真・恋姫✝無双 李厳伝   作:カンベエ

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第七話:楔

―滞陣五日目―王虎部隊本営

幕舎の中央に座す信、その目の前には一人の人物が片膝を付いている。名は郭淮伯斉、目深にフードをかぶっているため性別や年齢なども良く分からない。だがこの人物は王虎の間諜を一手に担う。

 

「それは本当か?」

「はい、間違い無く・・・・黄巾党別動隊が西、ここをめがけて進軍しております」

「甘く見られたもんだな・・・・俺らも」

 

北の朱儁が四万、東の盧植が五万、南の皇甫嵩が四万、そしてここが五千。単純に兵数だけを見てここから抜ければ他三方の背後を取れる、そう踏んだのだろう。

 

「どれほどでここに到達する」

「目算で五日」

「分った・・・・大我!劉備、曹操、孫策に遣いを出せ!緊急事態につきここまで来いと!!」

『うっす!!』

 

大我が駆け去る音、それを聞きながら今一度郭淮へと視線を向ける。

 

「なぁ郭淮、お前そろそろ表で働いてみねーか?」

「・・・・私が、ですか?」

 

始めて会った時から顔は見たことが無い、だが出会ってから変わらぬ抑揚の無い声は少し動揺を覚えているようだ。

 

「『貴方様の影の力となるべく参りました』、そう言ってお前は俺のとこに来た」

「はい」

「だが敢えて言う、光も影も皆で背負おうや。俺らは『仲間』だ、誰か一人が面倒事を背負い込まなくても良い。皆で背負えば楽なもんよ」

「でも・・・・私、は・・・・」

「二つに一つだ、俺らと表に立って仲間として戦い続けるか、ここを去るかだ」

 

俯き、考え込む郭淮。

 

「ずるいです、李厳様は」

「そうか?」

 

シュルッとフードを外す郭淮、水色のショートボブ、切れ長の目、どこからどう見ても・・・・。

 

「私も、共に歩みます」

「・・・・お前女だったの!?」

「あ、え?言って、ませんでした?」

「言ってねーよ!」

「えと、では改めまして・・・・郭淮伯斉、真名を莉乃と申します。幾久しく・・・・」

 

―半刻後―王虎部隊本営

 

「李厳」

「何だ曹操」

「増えた?」

「ああ」

 

信の背後、ブスっとした顔で右側に立つ霞とそれを気にも止めずに左側に立つ莉乃、不穏な空気を察して会議には参加せず外周の警備を申し出た大我と白夜、オロオロしながら信の隣に座る朱里。

 

「モテる男は大変ね~♪」

『っ!』

 

孫策の一言で、背後の空気がピリピリどころか殺気だったものに変わった信だったが敢えて気にしない。

 

「集まってもらったなぁ他でも無い、黄巾党別動隊がこっちに進軍中だってぇ情報が入った」

「規模はどんぐらい?」

「五万、残る兵力を他三方の牽制に宛てた。おそらくは俺たちを軽く撃破して北と南の朱儁、皇甫将軍を挟撃した後に残る盧植を叩くつもりだろう」

 

曹操と孫策の雰囲気が変わる、そう二人とも瞬時に理解したのだ、黄巾党に自分たちが舐めて掛かられているのだと。

 

「正直全体の戦略上それを許すわけにゃいかねーし俺も皇甫将軍にゃ恩がある、そいつを仇で返すわけにゃいくめーよ」

「そうね、私も皇甫将軍の下で戦っていたもの・・・・少なからず恩があるわ」

「そうよねー、朱儁のオジさんには兵糧とか装備出してもらったしねー」

「盧植先生を危ない目に合わせるわけにはいかないです」

「そうだな、盧植さんにも世話になってるから・・・・」

「彼我の戦力差は十:一、数字だけ見れば無理なんだろうが・・・・」

「兵力差など無きにしも在らず、よ・・・・」

「賊何かに負けちゃいられないもの」

「わ、私たちも頑張ります!!」

「ああ、戦ってやるさ!」

 

ニヤリ、と笑む信。

 

「と言う訳で軍議を行う・・・・んだが、俺から提案がある」

「ふむ、聞きましょうか」

「この局面で傭兵将軍からどんな意見が出るか楽しみよねー」

「この際全軍混成で動こう、五千をひとまとめにして」

「え?それって・・・・」

「出来るものなんですか?」

 

そう、普通ならそんな考えは無い、急造の混成部隊何てものは足枷でしか無いのだ。同程度の練度の部隊どうしですら難しいとされている。

 

