NARUTO ―― 外伝 ――   星空のバルゴ   作:さとしんV3

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忍者、故郷に舞う 9

 夜鷹と呼ばれた黒影がミゾレの言葉に反応し、レオの螺旋丸により後方へと吹き飛ばされる。

 バルゴが渡した面とはまったく違うが、知ったチャクラの為か、咄嗟に夜鷹の名前が口を付いた。

「レオ!」

 シカリがレオへと駆け寄り、医療器具が詰まった口寄せの巻物を取り出しつつ、切断された腕にチャクラを送り、止血をする。同時に縫合について視診する。

 大丈夫。縫合は容易だと判断をする。

 医療忍術のエキスパートであると共に木ノ葉医療の筆頭を勤めているシカリだからこそ出来た判断である。

「全員、ぼさっとするな! まだ来るぞ!」

 シカリの言葉に呼応するかのように、瓦礫から黒い影が姿を現す。

「母さん、スバルをお願い」

 ミゾレが臨戦態勢を整えながら、母に子を託す。

 

 その数三十。おそらくは上忍レベルの錬度の者たちだろう。

「こんな大掛かりな人数を寄こしやがって……! 火影の野郎め!」

 シカリが怒号を上げる。

「だ、ダメだ。……戦っちゃ駄目だ……」

「お前は黙ってろ! いいか! これはもう戦争だ! 俺達と火影との戦争なんだよ!」

「……っ」

 シカリの言葉にレオが沈黙をする。それを肯定と捉えるか否定と捉えるかは人それぞれではあるが、少なくともシカリには前者に感じた。

 

「夜鷹! どうしてアンタが! くっ!」

 雷遁による高速移動を行いつつ、無数の千鳥千本を夜鷹に放つ。

 光の如き煌きは、夜鷹が得意とする巨大な鉄扇に吸収され握り部分から垂らされた金属糸により地面へと抜けいく。

 左手から分銅鎖がミゾレの進行方向を遮る。

 距離を空けようと後方へ避ける行動を、筋肉の動きと経絡で見切っていた夜鷹が、更に距離を詰め、柔拳をミゾレの腹部に直撃させる。

「ぐぅ!」

 たまらずに声を上げる。

 折れそうな膝に鞭を打ち、次の攻撃を後方へと避ける。 

 

 シカリが状況を見渡し分析をする。

 ミゾレは、おそらくこの中で最も強い夜鷹と戦っている。

 いくら小手の力を借りているとはいえ、本来の四分の一程度しか実力を発揮できていない。

「チョウリ!」

「分かった! 部分倍化の術!」

 チョウリが右腕を倍化させ、周囲の敵をなぎ払う。

「イノリ!」

「もうやってるわよ!」

 イノリが気絶した敵の精神を支配し、自陣の駒とし、または情報源とする事を同時に行う。

「シカリ、こいつら、……こいつら!」

「どうした!」

「ダメ! こいつら! ……精神を、消されている!」

「な、んだと!?」

 イノリの発言に一つだけ心当たりがあるシカリの口元が激しくゆがむ。

 

 過去、冷戦下で一つの研究が大詰めを迎えていた。

 それは『人体実験組織 根』の管理下の元、残酷という言葉すら生ぬるい程の所業。

『捕らえた敵を自陣に引き込む研究』である。

 今まで、捉えた捕虜を自陣に引き込む方法として、説得、脅迫、拷問、術による催眠などが取られていた。

 だが、それらにはメリット以上にデメリットが大きく、最大の脅威として、その者が本当に信用できるかどうかという点である。

 時間をかけて説得する、身内や仲間を盾に脅迫するといった行為は、時間もコストも掛かり過ぎる。術は解けた場合、秘密を持ち帰られてしまう。

 身体を壊しかねない拷問など論外だ。 

 

 優秀な兵は、敵といえど欲しい。

 裏切らない。確実な兵士。

 それでいて、いつ死んでも良い兵士。

 

