NARUTO ―― 外伝 ――   星空のバルゴ   作:さとしんV3

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忍者、異国に叫ぶ 6

『そうまで名誉が欲しいか?』

 これが、ミゾレの祖父の遺言だった。

 およそ孫娘に向けた言葉ではない。

 祖父は最期までミゾレが本来の『うちは』を名乗る事に反対していたという。

 なぜ一族が『うちは』の名を隠し、今まで生き長らえてきたかをよく考えろ、と幼少の頃から言われ続けていた。

 ミゾレの母は『うちは』の血統の者で、父は自身の婿入り先が『うちは』である事は知らされていなかった。

 理由は明白だ。そして至極当然。今までの歴史が物語っている。余所の里も同様だ。

 うちはの内に眠る血継限界、『写輪眼』を永久に秘密にする為。

 強大すぎる力は、味方より敵を多く造る。

 木ノ葉の歴史においても悪名だけが轟き響く名前だ。

 まだうちはが生きている事が知れれば、それを利用し、利用され、姦計の渦へと巻き込まれてしまう。

 ミゾレの祖父、母はそれを避けたかった。

 しかし、先祖の意思を絶やす訳にはいかない。

 優しかった祖父が厳しく伝え、厳しい母が優しく諭す。

 自らの本当の名前を。

 なぜ、名前を隠す必要があったかを。

 なぜ、父には知らせず、ミゾレに木ノ葉の『本当』の歴史を伝えるかを。

 全てを聞き、感じ、受け止めた。

 まだ十歳のミゾレは必死に考えた。

 教科書で聞いていた『うちは』の所業。真っ赤な嘘。

 祖父から聞いた先祖の業績。真っ黒な真実。

 果たして、どちらが正しいのか。

 あらゆる場所に散りばめられた、今にも口からこぼれ堕ちそうな矛盾を必至に抱える事になった。

 

 重すぎる難題に悩み、苦しみ、そして得た結論。

『火影になり、うちはの歴史を正す』

 

うちはを名乗る事を父に伝えた時、父は優しく微笑んだ事が印象的だった。

何も言わず頷くだけだった。

その後、母と、祖父に「今まで辛かったね」と口にした。

父もうちはとして生きる事を決意した瞬間だった。

 

 故に祖父の遺言となった言葉はとてもショックだった。

 違う、と反論したかった。

 確かに一部の『うちは』は里に反旗を翻した。

 しかし、一族の罪は一族によって拭われ、始末を付けている。

 結果として、木ノ葉を救った『英雄』もいる。

 それを子孫である自分たちが、『裏切り者』の汚名を甘んじて受け、まして改名までして生き長らえている事に、ミゾレは憤りを感じていた。

 裏切っていないのなら、堂々としていれば良い。

 うちはを名乗り、闇から日の光の当たる場所へ行きたいと願う事が、なぜいけない?

 忍でない、母に問う内容ではない。

 うちはでない、父に問う内容ではない。

 忍であり、うちはであった祖父だけが答えを知る。

 だが、もう祖父は。

 もう居ない。

 

 

「おじいちゃん……」

 ミゾレの頬に一筋の涙が伝う。

 気が付くと真っ暗闇の中に居た。

 確か、テセアラの形をした『何か』に襲われ、その後の記憶が無い。

 無意識に右手が腹に手をやる。

 大丈夫。ちゃんと繋がっている。

 言いようのない安堵感が、ささくれ立った神経を落ち着けてくれる。

 状況を確認する。

 広大で誇りっぽい半球状の室内に、血臭が充満している。

 生温かい感触が左腕、そして両足を拘束している事に、ようやく気が付く。

 捕まったのか。

 そう結論するのに時間は不要だった。

 誰にという問いも意味をなさない。

 臓物のような物体がミゾレの眼前に迫り、ぐちゃぐちゃと形を成す。

「おはよう、テセアラ。それとも大蛇丸の方かしら?」

「ふぅん。あなたも木ノ葉の者のようね」

 ミゾレの額当てを見て少女の中身を侵食した大蛇丸が呟く。

 気色悪い触手が右腕を掴み、完全に張り付け状態となる。

「あのバルゴとか言う男もそうだったけど、あなたも『似てる』わね。憎たらしいくらい」

 ミゾレの顔を恨めがましい面持ちで睨む。

 金の眼に縦に走った瞳。まさに蛇。

「あなた、まさかうちはの血統?」

「……だったら何よ?」

 金の眼が一際大きく見開かれる。

「……は、……ははは。あはははは。あはははははは!」

 気でも触れたからと思う程に、タガが外れたかのように笑い出す。

「まさか、百年以上の歳月を経て、うちはが再び私の前に現れるなんてね。何と言う僥倖!

運命はまだ、この大蛇丸を見捨てていなかったようね!」

 思い出した。

 大蛇丸は昔、うちはの写輪眼を手に入れようと暗躍していたらしい。

 祖父の言葉が思い出される。

『強大すぎる力は、味方より敵を多く造る』

 大蛇丸が右手を顔に当て、引っかくように下へ移動する。

 下瞼がめくれ、充血した裏側を見せる。

「さっき手を腹に当てていたわね。あなた、今、妊娠しているわね?」

 最悪だ。

 自分の事ならまだしも、標的を胎内の子供に向けられた。

 焦ったミゾレが全力で拘束を振り解こうとする。

「無駄よ。それが分からない訳ではないでしょう?」

「ちぃ……!」

「ふふ。良い事を思いついた。自分の身体が出来上がるの待つつもりだったけど、『その腹の子供に転生』する、という方が面白いわね」

 うちは。

 うちはの名。

 うちはの写輪眼。

 今まで自身を支えていた誇りが全て瓦解する気持ちだった。

 それだけはダメだ。

 それだけは……。

 

 ミゾレの黒い瞳が赤い写輪眼へと変わり、三つの勾玉模様が幾何学模様へと姿を変える。

 一族の秘伝、万華鏡写輪眼がが姿を現す。

「テセアラ、ごめんね。あんたを殺すわ」

 万華鏡写輪眼 天照。

 古の神の名を冠する大術。

 視界に捉えた対象を燃やしつくすまで消えない『黒い炎』を発生させる強力な火力の具現。

 大量のチャクラとスタミナを消費する為、通常の状態でも日に何度も使用出来ない術である。

 ズキリと右目に痛みが走る。

 涙が流れるように血が頬を伝う。眼球の血管に負荷が掛かったであろう事が予測される。

 だが、しかし。黒い炎が、出ない。

 何故かは明白だ。

 術の発動は行われなかった。

 自分の体力、チャクラ残存量を見誤った。

 適切なチャクラとスタミナが無ければ術は不発に終わる。

 不発に終わるだけならまだいい。

 万華鏡写輪眼は使用の度に術者の視力を削る諸刃の刃である。

「あっ……くぅ……」

 視界が霞み、苦悶の声が出てしまう。

「どうやらロクに術も使えないようね。滑稽だわ」

 もはや写輪眼すら維持する事が出来ず、元の黒い瞳に戻ってしまう。

 想像以上に体力を消耗し、肩で呼吸をする。

 おぞましい臓物の塊がテセアラの形から、一匹の蛇へと姿を変える。

 ダメだ。やめて。それだけは。

 ミゾレの懇願が聞き入れられる訳はなく、無慈悲な大蛇がミゾレを飲み込む。

 真っ黒い絶望が、ミゾレを包む。

 ミゾレの叫びがむなしくこだまするだけだった。


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