重苦しい空気が流れるテントの中。
複数人の男と、基地司令。そして、ウルカとグラティアの姿があった。
この場所は、各部隊指揮官が集まる指令所、そして作戦会議室でもあった。
「司令官殿。小官たちには場違いな場所だと思われるのですが……」
先に口を開いたのはグラティアだった。
テント内の全員の視線がグラティアに集まる。
「行き過ぎた謙遜は嫌味だぞ少尉。貴官らの部隊はすでに、この基地の中核と言っても過言ではない」
基地司令は瞳を伏せながら、静かにそう言い放った。
「貴官らの部隊。コメットがいなければ、この戦線は一週間前に瓦解していた事だろう」
「ですな……。他の戦線も撤退し始める中、この基地は幸運ともいえる」
基地司令の言葉に反応するかのように、もう一人の小太りの男性が口を開いた。
彼は地上部隊の指揮官。ガリアより派遣されている将校だった。
この基地は撤退の際に統合されて作られた部隊だ。
指揮系統の人間も、当然各国の士官で編成されている。
故に、指揮系統が完全にうまく繋がってるかというと、そうとも言えない状態だった。
だからこそ、現在の様な状態に陥っている。
「しかし恐ろしいのは君だ。一時的にとはいえ、兵士たちの士気を回復せしめた」
もう一人の男。航空部隊指揮官の男の双眸がウルカを見た。
その表情からは、尊敬の近いもの。そして恐怖に近い物。両方が読み取れる。
畏怖という表現が正しいだろう。
彼はウルカにそういった念を抱いていた。
「私が一兵卒であったなら、あの雰囲気に飲まれて、戦地へと走っていただろうな」
彼は乾いた笑いを浮かべた。
「でだ、話を戻そう。貴官らをここに呼んだのは他でもない。今後の作戦についてだ」
基地司令は、机を指さして言う。
そこにはこの周辺の地形を表した地図が置いてあり、その上には配置している部隊の駒が置かれていた。
「出撃すると言っても、策なしには破滅するだけだ。そして、君たちの意見も聞きたい」
「俺たちのですか?」
ウルカはその言葉に疑問を返す。
いくら活躍しているといっても、一兵に過ぎない者の意見が、どれだけ有効だろうか。
もちろん、ウルカは部隊を指揮した経験もない。
場違いと思いながら、ウルカは頭を掻いた。
「場違いと言いたそうだね。しかし我らも正直お手上げなのだ」
基地司令は静かに首を横に振った。
消耗戦を強いられてきて、現在支援の予定もない。
確かに、並の指揮官なら、相当な奇策でもない限り、お手上げ状態だっただろう。
しかし、彼は、合同部隊であるにも拘らず、今までこの戦線を維持してきた。
彼は、及第点以上の指揮官だと言えよう。
「今までは正直に、防衛ドクトリンに従って戦ってきたが、これも限界だ。大規模作戦を行えるほどの部隊も残っていない。ゆえにどうすれば良いか。空から戦況を見れる君たちに聞きたいのだ」
期待の眼差しがウルカたちに向けられた。
ウルカはグラティアと顔を合わせる。グラティアは困ったように笑った。
地図上に視線を移すと、部隊が配置されている位置を見る。
基地周辺は森も点在しており、その先には比較的平坦な土地は広がっている。
先刻崩壊したとされる戦線は、平坦な地形なため、ネウロイが流れ込んできた。
そしてその先には森が広がっている。
「俺たちの作戦。もはや勝利じゃないのは明確だ。撤退戦。もしくは遅滞戦に移行してると思うんですけど……」
ウルカは前線の部隊の駒を森の中に引いていく。
「敵の射線や機動力を削ぐのなら、この森で迎え撃つべきだと思います」
「あぁ、それは検討している」
「でしょうね……。で、この森の中に開けた町があります。ここにネウロイを追い込みます」
「町に……。か」
基地司令は何かを察したように声を出した。
「航空部隊の観測で、この町に流れ込んだネウロイを榴弾砲を用いて砲撃します」
「な、町を破壊しろというのか!?」
地上部隊の指揮官が、ウルカの言葉に驚きの声を上げた。
「この町の撤退状況は?」
「民間人はほぼ撤退している……。しかし……」
「市街地であれば、ネウロイの動きは遅くなると思います。観測射撃であれば、効果的にネウロイを撃破できるかと」
「しかし町を破壊か……」
ウルカは少し考えこむ。
地上部隊の指揮官の口ぶりから、おそらく民間人の避難は、完全に終わっている訳ではないのだろう。
