竜(龍)蛇の王は、ヒーローの夢を見る   作:名無しの百号

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今回は護堂との顔合わせのみです。


探偵と高校生 ~魔王邂逅~

「しっかし、お前も災難だな雄の字」

 大吾が煙草に火を着けながら呆れたように目の前でガツガツと大量の料理を消費している男へ話し掛ける。

ふぁにあっふあ(なにがっスか)?」

 口に料理を詰め込みながら訊き返す雄治。

「いや、『まつろわぬ神』に依頼先で遭ったんだろ。どんなヤツだった?」

 師匠にそう訊かれたので一先ず口の中のものを嚥下して答える。

「――んぐ。どうって、相変わらず時代錯誤なヤツでしたよ。女にだらしない上に嫌に気障ったらしい美形な神サマで、しかも人妻に手を出そうとしてましたんで成敗しました」

 女に不自由してなさそうな分余計に性質が悪いと雄治は悪態を吐く。

「……そこまでフリーダムな神となると、ギリシャの神か?」

「正解です。ヘルメスでした。兜使ってたから誰にも気付かれてませんけどね」

 兜とは、ヘルメスが叔父であるハデスから借り受けた姿を隠せる兜を指す。これのお陰でヘルメスはその正体を知られずにいられたのだ。まあ、この国の裏に住まう「古老」と呼ばれる者たちには気付かれていたようだが。

「ああ、だから」

 だから「まつろわぬヘルメス」に関する情報が裏にも表には出てこないのだ。認識されてすらいないのだから出なくて当然と言えるだろう。

 そして現在、その『ハデスの兜』の恩恵には雄治も助けられていた。

「ええ、お陰で今度も俺は「ちょっと腕の立つ術者」として依頼を達成出来ましたよ」

 相手が正体を隠していたお陰で、雄治の正体がバレずに済んだのだ。

「……お前を拾って十年か。続くもんだな」

「いやいや全くです」

 十年間誰にも隠し通してきた雄治の悪運には大吾も本人も呆れるしかなかった。この男は、今迄魔術組織や呪術組織と過度な接触をする事無く東京の片隅で暮らしてきたのだが、それにしたって上手くいきすぎである。

 それがどれ程異常な事なのか理解出来るだろうか。まあ、それは師匠である大吾にも似た事が言えるのだが。なんせ人の身でありながら神獣を撃退したのだから。

 ちなみにだが、その神獣は幽世へと姿をくらませた。

 食事を続ける雄治に珈琲を淹れながら、彼はもう直ぐ三十路になる弟子を見下ろした。

 ガツガツと大量の料理を食べ続ける弟子に、

「そういやお前、家族とはどうなってんだ? 連絡取ってんのか?」

 大吾が思い出したように問いかけると、ピタ、と雄治が箸が止まるではないか。そして視線を自分から逸らす弟子。どうやらこの様子では、両親と連絡を取っていないようだ。

 そんな親不孝な弟子の態度に大吾は溜息を吐いた。

「最後に逢ったのって九年前なんだろ。お前が稼いだ金を故郷の両親に渡してそれっきりって俺は聞いてるぞ?」

 なんで逢いに行かないんだ、という師匠の言葉に雄治は苦笑を浮かべる。

「……まあ、色々とありましてね」

 一言そう呟くと、雄治はまた食事に専念し始める。

「弟たちに何か言われたのか?」

 大吾は雄治に自分が弟や妹に嫌われていると聞いていたので、そう問い掛けた。

「あー、まぁそれもあるんですけどねー。ほら、前にも言ったでしょ? いつ俺が「そう」だってバレるか判らん以上、親や弟らには迷惑掛けられんのですよ」

「……そういやそうだった。お前、神殺しだったよな」

「おやっさん……」

 呆れた様子の弟子に大吾は視線を合わせない。それもこれも神殺しぽくない雄治が悪いと自己完結して大吾は話を続けた。

「ま、まぁ、お前が好きなようにやればいいさ。……連絡は入れてねぇけど、仕送りはしてるんだろ?」

「ええ、そっちだけは。金でしか孝行出来ない不出来な息子ですけどね」

 神殺しとなった雄治は、家族と必要以上に逢わないように気を付けていた。

 もしも雄治が神殺しだと知れ渡った時、家族に「よからぬ事」を考えない者がいないとも限らないからだ。それが魔術師や呪術師ならば、生まれてきた事を後悔させてやればいい。

 だがそれが神ならばどうだ?

