NARUTO ―― 外伝 ―― 星空のバルゴ 作:さとしんV3
「……ちっ、流石に速いわね!」
ミゾレ達が矢のように飛び出して間もなく、黒装束のカラクリ兵達に取り囲まれる。
「おそらくこいつらには、肉体的な限界がない。だから通常の倍以上の能力を平気で繰り出してくるぞ……!」
「ねぇ、シカリ。コードつくよみの本来の姿がコレだって言うの……!?」
「そうだろうな。だから精神を消すなんて馬鹿げたことを思いつくんだろうぜ」
まるで黒子のように真っ黒な格好は、いつかの夜鷹のようで、無垢な白面は消された精神を表しているようだった。
夜鷹との違いがあるとすれば、纏っている黒の衣装にこそ顕著に現れている。
夜鷹の外套は見た目からもとても高級な黒の羽織であるのに対し、カラクリ兵達が纏っている外套は、裾がほつれて破けているボロの衣装なのだ。
捨て駒。
シカリの脳裏にその言葉が浮かんだ。
しかし火影が、いや木ノ葉が仕掛けてきた連中だ。
警戒しすぎるという事はない。
「精神を消されても、全員が上忍規模の能力を持っていると思え!」
シカリの言葉を皮切りに次々にカラクリ兵が姿を現す。
その数三十。
先ほどの会議室で見えたのは十五として、残りはどこへ行ったのだろうか。
いずれにしてもこんなところで立ち止まるワケには行かない。
「どけぇ!」
シガと銀狼が咆哮と共に金剛牙通牙を放つ。
完全に不意を突いた事により最前列のカラクリ兵四体を巻き込む。
そのうち一体を大破。残りは小破とした。
カラクリ兵は鋼鉄の身体ではあるものの、白塗りのそれは身体というよりも骨を連想させる程に細い。
見た目通り操り人形のようだ。
砕けた身体からは血液を模した液体が流れている。
その色はチャクライト鉱石と同様のライトブルー。
血液の代用としてチャクライト鉱石を溶かした溶液を循環させているのだろう。
いずれにせよ人間の所業では、ない。
シカリの横を雷閃が走る。
ミゾレが雷遁を纏い、草薙の剣で小破した二体を一閃する。
それを見たカラクリ兵は跳ねるように後退し、代わりに別のカラクリ兵が忍術を行使しながらこちらに向かってくる。
およそ十体のカラクリ兵が火遁、土遁、水遁、雷遁を放つ。
自身の限界を突破した忍術が一つの生き物のようにミゾレ達に襲い掛かる。
「部分超倍化の術!」
チョウリが右腕を普段の数倍に膨れ上がらせる。
高密度のチャクラを纏った鉄拳が、カラクリ兵達の忍術とぶつかり、激しいエネルギーの放電と共に相殺していく。
「やるじゃない! チョウリ!」
「ふん! フン!」
鼻息を荒くし、イノリの声援に応える。
再びカラクリ兵が綺麗に後退し、別の部隊が襲い掛かってくる。
人数は同様に十体。
先ほどのばらばらな忍術と違い、全員が同時に水遁を行使する。
突如現れた巨大な津波がミゾレ達を飲み込む。
カラクリ兵達は見事としか言わざるを得ない連携で、先ほど後退した部隊が雷遁を放ち、造り出した稲妻は津波に飲み込まれたミゾレ達を襲う。
実に効率よく人間を殺す為の戦術だ。
ビルの廃墟が立ち並ぶとはいえ、拓けた荒地に放った水遁の水は次第引いていき、感電し、黒こげとなったミゾレ達の死体を現す。
はずだった。
「……全員無事?」
水が引くと、そこには水滴一つ付いていないミゾレ達の姿があった。
ミゾレの瞳は新たな文様と共に真紅に輝いていた。
ミゾレ達の周囲はエメラルドグリーンの鮮やかなで濃密なチャクラが囲っており、僅かではあるが人間の肋骨のようなものが具現しており、その『何か』に守護されていた。
