攻殻機動隊 -北端の亡霊-   作:変わり種

11 / 17
第11話

徐々に距離を詰めてくるアームスーツと対空戦車。レーザー砲の砲口はピタリと少佐に狙いを付けたままだった。銃弾ですら躱すのは困難なのに、光速のレーザーを躱すことなどできるはずもない。何もしなければ、このまま丸焼きになるのがオチだろう。

 

しかし、絶望的な状況の中でも、彼女の電脳内では既に次の一手を打っていた。そして、バトーにも即座に電通を通じて策を伝える。もはや議論している余裕もない。バトーは彼女から伝えられた通りに、義体の心肺機能を極限まで高めておく。

 

《行くぞ》

 

合図と同時に頭上のスプリンクラーが起動し、霧状になった大量の水が凄まじい勢いで噴射された。対空戦車が迫っていたごくわずかな間に、彼女は施設の警備システムを掌握してコマンドを送っていたのである。

 

武田氏を抱えたバトーは脚で床を力の限りに蹴り飛ばして大きく跳躍し、アームスーツを飛び越えた。たちまちスーツのズボンが裂け、ジャケットも千切れるが、そんなことに構っている暇はない。即座に殴りかかろうとする相手に、バトーは叫び声を上げながらFNハイパワーを連射しつつ、身をよじって空中姿勢を変える。

 

「ぐっ…!」

 

間もなく放たれた強烈なフックが空気を切り裂き、バトーに襲い掛かった。辛うじて直撃は避けるものの、躱し切れずにハイパワーを握っていた右腕の肩に打ち込まれ、内部骨格が潰れる鈍く生々しい衝撃音が響く。

 

一方の少佐も噴射と同時に横っ飛びしたものの、放たれたレーザーが左足の足首を消し飛ばした。スプリンクラーでまき散らされた水滴に乱反射して少しは威力が抑えられると思ったのだが、この至近距離ではあまり効果がなかったようだ。床を転がった少佐はそのまま煙を燻ぶらせているハンヴィーの陰に隠れる。先ほどタチコマが破壊したものだが、エンジンがやられているだけでボディの装甲は健在だった。

 

セブロの弾倉を入れ替えた少佐。バトーはアームスーツの追撃を躱しつつ、控室へと通じる通路へと飛び込む。天井の高さが低いため、大柄のアームスーツは頭がつかえて入れないようだった。その間に彼は縮こまっている武田を奥へと避難させ、牽制とばかりに持ち替えたFNハイパワーをアームスーツに次々と撃ち込んでいく。

 

そんな中、少佐は相手の意表をついてハンヴィーの影から一気に飛び上がった。じわじわと近づいていた戦車にとっては突然の出来事で、主砲の照準が間に合わない。躊躇わずに戦車に肉薄した彼女は、そのまま砲塔の上に飛び乗って搭乗用のステップにしがみつく。

 

戦車が細い4本脚で少佐を振り落とそうと力の限りに暴れる中、彼女は冷静に搭乗用ハッチを見つけるとセブロを連射する。主力戦車級ではないが、やはり軍用車両相手では高速徹甲弾といえども装甲を撃ち抜くことはできなかった。そこで彼女は狙いを変え、なんと自らレーザー砲の砲身に取り付いたのだった。

 

たちまち反応物質が装填され、高エネルギーレーザーが発射されようという瞬間に、彼女は正面の集束用レンズにありったけの銃弾を撃ち込む。防弾処理されているとはいえ効果がないわけではなく、レンズには蜘蛛の巣状に細かなひび割れが無数に入った。

 

そこに発射されたレーザー。乱反射と熱膨張でレンズが粉々に砕け散り、同時にあらぬ方向に放たれたレーザー光がその場のあらゆるものを焼き尽くす。セブロを握っていた少佐の腕にも直撃して手首から先がもぎ取られたが、相手自身にも乱反射したレーザー光が命中してハッチが焼き切られた。

 