 言葉を交わす事は出来るだろう。

 だが、きっとそれだけだ。

 神というモノは、自分の在り方や矜持を絶対に曲げない。いや、曲げられない存在だ。

 彼等は「過去の蓄積」に則って行動する。培われた神話が行動理念の根底に根付いているのだ。

 故に神は語られる役割を嬉々として行うだろう。それが如何に人を苦しめるようなものであったとしてもだ。

 そういった意味で言えば、神は人以上に縛られた存在と言えるだろう。

 そしてそれは「まつろわぬ神」であっても例外ではない。如何に自由気儘に過ごしているように見えても、その行動の基準は神話のそれなのだ。

 だからこそ、雄治は正体を隠す。ギリギリまで、決して姿を表さない。

 手の触れられる距離に近付こうと自分の庭(かくりよ)に引き摺り込むまで、決して覚らせないのだ。そして手を出す時は、巣穴から襲い掛かる蛇のように一瞬で獲物を掻っ攫う。

 彼が神殺し(カンピオーネ)だと名乗るのは、必ず殺すと決めた外道にのみ。だからこそ雄治は、十年もの間「神殺し」という正体を隠して生きてこられた。

「ま、他のカンピオーネたちが派手に名前を売ってくれるお陰でこちとら小市民生活を満喫出来てるんだからな。有り難い話だよ」

 そう言う雄治の言葉には他人の迷惑を顧みない数名のカンピオーネへの皮肉が混じっていた。

「……まあ、神殺しが動けば必ず裏の社会は大なり小なり混乱するのは確かだ。そういった意味ではお前がそのままでいるのは、日本に住む一般人からしてみりゃ良い事なのかもな」

 そう言いながら大吾は知り合いの情報屋から仕入れた「賢人議会」の配布する資料に目を落とす。

 だが、と前置きして嘆息する大吾の表情には呆れと苦笑が滲んでいた。

「こっちのボウヤだったら、そうはいかないみたいだけどな」

「ボウヤ?」

「出たんだよ(はち)人目が」

 資料を手渡された雄治は、箸を口に咥えたままそれに眼を通していく。

「名前は、草薙護堂(くさなぎごどう)。十五歳の高校生、ねえ?」

「将来有望だな。――いろんな意味で」

 更にその資料には、イタリアの魔術結社《赤銅黒十字》に所属するエリカ・ブランデッリがこの少年の愛人の座に収まっている事が記されていた。

 そして数日前、イタリアのローマにある世界遺産(コロッセオ)使役する神獣(きょだいないのしし)に破壊させた張本人と書かれているではないか。どうやらこの少年も、ヴォバン侯爵や羅濠教主と同類のようだ。周囲の被害をまるで気にしていない。……まあ、それはカンピオーネにとってデフォルトと言えばそれまでだが。

 現代社会に被害を一切出していない雄治が異常なのだ。普通の神殺しは幽世に個人の領域など所有していないのだから。

「……この歳で女好きなのか。俺なんか灰色で暴力に満ち満ちた青春しか送ってねぇのに」

(ツラ)も良くて上背もお前よりねぇけど上々。今は引退してるが、昔は野球少年だったらしいな。関東屈指の四番打者でシニア世界大会の日本代表候補だったそうだ」

 しかも捕手としても高い技術を持っていたとか。

 それを聞いて雄治はしっかりと頷く。

 そして一言。

「成程、リア充か」

 俺の真逆だな、と雄治は嘯いた。この男、野獣のような風貌に鋭い三白眼、そして百九十センチの筋肉質で大柄な体格をしているのだ。とても資料にある草薙少年のような爽やかスポーツマンとは間違っても言えない人種であった。

「家庭環境もそれなりだな。……両親が離婚してるけど、そこは些細な点か」

「ウチの両親は円満だよ。何もなけりゃ死ぬまで一緒だろうさ」

「そりゃ結構な話だ。……話を戻すぞ」

 大吾は別口の資料を雄治に手渡す。

「既に正史編纂委員会は動いているな。武蔵野の方で動きがあったらしい。噂が出回るにしても早過ぎる。多分だが、連中、何かしでかすみたいだな」

 余りに早い武蔵野の対応。

 グリニッジの賢人議会からの報告書が出回ってからまだそこまで日が経っていないというのに、最高位である媛巫女が出張るらしいのだ。

 これは間違いなく国内の関係者への牽制を意味している。

「宮仕えも御苦労なこった」

 人事のようにそう呟く雄治。

 実際人事だが、雄治にも起こり得る問題であると言えよう。

「まあ、もしお前が表に出たら、そいつらはこっちにも来るだろうがな」

 神殺しと関係を密にしたい裏の組織はそれこそ星の数ほど存在している。

 国と関係の深い裏の組織としては、その国で生まれた神殺しを擁したいと考えるのは不思議なことではなかった。

 そうしなければ比喩では無く物理的な意味合いで国が滅ぶのだ。

 では、件の少年への対応はどういう意味を持つのだろうか?

