NARUTO ―― 外伝 ――   星空のバルゴ   作:さとしんV3

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忍者、異国で戦う 4

 古くて大きな振り子時計が左右に揺れている。

 美しく絢爛な応接室にギムレットは居た。

 この悪趣味な部屋に通されるのは何回目だろうか。

 富、名声、権利、そんなモノにはまったく興味の無かった男にとって、相変わらずこの眩いばかりの金銀に囲まれた部屋は好きになれなかった。

 元々が質素な性格なのだろうか、必要最低限の生活を送れればよいと思い、これまで生きてきた。

 あの少女、テセアラを拾うまでは。

 とある場所で死に逝く母に抱かれた、赤子だったあの娘を見た瞬間、ギムレットの全身に衝撃が走ったのを今でも覚えている。

 誰かの助けが無いと消えてしまう命の灯火。

 あの娘を見つけた場所には野犬が多く、自分が居なくなれば数刻と待たずに餌食となってしまうのは明白。泣きつかれて寝ている顔は、泥糞に塗れた自分の目の前に天使が舞い降りたかのようだった。

 既に冷たくなっていた母親の前で静かに十字を切り、赤子を抱き寄せる。

 温かい。

 その温もりは硬く閉ざされた男の心を溶かしていくようだった。

 見晴らしのよい丘にその女の亡骸を埋め、石の墓前で再度十字を切った。

 安心して眠るがいい。これからは俺がこの娘の親だ。

 例えそれが、『血』が繋がっていなくとも。

 例えそれが、『人外の仔』であろうとも。

 おそらくそれからだろう。自分が、金という俗物的なモノに興味を示したのは。

 だからこうしてこんな胸糞の悪い場所にも進んで来れる。

 獅子をあしらった金のドアノブが回り、この『屋敷』の主がようやく現れた。

「やぁ待たせたね。ギムレット君」

「……どうも」

 現れたのは中年の男。顎に蓄えた髭と、人を射殺すような目。手には最近闇ルートで手に入れたという不気味な本を常に手放さないでいる。

 男はジャックと名乗ってはいるが、それが偽名であるというのは子供でも判る。

 自らを『魔法使い』と言う、男の口元には常に人を見下したかのような下卑たる嘲笑(えみ)がある。

 だが、それ以上に得体の知れない男だ。

 

 それが第一印象だった。

 

 初めて会った時、もし仮にナイフを取り出し、その切っ先で喉笛を掻っ切り致命傷を与え、止めに心臓を一突きにしたらどうだろうと考えた事がある。

 いや、それは叶わない。

 確かに、身体能力では明らかにこちらに分があるが、野生じみた本能が告げる。

 あいつには関わるな、と。

『殺す』という行動においては、自動人形のように精密に、正確に、確実に行動を行う事ができる。

 それは自負でもなく、自信でもなく、ましてや自尊でもない。

 自分が『ギムレット』と名乗るまでに積み重ねた結果が、そう結論付けさせる。

 その膨大なまでの経験値が、今眼前に立つ男の、いや、男が持つ本の異常性に警報を鳴らしている。

 もう一度言う。

 ギムレットという人物は『殺す』という行動については、一般人に比べ遥かに耐性がある。そこには感情、倫理、道徳といったものは無く、その定義は『人間』だけに留まらない。

 いや、『人外』の者に対してこそ、真価を発する。

 抹殺者。

 西の異国で普及している『十字教』において、自らが定めた神以外の、『神に仇なす化け物』を始末する事により、人間の生活を守護し、歴史の闇おいて常に暗躍してきた者たち。

 取り分け、ギムレットが所属していた『蒼き薔薇の十字会』は、その攻撃性が凄まじく人々を守護する盾であり、化け物を駆逐する剣であると内外から畏怖され、危険視されていた。

