NARUTO ―― 外伝 ―― 星空のバルゴ 作:さとしんV3
『そうまで名誉が欲しいか?』
これが、ミゾレの祖父の遺言だった。
およそ孫娘に向けた言葉ではない。
祖父は最期までミゾレが本来の『うちは』を名乗る事に反対していたという。
なぜ一族が『うちは』の名を隠し、今まで生き長らえてきたかをよく考えろ、と幼少の頃から言われ続けていた。
ミゾレの母は『うちは』の血統の者で、父は自身の婿入り先が『うちは』である事は知らされていなかった。
理由は明白だ。そして至極当然。今までの歴史が物語っている。余所の里も同様だ。
うちはの内に眠る血継限界、『写輪眼』を永久に秘密にする為。
強大すぎる力は、味方より敵を多く造る。
木ノ葉の歴史においても悪名だけが轟き響く名前だ。
まだうちはが生きている事が知れれば、それを利用し、利用され、姦計の渦へと巻き込まれてしまう。
ミゾレの祖父、母はそれを避けたかった。
しかし、先祖の意思を絶やす訳にはいかない。
優しかった祖父が厳しく伝え、厳しい母が優しく諭す。
自らの本当の名前を。
なぜ、名前を隠す必要があったかを。
なぜ、父には知らせず、ミゾレに木ノ葉の『本当』の歴史を伝えるかを。
全てを聞き、感じ、受け止めた。
まだ十歳のミゾレは必死に考えた。
教科書で聞いていた『うちは』の所業。真っ赤な嘘。
祖父から聞いた先祖の業績。真っ黒な真実。
果たして、どちらが正しいのか。
あらゆる場所に散りばめられた、今にも口からこぼれ堕ちそうな矛盾を必至に抱える事になった。
重すぎる難題に悩み、苦しみ、そして得た結論。
『火影になり、うちはの歴史を正す』
うちはを名乗る事を父に伝えた時、父は優しく微笑んだ事が印象的だった。
何も言わず頷くだけだった。
その後、母と、祖父に「今まで辛かったね」と口にした。
父もうちはとして生きる事を決意した瞬間だった。
故に祖父の遺言となった言葉はとてもショックだった。
違う、と反論したかった。
確かに一部の『うちは』は里に反旗を翻した。
しかし、一族の罪は一族によって拭われ、始末を付けている。
結果として、木ノ葉を救った『英雄』もいる。
それを子孫である自分たちが、『裏切り者』の汚名を甘んじて受け、まして改名までして生き長らえている事に、ミゾレは憤りを感じていた。
裏切っていないのなら、堂々としていれば良い。
うちはを名乗り、闇から日の光の当たる場所へ行きたいと願う事が、なぜいけない?
忍でない、母に問う内容ではない。
うちはでない、父に問う内容ではない。
忍であり、うちはであった祖父だけが答えを知る。
だが、もう祖父は。
もう居ない。
「おじいちゃん……」
ミゾレの頬に一筋の涙が伝う。
気が付くと真っ暗闇の中に居た。
確か、テセアラの形をした『何か』に襲われ、その後の記憶が無い。
無意識に右手が腹に手をやる。
大丈夫。ちゃんと繋がっている。
言いようのない安堵感が、ささくれ立った神経を落ち着けてくれる。
状況を確認する。
広大で誇りっぽい半球状の室内に、血臭が充満している。
生温かい感触が左腕、そして両足を拘束している事に、ようやく気が付く。
捕まったのか。
そう結論するのに時間は不要だった。
誰にという問いも意味をなさない。
臓物のような物体がミゾレの眼前に迫り、ぐちゃぐちゃと形を成す。
「おはよう、テセアラ。それとも大蛇丸の方かしら?」
「ふぅん。あなたも木ノ葉の者のようね」
ミゾレの額当てを見て少女の中身を侵食した大蛇丸が呟く。
気色悪い触手が右腕を掴み、完全に張り付け状態となる。
「あのバルゴとか言う男もそうだったけど、あなたも『似てる』わね。憎たらしいくらい」
ミゾレの顔を恨めがましい面持ちで睨む。
金の眼に縦に走った瞳。まさに蛇。
「あなた、まさかうちはの血統?」
「……だったら何よ?」
金の眼が一際大きく見開かれる。
「……は、……ははは。あはははは。あはははははは!」
気でも触れたからと思う程に、タガが外れたかのように笑い出す。
「まさか、百年以上の歳月を経て、うちはが再び私の前に現れるなんてね。何と言う僥倖!
運命はまだ、この大蛇丸を見捨てていなかったようね!」
思い出した。
大蛇丸は昔、うちはの写輪眼を手に入れようと暗躍していたらしい。
祖父の言葉が思い出される。
『強大すぎる力は、味方より敵を多く造る』
大蛇丸が右手を顔に当て、引っかくように下へ移動する。
下瞼がめくれ、充血した裏側を見せる。
「さっき手を腹に当てていたわね。あなた、今、妊娠しているわね?」
最悪だ。
自分の事ならまだしも、標的を胎内の子供に向けられた。
焦ったミゾレが全力で拘束を振り解こうとする。
「無駄よ。それが分からない訳ではないでしょう?」
「ちぃ……!」
「ふふ。良い事を思いついた。自分の身体が出来上がるの待つつもりだったけど、『その腹の子供に転生』する、という方が面白いわね」
うちは。
うちはの名。
うちはの写輪眼。
今まで自身を支えていた誇りが全て瓦解する気持ちだった。
それだけはダメだ。
それだけは……。
ミゾレの黒い瞳が赤い写輪眼へと変わり、三つの勾玉模様が幾何学模様へと姿を変える。
一族の秘伝、万華鏡写輪眼がが姿を現す。
「テセアラ、ごめんね。あんたを殺すわ」
万華鏡写輪眼 天照。
古の神の名を冠する大術。
視界に捉えた対象を燃やしつくすまで消えない『黒い炎』を発生させる強力な火力の具現。
大量のチャクラとスタミナを消費する為、通常の状態でも日に何度も使用出来ない術である。
ズキリと右目に痛みが走る。
涙が流れるように血が頬を伝う。眼球の血管に負荷が掛かったであろう事が予測される。
だが、しかし。黒い炎が、出ない。
何故かは明白だ。
術の発動は行われなかった。
自分の体力、チャクラ残存量を見誤った。
適切なチャクラとスタミナが無ければ術は不発に終わる。
不発に終わるだけならまだいい。
万華鏡写輪眼は使用の度に術者の視力を削る諸刃の刃である。
「あっ……くぅ……」
視界が霞み、苦悶の声が出てしまう。
「どうやらロクに術も使えないようね。滑稽だわ」
もはや写輪眼すら維持する事が出来ず、元の黒い瞳に戻ってしまう。
想像以上に体力を消耗し、肩で呼吸をする。
おぞましい臓物の塊がテセアラの形から、一匹の蛇へと姿を変える。
ダメだ。やめて。それだけは。
ミゾレの懇願が聞き入れられる訳はなく、無慈悲な大蛇がミゾレを飲み込む。
真っ黒い絶望が、ミゾレを包む。
ミゾレの叫びがむなしくこだまするだけだった。