「やってやれねー事は無いさ、兵と兵との連携じゃない。将と兵との連携が上手く取れるなら、な」

『?』

「まぁいいさ、陣立は先鋒に張遼、関羽、張飛、徐庶、右翼に曹休、李典、蒋欽、鳳統、左翼に黄蓋、呉懿、楽進、荀彧、本営に俺、曹操、劉備、一刀、孫権、郭淮、後詰は孫策、于禁、周瑜、諸葛亮で各千人ずつ」

 

現在、本営の中には信、霞、朱里、莉乃、曹操、荀彧、曹休、孫策、周瑜、孫権、劉備、徐庶、鳳統と十三名いる。内、この提案を聞いて愉快そうにしているのが四名、顔を真っ青にしているのが五名、平然としているのが三名。

 

「ちょっ!?その編成はどうなのよ!?」

「いや、存外悪くは無いと考えるぞ」

 

荀彧が否定に走るならば周瑜は肯定する。

 

「そうね、でも何で私が後詰なのよ?」

「秘密、最後の目立つところを任せるから下がっててくれ」

「分ったわ」

 

後詰の配置に不満そうにしていた孫策を信が宥める。

 

「あと・・・・手先が器用な奴はいるか?ちょっと罠を仕掛けたいんだが・・・・」

「ならば李典を出しましょう」

「私も手伝うわ」

「あ、じゃあ私も手伝います!」

「分った、それとそれぞれでコレを揃えて欲しい」

 

そう言って取り出した三本の竹簡を手渡す、その時の信は・・・・心底意地の悪そうな笑みを浮かべていた。

 

「で?何をするつもりなの?」

「黄巾に山岳民族出身の連中がいるらしくてな、そいつらの率いる騎馬隊に官軍は手間取っているらしい」

「成程、それを潰すための罠だ・・・・と」

「おうよ、歩兵は無視の騎馬兵だけを潰す罠だ」

「歩兵にはどう対応するつもり?」

「そのための前衛に猛将三人の配置だ、あの三人が縦横無尽に暴れまわるならば前から力押しなんてバカな真似はせんさ」

 

それから黄巾軍が接近するまでの四日間、続けられた準備。各将による連携から部隊単位の動かし方、一刀に最低限生き残る戦い方を教え、迎えた四日目の夜。

 

「明日が本番、か・・・・どうだ?一刀も一杯」

「もらうよ」

 

信の幕舎で卓を挟んで飲む信と一刀。

 

「なぁ信、勝てる・・・・のか?」

「六分四分だな、条件は悪くねぇが何分兵数が少ない・・・・見た限りじゃ兵力差ぐらいで心が折れる将はいないが兵は分からん」

「・・・・」

「不安か、まぁ・・・・そうだろうな、俺もこの時代に生まれたばかりのころは不安だらけだった」

 

自ら選んで来た世界ではあったが生前とは違う文化、日常の傍らに争いがついてまわる。それは霞と旅に出て、王虎を結成してからもずっとついて回った不安だった。

 

「だがな一刀、俺たちがここにいることには意味がある」

「意味?」

「ああ、伏羲が何を考えてるかは知らんが・・・・な」

 

グッ、と盃に注がれた酒を呷る。

 

「少なくとも劉備たちはお前を必要としている、お前は必要とされたから一緒にいるんだろ?」

「・・・・・・あ」

「なら必要としてくれた人たちのために今を生き抜け、志とか大義とかは放っておけ。今を生き残らなけりゃ先もないんだからな」

「・・・・俺、信がいてくれて良かったと思う」

「何だ急に、煽てても何もでねーぞ」

「いや、事情を理解してくれて相談に乗ってくれてさ・・・・信がいなかったらどこかで壊れてた気がしたんだ・・・・」

「一刀・・・・」

「だから、ありがとな」

 

ドクドクと酒を盃に注ぐ信。

 

「んな堅苦しい事言うなって・・・・」

 

空っぽだった一刀の盃にも、酒を注ぐ。

 

「俺たちぁダチだ、ダチだったら・・・・助け合うなぁ当然だろ?」

「ダチ・・・・」

「おう、だから気合入れてけ!相談があるなら乗ってやる、逆に俺に相談があったら乗ってくれ。こうやって話しながら酒飲むのも良しだ」

「うん、そうだな・・・・」

 

ニヤリ、と二人が笑みを浮かべて、盃をぶつけた瞬間・・・・

 

「あー!!ちょっと何二人で飲んでるのよ!?私も混ぜなさい!!!」

「何で信と一刀だけで飲んどるん!?ウチにも酒ぇ!!!」

 

孫策と霞、乱入。

 

