目が覚めるとウィッチでした。   作:華山

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遅くなりましたが少し更新です。
毎回感想などありがとうございます。


帝都ベルリン1

グラティアは突然、ウルカを連れてベルリンの軍本部への出頭を命令された。

車で揺られること数時間。

所々に戦闘の跡が見られたが、オーデル川を超えた辺りからそんな風景も一変する。

今までの戦場風景が嘘だったかのように、平穏そのものな風景が広がっていた。

現在はオーデル川より数十キロ東に戦線が構築されている。

地上型ネウロイは基本的に、渡河能力に難があることが多い。

だからこそ、川や海は天然の守りということになる。

二人は車に揺られ六時間ほど経過した。

 

いつしか風景は町並みと変わる。

それは目的の場所に近づいてきているということでもあった。

グラティアは小さくため息をつくと、自ら寄りかかって小さな寝息を立てているウルカを揺り起こす。

 

「んぅ……」

 

小さく可愛らしい寝ぼけた声をあげると、ウルカは瞳をこすりながら小さくあくびをした。

 

「起きたか? これからどうなるか知ってるくせに、本当に底なしの度胸だな」

「ティア……? えっと……。おはよう?」

「何がおはようだ。ふふっ、全く」

 

グラティアは、少し説教するような気持ちで言葉を発したが、ウルカの寝ぼけた表情に思わず吹き出してしまう。

 

「悪い……。疲れが……」

「無理もない。あんなストライカーを使って二日と経ってないんだ」

 

ウルカはMe-163(ロケットストライカー)を使った疲れが残っていたためか、道中は文字どおり泥のように眠っていた。

 

「あれを使うのはもうごめんだな……」

 

ウルカは右手で顔を抑えながらまだ眠そうな声でグラティアに答える。

 

「もうすぐつく。色々と覚悟を決めておいてくれ」

「もしかして冗談抜きにやばいのか? 試作品使ったのって……」

 

グラティアの真剣な表情に、完全に目がさめたウルカも冷や汗を浮かべて顔が引きつった。

 

「試作兵器を勝手に使った。しかも他国の者がだ。状況がどうであれ、投獄されても文句は言えないぞ」

「マジか……?」

「上層部は連日の敗走からピリピリしている。下手な言動は避けるべきだ」

 

状況の重さをようやく理解したのか、ウルカは自らの心拍数が上がっていくのを感じた。

 

「で、でも、基地の人員を救ったわけだし……。大丈夫だよな?」

「できる限りのフォローはする。しかし、まぁ、失敗したら二人仲良く獄中生活だ」

 

もうどうにでもなれと言った笑みに近い顔で、グラティアはウルカに言い切った。

固まるウルカをよそに、車は一つの建物の前で停止する。

 

「着きました。グラティア中尉。ご武運を」

 

運転手が肩越しに、グラティアに言葉をかけた。

顔見知りなのか、グラティアは一度だけ頷くと車を降りる。

ウルカもそれに続いて降車した。

 

「つまり俺が連れて行かれるのは、取り調べとか査問委員会みたいなところなのか……?」

「その認識で問題ない。ただ、相手は軍の有力者だ。下手な発言は控えてくれ」

 

二人の目の前にはいかにも荘厳な雰囲気を発している建物がある。

白い柱には彫刻が施されており、ここがそういった建物でなければ、観光名所になるだろう。

黒い鉄製の柵が周囲に張り巡らされており、ライフルのような大型の火器は装備していないものの、入り口にあたる門には歩哨が二人、その場所を守っていた。

グラティアは歩哨に何かしらの紙を見せる。すると歩哨が門を開けた。

 

「何をボサッとしてるんだ?」

 

グラティアは、建物の雰囲気だけで気圧されているウルカに声をかける。

そのこと言葉に我を取り戻したウルカは、急いでグラティアの後に続いた。

 

「私がサポートする。答えられる事にだけ答えればそれでいい」

 

グラティアの声は届いてはいたが、ウルカは緊張で言葉を返すことはできなかった。

よくわからない土地で、自分の状況すらまだ詳しく分かっていないのだから、ウルカの緊張は尚更だろう。

建物の中に入ると、いかにも無駄な装飾の多いエントランスがあった。

エントランス中央の階段を登ると、赤の絨毯が敷かれた長い廊下があった。

そして、その先に両開きの扉が見える。

 

「まったく、胃が痛いよ」

「ティア……。俺……」

「大丈夫だ。私はお前を信じている」

 

