――――――――
1940年月5月
オーデル川東 前線基地
――――――――
その場所は、前線基地というにはお粗末すぎるほどの様相を呈していた。
もはや物資の補給も追いついていないのか、項垂れる兵士たち。
何よりも、随時運び込まれる怪我人や死体に、兵士たちのストレスもピークに達していた。
ウルカはそんな状況を見て、もはやこの戦線は長くは持たないだろうと思っていた。
戦線の維持に必要であろう兵士たちの士気、そして物資、何よりも食料。
長すぎる戦線では補給が追い付かないのだ。
現在、最前線はオーデル川の東側に引かれている。
この川は、中央ヨーロッパの三国を通り、バルト海へと注いでいる。
その事からもわかるように、この川沿いに防衛線を引けば、嫌でも戦線が伸びてしまうのだ。
補給が追い付かないのは当たり前。
そして、そうなれば、必ずと言っていいほどに薄い箇所ができてしまう。
この前線基地が受け持つ戦域は、その『薄い箇所』なのだ。
現在は、この場所よりも数十キロほど離れた場所が、主戦場となっているものの、おそらく相手も馬鹿ではないのだろう。
数日前程から、この戦域に敵が流れる様に集まり始めていた。
他の戦域でも、そういった事態が起きているとウルカたちは通信で聞いた。
そして、その戦場への対応のために、前線の指揮系統も混乱し始めていることも、その時に同時に聞いたのだった。
はじめは、組み立てられたドクトリン通りに事が進んでいた。
しかし、柔軟すぎるネウロイの対応に、徐々に後手に回っている。
ウルカの部隊は、厄介払い部隊とされるものの、隊長にその指揮が一任されている独立した部隊であったため、柔軟に対応でき、それでいて多少の戦果も挙げていたため、優先してこの基地へと留まることになった。
この基地には、ストライカーの整備兵はほとんどおらず、スペアのパーツも殆どない。
野戦滑走路というにはお粗末すぎる、草を薙ぎ、均しただけの滑走。
そして配給される食糧は、味気ないレーションと缶詰。
ウルカはそれを突きながら、思う。
前に居た基地は、本当に恵まれていたのだなと。
帰還すればシャワーを浴びることができる。
食事も用意されている。
そして何より、寝床が地面ではない。簡易的なベッドもある。
「はぁー」
ウルカは深くため息を吐いた。
こんな状況を一刻も早く抜け出したい。と思いながらも、逃れることは出来ない。
これは任務だ。
そして、背後には数百万の命がかかっている。
ビフレスト作戦は順調に進んでいるとは言えない。
ベルリンだけでも相当な人民が、いまだに取り残されている。
首都は防空隊が守っているが、被害も出始めていた。
ウルカのため息は、そういったすべての責任感や重圧に押しつぶされそうになり、出たものだった。
「浮かない顔だな」
銀色のトレーにレーションを乗せ、グラティアはウルカへと近寄ってくる。
そして、その隣に腰を下ろすと、ウルカがしているように、レーションをつつきはじめた。
浮かない顔だ。といったものの、グラティアは疲労を顔に浮かべているようだった。
「浮かないも何も、この状況を一週間だぞ。そろそろ俺も限界近い……」
ウルカはすでに、食料も喉を通らないような状況になっていた。
食べれば数時間後には出撃。前線での航空支援。
そして帰還すれば仮眠を取って、また出撃。
寝て、食べて、出撃。
寝て、食べて、出撃。
これを繰り返せば、おそらくは健康的な者でも、三日もすれば発狂するだろう。
ウルカは、良く持っているものだと、自分に感心していた。
「そうだな……。ここ数日は大規模侵攻は起こってないが……。次はどうなるか分からない」
「あー、口に出さないでくれ。絶対何か起こる」
「はは、悪い……」
グラティアは乾いた笑いを浮かべた。
その笑いにウルカは、疲れているのは自分だけではない。と理解した。
この基地全体がそういった状況なのだと。
理解はしたが、理解したところで、何か打開策があるわけでもない。
ウルカが突いている食料が、ステーキに変わるわけでもない。
「アラート待機でもこんなにキツイことなかったぞ……」
