NARUTO ―― 外伝 ――   星空のバルゴ   作:さとしんV3

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忍者、異国で戦う 11

 倫敦の郊外より遠く。

 市街を遥か先に眼下に見下ろす小高い丘。

 青々と広がる気持ちの良い空と、緑々と流れるような草原が後方に控える壮大な景色。

 崖のような先端に、それはあった。

 墓標に名前の無い、辺りを花で囲まれ大きな石で造られた、テセアラの母親の墓。

 黙祷を捧げ、二時を告げる鐘と同時にその場を離れる。

 バルゴは石の墓と、倫敦の郊外が一緒に視界に入るこの景色を眺め、他の者達に遅れるように、ゆっくりと歩き出す。

「どうしたの?」

 ミゾレが振り返り、バルゴに問いかける。

「いや。墓参り自体、久しぶりだと思ってね」

 それは、自身の先祖の事か、それとも妻となるはずだった少女の事か。

 少しだけ寂しそうな表情から恐らくは後者であろうと、ミゾレは結論付けた。

 日向 ヒヨリがどんな少女であったのか。

 それをバルゴの口からは絶対に聞くことはないし、自分も聞くことはしない。 

 確かに気になるところではあるが、聞いてどうなるというわけでもない。

 彼女は既に故人であり、思い出はバルゴだけのモノ。

 それを好奇心という土足で立ち入ることは愚考にして、愚行というもの。

「バルゴさん。今日のお弁当、私が作ったんですよ。沢山食べてくださいね」

 笑顔で語るテセアラの両膝には大きなバスケットがある。

「旦那。この子ってば、『バルゴさんも来るんだぁ』なんて張り切ってやがりましてね」

 両手を重ね、くねくねと身体を動かす中年の男。

「お父さん! 変な事言わないでよぉ! 私は……、その、別に」

 真っ赤な顔で抗議をし、直後に俯き、同時に声がか細くなる様子は、やはり年頃の少女で、周りを暖かくする独特の可愛らしさに、何だか鼻の頭がむず痒くなる。

「実を言うと、俺達も弁当を持ってきたんだ。食事が愉しみだな」

 ぽふっと、軽くテセアラの頭に触れる。

「ここらは見渡しも良いし、そろそろ飯にしようか」

「おほ! このピザ、奥さんの手作りですかい? いやぁ嬉しいなぁ!」

「いや、あたしは……」

「味わって喰えよ」

「え?」

 思わぬバルゴの言葉に挟む口を失う。

 本当はバルゴがせっせと作ったのだが、否定も肯定もせず薄ら笑うバルゴ。

 ミゾレはその横で、バルゴという男の意外な一面を見た気がした。

 

 少しばかり遅い昼食は、とても穏やかだった。

 

 テセアラが作ったというサンドイッチや、ミートパイにクッキー。

 そしてミゾレ(バルゴ)が作ったマルゲリータピザに、おにぎりというよく判らない組み合わせ。

 だが、初めて見るライスボールに、テセアラの興味は深々で、小さな手に米粒を付けながら、異国の味を愉しんでいた。

「ははぁ。見るからに、こっちのピザは奥さんが作って、おにぎりとやらは旦那の工作ですね」

「よく判ったな」

 もちろん嘘である。

 料理がヘタ、というか、先天的に何かが欠けているミゾレの料理は、とても食べれたものではない。

 両者が承知しているからこそ、家事を分担し、バルゴが料理を担当している。

「そりゃぁ、そうでしょう! 見てくださいよ、このピザのチーズや、トマトソースの絶妙なサジ加減! こりゃ、女性でなくちゃ作れませんて」

 この男の眼に舌に、味の差異、違いなど判るのだろうか。

「このおにぎりって、何だか面白いですね。食べるまで中身が判らないなんて」

「この国では、米は主食でないからな」

「フィッシュアンドチップスには、もう飽きました?」

「いくらビネガーを掛けても、脂っこさは抜けないしな。でも、やっぱりラーメンが恋しいなぁ」

「ラーメン?」

 テセアラが初めて聞く食べ物の名前に、首をかしげる。

「ああ、トンコツ醤油にチャーシュー大盛りは、俺のお気に入りだ」

「とんこつ? チャアシュウ?」

「おにぎりの話じゃなかったの?」

 脱線しかけた話にミゾレが強制的に元に戻す。

 どんな食べ物か興味を持ったテセアラが身を乗り出して話を聞こうとする。

 楽しげな娘の顔を、少し遠い目で眺めていた。

 十数年前のあの霧の夜に拾った、吸血鬼となった女の赤ん坊は、家でもよく笑う娘に育ってくれたが、この青年たちと居る時は、一段と輝くように微笑んでいる。

 和気藹々と、それでいて和やかな雰囲気。

 何でもないような光景に、ギムレットの頬に何かが伝った。

 雨か? 

 いや、違う、これは……。

「ギムレット。何を泣いているんだ?」

 判らない。

 なぜ、俺は泣いているのだろうか?

「お父さん。みっともないから鼻水拭いてよ」

 娘の困った声。

「何を泣いているんだ?」

 バルゴの笑った顔。

「テセアラも大変ね」

 ミゾレの髪をかきあげる仕草。

 俺はどうして涙を流したのだろう。

 ああ、そうか。

 心のどこかでは、もう理解しているんだ。

 もうこんな日が来ないという事を。

 もうすぐ彼らに会えなくなるという事を。

 だから悲しいんだ。

 だから切ないんだ。

 だから尊いんだ。

 だから泣いたんだ。

 歳を取ると涙もろくなるというのは、どうやら本当だったらしい。

 テセアラ。お父さんは誓うよ。

 神でも、自分の心でもない。

 愛する君に誓うよ。

 今日、この日、この時間、この場所。この風景。そして、この面子。

 例え、この身が第七地獄へ堕ちようとも、網膜に焼きついたかのように、切り取られたこの刹那だけは忘れまいと、愛すべき魂に誓った。


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