鄴に向かおう、そういって旅だったはずの信と霞は・・・・擁州安定南部の小村にいました。
「・・・・霞、俺の言いたい事は分かるか?」
「う・・・・ごめんなさい・・・・」
雁門郡から鄴までは東に真っ直ぐに進めば街道に突き当たっていたはずだったのだ、なのに何故反対側の擁州にいるか・・・・霞が「こっちに行ってみよ」とか言って勝手に進んでいった結果である。
「路銀も尽きたし何とかしなけりゃなぁ・・・・」
と、頭を抱えていると・・・・
「白坡賊が攻めてきたぞー!!」
そんな声が村中に木霊する、白坡賊・・・・と言えば弘農を中心に暴れている賊では無かっただろうか?と頭をかかえるがそれぐらいの差異もあるんだろうと考える。
「・・・・・っ」
「ってオイ!どこ行くんだ霞!!」
「ちょっと賊の奴らいてこまして来る!!」
「はぁ!?」
言うが早いか既に視界から消えていった霞。
「あー!!!もう!あの猪娘がぁああああ!!!」
ここで腐ってても仕方無い、と風雅を肩に担いで霞を追いかけ始める。
到着した時には、50人程の賊に霞は囲まれていた。
「おいおいネーチャン、良い度胸じゃねぇか」
「よくみりゃ可愛いなぁー」
「いい体してるしなぁ、俺らで楽しんだ後で売っぱらっちまうか?」
「くっ・・・・・」
それでも20人ぐらいは薙ぎ倒したらしいが肩で息をしている状態だ。
「ったく・・・・後先考えろって・・・・」
グッ、と一歩踏み込みながら、風雅を思いっきり横薙ぎに払う。
「言ってんだろうが!!!」
その一撃で5人の賊が更に10人ぐらいを巻き込んで吹き飛ばされる。
「何だテメェ!!」
「そこの猪娘の保護者だよ」
「信・・・・って誰が猪やねん!!」
「あ?後先考えねーで突っ込んで囲まれてる奴が猪以外のなんだってんだ!」
賊に囲まれているというのに口喧嘩を始めた二人。
「テメーら余裕ぶっこいてんじゃねぇぞ!!」
それを苛立った残り40人ほどが一斉に襲いかかってくる。プチッ、と二人の血管が切れる音が聞こえた気がした。
『邪魔だ(や)!!!』
悪鬼羅刹も裸足で逃げ出すような形相で賊を薙ぎ倒す二人、気がつけば賊はほうほうの体で逃げ帰っている。
「あれ?白坡賊は?」
そこに、30人程の集団が現れる。
「何だテメーらは」
「俺たちはこの村の自警団だ」
元いた宿屋に戻って話を聞けば、彼ら30人を含めてこの村には50人の自警団がいるのだと言う。賊の出した虚報に惑わされ、急いで戻ってきたのと信と霞が賊を追い払ったのがほぼ同時だったわけだ。
「頼む!力を貸してくれ!!」
自警団を指揮していた壮年の男が土下座をしてきた。
「頼むって・・・・」
「アイツらを倒しきらないと村の皆が安心出来ないんだ!礼はする!だから・・・・」
「信、引き受けよ」
「霞?」
「ウチ、こういうの見過ごせへんもん」
昔っからこうだ、余計な事に首を突っ込む。たしなめようと、その顔を見て・・・・諦めた。霞の目には強い意思がある、この目になった時はテコでも動かない。
「分かった・・・・じゃあこの近隣の地図を見せてくれ」
信と霞、自警団の長である呉貞とその息子の呉懿、他三名の十人長で作戦会議が行われる。
「賊はここから東、この小山の廃砦に居を構えておる。山は正面は急な坂道で背後は切り立った崖、両側を森に囲まれており万全の護りが敷かれている。賊の数は恐らく200程」
と、呉貞の説明を聞く。人数で既に四倍、しかも攻め難い場所に陣取っているとは・・・・
「・・・・難しいな、おびき出せれば一番良いがこの場所に居を構えたような頭目が簡単に出るとも思えん」
ただの山賊では無い、少なくとも頭目か、幹部かが兵法の心得でもあるのだろう。誰からも意見が出ないまま、四半刻が過ぎようとした頃だった。
「あ、あの!」
