入学式から早二ヶ月も経ち、今は6月のはじめ。段々と、日が落ちる速度も遅くなり夏の兆しが見えてきたころ。
IS学園に、またしても新たな転校生がやってきた。先月には鈴も転校してきており、このままだと毎月誰かが転校してくるのではないかというペースで新たな生徒がやってきていた。おまけに今回は二人もやって来た。どちらも、一組へ転入された。
一人目は、シャルル・デュノア。
フランスの代表候補生であり、あの第二世代ISの量産型の傑作機『ラファール・リヴァイヴ』を製造して、世界シェア第三位を誇る超有名企業『デュノア社』の御曹司だそうだ。御曹司、そう男性。男だ。女ではない。遂に世界で二人目の男性操縦者が見つかったのだ。
サラサラの金髪にアメジスト色の瞳、中性的に整った顔つき。織斑一夏とは違う要素を併せ持つ男子には、二ヶ月も経ち男一人だけが学園内にいるということに慣れてしまった女子生徒達にとって少しばかり刺激が強いものであった。転校してきたときに一組から響き渡った黄色い声や廊下での騒ぎは今でも覚えている。玲奈曰く、「ほって置けないくらいの可愛い系男子」だそうだ。
だが、この
そして、もう一人目の転校生は………
私は、指定された部屋番号の『1127』へとやって来た。廊下には人の気配はなく、私一人だけがいた。扉の前に立つと制服を少しだけ整え、震える手を出来るだけ落ち着かせようとする。首のうなじ辺りで嫌な汗がじんわりと衣服に染み渡る感覚がした。
準備をし終わった私は、『1127』と書かれた扉にノックをする。だが返事がなかったためそのままドアノブをひねる。ドアの金具からまだ古臭くない高い音を響かせながらゆっくりと部屋へと歩みを進める。
「失礼します」
私はそう言い切ってからパタンとドアを閉める。
部屋は見慣れた寮の部屋であった。窓から太陽の光が部屋の中を照らしている。人工的な光は目の前に見える机の上を照らしていた。机の上には、自動拳銃が分解されており私の目に鈍い黒い光が差し込む。拳銃の部品の一つを手に持ちきれいに掃除をしている、私を呼びつけた人物がこちらを向く。
赤い瞳に長い銀髪、左目には黒い眼帯が付けられていた。制服の下半身は改造されておりスカートではなく軍服を思わせるズボンを履き、裾は軍靴を連想させる丈の長い靴の中に入れていた。
「お久しぶりですね、少佐」
久々に見る人物に、私は硬直していた顔の筋肉が緩む。
「ああ、やっと来たか。ハーゼンバイン。待っていたぞ」
彼女はいつものように無愛想な表情と冷たい口調で私に話しかける。
彼女の名前はラウラ・ボーデヴィッヒ。ドイツの代表候補生であり、なおかつドイツ軍に所属する軍人。若干15歳でありながらドイツ軍のIS配備特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」、通称黒うさぎ隊の隊長だ。また、私たちフォルテシモ社が開発を進めるレーゲン型ISの試作機『
「本日から一組と二組の合同で実習を開始する。次回以降もこの第二グラウンドで実習を行う。授業開始時間に遅れないよう、時間に余裕を持って行動をするように」
目の前に見える、いつもの黒いスーツではなく白いジャージに着替えているブリュンヒルデに、私たち一組と二組は大きな声で返事をする。
6月に入り、ついに実際にISを使った実習が開始されISスーツに着替えた私たちは、広く殺風景な第二グラウンドの真ん中に整列させられていた。
「まずは戦闘を実演してもらおう。丁度良い役者がいるのだしな。凰!オルコット!」
「はい!」
「はい!」
「専用機持ちなら、早く始められるだろう。前に出ろ」
「めんどいなあ。何で私が…」
私の近くにいた鈴が、そうぼやくと肩を落としながらだるそうに前に出てくる。それと同様に遠くにいたセシリアも何かぽつりと言い、貧乏くじを引かされたと言わんばかりの表情でため息をついて、前に出てきた。
「お前等、少しはやる気を出せ。
ブリュンヒルデがそんなやる気を出してない二人に小声で、
「やはりここはイギリス代表候補生である私の出番ですわね!」
「まぁ、実力を見せつけるいい機会よね!専用機持ちの!」
