NARUTO ―― 外伝 ―― 星空のバルゴ 作:さとしんV3
倫敦大学病院。倫敦の中心に近い場所に位置し、倫敦大学連合の建物が整然と立ち並び、学生や関係者が日々研究に勤しむ、地域における医療の要。
赤いレンガ造りのその建物の地下深くにそれはあった。
何重にも掛けられた鍵は何人の侵入をも阻み、薄暗い通路の奥からは時折、断末魔の叫びにも似た咆哮が、地下特有の澱んだ空気を震わせていた。
封印された扉の奥、建物の建築図面上、あるはずの無い部屋で白衣を着た研究者と思われる男たちが様々な研究用機材を操作し、その結果を克明に記録している。
研究者たちの眼前には分厚いガラスの壁があり、その奥では、四方を染み一つない真っ白な壁に囲われ、中央には一人の精神崩壊者が、生きた屍となり静かに椅子に座らされていた。
「この男かね。東の倉庫街で大量の遺棄された死体とともに発見された唯一の生存者とは」
「はい。ただ、脈拍、心拍、脳波ともにかなり数値が低く、首の皮一枚残して、かろうじて生が繋がっていると言った方が的を射ているかもしれませんね」
おそらくその場において一番偉いのであろう中年の男が手渡された資料を端から端まで、興味深そうに読んでいる。
男の名はジュイド。
倫敦の有権者の息子にして警官。父が残した倉庫の中で大量の遺棄死体とともに、精神が完全に崩壊した状態で発見された。
だが、発見の前日までは普通に出歩いている様子を街の住民から目撃されている。
彼はごく一部の仲間に、貧民街の子供をターゲットとした人間狩りを行っていると自慢げに話しており、見つかった倉庫はその遊技場兼解体場所であろう。
しかし、一夜にして人間の精神をここまで完全に壊す事など出来るのだろうか。
外傷も、薬物を注入された痕跡も使用した様子も皆無。その他外的要因の可能性で無いとすれば、他に一体どんな要因が考えられるだろう。
故にこの男は研究者たちの、興味深い実験体としてここに運ばれてきた。
もう公的には死亡したとなった男の末路は、『ジュイド』という名から『被験体』として番号が振られ、開発中の薬物実験の良い対象となり、最後は廃棄となり処分される。
「教授、お持ちになられている本が……」
教授と呼ばれた中年の男が大事そうに抱えている不気味な本が、心なしか紫色にぼんやりと光を発しているように見える。
「これは……?」
頼りなく点滅を繰り返す様はまるで蛍の光のようで、だがその邪悪な蛍光は今まで見たこともない美しさを男の目に焼き付けた。
だが、何故だ。
一体どういう事だ。
今まで如何な手段を用いても一切の反応を見せなかったこの『魔導書』がこんな場所で、こんなにも禍々しい光を発しているのか。
ガラスの向こうに座っている、精神崩壊者に双眸を向ける。
あの男と関係があるのか?
研究員の制止を振り切り、書に導かれるように男のもとへ歩みを進める。
手に持つ魔導書が、男との距離に比例するかのように光を強める。が、眼前まで来たところで、まるで興味を失ったかのように発光を止め、完全に沈黙してしまった。
一体なぜ?
つい今しがたの出来事が嘘だったかのように静かになった魔導書に眼をやる。
何かが起きようとしている。
予感めいた自分の勘に、堪えきれなくなった笑いが、無機質な白壁にこだました。
魔導書よ。我に天啓を。
世界に呪いを。人々に災いを。
邪悪な意思を以って悪逆不動の境地を我に与えたまえ。
共に歩もう。魔導書よ。
そして我が願望を享受したまえ。