その声に一斉に振り向くと、そこには10歳ぐらいの少女と信や霞と同い年ぐらいの少年がいる、確か同じ宿に泊まっていた二人組だ。声音からすれば少女の方が話しかけて来たのだろう。
「どうした?」
「わ、私の話を聞いていただけないでしょうか?」
「・・・・お嬢ちゃん名は?」
「は、はい!諸葛亮と言いみゃっ・・・・・///」
噛んだ、が・・・・確かにその名を聞いた。諸葛亮孔明、かの有名な臥竜か。神算鬼謀、矢の調達から馬の育成、その気になれば東南の風だって吹かせちゃう、なスーパー軍師。こんな小さな子が、とも一瞬思ったがあの驍将張遼だってこんなん何だから最早驚きすらしない。
「分かった、聞こう」
諸葛亮の作戦とはこうだった。先ずは真正面から呉貞が40を率いて攻め込む「フリ」を繰り返す、その隙に信、霞、呉懿と10名、そして諸葛亮と一緒にいた少年・・・・蒋欽の14名で背後の崖を登って奇襲、混乱した賊に残る40も突撃というものだった。
当初は自警団の人々も渋ったものの、最終的には呉貞が皆を説得、納得させて作戦が実行に移された。
―翌日
作戦は大成功だった、賊のほとんどを討ち取る事に成功しこちらの犠牲者は無し、怪我人はいたものの酷い怪我でも無かった。
「君たちには感謝しても仕切れないな、李厳殿、張遼殿、諸葛亮殿、蒋欽殿」
呉貞が、四人を前に深々と頭を下げた。
「止してくれって」
「せや、ウチらかて勝手に首ぃ突っ込んだんやし」
「は、はわわ・・・・」
「ま、という訳だからさ」
「謙虚だな、だがそれで良いと思う」
と、笑う呉貞。
ともかく、一日休んで村を離れる事にした信と霞、その日の夜。二人の前に呉懿と自警団の若者10名が集まっており、何故か諸葛亮と蒋欽も同席していた。
「えーっと・・・・つまり?」
「ハイ!俺ら李厳さんや張遼さんの戦いぶりに魅せられたんです!付いていくならこう言う人が良いと相談して・・・・」
「俺らについてくる、と?」
「はい!」
「呉貞殿には?」
「『好きにしろ、バカ息子』って言われました!」
顎に手を当てて考える、確かに考えていた可能性の一つなのだ。仕える主君が見つからなければ自分で勢力を立ち上げても良いかも知れない、と。だがまだその主君の一人すら見ておらず、そんな状況で・・・・と。
「霞はどう思う?」
思わず、霞に意見を求めていた。こういう時、不思議と核心を付く解答をくれるからだ。
「ええんちゃうん?信がどうするつもりかは知らんけど仕官するにしても自力で伸し上がるにしても仲間は欲しいと思うんよ、」
「ふむ」
目指す立ち位置が一国一城の主だろうが、一国の将軍だろうが確かに信頼出来る仲間と言うのは欲しいものだ、そう言った意味では呉懿たちは信頼出来るだろう、目でわかる、彼らは真っ直ぐな性格なんだろう。
「分かった、だが苦労するかも知れんぜ?しばらくは領地も無いんだ」
「覚悟してます!」
「分かった、今日、今この時から俺らは仲間だ・・・・俺は李厳、字は正方、真名は信だ」
「ウチは張遼、字は文遠、真名は霞や、宜しゅうな」
「何と、真名まで預けてくれるなんて・・・・俺は呉懿、字は子遠!真名は大我です!宜しくお願いします!大将!霞姐さん!」
どこまでも熱血なノリの奴だ。
「で?諸葛亮と蒋欽の要件は?」
最大の問題はこの二人だ。
「は、はい・・・・お聞きしたい事がありまして」
「聞きたい事?」
「はい、差し支え無ければお聞きしたいのですが」
「良いぜ」
応諾すると、少し息を整える諸葛亮。
「李厳さんはこれから戦場へと身を投じるのですよね?」
「そうだな、大我たちも仲間になってくれたからこっから数増やして暫くは傭兵でもやろうかと思う」
「その・・・・志と言いますか、理想・・・・みたいなものはあるのでしょうか?」
ふむ、と考え始める。そう言えばそんな事考えた事も無かった、転生してからの日々が精一杯で楽しくて・・・・
