NARUTO ―― 外伝 ―― 星空のバルゴ 作:さとしんV3
隙間無く綺麗に組まれた石畳を、ようやく履き慣れてきた革靴の底がコツコツと音を立て、人通りが多い街の往来を足早に歩く。
道の中央には馬車の車輪によるわだちがあり、倫敦という街の歴史と歳月の重厚さを如実(にょじつ)に物語っていた。
行き交う人々の姿も黒の背広やドレスのような出で立ちで、まるで国全体が舞踏会場か何かかと勘違いした程だった。
だが、それは一部の裕福層に過ぎず、街の中心より外側は貧富の差がそのまま着る者を表す事を示す見本のようで、華やかな服を着る者が煌びやかな生活を送っている一方で、路地裏では餓死者が野良犬に喰われ、娼婦が裸同然の格好で身なりの良い男を誘惑している。
親に産み捨てられた子供はギャングを形成し、スリや盗みを働く。
『里』を出る際、夢の街。霧の街。希望に満ちたユートピアと聞いていたイメージとのギャップに<星空 バルゴ>はため息を漏らした。
情報源の相棒、<うちは ミゾレ>は悪びれる事もなく知らん顔をしている。
「あたしだってこの国の事は人づてに聞いただけなんだから、しかたないでしょ」
「別に。俺は何も言ってないぞ」
ここでミゾレに文句の一つでも言えば、自分の事を棚に上げ、自分の目で確かめない方が悪いなどと理不尽を言われるのは明白だった。
「それより街の造りは頭に叩き込んだ?」
「ああ。帰って地図と比較でもするか」
金髪やグレーやヘーゼルといった色彩の瞳を持つ者が多い中、黒絹のような黒い髪に光沢のある黒い瞳は、顔立ちの良さも相まって周囲の目を惹いて離さない。
おそらくは遺伝なのであろうその美貌は非の打ち所無く、完璧な彫刻のようだった。
「……何よ?うすらトンカチ」
バルゴの視線に気付いたミゾレがしかめっ面で睨む。
「別に」と言いかけたところで、ドンと人にぶつかってしまった。
ブカブカの帽子を深くかぶり、着ているオーバーオールは染みや汚れで汚い。
背格好からまだ年端もいかぬ少年のようだ。
手を差し伸べるバルゴの手を払い「気をつけろ」といって走り去ってしまった。
「……。大して入っていないんだがな」
「やられたわね。追いかけましょ」
懐の財布が無い。典型的なスリのパターンである。神業に等しい手際は通常であればスられた事にまず気付けない。惜しむらくは、相手が悪かった。ただそれだけだ。
生まれた時からそうなる事を定められ、幼少の頃より過酷な訓練を重ね、壮絶な努力により己が心身を刃とすべく琢磨した。鍛え抜かれた身体能力は常人の比ではなく、洞察力、反射神経は人間が持つ機能を大幅に強化している。
それは忍と呼ばれる存在。国における軍事を司り、諜報、謀略、時には暗殺といった影の仕事を生業とする者達の総称。そして星空 バルゴ、うちは ミゾレは忍を軍事力として有する国の中でも取り分け、力のある『忍五大国』が一つ、火の国の、木ノ葉の里の忍者なのである。
「向かった方角からいって、南の貧民街のほうだな」
「先行するわ。よそ様のモノを盗むなんて許せない」
バルゴの脇を一陣の風が抜けたかと思うと、すでにミゾレの姿は無く、後に残されたバルゴもまた路地裏の闇へと姿を消していった。