NARUTO ―― 外伝 ―― 星空のバルゴ 作:さとしんV3
「こ、これが、兄貴の子供……」
「そうよ、叔父さん。可愛いでしょ」
「兄貴に似て可愛い……」
「でしょ! 『あたし』に似て可愛いでしょ」
「……まったく会話になってねーな……」
空区へ向かう道中、無理やり連れてこられた星空 レオとミゾレの会話を聞いていたシカリがため息を漏らす。
「しかしよ、レオ。お前、今課外授業の帰りじゃなかったのか?」
「ん? ああ、それは大丈夫。今日は半ドン」
半ドン、つまりは午前授業で終了という意味である。
「うっは! この無愛想な感じ、ほんっと小さい時の兄貴にそっくりだ! ……ところで兄貴は?」
辺りが静まり返る。
レオはバルゴが任務中に死んだ事をまだ知らされていないのだ。
「……死んだわ」
「……へ?」
シカリが「おいおい」と口を挟もうとするが、ミゾレの眼を見て言葉を飲み込んだ。
「だから死んだわ」
さっきまでのおふざけが嘘のような冷たい瞳。
その言葉を口にする際の痛烈なまでの覚悟が伝わる、寂しそうな瞳でもあった。
「……そか」
それを汲み取ったレオが、落胆した表情を見せる。
灰色がかった瞳が曇り空のように陰る。
シカリはそれ以上何も言わず、現状の戦力について考察する事にした。
まずは自身について。
火影の氷遁の影響で右腕の利きがすこぶる悪い。
おそらくその氷結は神経を蝕んでいるのだろう。
しばらくは、術を使う事が出来ないと自身を診断した。
続いてシガ、銀狼コンビ。
シカリとは違い、火影の氷遁の直撃を喰らった上、大術を行使した為か、しばらくは戦線を離脱せざるを得ない。
そして、最大戦力のミゾレ……。
奇怪蟲の死骸の粉末を吸い込んでしまった事により、半日はチャクラを練る事が出来いだろう。
スバルと一般人のシグレは論外。
レオについても手裏剣術は上忍レベル。体術は中忍。術に関しては半身の軽度の麻痺により下忍レベルとなる。
詰る所、状況としては新人の下忍班と同じレベルか、負債を抱えている現状を鑑みると、それ以下となる。
次に上忍レベルの者たちに襲われたらアウト、という事だ。
「あと少しで空区よ。気を抜かないでね」
ミゾレがシカリの内心を察してか、『空区』を誇張する。
そうだ。
空区に行けば、現状の戦力でもどうにかなる手段がある。
しかし、その先は……。
「なぁミゾレ。改めて『お前の目的』を確認しておきたい」
「……」
「お前は『なぜ戻って来たんだ』? こんな状況になる事は察しは付いていただろう」
「……そうね」
「俺はお前たちの為なら命を張っても良いと思っている。だが、覚悟が必要だ。ここから先は命の対価が必要なんだ」
「……」
「なぁ、答えてくれ。お前は一体、『何の為に木ノ葉に戻ってきた』?」
「……それは……」
「止まれ」
銀狼の背中に横たわったシガが話を切る。
「この臭い……、囲まれてるぜ」
「ちっ。こんな時に……」
シカリがボヤキながらシグレ達を後方へと下らせる。
ミゾレは何か考えるように右手で後頭部の髪を撫でながら、クナイをホルダーから取り出し、臨戦態勢を取る。
あまり状況を掴めていない、というより完全に巻き込まれたレオも、雰囲気を察して手裏剣を構える。
「……」
「おい、ミゾレ……?」
おもむろにミゾレが陣形の前に出る。
「爺さん! あたしよ! 出てきなさい!」
「お前、何言って……」
困惑するシカリや皆をよそに、ミゾレは誰もいない遠くに向かって叫ぶ。
「ふむ。その声は姫ですかな……?」
暗闇の中から背が曲がった老人が音も無くゆっくりと這い出るように出てくる。
「久しぶりね。猫爺。元気そうね」
「お久しぶりでございますなぁ、写輪眼の姫。して、また蜂蜜酒をお求めで?」
「……何だ、お前の知り合いか」
さっきまでの緊張感が急速に和らぐのを、この場に居る全員が感じていた。
「みんな、紹介するわね。この人は猫爺。今の空区の顔役をしているわ。以前の任務の時に世話になったの」
耳に届かないほどのため息と共に、皆の安堵がミゾレに伝わる。
「……辺りの臭いも消えたな。どうやら向こうにも敵意はないみたいだな」
「ああ」
シガとシカリがクナイを仕舞いながら臨戦態勢を解く。
「猫爺。今日は二つ、お願いがあってきたの」
「他ならぬ姫のお頼みごとですからな。何なりと」
この二人の信頼関係について、シカリには、一つ心当たりがあった。
それは、シカリの兄、<奈良 シカミチ>の造反の事件である。
里と国の要人を暗殺し、雷の国の科学者と手を組み、人工の尾獣の研究を行っていたとされる。