「お、なんじゃ酒があったのか?ならワシにも寄越せ!」

「大将どこに酒なんか隠してたんです?」

「知らなかったか大我、輜重の水瓶の中に酒瓶が十個混ざってたのだぞ」

「良いですね、お酒は好きですよ」

 

続けざまに黄蓋、大我、白夜、曹休が乱入。

 

―半刻後

全軍を巻き込んでの大宴会に発展していた。どうやら孫策と黄蓋、に加えて霞も酒瓶を隠し持っていたらしく、それを含め瓶で十三個の酒を全軍へと振舞ったのだ。

 

「うへへ・・・・・ごーしゅじんさぁまぁー」

「だいたいご主人様はれすね?」

 

一刀は劉備と関羽に絡まれていた。

 

「・・・・両手に花とは豪勢な事だな、一刀」

「いやいや、信だって・・・・」

 

一刀の視線の先には信の膝枕で眠る朱里と莉乃の姿。

 

「っつーか・・・・アイツら明日、決戦だって事理解してんのか?」

「どう、でしょうねぇ」

 

苦笑する曹休の膝では荀彧が寝息を立てている。少し向こうでは霞、大我、孫策、黄蓋による飲み比べが始まっている。

 

「大将、正直なところ勝てると思います?」

「一刀にも同じ事聞かれたけど六分四分だ、歯車が一個狂ったら御終いだな」

 

白夜の膝で寝ている孫権。

 

「基本戦術は?」

「『(くさび)』」

「大博打ですなぁ」

「少し、その戦術について聞かせて貰えないかしら?」

「そうだな、戦術を知らねば動きようもない」

 

曹操と周瑜が輪に入ってくる。

 

「『楔』は王虎の基本戦術の一つでな・・・・単純な話をするならば波状突撃の戦術だ」

「複雑な話をするならば?」

「目的を定めるのは第一陣の将、その目測を誤れば最悪潰される」

「普段は誰が?」

「張遼だ、確かな嗅覚を持つからな。そこに武才確かな関羽と野生の嗅覚を持つ張飛が混じって徐庶が・・・・まぁせめて関羽を御してくれるならば一段目は成功する」

 

テンションバリッバリの霞と張飛を御する事は諦めているし、猪たちの手綱を無理矢理握ろうとすればその持ち前の攻撃力を殺す事になる。雑に大穴を開ける一段目は自由に暴れさせればいいのだ。

 

「二段目は?」

「大我だな、あれは鼻は悪いが勘が良い。気を使う楽進と黄蓋に両脇を固めさせて鳳統の指示で突撃だ。大我の兵士との連携率は凄まじいからな・・・・傷口を広げるには十分だ」

 

大我はちょっとばかり根明で抜けているがそれゆえに兵士たちにも人気がある。その上突撃中でも転んだりした兵士たちを助けたり、矢の雨に晒された兵士たちをかばおうと動く。それに奮起した兵士たちも大我を死なせまいと動く結果で上手い連携が取れるのだ。

 

「三段目に白夜だな、あいつは目端が利くから上手くほつれたところを切り開いて行く」

「成程、故にその気になれば何でも出来る、と豪語した私と李典なのですね」

「その通り」

 

三段目に必要以上の突撃力などは要らない。ただ堅実に攻め込める力が欲しい、がために万能型三名。この段階で一段目と二段目が再突撃を考え後退するため一時的な殿の役目も担う事になる。

 

「四段目で私たち、というわけね?」

「ああ、俺が先頭を切るからお前らはそれについてくれば良い」

 

四段目は一段目と二段目の殿をしている三段目の援護、突撃箇所の維持が目的であり踏ん張る力が要求される。

 

「で、最後が・・・・アレね」

「まぁ、アレだ・・・・美周郎殿に期待するよ」

「・・・・努力はしよう、だが・・・・結果が伴うとは限らない」

 

酔って大暴れ中の孫策を見て、三人がため息をつく。最後は小細工も何も無し、掛け値なしの全力突撃。そのための小覇王孫策と朱里、周瑜の配置だ、孫策が先頭で好き勝手に暴れまわりそれで生まれた隙を朱里と周瑜が于禁を使って補う。本来ならば信が務めている役目ではあるのだが・・・・

 

「なら後は最初の罠とやらがどれほど機能するか、ね」

「敵さんにそれなりの指揮官がいればバレるだろうが・・・・先ず無いだろう、後は・・・・」

 

グッ、と盃の酒を飲み干す。

 

「各人の奮闘に期待する」

 

明日、大一番の火蓋が切って落とされる。


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