[扶桑陸軍■■■宛て]
欧州の状況を見るに、ネウロイと呼称される勢力は、数日中にオストマルク、トランシルヴァニア方面を制圧すると思われる。
各国奮闘するも、撤退を始めている。
進行の速度から、数か月中には、カールスラントへその侵攻の手が伸びる事が予測できる。
報告のために、各国に派遣した調査員を帰国させることを進言する。
ネウロイのサンプルに関しては、前回の報告書の通りである。
本来、予想できる侵攻速度を明らかに超えており、欧州全土が陥落する可能性もあり、東の覇権国家である我が国も、戦後の利益獲得のために、大幅な派兵を検討す。
[この先は血で汚れていて読めない]
――――――
―――
―
ベルリンから帰った一週間後。
ウルカは実戦に参加するための訓練を行うことになったのだが……。
「だぁーっ!?」
素っ頓狂な声が空に響き渡る。
地面を砂埃を立てながら、スライドしているウィッチが一人。
地面にまるで轍を作るかの如く、深く突っ込んだようだった。
暫くしてそれも止まる。
「ぷはーっ! くそっ、なんで!なんでなんだよ!!」
顔を上げて、雄叫びの様な声を上げたのはウルカだった。
少し涙目になりながら、装着しているストライカーユニットを見つめる。
BF-109。
カールスラントが誇るストライカーユニットであり、性能も申し分ない機体の一つだ。
ウルカが使用しているのは、グラティアの予備機。
パーツ取りのために持ってきたものを、急遽使えるようにした代物。
しかし、性能は申し分ない物ではあった。
「ウルカー!大丈夫かー!」
声をかけながら駆け寄ってくる人物は、グラティアだった。
彼女は、泥だらけになったウルカを見ると、苦笑を浮かべている。
「まったく……。まさかここまで飛べないなんて……」
そしてあきれ顔で近づいてくるのは、身長の低い、透き通った薄色の髪を持った少女だった。
「先生、そりゃないですよ……。俺だって頑張ってるのに……」
「頑張りが実を結べば言うことないのだけれど。本当に訓練を受けたウィッチなの……?」
先生と呼ばれた少女の表情は訝しげだった。
まるで「新兵の方が、まだうまく飛べる」と言わんばかり表情だった。
「エディータ。コイツが飛べないと私が困るんだ。どうにかしてくれないか……?」
「如何にかって言っても……。座学は及第点、理論も覚えて、ユニットの作動も問題なし……」
腕を組んで悩みこむエディータ。
「イマイチと言えば、魔法力のコントロールかしらね。でもこればっかりは……」
「体で覚えるしかないか」
「時間があるのなら、付き添って教えたいけれど……」
二人に呆れや憐れみに近い視線を向けられれば、ウルカも視線を落とす。
「なんか……。すみません……」
「まぁ、気にしても始まらん。次だウルカ。魔法力が切れるギリギリまで追い込むからな?」
「あぁ! わかってる」
ウルカは再びユニットのエンジンを始動させて立ち上がると、野戦滑走路の方まで進んでいく。
「やる気は十分なんだけれど」
タキシング、離陸。この部分の問題はないか。エディータは鋭い眼差しでそれを見ている。
「何か引っかかるのか?」
「一つ……」
視線はそらさずに、エディータはグラティアの言葉に瞬時に答える。
「チグハグなのよ。あの子……」
「何がだ? エディータにしては抽象的だな」
「悪かったわね……。でも、そうとしか言えないの」
エディータはウルカを指さす。
ちょうど離陸を始めたところで、徐々にその速度が上がっていく。
「身体は飛ぶことを知っているのに」
ウルカの体が浮き上がる。
徐々にその身体は高度を上げていく。
エディータはその姿を指で追っている。
「魂、心は飛び方を知らないみたい」
エディータがその指先を、クイっと下ろすと、ウルカもそれと同じように降下して。
「だっはーっ!?」
素っ頓狂な声と砂埃が上がる。
「「はぁ……」」
二人してため息を吐いた。
「……まぁ、無理やり理論を拵えて言うのであれば。魔力コントロールとストライカーの特性を体は分かってるのに、心理的要因のせいで、円滑に体が動かせない。かしら?」