「助かったぜ、ミゾレ」
「ありがとう、でもこの術……」
イノリが心配そうにミゾレを見る。
ミゾレの瞳が通常の写輪眼へと戻る。
「うん。おじいちゃんの写輪眼のお陰で、手に入れた力……。須佐能乎」
それは古の神話の神の名を冠するうちはに秘められた秘伝。
術力に比例してチャクラが具現していき、骨、肉、鎧を纏った神を象っていく。
濃密なチャクラはそれだけで外部からの一切を遮断する結界となる。
しかしそれは、莫大なチャクラと引き換えとなり、初めて使用したとは言え、僅かな行使でかなりのチャクラを消費したと感じられた程である。
「ミゾレ、おそらく連中の狙いは足止めだ。どうにかここで俺達のチャクラを削るつもりなんだろうぜ」
「……分かってる」
ミゾレが術小手に手を当てる。
おそらくここから先は自身のチャクラは極力使わず、術小手に依存した戦いをするつもりなのだろう。
ミゾレは大蛇を口寄せし、口から草薙の剣を取り出す。
「……何というか、気に食わない……」
「あ? 何を言って……」
ミゾレが遠くのカラクリ兵達を見て呟く。
シカリが発言の意図を確認しようと声を掛けるよりも早く、直立していたミゾレが反動を付けずに再び雷閃と化す。
雷遁を封じ込めていた巻物型のカートリッジが1テンポ遅れて地面に落ちた。
写輪眼の紅の軌跡を残し、一瞬で前衛の十人を薙ぎ払う。
カラクリ兵はおろか、味方の誰もがその刹那を理解出来ない。
「忍者ってのは、忍ってのは、忍術を使うものを指す言葉じゃないんだから……!」
「……! そうか! みんな聞け! 連中の弱点は体術だ! 接近戦に持ち込め!」
「おおよ! 一番分かりやすい指示だぜ! いくぜ、銀狼!」
シガがいの一番の声を上げ、銀狼の咆哮とともに、獲物を前にした肉食獣が如く『戦場』を蹂躙する。
銀狼が持つ能力として、毛にチャクラを込めると僅かではあるが、チャクラで構成された忍術を弾く性質を持たせる事が出来る。
銀狼がカラクリ兵の術を弾く度に金色の美しい光の粒が生じては霧散していく様子はまるで戦場に煌く蛍のようだ。
獣独特の荒々しい特攻を皮切りに、ミゾレ達が烈火の如く切り込んでいく。
そこにシガとチョウリが追撃を仕掛ける。
即席ながら良い連携だとシカリは思った。
忍の強さの根底は忍術だけではない。
それを行使する為の身体能力、すなわち体術。
更に、それに対抗する為の幻術。
この三つを習得して、初めて一人前の忍となる。
写輪眼の高い洞察力で、術の行使に主軸を置いたカラクリ兵は忍に値せず、言葉に表現出来ない違和感は、ミゾレの中で苛立ちという感情に置き換えられたのであろう。
シカリは仲間に出す指示は的確で、忍術には頼らない体術による戦術でカラクリ兵達を駆逐していく。
「粗方片付いたみたいね……。って、あれ!」
異変を感じたイノリが後方へと下がり、それを見たシカリ達もイノリを中心に囲むように陣形を組みなおす。
いつの間にか白い仮面の右下に赤のラインが入った者が現れ、ミゾレ達の正面に立ちふさがる。
おそらくは隊長格であろうカラクリ兵の異質さに、全員が足を止め両者のキルゾーンギリギリでにらみ合う。
「……シカリ。たぶんあいつが……」
イノリの言葉にシカリが無言で頷く。
ミゾレもシカリの隣に戻り、不気味な雰囲気を漂わせる隊長格のカラクリ兵を睨む。
隊長格の外套は相応にして皺の無い美しい黒の羽織。
右の耳元から顎に掛けて、赤の一本ラインが斜め入った面。
烏の羽のような美しい黒の外套。
それ以上に違いは体躯にあった。