彼女は迷うことなく切断されたハッチを蹴り飛ばすと、首元から伸ばしたQRSプラグを接続ポートに差し込む。メーカー所有の試験機体のため、手がかかるとはいえ軍用防壁ではなく、3秒足らずで戦車のAIには侵入できた。すぐに少佐は機能停止させるとともに、逆探を掛けてウイルスを送った人間の割り出しに掛かる。

 

中継器を越え、電脳空間を瞬時に遡っていく彼女。相手の電脳を見つけるのと同時に、張られていた敵の攻性防壁が襲い掛かってくる。勝負は一瞬だった。即座にプラグを引き抜いて攻撃を避け、戦車のポートからは火花が散る。静かにコードを戻した少佐の口元は、心なしか緩んでいた。

 

何と彼女は離脱する寸前のほんのわずかな瞬間に、相手の電脳にウイルスを叩き込んでいたのだ。直撃を受けていれば今ごろ相手は動けなくなっているはずだ。

 

「手慣れた攻性防壁の走らせ方だったな。まだこの近くにいるのか…」

 

そうつぶやいた少佐は、動かなくなった戦車から飛び降りた。左足をやられているので、両脚で着地することはできず、転がるようにして何とか受け身を取る。バトーに襲い掛かっていたアームスーツもようやく動きを止め、力なく両手を下げてひざまずいている。彼女が攻撃者に叩き込んだウイルスが効いたのだろう。

 

「少佐、お待たせしました!」

 

その声とともに、もう1体のタチコマがホールの非常口から派手に姿を現した。ポッドの中から姿を現したのはトグサである。

 

「すいません。屋外展示の兵器が突然暴走しだして、止めるのに手こずってしまって…」

 

「反省は後よ。それより今は攻撃者の身柄を押さえるわ。タチコマを貸して」

 

少佐はそのままタチコマに乗り込むと、すぐに外に出る。持ち場につかせていたパズとボーマたちは、まだ暴走車両の相手をしているようだ。ウイルスが効き始めるはずなのでもうすぐ止まるだろうが、彼らの援護は期待できない。

 

《少佐、結構ケガをしているようですけど大丈夫ですか?》

 

《あなたが心配することはないわ。そんなことより、早く目標座標に急いで》

 

《ラジャー!》

 

心配してきたタチコマにそう返した少佐。確かに左足と右腕を失うなど、今回はかなり義体を損傷してしまった。本部に着いたらメンテが先になるだろうが、自分の体よりまずは相手を押さえることが先決だ。

 

屋根を飛び越え、アスファルトの上に着地するタチコマ。逆探を掛けた結果ではこの先の駐車場内に攻撃者が潜んでいるらしかった。車からウイルスを送り込み、そのまま逃亡するつもりだったのだろう。しかし、それならなぜ今ごろになっても逃げずにここに長居しているのか。それがひとつの疑問だった。

 

警戒した少佐は念のため光学迷彩を起動させ、大きく回り込んで駐車場に入らせる。バスやワゴン車、それに設営のためのトラックなど、様々な車が駐められている中で、ようやく彼女は目的の車両を見つける。つくばナンバーの黒いセダン。おそらくは盗難車だろう。

 

しかし、驚くことにそこには先客がいた。タチコマの熱探知で見ると、ちょうどその車の陰に1人。その隣にはうつ伏せで倒れているもう1人の姿もある。何が起こっているのか全く分からないが、まずい状況なのは確かだろう。

 

《パズ、ボーマ。すぐにこっちに来れるか?》

 

彼女が電通でそう送ったときだった。

 

凄まじい衝撃が襲い掛かり、同時に目の前の景色が目まぐるしく変わる。どうやらタチコマのポッドから弾き出されたようだ。アスファルトの地面を転げ、体中が擦れて痛みが走る。顔を上げると、そこには力なく倒れているタチコマと、2メートルをゆうに超える大男が立っていた。

 

金髪の頭は短く刈り込まれ、顔には銀色の戦闘用ゴーグルを被っている。コートの隙間から垣間見える長い両腕は明らかに改造されたもので、金属部分が剥き出しになっていた。片方はタチコマに頭から叩き込まれ、しばしば火花が散っている。サイボーグとはいえ一撃でタチコマを行動不能にするなど、相手はただ者ではない。しかも、こちらは光学迷彩で姿を隠していたのだ。