二人は先程とは打って変わって見せ物としてではなく、織斑への好感度を上げるためだとにこやかな表情に変わり意気込む。
「二人とも、何でこうもちょろいのかしらね…。今後が心配…」
一部始終を全て聞いていた玲菜が余りにも単純すぎる二人に頭を抱える。だが既に当の本人も恋する鈴を利用して織斑のブロマイドを販売しているが。
「これが一番いいやる気の上げ方ですからね。しょうがないです」
見事に釣られた二人の様子をにんまりと微笑むブリュンヒルデに、私は小さな声でぼやいた。
「それでお相手は誰ですの? 鈴さんとの勝負でも構いませんが」
「それはこっちのセリフよ。返り討ちにしてやるわ!」
既に頭の中では織斑のことしか考えられていない能天気で残念な獲物たちは互いにいがみ合う。
「あわてるな馬鹿共。二人の対戦相手は…」
腕を組み、呆れていたブリュンヒルデはそんな二人に対戦相手を告げようとした時だった。ふと、空から何か甲高い音と叫び声が聞こえてきた。
周りにいた生徒たちもその音に気づき、空を見上げる。上空には太陽に照らされて白く光るものが速度を上げて第二グラウンドへ接近していた。そう落下していた。
ハイパーセンサで確認してみると、緑色のラファール・リヴァイヴに乗った一組の副担任である山田真耶先生であった。
…この人先生ですよね?
「あぁぁ、どいて、どいてくださぁぁぁいぃぃ!!」
制御不能になったのか、山田先生が悲鳴を上げながらグラウンドへとさらに速度を高めて接近しており、生徒達は危機を察知して急いでその場から離れる。一応念のためと、私はサンドロックを展開して後ろにいる二組の人たちの盾になった。
グラウンドに不時着した山田先生によって衝突地点からは土埃が立ち込める。土埃が晴れて衝撃が収まり山田先生がいると思われる場所へ目を向けると、彼女は避難せずにその場でISを展開していた織斑と一緒になってクレーターの中に仲良く二人で入っていた。
そして彼はあろうことか山田先生の柔らかい胸部装甲を鷲掴みしていた。いや、揉んでいたのだろう。いいや揉みたかったのだろう。あれを目の前にされたら私も同じことをするだろう。そして、先生に問うのだ。先生、どうしたら私も先生みたいに大きくなりますかって。
鈴のいう”らっきーすけべ”というものを発動させていた織斑は、意識を取り戻すと山田先生から離れる。被害を受けた当の本人はというと、でもこのままいけば織斑先生が義姉さんってことでそれはそれで魅力的な…と噂に聞く趣味の妄想を授業中に膨らませていた。
彼の行った行為は客観的に見ると許可もなく女性の体への触れたという今の世の中では紛れもない重罪であった。俗に言う”セクハラ”というやつだ。女尊男卑によって構成されている世界で女性に対するセクハラは世界が変わる前よりも厳格な罰則になっている。もし、ここで誰かがすみません、セクハラを目撃しました、とでも警察へ通報すればすぐさま織斑一夏は現行犯で逮捕されるだろう。IS学園追放は免れられない。
だが、そんなことをする人物は一人もいなかった。しかし通報の代わりに、別の報いを受けていた。
織斑が山田先生から離れたその時、近くを蒼い閃光が通り過ぎていった。熱源に驚く彼が発生源に視線を向けると、そこには蒼雫を装備しているセシリアがいた。
「おほほほ、残念です。
いつも織斑へ見せるようなにこやかな笑顔で彼女は、いつもよりトーンの低い声で物騒な事を発言する。やっと自分がしでかした過ちに気づいたのか、彼は顔を青ざめる。だが、報いはそれだけでは収まらなかった。
鈴も彼のした行為を許すはずもなく、双天牙月を両方呼び出し連結。彼にめがけて、最近覚えたという投擲をする。横回転をしている双天牙月の射線上には
すると、2回の発砲音がグラウンドに響き渡り、双天牙月が織斑の手前で地面に刺さる。音の出たところに目線を向けると先程までずっと妄想をしていると思われていた山田先生が、地面に伏せライフルを構えていた。
「織斑くん、怪我はありませんか?」
「あ…はい。ありがとう…ございます」
にこやかな表情で怪我の心配する山田先生に、織斑は安心と恐怖が入り乱れる表情で答えた。そうして何とかその場が収まった所で、ブリュンヒルデが本筋へと話を戻すべくセシリアと鈴に言う。
