目が覚めるとウィッチでした。   作:華山

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小ビフレスト作戦3

重苦しい空気が流れるテントの中。

複数人の男と、基地司令。そして、ウルカとグラティアの姿があった。

この場所は、各部隊指揮官が集まる指令所、そして作戦会議室でもあった。

 

「司令官殿。小官たちには場違いな場所だと思われるのですが……」

 

先に口を開いたのはグラティアだった。

テント内の全員の視線がグラティアに集まる。

 

「行き過ぎた謙遜は嫌味だぞ少尉。貴官らの部隊はすでに、この基地の中核と言っても過言ではない」

 

基地司令は瞳を伏せながら、静かにそう言い放った。

 

「貴官らの部隊。コメットがいなければ、この戦線は一週間前に瓦解していた事だろう」

「ですな……。他の戦線も撤退し始める中、この基地は幸運ともいえる」

 

基地司令の言葉に反応するかのように、もう一人の小太りの男性が口を開いた。

彼は地上部隊の指揮官。ガリアより派遣されている将校だった。

この基地は撤退の際に統合されて作られた部隊だ。

指揮系統の人間も、当然各国の士官で編成されている。

故に、指揮系統が完全にうまく繋がってるかというと、そうとも言えない状態だった。

だからこそ、現在の様な状態に陥っている。

 

「しかし恐ろしいのは君だ。一時的にとはいえ、兵士たちの士気を回復せしめた」

 

もう一人の男。航空部隊指揮官の男の双眸がウルカを見た。

その表情からは、尊敬の近いもの。そして恐怖に近い物。両方が読み取れる。

畏怖という表現が正しいだろう。

彼はウルカにそういった念を抱いていた。

 

「私が一兵卒であったなら、あの雰囲気に飲まれて、戦地へと走っていただろうな」

 

彼は乾いた笑いを浮かべた。

 

「でだ、話を戻そう。貴官らをここに呼んだのは他でもない。今後の作戦についてだ」

 

基地司令は、机を指さして言う。

そこにはこの周辺の地形を表した地図が置いてあり、その上には配置している部隊の駒が置かれていた。

 

「出撃すると言っても、策なしには破滅するだけだ。そして、君たちの意見も聞きたい」

「俺たちのですか?」

 

ウルカはその言葉に疑問を返す。

いくら活躍しているといっても、一兵に過ぎない者の意見が、どれだけ有効だろうか。

もちろん、ウルカは部隊を指揮した経験もない。

場違いと思いながら、ウルカは頭を掻いた。

 

「場違いと言いたそうだね。しかし我らも正直お手上げなのだ」

 

基地司令は静かに首を横に振った。

消耗戦を強いられてきて、現在支援の予定もない。

確かに、並の指揮官なら、相当な奇策でもない限り、お手上げ状態だっただろう。

しかし、彼は、合同部隊であるにも拘らず、今までこの戦線を維持してきた。

彼は、及第点以上の指揮官だと言えよう。

 

「今までは正直に、防衛ドクトリンに従って戦ってきたが、これも限界だ。大規模作戦を行えるほどの部隊も残っていない。ゆえにどうすれば良いか。空から戦況を見れる君たちに聞きたいのだ」

 

期待の眼差しがウルカたちに向けられた。

ウルカはグラティアと顔を合わせる。グラティアは困ったように笑った。

地図上に視線を移すと、部隊が配置されている位置を見る。

基地周辺は森も点在しており、その先には比較的平坦な土地は広がっている。

先刻崩壊したとされる戦線は、平坦な地形なため、ネウロイが流れ込んできた。

そしてその先には森が広がっている。

 

「俺たちの作戦。もはや勝利じゃないのは明確だ。撤退戦。もしくは遅滞戦に移行してると思うんですけど……」

 

ウルカは前線の部隊の駒を森の中に引いていく。

 

「敵の射線や機動力を削ぐのなら、この森で迎え撃つべきだと思います」

「あぁ、それは検討している」

「でしょうね……。で、この森の中に開けた町があります。ここにネウロイを追い込みます」

「町に……。か」

 

基地司令は何かを察したように声を出した。

 

「航空部隊の観測で、この町に流れ込んだネウロイを榴弾砲を用いて砲撃します」

「な、町を破壊しろというのか!?」

 

地上部隊の指揮官が、ウルカの言葉に驚きの声を上げた。

 

「この町の撤退状況は?」

「民間人はほぼ撤退している……。しかし……」

「市街地であれば、ネウロイの動きは遅くなると思います。観測射撃であれば、効果的にネウロイを撃破できるかと」

「しかし町を破壊か……」

 