 

すぐにセブロを抜き出し、トリガーを引き絞った少佐。相手はその長い腕で高速徹甲弾をもろともせずに弾きながら突っ込んでくる。あり得ないほど長いリーチで打ち出されたフックが少佐の頭上を切り裂き、間髪開けずにもう一撃が彼女に襲い掛かった。辛うじて後ろにのけ反り、それを躱すものの、相手は攻撃の手を休めることはない。

 

手負いの分、明らかに少佐が不利であった。相手の攻撃を躱しつつ、駐められていたバンの側面を蹴り上げて1回転しながら空中に舞い上がった彼女。相手が見上げたところで容赦なくセブロから火を噴かせるものの、直前で相手も腕を出して防ぎ、全く効かなかった。そのまま隣のワゴン車の上に飛び乗るものの、すぐに振り下ろされた相手の腕に少佐は既のところで転がり、相手とは反対側に回り込む。

 

次の瞬間、事故でも起きたかのような凄まじい衝撃音とともにワゴン車が圧し潰れ、クラクションが鳴り響いた。ボディはまるでアルミ缶のようにぺしゃんこに潰れ、粉々に砕け散ったガラスの破片が周囲に散乱する。

 

だが、相手はなおも反対側に落ちた少佐を狙うべく、もう一撃を叩き込む。アスファルトが砕け散り、粉塵が舞い上がる凄まじい威力だった。

 

しかし、少佐の姿はそこにはなかった。

 

同時に車を飛び越え、反対側に移ろうとした相手の足に何かが引っ掛かる。そのまま強烈な力で引きずり込まれた相手は、バランスを崩して後ろ向きに倒れかかった。だが、すぐに腕を出して体を支え、同時にもう片方の足で回し蹴りを叩き込む。

 

再び轟く凄絶な衝撃音。だが、どうも様子が違った。

 

見ると、少佐がその足を両腕で掴み、押さえ込んでいたのだ。義体のスペックを最大限に生かしても、あの一撃を押さえることは不可能に近い。それでも彼女はやってのけた。それは、タイミングと義体の特性、それに力の掛け方など、全ての条件を完璧に満たす筋金入りの義体使いである彼女にしかできない業だった。

 

そして、相手が怯んだ一瞬の隙も見逃さず、彼女は脚を蹴り上げて相手の顔面に痛烈な一撃をお見舞いすると、力づくで脚を引き抜こうとする相手の勢いを逆に利用してそのまま押し倒した。最後に首筋に電脳錠を刺し込もうと、少佐は一気に相手に肉薄する。

 

その時だった。

 

「そこまでだ」

 

声と同時に、彼女の後頭部に冷たいものが押し当てられる。セブロに手を掛けるが間もなく電脳錠が打ち込まれ、全身の力が抜けた少佐は人形のようにその場に倒れ込んだ。

 

「悪いな。君たちを傷つける意図はなかったんだ。ただ、この件は我々が肩を付けないといけない問題でね」

 

その言葉に、少佐はすぐに相手の正体を見抜く。

 

(ロシア諜報員か)

 

先ほど襲い掛かってきた桁違いのパワーを持つあの義体。軍用ヘビーサイボーグをも抜き去る出力のあれが諜報部隊所属の人間ならば説明はつく。全く気配もなく自分の背後を取り、電脳錠を刺し込んだこの男も、相当手強い相手であるのは間違いない。

 

「何せ君たちの国の者が、面倒な物を掘り出してしまったんでね。もちろん、回収は我が国で行う。貴国にはできれば静観してほしいものだな」

 

それはまた難しいことを。少佐は内心、笑いをこらえていた。他国の諜報機関に国内を荒らされるのを黙ってみている国などいるのだろうか。確かに、この国ならば“高度に政治的な取引”とやらでそれがなされる可能性も否定できない。しかし、その場合でもどこかしらのセクションが監視には付くのだ。

 

相手もそれは分かっているのか、薄笑いを浮かべながらこう言った。

 