 自然が持つエネルギーが集まり、意思を持ち、形を成したその力は、常軌を逸しており、近隣の村や町が一夜にして滅ぶというのも珍しくない。

 地域信仰に根付いた神、悪魔、精霊、悪霊、鬼。時には人間。人に危害を加えようと無かろうと、等しく『神の裁き』の下、存在を否定し、抹消してきた。

 その直感が告げている。

 あの歪で、奇怪で、邪悪な書物は『魔書』であり、魅入られたジャックという男は『魔人』の類であると。

「どうしたのかね?」

「あ、いえ。お気になさらず」

 本を睨むギムレットの視線に気付いたジャックが不敵に笑う。

「やはり気になるかね。前職での噂は色々と聞き及んでいるよ。抹殺者君」

「はは。今はもう若くないですから」

「時に、君の娘は健在かね」

 心臓が跳ね上がる音が、ギムレットの耳に届く。喉が渇き、既に冷えた紅茶を啜る。

 有名な地方の、高級な葉を使用しているらしいが、味を感じる余裕もない。

 一言、やっとの事で「おかげさまで」という社交辞令を絞り出す。

 ギムレットの心情を察してか「結構」と短く言葉を切る。

「今日君を呼んだのは他でもない。君が先ほどから見入っているこの『魔導書』についてなのだが」

「旦那。面倒ごとに巻き込まれるのは御免ですぜ」

 笑いながら哂えない冗談に拒絶の意を示す。

「まぁそう言うな。私には君しか頼れる者が居なくてね。先日、この書に微かではあるが、反応があってね。君がアルバイトをしている倉庫で発見された男に反応して、光を発したのだよ」

「あのー、すいません。今はそっちが、本業なんですがね」

「これは失礼。で、漠然として申し訳ないが、何か心当たりが無いかと思い、お呼び立てしてしまったのだが、いかがだろうか」

 直接関係があるのかは判らないが、思い当たる節はある。

 あの雨の日。

 倉庫内のチェックで珍しく残業した帰り。

 何かを爆砕したかのような轟音と共に現れた二人の男女。

 その顔は間違いなく自分が住むアパートの最上階に住む夫婦と思われるカップルだ。

 見たことも無い装束は、素早く動く事に特化した武装である事が見て取れた。

 しかし、金髪の青年が使った術は初めて見る術で、魔法でも無く、北欧のルーン文字を使用した魔術の類でもない。

 倉庫で見つかった男がどんな状態で、どのような状況下で、『魔導書』が光ったかなど知るよしはないし興味も無いが、彼らが引き金となっているのは、まず間違いない。

「残念ですが、判りません。もう組織を抜けて十四、五年ですからね。ピンと来るもの無いし、最近は腰も痛いし」

「そうか。何かしら参考になるやもしれんと思ったが、仕方がないな。今日のところは以上だ。どうもありがとう」

「いえ、こちらこそすいませんねぇ」

 冷めた紅茶を一気に飲み干し、勢いよく立ち上がる。

「それじゃ、俺ぁこれで」

「ああ。今後も君には期待しているよ」

「かんべんしてくださいよ」

 冗談でもない、正直な気持ちを本音として表す。

 ジャックの表情は相変わらずの嘲笑がある。

 気のせいだろうか。

 その瞳がまるで爬虫類のように縦に走り、蛇の瞳を連想させる。

 自分が何か隠しているという事を気取られている。

 絡み取られるような視線に背を向け、重々しい扉を開ける。

「次回はあの娘、テセアラと言ったかな。一緒に来るといい。美味しい茶菓子を用意しよう」

 娘の名前を教えた記憶は、無い。

 ゴクリと唾が喉を通る。

「ギムレット君。これからも私の良い友人でいてくれたまえ」

 ジャックに一瞥をくれる事なく、バタンと扉を閉める。

 血のように赤い高級なカーペットを、急ぎ足で歩きながら逃げるように屋敷を後にする。

 どこまでも底が見えない、魔に魅入られた男の存在に、純粋に恐怖した。


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