ウルカは少し考えこむ。

地上部隊の指揮官の口ぶりから、おそらく民間人の避難は、完全に終わっている訳ではないのだろう。

そんな場所にネウロイを引き込み、砲撃を行うなら、どうなるかは分かり切っているだろう。

しばしの沈黙の後、ウルカは口を開いた。

 

「だから言いたくなかったんですよ。この作戦は、相応の代償が付きまとう。でも、ここでネウロイを止められないと、後ろには数百万の欧州の人たちがいる」

 

ウルカはその先の言葉を躊躇するように、自らの胸倉をぎゅっとつかんだ。

 

「主戦場はランツベルクでしょう。確かにあそこを抜かれればゼーロウを通してベルリンまで一直線です。でも、ここも侵入を許せば、他部隊へ挟撃させることになります。だからここは死守しないといけないと……。俺は思います」

「あぁ、分かっているのだ。分かっている……」

 

ウルカは自分の胸倉を掴むのをやめ、深く息を吐いた。

そして言葉を詰まらせる。

 

「多少の犠牲は、やむを得ないと思います」

「え?」

 

言葉を詰まらせるウルカの代わりに、グラティアが一歩前に出て言い放つ。

そして、グラティアは、ウルカの手をぎゅっと握り、ウルカに強くうなずいた。

 

「お前だけには背負わせないさ」

「ティア……」

 

ウルカはグラティアの手を強く握り返した。

 

「……分かった。貴官らの意見で腹が決まったよ」

「しかし、良いのですか? 民間人の避難は完全には……」

 

地上部隊の指揮官は、基地司令に意見する。

しかし、基地司令は決意を持った眼差しを向ける。

 

「全責任は私が負う。この少女たちが難しい判断をしてくれたのだ。責任を負うのは、大人の仕事であろう?」

 

基地司令は、地上部隊指揮官の肩を叩いた。

 

「君らは下がっていてくれ。作戦については追って伝える」

「了解しました!」

 

ウルカとグラティアは敬礼を見せると、その場を後にしようとする。

 

「あ、君! ウルカ君だったか」

 

基地司令がウルカを呼び止めた。

 

「え? あ、はい。何か?」

「君には感謝している。ありがとう」

「……小官には身に余る言葉ですよ」

「先に言っておきたかった。このご時世、遅いと思うことが多すぎてね」

「縁起でもない。俺は出来る限り守るつもりですよ。貴方もね司令」

 

ウルカはもう一度敬礼をして、その場を後にするのだった。

 

…………

……

 

「だーかーらー! 何でこんなこともできないのよグズッ!」

 

ウルカの眼前では、強気な少女と整備兵が言い争っている。

その様子を、巻き込まれないように遠巻きから眺めていた。

 

「でも物資が!」

「工夫しろって言ってんの! この回路を、こっちにつなげばいいでしょうが!」

「あ……」

 

暫くの言い争いは、その少女の勝利に終わったようだった。

整備兵は言い負かされて、いい気分はしなかっただろうが、自分の問題を解決されて、頭が上がらないようだった。

少女は年齢としては、十二、三歳と言ったところだろう。

しかし、整備にはかなり精通しているようで、ウルカは感心しながらその様子を見つめていた。

 

「ん? これ? こんなのもわからないのね。でもいいわ。この小さな故障を見つけたのは偉いわね。えっと、こうして……」

 

彼女の元に整備兵が助言を求めようと集まっている。

その様子は、まるでアイドルに集るファンのようにも見えた。

 

「この子は。……無理ね。廃棄してパーツ取りに回して、そしてこれは……」

「あ」

 

ウルカがその場を後にしようとしたときだった。

少女と目が合ってしまったのだ。

少女は、その鋭い視線でこちらを見て、ずかずかとウルカに向かってくる。

 

「アンタ!」

 

ウルカは左右を見るが誰も居ない。

その少女の言葉は、ウルカを指して言った言葉だ。

ウルカは、はぁと肩を落とす。

待機中に、ストライカーの様子を見に来たのが運の尽きだったのだ。

 

「そう! アンタよ!」

 

少女はウルカの目の前に来て、腕を組み、ウルカの顔を見上げた。

 

「えっと……。何か?」

 

ウルカは恐る恐る少女に尋ねる。

 

「アンタねぇ! ストライカーをあんなに吹かせて! 無理やりぶん回してたわね!」

「あー、その」

 

これは小言を言われるのだろう。とウルカは覚悟の表情を浮かべる。

 

「パーツは焼き切れてるし、整備は大変だし滅茶苦茶よ!」

 

少女は背伸びして、ウルカの肩をグッとつかみ。

 

「怪我、してないわよね? あれだけ無理にストライカーを動かしたんだし……」

「は……?」

 