「まあ、これは冗談だ。そんなことが無理なのは分かっているからな。で、忘れないうちに用件だけ言っておくが、ここにいるテロリストは少し預からせてもらう。用が済めば返すよ。別にいらなければ、こちらで“処分”してやってもいいがね」

 

随分と勝手な事ばかり言ってくる男だ。少佐はそう思っていた。おそらくは必要なデータを抜き取って、先にテロリストたちのアジトに乗り込むつもりなのだろう。まったくをもって気にくわない連中だった。

 

「おっと、もう君らの仲間が来たようだ。優秀だな。最後に言うが、今度のことにあまり手は出さないでくれよ。警告はしたからな…」

 

そう言い残す男。次の瞬間には相手の気配は消えていた。先ほど自分が押さえ掛けたあの男も、いつの間にか消え去っている。その場には彼女とタチコマだけが残された。

 

心の底から溜め息をつきたい気分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、まんまと容疑者を奪われたわけだな」

 

9課のブリーフィングルームでは、サイトーを除く全員が集まっていた。いつにもまして機嫌が悪い課長の視線の先には、義体メンテの終えたばかりの少佐が険しい表情を浮かべて立っている。何とも言えない重々しい雰囲気の中、沈黙を続ける少佐の代わりにイシカワが報告を始める。

 

「直前まで張っていた外事の話では諜報員の数は1人だったので、もう1人が隠れていたんでしょう。もっとも、途中で撒かれていたので、あまり当てにはなりませんが。現場の監視カメラには隅にではありますが、テロリストと思しき男の姿が映っています。現在、顔認識に掛けて解析中」

 

「にしても、明らかな内政干渉じゃねえか。勝手に容疑者を拘束して連れ去るとはな。連中はいったい何を考えているんだ」

 

怒りのあまりそう怒鳴るバトー。彼が憤るのも無理はなかった。ここは日本なのだ。警察権や司法権の管轄は言うまでもなく我々のもので、ロシアが手を出すことは何一つできない。たとえ旧領土の択捉に関することでも、返還された現在はロシア側に何ら干渉できる権利はないのだ。

 

しかも、身柄すら押さえられていないのだから、政府に抗議したところでそのような事実などはないと一蹴されるのがオチだった。しかし、今のところは表面化していないとはいえ、今回のことは下手をすれば国際問題にも発展しかねない出来事だった。それを堂々とやってくるとは、ロシア側も相当焦っているのではないか。課長は薄々そう考えていた。

 

「警備員に感染したウイルス、あれについては何か掴めたのか?」

 

「思った通り、分割送信型の遅効性ウイルスだったわ。しかも、ウイルスの行動ルーチンは新浜で撒かれていたものと同じもの。疑似記憶をかませて自分以外の他者すべてが敵だという強迫観念に囚わらせ、攻撃を誘発させる。それに外部からの干渉、要は制圧されたことがトリガーになって一気に電脳内機能野の一切を破壊し、ウイルスともども被害者の人格も消し去る自爆型ね」

 

少佐の報告に、課長は考え込む。これまでは新浜市内など無差別攻撃に使われていたこのウイルスが、なぜ突然警備員のみという標的型攻撃に切り替わったのか。それが最も気がかりだったのだ。そんな中、少佐も自身が気になっていたことをいくつか話し始める。

 

「それでここからが問題なんだけど、ウイルスのルーチンの中には自己複製だけでなく、高度な進化促進プログラムも含まれていたのよ。加えて、そのデータをネットのどこかに転送する機能も含まれていたわ」

 

「つまり、タチコマが経験値を溜めるようにウイルスも感染により学習し、しかもそれを全体で共有することでより早く進化できるようスピードを引き上げているという事か」

 

「そういうことになるわね」

 

課長は驚きのあまり黙り込んでしまった。これでは自然界のウイルスよりも余程タチが悪いだろう。感染時のデータを蓄積させ、病原性すなわち感染させる能力を上げていくのだ。こうすれば多種多様な防壁やセキュリティ・ソフトが出回っている現代社会でも、ウイルス自らがその突破方法を学習し、より多くの人間に感染するようになってしまう。そして、再びそれで得た経験値で自己進化し、病原性を高めていくのだ。

