攻殻機動隊 -北端の亡霊-   作:変わり種

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第16話

静寂が支配する闇夜をかき乱す赤い閃光。喧しいばかりの赤色灯の点滅が照らすのは、いまなお煙を燻ぶらせている1台のバンだった。大部分は黒く焼け焦げていて、元の車体色が残っているのはリアバンパーの一部くらいである。天井に至っては中央に大穴が開き、全体が変形して車の内側に落ち窪んでいる。余程の高温に晒されたのだろう。

 

駆け付けた消防隊員たちの素早い放水で火は30分も経たないうちに消されたのだが、焼け方はかなり酷いものだった。ガソリンタンクに引火したのか、それとも自ら火を放ったのか。この短時間でここまで酷く燃え上がるというのは、普通の車両火災ではあまり考えにくい。

 

仙台市郊外の市道で車が燃えているという通報があったのは、1時間ほど前の出来事だった。時刻は午後11時を回っており、現場は田畑ばかりでとても夜中に人が行くようなところではない。火災に気づいたのは近く、といっても1キロほど離れた場所に住む現場周辺の畑の所有者で、突如響いた爆音に驚いて外に出てみると畑の方で火柱が上がっていたという。

 

消防士の一人が火災の鎮火を確認し、焼け焦げた車両を覗き込む。仮に人が乗っていたとしても、この燃え方では身元を確認するのは困難な有様になっているだろう。生身の人間なら既に炭化してしまっているかもしれない。あるいは義体化していたとしても、メーカーを特定できるような細かい特徴は失われ、骨格だけになっているかもしれなかった。

 

懐中電灯で照らすと案の定、運転席と助手席に人型の黒い塊が見えた。運転席の方は焼け落ちてフレームだけが残されているシートの上で、ちょうど上半身だけうずくまっているような体勢だった。やはり、損傷が激しく体全体が真っ黒に炭化していて、もはや性別すら判断できない。

 

一方の助手席の方はドア側に体を向けたまま倒れ掛かっていて、もしかすると車外に逃れようと足掻いたのかもしれなかった。だが、何が起こったのか考えたところで推測の域を出るものではないし、自分が辛くなるだけだ。

 

消防士はそう考えると、静かに息を吐く。

 

「2名発見。搬送するぞ」

 

淡々とした口調で指示を出すと、周りの隊員たちが集まる。一応、医者が死亡診断をしていない以上、完全に遺体として扱うわけにもいかなかった。特に義体化技術の発達した現代では。だが、この惨状で人間が生きていられるはずもないのは、誰が見ても明らかだった。

 

消防士たちは歪んだドアを大型工具で外し、運転席側の1人を持ち上げようとする。だが、驚くことに屈強な彼らですら、その人間の背中を浮かせることすらできなかった。

 

「こいつ、なんて重いんだ…」

 

首を傾げつつも、他の隊員たちと数人がかりで無理やり1人を車内から運び出そうとする。しかし、肩から手を回して持ち上げたところで、重さのあまり体を覆っていた衣服がずるりと剥げてしまった。

 

見えてきたのは鈍い光沢を放つフレームと、黒くくすんでいる人工筋肉。この火災でもほぼ原型を留めているなど、普通の義体では考えられない。驚いた消防士の1人が手を離すと、たちまち支えを失った義体は自重で車の床を突き破ってしまった。バランスを崩した何人かが転倒し、怒声が上がる。そんな中、近くで作業を手伝っていた警官が声を上げた

 

「もう一人も全身義体だぞ」

 

何と、助手席側の人間も同様の全身義体だったのである。しかも、その両腕は異様に長く、先には爪のような刃が埋め込まれていた。紛れもなく、これは戦闘用のヘビー級サイボーグだった。

 

現場が一気に騒がしくなる。2体ものサイボーグが不自然な焼死体の形で発見されるのだから、刑事でなくとも事件性を感じずにはいられないだろう。しかも、うち1体はヘビー級と来ている。その場の誰もが、これはただごとではないと直感していた。

 

