NARUTO ―― 外伝 ――   星空のバルゴ   作:さとしんV3

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忍者、異国で戦う 15

 煌々(こうこう)と照る月が見下ろす無人の街に、一発の銃声が響き渡った。

 放ったのは白銀の天使を連れた聖なる意思の代行者。

 抹殺者にして猟犬にして、死神の傀儡、ギムレット。

 足元には異国の戦士が這い蹲るように倒れている。

「覗き見とは関心しねぇなぁ」

 バルゴの頭に合わせた標準を、引き金を引く瞬間に逸らし、奥の闇へと向け発砲した。

 聖なる銀弾が吸い込まれた影からゆっくりと、闇が這い出るように狢(むじな)が姿を現す。

 顔につけた動物を模した面は、心なしか笑っているようにも思えた。

「お役目ご苦労様です。ギムレットさん」

 音も無く、まるで浮いている幽霊のように近づいてくる。

「もう少し、この国の異能者の戦い方というのを見ておきたかったのですが、まぁいいでしょう」

「おめぇ、ソレは何だ?」

 雲間の月の弱々しい光が、狢の腕の『何か』の輪郭を現す。

 ギムレットの怪訝な声にバルゴが引きずるように顔を向け、ようやく狢を認識する。

「……。狢か……?」

 搾り出したようなか細い声に、ギムレットが目を大きくし狢を見つめる。

「その通りです。バルゴ班長」

 ギムレットにしがみ付きながら、フラフラと二本の足で身体を立たせる。

 雲が切れ、一際明るくなった月明かりが、狢の全身を妖しく照らす。

 その腕には――。

 その腕にはぐったりとしたミゾレが抱きかかえられていた。

「ミゾレぇ!」

 吐血しながらも、ありったけの感情で相棒の名を叫ぶ。

 しかし、その表情に変化もなければ生気も感じられない。

「おめぇの目的は、この旦那じゃなかったのかよ!」

 困惑したギムレットも感情をむき出しにして声を荒げる。

「私は狢。人を化かします。私の本当の目的は、ミゾレ様の方でした」

 仮面に映る影がぐにゃりと歪み、口が裂けるように笑っているような気がした。

「ミゾレは、俺が知る限り……、最高の忍だ。お前にやられるとは……思えん」

 眼光は鋭くも声は今にも途切れそうで一言一句がバルゴの寿命を削っているようにも思えた。

「確かに。私はミゾレ様には敵いません。忍としての技量も、鍛錬も、チャクラの量も、才能も全てにおいて匹敵しません。彼女と私とでは、忍として格が違いすぎます。貴方の言われる通り、ミゾレ様は最高の、最強の忍です」

 おそらく立っている事も辛いのだろう、バルゴの額には大粒の冷や汗が流れている。

 肩で呼吸をしているバルゴの身体を、複雑な面持ちでギムレットが支える。

「だったら、何故……?」

 吐き出すような怒号でバルゴが感情をむき出しにする。

 仮面の奥の冷酷な顔が、バルゴを見下すように哂う。

 狢の手袋に覆われた指がそっとミゾレの頬を撫で、仮面の奥の双眸がバルゴを捉える。

 

 

「彼女は、妊娠しています」

 

 

「……な……に……?」

 時間が、止まった。

 

 それは比喩でも何でも無く、文字通りバルゴの感情を、痛みを、時間の感覚を、存在すら凍りつかすに足りる一言。

 

 呆然と憮然とした姿で。

 心中は苛立ちと憎しみが入り混じった狢の表情を仮面が隠す。

 そこには自らの姉を間接的に死に導いた婚約者 バルゴへ向ける感情の一つがあった。

 自分の相棒の僅かな変化にまるで気がつかなかった間抜けなバルゴを見おろし、侮蔑するように見くだす。

 対するバルゴは最近のミゾレの変化にようやく気が付く事になる。

 心当たりならある。そして最近の体調不良も、食の好みの変化も、妊娠していたというのであれば得心がいく。

「あなたは……」

 大切にしすぎて逆に気が付かない。過去の過ちを再び繰り返す愚かなバルゴに、狢が抑えきれなくなった感情を口にする。

「あなたは、大事な人を守るフリをしながら、大切な部分に目を背け、僅かな変化に気付かず、……そうして我が姉、日向 ヒヨリを死に追いやったんですね」

 バルゴは何も答えない。応えられない。

 過ぎた事実に遠い過去。取り返しのつかない過ち。

 忘れる事の出来ない古い罪(きず)が、今になってバルゴに最悪の形で襲い掛かっている。

「だが、……ミゾレは関係ないハズだ!」

「関係なくはありませんよ。ミゾレ様の、いや、『この女』のせいで、貴方は姉の事を忘れてしまった」

「忘れてはいない!」

「現に貴方はこの女を好きでいるのでしょう!」

 