 そこでうちは マビキ率いる『根』は、敵の感情、精神、人権の一切を消去、剥奪し、書き換える方法を構築する事になる。

 最大の課題は記憶だった。

 単純に精神を消すと記憶まで無くし、完全な廃人となってしまう。

 また敵が持っていた情報や術の使用をさせる為には、記憶は残しておかないといけない。

 試行錯誤の末、記憶を残しつつ、感情と精神を完全にコントロール化に置く方法が確立された。

 多くの犠牲を払いつつ、研究は最終局面に移行したものの、和平による冷戦解除により、研究成果は闇へと葬られた。

 後に悪魔の研究と揶揄された実験名は、お得意の仮名が与えられていた。

 実験:コード つくよみ。

 うちはの幻術と同じ名前を皮肉交じりに付けた、マビキの真意を知るものは、もういない。

 

 

「火影の野郎、つくよみの技術まで実戦に投入してきやがったか! ミゾレ! 夜鷹は、もう……!」

 そこから先の言葉が出ない。

 祖父の業が、孫のミゾレと、ひ孫のスバルの身を危険に晒している、あまりにも残酷すぎる事実に、口にする事を憚られた。

「夜鷹! 目を、醒ましなさい!」

 ミゾレが高速移動からの強烈な足刀が、夜鷹の白面に命中する。

 右頭蓋を突き抜ける一撃に、弾けるように吹き飛ばされる。

 衝撃に引きずられるように倒れながらも、抜群の身体コントロールですぐに体勢を整え、ミゾレに突進する。

 ポンチョのような外套から、大きな鉄扇が現れる。

 曇天のような鈍い質感は、それだけで超重量である事を物語っている。

 右足を前に急に止まり、右手に持った大きく広げ、左腕をなぎ払うように水平に振るうと、僅かに細い光がミゾレに迫っていた。

 考えるよりも反射で後方へ飛び、着地と同時に雷遁の力で雷のようにジグザグに後退をする。

 夜鷹は暗器と医療忍術のエキスパートだ。

 右手の鉄扇に気を取られ、無手の左手に仕込んだ毒針で仕留める気だったのだろう。

  

「目を……、醒ましなさい……!」

 仲間の誰にも悟られぬようにしていた心が僅かに露呈する。

 冷酷になれるが、非情にはなれないミゾレの弱さが表情に表れてしまう。

 それを振り払うかのように、悲しみを内包した怒りの表情を作り、全身に雷遁を纏い、夜鷹に旋廻するように距離を詰める。

 タイミングを図られないよう、ランダムに距離を入れ替えながらの接近は残像を伴い、相手からするとまるで複数のミゾレがいるように映る。

「あれは、落葉(らくよう)……!? あの子……」

 共に修行をしたイノリだけが気づいた、木ノ葉流体術。

 本来は落ち葉の如く、音を消し、距離感を曖昧にして必殺を狙う歩法である。

 それを雷遁と併用し、昇華させてるセンスに、イノリはただ脱帽した。

 戸惑う夜鷹の隙をつき、千鳥を穿つ。

 顔面を狙った一撃は辛くも避けられるが、僅か切っ先が仮面に触れた。

 無地の仮面が割れ、夜鷹の表情が垣間見える。

 

 そこには、術札が貼られていた。

 

 

「この札はっ!?」

 

 過去の大戦において、瞳術の脅威を目の当たりにした研究者は、長い年月の末にそれを克服する術を完成させた。

 それは至極単純な回答だった。

 要するに、見せるだけで瞳術使いに発動する事が出来る術札を作れば良いのだ。

 大いなる個は凡庸たる全に駆逐されていく仕組みは、その後の忍のあり方も変えていく。

 この術式の考案により瞳術の優位性は無くなり、同時に科学忍術の有用性が証明された結果なり、戦況は泥沼化していった。

 

