとか。

 

「うーん。日本語を習ったときに敬語というものは大事だと習いましてね、だからそのまま…」

 

「まあ確かに敬語は大事だ。日本だったら、目上の人に敬語を使わないと怒り出すやつが大半だろう。いや、怒らない奴なんていないだろう。だがな、上も下もない同じクラスメイトに敬語を使うのはいかがなものかと思うぞ、俺は」

 

 寄りかかっていた壁から体を離して、彼女へきちんとした敬語についてをジェスチャーを交えながら力説する。

 

「それはどうして?」

 

「うーん…なんというか、俺とお前の間に一線が引かれている感じがするだろ」

 

「線?」

 

「ああ、一線というか壁だよ壁。こう互いの間が離れるのだよ、互いの距離が。何か敬語で話されるとお互いはまだ親しい間柄じゃないって言っているようなものだよ。それに自分から予防線を張って自分の領域に他人を近づけさせないようにしていると思うのだ。これは良くない、うん」

 

 腕を組み、うんうんと頷いて力説をする。我ながら完璧な説得だ。

 

「…?私とあなたとではまだ知り合いにもなっていないと思いますが?」

 

「んぐっ…」

 

 図星だ。全くもって正論だ。何せこのゴーグルさんとは食堂で時々見かける程度だ。最近だと、一緒になってこの事情聴取に呼ばれ合う仲だろうか。

 

「ならばこれも何かの縁だ。お互いに専用機持ちってことで仲良くしようぜ?」

 

 ニコッと笑顔で彼女に言った。人の第一印象は顔からとも言われている。笑顔は大事だと俺は自負している。

 

 ゴーグルさんは、寄りかかっていた壁から体を離して俺の正面に体を向く。そしてふと何かを考えるそぶりを見せてじっと黙る。

 

「これが噂に聞く天然ジゴロか…」

 

 彼女はふと何かを小さな声で呟く。何を言ったかさっぱりだ。

 

「何か言ったか?」

 

「いえ、気にせず。では、改めて()()()()()織斑さん」

 

「…おう、俺の事は一夏で構わないぜ」

 

 何を言ったか聞こうとしたがスルーされたものの、何はともあれ個人的に少し謎めいていた同じ専用機持ちと仲良くなることが出来た。

 

「ならば私はクリスタと呼んでください」

 

 俺が出した手を彼女は握り、それに答える。

 

「同じ専用機持ち同士仲良くしていこうぜ。そうだ、今度一緒にISの訓練をしないか?シャルルの教え方が滅茶苦茶うまくてさ、絶対参考になると思うよ」

 

「なるほど、時間の都合が合ったときにでもお願いしたいで…お願いしたいね」

 

「ああ、そのほうがいいぜ。やっぱ練習は皆で一緒にやるほうが一番だからな」

 

 彼女に笑いかけながらそう俺は答えた。

 

「では親しくなったという事で私から一つあなたへ忠告を」

 

「ん?何だ?」

 

 藪から棒にどうしたのだろう。それにほんのり彼女の頬が赤いような…。熱でもあるのか?

 

「あなたは少し、自分の行動に対して今一度考えたほうがよろしいかと。女性は敏感なのですよ?」

 

 彼女は空いている手で握手をしている俺の手にそっとのせる。

 

「え…ああ、すまん!」

 

「いいえ。私は気にしていないので」

 

 あれからずっと握っていた手をぱっと放す。少し恥ずかしくなって顔が熱くなるのを感じた。それにしてもどうして女の人の手ってこんなに白くてすべすべなのだ?いつまでも触っていられるぞ。

 

 

 

「あれー?二人して何をしているのかなー?」

 

 

 

 ふと聞き覚えのある声が聞こえる。さっと、後ろを振り向くとそこにはどこか疲れが体からにじみ出ているように見えるシャルルがいた。多分そうだ。

 

「おお取り調べが終わったか。いやなに、新たな友情を育んでいたんだ。それにシャルルの取り調べが終わるまで待っていたのだよ。一緒に食堂に行こうと思っていな」

 

 今の時刻は18時半を過ぎたところ。ラストオーダーまでのタイムリミットは着実に迫ってきていた。

 

「なんだそういう事か。てっきり、僕が現れて驚いていたから一夏がハーゼンバインさんを口説いていたのかと思ったよ」

 

「何でそうなるのだよ!そんなことできないし、しないわ!」

 

「さあ、どうだかねぇ」

 

 どこか嫌味ったらしくジト目でシャルルは俺に問い詰める。なぜこうも怒られるのだろうか。

 

「デュノアさんが終わったという事は、次は私の番ですね」

 

 クリスタは俺たちの横を通り過ぎ、生徒指導室へ向かう。

 

「それでは私はこの辺で」

 

「ん、クリスタが最後の番か。どうだ、それが終わったらせっかくの機会だし、一緒に食堂にでも行かないか?それまで待って…」

 

「いえ、それは遠慮しておきます」

 

 俺が言い切る前に、彼女は首を横に振り断る。

 

「何せ、私を待っていると19時を過ぎると思うので。私を待っていると食堂で頼みたい物も頼めませんよ」

 

 彼女はにっこりと微笑んで答えた。

 

「そうか、ならお言葉に甘えて先に行かせてもらうわ」

 

「はい、そのほうがよろしいでしょう。ではお二人とも今日はお疲れ様でした。また再戦できる日を願っています」

 

