NARUTO ―― 外伝 ――   星空のバルゴ   作:さとしんV3

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忍者、異国で戦う 8

「ねぇ。思うんだけど、これって普通逆じゃない?」

 酔い潰されたバルゴを背負ったミゾレが、背中で苦しそうに情けない姿を晒している相棒に問いかける。

 オレンジ色の街灯が、何でもない石畳の街並みに幻想的な景色を見せる。

 気温が低いのか、吐く息が白くなり霧散していく。

 まるで夢の国に迷いこんだかのような錯覚。

 しかし、背中にのしかかる現実は、そんなひとときすら許してくれない。

「……気持ち悪い。揺らすな」

 聞いているこっちが切なくなるような、か細い声で訴える。

 例えば、介抱しているのが自分でなければ、普段冷静沈着なバルゴ班長の弱点とも言うべき一面を可愛らしく思えたのかもしれない。

 しかし、いつ暴発するともしれない爆弾を背中に背負っている状態では、デコボコした石の悪路をいかに慎重かつ迅速に歩みを進めるかに細心の注意を払わねばならない為、そんな事を気にする余裕もない。

「今日の飲み代は経費で落ちんからな」

 潰れながらもしっかりとその辺の頭は回るようだ。

「……何ならこの場でジャンプしようかしら?」

「だったら俺はお前の背中で吐く事になるな」

 最悪の事態である。それだけは回避せねばならない。

 酔い醒ましもかねて、フラフラと無軌道に夜の倫敦を散歩をする。

 いつの間にか、湖のように広いテムズ川まで来てしまっていた。

 眼前には巨大な跳ね橋が、周囲のオレンジ色のライトと違い、白いライトが下から光を発し、まるで浮かび上がっているかのような錯覚と存在感を出している。

 ゴシック様式の二つの塔は40mほどの高さで、周囲の建物と調和が取れており、その美しい風景は心身を休めるのに最適な場所だった。

「横にならにいでいいの?」

「横になって目を瞑ると、吐く」

「重症ね」

 酒で『酔い潰れた事の無い』みぞれには理解の出来ない苦しみだが、目を閉じると遠心分離機に掛けられたかのように視界が回り出すというのは、人づてに聞いた事がある。

 俄かには信じられないが、今のバルゴを見ている限り、やはりそうなのだろう。

「ギムレットはどうした?」

「一人でフラフラ帰ったわ」

「一人で……。あいつもタフだな……」

 バルゴが苦しそうに「はぁ」とため息つく。

 普段見慣れない為か、それとも自分も酒で酔っているのだろうか。

 その横顔が何だか、色っぽいと思った。

「……何だ?」

 バルゴの問い掛けで、じっとバルゴの顔を見ていた事に気が付いた。

 慌てて視線を外し、星ひとつ見えない空に視線を置く。

 何故だろう。今この時になって『書類上の夫婦』である事を強く意識してしまう。

 まさか、バルゴに惹かれている?

 いや、それは……無い。

 自分の男の好みは、容姿端麗。眉目秀麗。頭脳明晰にして飛耳長目(ひじちょうもく)。

 更に将来有望。意気自如(いきじしょ)の精神を持ち、どんな事にも粉骨砕身で、それでいて温厚質実(おんこうしつじつ)な人。

 故に違う。

 それは無い。

 こんなウスラトンカチであってはたまらない。

 よく友達に、『高望みしすぎ』とか『そんな男は居ない』とか、最近では『妥協を知れ』と酷い事も言われた。

 確かにそうだ。

 そんな心技体が完璧に備わった完全無欠な男は存在しないだろう。

 そんな事は判っている。

 別にうちはの一族再興など考えているワケではないが、自分の夢は『火影になる事』である以上は、やはりそれに釣り合いの取れる男でなければ、むしろ男の方が可哀相というもの。

 今まで付き合った男は、何かが欠けている。そんな気がしてならなかった。

 真剣な恋であったと思う。付き合うまでは。

 だからすぐに別れ話を持ちかけるか、逆に振られる事になる。

 だが、隣で辛そうにしている男はどうだろう。

 顔は、うん。悪くは無い。太陽のような金髪に、光を発しているかのような青い瞳。

 里内でも隠れファンがいるらしいし、頭脳は自分と同じかそれ以上。

 忍術は、自分の方に部があるとしても、それを補えるほどの体術がある。

 どんな作業も黙々と迅速にこなし、必ず最良の結果を出す。

 将来は、まぁ有能ツワモノ揃いの星空一族の次期党首らしいから、それなりに有望なのだろう。

 あれ……? 

