―江陵軍幕舎―
「と、言う訳だ。俺の怪我を名目に俺らは後方に下がっていろいろやる、後のことは任せた」
曹操、孫策、劉備、一刀を呼び寄せた信。
「貴方は十分な仕事をしてくれたわ」
「ええ、『呂布を倒した』という事で連合軍の、特にここの三軍の士気はかつてないぐらいにまで跳ね上がっているもの」
「そうですよ!李厳さんはゆっくり体を休めて下さい!」
曹操、孫策、劉備がそれぞれに信を気遣う言葉をかけ、今度は今後についてその場で話し合いを始める。
「信」
その話にあぶれた一刀が話しかけてくる。
「おう、また会えたな」
「全く、あんまりヒヤヒヤさせないでくれよ」
「ははは、悪い悪い」
「・・・・俺にとって信は師匠だけどヒーローでもあるんだからな」
「そいつは初耳だが・・・・期待には答えてみせようか」
―同日昼頃―
信たち江陵軍が再配置されたのは最後方、兵糧の管理役だ。まぁこちらの言い分もあったのだろうがきっと袁紹あたりが信が恋を倒した事に対して嫉妬しているのだろう。
「さて、と・・・・劉埼、伊籍。お前らにも動いて貰うぞ」
「?何なに?」
「え、と・・・・私たちなんかでお役に立てるのでしたら・・・・」
「星と兵10名で洛陽に潜入して欲しい、目的は董卓と賈駆の救出と保護」
「董卓・・・・って月ちゃん?何で?」
「・・・・待て、面識あったのか?月と」
洛陽の案内役としてだけ行かせるつもりだったのだが・・・・
「うん、ほらお父さんと月ちゃんのお父さんがお友達でね。それで洛陽にいた頃に仲良くなって真名まで交換したんだ」
「成程、なら話は早い。その親友が実は今回の連合軍の標的でな」
「何で!?月ちゃんはとっても優しくて暖かい娘なんだよ!?」
「知っている、だからこそ助け出したい。協力・・・・してくれるな?」
「当たり前!」
今度は星へと視線を移す。
「星、馬忠と陳到の小隊を連れていけ。あの二人なら隠密に長けている」
「承知いたしました」
馬忠は元富豪相手に盗賊をやっていた奴で陳到は元山賊。互いに奇襲戦術で官軍を相手に長年戦い続けていた。二人とも隠密は得意なのだ。
「朱里、稟」
「は、はい!」
「はっ!」
「付いてこい、袁紹を動かしてこちらに有利な状況を作るぞ」
『え?』
―四半刻後―連合軍本営
この場には袁紹とその参謀である沮授の二人に信、朱里、稟の三人がいる。
「つまりどういう事ですの?」
「ここで数を使って洛陽を攻め落すのは簡単だ、だが洛陽に損害を出せば袁紹殿の名にも傷が付くしそれでは袁紹殿も先祖方に申し訳が立たないだろう」
「そうですわねぇ、袁家の名に傷を付けてはお父様やお爺さまをはじめとした先達に申し訳が立ちませんわ」
「そこでだ、暫し洛陽を遠巻きにしつつ包囲し降伏を呼びかけてはいかがだろうか」
眉をひそめる袁紹。
「何を仰るかと思えば、あちらは国に背く逆賊。情けをかける必要性なんてこれっぽっちもありませんわ!!」
予想通りの反応だ、袁紹は本心から献帝陛下を救いたいのでは無い、洛陽解放と董卓討伐の名が欲しいのだ。
「だが袁紹殿、もしここで董卓を降伏させられたならば世間は袁紹殿を『戦わずして逆賊を降す英雄』と称するだろう、それにそこで董卓を許したならば『慈悲深き賢君』とも評するだろう」
ピクッと袁紹のまゆが動いた。
「そうですわねぇ・・・・どう思うかしら?沮授」
袁紹の傍らに控える沮授が、考え始める。こちらの工作を成すには沮授がどう答えるかが鍵なのだが・・・・
「・・・・李厳殿の仰る通りかと」
一瞬、こちらを見た気がした、が直ぐに袁紹へと視線を移してこちらの意見に賛同する。
「おーっほほほほほ!!!ならば!直ぐに実行に移しなさいな!!!」
「はっ、仰せのままに」
―夜―袁紹軍―沮授の幕舎
「沮授様、李厳殿が面会を申し出たいと・・・・」
夜、自らの幕舎で顔良、文醜と作戦会議を行う沮授。
「分かりました、お通しなさい」
駆け去っていく兵士。
「あのー私たちは下がった方がいいですか?」
「うん、難しい話とかだったらアレだし・・・」
「構わない、君たちにも話すべき事だ」
『?』
首を傾げた顔良、文醜。
「失礼する」
幕を払って現れた信に、沮授が恭しく礼をする。
「よくぞおいで下さった、李厳殿」
「昼間の事で少し話がある」
「何故私が貴殿の提案に乗ったか、ですかな?」
「・・・・はい」
どうやら沮授は既にこちらの訪問の理由を知っていたようだ。
「君が何をしようとしているかは知っている」
背筋が凍りついたように錯覚した、自分の思惑が袁紹陣営にバレるということは自分たちだけでは無い、曹操、孫策、劉備たちをも巻き込む事になってしまう。
「だが敢えて私は君の策に乗った」
「・・・・貸し一つ、と?」
「なに、そんなに難しい事を頼むつもりはないよ」
スっ、と眼を細める沮授。
「袁家は遠からず滅ぶ、その時に・・・・我々三名の保護を頼みたい」
「堂々と言うな、大それたことを」
主家が遠からず滅ぶなど本来仕える人物が口にするような事では無い。
「私が忠誠を誓ったのは先代でありあのアホウでは無い」
「否定はせんがな・・・・先代に申し訳無いとかは思わないのか?」
「私は私の策を託すに値する主君に仕えるのみ、私は主君に殉ずるのでは無い、我が策に殉じたいのだ」
根っからの軍師なのだろう、この沮授という男は。三流の軍師は主君に殉じ策を捨てる、二流の軍師は主君を重んじ且つ策も重んずる、一流の軍師は主君を選ばず策に殉ずる。
「なるほどな、承った・・・・こちらの策が通せるからな」
クルリと身を翻す信を、見送る沮授。
「沮授様・・・・」
「今の、本気っすか?」
「無論」
すぅ、と眼を再び細める沮授、その脳裏に浮かぶは先代の今際の言葉。
『お前も、顔良も文醜もだ・・・・あの娘に殉ずることは許さぬ。あの娘は私が甘やかし過ぎたせいで様々に勘違いをしたまま育ってしまった・・・・お前らはここで終わるべきでは無い、よいな?もしもの時は・・・・』
「・・・・分かっておりますよ、ご主君」
沮授がただ一人、ご主君と呼ぶ人物は既にいない、ならばその言に従うまで。それが彼なりの忠節なのだ。
突然登場して突然タイトルに名を上げた沮授さん。この後様々な場面で影響を与える人物であるが故にこの話のメインっぽく扱いました。