 沈黙。

 

 怒号の後の余韻が静けさを強調する。

「何も答えられないでしょう。それが答えです」

 バルゴが肩を落とし、うな垂れる。

「つべこべうるせぇんだよぉ!」

 消沈するバルゴの姿を見たギムレットが苛立ち、声を荒げ叫ぶ。

「てめぇは男同士の戦いにケチを付けた!ハ=マヴェト! こいつを死に誘え!」

 主の命令を受けた聖銀の天使が光のような速度で狢に迫る。

 腰に携えた大降りの剣を振りかざし、月を斬らんばかりの勢いで切りかかる。

 雷鳴の如き一閃。

 しかし、斬られ真っ二つになった箇所が陽炎のように揺らめく。

「ギムレットさん。あんたは忍を舐めている」

 まるで隣で囁かれたようにはっきりと聞こえた狢の声。

「幻?魔法か!」

「違います。忍術です」

 ギムレットが声に反応し、振り向くより早く、狢が『千本』をギムレットの首筋に穿つ。

 一瞬の出来事に困惑し、混乱し、錯乱しながら絶叫を上げる。

 針治療にも使われる細く大きな針である千本は、人体急所を知る者が扱えば、最低限の刺し傷で死に至らしめる事ができる。

 主から魔力の供給が断たれた天使の姿がボヤけ始め、再び繰り出された光速の斬撃は、当たる直前で霧散し、消えてしまった。

 原因は一つ。

 首の秘孔を穿った千本には毒が塗られていた。

 ただそれだけだ。

「あ…、が……」

「ギムレット!」

「一度見た技がそう何度も通用すると思いますか。回避不可なら、予め分身という対策を講じておくのが手段というもの」

 支える力を無くし、バルゴと共に石畳に崩れるように倒れる。

 二人分の血溜りが、石の轍に流れ込む。

「無様ですね。バルゴ様」

「……お前の目的は、何だ……?」

 バルゴが刺された箇所を庇い、背中を丸めながら立とうと足を踏ん張る。

「私の目的は、ミゾレ様。正確にはミゾレ様に宿るであろう、この赤ん坊です」

「どういう事だ?」

「忍の女性は子供を身ごもると一時的に能力が落ちます。それは、チャクラを含む全ての力を腹の子供に注ぎ、一族の力の継承に本能的に身体が専念する為です」

 ゆえに妊娠が判った くノ一は一つの例外も無く全ての任務を離脱させられ、子供の育成に集中させる。

 それは未来を支える新たな息吹を護る里の方針。

「私の任務の一つはね、バルゴ班長」

 冷たい石畳にミゾレを横に置く。

 白く美しいミゾレの肌が青白く見える。

 くるりと振り返り、バルゴの眼前に狢がゆっくりと無表情の面を近づける。

 息遣いが仮面を通して聞こえてくる気がした。

「大蛇丸をこの地で甦らせる事、です」

 それは。

 それは、ミゾレの腹に宿った新たな生命を生贄にするという残酷な宣告。

 狢が白い仮面にそっと手を添える。

「そして、これは私の私怨、目的ですが」

 狢が、動物の面を模した白い面を、ゆっくりと外す。

「日向 ヒヨリをしに追いやった星空 バルゴを最も過酷な状況で裏切る事」

 仮面の奥から現れた日向一族の白き瞳がバルゴを捉える。

「お前は……」

「『おれ』は、日向 ヒオリ。この顔に見覚えがあるでしょう。おれの姉ヒヨリとは一卵性の双子の姉なのだから、ね」

 額には卍型の呪印が。

 顔は昔想いを寄せた少女が成長したかのような女性的な顔立ち。

 美女ともいうべき素顔の青年が、恨めしい双眸でバルゴを睨んでいた。

 ヒヨリに弟がいるというのは聞いていた。

 しかし、一度も会わずじまいだった。

「過去は、どこまでもあんたを追ってくるぞ。逃げても、避けても、忘れても。過去(おれ)は必ず、追いつき、捕らえ、あんたを逃がさない」

 ようやく自分の本心を爆発させる事ができたヒオリがバルゴに凶刃を向ける。

 クナイを手に持ち、バルゴに止めを刺そうと構える。

「星空 バルゴ。死ね!」

 ヒオリの明確な殺意がバルゴの瞳に映る。

 愛する少女を失った悲しみが再びバルゴを襲う。

 ヒヨリを救えなかった自分が、情けない。口惜しい。悔しい。そして惨めだった。

 ヒヨリを追い込んだ状況が、怨めしい。恨めしい。憎らしい。そして腹立たしかった。

 何より、ヒヨリが追い込まれている事にすら気付かず、救えなかった自分が、許せない。

 言葉の一言一句が鎖となり、重りとなり、バルゴを縛り、縫い付ける。

 ヒヨリと瓜二つのこいつに殺されるなら、自業自得というもの。

 俺は殺されて当然なのかもしれない。

 諦めと同時に肩の力が抜け、瞼が重くなり瞳を閉じる。

 