他の者が骸骨のような華奢な身体しか与えられていないのに対し、隊長格のカラクリ兵の身体には人工筋肉と思われる銀色の筋繊維が張り付くように露出していた。
「mg/dro04,53t*5gfp%uoe」
隊長格のカラクリ兵が人の言葉ではない、機械的な音声を発すると呼応するように残りの四体が姿を現した。
いずれも隊長格の身体と同様に筋繊維が露出している事から、先ほどの骸骨のようなカラクリ兵達は斥候。もしくは忍術と速さに特化させた仕様である事が推測される。
「6ironsuy0+o0u7#」
再び隊長格のカラクリ兵が発した音声により、後ろに控えていたカラクリ兵達が無地の面を外す。
そこにはいぶし銀の鉄面があった。
それ以上に目に付くのは、鉄面には三つ巴の勾玉模様が刻まれており、それらは円で繋がれ、中央には丸い穴が開いていた。
文様部分は更にその奥へと通じているようで、チャクライト鉱石のライトブルーの光が呼吸のように点滅しながら漏れ出ている。
「あれは……、写輪眼だっていうの……?」
疑問を口にしたのはミゾレだが、誰もがそれを信じて疑わなかった。
「ああ、おそらく写輪眼を科学的に解析して、模倣しているんだろう。本家には遠く及ばない劣化版だろうが、……ちくしょう、めんどくせぇな」
冷戦下において各里は再び戦争になる事を警戒して軍備の強化を推し進めていた。
時代が時代ならば、カラクリ兵は非常に心強い存在だったであろうが、今は平時で敵対している以上、それは脅威でしかならない。
カラクリ兵達が面を落とすように捨てる。
仮面が地面に落ちた音が合図となり、カラクリ兵が一斉にミゾレ達に襲い掛かる。
いち早く反応したミゾレが草薙の剣で応戦する。
ミゾレは刀で、カラクリ兵はクナイで、噛み付くように睨み合う。
金属の鈍い音がシカリ達に届く頃には、今度はシカリ達の隊列が分断されていた。
戦力的に一歩劣るイノリではあるが、両手にクナイを持ちながら応戦する。
互いのクナイが交差、首を狙った横払いを側転で避け、その勢いを保った足刀が鞭のようにカラクリ兵の頭部に命中する。
「硬ったぁー!」
いくらチャクラを纏い威力の底上げを図っているとしても、相手は鋼鉄なのだ。
油断しているとこちらが逆にダメージを負う結果となる。
「私だって伊達に天才の修行に付き合っていないんだから!」
イノリの体術はミゾレに及ばないにせよ、かなり高度な技術で構成されている。
側転から屈むように姿勢を低くし、カラクリ兵の脚部を払う。
僅かに体勢を崩したところに、腹部に拳を突き刺すように打ち下ろし、倒れたところに頭部へ身体ごと回転させた踵落としが炸裂する。
木ノ葉流体術 やぐら崩し。
人体であれば確実に必殺となる技である。
しかし、相手は鉄の身体だ。
僅かに動きは鈍くなったように見受けられるが、それだけだった。
鉄面に刻まれた勾玉模様の光が、駆動音と共に強く発光する。
おそらく機械の写輪眼を起動させたのだろう。
倒れた状態から、先ほどよりも速くイノリへと襲い掛かる。
イノリは再び体術で迎え撃つ。
しかし、その動きを完全は見切られ、カラクリ兵の速度を増した攻撃を喰らってしまう。
口の奥に錆びた鉄の味をかみ締めながらも、手裏剣で牽制しながら後退する。
だが、相手は鋼鉄の塊だ。当然のように効果はなく、追いつかれたイノリは再びクナイを交差させ、膠着状態となってしまった。
ボロの外套の奥から、もう一対の腕が展開される。
「嘘っ!? 四本腕!」
右手は火遁、左手は風遁と別々の忍術が展開、イノリの前で大爆発を起こす。