 魔王となった年若い少年が隣に見目麗しい少女を愛人として侍らせているのだ。これでは美女に弱いと取られても不思議ではない。

 接触するであろう武蔵野の媛巫女は上玉揃いだと噂されてもいるので、これが『そういった人選』なのだと理解している関係者は以外に多い。寧ろけしかける側としては、逆に『そういった噂』を積極的に流す事でこの少年の動向をある程度コントロールしようとしているのだろう。周囲に誤解を植え付けさせ、その噂を刈り取る為に尽力すればこの手の少年には好印象を与えられると判断しているのだろう。

 まさに茶番というしかない絵空事を想像して雄治が顔を歪める。余りそういったやり方は好きではないのだ。だがもしこれが事実なら、その組織は媛巫女を餌に魔王を釣り上げようとしていると言えるだろう。まさに海老(みこ)(まおう)を釣る、だ。

「嫌だねぇ、宮仕えってのは。どうにも情緒が無ぇ」

「……まあ、奇麗事で国や組織は回せないって証拠だろうな」

 そうは言う大吾だったが、やはりいい顔はしていない。こういった生臭い遣り取りが苦手だからこそ彼も弟子と同じく在野の術者として生きてきたのだ。

 雄治は写真を見ながら少年の第一印象を判断した。

「陰で暗躍するよりか、この手の小僧には真っ正面から頼み込んだ方が早い気がするんだがなぁ」

「そうだな。……だが、回りくどいやり方ってのが御偉方の方法なのさ。解るだろ? リスクの高い最善策よりも目算の高い次善策を取るって事も含めて、それが連中だって」

「…………まあ」

 呆れたように嘆息する雄治だが、そういった意味で言えば彼は委員会とは対極の人間と言えた。

 言葉を飾らず、ただ愚直に真っ直ぐぶつかる。しかし弱き者への労わりを心に忘れずに。

 本来搦め手である毒と呪いの権能の夜刀の神やサマエルの力を持ちながら、彼等の言う王道を進む為には忘れてはならない教訓であった。これを忘れてしまえば雄治は自分を認めてくれた二柱の神の信頼を失う事になる。

 だからこそ、雄治は自分で動く。幾ら年齢を重ねようとこれは変えられない性分のようなものだ。

「さて、と。……先達として、そいつがどれくらい横暴な小僧(まおう)なのか見に行ってみるか」

 討つべき者かそうではないのか、それを見極めなければただの暴君に成り果ててしまう。そうならない為に雄治は自分の足を動かし、自分の眼で見て判断するのだ。

 今回は対象に近付く方が見極め易い。そう雄治は直感的に感じられた。

 正体がバレないスキルを二つも所持しているが故の自信だった。恐ろしいレベルの偶然が積み重ならない限り、正体に気付く者はいないだろう。

「少し前にヘルメスを倒して今度は神殺し(どうるい)の引き起こす騒動(まつり)を見学か? どうやらお前もそろそろ年貢の納め時かもな」

 大吾の揶揄に雄治は苦笑してしまう。

 だが、ニヤリと笑う彼の顔には自信があった。過信でもなく、慢心でもなく、培ってきた己の業への自負が。

「まあ、そうかもしれねぇ。けどな、師匠。十年隠し通した俺を見付けられるようなヤツがいると思うか?」

 そんな弟子に頼もしさを感じて、大吾はくつくつと喉の奥で笑う。

「ついでにヘルメスから奪った権能で脚も速くなったしな。どこぞの黒王子が出張らなきゃ大丈夫だろうさ。あちらさんはアーサー王について調べる事で忙しいらしいぞ。調査ついでに遺跡とか引っ繰り返しては崩壊させるなんてザラらしいぞ?」

 遺跡破壊者(トゥーム・バスター)・アレク、なんて馬鹿な番組名が雄治の脳裏に浮かんだが直ぐにそれを振り払う。

 いつもの赤と緑の千鳥格子のシャツに黒いジャケットとズボン。

 そしてどこにでもありそうな『黒い中折れ帽』を被り、雄治は椅子から立ち上がる。

「さぁて……ついでに新刊も買っていくかな。あ、そういや予約してたゲームも取りに行かねえと」

 この三十路手前になった大男は、十年経っても相変わらずその手の趣味に湯水のように金を注ぎ込んでいた。

 寧ろ仕事のせいか金に不都合はしていないのだ。

 九年前もこの男は、二千万円という大金を軽い気持ちで両親に手渡していた。

 裏の世界に関して言えば、表の不況など微塵も感じさせない程に金払いの良い客が多いのだ。その分危険も多いのだが。

「そんじゃ行ってきます」

「おう、気を付けてな」

 はい、と頷いて雄治の姿は掻き消えた。

 ヘルメスの権能を使ったのだ。

 そんな雄治の姿を見送って、大吾は彼が完食した食器全てを呪術を使って(ゆびをならして)調理場に置いてある食器洗い乾燥機に転移させた。更に器用にボタンを押して洗浄を開始させる。

