NARUTO ―― 外伝 ―― 星空のバルゴ 作:さとしんV3
以前、何世代か前の火影の文献で読んだ事がある。
『不動』の状態でないと自然チャクラを体内に取り込む事が出来ない仙人モードになった際、妙木山の蝦蟇仙人がその『不動』を引き受けた。
しかし、火影の体内に存在した尾獣、九尾が蝦蟇仙人との合体を阻害したという。
順序は逆になってしまったが、ミゾレの胎内の子供を零尾の器としてあてがう事で、寄生した大蛇丸の魂を逆に喰わせる、という事。
「零尾、そういう事だ。悪いが、お前を『そういう形』で封印させてもらう」
<……それは面白い事を言うな、人間。我がそれを良しとするとでも思うてか?>
「いや。まったく」
<当然だ。我はこのまま遍く世界を観て廻る>
「ならさっさと行けば良かっただろう。なぜ行かないんだ?」
<……>
無表情の零尾が僅かに怪訝な面持をしたのを、忍の洞察力は見逃さなかった。
「動けない……んだろう? ここから。どこにも」
<なぜ、そう思う?>
「簡単な推測だ。おそらくお前は他の尾獣たちとは違い、別のエネルギーで生きている仮定した」
これは交渉。
零尾がミゾレの胎内の子供の人柱力となる事に、メリットは多くない。
それは理解している。
しかし、人間たちも強大な力を持つ零尾をこのままにはしておけない。
いずれ討伐隊が編成され、両者にとって甚大な被害をこうむる事になるだろう。
「お前は、自然エネルギーの力だけで生きているのではないか?」
バルゴが自身の推理を端的に、しかし的確に伝える。
零尾の金色の瞳が睨むようにバルゴを見つめる。
心なしか、ミゾレに睨まれているような気持ちになり、僅かに頬が緩む。
「…当たり、だろ」
<……そうだ。故に我はここから動けぬ>
「なら、俺達が、お前を……護る」
<貴様が……、我を?>
「そうだ」
<思いあがるな! 人間!>
零尾から強烈な烈風が巻き起こり、土埃ともに辺りに吹き荒ぶ。
<何故、我が貴様らに護らねればならぬ! 我を封印した六道も同じ事をほざいていたわ! ……人間は信用出来ん……>
「大蛇丸に創られたのではないのか?」
<そのチャクラ体は、我の封印術から卵まで復元しただけに過ぎん。我は零尾。元は十尾の『陽の知性とチャクラ』を司りし無限蛇神なるぞ!>
再度、壁のような風がバルゴを襲う。
それを避ける事すらせず、直撃を喰らい、引きずられるように吹き飛ばされる。
「……なるほど。合点がいった」
今まで疑問を持っていた。
なぜ大蛇丸が零尾を造れたのか。
実際の零尾を見た時から違和感。
人工の尾獣ならいざ知らず。これは本物の尾獣だ。
人間が扱える、ましてや造り出せるモノではない。
それもそのはず。元は六道仙人が十尾から取り分けたものなのだから。
「……たぶん、六道仙人は、お前の持つ膨大な知識を、……六道仙人ですら扱いきれないと思ったんじゃないか?」
<そうだ。故に我を卵に封印した>
「そして封印されたお前を、今度は大蛇丸が自分の書に重複封印をしたんだ」
<……>
「なぁ、お前は、……他の尾獣たちと同じように扱われたかったのか?」
零尾は自身の感情の中心を射抜かれたと感じた。
そうだ。
自分も区別する事なく、他の尾獣たちと同等に扱って欲しかった。
六道仙人と一番話しをしたのは、自分だ。
色々な事を話し、教え、教わり。
とても楽しいひと時だった。
なのに、何故、六道は自分だけを卵に封印し、六道仙人以外、誰も解けないような封印術で厳重に蓋をしたのか。
<六道は怖くなったのだ。我を。我の知識を! 故に封印したのだ! だから何も言わずに封印したのだ!>
封印されている長い間、それだけしか考えないようにした。
それしか考えられなかった。