炎と爆風に弾かれ、大きく飛ばされる。
「きゃあ!」
煙の中から僅かに焦げたカラクリ兵が現れる。
間髪入れずにイノリを追撃する。
「イノリ! 避けろぉ!」
シカリの叫びに反応したイノリが迫り来るカラクリ兵を見据える。
「写輪眼を相手にするのは、慣れてるんだから……!」
カラクリ兵の突進をギリギリで猫が飛び掛るように横に避ける。
イノリはポーチの中からクナイ、手裏剣、撒き菱を無造作に展開させる。
写輪眼はあらゆる幻術を見抜くことが出来る。
そして、高速で動く物体を完全に認識することが出来る高性能な瞳術だ。
一秒にも満たない間に展開された忍具を、機械の写輪眼が自動的に識別しようと一つ一つをチェックする。
脅威ナシ、と判断。
その動作が発生した事による僅かな時間。
それをイノリは見逃さなかった。
イノリが膝をつき、カラクリ兵は地面にうつぶせに倒れる。
シカリはおろか、その様子を見ていた全員が何が起きたかを理解出来ない。
カラクリ兵はゆっくりと立ち上がると、シカリと戦っていたカラクリ兵に飛び掛り、金属がぶつかる鈍い音とともに殴り飛ばす。
「な……?」
シカリはイノリを見ると、膝をついたまま動かない。
「……そうか、心転身の術!」
山中一族秘伝の忍術。
自分の精神を相手に潜り込ませ、操ることが出来る術。
先ほどの忍具はカラクリ兵の動きを止める為の布石。
機械とは言え、眼が良い事を逆手に取った結果だ。
更にイノリは一族の秘伝の中でも初級の術を使うことで自身のチャクラ消費を最小限に抑えるようにしている。
シカリは動けないイノリの側へ行き、影を円状に展開させ、イノリの守護を最優先にする。
「頼むぜ、相棒……」
「……ガ、ガガ……。リョ、カイ……」
人工声帯で「了解」と言いたかったのだろう。
要領不足の為か上手く人の言葉として発音が出来ない。
現在交戦している他の三体が同時にもう一対の腕を展開、それぞれが別の忍術を展開する。
イノリは、乗り移ったカラクリ兵のメインカメラからその状況を見る。
乗り移ったばかりの為か四本腕を同時に操る事ができない。
しかし、イノリは内部から他者を操るスペシャリストとしての自負がある。
直感に任せて、二つの腕に内蔵された術カートリッジから先ほど食らった火遁と風遁を展開する。
生身で行うとすれば、それは血継限界と呼ばれる特殊な忍術となるが、科学忍術はそれを容易に成し遂げてしまう。
イノリは先ほど殴り倒したカラクリ兵に狙いを定め突進する。
科学的な劣化品とは言え、写輪眼を展開しているイノリには、周囲の流れが驚くように遅く見え、チャクラの流れまでもはっきりと見て取れた。
『これがミゾレが見ていた世界……』
場違いではあるが、ようやく親友と肩を並べられたような気がした。
カラクリ兵は四本の腕にそれぞれ火遁、水遁、風遁、雷遁を展開させている。
そこに火遁と風遁を携えたイノリが襲い掛かる。
雷遁は風遁で電気を散らし、水遁は火遁の熱量で蒸発させる。
残りは火遁と風遁だ。
カラクリ兵同士なら爆風に耐えた実績がある。
イノリの目論見通り、二体のゼロ距離による爆発が起こる。
『狙い……通り!』
爆発の衝撃による刹那の機能停止の隙をつき、使用していなかった腕に雷遁のカートリッジをセットし、雷を纏わせる。
『雷遁 雷突槍!』
手に纏わせた雷遁を槍のように鋭く穿つ術。
これの上位互換がミゾレの得意忍術 千鳥なのだが、威力はそれよりもだいぶ劣る。
しかしイノリは腕を交差し、装甲が一際薄い一点を断ち切り鋏のように狙い斬る。
