NARUTO ―― 外伝 ―― 星空のバルゴ 作:さとしんV3
尾獣。
零尾。
またの名を自らの尾を飲み込みし蛇。
ウロボロス。
闇夜に舞い降りた天使の輪の様な純白の身体からは黄金の光が放たれている。
ここに来て冷静さを取り戻したバルゴに、一つの違和感が生じた。
今まで多くの任務を遂行してきた。
中には他国で造られた尾獣を抹殺、という内容もあった。
慣れている、とは言わない。
しかし何かが違う。
その違和感にすぐ気が付いた。
正確には気が付いていた、という事になるのだろう。
あまりに通常過ぎて逆に気が付かなかった盲点。
それは、思考。
それまでバルゴが相手にしてきた『尾獣』と呼ばれた人造生命は皆、殺戮衝動の塊でしかなかった。
動くモノを殺す。壊す。焼き尽くす。塵すら残さぬ暴虐。
ただそれだけの脊髄反射。
今まで相手にしてきた尾獣が、後の今なって模倣された劣化品であると仮定するならば、バルゴの頭上で浮かんでいるこの零尾は、百余年を経て現代に復活した『真の尾獣』であるという事になる。
地中から地響きがする。
耳を覆いたくなるような轟音と共にグロテスクな臓物のような物体が溢れるようにわき出てくる。
大蛇丸だ。
バルゴの脳裏に確信めいた直感がよぎる。
ボコボコと音を立てながら臓物が人の形をかたどる。
未だ依り代となったテセアラの姿をしている。
白いワンピースのような格好は、自身の身体から出た血により見るも無残な体(てい)となっている。
それはテセアラ自身の肉体がもう長く持たない事を如実に物語っていた。
隣のギムレットは唇を噛みながら短絡的な行動を必至に抑えている。
「あら、バルゴとやら。まだこんなところを這いつくばっていたの」
「その声は大蛇丸か。生憎任務を放棄する訳にはいかんのでな」
「仕事熱心ね。そんなにあの里が大切かのかしら?」
「里を裏切り、孤独に死んだ貴様が吐ける台詞か。それよりミゾレはどうした?」
大蛇丸がニヤリと笑う。
「本当は生前の身体を零尾のチャクラで創生しようと思ったんだけど、良い事を思いついてね。このうちはの女の子供に転生する事にしたわ」
「こんな風にね」と臓物の塊が大きな十字架を造る。
その中央にミゾレは居た。
ピクリとも動かないミゾレを前にバルゴの青い瞳が大きく開かれる。
焦り、驚きを隠せない様子が見て取れる。
「旦那、落ちつてくだせえ。あいつはまだ……」
「解っている」
バルゴは短く答え、大蛇丸を睨む。
「転生の儀式には時間が掛かるのよ。その間に私はアレを手に入れる」
「零尾か……」
バルゴの言葉に「その通り」と答え、口元を歪ませる。
地響きと共に地中から肉塊のような巨大な物体が現れ、次第に蛇の形を形成していく。
八岐大蛇。
古の神話の怪物を模したかのような風体。
「万が一にも邪魔はさせない。あなた達はコレで遊んでいなさい」
八つの頭が同時に二人を襲う。
捕食と同義なのだろう、見た目にそぐわぬ速度で巨大な口にあっけなく飲み込まれてしまう。
全身を包む生温かい感触にとてつもない不快感を覚える。
「……っのぉ! 気色悪ぃんだよぉ!」
ギムレットが手当たり次第にライフルの引き金を引く。
内部から聖なる銀弾を発射された八頭蛇がたまらず両者を吐き出す。
思いのほか高所から投げ出された。
先ほどまで居た倫敦大学は遥か彼方、眼前には大きな川が広がっている。
「ここは……?」
中空で現在地を冷静に観察する。
見覚えがある跳ね橋に大時計。どうやらテムズ河まで運ばれてしまったようだ。
バルゴに焦りが生じる。
ミゾレが捕まっているのに。
お腹の子供の未来が奪われようとしているのに。
自分は何故、ここに居る?
一刻の猶予も許されない状況下で、自分は、何をしている……?