 こういう時に培った呪術は酷く便利だ。

 煙草から昇る紫煙を吹かしながら、大吾は資料に添付された少年が美しい少女に腕を絡め取られて慌てふためいている写真を見て呟く。

 弟子と同じ、面白そうな顔をしながら。

「……さてさて、このボウヤはウチの神殺し(でし)に気付けるかな?」

 尤も、師匠としての贔屓目を抜きにしてもそれは無理だと判ってはいるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 さて、イタリアに決して消えない己の爪痕を残した件の草薙護堂はというと、

「……ん?」

 帰宅途中で直感的に、誰かがこちらを観ている事に気が付いた。

 これは――?

 直ぐに理解する。

 観察されているのだ。

 じっとこちらを観ている視線を感じる。微かに混じっているのは、呪力とか魔力とかいう代物だろう。

 こちらにバレたと向こうも気付いただろうに、動く気配がない。

 ただこちらを「視て」いるのだ。まるで虫や微生物を無感動に観察する研究者のように。

 それを感じた護堂は、ゆっくりと視線の方向に向かって歩を進める。

 彼は元々、「とある少女」に呼び出されて都内の七雄神社に向かっていたのだ。

 これは明らかな寄り道だ。

 あの喧しくも姦しく、そしてお節介な妹が「尊敬する先輩」と仰ぎ見る少女。しかも旧華族のお嬢様で巫女のバイトをしているらしいそんな深窓のご令嬢のような少女に逢いに行くのだ。もし荒事に巻き込んでしまっては、妹に合わせる顔が無い。不安要素は徹底的に排除しておくべきだ。――そう考えての行動だった。

 だが、その貌をもし関係者たちが見れば、戦慄と畏怖と共に納得しただろう。如何に朴訥な雰囲気で平和主義者を自称しようが、この少年も一度「力」を振るうと決めたら躊躇わない魔王の一人なのだ、と。

 そこには、好戦的な笑みが浮かんで――

「おいおい、ちょっと「観て」ただけでこれか? 随分と今度の魔王(カンピオーネ)は物騒だなぁオイ」

 呆れた様子の声が耳に入りその笑みは掻き消えた。彼の培われた安っぽい倫理観(あたりまえのじょうしき)が、獣のような闘争本能を抑えたのだ。

 変わりに浮かんでいるのは、少々困惑した表情のみ。

 だが、人の表情をある程度読み取れる人間がいれば、その裏に残念そうな色がある事にも気付いただろう。

「えっと……どなた、ですか?」

 困惑しているが、決して相手を恐れないその態度は、見る者によっては傲慢不遜とも取られるだろう。特に、目の前に立つ自分以上に背の高い強面の男が、ヤクザや不良であったのなら、それこそあっさりと胸倉を掴まれ恫喝されていたに違いない。

 如何に普通に振る舞おうと、彼はまだ少年。その内側は簡単に透けて見て取れた。

 更に言えば彼は神殺しなのだ。神殺しとなった彼等は、その誰もが「頭を下げる(したでにでる)」という行為に嫌悪感や忌避を抱き易い。自分こそが頂点だという自負を大なり小なり抱えているからだ。

 そしてそれは、この少年にも、観ていたこの男にも言える事だった。

「まあ、警戒すんな――ってのが無理か。取り敢えず自己紹介しとこうか。俺ぁ皆藤雄治。普段は探偵やってんだが、副業(じゅじゅつし)として、ちょいと新入り魔王(ルーキー)に話が訊きたい事があってな」