すぐに所轄から県警の公安部に連絡がなされた。それとほぼ同時に、公安ネットを通じて9課にもその情報がもたらされたのは言うまでもない。この2人の身元が潜入中のロシア工作員だと特定されるのには、さほど時間は掛からなかった。

 

 

 

 

 

「本当に、まさかといったところだな…」

 

「ええ。何があったのか分からないけど、こんな形で2人が見つかるとはね」

 

イシカワにそう返した少佐の先には、焼け焦げた2体の義体が横たわっていた。手術台のような細いベッドの上に載せられたそれらの周りでは2、3人の赤服が機器類を操作しながら慌ただしく動いている。少し離れているここでも酷い焦げ臭さはまったく衰えず、鼻を突くような刺激臭もしていた。

 

身元不明の焼死体発見の知らせを受けた後、特徴などからすぐにそれがロシア工作員だと判断した少佐は、課長に掛け合って即座にそれらの義体を新浜に運ばせたのだった。現場からは非難轟々かと思いきや、あまりに気味が悪すぎるためにむしろ歓迎されたようだった。さすがに素性の知れないヘビー級サイボーグ2体を手掛かりに捜査を始めたところで、自分たちでは到底手に負えない様な代物に出くわすのがオチだと思われたのだろう。どこも、好き好んで面倒事に関わる人間などいないのだ。

 

「まだ途中ですが、運転席側の人間の頭部には50口径弾が撃ち込まれてました。チタンの脳殻の右側面を貫通してます。弾は着弾と同時に砕け散ったのか、突き抜けた脳殻の破片と一緒に頭蓋内をぐちゃぐちゃにしていて電脳の解析は難しいでしょう」

 

「そう…」

 

赤服の報告に、少佐は気のない声で答える。

 

黒焦げになっているためもはや顔の判別もつかないものの、間違いはなかった。彼らはつくば市の武器見本市の会場で、ウイルスをばら撒いた実行犯を横取りしてきた連中に他ならない。特に、一人の体に埋め込まれた特徴的な長い腕とその先に光る鋭い爪を見れば、彼ら以外には考えられないだろう。

 

あの時、この2人は実行犯の身柄を拘束し、そのままどこかに連れ去っていった。おそらくは敵のアジトの場所でも吐かせて、既に日本に潜伏している他の仲間たちとともに襲撃するつもりだったのだろう。だが、この2人が変わり果てた姿になったことも考えると、それも頓挫したと考えるのが自然だった。

 

それにしても、彼らは実行犯を横取りしていったあの時、用が済んだら身柄を返すとも言っていたのだ。にも関わらず、しばらく動きがないと思っていた途端この有様だった。正直なところ、これは少佐ですら予想だにしていないことで、驚きを禁じ得ない。

 

「現場にいたのは、この2人だけ?」

 

「ああ。車の中にあった死体はこの2人のものだけだ。念のため所轄には周辺に他に死体がないか捜索させているが、何も出てきていない」

 

少佐の問いに、イシカワは淡々と答える。

 

彼ら以外に死体がないということは、連中が押さえていたはずの実行犯はどこかに逃亡したのだろうか。工作員たちのセーフハウスに監禁されたままになっている可能性もあるが、こうして彼らが襲われたということも考えると、そこも無事である保証はない。自ら逃げ出したか、犯行グループの手によって既に救出されたと考えるのが妥当だった。

 

いずれにせよ、あの工作員たちを始末してしまうということは、相手はこちらの想像以上に手強い存在であることは明らかだろう。自分を襲ったあの工作員たちがこんな形であっけなく殺されるとはにわかに信じられないものの、現実は現実として受け止めるほかない。

 

「狙撃地点は特定できそうかしら?」

 

「いや、車がこの有様で車体からは弾痕が発見できなかったそうだ。側頭部を撃ち抜かれたことを考えると北西側の雑木林が怪しいが、撃たれたときの姿勢が分からん以上、はっきりとしたことは言えない。一応、所轄には林を捜索させているが、まだ何も出てきていない状況だ」

 

「そう。みすみすしてやられたってわけね」

 

