目が覚めるとウィッチでした。   作:華山

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小ビフレスト作戦4

鬱蒼と茂る森の中から、一本の無機質なシルエットが覗く。

いや、それは一本どころではなかった。

葉を覆いかぶせられ、何本も顔を出すそれは、鋼鉄の獣……。

戦車の主砲に間違いなかった。

これから行われる戦いの初期段階。

敵の誘導のために集められた戦車隊が、森の中にアンブッシュしていた。

 

「ったく、こんなことになるなんてよ」

 

男はハッチから体を出して、双眼鏡で、唯一森の外を見ることのできる方角を見る。

開けた方角は、ネウロイがやってくるであろう方向だ。

そいつらにここから砲撃を与えながら、後方の町へと撤退する。

なんてことはない任務だった。

それは彼らが日常的にやり続けていたことだ。

しかし今回は訳が違っている。

そう、支給物資が底をつきかけているうえに、援助も援護の予定もないのだ。

戦車は18両、この部隊に存在している。

そのうちこの作戦に参加できたのは8両だった。

半分以下の数である。共食い整備をした結果、とうとうこの数まで減ってしまった。

さらに砲弾も心もとない。

実際に砲弾が積まれているのはその半分の4両だ。

他は盾として使うとのことだったが、その言葉は暗に『囮になれ』と言っていることを意味していた。

 

「あの女さえいなければ、な」

 

あの女。

はるか遠い東方の国。扶桑の女。

あの基地に唯一存在している航空歩兵部隊のウィッチ。

そのウィッチが、基地で大演説を行った結果、この場所に駆り出された戦車部隊。

そして、指揮官が出した指示は、勇猛に戦って死ねと言っているようなものだった。

男は気に食わないといった表情で、最後のたばこを取り出すと、それにマッチで火をつける。

男は疲れ切っている体に、煙を染み渡らせるようにタバコを吸った。

男の金髪に、木漏れ日が差して光る。

 

「車長! 火気厳禁っすよ」

 

戦車の車内から、若い男の声が聞こえ、男……。『車長』は渋い顔を浮かべた。

若い男は無線種の様だった。

無線手は早くタバコを消す様に促すが、車長はそれを無視して一点を見つめる。

 

「嫌な気分だ。嫌な気分だぜまったく」

「何がっすか。いつもの事じゃねぇですか」

 

車長は渋い顔をやめることなく、タバコをふかす。

嫌な気分というものは、この状態を指している言葉であったが、この先に起こる事を見越しての言葉にも聞こえた。

これからこの部隊は、ネウロイの襲撃に意図的に遭遇し、そして後方の街の撤退する。

そして、さらに後方で待機している重砲隊が、その街を平地にするために砲弾を叩き込む。

歩兵隊が最優先で避難誘導をしているものの、未だにその街に未練がある者が、頑なに残り続けてるのだという。

 

「後方には数百万の欧州の民か……」

 

ぽつりと車長はつぶやく。

それは完全に同じではなかったが、扶桑のウィッチが言った言葉の要約だった。

実際、ここを突破されれば、まだ避難が終わっていないベルリンの民が居る。

それだけで数十万規模を簡単に超してしまう数だ。

逃げるわけにもいかず、そして戦える刃すらもなくしてしまいそうな状態。

しかし兵士であるが以上、彼らは戦わなければいけなかった。

 

「姫さんの言葉っすか? かっこいいっすよね『彗星の姫君』」

 

通信手の言った言葉に、車長は小さく舌打ちをした。

あいつが部隊を奮起させてしまったせいで、指揮官すら躍起になってしまった。

きっと、あの演説がなければ、もっと後方へと撤退を始めていただろう。

そうすれば、戦線は崩れるが、死期をもっと先延ばしにすることができた人物もたくさんいただろう。

 

「『姫君』だぁ? あいつは死神だ。俺たちを地獄へ突き落すとんでもねぇ死神さ」

 

死神。

それが車長のできる唯一の、彼女を喩える表現だった。

事実、あの深紅の瞳。人形のように整った容姿は、悪魔や死神に見えてもおかしくはない。

車長はそのたとえが妙にしっくり来て頷く。

 

「何時襲撃が来てもおかしくねぇ。無線機をよこせ。ここを死に場所にしてるだろう部隊の奴らに一言言ってやるよ」

 

無線手がマイクを手渡すと、車長はそれに叫び出す。

 

「お前たち! 耳かっぽじって、そのない脳みそでよく聞け! 俺はここで死ぬつもりはねぇ!」

 

