―虎牢関攻め初日―連合軍先鋒幕舎
信、朱里、稟、涼紀、曹操、曹休、荀彧、劉備、一刀、徐庶、鳳統、孫策、周瑜、魯粛、陸遜らが集まり斥候からの情報を元に作戦会議を進めていた、星、夏侯惇、関羽、甘寧らが一応武官側として参加している。
「細作からの情報によれば虎狼関を護るのは華雄、呂布、張繍、高順、徐栄、徐晃、皇甫嵩の七名に軍師陳宮との事、兵数は八万です」
凛から告げられた董卓軍の陣容に眉をひそめる信と曹操、二人共皇甫嵩には恩もあれば尊敬もしている。将とはこうあるべきだ、という規範だとすら思っている人物だ。
「対するこちらは将の数は勝るが兵数が劣ると」
対する連合先鋒は江陵軍一万五千、陳留軍二万、平原軍一万、秣陵軍一万の計五万五千。将の数はいるがそれを活かすだけの兵力が無い。
「さて、ここは名の知れているメンツに意見を求めましょうか?傭兵将軍、臥竜、鳳雛、美周郎」
指名されたのは信、朱里、鳳統、周瑜の四名だ。
「・・・・華雄がいるが・・・・皇甫嵩将軍がいる、あの人がどの程度華雄を御するかだな」
皇甫嵩の手綱の引き方が完璧であったならば間違い無く華雄を引きずり出せない、が一分でも緩みがあれば間違い無く引きずり出せる。
「狙い目は華雄さんでしょうか・・・・」
「ふむ、華雄が噂通りの猪であるならば問題は無いが・・・・」
「華雄さんを御するだけの力が他の方にあるならば難しいかもしれません・・・・」
「・・・・いや、引きずり出せるな・・・・」
『え?』
「大丈夫だ、華雄を引きずり出せる前提で策を立てよう」
「宛はあるのか?李厳」
「秘密、だ」
ピッ、と口元に指を一本立てて笑う信。
「・・・・承知、ならば華雄を引きずり出せる前提で策を立てるとしようか、臥竜、鳳雛」
「は、ひゃい!」
「分かりましゅた!」
朱里も鳳統も元気よく返事はしたが噛んでいる。
「あ、そうだ・・・・悪いが先陣は『王虎』で貰うぜ」
「あら、解散したわけではなかったのね」
「元々の王虎の連中は俺と張遼、呉懿、蒋欽の部隊にバラけてるからな・・・・その中でも俺のところが一番数が多いんだ」
「どんな感じかしら?」
「ガラは悪いが実力は折り紙つきだ」
唯一の問題は指示には従ってくれるが脳筋だらけだという事ぐらいか、信たち指揮官が不在だと命令出来る奴がいないのだ。代理指揮官の育成も急務だろうか、とか考えている。
「先鋒は構わないが・・・・華雄を引きずり出した場合、その救援に他の六将が出てくる場合がある・・・・その時の担当を決めて置くべきだろう」
周瑜の提案も至極全うだ、組んで戦う以上、手柄を争っての内部分裂など避けねばならない事であり、最初から誰が誰と相対するかを決めておけば其の辺の面倒も無くなるのだ。
「ならば張繍と徐栄は陳留軍で受け持つわ」
「じゃあ高順と華雄は私たち秣陵軍ね」
「ううう、皇甫嵩さんと徐晃さんが相手になるんですか・・・・」
「という事は呂布将軍を・・・・江陵軍でですかぁ!?」
素っ頓狂な声をあげる朱里、無理も無い。飛将軍とあだ名され黄巾の乱では一人で三万を相手にしたと言われる恋の相手だ。
「いや・・・・呂布は俺が相手をする、朱里たちは周囲の兵を抑えて陳宮を牽制してくれ」
その言葉に、全員が息を呑む。
「待てご主君、それはいかん」
「そうです!信様のお身体に何かあってからでは・・・・」
涼紀と凛が直様異論を挟む、勢力の当主であり、四軍の要でもある信。それがまかり間違って討たれるか捕縛されるような事になれば瓦解は必須、傭兵将軍として名が売れているからなおさらだ。
「駄目だ、俺以外じゃ相手にならん」
その言葉に、当然のように星以外の武官たちが異論を挟む。
「お待ち頂こう李厳殿、貴殿にどの程度武の心得があるかは存じ上げないが我々を軽んじ過ぎでは御座いませんか?」
先ずは関羽だ。