カラクリ兵は首と胴を文字通り真っ二つに切り落とされ、瓦礫が崩れるように膝から倒れる。
『……ごめんなさい』
精神を消されたとは言え、脳だけとは言え、人間だ。
イノリは悲痛な面持ちで懺悔を呟く。
突如右から列車にぶつかったかのような強烈な衝撃により、重厚な鋼鉄の身体が吹き飛ばされる。
隊長格のカラクリ兵が掌を突き出した格好で、先ほどまでイノリが乗り移ったカラクリ兵がいた場所に存在していた。
「馬鹿な……!? あの構えは柔拳!」
柔拳の基礎概念は人体内部を破壊する事にある。
人体構造を極力模したカラクリ兵の、鋼鉄の内側に致命的なダメージを与え、その機能を奪う。
『一撃で機能の40パーセントを損傷!? 嘘でしょ!』
見ると腹部の装甲に僅かなくぼみが出来ている。
見た目以上に、内部の人工経絡が損傷しているのだろう。
通常の心転身の術であれば、操ったモノにダメージを受けた場合、術者にもフィードバックがあるが、日々の鍛錬の結果、イノリの心転身はそれを細微なものとする事ができる。
イノリが乗り移ったカラクリ兵が吹き飛ばされた様子を視界に捕えたシガがイノリに加勢しようとするも、別のカラクリ兵に遮られる。
「ちっ! 銀狼! やれ!」
シガの言葉に銀狼が吼える。
銀狼が単独の通牙を放つ。
高速で回転する銀狼の通牙を写輪眼で見切る。
しかし、銀狼の影に隠れたシガの通牙がカラクリ兵に直撃する。
「あぁー、硬ぇ! 行け、チョウリ!」
「部分倍化の術! 空手チョップ!」
全チャクラを巨大化させた右手に集中させたチョウリの渾身の手刀が脳天に直撃し、カラクリ兵が立っていた地面は放射状に瓦解する。
カラクリ兵はガクガクと機能不全を起こしたようで、死んだようにその場に倒れる。
「ミゾレは……!?」
シガがミゾレの方を見る。
そこには、今まさに刀を鞘に仕舞ったミゾレと術を放ったカラクリ兵が背中合わせに立ちすくんでいた。
「写輪眼を真似たといっても、ただ眼が良いだけのようね……」
ミゾレがさも当然のように流麗に体勢を整え、赤い瞳でシガを見るのと同時に、カラクリ兵は胴が袈裟切りとなり、滑らかな断面から氷の岩が表面をすべるように、音を立てて崩れ落ちた。
「木ノ葉流居合い術 葉渡り……」
居合いの達人、ゲンゴロウに師事していた経験があるシカリが、ミゾレの見事な剣技に技名を呟く。
ミゾレは瞬時に状況を把握。
隊長格のカラクリ兵に雷を纏い切り込む。
完全に死角を突いた切り込みだったが、隊長格のカラクリ兵は状態を逸らしてそれを避ける。
ミゾレは雷動の速度を左足で殺し、しなやかな上半身の筋肉だけで振りかぶるように半回転しながら再び切り込む。
刀に纏わせた雷遁は、いかに鋼鉄だろうと斬られれば無事ではない。
後方からはシガ・銀狼の牙通牙が迫っている。
逃ゲ場ナシ。
それを判断したのだろう。
人工筋肉から漏れるチャクライト鉱石の青い光が一際強く光り、四本の腕から同じ術が展開される。
それはこの場に居る誰もが一度は目にした事がある術。
シカリにとって、そして何よりミゾレにとって最も思い入れがある術。
螺旋丸だ。
単純なチャクラの乱回転ではあるものの、収められている量は台風にも匹敵する木ノ葉忍術の中も最強の部類に入る。
四つの螺旋丸とミゾレ達の攻撃が衝突し、激しい爆光と爆風が吹き荒れる。
下位のカラクリ兵なら衝撃で僅かに機能が鈍るところだが、流石に隊長格ともなるとそんな隙は見られない。
爆煙が立ち込める中、次に反撃が来る可能性が高かったチョウリへと走り出し、雷突槍と螺旋丸がチョウリの赤い忍鎧を砕く。
