―186年―兗州と豫州の境
信、霞、朱里、白夜、大我の三人と十人の若者たちから始まった傭兵部隊「王虎」。当初は十数名という少数から名も知られぬ存在であったもののちょっと特殊なやり方で徐々にその数を増して行った。
ひとえに山賊、盗賊、江賊などといっても様々である。食うに困ってなった者、搾取される立場を嫌い略奪する立場を選び馴染んでしまった者、そして民を思い立ち上がった義賊・・・・信たちはその義賊たちへと声をかけ仲間へと引き入れていた。片っ端からでは無く、近隣住民の話を聞き、土地に残り民を護る者と自分たちに従軍し共に戦う者とを選別していった。
その結果が今の状況である。兵数千、各地にいる傘下の義賊たちを含めれば二千にはなろうという軍勢、練度は官軍などには決して遅れを取らず、むしろ地方領主たちは官軍の援軍を乞うよりも信たち王虎に声をかけて援軍を頼むぐらいだ。
「っし・・・・右翼の大我に伝令!全速力で駆け上がって押し込むんだ!!」
「御意!」
今現在、漢王朝の豫州方面軍大将である皇甫嵩に依頼され相手取っているのは近頃数を増してきた黄巾党という賊だ。歴史上でも最大級の賊軍とされており張角、張梁、張宝の三人を中心とし十数万の大軍勢にまで膨れ上がったとか・・・・だが所詮は利も無く義も無く、ただただ膨れ上がっただけの暴徒。こちらの数倍、五千もの数がいるが大我に散らされ、霞に切り裂かれ、白夜に撃たれボロボロと戦線を崩壊させていく。
「伝令、北方より一軍が接近中!」
その言葉にまゆをひそめる。流石に援軍であったならば拙い、この数だから押しきれているが更に増えられるとこちらが押し包まれる可能性すらあるからだ。
「黄巾の援軍か」
「いえ、兗州軍です!旗印は『曹』」
「・・・・分かった、霞、白夜、大我に伝令だ。無理に押し込まず戦線を維持しろ、と」
「はっ!」
駆け去っていく伝令を見送る。
「どうして戦線維持と?」
傍らに控える朱里が問いかけてきた。この一年で分かった事だが朱里の知識量は確かなものだ、だが圧倒的に実戦経験が足りなかった。まぁそこは自分も一緒なのだが・・・・ともかく、今は全体を「育てる」時だと感じているのだ。
「兗州軍で旗印が『曹』ならば十中八九曹操だろうからな、噂通りのキレ者ならば・・・・こちらが戦線を維持して黄巾を抑えている隙に背後から突くぐらいはするだろ。そうする事で遅れて来た兗州軍に豫州方面軍は借りを作る事が出来るからな」
「手柄を譲った、という・・・・わけですか。そこまで考えが回りませんでした」
「ま、そこは人生経験の差よ。朱里はまだまだ若いんだからこれから学んで行けば良い」
ぽふ、と首里の頭に手を置いて撫でると顔を赤くしながら「はわわ、撫でないでくださ~い」とか言いながら手をパタパタさせている。可愛いなぁこの娘。
ともかく現れたのがあの覇王、曹操であるならばその実力を見学させて貰いたい。三国志を知らない人間でも知っている有名な人物の一人。軍事、政治において他の追随を許さず治世の能臣、乱世の奸雄と評された後の魏国の礎を築いた人物、既に得た情報ではまだ十代前半の少女との事だが決して驚かない。
先年、父曹嵩より家督を継いで以来その辣腕で陳留郡を治め、中原一の治安と発展を見せているらしい。
「ほら朱里、見ておけよ・・・・隣人か好敵手か、何れにせよ無視出来ない存在だ」
「は、はい」
こちらの目論見を察したのだろう、曹操が率いる兗州軍二千が黄巾の背後から襲いかかる。無難に騎兵に穴を開けさせて歩兵で突き崩すという方法で。だがその威力が半端ない、単純に練度が高いだけでは無く兵卒一人一人の連携が取れている。こちらの軍とて連携は取れているがあくまで経験から生まれる呼吸によるもの、あちらは組織化された連携であり直接干戈を交えずとも手ごわいとわかる。
「・・・・想像以上だな、ありゃあ」
「です・・・・ね、練度もこちらより幾分上かと・・・・」
「敵には回したくねーな」
「当面は、ですね」