「なんだ? アラート待機って」
「ん……、あぁ、領空侵犯に対応するために持ち回りでパイロットが待機して……」
疲れていたせいか、ウルカの口からは自然に元居た世界の話が出てしまう。
「隣国の爆撃機や電子戦機とか、そういったやつにこっちくんなーって警告するわけだけど、これが年間900件を超えてさ……」
「でんしせんき?」
グラティアは、ウルカの言葉に首を傾げている。
当然、この時代に電子戦機なんてものは存在しないのだから、その反応は仕方がなかった。
ウルカは、ぼーっとした表情を浮かべて話続けているため、グラティアの反応に気づかなかった。
「データ収集が主な任務で、戦場では
「ん、え? あー、えっと……?」
「……あ?」
グラティアは、理解できない単語の嵐に、ぽかんと口を開けたまま、ウルカを見つめていた。
それを見てウルカはやっと気づいた。良くないことを口走ってしまったと。
当然この時代は、レーダーが実用化されたばかりで、
ウルカの世界の軍事では、日常的に用いられてきたものだが、この世界の人間には、おそらくまだ理解できない物だった。
技術者ならまだしも、前線の兵士には確実に無縁のものだっただろう。
「なんか、扶桑ってそんなよくわからないことしてるのか?」
「あー、えっとな。まぁ……」
ウルカは、取り繕う言葉が思い浮かばず、適当にお茶を濁した。
これではまるで変人だと、ウルカは頭をぶんぶんと振って、気合を入れなおす。
疲れているからと言って、無意識に口走るのはやめようと心に誓った。
「しかし、こんなご時世に、扶桑に領空侵犯? オラーシャは暇なのか?」
「あー、それは仮定の話って事にしといてくれ。あくまで仮定の話だ。扶桑はどんな事態にも対応できるっていうな」
「そうか。でも確かにそうかもな……。ネウロイがいなければ……」
グラティアは言いかけた言葉を飲み込む。
その続きは、きっとウルカが言おうとしていた『事態』と同じことだろう。
ネウロイが居るからこそ、表立っての、国家間のいがみ合いは行われていない。
「そうだな……。でもまぁ、そんなこと考えても意味ないさ。今はネウロイとどう戦うかだけだろう?」
「あぁ、そうだな。とにかくこの基地の士気をどうにかしないと」
「そういやポリーヌはどこに行ったんだ?」
ウルカは何時も自分にべったりのはずの、ポリーヌが居ないことに気づく。
あまりの疲労に、居ないことにすら気付いていなかったのだ。
ウルカの質問に、グラティアは視線の先にある、救護所のテントを指さした。
「衛生兵を手伝ってるよ。疲れてるはずなのにな」
「マジか……」
「アイツは、時々ヘマは起こすが、責任感は人一倍強い。多分、私たちの中でも一番だ」
ウルカは救護テントを見つめる。
確かに、この場所には絶えず負傷兵が運ばれてくるが、衛生兵の数は足りていない。
猫の手も借りたい状況であるのは間違いない。
ポリーヌは、毎日の戦闘や哨戒で、疲労しているにも関わらず、その手伝いを行っている。
おそらくは、睡眠時間や、食事の時間を削っての行為だろう。
バイタリティと責任感に、ウルカは感服した。
それと同時に、自分にはそれは出来ないと。劣等感も感じていた。
「俺も何か」
「いや、やめておけ」
ウルカは、自分でも何かできないか。と提案しようとしたところ、グラティアに止められた。
「お前はお前で頑張ってる。撃墜数、この部隊でトップだぞ?」
「え、そう……。なのか?」
「あぁ、そうだ。だからお前は十分頑張ってるよ」
しかしその言葉にも、ウルカは納得できなかった。
その撃墜も、ポリーヌの支援あってのことだ。
その言葉は、きっとウルカを勇気づけるためのものだったのだろう。
しかし、今のウルカには、そうとは感じられなかった。
「それでも俺は何か……」
「気負うな。長い戦いなんだ」
グラティアは、ウルカの背中を撫でた。
「なんか惨めだ……」
「……だとしたら、ここに居るやらは全員惨めだろうな」
「えっ……?」
「ここの兵士は、国を追われた奴もいる。家族を失った者もいる。そして国を蹂躙されようとしている者。みんな惨めだ」
「……わるい」