「訊きたい事……ですか?」

 警戒する護堂。

 どうやらこの少年、魔術師や呪術師絡みで厄介事に捲き込まれた事があるようだ。

 いや、顔から察するに厄介事の類としか思っていないのだろう。

 彼の顔に「どうしてこいつらはこんな手段しか取れないんだ!?」とありありと書いてあるのだから。

 そんな腹芸の出来ない少年に苦笑が浮かぶ。寧ろこれがこの少年の芸風なのだろうか。

 これでは周囲の人間は、内心でツッコミを何度も入れている事だろう。

 そういった内心を全て隠して、

「ああ、そう警戒すんなよ坊主。……だが、ここじゃあ何だな。取り敢えず飯でも食いながら話そうや?」

 雄治は護堂を食事に誘った。

 怪しい強面の男からの食事の誘い。背丈は目算で百九十センチは越えているだろう大男からの誘い等、普通ならば絶対に断る。

 だが、彼は高校生にしてカンピオーネ。絶対なる力を持つ魔王でありながら、成長期の少年である。ましてや元スポーツ少年。奢られるとあっては否応は無かった。

 だから護堂は、

「――はい」

 ノータイムで着いて行くと決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

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 近くのファミレスに入った雄治と護堂は角の人目に付かない席に向かい合わせで座った。

「さて、何食うよ?」

 メニューを開きながら雄治はテーブルにボイスレコーダーを置いた。勿論録音は開始されている。

「あの……これは?」

 ボイスレコーダーを指差して問い掛ける護堂。

「ん? ああ、気にすんな気にすんな。ただの保険だよ」

「はぁ……?」

 要領の得ない発言に首を傾げる少年を無視して男は問い掛ける。

「んで、どうすんだ? 金ならあるから何でも頼んでいいぞ」

 そこまで言われて縮こまるような少年ではなかった護堂は、

「あ、なら――」

 直ぐに店員を呼び出して色々と注文していく。

 この男、実に遠慮の無い様子で頼んでいくではないか。無論自分も頼んでいく。明らかに二人の男が食べられる量とは言い難い大量の食事が注文され、オーダーを受けに来た店員は涙目になってしまった。

 少々時間が掛かる、そう言い残して店員はダッシュで戻っていく。

 恐らく今頃、厨房は火が着いたように慌ただしくなっているだろう。

 他の客たちも「すわ何事か」と厨房に視線が向いている。

 そんな店内の様子を気にせず、雄治は護堂に訊いた。

「ところで、どっか向かってたみたいだが……何か用事があったんじゃねぇの?」

 その発言を受けて、護堂は氷のように全身が固まるのを感じた。

 

 

 

「…………………………あ」

 

 

 

 そう呟き、男は蒼白に顔を染めたではないか。

「……七雄神社」

 ポツリと呟かれたそれに雄治が反応する。

「あ? そこは確か、武蔵野の連中が管轄してる神社だな。なんだそこに行く予定だったのか? 約束してる時間は?」

「……多分、間に合いません」

 そう言って、がっくりと肩を落とした。

 ……本当に神殺しかこの男? そう雄治が思ってしまうのも仕方なかった。

 余りに情けない姿だ。これが神に唯一対応出来る魔王と誰が思うだろうか。ヘタレの代名詞と言っても過言ではない。

「連絡入れればいいんじゃねぇか?」

「……そうします」

 誰のせいだと思っているんだ!? というような恨めしげな顔でこちら睨む護堂だが、雄治は気にせず見返してやる。先に約束があるのなら、そう言って自分の申し出を断ればよかったのだ。別に雄治としては今日でなくても良かったのだから。

 肩を落としながら携帯を取り出し、家にいるであろう妹に電話を掛ける護堂。

「……あ、静花(しずか)? 実はな、例のお嬢様の携帯の番号知らないか? ……いや、ちょ、違うって! そうじゃない。ただ、ちょっと込み入った理由で遅れそうって連絡を――なに? お前が連絡を入れる? 俺が他の女と現を抜かして約束をすっぽかしたって!? おい、違うって!!」

 慌てる護堂。どうやら彼の妹はかなりの激情家のようだ。雄治はそんな様子を見て、自分の弟や妹の事を思い出した。彼等も雄治に関しては激情家だからだ。

 そして、彼は更に爆弾を放り投げた。

 

 

 

「大体、今回の相手は男だ!!」

 

 

 