 書かれていた術は『強制解除』。

 ミゾレの写輪眼が閉じるように巴模様を失い、赤い瞳が黒くなる。

 穿たれた夜鷹はボワンと音を立てて消える。

「影分身……!?」

 バルゴが得意とする術だ。

 右手からこぼれた鉄扇が煙を立て、そこから夜鷹本体が姿を現す。

 両手に込めたチャクラが獣の牙を象る。

「……せ」

 夜鷹が何かを呟く。

 つくよみによって精神を消された夜鷹の最後の足掻きだ。

『殺せ』

 ミゾレにははっきりと聞いて取れた。

 僅かな同様がミゾレの動きを鈍くする。

 柔拳法 獣歯餓狼がミゾレの腹部に命中。

 性質変化によって物理的な質量を持ったチャクラによる容赦ない一撃が、ミゾレの肌を肉を食いちぎる。

「あ、ぐぅう!」

 雷遁が解け、膝から力が抜けたように倒れこむ。

「部分倍化の術!」

 チョウリが間髪入れずに夜鷹を巨拳で殴り飛ばす。

 普段優しいチョウリが怒気を孕んだ目で、夜鷹を敵と見据える。

「あ、あれ!? 動けない!?」

 シカリがチョウリの動揺の正体を探ると、チョウリの影にクナイが刺さっていた。

「……札が付いているな。 って、ありゃあ、影縛りの札じゃねぇか!」

「シカリ! 動けないよ!」

「よし、こっちは終わった! 待ってろ! 今引き抜きに行く!」

 木ノ葉において、影を操る奈良家の秘伝は有名だ。

 それを里が解析し、誰にでも使える札として保存している事は予想はしていたが、まさかこのタイミングで使用してくるとは。

 おそらく火影が秘密裏に、科学班に指示をしていたのだろう。

 シカリが知らなかったという事は、事が起こった際、シカリがミゾレ側に付く事を予想しての事は明白。

 シカリが苦虫を噛み潰した面持ちをする。

 たった一人により劣勢に追いやられる程の圧倒的な戦力不足。

 だが、とにかく今はクナイを抜かなくては。

 シカリよりも先に、『誰か』がミゾレへと走り寄る。

 

「ミゾレっ! 酷い傷……」

「っ! イノリ! 離れて!」

 僅かの隙を逃さぬ夜鷹の強烈な蹴りによりミゾレが吹き飛ばされ、背面の壁へとたたきつけられる。

 壁面に残った血痕がミゾレの傷の深さを改めて物語る。

「ミ、……ミゾレ! ミゾレ! 大丈夫!?」

「ぅぐ、か、母さん、来ちゃ、ダメ……」

 朦朧とする意識の中、シグレがこちらに駆け寄る姿が見えた。

 

「おばさん!」

 

 それは、イノリの悲痛な叫び声だった。

 

 うちは シグレは「うちは」の一族でありがながら、ただの人として人生を送ってきた。

 その為、幼少期からの訓練によって経絡を鍛える事も、チャクラの扱い方も知る術など無い、ただの人間だ。

 

 娘を思い、駆け寄る母の眼前に白い面の死神が現れる。

 忍であれば、もしかたしら避けられたのかもしれない。

 だが、シグレは悲しい程に、ただの人間だった。

 

 夜鷹はスバルを捕らえ、クナイを袖から取り出し、流れるような動きで、シグレの背中から心臓を貫いた。

 

「……あ」

 

 糸が切れた人形のように、膝から力なく崩れ落ちる。

 

「母さん! 母さん! ……お母さん……!」

 ミゾレが這い蹲るように母の元へと近寄ろうとする。

 だが、腹部の傷は、ミゾレのそれを、呪いのように許さない。

 既に貧血により意識が朦朧として、平衡感覚も無いに等しい。

「母さん! スバル……!」

 

 

「ぅおりゃぁあ!」

 再び渾身の巨撃が夜鷹に迫る。

 それを寸前で避けるも、拳に纏ったチャクラの波動が夜鷹の白面を粉々に砕く。

 

 今度こそ本当に露わになった夜鷹の、ヒオリの顔。

 そこには大粒の涙が流れていた。

「ヒオリ……、お前……」

 シカリがシグレの治療をしながら、夜鷹を見る。

 