イシカワの報告に、少佐は軽い溜め息を漏らす。仮に読み通り雑木林から狙撃していたとしても、工作員を始末するような人間が薬莢など手掛かりになるものを現場に残すのは考えにくい。それに車の方も、これだけ焼けてしまっていては弾痕を見つけるのはほぼ困難だろう。ボディに命中していれば可能性はあったが、ガラスの場合は火災で粉々になってしまっている。これ以上の痕跡を見つけるのは、諦めざるを得なかった。

 

少佐は鑑識の速報資料を視界に表示させると、もう一度目を通し始める。焼け焦げて歪んだバンの車体に、黒焦げになった2人の姿。何か手掛かりはないかと彼女が現場写真を見直していた時、1件のアップデートが入った。現場の鑑定にあたっていた所轄の科捜研からの報告だった。

 

『車両床面および周囲の路面の一部から微量のガソリン由来の成分を検出』

 

それを見た少佐は考え込む。床面だけではなく路面からもガソリンの成分が出たということは、何者かがガソリンを撒いて火を放ったと考えるのが自然だろう。状況から考えると、狙撃後に死体を確認し、証拠隠滅のために放火したというところだろうか。しかし、せっかく遠距離から人目につくことなく狙撃したのに、わざわざ現場に近づいて放火してしまえば、それだけ近隣住民に目撃されるリスクが高くなる。

 

そのリスクを犯してまで、隠滅したい証拠があったのだろうか。

 

分からないことは他にもある。いかにして外事警察をも撒けるほど尾行に神経を尖らせているロシア工作員たちの居場所を完全に把握して、ここまでの待ち伏せ攻撃を仕掛けたのかということだ。これほどのことは、一介のテロ組織にできることではない。

 

だとすると、鍵になってくるのはやはり現場から消えている見本市襲撃事件の実行犯だろうか。彼がもし、テロリストたちが追跡者を狙うために放った餌だとすれば、こうなるに至った辻褄も合う。工作員たちはまんまと罠に嵌められ、餌食になってしまったというわけだ。

 

まずは、その実行犯の身柄を押さえるのが先決だろう。既に逃亡している可能性は濃厚だが、もしその足取りが掴めればテロリストたちの行動を追う手掛かりにもなり得る。

 

「イシカワ、お前はIRシステムから工作員たちの動きを遡って、例の見本市襲撃事件の実行犯の足取りを調べろ。狙撃時に車に乗っていたか、それともその前のどこかで別れていたか。後者の場合は辿れるだけ辿って」

 

「わかった。少佐はどうするんだ?」

 

「少し引っ掛かることがある。私は少し探りを入れてみるわ」

 

そう答えた少佐は、足早に部屋を出る。

 

妙な胸騒ぎを覚えていた。普通に考えて、工作員たちもこれだけあっさり殺られるほどヤワではない。もしかすると自分たちの知らないところで、テロリスト達とは違う大きな影が動いているのではないか。そして、いつの間にか自分たちもその渦の中に巻き込まれているのではないか。

 

彼女のゴーストは、静かにそう囁いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《タチコマ、敷地周辺の様子はどうだ?》

 

《今日も、特に怪しい車両の出入りは認められませんでした。夜間に気づかれないよう周囲も回ってみたんですけど、異状なしです》

 

時刻は午前1時を回っている。サイトーが今いるのは、彼が普段寝泊まりしている宿舎の屋根裏だった。同じ部屋の人間が寝静まったのを見計らって、彼は気づかれないよう密かに抜け出し、共有トイレの個室から上がり込んでいたのである。そうして、屋根裏の配線に細工をし、有線経由で毎日この時間にタチコマと連絡を取り合っていたのだった。

 

ボロボロの建物の外観を裏切らず、屋根裏の中もそこら中に小動物の糞尿とミイラ化した鼠の死体が転がり、鼻をつくような異臭がする酷い有様だった。壁の一部には小さな穴が空き、時折風に乗って外から雪が吹き込んでくる。気温はほぼ外気と変わらないのではないかと思われた。

 