バルゴとミゾレの介入により、人工の尾獣は完全に破壊され、雷の研究者も死亡を確認。
そして、シカミチは木ノ葉に連れ帰らされ、処刑となった。
その中で、どういういきさつかはうろ覚えだが、現雷影<十代目エー>が、ここ空区の闘技場において、バルゴと一対一の『勝負』を行い、辛くもバルゴが勝利をした、と報告書に記載があった。
その時の話を酒の席でバルゴから少し聞いた事があるが、雷影が勝負を挑んだ理由というのが、『ミゾレへの求婚』だったという。
詰まるところ、ミゾレに惚れた雷影が、ミゾレに求婚するも拒絶、紆余曲折あり、勝負の『景品』がミゾレだったのだろう。
珍しく酒を飲んでいたバルゴが、自分の感情を吐露し、「俺はミゾレの事が好きなのかもしれない」と呟いていたが、その時は、日向 ヒヨリへの自責の念からか、その気持ちが愛情か友情かを判断出来ないでいたのだと思う。
慣れない酒を煽るように飲んだ為か、翌日の二日酔いと共に、酒の席での話しは、本人たちの中では無かった事となっていた。
結論から言うと、それがスバルという存在となり、まさか、他里を含めた大事件に発展するとは、流石のシカリにも想像すら出来ないでいた。
ミゾレが猫爺に出した用件は二つ。
そのうちの一つがスバルとシグレの身を、空区で保護してほしいという要望だ。
「……話は分かりました。姫の母君と王子を我々空区が保護致しましょう」
「ありがとう。スバル、あんた王子様だってさ」
言いながらスバルを覆うように抱きしめる。
ミゾレは忍だ。
故に我が子と離れたくない気持ちを堪え、耐え忍んでいるのだろう。
その気持ちを知ってか知らずか、スバルも離れまいとミゾレの服の裾を強く握り締めている。
「あんたのそういう子供らしいところ、本当に好きよ。でもね、母ちゃん、あんたの為にがんばるから、少しの間我慢しなさいね……」
ミゾレがスバルの額に優しくキスをする。
奥から空区の住民が顔を出す。
「長。準備が整いました」
「うむ。さぁ姫。預かっていた物をお返し致しますぞ」
「ミゾレ。預かり物って何だ?」
シカリが当然の質問をする。
どうにも猫爺の話は主語が抜けている為、要領を得ない。
空区の住民が片手サイズの木箱をミゾレに手渡す。
厳重に保管されていたのであろう、その木箱は、数枚の呪布で封印をされていた。
「これはね。あたしの封印。あたし以外のチャクラには反応しない仕掛けなの」
「そんな重要なモンなんのか」
ミゾレが返答の代わりにチャクラを込めると、今まで綺麗だった呪布を覆っていた力が次第に弱まり、文字が掠れて、濁っていく。
どうやら開封には時間がかかるようだ。
「この箱の中はね。第四次忍界大戦の引き金になったモノが入っているわ」
「……おいおい、それって……」
「そ。例のアレよ」
ミゾレがシカリに木箱を手渡そうとした時、横から伸びた手が木箱を掠め取る。
「――っ!?」
その驚きは、この場にいる全員のものだった。
手の主は空区の住民。
しかもその背後には、何百もの住民がミゾレたちを取り囲んでいる。
「お……、お主等、これは一体……」
「よく分からないけど……、ごめん!」
ミゾレが渾身の蹴りを空区の住民に浴びせる。
綺麗な足刀は空区の住民の右あごに命中。
強烈な一撃により、後方へと大きく弾き飛ばされる。
宙を舞う木箱を器用に横なぎに受け取る。
空区の住民が臨戦態勢を取る。
いくら忍といえど、数百の数に対しては圧倒的に不利。
「……。……それでは、お子さんをこちらへ」
猫爺がスバルを受け取ろうと手を伸ばす。
「! 待てミゾレ! スバルを渡すな!」
「え……?」
違和感を感じたシカリがミゾレを静止する。
「ちっ!」
猫爺が舌打ちをする。
動揺。困惑。憤懣。
三者の感情が刹那に交錯する。
ミゾレがスバルを引くより早く、猫爺がスバルを奪い、後方へと大きく跳躍する。
「猫爺!? どういう事!」
「ミゾレ! 爺さんの中は、『今は』爺さんじゃねえ! アイツは……!」
「シカリ、本当に寝返ったのね……」
「どういう……、まさか!」
「そうだ、あいつは……」
スバルを抱きかかえ、高い位置でミゾレたちを見下ろす猫爺がにやりと笑う。
猫爺は比較的平らな岩にスバルを優しく置くと、膝から糸が切れた人形のようにバタリと倒れた。
背後からゆっくりと、目鼻が整った、綺麗な女が現れる。
「久しぶりね。ミゾレ。私よ。イノリよ。<山中 イノリ>」
木ノ葉における精神支配の術を得意とする山中一族の末裔である。
「……となると、あいつも来ているのか。そうだろ! チョウリ!」