「さて小娘共、さっさと始めるぞ」
「あの、もしかして山田先生と二対一で?」
「いや流石にそれは…」
「安心しろ、今のお前たちならすぐ負ける」
ブリュンヒルデが彼女たちに挑発をするかのようにニヤリとした表情になる。その言葉と表情に不満を思ったのか、彼女たちはむすっとしかめっ面になる。
「ねぇねぇ、山田先生ってそんなに強いのかな?相手は現役の代表候補生だよ?」
後ろにいた玲菜がサンドロックを解除していた私に話しかける。
「うーん、どうでしょうかね。少なくとも入試で教員を倒したというセシリアさんはそれなりの実力を持ってはいると思いますが、1対1と2対1では勝手が違いますからね」
「ふーん。織斑先生がああ言うから、山田先生も意外に強いのかな?」
未だ見えない実力の山田先生に私たちは疑問をぬぐい切れなかった。何せ、ドジっ娘かつ天然キャラとして定着しつつあるという山田先生によるISは全く想像もつかないからだ。
戦闘の実演は空中で行われる事となった。実演が行われていると突如、ブリュンヒルデの指示でデュノアによるラファール・リヴァイヴの解説が付く。デュノア社の御曹司による分かりやすい解説が終わったと同時に戦闘の実演は終了した。結果は、山田先生の快勝。お互いに連携の頭文字もわからないような自己中心的な動きを終始していた二人が叶うはずもなく、とどめにグレネード弾で一気に決めるという綺麗な終わりであった。
「まさか、この私が…」
「あんたねぇ! 何面白いように回避先読まれているのよ!」
「鈴さんこそ! 無駄にバカスカと撃つからいけないのですわ!」
そのままの衝撃でグラウンドに落っこちてきた二人は、お互いの行動に対して指摘をし合っているように見えたが、残念ながらズボンのような上着にしか見えなかった。つまりはどっちもどっち、50歩100歩というやつだ。
「これで諸君にも教員の実力は理解できただろう。以後は敬意をもって接するように」
戦闘を見ていた人たち、特に一組はポカンと口を開け山田先生の技量に驚かされていた。これで、山田先生が『まーやん』や『やまぴー』という変なあだ名で呼ぶ生徒は少しばかり少なくなるだろう。
「次に、グループになって実習をやってもらう。リーダーは専用機持ちがやること。では、別れろ」
そして実習が始まりもちろん、サンドロックを持っている私も例外ではなく専用機持ちという事でリーダーになってしまった。
「ハーゼンバインさん、よろしくね!」
「あ、ゴーグルさんの所かぁ、新聞部だよね!確か!」
「さっき見たISかっこよかったなぁ。もう一回見せて!」
私の所へ来た人は一組と二組の人が半々という感じであった。今回行う内容はISの着脱と起動、そして歩行だ。どれも基本中の基本になる。多くは、IS操縦が初めてで最初はおっかなびっくりでいた人も終わるときには既にそのような感情は無くなっていた。
玲菜は事前に私や鈴との個別で訓練を受けていたため、着脱や歩行は簡単に行うことが出来ていた。
「へぇー、桜田さんISの扱いに慣れているねー。もしかして練習でもしていたの?」
「ふふん、クリスタに教えてもらっていたからねぇ!これくらい平気よ!」
先程歩行体験を終えた一組の子にドヤ顔で威張る玲菜。
「まあ、最初は歩こうとしたらすぐ転んでいたけどね。皆も最初はゆっくりでいいから慣れていってね」
「ちょっ、私の威厳がなくなるじゃない!」
ちょっとだけ笑い声が聞こえ、彼女は少し涙目になりながら私の肩を揺さぶった。
ふとその時、やけに物静かな空間があると感じ、目線を動かすとそれは新しい転校生のラウラ・ボーデヴィッヒ少佐のグループであった。少佐は、じっと担当を受け持った一組や二組の人たちをみつめるだけで特に何をするでもなくじっと佇んでいた。そんな少佐の行動に、実習をする子たちは他のグループのやっている行動を見よう見まねでISを起動させていた。その様子をずっと見ているわけにもいかず、すぐに目をそらす。
「どうしたのクリスタ?」
「いえ、何でもないですよ」
何か心配するように問いかける彼女に私は素っ気ない態度で返事をした。