それでも、幾多の戦場を渡り歩いてきた彼にとっては我慢できる範囲内だった。配線が劣化して危うく感電しそうになったのには一瞬ヒヤリとしたが、それ以外には特に問題なく、外部の回線にアクセスできた。

 

どうも、入ってから分かったことではあるが、施設では俗世との繋がりを立つことを目的として電脳からの一切のネット接続を禁止しているらしい。彼も一度、ネットにアクセスしようと試みたものの、圏外となっているために繋がることはできなかった。普通なら電波妨害という線が濃厚だが、それらしき電波は検知されていないあたり、周囲を山に囲まれていることによる地形面の影響が考えられる。

 

幸い、宿舎の中には有線回線があり、それを利用することで何とか自分も外部と連絡を取ることができた。実習活動の中にはパソコン関連のものもあったので、そのために回線を繋いでいるのかもしれない。サイトーはそう考えていた。

 

《サイトーさんの方はどうですが?》

 

《こっちも、今日一日特に怪しいものは見つけられなかった》

 

そう報告するサイトー。潜入する前はすぐに何かしらの手掛かりが得られるかと思っていたのに、蓋を開けてみれば全く見つからない。思いの外、手強い組織だった。

 

ただ、今日の晩に起こった喧嘩騒ぎ。あの一件への対応から、この組織の裏の一面が垣間見えるかもしれない。拘束された石原がどこに連れて行かれ、どうなったのか。それさえ確認できれば、手掛かりが得られる可能性はあるのだ。

 

《タチコマ、この男をちょっと調べておいてくれ》

 

そう言ってサイトーはある男の写真をタチコマに送る。写っていたのは、途中であの場に現れ、彼を連行していった丸眼鏡の男。ただならぬ雰囲気を滲ませていたその男の正体も、気になるところだったのだ。少なくとも、その後に現れた黒装束の一団を従わせているところを見ると、この男も幹部かそれに近いポストであることには間違いない。

 

《了解しました。本部に送信して、明日の報告のときまでに調べておきますね。ちなみに、この人は誰なんですか?》

 

《この団体の幹部とみられる男だ。もっとも、まだ断言できんがな。こっちでちょっと入居者間で喧嘩騒ぎがあったんだが、その時に出てきた奴だ》

 

《なるほどです。また喧嘩騒ぎってことは、同じ部屋の石原って男ですね?》

 

《…ああ、そうだな》

 

タチコマの勘の鋭さに、サイトーは少しばかり驚かされた。流石はAIといったところか。確かにタチコマには初日の喧嘩騒ぎも報告してあったが、伝えていたのは騒ぎがあったという事実だけだった。にも関わらず、自分より圧倒的に得られている情報は少ない中、的確な推論を導き出してくる。これこそがAIの強みなのだろうか。

 

《そいつはどうなりました?バラされちゃいましたか?》

 

《冗談はよせタチコマ。奴はどこかに連行されていったきりだ。どうなったかはまだ分からん》

 

やや強い口調でタチコマに返すイシカワ。可能性は低いものの、タチコマの冗談が真実になっている恐れもあった。それを考えると、あまり笑えるものではない。もし彼が消されてしまったら、それはそれでこの組織の異常な一面は掴めるかもしれないが、肝心のテロリストやウイルスに結びつく手掛かりが得られないのだ。

 

サイトーが溜め息をつこうとした時、不意に彼の耳が風音に紛れた微かなエンジン音を捉えた。同時に、タチコマからも報告がある。

 

《車が2台、敷地に入ってきました。SUVとバンで、どちらもボディはグレーです》

 

《了解。こっちも見えた》

 

サイトーは壁に空いた小さな穴から、外を覗きながらそう答える。木々の枝の隙間から煌めくヘッドライトの明かりは、徐々に大きくなっていた。やがて姿を現したのは、タチコマの報告通りSUVとバンの2台。宿舎前の道路を通ったそれらの車両は、そのままガレージの方へ向かっていったものの、予想に反してそれを通り越していく。

 

(ガレージに駐めないのか…。どこに向かうつもりだ?)

