NARUTO ―― 外伝 ――   星空のバルゴ   作:さとしんV3

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忍者、異国で戦う 13

「昔、旦那たちが来るずっとずっと前、この倫敦はそりゃぁ、酷いトコロだったんですわ」

 珍しく月が煌々と顔を出している、静かな闇夜。

 いつものバーで一杯引っ掛けようと、誘われたバルゴはギムレットと二人、しんと静まり返った街を歩いていた。

 突然倫敦の街の過去を振り返るギムレットに違和感を覚えながら、否定も肯定もせずに後を付いていく。

「ご存知の通りの吸血鬼騒動や、改造された動く死体、切り裂き魔。放火による大火事。街が石造りなのは、火事対策なんですぜ」

「ギムレット」

 様子がおかしい。それに気付いたバルゴがギムレットを呼び止める。

「でも、そんな街だからこそ、俺ぁ娘に出会えたんですわ。あの娘の母親は俺が始末してしまったワケですがね」

「ギムレット! どうしたんだ?様子がおかしいぞ」

 先を行くギムレットの足がピタリと止まる。

 円状に少し開けた広場の中央にある噴水を挟んで両者が対極に位置する。

 ポケットからライターを取り出し、煙草に火を付ける。

「お前、煙草を吸っていたのか?」

 別に大人なら、珍しくもないが、バルゴはギムレットが煙草を吸っていたところは一度も見たことがない。

 紫煙を肺に送り込み、ため息のように重く吐く。

「禁煙……してたんですわ。テセアラを拾ってから、ね」

「そういえば、街が静か過ぎるな。人の気配が感じられん」

「流石ですね。旦那」

 紫煙を頭上に吐く。薄い煙が大きな満月にかぶる。

「街の人間は全員、今日だけこの街から退場願いました」

「どういう事だ?」

「そのまんまの意味ですよ。今、倫敦の街には、俺たちのような人間以外、居ません」

 ギムレットの乾いた双眸がバルゴを見据える。

 およそ半分まで吸った煙草を石畳に擦りつけ火を消す。

「こないだ行ったテセアラの母親の墓、覚えていますか。ちょいと魔術で誘導させてもらいました」

 何のために。

 愚問だ。

 ギムレットの双眸は自分を獲物として捕らえている。

 つまり主から自分を殺せ、と命が下ったのだ。

 命令に従い、友人となった者をその牙に掛けんとする姿は、忍に、いやバルゴ自身に重なって見えた。

「ところで旦那。今日は、奥さんはどうしました?」

「風邪を引いたらしくてな、身体がダルいらしいから安静にしている」

「……そうですか」

 ギムレットが静かに目を閉じる。

 その姿は瞑想のようで、何か覚悟を決めているようにも見て取れた。

 瞼の裏の暗闇に己が内の『神』に祈りを捧げる。

 主を許したまえ。主よ慈しみたまえ。主よ哀れみたまえ。

 神は、何も応えない。そんなコトは判りきっている。

 過去、幾度と無く繰り返された行為。もう何千何万と捧げられた祈りという名の懺悔。

 神は、何も答えない。そんなコトは解りきっている。

 そんな自分に自嘲し、刃物のような視線で目の前に立つ獲物を見定める。

「もうお察しの通り、主から一つの命令が下りました」

 ギムレットが右に数歩歩みを進める。

 姿が噴水に隠れ見えなくなる。

「娘の未来の為に。旦那、死んでください」

 深い闇から響くかのようなドス黒い声がバルゴの耳に届く。

 再び姿を現したギムレットの姿は、さっきまでの衣服とはまるで違っていた。

 全身を黒いコートに包み、その奥には銀色に輝く鎖帷子が見える。右腕には1メートル程の筒が握られている。

 あれが、銃とかいう代物か。

 スッと目を細め、その流麗なフォルムを瞼に焼き付ける。

 なるほど。

 どんな手法かは知らないが、膨大なチャクラが秘められている。

 あれなら確かに尾獣クラスの化け物でも太刀打ちできるだろう。

「悪いなギムレット。俺にはまだやらねばならないコトがある。テセアラの為に、死んではやれない」

 懐から一本の巻物を取り出し、口に加える。

 虎の印に始まり酉、羊、猿、辰、亥と高速の印を組む。

 目を閉じ、ギムレットの置かれた状況を考えてみる。

 恐らく失敗した場合、待っているのはテセアラの死。

 もし、自分がギムレットと同じ立場なら同じことをするだろう。

 お前の気持ちは十分理解できる。

 悲しいな。俺たちはこんなコトでしか、自分たちを語れない修羅。

 酒なんかでは癒せない心の傷を、また一つ増やさなければならない。

 しかし――。

 バルゴの身体がドロンと煙に覆われる。

 一陣の風が、戦闘装束に身に纏った忍の姿をさらす。

 現れたのは心を刃で殺した冷徹な一人の男。

「それが旦那の、本当の姿ってワケですかい」

「そうだ。『忍』という。この姿となったからには、お前を……殺す」

 ギムレットは小さく「はっ」と嗤い、『それはこっちの台詞だぜ』と思った。

 木枯らしが石畳の街を滑るように舞い渦を巻き、オレンジ色の街灯が闇夜を儚く 幻想的に染め上げる。

 胸中に在る想いは任務か里か。

 一人の忍が異国で戦う。


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