NARUTO ―― 外伝 ―― 星空のバルゴ 作:さとしんV3
夢でも見ているようだった。悪夢と言っても差し支えはないであろうその光景は、もはや常軌を逸していた。
歩けない、車椅子生活を強いられていた愛娘が床を壁を、あまつさえ空中を縦横無尽に駆け、バルゴの攻撃を流麗な動作で避けている。
恐らく魔力、チャクラで強化しているのであろう両の足は、おおよそ少女の筋力では耐えられるモノではなく、数分と経たずに噴出す血で赤く染まっている。
その攻防は一進一退で目まぐるしく変化し、これが遠く東の国の者同士の戦い方かと、ギムレットは場違いな感想を漏らす。
バルゴの頭上を目掛けて大蛇丸に侵食されたテセアラが踵落としを繰り出す。
それを右腕で防ぐ。が、木ノ葉の体術、忍者組み手の基本は『仕留める迄連続して攻撃をする』にある。
テセアラの右足とバルゴの右腕が接地した瞬間に身体を大きく捻じ曲げ、逆さになったテセアラの顔とバルゴが数センチの距離で眼を合わせる。
「見れば見るほど似てるわね」
誰に、という疑問を持つ間も無く、テセアラの口から飛び出た大蛇がバルゴの首に絡みつく。
「くっ!」
咄嗟に左手に持ったクナイで蛇の胴を切断する。
その間に両手足を付いて着地したテセアラが高速で印を紡ぐ。
潜影多蛇手。
影から這い出た無数の蛇がバルゴの足に絡みつく。
あっという間にバルゴの両腕を塞ぎ動きを封じられる。
床に突き刺した刀をゆっくりと引き抜く。
「この大蛇丸を相手に影分身で挑もうなんて、愚かにも程があるわね」
バルゴの『影分身』を袈裟切りにすると、空気が抜けたかのように音を立て消える。
本体は何処だ?
上か。下か。後ろか。
「そこね」
テセアラが足元の蛇に切りかかる。
「……ちっ!」
木の葉を隠すなら森。蛇に紛れるなら蛇に。
正確に自分の位置を知られたバルゴが変化を解き大きく後退する。
「この大蛇丸を出し抜こうなど百年早いわ」
「それはどうかな?」
不敵な笑みを浮かべたバルゴが音を立てて煙のように消える。
「……なに?」
直後、音も無く接近した『本体のバルゴ』が後方からテセアラに迫る。
右手に携えた光球が闇の中で一際煌く。
振り返るより速くバルゴの螺旋丸がテセアラを貫く。
「テセアラぁあ!」
ギムレットの愛娘の名前を呼ぶ悲痛な叫び。
直撃した。
そう思えたのもつかの間。直撃した腹部がぐにゃりと歪む。
今では使えるものが居なくなってしまった失われた術。『蛇分身』である。
「しまった……!」
通常の分身とは違い、接近戦に特に効力を発揮するその術の最大の特徴はカウンター。
穿った箇所から無数の毒蛇がバルゴの右腕をがぶりと咬む。
手甲のおかげで咬まれた箇所は思った程少ないが、手と腕の関節部分に一箇所かまれてしまった。
バルゴを咬んだ蛇はハブ。
ホンハブとも呼ばれ、その毒は出血毒でストレプトキナーゼと呼ばれる酵素により蛋白質を分解し血管系を破壊する。
先ほど夜鷹戦で見せた大量のチャクラによる細胞蘇生という芸当は、チャクラの 残存量を考えるともはや不可能であると判断したバルゴが、咬まれた箇所をクナイで躊躇する事なく真横に切り裂く。
噴水のよう、とまではいかないものの、夥しい量の血液が毒素とともに流れ出る。
バックから消毒剤と止血剤を手早く取り出し応急処置を行う。
蛇分身であるテセアラの身体が、あまるでバケツをひっくり返したかのようにばしゃりと崩れる。
そしてその後方から、ゆっくりとテセアラが姿を表す。
「その術……。確か螺旋丸だったかしら。本当、ますますそっくりね」
「……誰の事を言っているかさっぱりだな。長く眠りすぎた所為で頭がボケたか?」