 

懸命に穴から覗き込むサイトー。だが、穴の切れ目の関係でどうしても追うことが出来ず、車両を見失ってしまった。

 

《チッ、見失った。タチコマ、お前はどうだ?》

 

《すみません。ボクも張り込んでいた位置と遠すぎて見失っちゃいました。ただ、車両はサイトーさんのいる宿舎と作業棟やガレージの間を通って、まっすぐ進んでいきましたね》

 

タチコマの報告に、記憶を辿ってみる。確かその方向には、雪にこそ()()()は残っていなかったものの、木々が分かれて道が続いていたはずだった。だとすれば、2台の車両はその道に進んでいったということだろうか。

 

衛星写真を確認する限りでは、その先に建物の類は建っておらず、行き止まりになっているはずだった。それなのに車が入っていったということは、その先に何かが隠されているという可能性がある。

 

《タチコマ、お前は明日、あの道の先を調べてみてくれ。間違っても勘付かれないようにな》

 

《了解です》

 

タチコマに指示を出しておくサイトー。日中は作業で、夜間も宿舎が施錠されていることや雪の地面に足跡が残ることも考えると、迂闊に自分が行動するわけにもいかない。ここは、タチコマに任せるほかなかった。

 

《時間だ、そろそろ切るぞ。明日もこの時間に頼む》

 

《らじゃー!》

 

元気の良い無邪気な返事をタチコマが返したところで、彼は電通を切った。

 

この時間に入ってきた2台の車両。これまでこのような出来事もない中、日中にしばしば入ってくる人員・物資輸送用の車とも似ても似つかないあれらの車両は、いったい何の目的があって道の奥に進んでいったのか。やや嫌な予感を覚えるものの、タチコマが探るのを待つしかないだろう。

 

彼は接続したQRSプラグを抜くと、音もなく屋根裏を這って出入りしているトイレの上に戻る。そして、天井に空いた覗き穴から誰もいないことを念入りに確認した後、パネルを外してすっと個室の中へ飛び降りた。

 

あとは何食わぬ顔で用を足したふりをしてトイレを出て、自分の部屋に戻るだけだ。薄汚れた蛍光灯の灯る廊下をゆっくり歩いていく彼。しかしその途中で、廊下の先から進んでくる人影が目に入った。

 

(石原…。)

 

あの顔は彼で間違いはない。けれども、どこか様子がおかしかった。心ここに在らずといった感じで、どこか遠くを見つめながら歩いていたのだ。しかも、その足は酷くふらついてしまっている。顔にいくつか痣が残っているあたり、暴行されたと考えるのが自然だが、それにしてもここまでの状態になってしまうとは考えにくかった。

 

「おい、大丈夫か?」

 

警戒しつつ声を掛けてみるものの、彼は答えるどころか全く見向きもしなかった。そして、ふらつきながら自室のドアに手を掛けると入っていく。その様子を注意深く観察し続けるサイトー。やがて、彼はそのままの足取りで自分のベッドに横になると、布団をかぶって寝息を立てる。

 

何か薬剤でも注射されたのだろうか。あるいは、暴行を受けて意識が朦朧としてしまっているのか。はっきりとはしないものの、石原が連行された先で何かをされたのは明白だった。

 

とりあえず、明日一日は悟られない範囲で彼の様子を観察するのが賢明かもしれない。有線して記憶を覗くという手もあるが、石原ほどの男ともなるとただでできるとも思えない。もし、また喧嘩騒ぎに発展するようなことになれば、自分にも警戒の目が向けられるようなことになりかねないのだ。ならば、無用なリスクは回避するに越したことはない。

 

サイトーはそう結論を出すと、自分のベッドに戻る。

 

明日もまた、早朝からの作業が待っていた。鍛え抜かれた彼の体でも、ここまで不規則な生活が続いていると少しずつ体力が消耗していくのは目に見えている。何も考えずに目を瞑った彼の意識は、間もなく眠りの中に沈潜していった。

 

 

 

その様子を、じっと見つめる視線の存在に、サイトーは気づいてはいなかった。

 


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