先ほどの衝撃で白地に赤のラインが入った仮面にヒビが入ったようで、隊長格のカラクリ兵はそれを顎部に手を掛け、脱ぎ捨てるように剥がす。
その仕草は寒々しいほど人間に近い。
他のカラクリ兵同様、無機質な鉄面が再びミゾレ達を捕捉する。
ミゾレは静かに深呼吸をして、熱く巡る頭を冷静にさせる。
自分達に残されたのは手にしたまま装備をしていない、強化服だ。
この後に控えるシカリが言うボスレベルの連中とやり合う為に、あまり自身のチャクラは使いたくないが、ここで全滅してしまっては本末転倒だ。
「……あたしが時間を稼ぐ。だから、その間に強化服を着て」
「……分かった。頼むぜ。すぐに加勢するからよ」
「待って……。ボクがこいつを倒すよ……」
カラクリ兵に最も近いチョウリが口から出た血を拭いながら立ち上がる。
「……もう出し惜しみしていられる状況じゃないと思うんだ。だから……」
チョウリの背中から濃密なチャクラが放出される。
自身が溜め込んだ膨大なカロリーを強制的にチャクラに変換する事で、まるで蝶の翅のような形を作っていく。
理論的には体内の経絡を強制活性させ、爆発的にチャクラ量と身体能力が上昇する木ノ葉流体術の奥義 八門遁甲の陣と同様ではあるものの、秋道一族はそれを普段蓄えているカロリーに依存する事で同質の術を己が秘伝として会得していた。
見る見るうちにチョウリの身体が細くなっていく。
今チョウリの身体にあるのは鍛えられた筋肉と僅かに残った脂肪である。
異様なチャクラ量に警戒したのか、隊長格のカラクリ兵は跳ねるようにチョウリから距離をとる。
普段にこやかなチョウリからは想像できない険しい顔付きでカラクリ兵を睨む。
チョウリの背中に生えたチャクラの翅から無数の蝶が周囲に漂う。
チョウリが右手を差し出すと一羽の蝶が翅を休める。
「行け、ボクの蝶たち……」
その言葉を皮切りに蝶たちが無数の光線となり、無軌道に隊長格のカラクリ兵に襲い掛かる。
危険を察知して蝶から逃げようとするも、行く手を阻まれて、崩れかけたビルを背に、全天を完全方位される。
始めに蝶の形を見ていなければ、肉食の何かと思える程に、カラクリ兵の鋼鉄の身体を貪り尽くすように覆い隠す。
「ボクが造った蝶たちは敵のチャクラに反応して、それを吸い取る事ができる。カラクリ兵のチャクライト鉱石の溶液を吸い取れば、もう……」
吸い取ったところで、本体には還元されないこの術は、使用後一時的にチョウリの戦闘が不可能となる。
特に敵地での使用は諸刃となる為チョウリ自身、完全な切り札として滅多に使用することはなかった。
カラクリ兵が倒れる前にチョウリが膝をつく。
「あと……少しなんだ……」
カラクリ兵は実体を持たないチャクラの蝶を必死に払いのけようとするも、確実に自身のエネルギーを吸い取られていく。
「jkog-057*64264y94……ガガッ……ザーザー……」
まるで断末魔のような音声が次第に小さくなっていく。
チャクライトの青い輝きが人工筋肉の隙間から完全に消えて無くなるのと同時に、その場に倒れこむ。
極限までチャクラを吸い取った蝶たちが光を放ちながら大爆発を起こす。
自身のチャクラによる炉心融解、それによる膨張爆発は単純な破壊力では忍術を量がする。
背にしたビルが瓦解し、カラクリ兵へと音を立てて崩れ落ちる。
確実に破壊しただろう。
全員がそう判断するに違わない強烈な爆発だった。
立ち込める噴煙の中、カラクリ兵の姿が僅かに見えた。
チャクライト鉱石の青がチカチカと光っている。