「その通りだ!我々とて常日頃、このような時のために研鑽を積んでいるのだぞ!!?」
続いて夏侯惇。
「それを相手にならぬ、と断じられては我らの立つ瀬が無い」
最後に甘寧が閉める。
「・・・・成程、お前らの言い分も最もだ」
ため息を一つついて、立ち上がる信は、真っ直ぐに幕舎を出るように歩き出す。
「ついて来い、機会を与えてやる」
全員が幕舎の外の、開けた場所へと集まる。
「そうだな・・・・孫策」
「へ?」
「俺がコイツラ三人の攻撃を防御、回避し続ける、お前から見て『この三人では李厳に敵わない』と思えたら止めてくれ」
「その条件で大丈夫なの?私結構ギリギリまで見るわよ?」
「構わん、それぐらいでなければこの三人は納得しないだろう」
風雅を肩に担ぎ、笑う。
「その言葉、後悔無きよう」
「ふん、目にもの見せてくれるわ!」
「・・・・参る」
それぞれ青龍偃月刀、七星餓狼、覇海を構える関羽、夏侯惇、甘寧。
「どっからでも来い」
その言葉と同時に三人が動きだした・・・・
―四半刻後―
全員が、信じられないものを見るような目で目の前の光景を見ている。
「どうした、息が上がっているぞ」
一方的な攻めで痛い目を見せてやろう、そんな意気込みで挑んだ関羽、夏侯惇、甘寧が既に肩で息をするほどに消耗している、対する信に疲れは見えない。
「バカな・・・・我々三人で攻めて・・・・」
「掠りもしないだとぉ・・・・」
「有り得ない・・・・奴は化物か・・・・」
「・・・・それまで!」
ここでようやく孫策が止めの合図をかけた。
「さぁ、これで文句は言わせねーぞ」
最早異論を唱える者はいない、世間一般にも名が売れている美髪公、魏武の大剣、鈴の甘寧の三人をまるで弄ぶかのように相手取って見せたのだから・・・・が、異論は確かに無い、しかし・・・・
「!?」
ぞわっ、とする感覚に視線を向ければ孫策、張飛が眼を輝かせている。『戦いたい』と目が語っている。
「ともかく!俺が呂布を押さえ込む、後は任せるぜ」
『応!』
―半刻後―虎牢関前
ぶっちゃけると乱戦の様相を呈している、霞、孫策、荀彧らによる挑発により思いっきり突撃してきた華雄、を援護すべく他の六人が更に出撃、関門の守備は陳宮が行っている状態だ。
「おう、恋」
「・・・・信」
既に曹休が張繍と、夏侯惇が徐栄と、孫策が高順と、甘寧が華雄と、皇甫嵩と関羽が、徐晃と張飛がガッシリと組合ってにらみ合いつつ互いに干戈を交えてえいる状態だ。
「すまんがお前の相手は俺だ」
「・・・・信が?」
「ああ、俺じゃ不足か?」
「・・・・(ふるふる)、信、強い。戦うの、楽しみ・・・・でも・・・・」
「安心しろ、お前の仲間たちは誰一人殺すつもりは無い・・・・」
「・・・・・・そうなの?」
「まぁな、だから安心して俺と戦ってくれや」
「・・・・(コクリ)」
静かに、信と恋が武器を構える。
「勝負!」
―四半刻後―
怒号が飛び交い、血飛沫が舞い、兵たちが干戈を交えるのが戦場である。だが今この時、戦場の全てが一つの光景に魅了されていた―――今の中華で誰もが知る二人の将軍の一騎打ち。
片や、戦場において神算鬼謀、他者の虚を突く戦術で数々の戦を勝利に導いた傭兵将軍、李厳。
片や、戦場において一騎当千、圧倒的な武威で全てを屠り払う飛将軍、呂布。
武将と言うよりも知将としての印象が強い李厳が武の結晶である呂布に打ち負けずに戦い続けている。
この二人の一騎打ちは、それそのものが正しく芸術のような美しさを醸し出しており将も、兵も、軍師ですらもその光景に魅入る事しか出来なかった。
「っ・・・・」
しかしその光景に僅かな綻び、息が乱れ始めた信の、動作のリズムに僅かなズレが生まれた。
「・・・・・!!!」
その隙を見逃さず攻めを早くする恋。
「・・・・ふっ!!」
上段からの振り下ろし、それを防御する・・・・が。