 その瞬間。

 レストラン内全ての人間の視線が護堂に集中したではないか。

 雄治は帽子を目深に被って顔を隠す。流石にこういった事で顔が売れるのは御免被りたいという理由からだ。

「……そういう趣味ってどういうことだっ!? いくらお前でも言って良い事と悪い事があるだろうが!? あ、ちょ、おい!? …………あいつ……っ」

 憮然とした様子で携帯を仕舞う護堂。

「…………俺が、お前さんの新しい相手? …………えーと、その、だな……」

 そこで雄治はゆっくりと帽子で顔を隠し、言う。神妙な声と態度で。決して視線を合わせないようにしながら。

「……悪いな。俺も「そういった趣味」を持った連中とは付き合いがあるから解ってるつもりだが、こちとらノーマルだ。期待には応えらんねぇ」

 その発言に少年は慌ててしまう。からかっているのだろうが、ここでは人目に付き過ぎる。いくら客の数が少ないからといって、要らぬ誤解を他人に与えたくない。

「俺もノーマルだよ!? 普通に女の子が良いよ!! 綺麗で可愛い女の子が好きだって!!」

 騒ぐ少年を宥める雄治。

「おいおい、あんまり騒ぐなよ」

 まるっきり他人事である。

「誰のせいだと……!!」

 歯噛みする護堂。

 そんな二人の様子を尻目に頼んだ料理が運ばれてくる。

 ガッツリとした肉ばかりだった――要するにビーフステーキだ。その他にはチキンステーキやポークステーキもやって来るではないか。それが幾つも。カロリーとコレステロール値が心配になるものばかりだが、そこは神殺し。何を食べても贅肉が付くという事は無いのだ。生活習慣病も問題ではない。

 世の婦女子を初めとした肥満に悩む人々にとってこれ程憎らしい体質もそうそう無いだろう。

「まあ、妹さんが連絡入れてくれんだろ? だったら大丈夫だろ。冷める前に食おうか」

「…………そう、ですね。あ、だったら七雄神社まで一緒に来て下さいよ。事情を説明して貰わないと俺に突き上げがきそうですし」

「そうか? 構わねぇけど、魔王陛下に真正面から説教出来るような気骨の人間なんて、そうそういない気もするけどなぁ」

「いやいや、神殺しなんて言っても俺はただの平和主義を貫く高校生ですからね。他の神殺したちに比べれば真っ当な分、突き上げられ易いでしょうし」

「平和主義、ねえ?」

 そう言いながら二人は大量のステーキを平らげていく。

「…………ん?」

 暫く無言で食べ進めていると、ふと雄治が視線を店内に巡らせた。

「どうかしました?」

 それに目敏く気付いた護堂が問い掛ける。

「いや…………なんでもない。そろそろデザートでも頼もうかって思ってな」

「デザートですか。何頼みます?」

「……うーん、とりあえずフルーツパフェとチーズケーキ、ついでにバニラアイスかな」

「食べますねえ。それじゃ俺も――」

 和気藹々といった様子で男二人がデザートを注文する――そんな姿を覗き見る視線が二つ。

 二十代のスーツを着た男と、質素で落ち着いた服を着た――しかし周囲に埋没する事の決して無い桜のように可憐な栗色の髪の少女。

 護堂は気付いていないようだが、雄治は気付いた。探偵兼呪術師として生きた十年の経験値は伊達ではないといったところだろうか。

(…………なんだ? 兄妹には見えねぇが。……援交カップル、でもねぇよな。男の方は、多分――忍者か。気配と足運びから察するに凄腕だな。となると……隣の娘が、武蔵野の媛巫女か?)

 そして彼等は自然な様子で店内を移動し、雄治と護堂が座っている隣のボックス席に腰を下ろした。どうやらこちらの話を聞くつもりのようだ。

(まあ、別にいいか。聞かれて困るような話をしなけりゃいいんだしな。巫女の霊視は怖いが、『隠形術』と『ハデスの兜』の合わせ業で俺の正体は気付かれない――筈だ。昨日、日光東照宮に近付いても『あの猿』は起きてこなかったしな。問題ねぇ。万が一気付かれても、逃げれば良いだけの話だ)

 そう開き直った雄治は、護堂に言う。

「そんじゃ、色々訊かせて貰おうか」

「いいですけど、まずその前に、俺はどういった存在だと日本の関係者には見られてるのか、教えて貰えませんか?」

「ん? まあ、一言で言えば『女好きの魔王』だな。愛人抱えてるし。そいつの為にイタリアでサルバトーレ・ドニと喧嘩したって話だろ? だから独占欲も強いって言われてるな」

 そう正直に答えてやると、護堂はテーブルに突っ伏してしまう。

「なんだ? 食い過ぎたか?」

「違います!! ああ、いや、食い過ぎじゃなくて愛人のほうですけど! あれはエリカが――俺の相棒が勝手にそう言ってるだけで……!」

「相棒、ねえ? 随分と信頼してるようじゃねぇか。お前さんが毅然とした態度で拒めば、相手は引き下がるだろうに。それをしないってことは……その娘が隣にいないと神と十全に闘えないんだな。精神的な意味合いか、それとも権能の制約があるから必要なのかは知らんが」

「……まあ、間違っては無いですけど。確かに、アイツは俺がこの力を得る時から一緒にいて、俺を助ける為に自分の結社にも喧嘩を売った良いヤツなのは確かです。でも、アイツの言う愛人ってのは、出鱈目で――」