グラティアの言葉がウルカの胸に突き刺さる。

今の自分が誰なのかわからない。

ウルカは日本出身の男性で、今の少女の姿は本当の姿ではない。

 

(自分ですら自分と信じられないのに……。俺はティアに何も語ってないのになぜ……)

 

質問次第ではウルカは返答できない。

それはグラティアの信頼を裏切る可能性すらあった。

 

(何でそんな。俺なんかを信じてくれるんだ)

 

扉が近づくほどに、一歩足を進めるごとに、事の重大さがウルカの肩にのしかかるようだった

最果ての欧州の地で扶桑人が一人。

そして、その扶桑人が試作兵器を無断で使用した。

扶桑人は自分が誰かを知らない。

自分を語れないということは。後ろめたい事があると受け取られても文句が言えない。

ウルカはまさにそんな状況だった。

 

「ウルカ」

「……」

「ウルカっ!」

「うわぁっ! ティア……」

 

あまりに考え込んでいたせいか、ウルカはグラティアの言葉が耳に入っていなかった。

ウルカは突然聞こえた声に驚きの声を出して、グラティアの名前を小さく呼ぶ。

 

「私がフォローする。お前は流れに乗っかってくれればいい」

「ティア……。俺はお前に……」

「いい、気にするな。今度は私がお前を守る番だからな」

 

何かに確信を持ったような笑みをグラティアは浮かべた。

そして、二、三度ウルカの肩をポンと叩いた。

 

「行くぞ。この先は魔窟だ」

「っ……」

 

ウルカは息を飲む。

グラティアは怖気ずく様子はなく、扉をノックした。

 

「入りたまえ」

 

重く低い声が扉の向こうから廊下に響いた。

 

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カールスラント ベルリン

 

軍庁舎内 第一会議室

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タバコの煙が部屋の中に溜まっている。

ウルカはその光景に一瞬顔を歪ませたが、なんとか表情を持ち直し、席に座っている五人の男達を見つめた。

いかにも軍人という格好のものが三人。その中に軍人にそぐわない格好の人物が一人。

そして、軍人だが明らかに年齢の若いものが一人。それぞれの視線がウルカに刺さる。

男達からウルカに向けられるのは、好奇、嫌悪、蔑視といった視線で。少なくとも好意的なものは少なかった。

 

「グラティア・レーデル。参謀本部の命により出頭いたしました」

 

グラティアは敬礼をして、重苦しい雰囲気の中、気圧される事なく声を発した。

しかし、男達は手元にある資料を読み、互いに耳打ちのような意見交換を行っている。

グラティアの挨拶に対する反応はなかった。

重苦しい雰囲気が部屋に染み渡っているようだった。

 

(なぜ話さない。圧力でもかけてるのか……?)

 

ウルカは何時間にも感じられるような沈黙に、この部屋の重力が倍になったのではないかと感じるほどの重圧を感じた。

 

「さて」

 

初老の軍人がやっと言葉を発した。

 

「挨拶は抜きにして、本題に入ろうか」

 

資料を立てて、机に三度打ち付けて揃えると、初老の軍人はそれを机の上に放った。

 

「グラティア中尉。まずは貴官の処遇についてだが、一週間の飛行禁止処分」

 

淡々とした口調で、グラティアへの処遇が言い渡される。

 

「今回のストライカーの不許可使用にあたっての規則違反。として一階級の降級処分とする」

「っ……、寛大な配慮……身にあまる光栄です……」

 

言葉ではそうは言っているものの、グラティアは拳を強く握った。

階級というのは戦場の武勲そのものだ。

グラティアの年齢で中尉となると、相当な努力を積んだことは想像に容易い。

しかし、そんなことは御構い無しに意図も容易く降級が行われる。

それが自分のせいだと思うと、ウルカはグラティアの顔を見る事ができなかった。

しかし、すぐにウルカも他人に対する余裕がなくなる。

 

「次に……。えー、カナイ・ウルカで間違いないかね?」

 

突如として飛び出す質問に、ウルカはさらに身を正して初老の軍人の方を向いた。

 

「はい、私がカナイ・ウルカであります」

 

ウルカは、小さく深呼吸をすると一歩踏み出して言葉を発した。

 

「貴官は扶桑陸軍遣欧部隊の在オストマルクの連絡官であったと資料にあるが、事実かね?」

「はっ、……はい。それに偽りはありません」

 

ウルカは思わず「はぁ?」と言いそうなったが、言葉を飲み込んでそれに肯定した。

ウルカは横目にグラティアを確認する。

瞳を閉じて笑みに近いものを浮かべている。

 