バルゴが治療をしながらテセアラの中の大蛇丸を挑発する。
口元を吊り上げ金色の瞳でバルゴを見抜き、臨戦態勢を整える。
しかし、テセアラの身体を限界を超えて行使したツケは重く、両手足、身体中の関節は全てが悲鳴を上げていた。
「……ふん。この身体は脆いわね」
血だらけになったテセアラの身体を見た大蛇丸が吐いて捨てるように呟く。
治療を終えたバルゴが再びクナイを片手に構える。
ゆっくりと姿勢を低くし、両足に力を込め爆発させる瞬間を、静かに待つ。
「旦那!」
ギムレットがバルゴの眼前に飛び出す。
「頼む、旦那! テセアラを殺さないでくれ! 中身はバケモンでも、……まだ、あいつはテセアラなんだ! だから……っ」
「…………。どけ!」
バルゴの、『忍』の氷のような瞳がギムレットを射殺す。
折れた腕を庇いながら、冷たい視線を滾る視線で交わす。
「ここであいつを封印しなければ、より多くの人が死ぬんだぞ!」
「俺には! 俺には、不特定多数の人間よりぁ、テセアラ一人の命の方が何倍も重い!」
そんな事をこの男に懇願しても無駄である事は重々承知している。
しかし、それ以外に自分の行動が思いつかない。
「俺はお前と命に関して議論をするつもりはない。戦わないなら失せろ」
ダメだ。これ以上は。
ギムレットの言いたい事が解りすぎてしまう。
ついこの間までならいざ知らず、今の自分にはミゾレが居る。そして出来立ての生命も宿っている。
もし自分がギムレットと同じ立場なら、ギムレット同様、第三者に泣いて縋るかもしれない。
ギムレットから顔を逸らし肩を掴み払いのける。
「旦那ぁあ!」
ドシンと、ギムレットがバルゴに体当たりを仕掛ける。
足に踏ん張りが利かず、そのまま雪崩れ込むように倒れる。
「ギムレット……?」
先日、ギムレットの天使、ハ=マヴェトに刺された箇所が、燃えるように痛い。
また、刺されたのか。
同じ轍を二度も踏んでしまった自分を心中で咎める。
ギムレットが悲しそうな表情で何かを言っている。
ああ、そんな顔をするな。
大切な人を守りたいというお前の気持ちは、良く解る。
ギムレットの言っている事がぼんやりと遠くの出来事のようで何も聞こえない。
なぁ、ギムレット。頼むから、そんな顔をしないでくれ。
連戦続きで疲弊した肉体に文字通り止めを刺され、急に瞼が重くなる。少しばかり血を流しすぎた。
「そろそろね」
始終をつまらなそうに見届けた大蛇丸がゆっくりと歩き出す。
テセアラの向かう先、部屋の中心の黒い卵の残骸から『何か』が、ボコボコと音を立てながらあふれ出る。
むき出しの臓物。そう思える程に醜悪な『何か』が急速に体積を増しながら、バルゴとギムレットへと迫る。
閉じかけた瞳で冷静に現状を把握する。
大蛇丸は成る気だ。
テセアラの身体を依り代に自らの魂を。
零尾のチャクラで自らの肉体を復活させる。
そして、大蛇丸は、『大蛇丸』へと成るつもりなのだろう。
『敵』はかつて、木ノ葉の里を壊滅寸前までに追い込んだ蛇神だ。
そんなモノがこんな異国で復活されては最後。味方の増援も望めない以上、もう止める手立てはバルゴには、無い。
「星空 バルゴ、とか言ったかしら」
閉じた天は未だ暗く、床一面に腐食の臓物が浸食する魔境に響く悪魔の魂を内包した天使の声。
「あなたの名前は覚えておいてあげる」
朦朧とした意識の中のバルゴには、大蛇丸が発した言葉の意図が理解出来ないでいた。
ミゾレ。せめてキミだけは、『キミ達だけ』は、生きてくれ。
言葉にすらならない願いを想ったところで、バルゴの意識は漆黒の闇へと落ちていった。