 

考えてみれば、第一段階でウイルスはゲームサーバーを通じて配布されていた。その段階ではまだレアアイテムの入手を謳い、ファイルを入手させるという、プレイヤー側の行動に依存した感染経路だったのだ。言い換えれば、プレイヤーが不審に感じてアイテムを入手しなければ、感染しなかったのである。

 

しかし、今回は攻撃者自らがローカルネット内に直接ウイルスをばら撒いた。ウイルス自体も標的を識別して自律的に行動し、防壁を抜けてセキュリティ・ソフトに検知されることなく目標の電脳に感染できたのだ。進化のスピードを考えると、圧倒的なものがある。

 

それに、もう一つ問題があった。

 

「もしかすると、ワクチンも効かないかもしれないわね…」

 

少佐がぼそっとそうつぶやいた。進化をするということは、それだけ内部の論理構造も書き換わるという事である。せっかくワクチンを構築しても、その時のウイルス構造が変化していた場合、全く効かない恐れすらあるのだ。

 

このまま手を打てなかったらどうなるか。

 

ウイルスは歯止めなく拡散し続け、日本はおろか世界中にばら撒かれるかもしれない。もしくは感染力が相当引き上げられているので、標的型攻撃として政府要人に感染させ、操るという可能性も出てくる。今のところ行動ルーチンは単純なものだが、電脳ウイルスという性質上、特定の目的に沿って行動させる高度なものに書き換えることも不可能ではないのだ。

 

「いずれにせよ、ソースコードの解析はまだ途中よ。もしかすると何らかの突破口があるかもしれないけど、今の段階では何とも言えないわ。せめて、もう少しサンプルがあればいいんだけど…」

 

そう、行えることは限られていた。今できるのは、ウイルスの構造解析と現場に残された遺留品を洗うこと。それらに限られてくる。現場に潜んでいたテロリストの身柄をこちらで押さえられていれば、どれだけ捜査が進んだことか。そう思うと、課長にはどうしようもないほどの悔しさがこみ上げてくる。

 

「そういえば、狙われていた武田氏についてたボディガード。彼らの素性は掴めた?まあ、顔認証に掛けても該当なしで通常捜査上身元不明、でも銃器携帯で外務省OBについてたということは、十中八九6課でしょうけど」

 

「その通りだ。6課に照会を掛けたところ、あの場にいたボディガード2名とも6課の警備要員だと認めた」

 

少佐の問いに、課長が答える。

 

「で、6課が何のために“元”外務省幹部の護衛を?」

 

「武田氏だが、彼は外交部の元アジア局長だったそうだ。その関係で、テロリストが彼の命を狙っていると6課にタレコミがあったらしい」

 

「なるほど。沖縄が消し飛んだのも、彼の在任期間中だったしね。狙われる理由は十分といったところね」

 

沖縄が消失した当時こそ突然の出来事に政府も議会も大きく混乱し、国民の怒りの矛先は中国へ向いたものの、数十年という時を経た現在では当時の政府の対応を疑問視する声も少なからずはあった。特に核攻撃の可能性を外務省は薄々知っていたのではないかという疑惑が広がり、一時期はそれに関する書籍も複数出版されている。もっとも、陰謀論に過ぎないものであるが。

 

「この間の航空機テロ未遂、あの便にも武田氏は搭乗予定だったそうだ。幸運にも、交通機関の遅れで次の便に移ったようだが」

 

「武田ってやつは、随分と運が良い男だな…」

 

鼻で笑いながらそう言ったバトー。ここまで来ると線はつながる。自分たちが追っているテロリスト。彼らが武田氏を狙っているという事は明白だろう。あくまでも、この状況から考えてのことであるが。

 

「武田氏の警護は6課で続け、我々でテロ捜査を続けるという事で一応6課長と話は付けた。だが…」

 

「確かに引っかかるところがあるわね。相手がほんとに元諜報部員だったら、こんなヘマはしないと思うわ。わざわざ式典中にここまで大掛かりな襲撃を組むより、搭乗車に爆弾を仕掛けたり就寝中に自宅を襲う方がよっぽど効率的だもの」

