過去 ウッドパルナ 宿屋
「やれやれ……かなり、警戒されてたな」
村の中で辛うじて無事な宿屋の粗末なベッドに身を投げ出し、ヒスイはぼんやりと天井を仰いだ。
――結果から言えば、ヒスイの帯同は許された。
だが、それが叶ったのはハンクという重傷の人間がいた危機的状況故であって、ヒスイへの信用とは無関係だ。
「(まぁ……この島の封印の楔であり、崩壊の原因である彼女に『旅の剣士』なんて名乗りは通用しないか)」
互いに警戒しながらの自己紹介。
しかし、自身も使用した『旅の剣士』という立場が、この土地の現状を鑑みた場合、嘘偽りである事を彼女は知っている。
何しろ魔王――その配下によって切り取られ、封印された地域に侵入するには、基本的に魔王の干渉から逃れたエデンの石版を介するぐらいしか方法はない。
つまり、余所者=エデンの戦士という実に厄介な等式が成り立ってしまう。
ヒスイに限れば直接的な時間転移なので、自由度は高いが……彼もまた神の使徒であり、エデンの戦士である事実は覆らない。
「それにしては、アルス達に対しては最初から親切というか甘い感じだった……か?」
主人公達の異(過去)世界来訪後の初接触の相手が、その地域のボスというの大概だとは思うが。
理由として考えられるのは、ほぼ素人同然のアルス達への警戒レベル自体が低かったか、彼女の心境の変化辺りか。
少なくとも王宮仕込みの剣術の心得のある王子は別にしても、現状では漁師の息子や網元の娘でしかない一般人のパーティ(しかもレベル1)に比べれば、ヒスイへの警戒は必須だろう。
「心境の違いだとすると……パトリックか?」
アルス達への柔らかい態度はパトリック少年との交流の中で、彼女自身の優しさが取り戻された結果ではないだろうか。
「そう考えると下手に当人に接触するよりも時間が解決するのを待ったほうが良いんだろうな」
何しろ、こちらは相手の事情をほぼ全て把握しているのだから、何かの拍子にボロを出さないとは限らない。
「当面はマチルダと同じように村の周囲の魔物を退治しながら、アルス達の到着を待つか」
ヒスイの目的を考えた場合、直接的な介入を行うのはアルス達の塔攻略の直前からマチルダとの戦闘前がベスト。
問題があるとすれば、アルス達との対立の危険性(正確にはハンクとの)だろうか。
「(今の実力ならアルス達は傷付けずに封殺出来る。……ハンクさんも感覚的に俺より弱いのも分かる……)」
だが、どうしてもマチルダに勝てるのか、という懸念が残る。
ゲームにしろ漫画にしろ、彼女の全力が描写される事は無かった。
知り得る範囲では『ハンクを不意打ちとはいえ一撃で倒す』『ザオリクが使える程、呪文には通じている』『大防御などの防御技も使える』等が挙げられる。
「(うん。普通に戦ったらアルス達に勝ち目は無いな……というか、今の俺でも怪しくないか)」
明らかに序盤のボスとは一線を画する実力なのは疑いようがない。
大体、原作での彼女の最期は実質、ハンクに介錯を頼んだ自殺と変わらない。
「(要するに『勝たせて貰った』訳で……実力の話ではなかった)」
無論、ヒスイはそんな不幸な展開に持っていくつもりはないし、逆転の為の切り札も準備してある。
――いざとなったら、力尽くでも構わない。
真っ向から打ち破って目的を果たす、そこには一片の迷いもない。
だが、たった一つだけ不確定要素とでも言うべき奇妙な事象があった。
ハンクの負った怪我の事である。
彼を村に運ぶ最中、ヒスイは応急処置の為に何度か回復呪文を使用した。
その御蔭でハンクの容態は安定したし、傷口も塞がった。
「(少なくとも……表面上は)」
だが、本質的なダメージは変わらず彼の肉体を脅かしたままなのだ。
正史では「魔物から負った怪我は治り難い」との理由から、ハンクは意識が戻らぬまま臥せっていた。
しかし、考えてみればこれは不自然なのだ。
治り難い、というのが事実だとしても、それは回復呪文の効果を持ってしても凌駕できないのだろうか?