「あ」
受け止めた瞬間に、感じた違和感。腕の力が抜ける、当然と言えば当然だろう、信の武の力量、身体能力が一般のそれを上回っていたとしても更にその上の恋と互角以上に打ち合い続ければ限界はあっという間に訪れる。
肩に刃が食い込み、自らの胴に袈裟懸けに走る熱い感触。
「あー・・・・っくしょう・・・・」
ガクッと崩れ落ちる膝、そのまま地面へと、ゆっくりと倒れ伏した。
「し・・・・ん?」
「ご・・・・・主君?」
「ある・・・・じ」
「嘘、で・・・・しょう?」
近場で戦っていた霞、涼紀、星、優衣に動揺が走る、そしてそれは他の将たちにも言える事だった。
―先鋒本隊―
前線の異様な静けさは、ここからでも感じ取れた。
「・・・・何が、あったというの?」
一番に声を発したのは曹操だった、他の誰もが前線から伝わる空気に動くどころか言葉を発する事すら出来ずにいるのだ。
「で、伝令!!李厳将軍が斬られました!!生死は不明!!」
その言葉に、朱里、稟の二人が崩れ落ちる。
そして曹操、周瑜が唇を噛み締め、他の軍師たちにも動揺が走る・・・・ただその中で、一人一刀だけが平静を保っている。
「・・・・」
一刀の頭に思い返されるのは黄巾の乱の頃に、信に修行を付けられていた時の信の言葉。
『俺は死なない、ってか死ねない・・・・何せ護りたい奴らが多いんでな』
『でもさ、この乱世だぞ?何があるか分からないだろ?』
『確かにな、それでも俺は死なん。だって俺は・・・・』
「情け無い姿は見せないんだろ?こんなところで死ぬなよ・・・・信」
―前線―
「よくも信を!!ウチが信の仇ぃ討つ!!」
「生涯で、ただ一人主足り得ると思った御仁・・・・その仇を討たずして何が武人か・・・・」
「自分の事を認めて下さった主様・・・・その仇、討たせて頂きます!」
敵わない、そうだと分かっていても三人には立ち向かう以外の選択肢は浮かばない。
「・・・・迎え討つ」
それぞれの獲物を振り上げて、立ち向かおうとした三人・・・・
「待て、って・・・・」
聞こえてきたその声に、三人どころかその場の全員の動きが止まる。
「俺は・・・・死んでねぇってーの」
『信(主)(主様)!』
驚きつつも、その生存を喜ぶ三人、そして普段無表情とも言えるその顔に驚きを隠せずにいる恋。
―同刻―虎牢関付近の断崖上―
「信、君へのプレゼントその参・・・・」
不敵に嗤うは伏羲。
「君に宿るは戦神の魂、不屈の闘志、それに見合う生命力・・・・今の君は鬼神にだって、武神にだって負けやしないさ」
―前線―
立ち上がった信、だがその足取りはふらついている。
「・・・・信」
自らを呼ぶ恋の声に、ふっ、と笑みを浮かべる。
「終われねぇ・・・・」
『?』
「終われねぇよなぁ・・・・」
信のつぶやき、聞く事は出来ても意味を理解する事が出来ない。
「だがよ・・・・こっからは・・・・初めてだろうが」
ヒュん、と風切り音を立てて振り下ろされる風雅、それを払うでもなく方天戟で受け止める恋。
「・・・・首はもらわんが・・・・この戦、勝たせてもらうぞ」
信は風雅を片手で持っている、左手は傷を抑えているので右手のみでだ。
「?・・・・!?」
だが両手で方天戟を持つ恋が、圧され始めた。
「嘘・・・・でしょ?」
「どこからあんな力が・・・・」
徐々に徐々に押し込まれる風雅。
「恋・・・・俺の勝ちだ」
恋の持つ方天戟ごと押し込んで振り抜かれた風雅、倒れこむ恋。
「・・・・董卓軍が将、呂布・・・・この李正方が倒したぞ!!!」
グッ、と握り拳を天へと突き上げる。
『うぉおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!』
連合軍全体から巻き上がる歓喜の叫び、それは紛れもなく信を讃える雄叫びであり・・・・荊楚の戦神が誕生した瞬間でもあった。