「狢。あんたは忍(あたし)を舐めている」

 

 囁くより速く、まさに電光石火の『千鳥』がヒオリのわき腹を抉る。

「うちは ミゾレぇ!」

「自分で言ってたでしょ。あんたとじゃあ、格が違うのよ!」

 怒りに燃えたミゾレの赤い瞳、写輪眼がヒオリを捉える。

「がっ……ぁ!」

 雷撃を伴った一撃に苦悶の表情で声を絞り出す。

「ミゾレ……」

「バルゴ! あんたもあんたよ! いつまでも昔の女を引きずってるんじゃないわよ! いい加減にしないとぶっとばすわよ!?」

 嫉妬から来る本音なのか、現状からくる本心なのか理解に苦しむ一言に、バルゴがポカンと口を開ける。

 恐らく今まで一度もした事の無い間抜けな表情。アホ面。

「くっ……!」

 ヒヨリがミゾレの腕から何とか逃れ、逃げるように距離を開ける。

「あ、いや、でも俺は……」

 ようやく正気を取り戻したバルゴが、正常に廻り始めた頭で何かを言葉にしようとするが、喉まで出掛かった言葉が巧く口に出ない。

 大事そうに腹を抱えたミゾレがバルゴに振り向く。

 今まで見たことも無いような強い決意を携えた顔。

「どんな形であれ、どんな思惑があれども、あたしはあんたを愛して、子供を授かった。それは誰にも否定はさせないし、あたしも後悔はない。力が落ちるまで、まだ幾許(いくばく)の猶予がある。早く決着を付けて、里に帰りましょう?」

 強く、優しい表情。

 母は強し。

 バルゴの脳裏にそんな言葉が浮かんだ。

『……縁、か』

 バルゴが、己が忍道を誰にも聞こえないように呟く。

 二対一。

 現状を冷静に判断したヒオリがこの場を後にする算段を整える。

「星空 バルゴ。書は倫敦大学連合地下深くに座せし魔法使いが持っている。ミゾレを母体として使えない以上、あいつはそこに転がっている抹殺者の娘を生贄にするだろうな。止めたくば来い。決着の舞台は整っている」

 穿たれた腹を抱え、フラつきながらヒオリの黒衣が影と同化し、ゆっくりと闇へ溶けるように消える。

 

 

 後には静寂だけが残された。

 

 

 街は何事も無かったかのように静まり返るも、所々に残された傷痕が、先ほどまでの戦いの熾烈さを如実に物語る。

 手当ても終わり、ギムレットの千本をゆっくりと引き抜く。

 秘孔の位置から、仮死状態にさせる箇所である事は予測はできた。

 喉に溜まった血を咳きとともに吐き出す。

「よう」

 疲れたバルゴの表情。

「旦那。奥さん……」

 同様に精魂尽きたギムレットの顔。

「御懐妊、おめでとうござまいます」

「ありがとう」

 にっこりと応えるミゾレ。

「ギムレット、話は聞こえていたか?」

「ええ。旦那。一時休戦して、テセアラを助ける手助けしてくれませんか?」

「俺たちの目的は魔法使いとやらが持つ禁術書だ。優先事項は異なるが、それでもいいか?」

「もちろんでさ」

 素直に了承すればいいのに、そう思いながらもミゾレは口に出さないでいた。

 もうすぐ夜が明ける。

 どう転んでも、この地で拝める朝日は残り少ない。

「煙草は、吸わないのか?」

「いや、久しぶりに吸ったら美味しくなくてね。テセアラと、奥さんと、何より自分の健康の為に、吸わない事にしますわ」

「それがいいな」

 ぶつかり、互いに認め合った男たちのやり取りを横目に、ミゾレが新たに宿った命を抱えた腹を擦る。

 自分の力が戦闘に耐えられる期間は残り少ない。

 それまでにこの任務に決着は付くのか。

 それまでにこの身体は持ってくれるのか。

 何よりこの子は……。

 一抹の不安を抱え、明るくなった夜空を見上げると、一際輝く一等星が目に付いた。

 美しくも悲しく煌くその光は、地上のしがらみを見守る よだかのモノかもしれない。

 ミゾレは、そう思った。


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