苦笑を浮かべて、首をかしげながらエディータは説明した。
自信がないのか、疑問形で言葉を締めくくる。
「どちらにせよ、こればかりは彼女自身が頑張らないと、抜け出せない問題ね」
「そうか……」
「彼女、助けに行ってあげたら?」
「あぁ、そうだった! すまないエディータ。あとはこっちで如何にかしてみる」
「ずいぶんとお気に入りみたいだけど、何でそんなに……」
あまりの入れ込みように、エディータは疑いの瞳でグラティアを見つめる。
「命を救ってもらった恩もあるが……。あの時……」
グラティアは、優しい眼差しをウルカの方へ向けて、静かに言い放った。
「背中を預けられるのは、アイツしかいないって思ったんだ」
「……まぁ、早くそうなるといいわね」
エディータに掛けられた言葉に、グラティアはガクッと肩を落とした。
「それじゃあね。貴女がそこまで入れ込むんですもの。『期待』はしておくわ」
少しあきれ顔のまま、エディータはそう言い残すと、撤退準備で忙しい基地の人並みの中に消えていった。
「さてと……」
グラティアはそれを見送ると、ウルカの方へと駆け寄っていくのだった。
――――――
ウルカは悩み続ける。
どうして。
どうしてだ。と。
ロケットストライカーでは飛べたはずのウルカであったが、レシプロに乗り換えたとたん、旋回をしようとするたびに、コントロールを失って墜落する。
「座学も問題ない。魔力のコントロールだって繊細にやってるはずなんだ……」
ブツブツと、まるで念仏を唱えるかのように、ハンガー内のBF-109の前をウロウロとしている。
それはまるで壊れた機械のように、整備兵ですら近寄りがたい状態となっていた。
「うーるか!」
「整備も問題ない……。整備員につきっきりで簡易整備も覚えたし、自分でもチェックしてる……」
「うーるかっ!!」
「ロケットに比べて繊細だから……。乱暴には扱えないし……」
「うるかああああああああ!おおおおおおおおい!!!」
「うぎゃぁあぁああぁ!?」
突然、耳元でなる大声に、ウルカは心臓が飛び出んが如く大声を出して驚く。
ウルカが目を丸くして、その声の方向を見ると、そこに居たのはエーリカだった。
エーリカは、悪びれもしない笑顔でウルカを見ている。
「え、えーりか……? 何時から……」
「全然気づいてくれなかったじゃん! もー、どうしたのさ?」
「あぁ、ちょっとな」
ウルカは再び思考の海に溺れようとしたところで。
「ちょっとー!」
「うわっ!?」
ウルカの腕に、エーリカが抱き着き引っ張る。
思考の海から引き上げられた。
「そんなに悩んでどうしたの? 言ってみれば、解決できるかもよ?」
「いや、こればっかりは……」
「ほらほらー! 言ってしまえー」
ぐいぐいと来るエーリカに、顔を赤らめるウルカ。
しばらく悩んだ末に、根負けしたように話し始める。
飛べないこと。
なぜか墜落する事。
それをエーリカに説明した。
「うーん、そかそか」
その言葉に、何かが分かったかのように、軽く返して、ウルカの肩をポンと叩くエーリカ。
「ウルカはさー。繊細に扱いすぎなんだよ」
「いや、ロケットみたいに扱ったら壊れちゃうだろ?」
「ウルカってさ。座学っていうよりは感覚系だよね」
「いきなり何を……」
いきなりの言葉に、ウルカは首をかしげる。
そんなウルカの姿を気にせずに、エーリカは話を続ける。
「まぁまぁ、やっぱり聞いた方が早いんじゃないかなっと!」
エーリカは突然駆け出すと、ウルカの使用しているBF-109に飛び込んで、装着する。
「ちょ! 許可とってないのに!」
こんな所を報告されては始末書ものだ。とウルカは慌てる。
「いいのいいの。ちょっと聞いといて。音にちゅーもーく!」
エンジンをスタートするエーリカ。
全然良くないという表情を浮かべつつ、ウルカはその音に耳を澄ませる。
瞳を閉じて、その音に耳を感じ取る。
鈍い音から、徐々に高音が混ざっていく。
(ここまでは同じだ。離陸速度の音)
高音の混ざった音、それに聞きなれない音が混ざる。
(何だこれ……。安定してる。ここまで安定する物なのか……?)