 そう言うとクリスタは俺たちに手を振って生徒指導室へと再び歩みを進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして次の日からしばらく、彼女は学園で姿を見せなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機械が至る所に散りばめられ、何かのケーブルで覆われているとても奇妙な部屋に一人の女性がいた。

 青いワンピースに白いエプロン。さながら、『不思議の国のアリス』に登場する主人公の格好に非常に酷似していた。ただ一つだけ違うのは…頭に付けているカチューシャだ。白いうさぎを模したそれは赤紫色の髪には目立つものであった。

 

 そんな奇抜な格好をしている女性は、銀色の椅子に座ってグッと手足を伸ばしていた。

 

「んー、暇、とにかく暇!退屈だー!」

 

 そうぼやき、ぐてっと伸ばしていた手足をだらんとしてだらしない体勢になる。

 

 すると、彼女のいる所の近くから携帯電話の着信音が流れる。

 その音を聞いた女性は、気だるそうな表情が一瞬にして輝くように明るくなった。

 

「この音はまさかぁ!」

 

 女性は自分の声でトウッと言い、携帯電話があるだろう数多く物のある場所にジャンプする。だが、その場所にはいろんな部品やら道具やらがごちゃごちゃに寄せ集められており、一目ではどこに携帯電話があるかわからない。だが、その女性は一瞬にして場所のありかにたどり着く。

 

「はーい、もすもす?皆のアイドル!篠ノ之束ちゃんだよぉ〜」

 

『…どうやら人違いのようだ。すぐに…』

 

「わー待って待って!皆のじゃなくてちーちゃん()()のアイドルだからそんな怒らないで!」

 

『…その名で呼ぶな。それに私はお前のファンになったつもりはない。ふざけるなら本気で切るぞ?』

 

「マジの本気で切らないでぇ!もう、冗談が通じないんだから、ちーちゃんは…」

 

 しょぼんと彼女の頭にのせているうさ耳は感情があるかのように垂れる。

 

『はぁ…。とにかく今日はお前に聞きたいことがある』

 

「ふむ、ちーちゃんにでも分からないことがあるのかね?よろしい!この天才束さんに任せなさい!」

 

 束と名乗った女性は、文字通り胸を張って自信満々に話す。

 

『そうか…なら今回の件に関わっているのか、お前は?』

 

「ん?今回の件?はて何の事かなぁ?」

 

『…とぼけるな、VTシステムの事だ』

 

「ん…ああ!あれかー!むむむ…ちーちゃんさぁ、私があんな不細工で気持ち悪いものをこの完璧にして十全な私が作るとでも思っているのかなー?かなかな?」

 

『…そうか』

 

「そ・れ・に、ついちょっと前にあれを研究していた施設はもうこの世に残っていないよー。私の手にかかればおちゃのこさいさい!!全く、前にも忠告はしたはずなんだけどなー。あのビールと芋が取り柄の国には。()()変なシステムを研究したら消されると分かっているはずなのに性懲りもなくやるなんて、天才束様にかかればこそこそ隠れていても一目瞭然なのだ!」

 

 束は高らかに笑う。

 

「あーそうそう、もちろん死亡者は全然の全くいないよん。こんなの甘々のちょろすけよ!」

 

『そうか、なら邪魔をしたな』

 

「そんなぁ、邪魔だなんてとんでもない!ちーちゃんのためなら例え火の中土の中海の中!いつでもウェルカムだよ!もちろん…」

 

『…では、またな』

 

 ちーちゃんと呼ばれた人物は束が言っている途中でぶつ切りする。

 

 携帯電話を少しだけじっと見ると、そのままぽいっとどこかへそれを放り投げた。がしゃんと金属同士がぶつかり、何かが崩れる音がした。

 

「うんうん、久々に声を聞けて束さんは嬉しい限りだよぉ」

 

 彼女はどこか嬉しそうに腕を組んで喜ぶ。うさ耳もうんうんと頷く。

 

「あー、そうだ。ちーちゃんからパワーを貰ったってことで久々にもう一度探し物をしてみようっかなー」

 

 トントンと机の上を指で何回か叩くと彼女の目の前に大きな投影型デュアルディスプレイと半透明なキーボードパネルが現れた。そして、彼女はまるでピアノを伴奏するかのようにキーボードを叩き、資料を探す。

 

「それにしてもどこに消えちゃったのかな?いつもならすぐに出てくるにさ!」

 

 自分の口でプンプンと怒ったときに使う擬音語を言いどこか悔しそうな顔をする。

 

「そういえば、忘れたころにピンとくるかもしれないって誰かが言っていたね。ん!それが今なのかも!ふっふ…よーしやってやるぞー」

 

 そして、彼女は目的であった資料を画面に並べていく。

 

 何人もの男性の顔に×印を書き込んでいるデータ、集合写真のようなもの、ISの設計図のようなものを羅列していく。

 

「あなたもそう思わなーい?」

 

 突然くるっと椅子の向きを後ろに変え、目を細めて見つめる。彼女の後ろには二つのISが鎮座していた。一つは赤いIS。そして、もう一つはトリコロールカラーのISだ。

 

 

 

 彼女が”ウイングゼロ”呼ぶISはただじっと彼女の事を見つめるだけだった。

 

 





どうも、元大盗賊です。





束さんが自由すぎる…。




あれよあれよと遂に、一万字超え…やりたいことがいっぱいあったから仕方ないね。






50話くらいになったら2万字になっているかも?

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