 

そう、必ずしも今回追っているテロリストたちの行動すべてが武田氏の殺害に繋がっているわけではないのだ。単純に武田氏だけを狙うなら新浜中にウイルスをばら撒く必要もないし、今回の襲撃もほかの方法ならいくらでもあった。

 

にもかかわらずこのような行動を起こしたという事は、犯人側の主目的もほかにあるとしか考えられない。何らかの思惑があるにせよ、武田氏の殺害はあくまでも副目標に過ぎないというのが、少佐の考えだった。

 

そんな中、突然オペレーターから電通が入る。

 

《現場で遺留品捜査に当たっていた所轄からの報告です。近くの飛行場にデモ飛行に備え駐機されていたステルス無人攻撃機、MQ-180B 1機が所在不明だということです。なお、当該機にはエグゾセⅡ空対艦ミサイル2発が搭載されている模様。そのほか、会場にて展示されていた小型思考戦車1体の所在が分からなくなっているという情報もあります》

 

《なぜ今ごろそんな連絡が?》

 

《会場でのテロと同時刻に格納庫で火災が発生し倒壊したため、確認が遅れたとのことです。なお現場には現在も多数の瓦礫が散乱しているため、当該機が火災に巻き込まれた可能性も含め所轄で捜査中ですが、確認には相当の時間が掛かります》

 

となると、一つの推論が浮かび上がる。武田氏を狙った国際兵器見本市でのテロ、あれは陽動だったのだ。それに、同時刻に起こった格納庫の火災も、発覚を遅らせるために隠蔽工作だとすれば説明がつく。テロリストたちの主目的は、もしかすると最初から無人機の奪取にあったのかもしれない。

 

《当時の空自の動きは?》

 

《千歳基地よりスクランブル発進が1件。樺太より接近したロシア軍のTu-95に対するものです》

 

案の定、空自は無人機をレーダーサイトで捉えていなかった。ステルス機とはいえ、軍の正規の作戦行動でない今回のデモンストレーションでは衝突事故等を回避する都合上、意図的に機外兵装を取り付けてステルス性を損なわせなければならないからだ。そんな機が無許可で発進すれば、当然空自のレーダーにも映り、必要な措置を取るだろう。

 

しかし、それがないということは、無人機はその飛行場からは飛び立たなかったということになる。機外兵装を取り外すということも不可能ではないが、この短時間には厳しいだろう。それに、当該機らしき目撃情報もないことも踏まえると、考えられる移動手段は陸路だ。

 

《県警の対応状況は?》

 

《現場一帯に緊急配備を発令。現在、主要道全てに検問を設置しています》

 

《県警に連絡。直ちに広域緊急配備に拡大し、近隣の県警に県境を張らせろ。あと、周囲50キロ圏でIRシステムに引っかかったコンテナ積載の大型車両を無条件で止めて積み荷の確認だ》

 

《了解しました》

 

そんな中、疑問に思ったトグサが声を上げる。

 

「まさか、陸路を疑っているんですか。あり得るんですかね。積み荷は飛行機ですよ?」

 

「あら、飛行機とはいえ対象は空母艦載機よ。翼は折りたためるから、大型コンテナならギリギリで積載可能だわ。重量もトレーラーなら余裕で運べる重さよ」

 

モニターを見つつ対応策を練る課長に代わり、少佐がそう答えた。盗まれた可能性のあるMQ-180Bは米帝海軍が制式採用している機体で、ステルス性の高い全翼機の形状が特徴的だ。主に対水上作戦に従事し、対艦ミサイルの携行可能数は2発と侮れない性能を持つ。

 

かなりキナ臭い事態になってきた。対艦ミサイルを装備する無人攻撃機を使って、相手はいったい何を企んでいるのか。気掛かりなのはそれだけではない。ここに来て躊躇うことなく行動に出てきたロシア工作員たち。彼らの動きもまた、この一連の事件に通じているのかもしれない。

 

深々と考え込んだ課長は、やがてゆっくりと顔を上げると指示を下した。

 




2018/10/21 一部加筆修正

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。