 そう考えると、条件は全てクリアしていないだろうか。

 もう一度、隣の男に目をやる。相変わらずがっくり肩をうな垂れているが、その瞳はここではないどこかを見つめている。

 上目遣いで見つめている視線の先には、空。

 この霧の街においても見えない星々が彼の目には映っているのだろう。

 星空 バルゴ。

 理由は判らないが不思議な名前だと、想った。

「今度は何だ?」

 無意識にフルネームを言っていたようで、バルゴが怪訝な顔でミゾレを見返す。

「あ、あー、いや、あの、その」

 悪い事をしているわけでもないのに、なぜか動揺している。

 さっきから心臓の鼓動がやたらと耳をつく。

「あの……さ、そういえばバルゴ、ギムレットの事を『よだかに似ている』って言ってたでしょ? あれ、何で?」

 自分が何に動揺しているかは、たぶんバレてない、と思う。

 警戒にも似た表情で暫くミゾレの顔をしかめっ面で見た後、視線を再び曇った空に戻す。

「あの話においてよだかは、捕食し捕食される中途半端な位置に居る。『甲虫(かぶとむし)やたくさんの羽虫が毎晩僕に殺される』って、くだりだな。それに気付き悔いたよだかは虫の捕食を止め、意地悪な鷹に殺される前に『遠く遠くの空の向こう』へ旅立つ決意をする」

 それまで何の疑問を持たずに、人外の化け物を殺してきた抹殺者が、過ちに気付き、後悔し、血の繋がらない娘の為に、それまでの生きる術(すべ)を何の躊躇もなく捨て去った。

 よだかと違いがあるのは、『捨てる』理由が、逃避か守る為かのみであった事。

 そう考えると確かに共通する部分は多い。

 残念なのは、よだかはめでたく星となるが、ギムレットは娘の為に悪魔と契約してしまったという事。

「ふーん。詳しいのね」

「まぁ……、な」

 どうやら上手く誤魔化せたらしい。

「でも、何でそんなに詳しいのよ」

 自然と口を付いた疑問。

 それ以上は立ち入ってはならないと、女の勘が言っているが、すでに発せられた言葉は遅く、取り消しが聞かない。

「昔な、こういう文学の本を好きだったヤツが居たんだよ」

それ以上は聞いてはならない。聞けば、今まで必死に引いてきた境界線に綻びが生まれる。そしてそれは、きっと、二人の関係を時間の経過と共に崩壊させてしまうだろう。

判ってはいるのに、気持ちが先走る。

「それは……」

それ以上は、聞いてはいけない。

「それは……、どんなヒト?」

先走り、空回りする自分の気持ちを抑えられないでいた。

 川が流れる音が聞こえる。

 風が耳をつんざく声が聞こえる。

 心臓の鼓動が、聞こえる。

 全神経が耳に集中し、バルゴの解答を、静かに、待つ。

「昔な」

 ミゾレの視線がバルゴの口の動きに釘付けになる。

「俺の妻になるハズだった女だよ」

「それって……」

 その話なら知っている。『枯れ葉事件』 木ノ葉の里という大きな大樹に、古臭い思想でしがみ付き、新たな芽の誕生を妨害したという事件。

 ミゾレが知る、自分のプライベートを話さないバルゴの過去の、数少ないうちの一つ。

 あれから十年以上が経過しているにも関わらず、その心の傷は今も、バルゴを悩ませ苦しめているというのだろうか。

「あんたは……」

「ん?」

「日向 ヒヨリの後を追おう、とかって思わなかったの?」

 いつの間にか、バルゴの顔を覗き込む姿勢になっていた。

 やはり、自分の酔っているのだろうか。普段なら聞く事など無い、余計な事まで聞いてしまう。

「あいつは俺の為に死んだ。それを否定する事は……できないよ」

 いつになく悲しそうな表情を初めて見た気がした。

 ああ、今解った。

バルゴの心の中には未だ日向 ヒヨリが存在している。

 いつも見上げている夜空には、よだかのように星になったヒヨリの姿を探しているのかもしれない。

 バルゴという男は肉体的にも精神的にも強い。

 実力は火影に次ぐと言われている。

 しかし、鎧のような心の中心は、硝子のように繊細で、指で突付けば容易く崩れるほどに脆い。

 バカな男だ。ヒヨリが願ったのは、そういう事ではないだろう。

 死んだ自分にいつまでも捕らわれてはいけない。

 バルゴの隣に見えた、顔の知らない少女の幻影がバルゴに告げ、ミゾレを見て微笑んだ気がした。

 ミゾレの右手がバルゴの頬を撫でる。

 自分でも意識していなかった、無意識下の行動に、バルゴ以上に自分が驚く。

 しかし、バルゴに見つめられている事に嬉しい自分の気持ちが在るというのも事実。

 自らが引いた境界線が、取り払われる。


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