そんな場所にネウロイを引き込み、砲撃を行うなら、どうなるかは分かり切っているだろう。
しばしの沈黙の後、ウルカは口を開いた。
「だから言いたくなかったんですよ。この作戦は、相応の代償が付きまとう。でも、ここでネウロイを止められないと、後ろには数百万の欧州の人たちがいる」
ウルカはその先の言葉を躊躇するように、自らの胸倉をぎゅっとつかんだ。
「主戦場はランツベルクでしょう。確かにあそこを抜かれればゼーロウを通してベルリンまで一直線です。でも、ここも侵入を許せば、他部隊へ挟撃させることになります。だからここは死守しないといけないと……。俺は思います」
「あぁ、分かっているのだ。分かっている……」
ウルカは自分の胸倉を掴むのをやめ、深く息を吐いた。
そして言葉を詰まらせる。
「多少の犠牲は、やむを得ないと思います」
「え?」
言葉を詰まらせるウルカの代わりに、グラティアが一歩前に出て言い放つ。
そして、グラティアは、ウルカの手をぎゅっと握り、ウルカに強くうなずいた。
「お前だけには背負わせないさ」
「ティア……」
ウルカはグラティアの手を強く握り返した。
「……分かった。貴官らの意見で腹が決まったよ」
「しかし、良いのですか? 民間人の避難は完全には……」
地上部隊の指揮官は、基地司令に意見する。
しかし、基地司令は決意を持った眼差しを向ける。
「全責任は私が負う。この少女たちが難しい判断をしてくれたのだ。責任を負うのは、大人の仕事であろう?」
基地司令は、地上部隊指揮官の肩を叩いた。
「君らは下がっていてくれ。作戦については追って伝える」
「了解しました!」
ウルカとグラティアは敬礼を見せると、その場を後にしようとする。
「あ、君! ウルカ君だったか」
基地司令がウルカを呼び止めた。
「え? あ、はい。何か?」
「君には感謝している。ありがとう」
「……小官には身に余る言葉ですよ」
「先に言っておきたかった。このご時世、遅いと思うことが多すぎてね」
「縁起でもない。俺は出来る限り守るつもりですよ。貴方もね司令」
ウルカはもう一度敬礼をして、その場を後にするのだった。
…………
……
…
「だーかーらー! 何でこんなこともできないのよグズッ!」
ウルカの眼前では、強気な少女と整備兵が言い争っている。
その様子を、巻き込まれないように遠巻きから眺めていた。
「でも物資が!」
「工夫しろって言ってんの! この回路を、こっちにつなげばいいでしょうが!」
「あ……」
暫くの言い争いは、その少女の勝利に終わったようだった。
整備兵は言い負かされて、いい気分はしなかっただろうが、自分の問題を解決されて、頭が上がらないようだった。
少女は年齢としては、十二、三歳と言ったところだろう。
しかし、整備にはかなり精通しているようで、ウルカは感心しながらその様子を見つめていた。
「ん? これ? こんなのもわからないのね。でもいいわ。この小さな故障を見つけたのは偉いわね。えっと、こうして……」
彼女の元に整備兵が助言を求めようと集まっている。
その様子は、まるでアイドルに集るファンのようにも見えた。
「この子は。……無理ね。廃棄してパーツ取りに回して、そしてこれは……」
「あ」
ウルカがその場を後にしようとしたときだった。
少女と目が合ってしまったのだ。
少女は、その鋭い視線でこちらを見て、ずかずかとウルカに向かってくる。
「アンタ!」
ウルカは左右を見るが誰も居ない。
その少女の言葉は、ウルカを指して言った言葉だ。
ウルカは、はぁと肩を落とす。
待機中に、ストライカーの様子を見に来たのが運の尽きだったのだ。
「そう! アンタよ!」
少女はウルカの目の前に来て、腕を組み、ウルカの顔を見上げた。
「えっと……。何か?」
ウルカは恐る恐る少女に尋ねる。
「アンタねぇ! ストライカーをあんなに吹かせて! 無理やりぶん回してたわね!」
「あー、その」
これは小言を言われるのだろう。とウルカは覚悟の表情を浮かべる。
「パーツは焼き切れてるし、整備は大変だし滅茶苦茶よ!」
少女は背伸びして、ウルカの肩をグッとつかみ。
「怪我、してないわよね? あれだけ無理にストライカーを動かしたんだし……」
「は……?」
ウルカはポカーンと口を開けた。