この爆発でも原型を保っていられる程の強度に驚嘆するも、それを許すほどチョウリは忍として甘くはない。
チョウリは残された力を振り絞り、背中に生えたチャクラの翅を羽ばたかせながら、噴煙の中にいるカラクリ兵に掴みかかる。
「蝶乱爆撃!」
背中の翅が前面に展開し、カラクリ兵を包み込む。
それは高熱を伴い、チョウリのチャクラとカロリーを代償に再び膨張爆発を誘発させる。
再び響く爆音。
「チョウリ!」
誰もがチョウリの自爆に最悪の結末がよぎる。
「水遁 日照雨(そばえ)!」
ミゾレが術小手から放出した水遁を滝のような雨として爆心地に降らす。
「チョウリは……」
そう漏らしたのは誰だったか。
始めに目に付いたのはカラクリ兵の残骸だ。
僅かな破片をみを残し、カラクリ兵は跡形もなく破壊されていた。
少し離れたところにチョウリが倒れていた。
所々火傷を負っているものの、五体満足なのは奇跡に近いだろう。
命にも別状はないようで、全員が心底安心する。
「……危なかった」
シカリが率直な感想を漏らす。
もし、隊長格のカラクリ兵のみで構成された部隊を編成されていたら。
もし、敵の数がもっと多かったら。
もし……。
冷や汗しか出ない想像を止め、百あるうちの一を掴み取れた幸運に、神が居るのであれば拝み倒したい気分になる。
銀狼に乗ったシガがチョウリを抱えてシカリのところまで運んでいく。
「ナイスガッツだ、チョウリ」
「うん、ありがとう。シガ……」
「……女どもは俺の影の中で、今のうちに強化服を着ろ。俺はチョウリの治療をする。ったく、無茶しやがって……」
「……うん、ごめんよ、シカリ」
「まったくだ。俺の命令以外で死ぬんじゃねぇよ……」
シカリは他の者から背を向け、自分の涙目を悟られないようにした。
しかし、里の中でも上位の上忍がこぞってこの有様に対して、シカリは改めて里の脅威を思い知る。
次にカラクリ兵と出くわしたら、もしそれが隊長格だったら、最悪全滅の可能性がある。
出来るうちに出来る事をしておかなくてはならない。
心転身の術を解いたイノリとミゾレがシカリの作った影の囲いの中に入り早々に着替えを始める。
「ミゾレ、私が乗り移ったカラクリ兵なんだけど……」
イノリが困惑した表情でミゾレを見る。
「僅かだけどカラクリ兵のパーソナルデータが見えたの。そこに素体となった人物の事が表記されていた……」
「……」
ミゾレは何も言わずに黙々と着替える。
知らない人間からすればその様子は完全な無視となるが、言葉に表せない雰囲気でミゾレがイノリに話の続き促している事を機微として察知した。
「素体となった人間は、<小魚 メザシ>。大蛇丸の書を盗んだとされる人物だった、よね……?」
「……ええ」
自分達が育った里が、今は悪魔の城にすら見えてくる恐怖を押し殺す。
「でも、だから、あたし達がそれを止めないと……」
「うん」
強化服を起動すると音こそしないものの、途端に身体が軽くなり、先ほど受けた傷も急速に回復されているように感じられた。
「……これは、本当に凄いわね」
その真価が問われるのは戦闘行為であろうが、確かにこれを着るだけで体内に巡るチャクラの効率が向上され、術の行使が容易となり、また各部のアシスト機能により身体能力も格段に向上することが見て取れた。
イノリとミゾレの着替えが終わると遠くから猫爺がよたよたと走ってきた。
「写輪眼の姫。これをお忘れで」
それはチャクライト鉱石の結晶だった。
予備としてポーチに仕舞いこみ、後方で戦っているレオ、イオリ達に加勢したい気持ちを抑え、里を目指す。