こうして順調に実習は進み午前の授業は終わりを告げた。実習で使ったISは午後に整備の授業で使うということで、専用機持ちたちは格納庫へ使ったISを運ぶこととなった。流石に生身でISを運ぶわけにもいかず、部分展開して楽にISを運ぼうとした時だった。突然、プライベートチャンネルが開かれる。相手は少佐からだった。
『格納庫へISを戻したら私の部屋へ来い。場所は1127だ』
「この部屋にはお一人で?」
「ああ。生徒数の関係上、だそうだ」
私は少佐が作業している机のもう一対の椅子に招かれ、そのまま座る。
「少佐はなぜこの早い段階でこちらへ?」
少佐は私の方へは向かず、拳銃の整備をし続ける。
「IS学園には既にティアーズ型のISを持った生徒が来ているのはお前も知っているだろう。まあ扱う本人には十分に扱うほどの技量がないのだがな」
「一組のセシリア・オルコットですね。イギリス代表候補生の」
「そんな名前だったな。とにかく、お前も知ってはいるだろうがイグニッションプランでティアーズ型は優勢だ。しかも、代表候補生を学園に送り出し悠悠自適にデータを収集している。そんなティアーズ型に対抗するべく、レーゲン型を扱う私もデータ収集のためにここへ来た、という訳だ。ちなみにトライアル段階に入ったばかりだ」
掃除した部品を机に置き、別の部品を取り出す。
「お前たちの企業もそれだけ必死なのだろうな。まだ残っている作業があるにもかかわらず焦って私と
少佐は途中でどこかせせら笑うように、思い出し笑いをする。
「では、少佐が来られたのはデータ回収のためと?」
「ああ、それに加えて新たなシステムの導入をテストしたいとのことだそうだ。実際にはまだ私のISはトライアル段階の真っ最中だ。同時に新システムのチェックもすると、レーゲンの第三世代兵器はほぼ完成しているようなものだから今更ながらテストをするまでもない。恐らく、ティアーズ型に追いついているとアピールしたいのだろうな」
掃除が終わったのか、掃除用具をしまい拳銃を組み立てていく。
「それで、少佐が私を呼んだ理由はどのようなことで?もしかして、来た理由を話すだけ…」
「ああ、これから世話になる企業の人間のお前に挨拶もかねておしゃべりをするためでもあるが他にもある」
私が言い切る前に言葉をかぶせる。そして、整備のし終わった自動拳銃を手に持ち私に初めて目線が合う。
「おまえは、この学園の生徒たちをどう思う?」
「どう思う…ですか?」
「そのままの意味だ。お前はどう思う?」
冷たい視線が私の全身を襲い、思わず握っていた手に力が入る。
「そうですね、彼女らはきちんとISを学ぼうとしていると思いますよ。ISに触れたことのない人が多いですが意欲的に学ぼうとしている人もいます。そもそも、IS学園という最難関へ受験をしてきたのです。素人であろうがそうでなかろうが、それなりの覚悟をして勉強していると思います」
「…。そうか、おまえは好意的にとらえているのか」
「はい、わたしはそのように…」
「だが、私はそうは思わんな。この学園にいる生徒からは、ISとは何かを本当にわかっていないやつばかりだ」
「ISとは何か?」
「ああそうだ!どうせやつらは、ISはスポーツ競技だとかファッションか何かのように感じているとしか思えない。ISは兵器だ!戦いの道具だということにやつらはそれを理解していない。企業の人なら分かるだろう?ISを発展させていけばどうなるか、ここを出て行った後には何が待っているか!これに対して真剣に取り組もうとする人間は皆無だろう!ああ、今でも思い出しただけで虫唾が走る」
少佐は、感情が抑えきれなくなったのか拳を強く握ると机にたたきつける。
「こんな危機感のない生徒を教えるために、教官は必要ない。教官がこのような場所にいてはならないのだ…」
冷たい瞳からは憎悪が溢れ、私ではなくどこか遠くを見つめていた。
「…お前は誰にでも優しいからこのような事は思わないだろうが、頭の片隅にでも私の考えを留めておいてくれ」
「…はい、了解致しました」
そう言うと、私は席を立ち入口へと戻る。
「少佐。私もフォルテシモ社の人間です。本社から少佐のサポートを任されています。ISに関して、そうでなくてもそれ以外でも何かあればお申し付けください」
「ああ、分かった」
「それではこれで」
そして私は少佐のいる部屋を後にした。