無理もなかった。何か小言や悪口を受けると思っていたのに、少女から出た言葉は心配の言葉だった。
強気な表情ながらも、少女は心配するようにウルカの全身を隈なくチェックしている。
「いい? 機械は壊れても直せるし、替えもあるけど! アンタの命は一つなのよ!」
「あ、あぁ……。そうだな……」
「……分かってるならいいわ。アンタの機体はアタシが責任もって整備するから!」
少女はウルカの体のチェックを終えたのか、一歩遠ざかる。
「あたしはイオネラ! ダキアのウィッチよ。あんたは彗星の姫君だっけ?」
「ウルカ。カナイウルカだ。その呼び名やめてくれ」
「まぁそうよね。私だったら恥ずかしくて逃げちゃうわ」
イオネラは、ウルカの心を的確に抉るように言い放つ。
ウルカはその場にガクリと項垂れるのだった。
「ともかく、アンタの機体は完ぺき……。とは言えないけど、出来るだけ整備するわ」
「イオネラ……でいいのか。君はウィッチって言ったけど……整備できるのか?」
「馬鹿にしないで頂戴! アタシは何でもできるスーパーエースなの!」
イオネラは自慢げに、小さなその胸を張って答える。
「なるほどな……。君は飛ばないのか?」
「そりゃ飛びたいわよ。でもね。稼働機が足りないの。アタシのは完全に壊れちゃったし」
イオネラは少し残念そうに、整備兵によって分解されるストライカーを見る。
彼女が、先ほどパーツ取りを指示した機体だった。
「残念よ。いい子だったのに」
イオネラは、まるで我が子や教え子に見せるような視線で、ストライカーを見ている。
そして、心底残念と言った表情を見せた。
「君の命は一つだろ?」
そんな彼女を見かねて、ウルカは声をかける。
ウルカの突然の言葉に、イオネラはキョトンとウルカを見つめた。
「君が言ったんだろ? 機械は直せるし、替えはあるけど、命は一つだって」
「そりゃ言ったけど……」
「ストライカーを見るに、派手にやられたみたいだけど、君は生きてる。本当に良かったよ」
イオネラはその言葉に少し頬を染めた。
「そ、そう……」
恥ずかしがるようにそっぽを向くと、指示を待ち望んでいる整備への方へと向かっていく。
「ウルカ! その言葉なんかクサいわよっ!」
イオネラは振り返ると、何かを振り払うように言い放つ。
「あー、悪い」
「でも元気出た! お礼にアンタのストライカー! ゼッタイ墜ちないようにしてあげるから!!」
イオネラはニッと笑みを浮かべると、そのまま整備兵の元へと帰っていった。
ウルカはそれを見送ると、邪魔するわけにもいかないと、その場を後にしようとした。
「さて、俺も……」
「うーるーかーさーま?」
「うわぁっ!? ポリーヌ!?」
ウルカが振り返った瞬間、目の前に幽霊のように現れたポリーヌ。
素っ頓狂な声を上げて、ウルカは大きく飛びのいた。
「誰です? あの女狐は?」
「いや、なんだよ女狐って。顔が怖いぞ……?」
ポリーヌは表情こそ笑っているが、雰囲気は笑ってるように見えない。
ウルカは表情を引きつらせながら、一歩遠のく。
「整備やってるウィッチだよ。俺のストライカーを直してくれてるんだ」
「あら、そうでしたの? なら後でお礼を言わなければいけませんわね?」
「……そのままの意味だよな?」
「いやですわウルカ様。私の大切な人の機材を直してくださるんですもの。お礼は言わないといけませんわ」
「あぁ、そうだな。うん……」
「それは置いといて、ずいぶんと仲が良いようでしたわね?」
ウルカはその言葉にビクッと体を震わせた。
「そりゃ、仲良くしたほうが良いだろ。喧嘩するよりは」
「本当にそれだけですの?」
追及するポリーヌに、ウルカは苦笑を浮かべる。
最近になり、ポリーヌのウルカに対する思いが、エスカレートしているようだった。
「……ポリーヌ。最近なんかキモいぞ?」
「きもっ!?」
ウルカの言葉に、ポリーヌはその場に固まる。
ウルカにしては、何気ない言葉だったが、ポリーヌにとっては大ダメージを受ける言葉だったようだ。
「あ、あんまりですわー!!」
そしてポリーヌはウルカの元から走り去る。
「おい! ポリーヌ!!」
ウルカは慌てて彼女を追いかけた。
こうなってしまっては、何かフォローを入れなくては後が怖いのだ。
結局、ウルカがポリーヌが機嫌を直すまで、数十分の説得を要するのだった。