無線を使わずとも聞こえるほどの大声だ。

静かな森に独壇場かのように彼の声が響き渡った。

 

「俺はな、あの『姫様』とやらが言ったように、勇猛に戦い死ぬ。なんてことする気はねぇ」

 

手を振りかざし、まるで演説をするかのように言い放つ。

 

「だからと言って逃げる気もない! 俺は兵士だからな。だから俺は決めた」

 

車長はにやりと初めて笑みを浮かべた。

 

「俺は勇猛に戦い生き残る!」

 

言ってやったと、満足げな表情で、車長は胸を張っている。

それに無線手はやれやれといった表情を浮かべて首を横に振った。

 

「という訳だ。生き残りたければ、俺についてこい!」

 

言うだけ言い放つと、マイクを無線手に投げ返した。

これが彼。戦車長であり、この戦車部隊の隊長である男の姿だ。

言葉こそ粗暴で、ところどころやる気がないように思える彼も、その言葉には妙な説得力と強さを持っていた。

そういった意味では、彼もまた、扶桑のウィッチに近い人種の様だった。

車長はタバコを咥えなおして、それを吹かす。

煙が解ける様に、空中に消えていく。その時だった。

微かに響く地響き。

車長はそれが何かを直感で気づいた。

 

ネウロイ。

 

何百回と戦を交えた相手の感覚を忘れるわけがない。

すぐさま、車長は双眼鏡で開けた方向を見つめた。

そしてそれは捉える。土煙を上げながら、こちらに迫ってくる、多脚の異形を。

 

「来やがった! 来やがったぞ!」

 

興奮したように車長は、運転手の肩を蹴る。

今回の目的は、敵の撃破ではない。

だからと言って、敵を十分に引き付けて誘い込まなくては意味がない。

 

「目標4000! まだ撃つな、十分引き寄せろ。敵の射程のギリギリを攻めろ。第一斉射と共に! 後退を開始する!」

 

興奮しながらも、車長の指示は冷静だった。

何度も繰り返した手であるからこそ、機械的に、そして完璧なまでに統率できる。

この戦車部隊は、もはや元の形を残していないほどに混成した部隊だ。

カールスラント、オストマルク、ガリア、一部オラーシャすら混ざっているこの部隊。

統率するには相当な手腕が必要だろう。しかしこの男はそれをやってのけている。

大胆に、冷静に、着実に。

男は距離を測る。時間を測る。

そしてその時がきた。

 

Feuer(撃てっ)!!」

 

その号令の瞬間――。

 

凄まじいまでの砲声と共に、鉄の獣が火を噴いた。

爆風が草木を揺らし、枯葉を舞い上げる姿は、草木に隠れて獲物に一瞬にして襲い掛かる、ヒョウやトラの様だ。

砲弾は目標のほうへと一直線に飛び、そして。

 

「命中2! でも浅い! まっすぐ来るぞ!」

 

初弾でここまで当てることができるのは、訓練の賜物というべきだった。

ネウロイは方向を、砲撃のあった場所にめがけて、一点に走ってくる。

 

「全車後退! 森を抜けて」

 

車長が撤退を指示しようとした時だった。

 

「なっ!?」

 

後方から爆風が車長の体に届く。

その方向を振り返ると、戦車が爆散している。

前方からの攻撃は見受けられなかった。

車長の脳裏には、最悪の考えが過った。

 

「まさか挟撃か……!」

 

彼らより後方にはネウロイはいない筈だった。

しかし、敵がこのこと作戦を読んでいて、少数の部隊を気付かれないように後方に回したとしたらどうだろうか。

面で押すのではなく、散兵による戦術を敵が考えたことに、車長は戦慄を覚えた。

そうしてるうちにも、後方から光線が放たれ、戦車が一両爆散する。

ネウロイの光線には、戦車の装甲など、ほとんど無意味なのだ。

 

「車長!!」

「くっ、全車いったん前方に出る! 見晴らしのいい道に出て、全速力で街に逃げんだよ!」

 

戦車が黒煙を吐きながら、走行を始める。

低木をへし折り、舗装されて道の一部に出る。

前方のネウロイはそれに気付き、攻撃を始める。

しかしまだ遠い。止まらなければ当たる事のない砲撃だった。

 

「まだ道は塞がれてない……! 行くぞっ!!」

 

残った六両は、それぞれに全速力で逃げ出す。

後方のネウロイは、まだ完全に道をふさぐ布陣を取っていなかった。

逃げるなら今の内と、車長は全車に拍車をかけた。

 