「恨んでいるのか。六道を」
<左様。これを恨まずしていられるか>
「呪っているのか。六道を」
<左様。これを呪わずしていられるか>
「だが、その感情は、書に封印されていた影響かもしれないんだぞ」
<……黙れ>」
一問に対して一答。
ボロボロのバルゴが一歩一歩を踏みしめるように、零尾に近づく。
それを拒絶するように、今度はチャクラの乱回転をバルゴにぶつける。
それはバルゴが得意とする螺旋丸と同質のもの。
チャクラで防御する事なく、直撃を甘んじて受け入れる。
これは零尾の気持ちだ。
怒り。憎しみ。恨み。辛み。悲しみ。妬み。ありったけの感情全て。
「お前の気持ちは……理解できるよ」
<黙れぇ!>
今度は視認出来る程の、巨大なチャクラの乱回転がバルゴを飲み込む。
轟音と共に、大きく半球状に地面が抉れる。
大きく中空に投げ飛ばされ、受身も取れずに地面に叩きつけられる。
木ノ葉忍者を証明する額当てがガシャリと落ちる。
頭から血が流れては、ぼたぼたと地面に流れ出る。
せっかく夜鷹に治してもらった身体は、既に満身創痍。
改めて尾獣と人間の力の差を思い知る。
「……はは」
バルゴの口から笑いがこぼれる。
膝を付きながら、ふらふらと立ち上がる。
激痛が走る全身に鞭を打ち、しっかりと零尾を見据える。
尾獣玉だったら即死だっただろう。
つまり、零尾はバルゴに対して手加減を加えている。
「お前の気持ちが理解できるよ」
<何だと……?>
「お前、六道が迎えに来るのを事を待っているんだろう」
<……>
「でも、六道は死んでいるよ……」
<……>
「お前、六道の事が本当に好きだったんだろ」
零尾の金色の瞳が一際大きく開かれる。
「だから、何も言わずに自分を封印した事を怒っているんだろう」
何も言わずに自ら命を絶った少女。
取り残されたバルゴの気持ちに、今の零尾の感情は共感できるものがあった。
「お前は、六道と最後の最後まで居たかったんだな」
辺りが静まり返る。
草木も大気すら、バルゴの一言で時間を止めてしまったかのように。
零尾から、透明な涙がこぼれた。
<……我も、六道の最後を看取りたかった……>
言葉にする事でようやく自分の気持ちを理解した。
大好きだった六道の最後を、他の尾獣たち同様、この目に焼き付けたかった。
もう一度、あの声を聞きたかった。
だが、もう六道は、居ない。
「まったく。お前は図体はでかくても、大量の知識を持っても、……子供なんだな」
<……我が、……子供だと?>
「もう、恐らくとしか言いようがないが、……確かに、六道はお前が持つ知識を持てあましたかもしれない」
もし六道仙人が零尾も我が子のように愛していたなら。
「お前はそこに存在するだけでも、チャクラを常に消費してしまうのではないか。だから、六道は、お前を『卵』に封印した」
<何故だ?>
「卵は、中の子を護る為のものだから……」
<我を……護る?>
「そうだ。お前を、死なせたくなかったから。いつかこうして誰かと出会う為に。可能性を、未来に託して……」
<……>
「親は子供を護るものだ。来い、零尾。俺たちがお前を護る」
<……笑止。全ては戯言に過ぎん。貴様も我を都合の良いように、道具とするだけだ>
「いずれにせよ、このままでは他の誰かに殺されるか、道具として扱われるだけだぞ」
<それでも良い。もう人間たちの道具として扱われるのであれば、ここから動き、消える事を選ぼう>
零尾は六道を愛していた。故の絶望。
もはや何者も信用できなくなる程の闇。
自身が消えてしまっても良いとすら思える程の失望感。
そして、バルゴもまた、零尾を子供を生かす為に利用しようとしている事実。
やはり、と言うべきなのか。
バルゴは零尾の人間に対する絶望の深さを知った。