NARUTO ―― 外伝 ―― 星空のバルゴ 作:さとしんV3
真っ暗な空間に、その男は居た。
頭上を見上げると天井が大きく歪曲しており、そこがドーム形の施設であると理解ができる。
「ふむ。こんなところか」
本来、魔法や魔術を使用する為の魔方陣が描かれるはずの床には、一面に異国の文字が書かれ、刻まれていた。
中央には男の妹の娘である少女。
そして男が大事に抱えていた『魔道書』が少女の胸の上で、不気味な胎動を繰り返していた。
少女は見れば見るほどに、記憶の中の自分の妹とよく似ている。
少女の母親は魔法使いだった。
ある目的を探求する魔法使いの家系に生まれた魔女。
彼女が不死の実験の最中の事故で吸血鬼化してしまった経緯について、一つだけ心当たりがある。
目の前で薬で眠らされている、この少女、テセアラが原因だ。
出産した魔女は、急激にその力が失われていく。
妊娠前には扱えていた膨大な魔力が、出産を経験してしまった為に、持て余すようになり、暴走し暴発。
それは必然であり、原初の魔法使いが敷いた改竄不可能の不変のルールとかいうものに一抹の原因がある。
それはこの世に魔法使いが増えすぎないようにする為に。魔女の存在を増やさないように。
つまり、魔法の領域を損なわない為、という事にある。
固定概念否定の法則。
まったく、厄介な法則を敷いたものだ。
おかげで魔法が魔法として確立できる領域は確保できるものの、それを使用し利用する自分たちの頭数が絶対的に少ない。
確かに、魔法使い同士での戦闘行為を避けるという意味ではやり方としては正しい。
だが、いささか正し過ぎる。
魔法使いとは本来、外法を操り、邪法を用いる人種だ。
そんな配慮や憂慮は不要だ。
それこそ愚かであるとさえ思う。
悔しいが、口惜しいが、恨みがましいが、今はまだその法則に則って、『法』を使役しなければならない。
今はまだ……、な。
男が魔力の篭った瞳でテセアラを見つめる。
テセアラは自分の母親の魔力、才能を根こそぎ奪い取っているかのように思える程、夥しい量の魔力をか細い体内に留めている。
先日狢(むじな)に言った『呪いを掛けた理由』は、半分真実であった。
しかし、もう半分の目的はさすがに判らなかっただろう。
まぁいい。
残り『半分の目的』に取り掛かろう。
狢の、全てを見抜くと謳った真理の瞳でも。
ギムレットでも。
神でも悪魔でも見抜けなかっただろう。
この目的に。この意味に。
この魔道書により完成した自分の研究。結論。
そしてこの娘の母親が不死の研究をした先、我が妹の悲願の成就。
一族が生涯を掛けて研究していた二つの成果が、今自分の代で一つになる。
約束の刻は近い。
男の影がうねり、伸びるように一匹の蛇がテセアラを磨けて地面を這う。
その後を追うように何十何百の蛇がテセアラへと這い寄り、少女の小さな体躯を あっという間に覆い隠す。
ドクン、と手に持つ魔道書が大きく胎動する。
紫色の光が闇から浮き出るように妖しく輝く。
落ち着け。
まだその時ではない。
時はまだ満ちない。
我が魔力が最も高まる時。
満月の夜に。
月狂いの夜に。
我が人生最大の魔力を以って、生涯最高の魔法理論を構築し、『お前』を完全なモノにしてやろう。
「輪廻の輪からの逸脱。法の支配……」
言葉が形を成すならば、ぼんやりと雲のように曖昧な弱々しさで、自らの目的を呟く。
暗闇に月のように金色に輝く爬虫類のような二つの瞳が写真立ての中の女を見つめる。
少女の母親は、相も変わらず穏やかな笑みをこちらに向けていた。