(流れに乗れってそういう)

 

部屋に入る前にグラティアに言われたことをウルカは思い出していた。

 

「なるほど貴官の身元は扶桑にも確認済みである。優秀な航空ウィッチということも聞いている」

「小官には身にあまるお言葉です」

 

ウルカはあくまで謙虚な軍人を偽る。その姿に初老の軍人は小さく頷いた。

 

「それでは君の処遇についてだが……。試作兵器不許可使用にあたって、一週間の飛行禁止処分とする」

「え……それ、だけでありますか?」

 

あまりに軽い処分に、拍子抜けしたウルカは、驚いたような表情で聞き返した。

 

「そうだ。もとより我々は貴官に対しての重罰の権限を持っていない」

「は、はぁ……」

「しかし不問ともすることもできず。このような形となった。不満かね?」

 

バンッ------

 

突如として机を叩く音が部屋に響き渡った。

 

「えぇっ! 実に不満ですとも!」

 

それと共に、初老の軍人の横に座っていた、もう一人の軍人らしい男が立ち上がり怒号を発した。

 

「この者は、我が軍の試作兵器を無断使用した挙句、破壊したのですぞ!」

 

ウルカは身に覚えがないことに、グラティアに耳打ちをする。

 

「……あれ壊れたのか?」

「言ってなかったが、お前の魔法力に耐えられなかったらしい……」

「マジか……」

 

軍人の男は怒りが収まらないと表情でウルカをにらんだ。

 

「得体の知れない扶桑人形が……! やはりスパイとして投獄するべきでしょう!」

「落ち着きたまえ。これは扶桑と協議した上での決定だ」

「落ち着けません! これを野放しにするのは危険すぎます!」

 

初老の軍人に食ってかかる軍人の男。

何が何でもウルカに罰を与えたい。そう言ったつもりが見え透いていた。

 

「このような場でカールスラント軍人たるものが声を張り上げるとは、いささか見苦しいと思うのですが」

 

このいつまでも続くかのような言い争いに、若い軍人の男が沈黙を破って入り込んできた。

若い軍人の男は冷静な眼差しを向ける。

 

「シュタウフェンベルク……! 貴様は黙っていろ!」

 

自分に対して言われたであろう言葉に、男はまた怒号を飛ばした。

 

「出すぎた真似だとは思いましたが、すでにでている結論は覆せぬかと。それに……」

 

若い軍人の男は一拍おくと、今度はウルカの顔を見つめた。

 

「彼女が居なければ、戦線は確実に崩壊していたと認識しています」

「貴様何が言いたい?」

「いえ、ただ『どこかの誰かさん』の怠慢な指揮のせいで大型ネウロイを発見できず、その尻拭いをしたお嬢さん方に『どこかの誰かさん』が責任をなすりつけないか心配になっただけです」

「ぐっ……!」

 

勝ち誇ったような笑みで、シュタウフェンベルクは男にそう言い放つ。

一番突かれたくなかった事なのだろう。男はそれ以上言葉を発することなく、うな垂れるように椅子に座った。

 

「試作兵器の無断使用は褒められることではない。しかし、貴官らの活躍によって救われたことも事実だ」

 

シュタウフェンベルクは立ち上がると、軽く頭を下げた。

 

「礼を言わせてもらう」

「いえ、私は……」

 

なんとか丸く収まりそうな雰囲気に、ウルカは内心ホッとしたようにため息をついた。

 

「ゴホンっ……カナイ・ウルカ。貴官には扶桑より命令を受領している」

 

初老の軍人は話題を変えるように咳払いをした。

 

「扶桑から……?」

「貴官は現地にとどまり、カールスラント軍の指揮につけ。とのことだ」

「は……? それだけですか……?」

 

あまりに短文で、しかも内容の薄い命令にウルカは素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

(しかも自分に命令……? もしや扶桑にはウルカという軍人が存在するのか……?)