実際、アルス達だって魔物との戦いで傷を負ってもそれらは回復呪文なり薬草なりで癒やされている。
「(つまり、マチルダから受けた傷自体に『治らない』理由がある事になる)」
そして、ヒスイはそんな効果を齎す剣技を知識の上で知っている。
ありえない、と理屈の上では思っていても、その剣技の名前が頭から離れない。
「まさか――幻魔剣なのか?」
呪われた武具を自在に操り、敵に癒えない傷を与える、剣王の魔剣。
ヒスイの前に立ち塞がるように――龍の物語の世界は過去の因縁を現代へと呼び起こす。
◇◆◇◆
過去 ウッドパルナ
ぷるぷる。
ぷるぷる。
「さて、どうしたもんか……」
鬱蒼した森――アルス達がウッドパルナを訪れる旅の扉がある森林の中でヒスイはため息交じりに天を仰いだ。
「ボ、ボクは悪いスライムじゃないよ!」
確かに魔物の中には会話が成立する者がいるのは知っていたし、スライムがそうなる可能性も低くはない。
「おいおい、襲い掛かって来ておいて。……悪くないとは無理があるだろ」
そう、ウッドパルナに生息する魔物達との戦闘の感触を掴んでおくために島内を散策していたヒスイは、この森の中で眼前のスライムに襲われたのだ。
しかしながら、妙に動きにキレがあるスライム対して、ヒスイが選んだのは撃破ではなく実験だった。
「そ、それは……!」
地面に突き刺さった五本の『聖なるナイフ』を回収しながら、ヒスイはジト目でスライムを睨む。
「まぁ、俺の技の所為で邪気が払われたのは把握してるが……どうして急に話せるようになったんだ?」
「……アレ? ど、どうしてボク、話せてるの!?」
「って、無自覚だったのか」
ヒスイが使用した技は某家庭教師勇者や未来の大魔導士が使用した破邪の呪法である。
これによって、邪悪なる意思によって凶暴化した魔物が正気を取り戻す、というケースは知っている。
だが理性なら兎も角、知性を与える話は聞いたことがない。
「悪影響じゃないから、問題はないが……要研究だな。で、どうする? スライム君」
「どうするって……?」
「同じスライムの仲間の所へ帰るか? 魔王や封印の影響で凶暴化してるから、何故か知性のある君とはソリが合わないと思うが」
異端や異物が集団から排除されるのは人間でも魔物でも普遍の現実だ。
「えぇ!? そっか、ボクもそうだった訳だし……仲良くはムリだよね……そ、そうだ!」
何かに気付いたように顔を輝かせるスライム。
「言っておくが、俺の技で他のスライムも正気にというのは却下」
「ど、どうして!?」
「理由はいくつかある――説明すると」
①使用した技が未完成+それほど乱用可能な技ではない。
②一時的に邪気を払っても封印と魔王の影響がある以上、再び凶暴化するのは時間の問題。
③そもそも、最初から凶暴な魔物だって少なくない上、それらとの見分けが不可能。
④最大の解決策は魔王を倒す事だが、流石に現状では実力的に無理。
「うぅ……そんなぁ……もう、ニンゲンに襲い掛かるのはイヤだし……仲間外れもイヤだよ……」
大きな瞳をウルウルさせながら、プルプルと震えるスライムの姿に罪悪感が湧き上がる。
普通に殺しておくべきだったか、等とは考えもしないが面倒な事をしてしまった感も拭えない。
「なら――俺と来るか?」
「え!?」
「俺は旅をしているから危険や他の魔物と戦う事もあるだろうが……凶暴化しそうになったら、君を元に戻してやれる」
「いいの……?」
――スライムは仲間になりたそうにこちらを見ている。
「とりあえず、君一匹程度なら確実に守ってもやれるし……本当に危なくなったら安全に場所に送ってあげるよ」
エスタード島に暮らしている動物に言葉が分かる樵さんなら、このスライム君を保護してくれるに違いない。
「……ヨ、ヨロシクおねがいします!」
「俺はヒスイ。コンゴトモヨロシク、な」
「ボクはスラ坊!」
頭部の先端部分?を差し出してくるスラ坊と握手?をしながら、ヒスイは名乗り合った。
――スライムのスラ坊が仲間になった!
スラ坊
性別:オス
肩書き:強スライム
LV:5
職業:なし
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装備 なし
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ステータス(標準時)
力 18
素早さ 21
身の守り 19
賢さ 14
かっこよさ 8
最大HP 40
最大MP 4
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