「でも、キスしてたって話だろ」

 その瞬間、隣のボックス席から噎せる音が聴こえた。噎せたのは少女のようだ。

「そ、それは一体誰が……!?」

 狼狽する少年。

 その態度では「事実です」と言っているようなものだ。

「……単なる噂だったんだが、マジか。……それに、その嬢ちゃん、お前さんが神なんてトンデモと闘う時からずっと傍で支えている才媛って話じゃねぇか。大事にしねぇと罰が当たるぞ? 釣った魚にゃ餌をやんのが男の甲斐性ってもんじゃねぇのか?」

「……ぐ」

 言葉に詰まる護堂。どうやら本人としても何かしらの自覚はあるようだ。

「色々調べた上で俺個人の感想になるが、その嬢ちゃん、尽くすタイプのイイ女じゃねぇか。お前さんの為に骨を折って色々と便宜を図ってくれたんだろ? だったら多少のお茶目くらい許してやったらどうだ?」

「……それ以上にアイツは俺に厄介事ばかり持ってくるんですよ。今回だって「神さまの古い道具が見つかってこっちじゃどうしようもないから預かって欲しい」なんて言ってコイツを持たされましたし」

 そう言って取り出すのは、古いメダル。

 それを見た瞬間――雄治がピクリ、と反応した。

「……皆藤さん?」

 護堂の呼び掛けに応じず、彼はじっとその古いメダルを注視した。そして、一言。

「…………見た感じ、蛇に関係する代物だな」

「あ、解りますか?」

「前に仕事でな、似たような代物を見た事がある。だが、感じる神性がハンパじゃねぇ。しかもこれは――触っていいか?」

 雄治が真剣な様子で護堂に尋ねる。

 言われるままにそのメダル――『ゴルゴネイオン』を手渡した。

 それを雄治は受け取って、確信を得た様子で呟いた。

「間違いない。――『呼んで』やがんな」

 その言葉を聞いた護堂と隣のボックス席の二人は余りの衝撃に固まってしまう。

「あの…………『呼ぶ』って、何を、ですか?」

 そう問い掛ける護堂。

「あぁ? そんな事も解んねぇのか? コレの半身である『まつろわぬ神』をだよ」

 ゴルゴネイオンを返しながら雄治は当たり前のようにそう答えた。

 当たり前のように断言されて、護堂は二の句がつけられない。

 硬直している少年に全く遠慮せずに男は話を続ける。

「これは俺の師匠が言ってたんだがな、神サマの道具と神サマってのは『繋がってる』らしいんだわ。んで、だ。幾つかの例外を除いて、『そいつら』は『元の状態』に戻りたがっている、らしい。どういう事か解るか?」

 そう訊かれて、護堂は蒼白な顔で言う。解っていたが、それでも認めたくない事実というヤツを。

「この国に、っていうか東京に、『まつろわぬ神』が来る――っ!?」

 避けられぬ災厄が訪れる。それを知った隣の席の少女は喉奥で悲鳴を洩らした。男の方はどこかに電話を掛け始めたようだ。

「正解。厄介な代物を持って帰国したな坊主。……この『呼んでる』感覚、前に見た物からは感じられなかった。十中八九その神サマは『起きて』やがるぞ」

 苦い顔で雄治は断言する。

「で、でも……神さまだからって、意思があるなら話せば分かってくれるんじゃ……。それに、俺が日本にいるって向こうは知らない――」

「馬鹿かお前」

 護堂の妄言を一刀両断に斬り捨てる。

「相手は神だぞ。不条理や理不尽そのものだろうが。『在り得ない』事は在り得ないんだよ。裏の世界じゃ常識だぞ」

 更に雄治は続けた。

「まつろわぬ神は確かに神話から逸脱した存在だ。だがな、解らねぇか? その本性は神話のままなんだよ。そんなのが対価も無しに、人の頼みを「ハイそうですか」って受け入れてくれると本気で思ってんのか? 実体験で坊主は知ってるだろ。今まで遭った神サマは、人の言う事をちゃんと聞いてくれるヤツばっかりだったか?」

「……確かに」

 護堂は嫌々ながらも納得した。

 そんな少年に、男は更に辛辣な言葉を投げ付けた。

「この件は坊主が片付けろ。そうじゃなきゃお前、この国で生活しちゃいけねぇよ。即刻出て行くべきだ」

 厄介事を持ち込んだ以上、解決出来る手段があるのならそれを実行すべきだ。少なくとも雄治は自分が関わった件に限ってではあるが人知れずに神を殺してきたのだ。神殺しとしての最低限の役割は果たし続けていると言っていいだろう。