ウルカはグラティアの言葉に俯く。
何気ない言葉だが、グラティアの言った言葉に深く反省した。
ここに集まる兵士は、すでに国土を蹂躙された者達も数多く居る。
何かを失った者も少なくない。
喪失感を背負って、それでも戦場に立ちつづけている者達も多い。
戦場においては、きっと、何もかもが等しく惨めなのだろう。
「いいさ。疲れてるとそういう思考になっちゃうからな。かく言う私もだ」
グラティアは、乾いたクラッカーを、無理やりコーヒーで流し込んだ。
「支援の目途も立ってない。防衛に参加できるウィッチは、わが部隊を入れても十人そこそこ。お前ならどうする?ウルカ」
「逃げる」
「だろうな。普通の考えならそうなる」
ウルカの即答に、グラティアは苦笑を浮かべていた。
「でも後ろには数百万の人民。どうする?」
「死守する」
ウルカの即答に、グラティアは笑みを浮かべる。
「そうだ、死守しなくてはいけない。百万の命を守れるなら、自分の命を差し出す価値がある」
「それは建前だろ? 本音は?」
ウルカの言葉に、グラティアは、ため息を吐いて肩を落とた。
「逃げたい。どこか遠くに逃げたい」
真剣なまなざしで、グラティアはウルカに言い放った。
真面目で、誠実なグラティアをここまで言わせる状況。
今の状況が、どれだけ思わしくないかを、ウルカは理解した。
「それでもだ。私たちはウィッチだ。それにカールスラントの軍人だ。逃げるわけには行かない」
「そうだな……。俺たちが居ないとここの奴らも持たないだろうしな」
「……ウルカ? 望むならお前だけでも」
「待った! それ以上言うなよ?」
ウルカはグラティアの口に、人差し指を立てて、言葉を止めた。
ウルカは、言葉でこそ『逃げる』と言ったものの、そのつもりはなかった。
その先の言葉を聞けば、きっと怒ってしまう。
だからこそ、ウルカはその言葉を止めた。
「あぁ、そうだな……」
「俺もなんか物好きでね。この部隊が気に入ってる」
「ふふっ、私もだよ」
グラティアから笑顔が漏れる。
きっと、心からこの部隊の事を気に入ってるのだろう。
つられてウルカも、少し笑顔を浮かべた。
「次の作戦も。必ず守り抜こう」
「あぁ、分かってる」
ウルカは持っていたレーションを、コーヒーで流し込むと、立ち上がった。
「そろそろ哨戒の時間だ。いこうかティア」
「あぁ」
ウルカは座ってグラティアに手を伸ばし、立ち上がる手助けをしようとした。
その時だった。
「少尉! ウルカ―!」
ウルカは慌てた表情で走ってくるカミラを見つける。
「カミラ? どうした?」
「はぁ、はぁ、ちょ、ちょっとまって……」
カミラはウルカたちの前にくると、肩で大きく息を吸って呼吸を整える。
「はぁ、えっと、ネウロイの大規模侵攻が始まったって! 前線が後退。防衛のために全戦力で対応するから、全部隊集まるようにって」
「くそ! やっぱり薄いところに流れてきたか!」
「落ち着けウルカ。お前はポリーヌを呼んで来い!」
「わかった!」
ウルカは走りだす。
基地内はいつの間にか慌ただしく声が上がり始めていた。
………………
…………
……
基地の各部隊の人員が一堂に集められている。
綺麗に整列こそしているものの、全員疲労の表情で、もはや戦意など微塵も感じられなかった。
負傷者すらも、動けるものは駆り出されている。
前方に設けられた台に、この基地の基地司令の男性が上がる。
基地司令の男は、目の下にクマを作り、いかにも疲労が蓄積しているようだった。
彼は深く深呼吸をしたのちに話し始めた。
「先ほど、前線の部隊が後退を始めた! ネウロイの大規模侵攻が開始された!」
基地司令の言葉に、辺りがざわつく。
おそらく、ここで初めてそのことを知った者も居るのだろう。
「我々は支援が到着するまでの間! 全力でこの戦線を維持する!」
気合を入れる様に、基地司令は言い放つ。
しかし、ウルカは知っていた。
支援なんて来る目途が立っていないことを。
この部隊のほとんどが、その事実を知っていただろう。
「各部隊! 全員防衛の成功に努力して「ふざけるな!!」」