「よし、まだ逃げれる! これならっ!」

 

一安心して、車長はタバコを投げ捨てた。

後は後方を目指して一直線に走るだけだと。

何時もの様に、その任務をやり遂げるだけだった。

車長が深くため息を吐いたその時だった。

 

一瞬で隣の車両が爆散する。

 

「なっ!? ぐぁっ!?」

 

予想だにしなかったせいで、飛び散った破片が頭に命中してしまう。

車長は額から血を滴らせながら、その双眸に黒い異形をとらえる。

舗装された道路に陣取る様に、ネウロイの横隊がこちらを狙っていた。

森の中で車長らを狙っていたネウロイは、光線の感覚からして長距離からの攻撃だった。

数キロは離れていただろう。

それにしては展開が早すぎる。

車長の脳裏には一つの答えが浮かんだ。

 

「別動隊は一隊じゃないのか……!」

 

脳震盪でぼやける思考で導き出した答え。

このまま進んでも死が待っているだけだった。

ネウロイの横隊は、まるであざ笑うかのように、戦車隊を待ち受けている。

 

「車長!」

 

車長は歯を食いしばる。

 

「車長! どうするんです!」

 

無線手が声をかけるが、次の手段が思い浮かばない。

車長は完全に詰んでいる事を理解した。

そしてなす術もないことを、部下に話せずにただ。

一言だけ。

 

「すまない」

 

そう一言だけ告げると、強く奥歯をかみしめていた。

そして戦車が爆散していく。

残り四両

車長は死を覚悟した。

前方のネウロイの横隊から顔を背けようとしたとき。

 

まさにその時だった。

 

ドン……。と一発の砲声。いや、それにしては小さいものだった。

その直後、天から降り注ぐ一撃に、ネウロイの体が貫通され、そして爆散する。

 

「なっ……!」

 

車長が空を見上げると、四線の飛行機雲。そしても一発砲声と見間違う銃声と共に、ネウロイが爆散する。

ネウロイ共は、その飛行機雲を墜とそうと、空に向かって砲撃を始める。

車長は理解した。

鋭く空を割くように雲を引くその軌道を見て、その存在が誰かを理解した。

空を舞っているのは、先ほど死神と揶揄したウィッチ。

扶桑の彼女なのだ。

 

「車長! 通信です! 『コメットが援護する。撤退されたし……。遅くなってすまない』とのことでした!」

「あいつら……。よし! あいつらが居れば地上に負けはなしだ! 撤退するぞ!!」

 

再び戦車が走りだす。

ちょうどネウロイの横隊が吹き飛び、道路が開いた時だった。

車長は今度こそと胸を撫で下ろす。

空を飛んでいるウィッチたちは、そんなこと知れず、空を悠々と飛んで敵の攻撃を回避している。

しかし航空ウィッチが対応できる数ではない。

戦車隊が呼び寄せたネウロイは、さらに数を増している。

20は超しているだろうか。

地面を埋め尽くすよう黒。それを見ると、車長は身の毛もよだつ思いだった。

 

「さっさと撤退するぞ! あの数じゃ 守護天使も長くは持たん!」

「車長? 死神じゃなったんすか?」

 

戦車が逃走したことに気づいたのか、ネウロイが追いかけてくる。

 

「どっちでもいい! この際、死神でも天使でも! くそ、おいでなすった!」

 

空のウィッチ達も、戦車に合わせる様に撤退を始めている。

彼女らの仕事は、街になだれ込んだネウロイたちを斃すための、重砲の着弾観測が仕事だった。

こちらまで飛んでくる予定はなかったはずだ。

しかし、彼女たちは援護に来た。

おそらく後方にネウロイが侵入したことに気づいたのだろう。

 

「運が良いのやら悪いのやら……」

 

順調に撤退が続く。

彼女たちが来てからというもの、車両は欠けることがない。

確かな援護の実力なのだ。

そして車長は思う。

今後方から追いかけてきているネウロイは30を超す規模に膨れ上がっている。

あの数に追いかけられた場合、挟撃を受けなかったとしても撤退は不可能だっただろう。

挟撃をかけられた事で、ウィッチたちの支援を得られた。

その点では、戦車部隊は幸運と言えるのかもしれない。

 

「くそっ、死神なのか、守護天使なのか、はっきりしやがれ!」

 

車長は文句を言うように、拳を空の飛行機雲に突き立てた。

 




今日は戦車隊のお話という感じで。

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