結局、ものの数分で黄巾は壊滅。陣を張り、王虎部隊は休息を取っていた。
「いやはや、誠に感謝致しまする李厳殿」
信たちの前で膝を付いて謝礼を述べるのは豫州方面軍の指揮官である老将、皇甫嵩だ。
「頭をおあげ下さい皇甫将軍、俺たちのような傭兵に頭なんて下げたら・・・・」
「否、ヌシらが傭兵などという事は些事。共に無辜の民を護るために戦う戦友ぞ、それに助けられたのだから頭を下げて悪いなどという事は無い」
皇甫嵩という老将は珍しい人物だ。この一年、ほかに出会った官軍の将たちはこちらが傭兵だと言えば蔑み、活躍したらそれっぽい恩賞をくれてやる、ぐらいの扱いだった。だがこの人は違った。
黄巾を討伐するのに従軍させて欲しい、と告げるなり直ぐに備蓄の装備品から装備を宛てがってくれて、要所要所で戦功を挙げさせてくれ、こちらが活躍し、それに助けられたとなれば今のように頭まで下げる。こういう人が残っている限りはまだ漢王朝は大丈夫だと思えるのだ。
「閣下、兗州軍の曹操殿が面会を求めておられます」
「うむ、ここに通してくれ。李厳殿も諸葛亮殿も一緒に会ってくれ、彼女を紹介したいのだ」
「承知しました」
「は、はい」
「失礼致します」
不思議と通る声だった、陣幕を開けて現れたのは金髪で縦ロールと特徴的な髪をした少女・・・・いや、この場合はその目の方が印象的だった。
「陳留太守曹操、兵二千を率いて参上致しました」
「うむ、ご苦労であった。特に本日の戦では見事な活躍を見せてくれたな」
「いえ、ところで皇甫将軍・・・・あの一千を指揮していた将は・・・・」
「うむ、こちらにおる王虎部隊の李厳殿だ」
曹操がこちらへと視線を向けた、何だろう。妙な寒気を覚えた気が。
「貴方があの・・・・後ほど、そちらの幕舎を訪ねても?」
「あ、ああ・・・・問題無い」
「では後ほど伺わせてもらうわ」
―半刻後
幕舎に戻って本日の戦の反省会を開いていた。
「霞と大我は奔り過ぎだ、ってか大我・・・・お前歩兵で騎馬隊を追い抜くな」
「いやー、面目ない」
李厳軍は大まかに四つの部隊に分かれる。それぞれ兵数が二百五十であり信が率いる歩兵中心で奇襲などの要撃を行う隊、霞が率いる一番槍専門の騎兵隊、大我が率いる歩兵と騎馬が半々の部隊、白夜率いる弓兵隊の四つで朱里は信の部隊にいる。
そして今日の戦で大我が率いる歩兵が先行した騎馬隊を追い抜いて突進したのだ。
「というかむしろお前の隊の騎馬兵を霞にまわして歩兵だけで動いてみろ」
「歩兵だけで、っすか?」
「応、多分その方が戦果が上がる」
大我はその突撃思考からは想像出来ないだろうが部隊内の連携を重視している。だから歩兵だけで先に突っ込んでも本格的に攻めるのは騎兵を待ったりする事が多く、その待機時間で包囲される可能性もあるわけだ。
「大将、陳留の曹操殿が面会を求めておられます」
「分かった、通せ」
少しすると、曹操が背後に少女と青年を一人づつ、伴って幕舎へと入ってきた。
「改めて自己紹介するわ、私が陳留太守、曹操よ」
「ご丁寧な自己紹介痛み入る、俺が王虎部隊の李厳だ」
「お初にお目にかかります、荀彧です」
「曹休と申します、以後お見知りおきを」
荀彧文若、曹操が絶対的な信頼を置いたとされる民政官。晩年、些細なすれ違いから荀彧を死に追いやってしまった曹操はその事を酷く悔いたという。
そして曹休文烈、曹操の一族であり四天王曹洪の甥。何事も器用にこなせるいわゆる万能な将であり後年は大都督の地位を獲得するまでになる。が陸遜の策に嵌められて更迭、それが原因で憤死すると。
「ウチが張遼や宜しゅうな」
「呉懿っす!」
「しょ、諸葛亮れしゅっ!?・・・・噛みましたぁ・・・・」
「蒋欽だ」
丁寧な自己紹介をしてきた曹操側に対し何と礼も何も無い事か。真面目な挨拶をしようと努力した朱里に至っては噛む始末だ。
「中々に個性的なメンツね」
「その言われ方は耳が痛い」
苦笑から始まる李厳と曹操の始めての会談、果たして曹操は何を探るべくここへと来たのだろうか・・・・