「ミ……ゾレ、おれを、殺してくれ……」

 

 今度はシカリも、この場の全員がその声を聴いた。

「もう、助けてくれ…。楽にしてくれ……。苦しいよ……」

 場の全員が言葉を失う。

 その無表情から突き刺さる程に感じる自責の念。

 魂では拒否しても、刻み込まれた意識がオートマチックに事を運ぶ。

 夜鷹はおそらく、自分の目を通して、第三者目線で今を見ているのだろう。

 

 

「……くそ! 傷が深すぎる。こりゃあ、もう……」

 医療忍者の筆頭を勤めるシカリが下した診断は、この場にいる全員に死亡宣告として投じられた。

「ミゾレ……に。これを……」

 おそらく視界も霞んでいるのだろう。

 懐から血で塗れた『ソレ』を、あらぬ方向のシカリへと渡そうとする。

 シカリはそれを手繰り寄せ、「分かった」と強く応える。

「か、……さん」

「ミゾレ……、私は、幸せでしたよ。孫も……。だ、から……」

 そこから先の言葉が発せられることは、無かった。

「……っ。お母さん……」

 這いつくばって、たどり着いたミゾレは、ようやく母の手を握った。もう二度と動くことのない、母の手。失われつつある温もりを、確かめるように強く握り締めた。

「あぁ……。うぐぅ……」

 ミゾレの嗚咽にも似た悲泣が、シンとした場に突き刺さるように響く。 

 

 状況が、手詰まり。

 

 そう感じさせる程に十分すぎる程、圧倒的な劣勢。

 一切の希望が絶たれた、文字通りの絶望。

 

 そんな折、もう一つ、別の泣き声があたりに響き渡った。

 

 スバルだ。

 大人でも泣きたくなるような絶望的な状況に今まで、よく耐えたと思う。

 だが、それでも祖母の死と、瀕死の母親を目の当たりにし、堰を切ったような泣き声にシカリ、イノリチョウリ、そして夜鷹までもがスバルを見た。

 

 どうしてだろうか?

 ただの赤子であれば、術を使って強制的に泣き止ませるものの、ヒオリはそうすることが出来ないでいた。

 

 スバルが泣く。泣いている。

 それは、まるで『何かを求めている』ように。

 

 シカリは直感的に、スバルが泣いて求めている先が『二つ』あると感じた。

 

 一つは、当然母親であるミゾレだ。

 子供は母親を求めるもの。

 それは『当然』の理由だ。

 

 だが、もう一つは、おそらく……。

 

「……こりゃあ、マジでやべーな……」

 

 スバルから強烈なチャクラがあふれる。

 それは、周囲の視界を歪めるほどの濃密なチャクラ。

 

<此れを泣かす者は、誰だ……?>

 

 スバルの僅か頭上から聴いた事がない声が聞こえる。

 それは他の全員もそうだったようで、声の発生源を見つけるべく、周囲を見渡してもソレらしい人物を特定する事が出来ないでいた。

 

 視界を歪ませるほどの濃密なチャクラが次第に、半透明の何かへと、その正体を現す。

 それは、スバルを抱えている夜鷹を縛るように巻きつき、動きを封じているのがはっきりと見て取れる。

「まさか、こいつが……」

<……我は零尾。この赤子と共に生きるモノ也>

 報告書にあったサイズとはほど遠い小ささであるが、この場にいる誰をも凌駕するチャクラはまさしく尾獣のものだ。

 半透明であるが、白く、そして黄金の輪郭は神々しく、平伏せずにはいられない。

<この状況に微塵の興味は無いが、人間共よ。此れを泣かし、我を起こした罰をその身に刻め>

 無慈なる神の声が、この場全員に対して等しく死刑宣告をする。

 

 問答は無用。

 愚かな人間どもよ。

 座して死を待つが良い。

 

 シカリには、零尾がそう言っているように感じた。

 


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