「無い」
『無いの(ん)(んですか)(んっすか)!?』
諸葛亮と蒋欽どころか霞や大我たちまで驚いている。
「志とか理想とかんな大層なもん掲げて戦うわけじゃねーって話だ」
「え?」
「たださ、日々を精一杯生きられたら良いなーって思うわけよ。民草だってそうだろ?もしかしたら一部ぐらいは違うかも知れないけど大抵の人々がその日その日を精一杯生きるのに一生懸命で理想だ大義だ何て考えた事ねーと思うんだよね」
「・・・・・・あ」
「だから俺は、仲間と、民と、国と、精一杯その日その日を生き抜くために戦う・・・・ってのが答えじゃダメか?」
「なんや信らしー答えやね」
「良いと思いますよ大将、むしろそのほうが良いっす!」
少し、考え込む様子を見せている諸葛亮。
「あの!わ、私も・・・・」
「ん?」
「私も、李厳さんや、張遼さんや、呉懿さんたちと一緒に行きたいです!」
「・・・・・・へ?」
予想外、としか言い様が無い。ってか諸葛亮でしょ!?劉備は?三顧の礼は?水魚の交わりはどうした!?という叫びを飲み込む。
「何で俺なんだ?」
「私は、水鏡塾で様々な兵法や政治学などを学んで来ました。それで数ヶ月前にお友達の鳳統ちゃんと徐庶ちゃんの三人で仕える主君を探して仕えなさい、って司馬徽先生から言われて旅に出たんです」
司馬徽に鳳統、徐庶。まー有名どころの名前ばかり出てくる出てくる。
「最初は、鳳統ちゃん、徐庶ちゃんの三人で幽州で義勇軍を立ち上げた劉備さんの所へと向かうつもりでした」
うんうん、その方が良かったんじゃーとか思う信。
「中山靖王の末裔、関羽、張飛の剛勇を従え、決して驕らず民を助け戦い歩く・・・・仕えるならそう言う人が、って二人は言っていました、それで私も劉備さんに会うところまでは一緒だったんです」
聞く限りでも君主としては十分だと思うわけだが。
「『民が笑顔で暮らせる世の中を作りたい』、劉備さんはそう仰っていました」
「・・・・その理想と現実との深い矛盾に君は気づいた、か?」
無言で肯く諸葛亮。劉備の掲げる理想は確かに聞こえの良いものだ、だが一つだけ忘れている。民を虐げる賊もまた元は民なのだ、虐げられる民だけ笑顔になれば賊に成り下がった民はどうでも良い、劉備の理想は聞こえようによってはそう取られてしまうのだ。
「鳳統ちゃんや徐庶ちゃんはそういう大きな理想を持つ人こそ支えがいがある、と言っていましたが私の考え方は違っていました。そこで私は考えました、世に名の知れ渡っている人だけが仕えるに足る人では無い、名が通っていなくても仕えるに足る人がいるんじゃないか、って」
「・・・・・・それが俺だと?」
「はい、李厳さんは今までいなかった主張をお持ちです。誰も民の視点にたって主義主張を唱える人はいませんでした。少し上から見ている人ばかりでした」
だろうな、『民を自分たちが助けているんだ』と思った時点で自分たちが民より上の存在だと誤認してしまうのだろう。
「私は、李厳さんに・・・・いえ、李厳様に仕えるために此処に来たんだと思います、どうか・・・・私を」
「諸葛亮」
「はい」
「一緒に来るなら一つ言って置く、俺のところに『部下』は要らない、皆対等に『仲間』だ。それを忘れるなよ?」
少しづつ、明るくなる表情。
「は、はい!えっと改めまして!私は諸葛亮、字は孔明!真名は朱里です、宜しゅッ・・・・・・///」
舌を噛んで顔を真っ赤にする朱里に、皆が萌えている。
「で、蒋欽は?」
「願わくば、仲間に加えて欲しくてな」
「理由は?」
「楽しそうだ」
「合格、一緒に行こうぜ」
「うむ、僕は蒋欽、字は公奕、真名は白夜だ」
李厳、張遼、呉懿、諸葛亮、蒋欽・・・・いずれも歴史に名だたる名将、名軍師・・・・強すぎじゃね?この部隊。と思いつつも生き抜くためにはそれも良いか、と一人納得した信だった。