音が切り替わり、唸るような音ではなく、安定した音が響く。
(澄んだ音……。このエンジンこんな音が鳴るのか!? これは……、まさか)
何かに気づいたように、ウルカは瞳を開ける。
エーリカはそれに満面の笑みを浮かべて、エンジンを止めて、ストライカーを外した。
「そういう事か!」
「わかったって顔だね。やっぱりウルカは感覚系だ」
自分の理論は間違ってなかった! と胸を張るエーリカ。
「ありがとな! 何か分かった気がする。こう、確かにそうだよな!」
「音が聞けてなかったんだと思うよ。訓練始めのころ思い出すなぁ」
「やってみる。今度は飛べる気がする!」
「よかったよかった。じゃ、私は撤退の準備があるから!」
そう言って、エーリカは駆け出す。
「あ! ほんとありがとうな!!」
「えへへー! ウルカ元気になってよかったよー!」
天使のような笑顔で大きく手を振り、エーリカはそのまま走り去っていった。
一人残されたウルカは、ストライカーを見つめて、何か核心を得た表情を浮かべた。
――――――
一時間後。
晴天の空の下。
向かい風は微風であおられるものは何もない。
野戦滑走路に、ストライカーを穿いたウルカの姿があった。
真剣な視線は、滑走路の先、蒼穹へと伸びている。
それを見つめる影は二人。
グラティアとエディータだった。
「私が見てあげれるのはこれが最後ね……」
短い間ではあったが、教えたということもあり、心配の表情を浮かべるエディータ。
「アイツなら飛んでくれるさ」
何も心配がないように見つめるグラティア。
その心には、理論では説明できない確信があった。
『ウルカなら』何とかしてくれるに違いない。
そういった奇跡とか、願掛けに近いような感情ではあったが、グラティアはウルカを信じていた。
しかしエディータは呆れる。
「その自信はどこから来るのかしら……」
そう言い放つと、エディータは手を上げる。
それを見て、ウルカは手を上げて、エンジンをスタートした。
少し離れた二人の位置まで届くエンジン音。
それは徐々に回転数を上げて、滑走路を走っていく。
音に高音が混ざる。
ウルカの体が浮き上がる。
それは徐々に高度を上げていく。
エディータはそれを指で追っている。
「この後、バランスを失って墜ち……え?」
エディータは指を下ろすが、ウルカはそれに追従しない。
ウルカは大きく旋回する。
それを見て、エディータは驚きの表情を浮かべる。
ウルカは間髪入れずに二回目の旋回。
ストライカーの翼が、鋭く、空を切り裂くように雲を引いた。
――――――
(離陸、ここまではうまくいった)
ウルカはエーリカに聞かされたエンジン音を思い出す。
高音を含んだ安定した音。
以前のウルカのエンジン音に比べれば、澄んだ清流の様なエンジン音。
(俺は繊細にやりすぎたんだ。針の糸通しぐらい繊細に……)
ウルカは魔法力をエンジンに思いっきり注ぎ込む。
そしてその一瞬を見極める。
さらに高音が混ざり、そして……。
(ここかっ!)
安定した一瞬を見極め、ウルカはその状態で魔法力の放出を止める。
安定して供給するイメージに変えると、エーリカが使った時に音とまでは言えないが、混じりけのない澄んだエンジン音が響き渡っていた。
(そうだよな……。お前も本気見せたかったよな!)
ウルカは振り返り、自分と一体となっているストライカーを見つめると、笑みを浮かべた。
(いくぞっ!)
大きく体をきる。
出力を安定させ、大きく旋回を行う。
重力を振り切りながら旋回するウルカ。
その感覚に満面の笑みを浮かべている。
(もっと鋭く!)
今度は出力を搾り、旋回を始め、旋回の半分まで来たところで、出力を全開にして、鋭く回る。
ストライカーの翼が、刀で空を両断した如く、白い雲を引いた。
(よし!よしよし!!)
理解してからは早かった。
ウルカは大きく宙返り、回転を見せつけて、地上に居る二人に伝える。
「空を我が物にしてやったぞ」と。
まるでそう伝えるかの様だった。
――――――
「な?言ったろ?」
「驚いたわ……。あれ本当に一時間前と同じ子なの?」
それを自由自在に飛び回るウルカを見つめたまま、困惑の表情を隠せないエディータ。
無理もない。
今空を我が物にしている者は、一時間前まで、地面とキス愛好家だったのだ。
それが、まるで空の申し子かのように飛び回っている。
「ど、どんな魔法を使ったのよ!」
エディータはグラティアに詰め寄る。
「そりゃウィッチだからな。魔法の一つや二つ使うだろ?」
グラティアは冗談のつもりで言ったが、エディータはそれをにらみつける。
「……まぁ、私は何もしてないさ。本人が解決したんだろ?」
「それにしても早過ぎよ……。まさか、わざと飛べないふりを……?」
「アイツがそんな腹芸できるわけないだろ」
「……そうね」
それはウルカが単純である。と馬鹿にしたような言い方であったが、エディータはそれに納得するように頷いた。
そんなことも気にせず、ウルカは空こそ俺の生きる場所だ。と言わんばかりに飛び回っている。
再びウルカのストライカーが、空に一筋に雲を引いた。
はしゃぐ子供の様な機動に、グラティアは笑みを浮かべる。
「うれしそうね?」
「アイツと一緒に飛べると思うと、ワクワクしてしまって」
「……あなた達、二人とも変だわ」
「そうかもな」
エディータは、呆れたかのような声を出す。
しかし、ウルカを見る眼差しは、巣立った小鳥を愛しむような物だった。
ウルカはそんなことを知らずに、大空ではしゃぎまわる。
この後、魔法力切れで着陸した途端、眠りに落ちてしまうことになるのは、言うまでもないが……。
ちょっと時間ができたから投稿。
少しだけど許してね。