 

ウルカの中で、自分に対する謎がまた深まっていく。

 

「貴官はしばらくグラティア少尉の下について行動してもらう。異論はないかね」

「……謹んで命令を受領します」

 

ウルカ自身、自分がどう言った状態にあるのか知るためには、ここから離れるわけにはいかなかった。

断る理由も見つからなかったため、ウルカはその条件を飲むことにした。

 

「以上だ。下がりたまえ」

 

初老の軍人の男がそう言い放つと、ウルカとグラティアは未だに重苦しい雰囲気の漂う部屋を後にした。

 

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カールスラント ベルリン

 

軍庁舎内 廊下

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「はぁ〜」

「ふふっ」

 

扉が閉まるとともに、ウルカは脱力するようなため息をついた。

グラティアはその様子を見て、小さく笑い声を漏らした。

 

「ティアさ……。こうなること分かってたんだろ?」

「あぁ、焦る表情もなかなかに可愛かったぞ?」

「念入りに脅かされたからな」

 

ウルカの若干恨みのこもった声に、あっけらかんとグラティアは返す。

 

「フィニーが根回しをしてくれたからな。シュタウフェンベルク大佐とは顔見知りでな」

「そういうことは早く言ってくれよ……」

 

くたびれ損だ。そんな表情でウルカは訴える。

 

「ちょっと困らせたくなってな」

「ティア〜!」

「悪かった。悪いついでに、もう少し付き合ってもらうぞ」

「なんだよそれ」

 

謝るそぶりを見せ、すぐに話題を転換するグラティア。ウルカは不審の視線を彼女に送る。

 

「変なことじゃない。人に呼ばれててな。とにかく移動しよう」

「ある人って誰だよ?」

「行ってからのお楽しみさ。きっと驚くよ」

 

ただそれだけを言って、グラティアはその場を足早に離れていく。

ウルカは釈然としない気持ちになりながらも、遅れないようにグラティアへ続いた。

 

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カールスラント ベルリン

 

???の邸宅

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庁舎前に用意されていた車に二人は乗り込み、それから十分ほどベルリン市内を移動した。

ウルカは初めて見るベルリンの町並みに、言葉も発することなくその光景に見入っていた。

そして、ある邸宅の前で車は停止する。

中央から少し離れた場所にあるそこは絢爛豪華という作りではなく、昔ながらや、少し古風な外見をしている。

しかしそこそこの大きさはあり、いかにも『貴族が住んでいそうな』という印象をウルカは受けた。

二人は車から降りるとメイドらしき人物に案内され、一つの部屋へと案内された。

 

「で、この家は誰の家なんだ?」

「ウルカもよく知ってる人物の家だ」

「俺が?」

 

それだけのヒントでは理解できるはずもなく、ウルカは腕を組んで首をかしげる。

その人物はまだこの部屋にはいない。

二人はソファーに腰掛けて、その人物を待っていた。

 

「変なやつじゃないだろうな。こう、ウィッチ好きの変態とか」

「いや、それはありえんだろ」

「そんなやつだったら、俺はマジでぶん殴って逃げるからな?」

 

ウルカはそういながら空にストレートを打ち込む。

 

「ふふっ、顔に似合わず、なかなかに威勢のいいお嬢さんだ」

 

その時---扉が小さく音を立てて開くと、第一声とともに入ってくる人物。

その人物が目に入ると、ウルカは驚いたようにソファーから立ち上がった。

グラティアもそれに続き、席を立つと敬礼をしてみせる。

 

「シュタウフェンベルク大佐。今日はお世話になりました」

 

そこに立っていた人物とは、査問で立ち会っていたシュタウフェンベルグだった。

 

「おっ、おっ、えっと……。大佐殿……ごきげんうるわしゅう……?」

 

シュタウフェンベルグの第一声からして、ウルカの声は聞こえていたのだろう。

ウルカはしどろもどろな口調でとりあえずの挨拶を行う。

自分をかばったであろう人物の登場に、ウルカは混乱の様子を隠せずにいた。

 

「はははっ、そんなにかしこまるな。ここは査問の場ではないよ」

 

軍人らしき威厳を保ちながら、優しい口調で彼は続ける。

 

「フォン・シュタウフェンベルクだ。よろしく頼むウルカくん」

 

握手をしようと手を差し出す彼に、ウルカはそれに応じて握手を交わした。

 

「先ほどは庇っていただき……」

「いや、畏まらなくていい。優秀な人材をこんなことで失うのは、国にとっての損失だからね」

 

話の分かる男。

ウルカが彼に持った第一印象はそれだった。

いかにも軍人らしく、そして、自分よりも国益を先に見ている。

シュタウフェンベルグはまさにそのような男だ。

若くして大佐という階級に収まっている理由も頷けるほどの、性格の持ち主だ。

 

「……庇ってくれたのはやっぱり、ティアが根回ししたからか?」

「っ、ウルカ!」

 

突然敬語をやめて話し始めるウルカに、グラティアは抑制しようとした。

 

「いいよ少尉。畏まらなくていいと言ったのは私だからね」

 