バルゴの心からどす黒い感情が湧き出す。
「くそくらえーー!」
ありったけの感情を爆発させ、眼下の肉蛇を渾身の力で叩きつける。
『キレたバルゴ』の鉄拳により蛇の頭がぐしゃりと潰れる。
これで残り、六頭。
四肢のバネで両者が着地をする。
見上げると巨大な蛇が二人を見下ろしている。
潰れた頭の蛇が耳触りな音を立てながら再生していく。
それどころか、飛び散った肉片も次第に蛇を象っていくのが見え、これは長期戦になる事が容易に理解出来た。
「くそっ。これじゃぁキリがねぇ。旦那ぁ!」
バルゴは肩で息をしながら視線をギムレットに向ける。
「旦那の方が足が速い。この場は俺が預かりますから、奥さんと、……テセアラの奴を頼みます」
ギムレットの提案に悩む時間は無い。
瞬時に冷静さを取り戻したバルゴが、一度深呼吸をする。
「……恩にきる、ギムレット。テセアラは、必ず助ける」
バルゴも里の中ではミゾレ程では無いが俊足を誇る忍だ。足の速さには自身がある。
しかし、それを察した肉蛇がバルゴの進行方向に城壁のように立ち塞がる。
「ちぃ!」
眉間に皺を寄せ、歯を食いしばるバルゴの横を『銀色の光』が通り過ぎる。
マラク・ハ=マヴェト。
ギムレットのライフルに封じられていた銀の鎧を身にまとった天使が、身の丈程の大剣を携えていた。
「旦那ぁ! 突っきれぇえ!」
「応!」
魔力で構成された一切を嫌う聖なる銀の大剣が鉄壁の城塞に乾坤一擲の一太刀を浴びせる。
小高い丘程にもある蛇の肉壁に僅かに風穴が開く。
それを見逃す忍(バルゴ)ではない。
「八門遁甲、開門から傷門、連続解放!」
それは自身の内にある肉体の制御を意図的に取り外す、木ノ葉体術の奥義。
これらを解放する事により体内のチャクラの量を高め、爆発的に戦闘力を底上げする事を可能とする一方で、過度な使用は肉体、引いては生命を脅かしてしまう禁じ手。
八門あるうち四門までを連続で解放し、全てのチャクラを加速のエネルギーへと変換する。
人一人がやっと通れる程の隙間を、刹那の旋風(かぜ)が通り過ぎる。
烈風だけが後に残った戦場で、抹殺者が不敵に笑みを浮かべる。
「どぉしたぃ、化け物。おめぇさんの相手は、俺たちだぜぇ?」
その声に反応した『七つの頭の蛇』がギムレットを睨む。
どうやらバルゴを通してしまった事がよほど悔しかったらしい。
「へっ」と睨み返し、ライフルに次弾を装填する。
見たところ聖銀で貫いた頭は泡のように溶けており復活していない。
ハ=マヴェトの損傷も激しく、美しかった聖銀が見るも無残に融解し、腹部は内蔵機関の一部が見えてしまっている。
聖銀に被われている部分ならともかく、内部機関を攻撃されてはギムレットに直す術はない。
つまり……。
こっちも、もう限界か。
ならば壮麗に、絢爛に、己が戦いの締めの括りをしよう。
そう思いながら標準を手前の蛇に向ける。
「かかってきなぁ、肉蛇野郎。天に召してる主の名の下に、てめぇをあるべき姿に戻してやるぜ!」
ギムレットの叫びに呼応するように肉蛇が天へと向かい甲高い奇声を高らかに上げる。
テムズ河のほとり。巨大跳ね橋と大時計が、濃密な魔力を帯びた紫色の闇の中で僅かに浮かび上がる。
相手は人外の魔物が生み出せし、在ってはならぬ異形の蛇。
遥か昔、自身の正義を信じて戦っていた若い頃が思い返される。
「はっ。ガラにもねぇな。……んじゃま、派手に行こうか」
あくまで飄々と。それでいて眼光は猛禽の類。
吠え猛る獣の如き銃声が異質な闇夜に轟き渡る。