ミゾレたちの周囲が暗い影に包まれる。
ミゾレが頭上を見上げると、ビルにも匹敵する巨体が、圧倒的な質量と速度でミゾレたち目掛けて迫っていた。
「やっぱりな……! 影で壁を造る!」
シカリが影でミゾレたち全員を覆う半球状のドームを造る。
直後、地震にも似た地響きが足元を襲う。
「シカリなら、そうすると思っていたよ」
「……チョウリ……!」
ドームの重量が無くなったことを確認し、シカリが術を解く。
ほこりと逆光の中、瓦礫の上に体格の良い男が立っていた。
とがった髪に、頬にはうずまき模様。赤い忍び鎧を纏った風体。
その表情はシカリ同様、複雑な面持ちであることが見て取れる。
「……ねぇシカリ。離反するって本当かい? ミゾレもそうだよ……。ボク、みんなと戦いたくないよ……」
元来優しい性格のチョウリが、今にも泣きそうな声で、シカリたちに懇願をする。
「私だってそうだよ! シカリ。考え直してちょうだい。そうじゃないと……」
「……抜け忍として、始末しないといけなくなるってか」
木ノ葉の里において、『三つの理』と言われる三人。
奇しくも三者の名前の最後が『リ』で終わる事から、いつの間にかその通り名が定着した。
三者は、先祖代々、『猪鹿蝶』のトリオとして、戦略・戦術支援のエキスパートとして活躍してきた。
特に精神支配が可能となるイノリの能力は里においても貴重な存在で、シカリの作戦立案能力と合わさり、戦闘において、多大な功績を治めてきた。
チョウリの忍術『倍化の術』も戦術的に重要な要素となり、二人では戦力的に劣る部分を十分すぎるほどにカバーしてきた。
この三人一組(スリーマンセル)の総合評価はAAA(トリプルエー)。
自他共に認める最強の組み合わせである。
状況は非常に不利。
なら、取るべき行動は……。
「……なぁ二人とも、聞いてくれ。お前たちは『なぜ俺がミゾレと共に行動をしているか』『それがなぜ里への離反』へと繋がるのか、その真意を知っているのか……?」
「……」
イノリとチョウリは答えない。
「火影はな、……あいつは俺たちのダチの子供を犠牲に、国へクーデターを起こそうとしているんだぞ! このままあいつの指示に従っていると、これからまた戦争だ! 今度は国が相手だ! 一方的な殺戮となる可能性だってある! 俺たちが日々研鑽してきた忍術はそんなことの為に――」
「知っているわ」
イノリの本体がシカリの言葉を遮り、チョウリの後ろから姿を現す。
「ミゾレには、本当に悪いと思っているけど、それでこれから先の未来、誰も争うことがない 世の中になるのであれば、私はミゾレにとっての修羅になる」
「……ボクも、もう戦争で仲間が死ぬのは嫌だよ」
「お前たち……、本当にそんなんでいいのか!?」
「いいわけないでしょ! でも……、私たちの慙愧はこれからの子供たちに引き継がせたくない」
交渉は……。
「……お前たち……」
決裂だ……。
シカリが肩をうなだれる。
「だから……ね、ミゾレ。私たちをどんなに恨んでも構わない。お願いだから……」
イノリがスバルを抱きかかえる。
「……こんな状況で泣かないなんて、……いい子ね」
イノリが複雑な表情でスバルの頭を撫でる。
おそらくイノリも内心迷っているのだろう。
黒々とした目以外は、どことなくバルゴにそっくりだ。
スバルの中の零尾が、スバル自身が問いかけるようだった。
未来とは?
平和とは?
そして何より、お前が戦う意味とは?
イノリにその問いに答えられるだけの強い信念は、ない。
火影の命令という言い訳を理由に、自ら考えることを放棄していないだろうか?
いや、実際にそうなのだろう。
だが、……それでも、火影の提唱する未来に光を見たのは確かだ。
先の大戦において、父を失っているイノリにとって、あの辛い思いを、もう誰にもしてほしくないと考えている。
チョウリも同様だ。
猪鹿蝶で三人一組を組んでいた自分たちの父親は、揃って里の英雄となり、冷たい土の中だ。
「ミゾレ……、私、本当にあなたと戦いたくない。それが本音よ……」
今にも泣きそうなイノリとは対照的に、ミゾレの表情に笑みがこぼれる。
「……ごめんね。イノリ。親友のアンタが相手でも、あたしは戦う。その子の親だからというものそうだけど、あたしも、『目的』があって木ノ葉に戻ってきたんだから」
ミゾレが深呼吸をし、第四次忍界大戦を引き起こしたとされる、禁忌の箱を開封する。
「……来なさい。あたしは、結婚して苗字が変わってもうちはの末。その実力を教えてあげる!」
ミゾレが厄災(パンドラ)を手に、今、猛る。