 そして先程の雄治の言動だが、これは日本に生きる呪術関係者であれば、大なり小なり思っている事だ。

 王ならば、民草を護って欲しい。

 そう願われるからこそ、神殺しには特権が許され誰もがかしづくのだ。

「そんな……俺はただの高校生ですよ。ちょっと余計な物も持ってますけど」

 動揺する護堂。

「無茶苦茶だと思うか? お前の言動から察するに平和主義者を名乗ってるようだが、その主義のせいで坊主の大切な人間が死んでもいいのかよ? 話せば分かってくれる? そんなのはまつろわぬ神に限って言えば妄想で幻想だぞ。人間同士、国家間での話し合いだって、結局その背後にあるのは軍事力や金なんだからな。攻めたら負けるって思わせて初めて『話せば分かって』くれるんだよ。傷付けられたくないから人間には話せば分かる連中もいるんだ」

 とても十五歳の少年に聞かせるような話ではないが、雄治は気にせずに続けていく。

 恐らく何を言っても糠に釘なのだと解った上で。

「神サマって連中は絶対に人に殺されるなんて思っちゃいない。事実だからな。連中を殺し切るなんて、人間にも同じ神にも出来ない芸当だ。それこそ、歴史を遡って神話そのものを抹消でもしない限りはな。だからこそ、傍迷惑な神は『神話』の向こう側に追い返さなきゃいけねえ」

 そして、護堂に断言する。

「その為に、俺やお前(かみごろし)がいるんだよ」

 重苦しい空気が二人の間に落ちる。そんな時に食後のデザートがやって来たではないか。

 それに手を付けながら、護堂は万感の思いを籠めて言った。

「こんな力、欲しくなかったんですけどね。……手放せるものなら手放したいくらいですよ」

 だが、その発言を聞いて雄治は頷き、一言。

「無理だな」

 さっきから自分の発言を全否定されて護堂は些かムッとした顔で雄治を睨んだ。魔王に睨まれているというのに雄治は何の動揺も見せずに淡々とそれが不可能な事を説明していく。

「まず、お前さんは神という常識外れの化け物がいる事を知った。そしてそれに対抗出来る連中もいるが、そいつらだって自分の生活を脅かすかもしれない潜在的な脅威だという事実も知った。そして、これが最大の理由になるが――坊主は知っちまった。強大な権能(ちから)を振るい、強大な敵と闘う快感を」

 だから捨てられない、そう雄治は言ってのけた。これは雄治本人が自覚している事でもあった。

 だがそれでも護堂はその言葉を否定する。彼の生き方に関わる問題だからこそ、ここだけは譲れない。

「でも、俺はこの力を捨てられるのなら捨てます。こんなの、人間社会じゃフェアじゃないですからね」

 そう毅然とした様子で断言する護堂。

 雄治は思う。この草薙護堂という少年は、どうやら根っからのスポーツマンのようだ。自分がどういった存在なのか本当の意味で理解していない――いや、理解しようとしていない、と。

「……フェア、ねえ。まあ、坊主がどんな魔王(カンピオーネ)なのか少しは解ったわ。有り難うな」

「いえ、こっちも周りが俺をどう思っているのか解って今後の方針を考えられそうです」

 他にも色々と言いたかったが、例え言ってもこの少年は己の考えを改めないだろう。それが雄治には理解出来た。彼自身も「そう」だからだ。

 それと同時に、彼自身が何を言おうと絶対に権能を捨てないであろう事も、雄治には理解出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 そろそろ出ようか、と言いながら席を立とうした瞬間、彼等は動いた。

 

 

 

「お待ち下さい、羅刹の君――草薙護堂さま」

 

 

 

 視線の先には、栗色の髪の美少女。大和撫子を体現しているような少女だった。

 その可憐な美貌と凛とした佇まいを見て、護堂は直感的に理解した。

 この少女こそ、妹が尊敬してやまない茶道部の先輩であり、私立城楠学院一の美少女と名高い万理谷裕理(まりやゆり)その人だと。

 彼女はその眼に真摯な光を讃えて、護堂を見遣った。

「あー、その、実は……」

 何か言い訳を、そう思いながら言葉を探す護堂に裕理は静かに頷き、言った。

「存じております。道中そこの方を連れてこちらへ入った理由も」

 しかし、その眼にあるのは非難の色だけではなく、彼女自身にも判らない別の色もそこにはあった。

「草薙護堂さま。御身について、もう少しこの万理谷裕理に教えて頂けないでしょうか?」

 彼女がそれを自覚するのは、もう少し先の話になるが。

 

 

 

 




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