―185年―倂州雁門
この世界に生を受けてから十五年が経った、年齢よりも体は大きく育ち既に身長は約六尺(180cm)になり体重は十二斤(約72キロ)程になっていた。
歳を重ね、様々な事を学ぶにつれて伏羲の言っていた前世の三国志の知識が通用しないというのはこういう事か、と認識するのにさほど時間はかからなかった。
生まれた地が荊州南陽では無く倂州雁門、そして何より驚くべきは・・・・
「おーい、何しとるん?」
褐色の肌、紫色の頭髪、年齢よりも余分に育った体にやや露出の多い格好のこの少女、驚くなかれ名を張遼文遠、真名を霞・・・・そう『泣く子も黙る』と言われたあの張文遠だ、最初は信じられなかった。
「釣りだよ」
「へー全然釣れてへんみたいやけど?」
「ほっとけ」
しかし幼馴染とも言うべき付き合いの中で、何度か喧嘩したのだが負けた事は無いが勝った事も無い、流石は後の名将というべきか。
「で、何か用でもあったんじゃねーのか?」
ぐるりと首だけで振り向けば、んーと考える仕草をした後にポン、と手をたたいて。
「ああ、せやせやお父ちゃんたちがウチらの事呼んどったんや」
「おま・・・・そんな事ぁ速く言えよ」
ふぅ、とため息を付けば立ち上がる。蒼い頭髪に漆黒の瞳、水面に映るその姿を見ると生前のまんまなんだな、と思うのだ。
「うむ、遅かったな信」
「悪い」
釣竿を壁へと立てかければ、椅子へと座る信。隣に霞も並んで座る。驚いた事にこの世界の生活水準は時代を軽く超えたものである、とさえ思えるが気にしたら負けだと想いある時から考え無い事にした。
「お前らも十五になった、時は早いものだな」
対面に座る信と霞の父、語りだしたのは信の父だ。
「二人共武も知も並々ならぬものになってきた、最近じゃあ村でも敵う者はいないだろう」
「そこでだ」
そこでようやく口を出す霞の父。
「二人共旅に出てはどうだろう?」
「旅?だと?」
「うむ」
「なんやそれ、信と二人で旅とかメッチャ楽しそうやん!」
特に深く考えもせずにキラキラと眼を輝かせる霞。
「どういうつもりだ?」
「うむ、実は数日前に夢を見たのだ」
「夢?」
「うむ・・・・妙な服装の髭男とフンドシをはいた・・・・・・うっぷ・・・・」
「大丈夫か親父」
「ああ、大丈夫だ、ともかくその夢に出てきた人物がな・・・・お前らはいずれ世に名を馳せる大器だと言ったのだ」
思い当たるのは伏羲と自称貂蝉と自称卑弥呼の三人だ。
「まぁ理由は他にもあるのだがな、確かにお前ら二人は既に才気の片鱗を見せている。並外れた武力がその証拠とも言える」
「故に旅に出す事にした、異論は許さん」
その眼に見えるのは強い決意と覚悟、迷ったのだろう、それでも自分たちのせいで二つの才能を潰す事を忌避し旅に出すと決めたのだと。
「わぁった、行けば良いんだろ」
「よっしゃ!善は急げや!はよ準備しよ!!」
「っておまっ!?掴むな!?首!首締まるぅっ!?」
ズルズルと引きずり出される信と引きずる霞の二人を見る父親二人。
「どう思うあの二人」
「さぁな、相性は良いように思えるが」
「俺としちゃ霞ちゃんを嫁にもらいたいんだが」
「こっちとしてもあの跳ねっ返りを貰って欲しいものだ」
ニヤリ、と笑い合う父二人は、そんな未来に思いを馳せる。
―翌日
必要最低限の荷物だけを持つ二人を見送るのは村の人々。
「元気でやれよ信、霞ちゃん」
「何時でも戻ってきて良いんだからな」
口々に別れを惜しむ言葉が続く中、二人の母がその手に二本の長物を持って現れる。
「これ、お父さんからの選別よ・・・・矛槍、銘は『風雅』」
「ほら霞、偃月刀だよ、銘は『応龍』」
最近では各地も治安が悪いと聞く、丸腰では心もとないと思っていたのでありがたいところだ。
「あれ?そのお父ちゃんたちはどないしたん?」
霞の疑問に、こちらも頷けば苦笑する母親二人。
「あの人たちったら、顔見たら別れが辛くなるからって」
「何時までたっても子供やね」
村の人たちも一緒になって笑う、それからクルリと、二人揃って村の、家の方を向いて、声を張り上げる。
「親父ぃ!!!俺たち行ってくるぜ!!!」
「うちら頑張るから!!お父ちゃんたちも元気でな!!」
『んじゃ!行ってきます!!!』
元気よく駆け出す二人の若者。
この声は当然の如く二人の父親にも聞こえており。
「・・・・ぐすっ」
「何だよ・・・・ひっく、泣いてんじゃねぇよ」
「お前だって・・・・っ、泣いてんじゃねぇか」
戻った村人たちは、笑いながら大泣きする父親二人の姿を見て、また大笑いしたのだという。
「さて、どこ行くん?」
「先ずは鄴に向かおう、一番近い京だ」
「んでどないするん?」
「先ずは情報収集かな、あと路銀を稼ぐ手段も考えなけりゃならねぇ」
「信と一緒ならなんだって大丈夫や」
「お気楽娘め」
「信がかったいんやから丁度ええんちゃう?」
二人で顔を見合わせれば笑い合う、二人は一路・・・・鄴へと向かうのだ。