しかし、シュタウフェンベルクはそんなことを気にしないと言ったような笑みで言葉を続ける。

 

「少尉。そしてガランド大尉。そしてミーナからも頼みがあった。我が国のエース達の懇願とあっては無碍にもできまい」

「ミーナって、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ?」

「そのミーナの他に誰かいるのかい?」

 

まさかの名前にウルカは驚きを隠せない。

彼女達にどんな思惑があったか、ウルカは理解するまで至らなかった。

少なくとも、好意的な感情なのは確かだった。

シュタウフェンベルクの口ぶりからして、ウルカに期待してのことだろう。

 

「お前は、お前が思う以上に期待されているのかもな?」

「ティア、買い被り過ぎだ。今回の大型ネウロイだって、ティア達が道をひらいてくれたから倒せただけだしな」

「ふふっ、君は実に謙虚だな。扶桑人らしいといえばそうかもしれないが」

 

シュタウフェンベルクは二人と向かい合ってソファーに腰をかけた。

そしてタバコを懐から取り出そうとしたところで一旦手を止めてしまい込む。

 

「べつに吸っても……」

「いや、やめておこう」

 

少し照れたような様子で、シュタウフェンベルクは頬を指で掻いた。

 

「君たちを見ていたら、娘を思い出してね。娘はこれの匂いが嫌いなんだ」

 

懐からタバコをちらつかせると、シュタウフェンベルクは完全にタバコをしまい込む。

 

「娘? おっさん何歳だ……?」

「ウルカ!」

「はははっ! 今年で32になるな」

 

シュタウフェンベルクは豪快に笑ってみせると、ウルカの問いに答える。

 

「で娘さんは?」

「今年で7歳だ。立派な娘だよ」

 

その言葉にウルカは固まり、うつむき顔に影を落としてそしてブツブツと言葉をこぼす。

 

「……俺と5歳も変わらないのに大佐で、一児の父だと?」

「どっ、どうしたウルカ? 気分でも悪いのか?」

「いや気にしないでくれ……。あれだ、スーパーエリートを前にして、現実の無常さを噛み締めてるだけだ」

「なんだか分からないが、私は褒められてるという認識でいいのかね?」

 

シュタウフェンベルクは微妙な笑みを浮かべた。

そしてうなだれるウルカに、なぜそうなったか分からないグラティアは、フォローを入れることもできず、ただオロオロとしている。

 

「ところで大佐。なぜ私を?」

「あぁ、それなんだがね」

 

この空気を変えようと、グラティアはここに呼ばれた理由をシュタウフェンベルクに問いかけた。

 

「ん? 要件を聞いてないのか?」

「あぁ、実はただ来てくれと言われただけでな」

「すまない。急ぎの用だったからね」

 

そして急にそわそわし始めるシュタウフェンベルク。

ウルカとグラティアはその様子に首をかしげた。

 

「娘が久しぶりに会いに来るのだが……。私がどうしても時間が取れなくてね」

「あー」

 

シュタウフェンベルクの言葉に、ウルカは理解したように言葉を漏らす。

 

「理解してくれたようだね?」

「つまり、ヒルデお嬢様の遊び相手と?」

「ティアは娘さんとも知り合いなのか」

「あぁ、小さい頃からの友達でな」

 

グラティアは、シュタウフェンベルクの娘と小さい頃からの交友があった。

しかし戦争が始まってからは会う暇もなく、彼女も三年ぶりの再開となる。

グラティアはそのことをウルカに説明した。

 

「ウルカくんも友達になってくれれば、娘も喜ぶ」

 

娘のことを思い出してだろうか。

シュタウフェンベルクは柔らかな笑みを浮かべながらウルカに言葉をかける。

戦争という行為が家族の時間さえも引き裂いてしまう。

シュタウフェンベルクの笑みには、影があり、そして悲しさも宿っていた。

 

「……もちろん。友達となることに断る理由もないからな」

「感謝するよ。そろそろ来る頃なんだ」

 

バンッ---

 

突然、勢い良く開かれる扉。

そしてそこに立っていたのは、幼くも父と似たまっすぐな瞳を持った少女。

顔つきこそは似ていないが、その瞳は紛れもなく、シュタウフェンベルクの娘であることを意味していた。

少女は、自分の最愛の父を見つける。

 

「父上っ!」

 

第一声。少し古風なカースルラント語が聞こえる。

少女は走り出し、ソファーに座っていたシュタウフェンベルクへと飛びついた。

突然のことに、ウルカは口を半開きにしながら、その光景を眺めていた。


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