基地司令の言葉を遮るように、怒号が響いた。
注目がその怒号の元である、一人の兵士に集中した。
「支援なんていつくるんだよっ!!」
誰もが思っていたことを、その兵士は我慢できなくなり叫んだようだった。
「そ、そうだ! 何時になったら支援が来るんだ!! 俺たちを犬死させるのかっ!!」
一度発せられた言葉が、まるで連鎖爆発を起こす様に発せられる。
辺りはいつの間にか、収拾がつかないほどに怒号が響き合っている。
泣き出すものまで居る始末だった。
この状況になれば、もはや収拾は難しいだろう。
「ティア。どうする?」
「どうするって言われてもな……」
「まずいですわね……。ストレスももう限界なんですわ……」
ウルカは今の状況に眉を歪める。
前線では今でも支援を欲する者たちが居る。
戦線を維持できなければ、ベルリンまで一直線に道が開かれることになる。
それだけは阻止しなければいけない。
「……はぁ」
「ウルカ? 大丈夫か?」
「ティア、俺、今から殺されるようなこと言うかも」
「は? 何言ってるんだ?」
思いついた一か八かの事を、ウルカは実行に移そうとする。
グラティアは意図が分からずに、困惑の表情を浮かべていた。
「……あーあ! なんだこの基地の兵士たちは!! 見苦しい! 何て見苦しんだ!!!」
「う、ウルカっ!?」
グラティアは驚きの表情を浮かべた。
ウルカは出来る限りの大声で、怒号の嵐に負けない声で言い放った。
男の声に混じらない、透き通った女性の声だったため、辺りが静まり返り、ウルカに注目が集まる。
「情けない! 諸君らはそれでも軍人なのか!!」
「なにをっ!? このチビ!」
そんな中、一人の兵士がウルカに食って掛かる。
「それを見苦しいと言っているんだ!! 貴官は栄えあるカールスラント軍人だろう!!」
ウルカは、兵士の腕章を見て、言葉を返す。
気迫のある言葉に、兵士は言葉を詰まらせた。
「私は扶桑に居た頃から聞いていた!! 諸君らは勇敢で! 強く! 恐れない戦士だと!!」
まるで舞台に立った役者のように、ウルカは言葉をつづけた。
「私は諸君らの活躍を聞き! 憧れ、そして尊敬を抱いた!」
兵士が分れるようにウルカに道を作る。
ウルカは兵士たちの前に歩み出た。
「失礼」
そして基地司令の上がっている台に上がると、再び言葉を続ける。
「しかしどうだ!! 諸君らは、国を蹂躙され、また、されようとしているにも関わらず、この様な言い争いだ!!」
兵士たちの注目が、ウルカ一点に集まった。
「思い出せ! 諸君らの奪われたものを! 守りたいものを!! 私たちの背後には、数百万という守るべき者がいることを思い出せ!!」
辺りがざわつく。
俯くもの、涙を流すもの。その反応は様々だった。
「私と諸君らは戦士だ! 守るべき者がいる戦士だ!! 欧州の命運は、我々が握っている!!」
「ウルカ……」
グラティアも、他の兵士と同じく、それを聞く事しかできなかった。
「嘘を吐くつもりはない。我々は死ぬだろう! 無残に死ぬだろう!! しかし! それは無意味な事だろうか!!」
この空間は、いつの間にかウルカの独壇場になった。
「否! それは違う! 我々の死は誇りである!! 今こそ、我々は思い知らせるべきである!! この欧州の! 諸君らの国に土足で上がり込んだどうなるか! そして世界に知らしめる時である!!」
洗脳まがいの言葉に、ウルカは心を締め付けられる。
「我々は勇敢であると! 我々は誇り高き欧州の民であると!!」
しかし、ウルカは演じる。
彼らを死地へ送る言葉を考える。
「私はこの欧州を愛している。だからこそ遠き扶桑の地より来た。別れ、出会い、そして流れた血を知っている」
ウルカは、今までの強い言葉とは違い、胸に手を置きながら静かに言葉を紡いだ。
「生まれた国は違えど、この身には、志半ばに果てた戦士たちの意思が宿っている。血が染み込んでいる」
ウルカの心に浮かぶは、以前の基地襲撃で死んだ者たちの姿。
瞼を閉じれば、いまだに鮮明に思い出す事ができた。
「だからこそ、私は諸君らと戦う! 私は誰よりも先へ行き、道を切り開く!! 散った友のために!」