ウルカはポカーンと口を開けた。

無理もなかった。何か小言や悪口を受けると思っていたのに、少女から出た言葉は心配の言葉だった。

強気な表情ながらも、少女は心配するようにウルカの全身を隈なくチェックしている。

 

「いい? 機械は壊れても直せるし、替えもあるけど! アンタの命は一つなのよ!」

「あ、あぁ……。そうだな……」

「……分かってるならいいわ。アンタの機体はアタシが責任もって整備するから!」

 

少女はウルカの体のチェックを終えたのか、一歩遠ざかる。

 

「あたしはイオネラ! ダキアのウィッチよ。あんたは彗星の姫君だっけ?」

「ウルカ。カナイウルカだ。その呼び名やめてくれ」

「まぁそうよね。私だったら恥ずかしくて逃げちゃうわ」

 

イオネラは、ウルカの心を的確に抉るように言い放つ。

ウルカはその場にガクリと項垂れるのだった。

 

「ともかく、アンタの機体は完ぺき……。とは言えないけど、出来るだけ整備するわ」

「イオネラ……でいいのか。君はウィッチって言ったけど……整備できるのか?」

「馬鹿にしないで頂戴! アタシは何でもできるスーパーエースなの!」

 

イオネラは自慢げに、小さなその胸を張って答える。

 

「なるほどな……。君は飛ばないのか?」

「そりゃ飛びたいわよ。でもね。稼働機が足りないの。アタシのは完全に壊れちゃったし」

 

イオネラは少し残念そうに、整備兵によって分解されるストライカーを見る。

彼女が、先ほどパーツ取りを指示した機体だった。

 

「残念よ。いい子だったのに」

 

イオネラは、まるで我が子や教え子に見せるような視線で、ストライカーを見ている。

そして、心底残念と言った表情を見せた。

 

「君の命は一つだろ?」

 

そんな彼女を見かねて、ウルカは声をかける。

ウルカの突然の言葉に、イオネラはキョトンとウルカを見つめた。

 

「君が言ったんだろ? 機械は直せるし、替えはあるけど、命は一つだって」

「そりゃ言ったけど……」

「ストライカーを見るに、派手にやられたみたいだけど、君は生きてる。本当に良かったよ」

 

イオネラはその言葉に少し頬を染めた。

 

「そ、そう……」

 

恥ずかしがるようにそっぽを向くと、指示を待ち望んでいる整備への方へと向かっていく。

 

「ウルカ! その言葉なんかクサいわよっ!」

 

イオネラは振り返ると、何かを振り払うように言い放つ。

 

「あー、悪い」

「でも元気出た! お礼にアンタのストライカー! ゼッタイ墜ちないようにしてあげるから!!」

 

イオネラはニッと笑みを浮かべると、そのまま整備兵の元へと帰っていった。

ウルカはそれを見送ると、邪魔するわけにもいかないと、その場を後にしようとした。

 

「さて、俺も……」

「うーるーかーさーま?」

「うわぁっ!? ポリーヌ!?」

 

ウルカが振り返った瞬間、目の前に幽霊のように現れたポリーヌ。

素っ頓狂な声を上げて、ウルカは大きく飛びのいた。

 

「誰です? あの女狐は?」

「いや、なんだよ女狐って。顔が怖いぞ……?」

 

ポリーヌは表情こそ笑っているが、雰囲気は笑ってるように見えない。

ウルカは表情を引きつらせながら、一歩遠のく。

 

「整備やってるウィッチだよ。俺のストライカーを直してくれてるんだ」

「あら、そうでしたの? なら後でお礼を言わなければいけませんわね?」

「……そのままの意味だよな?」

「いやですわウルカ様。私の大切な人の機材を直してくださるんですもの。お礼は言わないといけませんわ」

「あぁ、そうだな。うん……」

「それは置いといて、ずいぶんと仲が良いようでしたわね?」

 

ウルカはその言葉にビクッと体を震わせた。

 

「そりゃ、仲良くしたほうが良いだろ。喧嘩するよりは」

「本当にそれだけですの?」

 

追及するポリーヌに、ウルカは苦笑を浮かべる。

最近になり、ポリーヌのウルカに対する思いが、エスカレートしているようだった。

 

「……ポリーヌ。最近なんかキモいぞ?」

「きもっ!?」

 

ウルカの言葉に、ポリーヌはその場に固まる。

ウルカにしては、何気ない言葉だったが、ポリーヌにとっては大ダメージを受ける言葉だったようだ。

 

「あ、あんまりですわー!!」

 

そしてポリーヌはウルカの元から走り去る。

 

「おい! ポリーヌ!!」

 

ウルカは慌てて彼女を追いかけた。

こうなってしまっては、何かフォローを入れなくては後が怖いのだ。

結局、ウルカがポリーヌが機嫌を直すまで、数十分の説得を要するのだった。


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