ウルカは再び強く言い放つ。
「私も死ぬだろう! 諸君らと共に死ぬだろう! しかし戦友が語り継ぐ!! 勇敢であったと!!! 友が戦い続けるために、我々は勇敢でなくてはいけない!! 戦い続ける者がいる限り!! 勝利は我々のものだ!!」
「奮い立て! 守るべきもの為に!!」
「叫べ! 我々は勇敢であると!!」
「怒れ! 我々を蹂躙する侵略者どもに!!」
「謳え!! 欧州は我々のものであると!!」
ウルカは腕を振るいながら、それを言い放った。
辺りが静まり返る。
暫くの静寂が辺りを包む。全ての意識がウルカに集中している。
ウルカはその雰囲気だけで倒れてしまいそうだった。
静寂がしばらく続いた後……。
歌が響く。
それは、一番最初に声を発した兵士の声だった。
徐々にその歌声が大きくなっていく。
その歌はカールスラント語であり、その兵士たちは中心に謳っているようだった。
歌に合わせる様に、軍靴が打ち鳴らされる。
歌えない者は、それに同調するように足を鳴らす。
合唱が空に響く。
まるで意思が一つになったような雰囲気が辺りを包む。
「君は一体……?」
基地司令は、ウルカに驚きの表情を見せる。
言葉で心を一つにしたのだから無理もないだろう。
「すみません基地司令。そして俺を恨んでください」
「なぜ恨む? 君は士気を取り戻したんだ」
「……俺は兵士たちを死地に送るよう仕向けた。彼らは躍起になっているけど、俺は彼らに『喜んで死ね』と言ったんです」
「それは……」
「俺はきっと……。地獄に堕ちるでしょうね」
ウルカは、自分をあざ笑うかのように笑みを浮かべた。
やがて兵士たちが合唱を終える。
兵士たちの瞳には闘志が宿っていた。
もはや何物にも負けない、そんな光を宿し、次の言葉を待っている。
「基地司令。お願いします」
「あ、あぁ……。各部隊! 前進準備!! ネウロイを叩き潰すぞ!!」
基地司令の言葉に、兵士たちの歓声が響き渡った。
ウルカはそれを確認する前に、静かに台を下りて、誰も居ないテント裏へと向かった。
フラフラとおぼつかない足取りで、その場所に跪く。
そして。
「おえぇっ!」
ウルカは、胃に押し込んだ物を吐き出してしまう。
自分の言葉で人が死ぬ。自分のせいで人が死ぬ。
心の奥底に眠る『墜落したあの時』の光景が蘇り、耐えられなくなった。
ウルカは言葉を発したとき、覚悟はしたはずだった。
しかし、過ぎてみれば、自分がしてしまった事に、押しつぶされた。
「ウルカっ!」
ウルカの耳にグラティアの声と、駆け寄る足音が聞こえた。
「しっかりしろ! 大丈夫か……!?」
「ティア……。すまん……、すぐ治る……」
グラティアはウルカの背中を擦っている。
「お前にここまでカリスマ性があるなんて思わなかったぞ」
「……道化だよ」
ウルカは何度か深呼吸をして、気分を落ち着ける。
心の底にまた蓋をするように、感情を押し込める。
大丈夫だ。と言い聞かせるように心の中で唱えた。
「道化でもいい。今は何でも良いんだ……」
「……許されることじゃない」
「いや、私が許す」
グラティアはウルカの言葉をすぐさま否定し、強く手を握る。
「私が許す。悪者はどこにもいないさ」
「ティア……」
ウルカの瞳に涙が滲んだ。
何度も念を押す様に、救いの言葉をかけるグラティア。
ウルカはグラティアによりかかるように倒れる。
グラティアはそれをしっかりと受け止める。
ウルカはグラティアの胸に顔を埋めた。
そして肩を震わせる。
「ごめん……。少しこのままが良い」
「あぁ、いいさ」
しばらくすれば、また前線に行くことになる。
今度こそ死ぬかもしれない。
演説で言ったように、無残に死ぬかもしれない。
しかし暫くはこのままで居たい。
静かに二人だけで居たい。
言葉にこそ出さなかったが、ウルカはそう思った。
戦いは、日を追うごとに熾烈なものになっていく。
終わらない戦いに、明日が見えないかのようだった。
そのような中で、ウルカは縋っていた。
見えない明日の光を捕まえる様に。
確かに存在するグラティアの温もりに。
しばしの静寂の後、少女たちは戦場へと向かう……。